女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第九話「モビール」

 だとして。

 私の日常に、然したる変化はない。

 

 ……なんだ、鬼の神と輝術師及び貴族という大組織におけるトップの上が同じかもしれない、として。

 でも会わせることはできない、と言われて。まぁそうだろうなぁ、となって。

 

 墓祭り自体は楽しめた。縁日のようでいて、けれど騒ぎはほとんどなくて。

 どうにも護衛の人達や進史さんが前もってそういう喧噪から遠ざけてくれていたようなのだけど、それなりには楽しめた。けど、それで私の反感ptが下がるかと言ったら全然である。

 

 で、帰って来て。

 

「……やっぱり、読めない」

 

 青宮城(シーキュウジョウ)、三層・書物庫。

 潤沢にある国の歴史書。裁判における判例。城の設計図、輝術の手解き書……らしきもの。すべて、らしきもの。

 読めない……。読めないんだ。

 

 発話されている言葉は中国語っぽい。言葉の響きが。

 でも書かれているのは英語っぽい。ただしアルファベットじゃないし、二十六文字なんか優に超える文字数あるし……。

 私でもわかるのは「青」の字くらいだ。アルファベットのSをX状に交差し、その上になべぶたを付けたみたいな文字。これだけで(シー)と発音する。お、つまりアルファベットにおけるSっぽいものは全部サ行になっているんじゃないか、と思って、たとえば進史さんの名前を書くと、アスタリスクっぽいもの、Yが上下反転して繋がっているもの、斜めの楕円、星に水平二重線が入ってその間が空白になっているもの、となる。

 Shinshiに当てはまるわけでも、シンシに当てはまるわけでもない四文字。シーでもない。そして文字の形状があまりにも……なんていうのかな、統一感が無さすぎる。

 

 だから、もういっそのこと聞いてみた、夜雀(イェチュェ)さんに。

 どうやって文字を覚えたのか、と。そうしたら。

 

「文字? ……こうやって!」

 

 といって、祭唄(ジーベイ)さんと額を合わせたではないか。

 

 ──輝術で言語インストール。

 嘘だろ……ハイテクかよ……となった。ちなみに受け手側に輝術の才がないとどーにもならないので、私にはインストールできないらしい。

 また、輝術の使い方も同じようにインストールするものらしく、やはり明確に何を使っているか、ははっきりしなかった。……あ、一連の流れでインストールという言葉は勿論使われていない。私の脳内解釈だ。

 

 だから、貴族の家には赤子用の教材が無いらしい。計算や芸術に関しては親から子にインストールしても向き不向きがあるのでそっちの教材なら、と言われたけど、私が欲しいのは言語の教材だ。

 ある程度裕福な平民なら持っているかもしれない、とは言われたけど……。

 

「ダメだ……読めん……」

 

 ずるずると崩れ落ちる。

 これだけの紙があって、これだけ丁寧に記された文字があって、読めない……。勿体ない……。

 

「……仕方ない」

 

 リセットするか。

 

 

 

 トンテンカンと、金槌が木板を、そして釘を打つ音が響く。

 いつものトンカチは腰に佩いたまま、いつもは使わない金槌を手に、口に釘を何本か挟み。

 

 ──青宮城の外壁、そこからさらに下の岩壁近くで、槌を打つ。

 

小祆(シャオシェン)……なんでそうしなきゃいけないの? 私怖いんだけど~!」

「いつも謎だけど、いつにも増して謎。ここに工作物を取り付ける必要があったにせよ、城で工作をしてからにすればいいのに」

「それだと調整が上手く行かんだろう」

 

 進史さんに打診を入れた時は、ついにおかしくなったのか、と言われた。

 青宮城の柱に縄を結び、自身の腰に括りつけ、それだけを命綱にここで作業している私を見て、夜雀さんも祭唄さんもあたまがおかしくなったんじゃないかと言ってきている。浮かびながら。

 

「少し、色々行き詰まっていてな。考え事をせずに済む手なりでの工作と、風に当たりたい気持ちを混ぜたらこうなった」

「行き詰まりすぎだって……じ、祭唄、もし縄が解けたら」

「上の縄は新空(シンコン)達が見張ってる。私達が気を付けるべきは縄が千切れないか。胴縄は進史様が創ったものだから、絶対に切れない」

 

 胴縄。苦しくないような綿で作られた帯に、括りつけられたというより内蔵されているようにしか見えない縄。

 これを工作で作ろうと思ったら死ぬほど大変だ。だけど輝術ならイメージだけで完成、と来た。意味がわから……ああいや、こういうのを考えないためのリセットだった。

 私はただの玩具作り職人。風に揺られて当てられて、今日も今日とて玩具を作る~♪

 

 完全に手なりなので、完成形なんて見えていない。

 作っているのはモビールだ。吊るして楽しむインテリア。あれの超巨大ver.

 

 進史さん曰く、青宮城の周辺の気候は輝術によって保たれているけれど、この浮いている岩付近にそれは無いのだと。

 なぜかと問えば、この岩自体が輝術を発していて、そばを通り過ぎる程度ならともかく、覆い尽くすような輝術を使うと弾かれるとかなんとか。

 鬼との会話で輝術=魂の律動みたいな認識を持ってしまっている私にとって、その説明は「じゃあこの岩もしかして……」となった。なったので、これである、ともいえる。

 

 視覚があるかは知らんが、頭の上と下でだけ人が入れ替わり立ち替わりになって、自分だけ何千年と不動なのは寂しかろうさ、っていう。

 というわけで、このモビール以外にも風鈴とかこいのぼりとかも作っていくつもりだ。デカいのを。……ただし風鈴はガラス細工が大変なので進史さん必須なのと、こいのぼりは……いやまぁ裁縫、か。いけるか。

 風と言えば凧とかのぼりでも良かったんだけど、アレ上に行くからなぁ、って。

 

「……」

 

 魂が存在し、それに干渉する技術が存在し。

 それを食う存在がいて、それが何か、面倒なことを起こそうとしている。

 ……お前も被害者だったりするのか、大岩。なんて。

 

 流石に返事は帰ってこなかった。

 

「ん?」

「小祆、どうしたの?」

「いや……あそこ。青宮廷(シーキュウテイ)の」

「んん? ……あぁ~、幽鬼だね。でもその場に留まってるだけみたいだから、無害な幽鬼だと思うよ~」

「祆蘭、視力が良い。私達は言われるまで気付かなかった。気付いた今も、輝術を使って拡大していないと……見失う」

「あんなにいっぱいいるのにか?」

「え?」

 

 見失う、って。

 いや私の視力が良いとかじゃない。そんな一人一人はっきり見えてるわけじゃない。

 でもあそこの……一部区画。

 

 アレ、全部幽鬼だろ。

 

「……嘘、あそこ雨妃(ユーヒ)の」

「祆蘭、ものづくりは中止。緊急事態かもしれない」

「あ、ああ」

 

 引き上げられる。

 夜雀さんの顔を見るに……本当の本当に緊急事態らしい。蒼白だ。

 祭唄さんもかなり顔が硬い。

 

 幽鬼は毎日のように出ると進史さんは言っていた。けど、それが集まると、どうなるんだ?

 ……食い合いが起きて鬼になる、とかいう話?

 

 

 自室に戻された後、俄かに城が騒がしくなった。

 相当大変な事らしく、窓の外を見ればあの空飛ぶ馬車が何台も出て行っている。

 護衛の人達は……私の近くにいるけれど。

 

「どういう……ことだ? 幽鬼は昼夜問わず出るものだろ? それが一か所に集まると、何か悪いのか? 無害な幽鬼なのに」

「……祆蘭。幽鬼が出るとは、どういうことか。わかる?」

「どういうことか?」

 

 ふむ。

 

「ああ、人がたくさん死んだ、ということになるのか」

「そう。そして、無害な幽鬼ということは、強い未練や恨みを持っていない幽鬼であるということ。つまり」

「自分が死んだことも気付かずに死んじゃった人とか、眠っている間に殺された人とかが無害な幽鬼になりやすいの。つまり」

「……雨妃の宮で、大量殺人か、あるいは無理心中でも起きた、ということか」

「うん……考えたくないけど……」

 

 言われてみれば、確かにだ。

 幽鬼が出るということは人が死んでいるということ。至って真っ当な思考なのに、思いつけなかった。

 ……幽鬼を独立した化け物として考えている節があるな、私。だから死と結びつかないんだ。

 

「雨妃、というのは……青州の妃の一人、で合っているよな」

「そう。雪妃(セツヒ)雨妃(ユーヒ)雲妃(ユンヒ)。青州の妃はこの三人」

「本当に一時だったけど、私が青宮廷にいた時、雨妃様に優しくして頂いたことがあって……うぅ、大丈夫かなぁ……」

「少なくとも雨妃様は宮女と心中を試むような人じゃない。……生死は祈るしかないけど、雨妃様が悪い、ということには絶対ならない」

 

 祈る、ね。

 ま、今は空気が読めなさすぎなので聞かないけど。

 

「雪妃は……確か寧暁が宮女をしていた妃、だよな」

「寧暁? ……ああ、あの幽鬼の!」

「そう、あってる」

 

 そうか。この人たちにとっては数いる幽鬼の内の一人に過ぎないか、寧暁は。

 私はまだ出会った数が少ないから、強く記憶に焼き付いているだけ。

 

「どういう人なんだ、雪妃というのは」

「雪妃様は……うーん、性格はちょっと怖い人だし、他の妃様にもあたりの強い人だけど……自分の宮女にはとっても優しい人、って聞いた覚えがあるよ」

「会ったことのある貴族は少ない。自分の宮女と帝くらいしか雪妃様は会いたがらないから」

「へぇ。雲妃は?」

「雲妃様は、とっても明るくて元気で……でも、どこか儚げな方かなぁ。一度だけ、(チン)に座ってうつらうつらとしているのを見た事があるんだけど、とっても可愛らしい方でー」

「それと、雲妃様は勉学に明るい。知識も豊富で、冷静。ああいう女性には憧れる」

「……祭唄が雲妃様に? ……だったらもう少し笑ってよ~」

「うるさい。そして雨妃様が、とても懐が大きくて、宮女の失敗も笑って許してくれる方。普通なら辞めさせられてもおかしくないような失敗でも"誰でも失敗はありますから、大丈夫"と言って許してくれる」

「なんだ、雨妃だけ人物像が鮮明だな」

「夜雀は要人護衛に入る前、雨妃の宮女をしていたことがあった」

 

 だから知っている、と?

 

 しかし、帝の妃なんていうからもっと調子に乗った高飛車なお嬢様を想像していたけど、案外皆慕われているんだな。

 ……というか性格の悪い妃なんか帝が選ばないか。根底がどうであれ、普段から鳴りは潜めるわな。

 

「ね……ねぇ、小祆」

「なんだ」

「小祆って、幽鬼の事件をいっぱい解決してる……んだよね?」

「いや、二件ほどだが」

「なんでもいいからさ! その……こういう時、私怖い憶測ばっかり立てちゃって、気が気じゃないの。雨妃様が心中を試みたとか、宮女がおかしくなって雨妃様たちを全員殺した、みたいな怖い真相じゃない奴で、何か思いつかない? 私をその……安心させられる、本当に適当でいいから、こじつけを……」

 

 こじつけ。詭弁。

 それは大得意だが、如何せん情報が足りなさすぎる。

 

「さっき見た時、幽鬼が集まっていたのは雨妃の宮殿だった。それは間違いないのか?」

「間違いない。それも、私の記憶が正しければ、雨妃様の寝室を中心としていた」

「じじ、祭唄! やめて!」

「事実を言ったに過ぎない。夜雀こそ、信じたくないなら信じなければいい」

 

 寝室を中心に幽鬼が集合していた、か。

 ふむ。

 

「確認だ。幽鬼とは別に、死した人間の真上に出てくる、とかではないんだよな?」

「それは……そう。だと思う。私達が相手にするのは、基本的に移動した幽鬼だから……発生の瞬間を見ているわけじゃない。ただ目撃例を統計するに、家の中にいた、ということは滅多にない。基本的にどの幽鬼も庭先や塀の上で佇んでいる……はず」

「つまり言い換えれば、よく見ていた場所、だな?」

「あ……」

 

 まー実際がどうかなんて知らんが、聞いている限りそうっぽい。

 宮女が庭先に現れることなんてないだろう。そこで洗濯をしていたとかなら別だけど、どちらかというと廊下から庭先を見ていた、という方がしっくりくる。

 塀に関しても同じだ。閉塞感を感じさせる内廷の塀は、さぞかし高く見えたことだろう。無害な幽鬼は未練も恨みもないというけれど、幽鬼になった時点で何かしらの未練はあるはずなのだ。無かったら楽土へ行っているから。

 つまり、そういうところで佇む幽鬼は、そこに思いを馳せていたとか、何か……枯れそうな花とか死にそうな鯉とか、気に掛けるものがあった、ということ。それが微かな未練になっている。

 

「この理論で行くと、雨妃の家に密集した幽鬼は雨妃の宮女や雨妃のものではなく、雨妃の宮を見ていた何某かたちの幽鬼、ということになる。……理由とか動機は知らんし、なぜ見ていたのか、について聞かれても答えは出ないが……どうだ、夜雀様。少しは落ち着いたか?」

「……うん。そういえば、そうだなって……思えた。私の経験則でも、幽鬼はその場にでることはほとんどない。……うん、うん! ありがとう小祆! 怖い憶測は……まだちょっぴり残ってるけど、かなり薄まった~!」

「やはり学が無いは嘘。疑いとかそういう話じゃなくて、こじつけでもなんでも、聞いた情報だけでここまで組み立てて考えられるだけ凄い。子供なのに。偉い」

 

 ……ただ、私としては。

 あの場に行って、無害とされている幽鬼を諭してやりたく思う。何故あそこに集っているのか……恐らく幽鬼たち自身ですらわからないままに、輝術によって消し飛ばされる。

 そんなの……酷だろう。

 

「祆蘭。進史だ。入って構わないか」

「ああ、構わん」

 

 進史さんが来た。

 行ってなかったのか。

 

「っと……お前達もいたのか。ああいや、咎めているわけではない。護衛として正しい。……のだが」

「はい! 私達は一旦部屋の外に出ますね!」

「祆蘭、また後で」

「ああ。……上司なんだ、言い淀んでないではっきり命令してやれ。察されてどうする」

「返す言葉もないな……」

 

 ま、基本的にこの部屋に来て話すのは私と進史さんの二人きりである場合ばかりだ。

 一瞬反応に困ったんだろう。

 

 空気を読んで出て行ってくれた二人を見送り……どかりと床に座る進史さん。

 そう、もう異国情緒とか気にせず床に木を張ったのである。汚れたら私が掃除すればいいだけだし、なんて思いで。

 そしたらなんと、「輝術で靴の汚れは落としているから汚れない」と言われた。……輝術め。私の配慮を返せ。

 

「雨妃の宮の件は、あの二人から聞いたな?」

「ああ。……まさかとは思うが、何の調べも無しにどう思う? はないよな?」

「──正式に許可が下りた、と言ったら?」

「……正式に? どこから、何が?」

「輝霊院から、お前が捜査をする正式な許可が下りた。此度の事件……少々不可解過ぎてな。以前の寧暁の件から、お前に任せたい、という意見が多数出たのだ」

 

 そ。

 そんなこと、ある?

 私は探偵じゃないし、貴族でもないんだぞ?

 寧暁の件は、彼女が平民だと見抜けたからできた話であって……今回のは完全に貴族のゴタゴタっぽいだろう。

 

「私が同行する。好きに調査を行っていい。だから──真実を導いてほしい」

「正直に言う。期待が重い。私が無知過ぎるのもあるが、真実になんぞ辿り着けるとは思えん」

「お前の欲す情報は全て私や現地の者が出す。……輝霊院には、お前と同じ考えの者もいるのだ」

「私と同じ考え?」

「幽鬼を、幽鬼という理由だけで祓うのは如何なものか、という考えの者だ」

「!」

 

 ……バレていたのか。いや……まぁ、鬼につく、みたいな素振りを見せた時点で、ではあるが。

 

「そしてこれは、雨妃からの依頼でもある」

「生きていたのか」

「ああ。輝霊院が駆けつけた時、雨妃は身を挺して幽鬼を庇った。まずは調査をしてあげてください、と頭まで下げたのだ」

「ほーぉ」

「それを受けて、輝霊院はとりあえず幽鬼を滅するのではなく、雨妃達の保護に方針を転換した。よって、現在雨妃の住まう雨霜宮(ユーシュァンキュウ)は無人。無害とされている幽鬼だけが、一応行動制限の輝術を受けた状態で佇んでいる、という状態になっている」

 

 よく……それが許されたな。

 桃湯(タオタン)じゃないが、それがいきなり有害な幽鬼になることもあり得るのに。

 

「どうだ。できるか、祆蘭」

「できるかできないかで言えばできるし、やりたいかやりたくないかで言ってもやりたい。だが……真実に辿り着けるか、と問われると、難しい」

「そんなことはわかっている。私達はお前を天才だと仰いでいるわけではない。ただ幽鬼に寄り添うことができるのがお前だけだから、こうして頼み込んでいるに過ぎん」

 

 幽鬼に寄り添える。

 ……ふぅん。

 

「わかった。行こう」

「ああ」

 

 感じている。

 私の扱いが……変わっている。けど、まぁ、いいだろう。

 気付かなかったことにしといてやる。あるいは気付かせるのが目的か?

 ……なんでも良いがね、あまり気を揉ませてくれるなよ。それともそれが狙いか進史さん。心労仲間を増やそうと……。

 

 

 空飛ぶ馬車を降りて、やってきました雨霜宮……ではなく。

 

「ここはただの通路だが……こんなところを調べるのか?」

「はい。ああ、確認ですが、雨妃を含め、雨妃の宮女は誰も亡くなっていないのですよね」

「ああ。全員の生存が確認されている」

 

 であれば、だ。

 

 見上げる。

 雨霜宮の……塀や屋根の上に乗った、幽鬼たちを。

 全員女性なのは内廷だから当然として……健康状態はそこまで損なわれていないように見えるな。遠目だが。

 

 それで、良い感じの角度を……この辺か?

 人差し指と親指を直角に開いて、写真の画角を決めるように移動していく。

 

「……?」

「どうした?」

「高さが……足りない。進史様。私をこの塀の上に上げることは可能ですか?」

「勿論だ」

 

 雨霜宮の塀ではなく、その対面の塀。

 身体が浮遊する感覚。……光の粒に包まれているわけではない。もう、本当に分からんな輝術。

 ああ、雑念雑念。今はこっちに集中だ。

 

「少し、私は周りが見えなくなりますので、私が塀から落ちそうになったら止めてください」

「わかった」

 

 移動していく。高さは合った。あとは位置。

 これだから……この辺。いやもう少し……。

 

 ここだ。

 

「進史様、先ほど依頼したもののここに印をお願いいたします」

「承知した」

 

 ちなみに、物的証拠は……流石に残ってないか。

 髪の毛の一本でも落ちていてくれたら、と思ったけど……。

 

「では反対側の塀に私を。幽鬼に話を聞いてきます」

「ああ。……拘束はしてあるが、細心の注意を払え。私も気は抜かない」

「はい」

 

 佇む幽鬼の前に降り立つ。

 幽鬼の前だ。眼前。

 でも……私を見ようとはしない。

 見えていないというより、これは。

 

「どうだ? 何か聞こえたか?」

「……いえ。次に行きましょう」

「諭せぬのなら、ここで祓うが」

「次へ行きましょう、進史様。あまり想像したくないことを想像しました。それを否定するためです」

「……わかった」

 

 こうやって、同じことを繰り返していく。

 夜雀さんを安心させるために使った、「幽鬼が現れるのは生前によく見ていた場所」理論の元、その幽鬼がどこで死んだのかを割り出していく作業。

 それと、幽鬼自身へアプローチをする作業。

 

 これらを十数回繰り返し……完了する。

 

 ……。

 

「進史様。確認します」

「ああ」

「雨妃及び雨妃の宮女が死んでいない以上、これら幽鬼は誰なのかがわかっていない。そして──青宮廷においても、まだ突然死や不審死の報せは上がっていない。上がっていたとしても、こんなに大量ではない。そうですね?」

「その通りだ。私達もこれほどの幽鬼が現れたのだから、どこかで大量殺戮が起きていないとおかしいと調べて回った。だが……どこでもそのような話は聞かない。今青宮廷の外にまで捜査の手を伸ばしている段階にある」

 

 そう。それはあり得ない事。

 これほどの幽鬼がいて、死体が一つも上がっていないなんて。

 だから、導き出される答えは一つだろう。

 

「進史様。その捜査は無駄なので打ち切ってください。代わりに、青宮廷内で違法薬物やそれに準ずる輝術などが使われた形跡がないかの調査を」

「薬物? それは……どんなものだ?」

「申し訳ありません。私は無学なものですから、どのようなものが存在するかは知りません。ただ──生きているままに、あるいは立っているままに人の意識を刈り取るような代物であるはずです」

「……まさか」

「はい。──この幽鬼たちは、まだ生きている人間の魂であるものかと」

 

 そういう薬物があるのかどうかは知らない。輝術かもしれない。

 もしかしたら鬼の仕業かもしれない。

 ただ……死体が上がらないのであれば、まぁ、そういうことだろう。

 

「……今伝達を行った。少し騒がしくなるだろう」

「雨妃様の判断に感謝すべきですね。この幽鬼たちを滅さなかったのは正しいはん……断……」

 

 私は。

 私は、偶然の一致や機会の重なりを重視する。

 

 本当か?

 雨妃は、本当に……慈愛の心だけで、幽鬼を滅さなかったのか?

 輝霊院もだ。それは……本当か?

 

 ──こいつらが生霊だと知っていたから、手を出さなかった、という可能性は?

 

「進史様。雨妃様に私が会う、というのは」

「残念だが、不可能だ。そこは……青宮廷の鉄則だ。すまない」

「いえ。であれば、輝霊院にいるという、私と同じ考えを持つ方とお話がしたいのですが、どうでしょうか」

「それならば問題ない。すぐに手配する」

「お願いいたします」

 

 妃は基本的に内廷の外との接触を固く禁じられている。

 それは進史さんや青清君の力を以てしても叶わないこと。唯一の例外であるのが墓祭りの日で、もう過ぎた。

 

「連絡がついた。このままお前を運んでいく」

「はい」

 

 浮かぶ身体。進む先にあるのは、大きな建物。

 ……英語っぽい文字で横書きに何かが書かれた場所。あれで輝霊院なのか……。わからん……。この世界の言葉わからん……。

 

 ただ、浮かんで移動の早い事早い事。

 もう辿り着いてしまった。

 

 そして──出てきたのは。

 

「進史、仕事なのは理解しているけれど、あまり固い声で伝達を行わないでくれ……心臓に悪い」

周遠(ヂョウユェン)。済まない、今は世間話をしている時ではない。──祆蘭」

「……まさか、周遠様が?」

「ああ。こいつが輝霊院の中でも、お前に近い主張を持つ者だ」

「私に? ……話が良く見えてこないな。どういうことか、説明してほしい」

 

 ……私だって人の子だ。感情はある。

 今、私は「ある疑い」を「その意見を持っている人物たち」にかけている。それを……進史さんは理解しているはずだ。

 

 どんな心境だったのか、など。

 

「お久しぶりです、周遠様。あの時は……今もですが、無学故言葉に難あり、御挨拶出来ず申し訳ありませんでした。祆蘭と申します」

「ああ、君が祆蘭だったのか! それはそれは……ということは、雨妃の件だね? うん、立ち話もなんだ。進史、祆蘭。こっちに来てくれ。輝霊院にも一応応接室というものがあるんだ。そこで話そう」

 

 快活。目を細めて、にっこり笑って。

 何も変わらない。普段通り……に、見える。

 進史さんの顔は。

 

「……この先、私の顔を窺うのはやめろ。それで透ける可能性がある」

「……すまない、迂闊だった」

 

 さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 

 

 応接室。出された茶には手を付けず……単刀直入に問いをかける。

 

「周遠様。──生きたまま幽鬼となる者について、何かご存知でしょうか」

「知らないなぁ、そんな事例。あったら……私が必ず目を通しているはずだよ」

 

 即答。悩む素振り無し。

 ……まるで用意していたかのような答えだな。なら。

 

「では、この紋様に見覚えは?」

「……いや、見たことはないね。これは……花の紋様か何か、かい?」

 

 こっちは悩んだ。秒数にして一秒に満たないが……左眉を一瞬吊り上げた。

 

「では、最後の質問です、周遠様」

「もういいのかい?」

「はい。──周遠様の、将来の目標をお教えください。子供の頃からの夢でも構いません。なりたいもの。憧れているもの」

「い、いきなりかい? それは……気恥しいな」

「周遠」

「わかっているよ、調査のため、なんだろう? ……そうだね。私の憧れは、進史だ」

「……私?」

「ああ。あらゆることを卒なくこなせて、それでいて向上心を持ち続け……いつしか、文字通り手の届かぬところへ行ってしまった私達の自慢の同期。恥ずかしい話だけど、私は進史に……強く強く、憧れているんだよ」

「青清君の付き人になりたい、ということか?」

「そういうわけじゃない……というのは不敬かな。ハハハ……」

 

 よし。大丈夫だ。

 この人は。

 

「進史様。──黒です。首を刎ねてください」

「っ……!?」

「何を言って──るのやらなぁ!」

 

 煙。煙幕? 輝術を使ってくると身構えていたから、反応が遅れた。

 

 直後、身体の近くで何かが弾けるような音がする。

 そして……まるで抑えつけられるようにして、煙幕が地面へと急速な沈殿を見せた。

 

「──すまない、躊躇した」

「いえ、誰でもするでしょう。それより、守ってくださりありがとうございます」

 

 周遠の姿はない。

 ただ……床に、血が落ちている。続いている。

 

「念のために、お前に防護の輝術をかけておいたというだけだ。咄嗟に判断できたわけじゃない」

「それが功を奏したのですから、問題ないでしょう。……伝達は?」

「もう行った。……取り押さえ次第、殺せ、とも伝えてある」

 

 茫然自失、が正しいだろう。

 進史さんは、私への受け答えを行いながらも……立ち尽くしたまま動けないでいる。

 

 ふむ。

 

「何があの方を黒だと断定したのか、について考えておられるのですか?」

「……」

「簡単なことです。ああ、質問に意味はありませんよ。あの方、私を見てからずっと目を細めていたので──眩しいのだろうな、と思って」

「……」

 

 膝で、思い切りケツを蹴り上げる。

 

「!?」

「莫迦か、あんた。予期していた事態だろうが。それより、あそこまで短気だとは思わなかった。最悪あの幽鬼……生霊の本体である人間が全て死ぬぞ」

「っ……どうすればいい」

「知るか。精査はあんたらの得意分野だろう。どうすればいいのかを考えるのもあんただ。ただ──依頼主があの男だとすれば、全て手遅れである可能性の方が高いが……」

「頼む。どう思う、祆蘭。こじつけでいい。詭弁で良い。当て推量で何も問題ない。外れても文句は言わない! ……だから、教えてくれ。私が行くべき場所はどこだ」

 

 崩れているよ、完璧超人。

 ま。

 この人も人の子だった、って。ただそれだけだ。

 

「雨霜宮。雨妃に会ってはいけない、というのはわかったが、そこに入るのはいいんだろ? なんせあちらからの依頼だからな」

「……わかった。連れていく」

 

 さて。

 ……空模様も、なんだか怪しくなって来たな。

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