女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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幕間「墓祭り」

 これは祆蘭(シェンラン)が鬼と直接対峙をしている時のお話。

 彼女一人を青宮城(シーキュウジョウ)に残して墓祭りへ行った彼ら彼女らの、時を遡ったお話である。

 

 

「ふん……毎年毎年、変わり映えの無い光景でつまらぬ」

「否定はしませんが、今回は赤州(チィシュウ)の出し物が面白いとの噂ですよ」

「出し物?」

「ええ。なんでも火を固めることに成功したとかで」

「ほう……?」

 

 青清君(シーシェイクン)進史(シンシ)。州君とその付き人として多くの貴族に囲まれている二人は、けれどやっていることはいつもと同じ。

 つまらない、退屈だという青清君を窘めて、進史が面白おかしいものを紹介する。

 青清君は初見で原理のわからなかったものを特に好む。なぜそうなるのかに興味を持ち、分析、解析をして、自身で作れないかを試す。そして──だからこそ、青清君は勉学を()()()

 予め知ってしまうのは勿体ないと。彼女の世間知らずや常識の欠如は、彼女の意思によるところから来ている。

 無知であればあるほど、世界は楽しめるのだと。

 

「おや、青州(シーシュウ)の。相変わらず詰まらなさそうな顔をしているね」

 

 声。少しばかり中性的で、けれど女性らしさもあるその声。

 

「……何の用だ、黒州(ヘイシュウ)の女誑し」

「酷いことを言うね。ボクは皆を幸せにしているから、誑しているわけじゃないよ」

 

 この国──天染峰(テンセンフォン)にはそれぞれの州君が治める四つの州がある。青州、赤州、緑州(ロクシュウ)、黒州。そこに加えて中央であり帝の治める黄州(オウシュウ)があって、これら州はそれぞれがそれぞれの思惑や指針を持ちながら、絶妙な均衡を保って存在している。

 そして今青清君に声をかけた女性。名を黒根君(ヘイゲンクン)と言い、その名の通り黒州における州君を担う存在である。

 ただし、青清君と大きく違う所は──。

 

「黒根様! 黒根様! 金状飴(ジンヂュアンイー)を買ってきました! 一緒に食べましょう!」

「ちょっと! 私が先約よ。黒根様は私と連角糖(リェンジャオタン)を食べるの。あなたは後」

「これ、そう騒ぐでない。他州の州君の御前よ、黒州が主らのような子供の集まりだと思われては敵わん」

「あ、ずるい! そうやって大人ぶって! あんただって辣丹(ラタン)を買ってたの知ってるんだから!」

「おっと。もう少し再会話をしていたかったけれど、ボクの愛しい花たちがボクを呼んでいるからね。これで失礼するよ」

 

 ──堂々とした一切隠さない同性愛と、子供のようなそれらを花でも愛でるかのように扱う所と。

 

「……また新しい面子でしたね。此度は誰が残るのでしょうか」

「興味がない。……憐れには思うがな。あの性悪に誑かされ、特別扱いを受けた女の末路。情報統制の巧みなことだ」

 

 ドス黒い、州の名に恥じないその性格、だろう。

 ああやって「使えるモノ」と「使えないモノ」を日々選別し、少しずつ州内の人間を己が信者だけにしていく。己を好むのではなく、己を崇めるものだけを遺し、産ませ、増やし、そうでないものは捨て、消し。

 そういう、祆蘭に言わせるところの「お貴族様らしいこと」を州君がやっているのだ。青清君も進史も、黒州の女は憐れにしか見えない。

 

「よ、青清君。その疲れた顔を見るに、黒根君だろ?」

「お久しぶりでございます、青清君」

 

 初っ端からげんなりした青清君に声をかけて来たのは、まだ少年と言って差し支えの無い年頃の男児。それと、付き人である老齢の男性。

 

「おお、緑涼(ロクリァン)。お前、また背が縮んだか?」

「伸びたんだよ! 縮むわけないだろ!」

「ほほほ、爺は毎年少しずつ縮んでおりますよ」

点展(デンヂャン)、そりゃ腰が曲がっていってるだけだ。……ったく、挨拶回りするだけなんだから、休んでりゃいいのにさ」

 

 緑州が州君、緑涼君。州君の代替わりは別に全州合わせて行われているわけではないので、こういう年齢差も発生する。

 とはいえ緑州はよく治められている方だ。どちらの手腕かは進史たちには判別つかないが、平定の世を体現していると耳にすることも多い。

 加えて緑涼君が付き人を含む周囲の人間を気遣う性格であるため、子供ながらに甚く慕われているのだとか。

 

赤積君(チィジークン)にはもう会ったか? 会ってないなら早めに探しておいた方が良いぞ、青清君」

「……まさかとは思うが、もう飲んでおるのか?」

「おれが挨拶しに行った時は、傍らに瓶が三つ転がってた」

「行く気が失せた……」

 

 赤積君。赤州の州君であると同時、赤州における兵、軍事の全てを一手に担う老骨。

 輝術の腕もさることながら、剣術と棒術は他の追随を許さず、六体の鬼を一人で相手取り、背後にいた負傷した兵を守りながら無傷で勝利を掴んだ、なんて伝説も残している。

 欠点らしい欠点と言えば、今まさに緑涼君の言った話。

 

「赤州の貴族も貴族だ。あの爺が呑めば止まらなくなることなどわかっているだろうに、なぜ酒を与えた……」

「いやそれがさ、点展曰く付き人の監視の隙をついて酒を買いに行ってたみたいで、一瞬目を離したあと、いつの間にか酒瓶を持っていたんだと」

「赤積君の足運びは鬼の目でも追えない、と言われていますからね。付き人ではあの方を抑えきれないのでしょう」

「……そう言う進史、お前もなんか……窶れてないか? おい青清君、あんま進史に無茶言うのやめとけよ? こんな有能な奴早々いないんだから、適度に休ませないと働き過ぎで死ぬぞ」

「ふん。私は別に頼み事などほとんどしておらん。進史が勝手に世話を焼いているだけだ」

「そうしないとあなた失踪するでしょう、青清君……」

 

 州君といえどヒトの子。

 一癖も二癖もあって、人間らしいのが彼ら彼女らだ。

 

「緑涼君、そろそろ準備のお時間ですな」

「もうか? うーん、一年に一度しか会わないんだから、もう少し話していたかったけど……まぁ仕方がない。じゃあな、青清君。進史。おれ達は帝への贈答品にちょっとした準備が必要だから、もう行くよ」

「ほほほ、失礼いたします、お二方」

 

 貴族としてははしたないのかもしれないが、緑涼君は大きく手を振って、少年らしい快活な笑顔と共に去っていく。

 あの少年はしきたりとか関係なしに「久々に会って話がしたいから」という理由で各貴族に挨拶をしに来るのだ。あれで好かれないはずがない。

 

 それに比べて青清君は。

 

「私がそんなことをするように見えたか、進史」

「いえ。いつも通りですね、とだけ」

「ふん」

 

 誰かが挨拶に来たら対応はするが、挨拶回りなどしない。

 特にもう酒を飲んで出来上がっている赤積君に近づこう、なんて考えはない。後で赤積君の従者に「青清君が挨拶に来ていたけれど赤積君が眠っていたので帰った」という旨を言ってもらうだけだ。赤積君の従者もなんであればもうわかっている。挨拶に来ない州君や有力貴族がいても、大体「挨拶しに来ましたよあなたが眠っていただけで」というだろう。

 

「……それより、アレの新作があるのだろう。まったく、私のために呼び寄せたというのに、帝への贈答品を作らせるとは。……まず私に楽しませろと言うのに」

「青清君が望んだことでしょう。折角だから水を使った工芸品で鼻を明かしてやりたい、と」

「だから、先に私に見せればいいだろう。私にまで隠す意味がわからぬ」

「……彼女曰く、そこまで興味を持たれないだろうから、だそうですよ。以前の相思鳥もすぐに飽きてしまわれたでしょう」

「アレは……見た目の面白さはあるが、仕組みはやじろべえとほとんど一緒だったからだ。……なんだ、帝程度にくれてやるのもその程度、ということか?」

「青清君、流石にこの場で帝を見下すような発言はお控えください……」

 

 もう少しで帝と州君、妃とその付き人達だけで行われる食事会が始まる。なお、彼らを囲う衝立の外で他の貴族たちも食事を取るので完全に独立した空間というわけではないし、帝への贈答品は衝立が外されてのお披露目になる。その評価如何によっては妃の評価が、ということが過去にあったせいで、どこの州も年々派手で華美なものになっていっている。

 そう考えると、今回祆蘭が提出して来たものは派手と華美から最も離れたもの。それでいて──注目は全てそれに向くだろう。何より、墓祭りの構想に最も順応した工芸品だ。

 見た目の不思議さと込められた願い。あるいはこれによって、派手と華美を競い合う現状からまた美しいものを帝へ贈答する風潮が出来上がるかもしれない。

 

 現帝はそこそこの派手好きだが、現帝の母御は静謐で美しいものを好む。もう政に関わってはいないとはいえ、その影響力や発言力は計り知れない帝の母御。

 元神子であるという事実はそれだけで大きな波紋を呼ぶ。

 

「……進史」

「はい、なんでしょうか」

「あそこにいるのは、あの子の護衛ではないか?」

 

 青清君が目線を向けたそこ。

 そこに──確かに要人護衛の貴族が数人いた。

 

「そうですね。以前の襲撃で護衛の一人が腕を折ったので、その介助でああして集まっているものかと。……青清君?」

 

 つかつかと、「横切るべきではない場所」を無視して横切り、その者達の元へ向かう青清君。

 マズイ、と。進史は固唾を呑む。

 

 祆蘭を一人残す、という計画は青清君には教えていない。

 そして、要人護衛の貴族は……言っては何だが嘘を吐けるほど器用ではない。

 何か彼女を引き留めるものはないかと周囲を見渡し──進史は、良い物を見つけた。

 

 あまり褒められた行為ではないが、少し高めの位置に小石を生成。それをそのまま落とす。

 コツン、という音が鳴る。無論そんなことは気にしない青清君だが──気にする者もいる。

 

「お? おお! 青州のではないかぁ~~!! どうした? 嫌なことでもあったか? 顔を顰めているなぁこれはいけない! おおい、酒だ、酒をもっと持って来い! 清酒……は、青州では呑みなれているだろうから、火酒をたんまり持って来い! 州君だぞ、貴賓も貴賓だ! それにこのような顔をさせて良いとおもうのかぁ!?」

 

 使えるモノ。

 そう、赤積君だ。完全な酔っ払いである赤積君は、彼に見つかったことでさらに眉間に皺を寄せる青清君に一切気付かず、バンバンと彼女の肩を叩いて酒瓶を持たせる。

 良い流れだ。その調子です赤積君。青清君には申し訳ありませんが、もっと引き留めてください。そしてそこにいる要人護衛たち、早く離れろ。

 そんな考えが……要人護衛に対しては輝術による情報伝達が為される。ビクっと肩を揺らした要人護衛たちは、状況に気付いてそそくさと撤退を始めた。

 

「青州の? どうした、酒だぞ? 美味いぞ?」

「……赤積君。此度青州が持ってきた菊酒は飲んだか? 去年を超える出来だ、早くしなければ全て呑まれてしまうやもしれぬ」

「なにっ!? それはいかん!! すぐに買ってくる!!」

 

 撃退された。

 そして……怖い怖い顔で進史を睨みつける、青清君。

 

 ──銅鑼が鳴る。

 それは食事会の時間を知らせる銅鑼。進史はほっと胸を撫で下ろし──脳内に響く青清君の「遺書でも書いておけ、進史」という言葉に蒼褪めるのであった。

 

 

 

 食事会自体に滞りはない。

 輝術により毒や穢れなどが精査された食事を楽しみ、各州の州君より帝への贈答がある。

 赤州は輝術によって炎を固めたり元に戻したりする、という()()を、黒州は見目麗しい数十人の少女らによる統制の取れた舞いを。

 緑州は輝術と獅子舞を組み合わせた、浮遊を用いない身体能力だけの舞いを見せた。

 

 そして青州は。

 

「こちらとなります」

 

 大きな準備も、派手な舞台も無い。

 贈答品といっても物品である必要はない──ゆえに舞いや芸が許されている──中で、本当に普通に、ただの品が帝に献上される。

 

「これは?」

「青州が誇る細工師の作り上げた、鎮魂水槽(ヂェンフンチーツァォ)という工芸です」

「少し周囲の灯りを落とす。構わぬか、帝」

「良いぞ。好きにしろ」

 

 一瞬でそれが何かを見抜いたらしい青清君が、それが最も輝く場を作り上げる。

 灯りを落とし、輝術による光で工芸を底面から照らす。小さいものなので、周囲にいる貴族は拡大鏡のような効果を持つ輝術を使い……「おお」というざわめきが起きた。

 

「細工師曰く、未練を解き、天へと還る幽鬼の最期。その一時の侘しさに思いを馳せて作り上げたもの、とのことでございます」

「ほーぉ……これは、美しいな。……静謐で……それでいて、飽きがこない。まるでこの瓶の中でだけ、時が戻されているかのような……だからこその鎮魂で在り、天へと還る幽鬼、か」

「──陽弥(ヤンミィ)。……それを、近くで見せてはくれぬか?」

 

 ざわめきが大きくなる。

 声を発したのは、帝の後ろ、竹簾によって顔の隠された人物。

 現帝の母御にして、元神子たる女性。

 

「おお、母よ。勿論だとも。……気に入ったか? 気に入ったのなら、もっと数を用意させよう」

「……いや、この一つだけで良い」

「そうか。そうか……しかし、良い事だ。青州、青清君。その細工師に、この帝からの礼を伝えよ。母が……こうして興味を持つもの、というのは数少ない。私は母の喜ばせ方を知らぬものだから、母のこの姿を見ることができたのは僥倖だ。──改めて礼を……ん?」

 

 ん?

 帝だけではない。会場全体が皆「ん?」となった。

 

 いないのである。今礼を言われていた本人が。付き人も。

 

「……帝。大変申し上げにくいのですが……帝のお話の最中に、青清君は付き人の身体を掴み、どこかへ消えていきました」

「……」

「……」

 

 沈黙が落ちる。

 無論帝と州君には亀裂というか壁というか、決して気を許さない隔壁のようなものが存在する。それは確かだ。

 だけど、今帝が行った「礼」は、紛れもなく心からのものだった。それを。

 

「ぶ……ブァッハッハッハ! 陽弥、お前の話が長いから、青州のが帰ってしまったぞ! クククク……ここまでが芸だとしたら、此度の青州は最高だな! 良い良い、まぁ飲め飲め、良い事があったのだ、飲んで笑って吹き飛ばせ! 今宵は墓祭り! その鎮魂水槽なるものと同じく、天へと還った魂に我らが喧噪と壮健を見せつける日よ!」

「いやぁ、彼女には困ったものだね。けれど、赤積君の言う通りだ。陽気にしていないと、ボク達を心配した皆が、ボク達を想って災いを降ろす。そうなってはいけないからね。さぁ、墓祭りを再開しよう」

「はぁ……いや、おれは進史が心配で心配で……。点展、確か心労専用の胃痛薬が最近発表されてたよな? あれを贈ってやってくれ……」

 

 市井の者に、どの州君が一番ついていきたいか、と聞いたとして、それが忌憚なき意見の場合、緑涼君と赤積君で二分し、その内の女性は黒根君へと流れるだろう。

 そしてどの州君が一番自由かを問えば、全州一致で青清君が選ばれるだろう。

 

 もう問題ない。初めの頃こそひと悶着あったものだけど、もう青清君がそういう存在だということは知られている。

 ただ。

 

「……青清君は、細工師にちゃんと礼を伝えてくれるだろうか……」

 

 そういう所、ちゃんと律儀な帝だけがそんな心配をしていた、とか。

 

 

 

 進史は今──青清君に、首を掴まれていた。

 

「……そこまでの死にたがりだったか、進史」

 

 青清君の手からは光が零れていて、それが示すことなど輝術師であれば誰もが思いつく。

 

「ぅ……ですが、これが最も被害の少ない……!」

「何のための護衛だ。何のための私達だ。……帝への機嫌取りなどどうでもいい。──祆蘭を鬼に売っただと? ──お前は私が……私が、あの子をどう想っているか、知っているだろう!!」

 

 光が──刃の形を取る。

 掌から零れる光の粒子。それらが全て刃となり。

 

「その、祆蘭からの提案です……あなたが彼女をどう想うかは勝手ですが、彼女の気持ちも考えてください……!」

「……あの献身小娘め! お前もお前だ、進史! どうせ簡単に言いくるめられたのだろう! もっと……もっといい方法があったはずだ!」

「祆蘭は、身を投げたのではありません……っ! しっかりと手がかりを遺しています……!」

「だろうな。あの小娘は命数尽き果てるまで抵抗し続けるだろう。だからこそ鬼の目には馳走に映る。……手がかりとはなんだ、すぐに吐け」

「……っ!」

「おい。吐け。……まさかこのまま首を斬り落とされたい、というわけではないだろうな」

 

 進史は。

 口を、結ぶ。

 

「……口封じか。祆蘭から……成程、月の位置だな? 一定の時間になるまで絶対に口を割らぬよう言い含められていると見た。──私の言葉より、祆蘭の言葉を優先すると。そう言いたいわけだ」

「……気に、障りましたのなら……どうぞ、この首を」

「馬鹿をいえ。お前を殺さば手がかりがなんなのかわからなくなる。……あとどれほど待てばいい」

 

 捨てるように、青清君が進史を放す。

 ゲホゲホと咳き込む進史。加えて、薄皮一枚ではあるものの──しっかりと斬れている首筋に恐ろしさを覚えながら。

 

「あと……四刻ほどですが、あなたは待てないでしょう」

「当然だ。馬鹿か、四刻など……ああ、この……あの莫迦娘め! どうせ鬼を相手に対等ぶって話しているのだろうが、そういうことではないと何度言ったらわかるんだ!!」

「そういう、ことではない……とは?」

「気付くのは時間の問題だ。鬼は……特に祆蘭が遭遇したという桃湯(タオタン)なる鬼は、恐らく気付いている。……祆蘭は私達をまだ信用しきっていない。もし、鬼が彼女の興味を惹きつけるような……私達より鬼を取るようなものを用意していれば、もう落とされているかもしれぬ」

「し……青清君? いったい何の話を……」

「だから今すぐに吐けと言っている。あ奴の考えているより、あ奴の存在は希少で危険なのだ。進史、間違えるな。あの小娘は確かに賢いが、同時に無知だ。私のように故意で無知でいるわけじゃない、本当にモノを知らぬ。その甘言はまるで妙案のように聞こえるやもしれぬが、取り返しのつかないことに──」

 

 ぴく、と。

 青清君が顔を上げる。振り返るは青宮城の方。

 

「……なんだこれは。城内に……漆?」

「っ!」

 

 見誤っていたのだ。長年の付き合いである進史でも、青清君の精査できる範囲、その全容を知らなかった。

 これだけの距離があって、青宮城の内部まで輝術を届かせることができるとは。

 

「……そういうことか。……ならば……だから……」

 

 直後、何かが爆発したのかと思うほどの噴煙が巻き起こる。

 すぐに進史が砂煙を抑えつけるが──いない。青清君が、いない。

 

「はぁ……。だから無理だと言ったのだ、莫迦娘め。私では……青清君は引き留められぬ。……死を覚悟したが、まぁ。……それほどに、か」

 

 彼は思い出す。彼女の鬼気迫る顔を。その顔に隠れた──心配で心配で仕方がないという、胸が張り裂けてしまいそうなその感情を。

 良い事だ、と思う。

 青清君は飽き性だ。だけど……もし、一人に固執することになれば。作り出される工芸の方ではなく、それを作る者を愛してしまえば、青清君は安定する。

 

 懸念事項があるとすれば。

 

「帝と、その母御、か」

 

 表面上では、他州の州君や妃が鎮魂水槽に興味を示した様子はなかった。

 大きな反応をしたのは帝とその母御だけ。

 

 あの細工師を中央に寄越せ、などと言い出さなければ良いのだが……というところまで考えて、進史は首を振る。

 口は禍の元だが、思考するだけでも禍の元になることがある。

 

 考えるのをやめよう。

 そして、今のうちに青宮城の清掃をしよう。

 

 ──進史の中に、「もし奪い返せなかったら」という考えは、実は欠片も無いのだ。だからこの作戦に応じたともいう。

 全州の中で慕われている州君は、という問いに、青清君の名が挙がることはない。全州の中で自由な州君は、であれば文句なしに青清君だ。

 

 そして──全州の中で、最も強い州君は誰か、という問いにおいても。

 満場一致で。なんであれば、他州の州君さえも頷かせるほどに。

 

 青清君のその名が挙がるのだから。

 ……一応、墓祭りの会場に残っている青州の貴族たちに、「青清君と進史がどこに行ったのかを聞かれたら適当に誤魔化してくれ」という連絡を入れつつ。

 それに対して「いやいやいやいや」とか「無理ですよ私達を何だと思ってるんですか」とか「せめて言い訳の例を教えてください進史様!!」とかいう声を全て無視して、進史は青宮城へと帰るのだった。

 

 

 

 掃除の終わった青宮城。

 そこに──二つが降り立つ。

 

「お帰りなさいませ、青清君。そして……祆蘭」

「ふん」

「進史様。随分と口が軽いようで。約束の刻限まであと四刻はあったように思いますが?」

「だから、無理だと言っただろう。私にあの方を止めるような力はないし、止められていたら私はこんなに苦労をしていない」

 

 帰ってきて早々嫌味を垂れるこの小娘。今回の諸々の首謀者にして──まぁ。

 無事に帰って来てくれて、本当に良かった、と思える相手。

 

「ふむ。……ふむ。なんだお前ら、私に関することで仲違いでもしたか?」

「……別に、しておらぬ」

「私の発案だと知れなければ、進史様の首を斬り落としていたところだった、と言っていただろう。進史様はいつものことのように思っているようだが、少しだけ距離を置こうとしているな。ふむ……苦手や嫌悪の感情ではない。……これは、子の感情形成を喜び、少し手を離してもいいか、と考える親心……と言った感じか?」

「……断じて違う。青清君も真に受けないでください」

「真に受けてなどいないし、お前を親だと思ったことはない」

「受けてるじゃないですか……」

 

 くつくつと笑う少女。この姿だけ見れば……嗤い方が多少邪悪ではあるが、年相応の少女だ。

 だが、果たして九歳の、輝術も使えぬ単なる平民の少女が。戦闘の訓練も受けていない少女が。

 

 鬼の巣穴から、穢れなく生還する、など。

 

「ああ、そうだ。進史様、青清君」

「……なんだ」

「どうした?」

「帝の母御に会うには、何をすればいい?」

 

 まるで。

 もう、なんでもないことかのように。世間話をするかのように。

 

「……ダメだ。会ってはならない」

「会うことも不可能だし、会ってはいけない。どうした、祆蘭。権力に興味が出たのか?」

「いや。ただ……まぁ、今はお前達しかいないし、良いか」

 

 祆蘭は……口にする。

 

「鬼と対話し、情報をいくつか拾ってな。私の中で、一つの仮説が立った。──現帝の母御は、元々鬼達の神だったのではないか、という仮説が」

「……不敬以外の何物でもないし、そのようなことを考えることさえ許されぬが……仮にそうだったとして、なぜ会いたい、などという希望が出る」

「人間が鬼になるには、死が必要だ。だが鬼が人間になるには何が必要なんだ。その答えを人間は持っていない。だが……現帝もその母御も、人間なんだろう? 私の仮説が正しければ、帝の母御はなんらかの手段を経て鬼から人へと戻った稀有な例だ。それはあるいは、鬼を人に戻す技術や、鬼と人が完全にすみわけを行う手段。そして……輝術という摩訶不思議な術理を紐解くきっかけになりそうだと思った」

 

 正直に言って。

 進史から見ても、青清君から見ても……祆蘭が口にするその言葉は、危険思想としか言いようが無かった。

 帝の母御を鬼だと言う。それが人間になっているのかなっていないのかに関わらず、現帝には鬼の血が流れていると言っているようなもの。それは……あるいは天染峰そのものを揺るがす戦乱を引き起こしかねない。

 あまりにも大義名分過ぎるからだ。

 

「祆蘭。お前は……己の立場を思い出せ。お前は世直しや、この世の摂理を変えることができる立場にいると、本気で考えているのか?」

「それを言われたら返す言葉が無い。私はただの拾われた平民で、一年契約のもと捨てられる玩具作りの見習い大工。世を変える立場でもなければ、現体制に刃を入れるほどの力もない。なんなら熱量も無い」

「なら、余計なことを考えるな。そういうことは……そういうことを行う者に任せればいい」

「であれば私に余計な知識を与えたのは間違いだったな、青清君。──私は今、脅しをかけられる立場にもある」

「どういう……」

()()()()()()()()()()()()()()()()()と、そういう話だ」

 

 それは。

 それは。

 

「鬼につく、と?」

「そう怒るなよ、輝術師。私にとっては輝術師も鬼も変わらないんだ。ただただ得体が知れない。ただただ私とは違う生き物。そういう認識でしかない。であれば、私を封殺しようとする連中より私の話を聞いてくれる連中について行こうと思うのも致し方の無い話だろう」

 

 もし。

 もし、本当にそうなったら。

 

「──私を殺さねばならない、か? ふん、いいぞ、進史様。あんたはそうしている方がよっぽど人間らしい。対して青清君は落ち着いているな。……何か心あたりでもあったか?」

 

 危ういと、素直に思う。

 進史にはわからない。祆蘭と鬼の間でどんな会話がなされたのか、青清君が祆蘭に何を話したのか。

 だが、現状。

 

 この少女は──輝術師(自分たち)に不信感を抱いている。

 それも……何か梃入れをしなければ、一切傾きそうにないほど大きな。

 

「小事を見て大事を判断するほど愚かであるつもりはないよ。だが、あんた達が情報を開示しないというのなら、私はただ私の思うままに動くというだけだ」

「──よし、良い事を思いついた」

「ん?」

 

 何を言うべきかを迷っていた進史。

 けれどその躊躇いは、そしていつも通り悪ぶっている献身小娘は。

 

 自由人に、かき回される。

 

「今から墓祭りに行くぞ、祆蘭」

「……は? いや待て、莫迦を抜かすな。今回の策はそもそも私という存在を他州に知らせないための」

「知るか。祆蘭、お前は私達を信用できていない。まぁ当然だ。お前の生活を壊し、危険に晒し、お前のいう通り、輝術という原理のわからぬ術を使う化け物。そんなものは信用できない。それは正しく当然で、至極真っ当な意見だ。だから墓祭りに行こう」

「それは誤っていて不明瞭で、至極わけのわからない意見だ。理由を言えせめて」

「祭は人の性が出る。──私達を知ってもらうには、墓祭りをお前と共に楽しむことが最適だと判断した。その上で私達を切り捨てるというのならそれは……そうだな、お前が良く口にする、"摂理"という奴だ。より心の惹かれる方へ、より自身の好ましい方へ向かう。本能という摂理。──つまり、だ。進史」

「御意に」

 

 自由だ。

 だからこそ、進史や祆蘭のように理屈をこねくり回す者には見えない景色が見えている。

 

「祭りの日くらい、楽しいことをしよう。祆蘭、私はお前と祭りに行きたい。──この手を取ってくれるか?」

「……。……金は持っていない。奢れ、青清君」

「ふふふ……良いぞ。豪遊と行こうじゃないか」

 

 一番慕われているのがどの州君であろうと。

 少なくとも進史は、青清君に仕えることができて良かったと思っている。

 

 この自由な、形の無い水のような御方に。

 

「……いや待ってください、青清君。あなた、算学は」

「馬鹿にし過ぎだ馬鹿者。今ので無礼点が五十点になった。半分はお前が出せ進史」

「無礼点とは……」

 

 では──墓祭りを楽しもう。

 この自由人と、偽悪小娘を連れて。

 

 苦労人の夜は長い──。

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