女帝からは逃げないと。 作:霧江牡丹
灯りの無い、月明かりしかない
規則的ではないけれど、途切れることのない音。
「なにをしているのかしら?」
「見りゃわかるだろう」
「……木彫り?」
「ああ。丁度お前を作っていたところだよ、
驚くことはない。
ひたひたという足音や、何かが這い回る音は聞こえていた。
今日がその日だ。墓祭りの日。
曰く、歴史上初めて──青宮城から人がいなくなった日、だとか。
「私を? ということは、私への贈り物?」
「よくわかったな。……こう、こちら側から灯りを照らすこととかできないのか、鬼というのは」
「鬼火でいいなら」
ボウ、と。
熱を持たない青白い火が、私の欲したところに灯る。
できるんだ。
「……便利だな鬼」
「でしょう? 人間の輝術より、眩しくないし」
「今割と本気でそう思った」
「ふふ、本当におかしな子」
さて。
「作りながらで良いなら、とっとと連れて行け。ああ、力の強い鬼はいるか? できればこの角柱を持っていってほしいんだが」
「なぜ?」
「なぜってお前、私を連れ去るんだろ? 真っ当な家は無理だが、掘っ建て小屋くらいならなんとか自分だけでも作れる。お前ら鬼は雨風関係ないかもしれないが、私は風邪を引くんだ。家は必要だろう」
「……輝術の気配はしない。本当にただの木みたい。──
「なんだ姐さん。やはり素直に頷かないのか?」
「この大きな木、傷つけずに持っていける?」
「はぁ? ……いやまぁできるが」
「私達に付いてくるのは肯首してくれるのよね?」
「でなけりゃこの城をもぬけの殻にして私だけ、なんて状況作らんだろ。聞けば、お前達鬼一人を倒すのに輝術師が何十人とかかって大きな被害を出してようやくできるかできないか、という戦力差らしいじゃないか。それが……私に聞こえているだけで、十七はいる。護衛など置いても無駄だし、抵抗するのも無駄だろう」
「二十四よ、来ているのは」
「多いな。鬼というのは暇なのか? ……まぁ仕事なんかないか」
思ったより少ないな。
もしかしたら青清君がいる、とは思わなかったのか? それとも二十四人いれば青清君をやっと倒せる、という人数なのか。
どちらでもいいが。
「籠を所望する」
「……えっと?」
「だから、籠だ。貴族が乗るような籠。連れられるならアレがいい」
「……角栄。このお城の倉から、籠を盗んできて」
「何言ってんだ姐さん。こんなガキの言うこと真に受けねえで、ぶん殴って気絶させて持って行けば」
「なんだ、私の利用価値もわからん鬼も混ざっているのか。私も無学の身だが、桃湯、お前も苦労しているんだな」
「ンだと?」
やっぱり、直接的な攻撃のできる鬼もいるのか。
桃湯はむしろ特別な部類かね。
「だめよ、祆蘭。鬼をそんな風に挑発しちゃ。あなたの言うように後先を考えられない鬼もいるのだから、あなたのような命は儚く散ってしまう」
「いや……姐さん、あんたどっちの味方なんですかい」
「賢い子の味方」
「だそうだぞ角栄。もっと勉学に励め」
「──調子に乗るなよ、ガキ。お前など」
「早くして」
「……。……あぁわかった、わかったよ姐さん。だが約束を忘れるなよ。ソイツは
「当然でしょう。独り占めする気なら、あなた達なんか呼んでいないわ」
「……ま、そうだな。んじゃこの角材と籠を持って城の入り口にいる。話し合いでもなんでもいいが、奴らが戻ってくるまでに済ませろよ。それと、鴉達からの報告だ。この城、周囲に人影も輝術の気配もねぇ。奴ら本気で祭りに行ってやがる。このガキを置いて」
「売られたんだ、当然だろう」
細かい作業に入っていく。
桃湯は髪が長いから、その辺のディティールを欠かさずに、目元や唇などの美貌も可能な限り再現して。
……フィギュア製作もいけるか、私。
「あ、待て桃湯」
「なに?」
「もしやとは思うが、眠らせていく、とか言わないよな。だったらこれ作り終わってからにしてくれ」
「安心して。そんなことは言わないから。なんなら道中で作っていてもいいから、出発しましょう? 大丈夫よ、角栄たちが全く揺らさない快適な籠運びを実現してくれるわ」
「……前々から思っていたが、鬼って実はすごいのでは」
「ええ、鬼って実はすごいの」
適当な雑談を挟みつつ──部屋を出て、城の門へと歩いていく。
そこに集まっているのは、魑魅魍魎……というほど異形たちではない。男女比は女性の方が若干多めの、見た目普通の人間たち。ああでも男は筋骨隆々だから古代中華っぽくはないな。
「さ、乗って。私も乗るから」
「……姐さん。もしかして俺達に運ばせる気か?」
「当然でしょう。それともなぁに? 私は歩かせるの?」
「俺達は平等だろ? それを、人間の貴族みてぇに……」
「じゃあ角栄は良い。他の鬼に頼むから」
「待ぁってましたァ! えーこの
「んだとこのヒョロ眼鏡」
「ええ、お願いね旧蓮」
「っしゃァ! へん、無駄に矜持持ってるから捨てられんだよ筋肉馬鹿!」
……騒がしいな、鬼。
でも……やっぱり私にとっては、輝術師と鬼の違いが分からなくなる一幕だ。
なんなら鬼の方が自由そう。
籠に乗る。浮遊する馬車じゃない奴だ。続けて桃湯も乗ってくる。
それが前後で持たれて……若干の浮遊感。
「そういえばお前達は飛べるのか?」
「ええ、跳べるわ」
「──ということは」
「大丈夫。微塵も揺らさない、って旧蓮は言ったから。……言ったかしら?」
「勿論! 移動していることがわからねぇほどの快適で! そんじゃァ──アァァらよ──ッとォ!!」
揺れ、はないけれど。
当然、落ちるのだから、浮遊が……無重力状態無重力状態。あ、この状態でも鑿は打てるんだな。
「祆蘭、今だけは私の膝に乗りなさい。そうすれば、着地の衝撃を最小限にできるから」
「また首を斬る気か?」
「あれは事故。……脅しだけで、そんなつもりは無かったの。本当よ」
「わかってるわかってる。……お、膝はあるのか。足はないのに」
「ええ、私は人間だった頃、足を斬られたから。無いのは足首から先だけなの」
……ふーん。元人間なのは本当なのか。
しかし、足先だけを斬る、ねえ。何かの因習か、罰か。……何かしらはありそうだけど。
「はい、じゃあ元の席に戻って大丈夫」
「え、もう着地したのか? ……凄いな。旧蓮と言ったかお前! 本当にすごいな!」
「姐さんじゃねぇのに褒められたって嬉しかねぇけど、ありがとよ!」
普通に凄い。着地した感触なんかなかったし、今も移動しているとは思えない程静かだ。
これなら集中できる。
「しかし、足が無いとなると、立ち姿は無理か。まぁあの時と同じ、弓を弾いている姿で良いな」
「なんでもいいわ」
ガツガツと鑿の音を響かせて、深い部分を手掛けていく。想像の百倍良い作業環境だ。鬼、やるな。
「……ちなみに喋りながらでも工作はできるから、喋りかけてもいいぞ」
「そう? 器用なのね」
「お前とて話しながら弓を弾けるだろう。大体同じだ」
「成程」
じゃあ、と。
桃湯は。
「売られた、というのは絶対に嘘だとして……何か作戦があるのよね? どういうことなのかしら」
「流石に言わん。あるのはある。考えてみろ」
「最初は、木屑を落としていって、それを辿らせるのだと思ったわ。でも、自分から籠に乗りたい、なんて言い出すから……これは違う」
「一応補足すると、木屑を落としていったところで風に吹かれて終わりだろう。あとわかりやすすぎるし」
「そうよねぇ。流石に皆気付くわ。どれほど馬鹿でも」
「ああ。だから違う」
うーん、と桃湯は考え込む。
そんな桃湯に、「ちょっと灯り頼む」なんて言って鬼火を貰う。
「……何もわからないから話題転換するけれど、そういえばあなたの生まれ故郷を見に行って来たのよ」
「何も無かっただろう」
「ええ、本当に。食べる価値のない魂というか、一目で不味そうだとわかる魂ばかり。あなたがあそこで生まれたなんて、自分で調べていなければ信じられない程だった」
「そこまで言われるのか
「遠くない内に滅んだって納得の行く村だったわ。それも、鬼や幽鬼関係なく、村というものの寿命で」
「実は言い返す言葉を持っていない」
そして多分、水生のみんなですら同じ見解だと思う。
明未も子供ながらにそう思ってんじゃないかな。
「でも、あなたからは輝術の気配は感じないし……本当に不思議。私がつけちゃった穢れも、自分の魂だけで押し返したのでしょう?」
「らしいな。私に自覚はないが」
「そこはあなたに感謝しないと。穢れた魂なんて食べても美味しくないし」
「そうなのか。……ちなみに魂ってどういう味なんだ。現世のもので例えると」
「例えられないけれど、不思議で、甘美な味よ」
「……こう、私が料理を作って、それが魂の味に似ていたら、『鬼が太鼓判を押した魂味の団子』とか商品にできないものか」
「あら、賢い子だと思っていたのに、案外阿呆なのではないかと思えて来たわ」
無学なのは事実。
「聞いていいものか迷っていたんだが、お前達鬼は元人間、という認識でいいのか? さっきの足の話もそうだが」
「ええ、そう。というか、聞いていないの? 幽鬼は未練や恨みを遺して死んだ人間で、鬼は自ら鬼になろうとして死んだ人間だ、って」
「聞いたが、聞いただけだ。私は鬼でも輝術師でもないから、自分で見聞きしたことでないと信じ難い」
「……そうねぇ。私達の住処に着くまでもう少しかかるし……聞きたいことがあったら聞いてみていいわよ」
「鬼になろうとして死ぬ、ってどうやるんだ?」
「いきなり核心の核心を突くのね」
「いやだって、気になるのそこだろう、一番」
言葉の端から探ろうと思っていたけど、教えてくれるなら僥倖だ。
千載一遇のチャンス、か? まぁ私が生きて戻れなければ何の意味も無いのだが。
「勿論、鬼になろうとして死んだ人間の全てが鬼になれるわけではないわ。それなら鬼が溢れかえるし……私達としても、限られた美味しい魂を奪う存在が簡単に増えるのは好ましくない。それに、あまり俗な理由を持つ同胞が増えても……あまりに人間臭いと、殺してしまうだろうから」
「あー。その様子だと過去にいたのか。くだらん理由で奇跡的に鬼になれた人間」
「ええ、いたわ。気に障ったから滅ぼしたけれど」
「……それが理由で姐さん、なんて呼ばれてたり?」
「いえ、私がそう呼ばれているのは、ただ単に長生きだから、よ」
「あと強いからですねェ」
「そんなに強いのか」
「ここにいる鬼全部が一斉にかかって、傷一つつけられねぇくらい強いぜ姐さんは」
「何やら外野から情報が入ったが、どうなんだ」
「……まぁ、どう思うかは勝手だから」
強くなければ単身青宮城に潜伏する、なんてしないだろう。
それに、プライドの塊に見えた角栄が何の口を挟もうともしてこないあたり……というところか。
「何か条件があるんだな、鬼になるためには」
「そもそも一概に鬼と言っても二種類いるのよ。ああ、三種類かしら」
「へえ。強さとかの話か?」
「いいえ、成り立ちの話。今いる鬼の中にはいないけれど、恨みや未練の対象がいなくなって、けれど消えなくて……そうして行き場の無くなった幽鬼が互いや輝術師、強い魂を食らって誕生する鬼。これが一つ目」
「そういうのって自我とか……」
「ええ、理性的じゃないわ。だからこういう計画や作戦には向かないの。ただし、だからこそ暴れるには適しているから、敵地に放り込めば暴れるだけ暴れて死んでくれる。便利よね」
幽鬼はあくまで使える駒扱いなんだな。鬼になっても。
同族意識の面では、鬼と幽鬼は根本から違うのだろう。
「二種類目が、私達みたいに自ら鬼になったもの。なり方は……これも、様々だけど……みな強い意志を持って鬼になっている。鬼であることを誇りに思っているのではなく、鬼にならなければならなかった、という側面が強いかしらね」
「それは恨みか……いや、世直し、とかか?」
「さて。鬼によって理由は違うから」
成程成程。
人間じゃダメだった理由があるのか。
「それで、三つ目は?」
「さっき、私は言い淀んだでしょう? その理由が三つ目にあるの。簡単に言うと滅多に現れないから、なんだけど」
「ふむ?」
桃湯は、一度言葉を切って──言う。
「楽土から帰って来た者。それが三種類目の鬼よ」
そう。
──それって私じゃんね、なんておくびにも出さないが、とりあえず桃湯フィギュアが出来上がったので本人に見せる。
「どうだ」
「……凄い。上手ね」
「だろう? できれば着色もしたいが……まぁ流石にそれは贅沢か。さて、さっき角栄が持ってくれた角柱、アレの端っこを切り落として私にくれないか」
「だそうよ、角栄」
「……はぁ。わかった、わかったわかったわかった」
ブォン、という音がして、ごと、という音がして。
籠の戸から、立方体の板材が投げ込まれる。
その断面は……チェーンソーでも使ったんじゃないかと思うほどに、綺麗。
「鬼、土木仕事向いてるだろ」
「流石に輝術師の方が向いているんじゃないかしら」
ああそうか、そっちがいたか。
「それで? そっちは何に使うの?」
「角栄を彫る」
「あら、もう覚えたの?」
「造形が単純だからな。暇があれば旧蓮も彫るつもりだ」
「……もしかして、私達に媚びを売ろうとしているの?」
「馬鹿言え、だったらもう少しマシな態度をとる。私は暇があると仕事をしたくなるんだ。これらがお前達の住処に置かれるかは知らないが、たとえ私の命数尽きても作品が残るならば本望だ」
くだらない言葉を吐いて、作業に取り掛かる。
今籠がどこにあるのかはわからないが、墓祭りが始まってからそう時間は経っていない。
これは仮に辿って来れたとしても私は死んでいるだろうなー、とか思いつつ。
「もう一つ聞きたいこと、いいか」
「ええ。幾つでも」
「輝術とはなんだ。……とても正直な話をするがな。私にとっては鬼も輝術師も大差がない。どちらも摩訶不思議な術を使い、不明な生態をしている。ただ数が多いからという理由で輝術師が生態系の主のような顔をしている。そうにしか見えん」
「輝術とは何か、ねぇ。……私達もそれがわかったら苦労はしないのだけど」
「お前達は元輝術師とかではないのか?」
「いえ、元輝術師よ。皆貴族で合っているわ。でも……なぜ私達に輝術が効くのか、私達がなぜあの光を苦手に思うのかはわからないの。旧蓮、角栄。あなたたちはわかる?」
「知らねぇな。なぜか痛い光だ。人間だった頃は疑問にすら思わず使ってたが、鬼になってからは心底意味の分からん術だ。あんなものを……原理も分からずに使っている人間に、恐ろしくはないのかと問いたいほどにわからねぇ」
「そりゃ俺もでさァねェ。これでも俺ァ一端の高級貴族サマって奴だったんで、輝術もそりゃもう使えたんだわ。……が、その頃から輝術がなんのか、これがどういう原理で、何から発生してんのかはわからなかった。鬼になってから気になって輝術師を解剖したこともあるがァねェ、平民の内臓と大差がねェと来たモンだ。こいつァ魂に何かあるとしか思えねェってわけヨ」
私も同じ結論に至った。
穢れとやらを魂のうんたらかんたらで押し返せるなら、輝術は魂がどうのこうのと起源を同じくしているのだろう。
そして……だとして、結局なんなのか。なぜ貴族の血筋だけが輝術を使えるのか。
「しっかし、アンタ剛毅だなァ。輝術師、今ンとこは仲間だろゥ? そんなボロクソに言っちまっていいのかい?」
「何がボロクソだ。お前達の生態を問うたのとほぼ同じだろうが」
「こういうの、好奇心旺盛っていうのかァねェ。だが覚えておきなァ」
「過ぎたる好奇心は身を滅ぼす、とでも言う気か? 馬鹿め、今盛大な投身自殺をしているんだ、今更だろう」
「……そりゃそうかァ」
命が惜しいならこんな作戦立てんわ。
「あ、そうだ。ついでに、今墓祭りやってるだろう?」
「ええ、そうね」
「楽土から魂が帰ってくる。その魂が心配しないように元気な姿を見せつけて、安心して楽土へ帰ってもらう。これが墓祭りの概要だ。──帰ってくるのか?」
「帰ってくるわけないでしょう。そして、帰って来ていたら、それ鬼よ」
「だよな……」
やっぱりそこは迷信なのか。
それでも開くのは……気休めか、あるいは貴族にだけ伝わっている何かがあるのか。
どちらにせよ、やはり祭など出なくて正解だ。
そして。
「さて……そろそろ到着するけれど、心の準備は良いかしら」
「なんだ、できていないと言ったら待ってくれるのか?」
「構わないわ。それで?」
「問題ない。ただ一つだけ頼みがある」
「なにかしら」
「殺すなら首をスパッとやってくれ。長く痛いのは好まん」
「……別に殺す気は無いのだけど」
あ、そうなの?
……そういえば今の質問タイムに聞いておくべきだったか?
助け出す、ってどういうことなのか、を。
籠を降りたそこは……地底に造られた宮殿、のような場所。
いるわいるわの鬼鬼鬼。それらが私を見て、舌なめずりをしている。
「やっぱり食われそうだな。食う時は頭からにしろ。他は痛い」
「だから、食べないって言ってるでしょう」
「だが山分けするのだろう? 殺してからにしてくれないか」
「そういう意味じゃないの。はぁ、角栄が馬鹿なことをいうせいで……」
百、は……いるな。
うーん。
これ、進史さんと青清君来ない方が良さそう。流石に勝てないだろこの量。
「ここ、名前とかあるのか? 鬼ヶ島みたいな」
「別に島ではないし……人間は人間の城に人間城って名付ける?」
成程。
論破された。
「名前は無いし、誰が作ったのかも定かではないの。この宮殿は元からここにあって、都合がいいから使っているだけ」
「厠とかの関係か?」
「鬼に厠は必要ないわ」
アイドルか?
「それで……山分けとは、助け出すとはなんなのか、そろそろ教えてくれ」
「そう、それよ。そっちを聞いてくると思ってたのに、あなたが全く別の話をするから……」
「ああすまん。道中に説明する予定だったのか」
「そうよ。まず、助け出すに、ついてだけど」
ぼう、と。
青白い炎が──各所から上がる。
「祆蘭。──あなた、実は鬼でしょう? さっき言った、三種類目の」
逆光が、彼女を黒く染め上げて。
だから、間髪も溜めも入れずに答える。
「多分?」
「……否定しないのね」
「いや、楽土に行った記憶がないんだ。だからすんなり肯定できない。だが──幽鬼の未練を断ち切る記憶は有している。というか、だからこそ私をそうだと断定したのだろう?」
「ええ、そう。……
「ああ、お前が舌を斬った幽鬼だな」
「……あら、尋問官に紛れた鬼が斬った、ということになっていたと思うのだけど」
「だとしたら被害が出なさすぎだろう。そこまで理性的な鬼ということは、さっきお前が話していた二種類目の鬼であるはず。だがソイツは多少暴れこそしたものの、輝術師によって討滅されたらしい。尋問官に紛れ、成りすました鬼の精査さえも乗り越えた鬼が、そう簡単に捕まるものかよ。だから、捕まった鬼は一種類目の鬼で、お前が身代わりとして置いた幽鬼の成れ果て。そういうことだろう」
「成程……籠に乗りながら、そこを推理していたのね」
「ああ。さも前からわかっていた風だっただろう。全然、全く、今さっき辿り着いた真相だから、私の護衛も保護者も依頼主も、誰も知らん情報だ」
胸を張る。
ふん、馬鹿め。私をそんなに頭のいい奴だと思うなよ。そこまで推理できる頭があるならもっとスマートな策を思いついている。
もう全く興味がないです、と言いたげに足の裏を掻いている角栄。いや待て、足を掻いた手で鼻をほじるな。衛生管理とか無いのか。
「寧暁の身体を包んでいた光。あれは、今思えば青さを減らした鬼火のようだった。どうせ取引をしたか何かだろう? 輝かせてやるからもっと輝くものを奪いに行け、とか」
「そうね。適当なことを言ったら、簡単に動いて……あなたの前に躍り出てくれたし、あなたは目論見通り彼女を祓ってくれた。そうして、あなたの特異性を間近で見させてもらったの。
「しかし、それで確信するということは、私以外の楽土から帰って来た鬼、というのも幽鬼を祓えたのか?」
「そういうことになるわね」
なるほどなぁ。
そいつも生まれ直しを……と思ったけど、元来のケースがそいつで、私のはレアケースだろうなぁ。
その鬼は本当に楽土へ行って、帰って来た鬼なのだと予想する。
「そいつの名は?」
「わからない」
「わからない? 名を教えなかったのか? というかもう死んでいるのか?」
「ええ、もう消えている。名を遺さずに消えた鬼。けれど、古くからいる鬼は敬意を表して彼女をこう呼ぶわ。
……その名前は私でも知っているなぁ、流石に。
でも……地球とは全く別の文化を築いていて、そんなに音が似る事、あるか? それとも私が今脳内で日本語解釈したのが間違っているのか?
ただ、何にせよ聞かなければならない。こればかりは。
「神……とは、なんだ。鬼ではないのか?」
「……。本当に知らないの?」
「常識なのか?」
「……ダメね。眩しすぎて、魂の揺らめきが見えない。あなたが嘘を吐いているのだとしても……判別できない」
少なくとも輝術師からは神という言葉を聞いたことが無い。
爺さん婆さんも神に祈る姿を見せていない。城の中に神を祀るようなものはない。
だから、この世界に神はいないのだと思っていた。
違うのか?
「神というのは、導く者のことよ。州君……あなたの良く知る青清君も、幼き頃は神子として育てられていた。他者を圧倒する強い力を持ち、圧倒した他者を導き、霧中に道をつけるもの。それが神」
「お前達の鬼子母神は、多くを導いて、しかし消えた。──つまり、お前達は……私に鬼子母神を見出している?」
「ふふ、やっぱり、知識がないだけで頭の回転は早いのね。そう、あなたは人間に紛れて生まれて来た鬼。確信したのは寧暁を庇ったあの時。あの場にいた輝術師は疎か、私でさえも竦み上がらせるほどの威圧。あんなものを出せる子供は神子くらい。そしてあなたは輝術を扱うことができないから、鬼」
「だから助け出す、か。山分け、というのは?」
「あなたの恩恵を受けるのはここにいる皆、ということよ。私だけの鬼子母神にはさせない。角栄が言ったのはそういうこと」
ふむふむ。
ナルホドナルホド。
「──存外、くだらんな」
「!?」
鬼火が消える。暴風が壁面を叩く。体をポリポリ掻いていた鬼達も、一斉に身構える。
私……じゃ、ない。
背後。
「……登場が早すぎだ、莫迦者。もう少し情報を引き出せただろうに」
「そうか? 十分すぎる収穫だろう。──して、失せろ鬼。祆蘭は私のものだ」
洞窟内に。地底に。
光が満ちる──。
空飛ぶ馬車。
「墓祭り、早抜けして来ただろう」
「当然だ。贈答が終わった以上帝の機嫌取りなど私には不要だし、何やら様子のおかしい進史を詰めてみれば、お前をわざと鬼に攫わせただと? これがお前の発案でなければ進史の首を斬り落としていたところだ」
いや、それはもう圧倒的だった。
圧倒的な──水責め。
洞窟内に満ちた光の粒子は、そこからダバダバドバドバと水を生みだし、青清君は私だけを引っ掴んで浮き上がり、洞窟を出てしまった。
さらには洞窟の入り口に向けて輝術を揮い、それを凍らせて……。
あの後鬼がどうなったのか、私にはわからない。さすがにそれくらいなら生きていそうではあるけれど、あの宮殿はぶっ壊れてそうな気もする。南無。
「なに、勝算が無いわけではなかったし、実際追いやすかっただろ?」
「……城内の至る所に
そう、ヘンゼルとグレーテル作戦の全容がそれだ。
木屑とか糸くずとか、それらしいカムフラージュはたくさんしておいて、実はそれはもうどでかい罠を張っていましたよ、と。
青宮城のあらゆる床に塗りたくられた漆。天井や柱など、鬼の通りやすい場所にも全部塗った。
「途中で気付かれていたらどうする気だったのだ」
「桃湯が鬼達の中でも上位にあることはなんとなく察しがついていたからな。
その辺はちゃんと進史さんにヒアリングを取っている。
今まで相手をして来た鬼に清潔感のあるものは多かったか、など。
「真面目な話をしている時に、身体が痒い、なんて報告を入れる鬼はいなかろうさ。だから籠での移動にしたんだ。私が籠を所望すれば、監視が必要になる。中で何をしているかわからないのは不安だろうから。そして高確率で桃湯が乗ってくる。ほら、こうなれば妙に体の痒い鬼達と、私との雑談に夢中な桃湯の出来上がり。それでいて鬼達は基本徒歩移動だからな。地面にしっかり鬼の足跡が付く」
輝術で辿ってもらったのはソレだ。
最初の旧蓮の大ジャンプの飛距離によっては輝術が届かない可能性もあったので、そこだけヒヤヒヤしたが。
そんでもって、私はちゃんと足袋を履いている。私が痒い痒いなってたら桃湯も気付くだろうからな。
「しかし、進史様も口が軽い。もう少しくらい黙っていられなかったのか」
「……進史だけでなく、お前の護衛達も妙にそわそわとしていた。何かあるのだと察するのにそう時間は要らなかったよ」
「嘘が吐けなくて要人護衛が務まるのかね。……それで、どうだった?」
「何がだ」
「
「ああ……あれは、良いな。水中花と鎮魂水槽は、今後青州の代表的な土産になるだろう。水中花の方は作りが複雑だが、贈答品としてとても良い。鎮魂水槽の方は単純な構造でいて、見ていて飽きない。帝も大層喜んでいたよ。それに……他の貴族たちも、散っていった仲間たちへの想いを馳せているように見えた」
「それは良かった。原理はわかったか?」
「解析はまだだ。だが、解析するほどのものではないようにも思う。そして……だからこそ、世の理を知るのに重要な手掛かりの一つであるようにも思えた」
「言い過ぎだろう、それは」
青清君は……少しだけ、胡乱な瞳を見せる。
「あの鬼と意見を重ねるわけではないがな、祆蘭」
「ん」
「神子にも、二つの種類がある。一つは私のように、生まれは普通でも、輝術の才が他と隔絶していた、という神子。州君候補として……世間から隔離された一生を辿る。そしてもう一つが、
……。
……そんなに似ること、ある? 敵対種族の……レアケースの成り立ちが。
同じ、なんじゃ。
「二種類目の神子で、今尚生きている者はいるのか?」
「一人だけいる」
「それは誰だ」
青清君は、一度息を呑んで。
言う。
「
いやそれ。
怪しい以外の何物でも無いじゃん。