女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第六話「おきあがりこぼし」

 一層目にはこの城全体の生活に関わる機能を持つ部屋が、二層目にはこの城を成り立たせるための機能を持つ部屋が集まっている。

 気象の測量、各層における管理情報、幽鬼対策に纏わる作戦本部もここにあるらしいけれど、そういうのはどちらかというと青宮廷(シーキュウテイ)がメインなのだとか。

 

「二層目の説明はこんな感じだけど、大丈夫? 何かわからない事とかあった?」

「痛感したのは、やはり文字が読めないのは痛い、ということだな」

「あー……」

 

 恐らく室名だろう木板が扉の上に貼り付けられていても、それが読めない。だから覚えたつもりの知識の確認ができない。

 どの道入ることはないので構いやしないのだが、耳で覚えて目で反復し、書いて刷り込むのが勉学だ。……これがなかなかどうして難しい。

 日本語と文法が違い過ぎて何も頭に入ってこない。暇だから語学の勉強も合間合間にしているが……恥ずかしながら、芳しくない。

 

「まぁ、大丈夫! いつでも私達がそばにいてあげられるし!」

「ありがたいとは思っているよ」

「それに、小祆(シャオシェン)は算学はできるから、大人になるにつれて覚えられるよ。こういうのは自然と覚えていくものだから」

 

 算学。まぁ、文字こそ違えど数というのは不変だ。ゼロの概念も既にあるので、水準はそう大して変わらない。

 変わることがあるとしたら、やはり文字が違うので計算ミスが多発することくらいか。九歳にしては凄い、と言われたけれど、この程度だと突きつけられているのは理解した。

 

「……何の脈絡もない話をするが、構わないか?」

「うん。なんでも話して?」

夜雀(イェチュェ)様と祭唄(ジーベイ)様は、貴族……なのだよな」

「あ、うん。私は最下級で、祭唄は中くらいかな?」

「なぜ護衛などをしている? ……私は無学だから、宮中におけるそういった……なんだ、貴族の習わしなどはわからない。だが、先入観として荒事は男性の仕事である、という認識がある。事実青宮廷の兵士や、青宮城(シーキュウジョウ)の守衛は全員男性だろう?」

「んー……身も蓋もないことを言っちゃうと、結婚したくなかったから、かな?」

 

 へえ。

 夜雀さんは快活で明るくて、誰とでも仲良くなれるタイプ……だからこそ、結婚願望も強そうだと勝手に思っていたけれど、違うのか。

 

「私ね、女の子が好きなの。だから、政の道具になる前に、青宮城の道具になった、って感じかなー」

「まぁ……他人の嗜好に口を挟むつもりは無いが、なろうと思ってなれるものなのか? 親の反対などは」

「いっぱいあったよ。でも実力で黙らせた!」

「……成程」

 

 剣の腕か、あるいは輝術の腕か。

 帝や州君、その付き人であれば物質生成レベルの輝術が使える、との話だったけど、そんな最下級も最下級な貴族であってものし上がっていけるということは、上澄みだけが格別で、下の方は平たい……のかな。

 

「前に私と話した時は、悪者を叩きのめすが好きだったから、とか言ってなかった? あっちは嘘? それともこっちが嘘?」

「あ、祭唄様。……別に四六時中私の近くに居なくてもいいのだが」

「それが仕事。それで、夜雀。どうなの?」

「え、えーと……ハイ、その……叩きのめすのが好きでハイリマシタ……」

 

 身も蓋もないことよりも身も蓋もなかった。

 結婚したくない、も理由の一つかもしれないけど、こっちの方が優先度高そうだな。目の泳ぎ様が比じゃない。

 

「私は跡目争いに巻き込まれたくなかったから。前妻より後妻の方が位が高くて、その後妻の娘が私。あとは言わなくてもわかるでしょ」

 

 わかる。絶対に面倒臭い。

 でもなんだか意外だ。初めに抱いたイメージと逆なんだな、って。むしろ祭唄さんの方こそ武闘派で、夜雀さんが政嫌いで来たのだと思っていた。

 人は見かけによらないというか。

 

「貴族になりたい?」

「今の話を聞いてそう思う者がいるのであれば、そいつの脳内は花畑だろうな」

「そう? けれど、そういう煩わしさの代わりに、平民では考えられない生活がある」

「多くを知れば幸が遠のく。世界は狭い方が幸せだよ」

 

 付け加えるなら、平民にとっての幸福はせいぜい飢えないことと病にかからないことくらいだ。

 それ以上を求めることは贅沢で、贅沢は基本的に敵なので、自ら底なし沼に入る馬鹿はいない。

 

「そうだ、これは聞きたかったことの一つなんだが……帝と妃と州君は、誰が一番偉いんだ?」

 

 問いに、二人は顔を見合わせる。

 そして、同時に。

 

「州君じゃない?」

「流石に帝」

 

 と言い放った。

 ……意見、割れることあるんだ、こういう話題で。

 

「んーとね、小祆。この話結構複雑で……」

「影響力は帝が上。けど、純粋な力は州君の方が上。青州は違うけど、他の州では州君が軍事を担っているところもあるくらい」

「純粋な力というのは、つまり輝術のことか?」

「そう」

 

 なるほど、だから意見が割れたのか。

 夜雀さんは実力重視。だから青清君の方が上。

 祭唄さんは権力を知っている。だから帝の方が上。

 私の感覚的には権力者が上という結論に至るけど、もし青清君の「飽き性」という特異性が問題を起こすだけではないとしたら……本当に神を祀って鎮めているような話だな、とも思う。

 

「でも、こういう話はあんまり外でしないようにね? みんな敏感だから……」

「ただでさえ祆蘭は厄介な立場にあるのに、余計な争いに巻き込まれかねない」

「ああ。気を付けるよ」

 

 多分、あるのだろうな。

 帝派、州君派、みたいなのが。

 あ、で。

 

「妃は?」

「妃は、ただの妃。帝の妃」

「今年がまさにそうだよ。四つの州から三人ずつ妃様が選ばれて、帝と一年を過ごす。そうして帝はその中から一人を決めて、世継ぎとする。とはいえ残りの十一人が捨てられるわけじゃなくて、帝の血を分けてもらって、また各州の統治者とか次の妃を育む。……って、小祆にはまだ早かったかな?」

「選ばれた妃と帝の間に男児が生まれなかったらどうするんだ?」

「別に帝は男じゃなきゃダメ! ってことはないよ? 昔、数は少ないけど女性の帝もいたって記録が残ってるし。私が生まれてからはずっと男性だけどね」

「ああ……そうか。生まれた子が女児なら、選ばれなかった妃たちは男児を育てるのか」

 

 帝は基本男だと思っていたから意外だ。

 ……でも古代中国にも武則天……だっけ。唯一の女帝、みたいなのがいた気がする。楊貴妃だっけ? いやアレは傾国の美女? 小野小町……は、日本か。というか妃でも帝でもないわ。

 

 よし、前世の知識とか要らん要らん! 歴史とか知るか!

 

「子供が生まれなかった場合だけ、ちょっと厄介になる」

「厄介? ……争いが起きるのか?」

「さっき言った通り、帝と州君は絶妙な均衡で今の関係性を保っている。世継ぎを遺せなかった帝というのは、権力を失ったも同然。そうなると途端に州君の力が増して……州君が帝となることまである」

「それは……もはや国家転覆なのではないか?」

「でも、過去にあった。そういうことは。そしてそうなった場合、中央……帝の勢力と州君の勢力がぶつかり合う結果になる。なるし、それで疲弊すれば、他の州君に利を持っていかれることもある」

「だから州君の住むお城は浮いてる、みたいな話も良く聞くよ~。いつでも中央に移動できるように、って。こっちは噂だけどね」

 

 ……青清君(シーシェイクン)は、権力に興味があるのだろうか。

 まぁこの一年が妃選びの一年だというのなら、私のいる間にコトが起きることは無いと思うけど……。

 放逐されて田舎に戻ってから、青州が戦火に包まれる、というのも……ヤだな。

 

 なんて面倒くさいんだこの国。権力分散は良い事だけど、独立した司法が無いのなら意味ないだろうに。

 

「もし青清君が帝になったら、小祆は帝のお気に入りになるかもね?」

「私は一年でこの城を去るのでならん。それに、そうなったらお前達も私の護衛に抜擢されるだろう。危険は今の比ではないんじゃないか?」

「望むところ」

「帝に逆らうものは~、悪! 故に、即、斬!」

 

 血の気が多すぎる。

 教育に悪いよこの二人。

 

「っと……進史様だ。青清君が呼んでる、って」

「? ……ああ輝術で連絡が来たのか。進史様が迎えに来るのか?」

「進史様は今青宮廷にいるから……え、私達? ……みたい」

 

 途端に、という言葉が最も的確だろう。それはもう緊張し始めた二人。

 今の今まで噂話を私に叩き込みまくっておいて何を今更。

 

「い……行くよ。手、掴んで」

「後ろを行く。夜雀が落としたら、私が受け止める」

「途端に恐ろしくなったな。ちなみに輝術の腕は、どちらが上なんだ?」

「それは祭唄だけど……あ、あああ安心して! 私だって子供一人抱えて飛ぶくらいわけないから!」

 

 何も安心できないけど。

 まぁバックアップに祭唄さんがついてくれるなら、それでよしとしよう。

 

 

 結果的に何事も無く青清君の部屋へと辿り着き、二人は一礼して去って行った。

 

「来たか、祆蘭」

「ああ。用とはなん」

 

 だ、と言い切る前に、近づかれて……髪に何かを括りつけられた。

 これは。

 

「どうだ? お前の作った水中花を参考に、造花の髪留めを作ってみた。ああ、鏡が必要だな。ほら」

 

 光が集う。

 現出する鏡。映る私と……淡い緑色のコサージュ。鉋屑ではなく、薄い紙のようなものが使われている。……いや、これまさか本物の通草か?

 

「緑は嫌いだったか?」

「ん、ああいや、そんなことはない。前にも言ったが、あまり色に好みはない。だが……それなりの時間がかかっただろう、これ。それに」

 

 青清君が近い事を理由に、その腕を掴む。

 手を晒させれば……ほらな。

 

「慣れぬ作業を急いでやったな。器用なくせにそそっかしい……処置はしたのか?」

「大した傷ではないし、この程度は」

「夜雀様、祭唄様! 医院から擦過傷と切り傷に使う軟膏を取ってきてくれ!」

「お、おい」

 

 馬鹿め。

 私の指先は幼いころからのDIYで皮膚が厚くなっているから問題ないけど、青清君は違う。

 慣れないならばゆっくりやれ。解析しながらやったのだろう、それでもクオリティをあげたかったのだろう。至る所に傷傷傷。

 

「あんたは私と違って手を人目に晒すことも多いんだ。私とは違う意味だが、手は大事にしろ。人間というのは目や首元を見て話す生き物だが、別れ際の記憶に残るのは手や後ろ姿だ。覚えておけ世間知らず」

「も、持ってきたよ小祆……じゃない、お持ちしました、祆蘭様! ここに置いておきますね!」

 

 ……なんで私に敬語?

 青清君の前だから?

 

 まぁいいけど。扉の前に置かれた救急箱……になるのかな。それを受け取って、のっしのっしと青清君に近寄る。

 して……彼女を無理矢理押して、座らせて、指先へ容赦なく処置を行う。

 

「し、滲みる……」

「当たり前だ。……気持ちはありがたいがな、青清君。心の籠め方を(たが)えるな。現に私は今、この花に対して持った美しいや嬉しいという気持ちより、あんたを心配する心の方が勝ってしまっている。それは贈り物とは言い難い」

 

 手料理とかで指に絆創膏巻いてあるの見ると、「こんなに頑張ってくれたんだ……」より「慣れない事をしないでくれ」の方が勝る。人には適材があり、そこでこそ輝けるものがある。

 この造花にどんな意味が込められているのかは知らないし、輝術で作りたくなかった、というのもわかるけど、安全な範囲でやってくれ。

 

「輝術は命を蘇らせることはできないし、傷や病も癒せないのだろう? ──お前が言うか、という誹りを受ける覚悟で言うが、無茶をするな。それともこの髪飾りを見るたびにあんたのその怪我を私に思い出させたいのか?」

「……すまなかった」

「ああ」

 

 お前が言うか、である。

 進史さんや夜雀さんたちが聞いたら、「ではまずお前がそれを直せ」と言われるだろう。ごもっともである。であるが、まぁ今いないので好き勝手言わせてもらう。

 

 実際、本当だしな。

 どれほど美しくとも、この髪飾りを見るたびにこの手がフラッシュバックするようではプレゼントの意味がない。

 

「……自分なりに製法は理解した、のだろう? だったら、今度は私の製法で共に作ろう。私のやり方の方が効率的だし、安全だ。ここまで怪我をすることはない」

 

 とはいえ新しい玩具を解析して、自分だけで作ってみたい、という気持ちはわかる。私がそうだし。

 だから……今度は安全にやろう。もっとバリエーションを増やして、な。

 

 

 

 ノックノックノック。

 

「祆蘭。進史だ。入っても構わないか?」

「ああ」

 

 毎朝迎えに来ること以外では、久方ぶりの来訪だ。

 また何か事件を持ってきたのか。

 ……と思ったら。

 

「花束? ……いや」

「ああ。造花だ。青清君からお前へ。好きな場所に飾っておけ」

 

 ハマったのか。

 あるいは、納得がいくまで続けたのか。私と一緒にやった時より格段に上手くなっているその花々と……彩色の中に一つだけ混ざる、鈍色の通草花。

 これは……金属製だな。

 

「青清君が一つの工作でこれほど長く遊んだのは初めてだ。礼を言う。それから、この製法を公開してもいいか、とも言っていた」

「……? 別に構わないが……私に許可を取る必要があるのか?」

「あの方は初めに造った者を優遇する癖のようなものがある。創造とは価値。あの方がいつも言っている言葉だ」

 

 ……私の、全部パクりなんだけど。

 中国四千年の歴史に許可を取ってくれ。

 

「律儀だな」

「変なところで、という言葉を省略しただろう、今」

「さて、なんのことやら。それで、本題は?」

「本題? ……まさか私がまた何か幽鬼絡みの事件について聞きに来た、とでも思っているのか?」

「違うのか?」

「違う。というより、そうそう幽鬼絡みの事件など起きん。起きてもすぐに討伐されるし、大体のことは調査で明らかになる」

 

 ま、そりゃそうか。

 輝術による精査もそうだけど、誰か一人がいなければ、その一人が閃かなければ解決できなかった事件、なんてのはそうそう起こり得ない。集合知……とはちょっと違うけど、一人で文殊の知恵なのが百人以上いるんだ。わざわざ私が出張る必要はないわけで。

 

「ただ、本題はある」

「あるのか」

 

 あるのかよ。

 

「ああ。これを見てほしい」

 

 これ、と言われて、またいつもの白布が私の部屋の机に置かれる。

 布から出てきたのは……あ。

 

「この人形は、お前が作ったものだな?」

「ああ……かなり前のものだから、出来はあまりよくないが……私の作ったおきあがりこぼしであっている」

「おきあがりこぼし。それがこれの正式名称か」

「持ってきたからには知っているだろうが、こうして倒すと」

 

 その何とも言えない表情をした人形は、ぐわんぐわんと何度も何度も揺れて……そして元の直立姿勢に戻る。

 これもやじろべえと同じ、重心関係の玩具だ。バランスバードがすぐに飽きられたので作るのを控えていたんだけど……進史さんのこの表情はなんだ?

 

「これに輝術は使われていない。そうだな?」

「当然だろう。私が作ったものだぞ」

「……ふぅ。まぁ、そうか。……そうだよな」

 

 なんだなんだ。かなり言葉を崩しているあたり、相当疲れが溜まっているな。

 

「詳しく話せ。何があった?」

「……どの経路を通ったのか、どういう経緯(いきさつ)があったのかはまだ調査中だが、これの偽物が大量に市場に出回っている。そして、この人形……巷では吉凶占師(ジーシィオンヂャンシー)と呼ばれているこれが起き上がれば吉兆が舞い込み、倒れたら凶兆が……という具合で妙な流行を見せているんだ」

「いや、これの通りに造れば絶対に起き上がるはずだが……ああ、だから偽物なのか」

「そうだ。偽の吉凶占師は上手く起き上がることができない。奇跡的に起き上がることのできるものもあるが、大半は粗悪品だ。……まぁ、こういう吉兆を占う物というのは昔からあったし、それが市井に流行ることへの理解はあるが……一部、貴族の兵士までもがこれに手を出し始めてな。遠征を行う時に吉凶占師を使い、倒れたのならその日は中止、立ったら決行、なんて愚かな真似をしていたらしいのだ」

「……それが広まって、祭事や祝い事にまで使われるようになった、か?」

「ああ……。それで、あまりにも立ち上がる吉凶占師の少ないものだから、これは大いなる凶兆の報せだとかなんとか……。輝術も使われていない子供の玩具に、大の大人が振り回されて……情けない」

 

 えー、心中痛み入る。

 ……ということは、アレか。

 

「製法を公開すればいいのか?」

「幾つかの本物を作ってくれるだけでいいのだが、製法まで公開していいのか? ……青清君ではないが、知識は金になる。これだけの流行を見せているんだ、必ず起き上がる吉凶占師を作れるというだけで、一山は築けるだろうに」

「何を言っている。今から進史様がこれはただの人形で、占いになど使えない、と証明するんだろう。必ず起き上がることが当然の吉凶占師を作れることが何の強みになるんだ」

 

 私がこの立場に無かったらそのアドバンテージ使って荒稼ぎしてたかもしれないけど。

 ……してたら、今頃お縄か、打ち首かな。

 

「それに、製法を公開しないと、輝術で生み出しているのだと思われかねん。そうなったら今度は青清君や進史様の作る吉凶占師だけが絶対に起き上がり、吉兆を呼ぶ……なんて面倒な話が」

「いや。……それは、使えるかもしれないな」

 

 口元に手を当てて、目を細める進史さん。

 ヤな予感がする。……夜雀さん達の雑談で出た話が脳裏を過る。

 

「青清君及び青州の信用回復に、とでも考えているのかもしれないが、コイツの構造は大して複雑ではない。学者が真面目に解析すれば輝術も吉凶も関係ないとわかるはずだ。安易な考えは捨てろ」

「……そうだな。いや、少々疲れていておかしな思考に走った。感謝する」

 

 それこそ本来の起き上がり小法師……愚かな官吏の無様な姿、を再現する結果となるだろう。

 そうなればイメージダウンどころの騒ぎじゃない。詐欺だ、ただの。

 

「待っていろ、今図面を引く。……と思ったが、私は字が書けないんだった」

「……前々から気になっていたのだが、読み書きができないのにどうして採寸や設計ができるんだ?」

「あー……なんだ。独自に編み出した数字を使って作っているから、他人にはわからない、というか」

 

 アラビア数字なんて使われていないので、普通に困る。

 というか作るだけなら木工じゃなくてもいい。紙でいい。だから言葉で伝えた方が早いのだけど……。

 

「製作が単純であるのなら、護衛の者の誰かに字を代わってもらえ。……一人くらい絵の上手い者もいるだろう。いなければ輝霊院の絵師を呼ぶ」

「護衛にそんなことをさせていいのか?」

「ああ。護衛任務が無い間は暇をしているだろうし、これは世の中の暗雲を散らす重要な仕事だ。青清君の機嫌取りと同じだと言えば、断る奴もいまい。……今呼びつけた」

「進史様。祭唄、此処に参りました」

「入れ。そして、祆蘭を手伝うように」

「はい」

 

 へえ。祭唄さんって絵、上手いんだ。

 ……元はちゃんとしたお貴族様だから、とか? いや別に貴族であることと絵の上手さは関係ないか。でも字は綺麗そう。

 

「私は青宮廷にある吉凶占師の回収作業を急がせる。精査もな。その間に製法図を頼む」

「はい」

 

 そんな雑用、誰かに任せればいいのに、とか。

 思わないでもないけど。

 ……いやいつか本当に進史さん過労死するよアレ。そういえば周遠(ヂョウユェン)さんだっけ? あの人が言ってたように、進史さんほとんど周りに頼らないで自分だけでやろうとするタイプなんじゃ。

 青清君もバレなければ傷を隠し通そうとしていたし……従者が主人に似たのか、主人が従者に似たのか。あるいは類は友を呼ぶか。

 

 休暇とかあるのかな、あの二人。

 

「祆蘭。考え事?」

「ああ、いや。……では今から二通りのおきあがりこぼし……吉凶占師を作るから、その製法を記録していってくれ。簡略化は後で良い」

「わかった」

 

 まず、紙で作る方。

 用意するのは風船……などというものはこの世界にはまだないので、紙風船を使う。大きな紙をシャトル型に製図。製図方法はなんでもいいけど、今回は両脚器(コンパス)で。

 全く同じ大きさになるよう作った八枚のシャトル型。その一方だけを水平にカットした図形。それを丁寧に切り出して重ね合わせ、2㎜ずつくらいズラして置く。そのズレた部分に麩糊を塗る。後はそれが重なるように張り合わせて行けば、紙風船の完成。

 今度は器に麩糊より粘性の高い糊と水を入れて、木串でゆっくりかき混ぜる。糊がダマにならないよう気を付けつつ、完全に水っぽくなるように。

 それが完成したら、さっき作った紙風船の使わなかった紙を器に浸し、充分に染み込ませる。

 後は紙風船にそれを慎重に、けれど乱雑に貼り付けて行って、乾くのを待つ。乾いたらまた紙を貼り付けて、を繰り返して強度を上げて、ついでに着色も済ませる。

 最後に紙を浸していた糊をダバダバと紙風船の中に入れて、固まりつつある糊を木串で位置調整しながら紙風船が直立するよう仕上げ。

 糊が完全に固まったら頭に開いている穴を紙で塞いで継ぎ目の分からぬよう着色し、完成。

 

「……輝術で幾つか簡略化は図れそう」

「そうなのか。その辺りは勝手に試行錯誤してくれ」

 

 ちょいと爪で弾いてみれば、固いけど軽い音とともに紙風船……吉凶占師はぐらりと傾き……ぐわんぐわんと躯を揺らしながら、やがては元の位置に戻る。

 

「吉兆だ」

「だから、そうなるのが当然だという話をだな」

「冗談。わかって」

 

 ……だったらもう少しおどけたトーンか表情を見せてくれ。

 

「次に行くが、準備は良いか?」

「大丈夫」

 

 次は木での作り方。此方の方が難度は高いけれど、人形としての重みはしっくりくるだろう。

 

 まず、紙に両脚器で円を描く。中心aを通る直線bcを描いて、円周上の頂点bから半径がbcになるような線を引く。頂点cでも同じことをやる。

 中心aから垂直に直線を引いて行ったところに頂点dを設定。頂点dに向かって頂点bとcから直線を設定。これで先ほど描いた大きい方の円周と直線に交点が生まれる。

 あとは頂点dから両サイドの交点を繋ぐような円弧を書けば、卵型の出来上がり。

 

 角柱といって差し支えない板材をその卵型がすっぽりと収まるような大きさに切り出し、全方面から見て卵型になるようノミや鑢を用いて削っていく。多分この辺は輝術で短縮できる。

 そうしてつくられた卵型の木材を割断。上部に空洞、下部に繰り抜きをして、そこに錘を入れる。入れたら閉じる。狂いの無いように木のボルトを入れたっていい。

 あとは卵の上部に簡単かつ軽い装飾……まぁ顔っぽいものを作ってくっつけて、立たなければまた割断して錘を増やし、立てば問題なしとして完成。

 適当に……武官か宦官的なノリの着色をして、終了。

 

 手順自体は木製の方が少ないけど、手間がな。紙のは型紙作っちゃえばあとは量産できるし。

 

「これで必ず立つ吉凶占師の完成だ」

「……恐らくだけど、市場に出回っている偽物は後者の作りに似ている」

「どうせ錘を入れて、立つかどうかも確認せずに売り出している、と言ったところだろうな。あるいは人形がそもそも卵型をしていないか」

 

 なんにせよ、これでくだらん占いが減ってくれたら御の字だけど……占いと言うのは一度流行ると一生続くからなぁ。

 血液型だの手相だの人相だの星座だの……。

 

「本当の名前は、おきあがりこぼし、だっけ?」

「ああ。何があっても必ず起き上がる縁起物。少なくとも私はそう思っている」

 

 その起源が無様さを揶揄したものであるのか、必ず起き上がることをイメージしたのか、はたまた何も考えていないかまでは知らん。

 が、この世界では私が発案者なのでこのイメージで行かせてもらおう。

 

「占いの道具じゃあないが、験を担ぐ道具としては流行らせてもいいだろうさ」

「……ん。記録は終わった。けど」

「けど?」

「……両脚器の扱いや、工具の手馴れ。やっぱり学が無いとは思えない」

「もし仮に、私が学のあることを隠していたとしたら、祭唄様は私をどうするんだ?」

「それは」

「疑うのは勝手だし、疑われることをしている自覚もあるがな。危険因子として排除するとでも言うような使命感に酔っていない限り、私を疑っても疲れるだけだ。無学だが想像力だけはあるガキ。そう思って接した方が楽だろうよ」

「……ごめんなさい」

 

 いや謝れって言ってるわけじゃなくて。

 ……言ってるようなものか。私も言葉が過ぎたかもしれない。思わず青清君に対するような態度になってしまった。

 

「あの時見せた……あなたの威圧が、私の警戒心をざわめかせている。……反省する」

「それ、進史様や夜雀様にも言われたが、自覚が無い。威圧も何も、私は振り向いてすらいなかっただろう」

「だからこそ。鋭い目つきや覚悟の表情が威圧を持つことはあれど、私達に背を向けていた小さな子供からあそこまでの威圧を覚えたのは初めての経験だった。……自覚が無いなら、天賦の才、ということになる」

「天賦の才ねぇ。そんなものより輝術を扱えた方が良かったが、輝術を扱えていたら貴族扱いか。それは面倒だな」

「これは例えばの話。……州君は、実は貴族である必要が無い。今の青清君も、どこかの名家の出、というわけではない。ただただ幼きより他を圧倒する輝術の使い手だったから、次期州君として育てられてきた。そういう意味では……」

「よしてくれ。私に何かを治める才は無いよ」

 

 しかし、なるほど。

 神を祀って鎮めているようだ、という考えは合っていたな。

 つまり、一般貴族として帝より強い力を持たれると困るから、幼い内から州君という立場に縛り付けておけ、という習わしか。

 

 ──くだらんな。

 

「そろそろ行く。祆蘭、また」

「ああ」

 

 私の護衛なんだから、また、も何も無いと思うんだけど。

 

 ううん、夜雀さんとは別ベクトルで掴みどころのない人だなぁ。

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