女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第五話「光中花」

 寧暁(ニンシャォ)。歳は24。

 雪妃(セツヒ)の下で働いていた宮女。痩せぎすであるという以外、これといって特徴は無い。

 

「あの幽鬼が、この女性なのか」

「ああ」

「死体は見つかったのか? いや、幽鬼そのものの討伐は」

「前者は肯定だが、後者は否定だ」

「……それで、今朝から私の部屋の周囲が物々しいわけか」

「気付いていたのか?」

「足音や衣擦れの音は輝術で消しているのかもしれないが、流石にこの人数が近くに居たら誰だって気付く。……また私が狙われるかもしれないから、か」

「そうなる」

 

 寧暁の狙いがなんだったのかわからない以上、可能性のある者には全て護衛がついているらしい。

 蔵主も、私も。そして他の酒蔵も。進史さんだけは自分で対処できるから不要らしいが。

 

「二度目になるが──どう思う?」

「まず、確認だ。輝術が使えなくなった宮女とこの女性は同一人物か?」

「ああ」

「第二に、死体は今どこに? 私が見に行っていいものか?」

「死体は青宮廷(シーキュウテイ)にあるが……見に行きたいのか? 抵抗は」

「無い。そんなもの、いくらでも転がっていた。相手は野盗だが、殺しをしたこともある」

「……そうか。わかった、手配しておく。それまでに他、何かないか」

 

 そうだな。

 死体を見れば私の今考えていることが大体わかりそうなものだけど……他にあるとしたら。

 

「死因はなんだ。また自殺か?」

「いや……。……あまり、快くない話だ」

「何を聞いても気分を害すほど私は他人に愛着を持ってはいない」

「……前に、成りすました鬼がいないかを精査しただろう。その精査方法というのが、輝術に関するものだったのだ」

「輝術を使えるかどうか、か?」

「ああ。鬼や幽鬼は輝術を使うことはできない。勿論平民も使えないが、少なくとも内廷に平民はいない。外廷にはいるがな。だから、宮女を含めた内廷、外廷における貴族とされている者全てに輝術を使わせた。そして、その時丁度」

「輝術が使えなくなっていた宮女がいた、と。成程、鬼と見られてもおかしくはない。……それで、疑わしきは罰せよで殺されたのか」

「尋問……いや、拷問を受けたらしい。彼女は最後まで口を割らず、輝術も最後まで使えなかったそうだ。そして、牢に繋がれている内に……死した。自決なのか失血死、栄養失調か、その他の理由か。そこまではまだわかっていない」

 

 つまりやり過ぎた、と。

 まぁ時期が悪かったな。証拠が揃い過ぎていたとでも言うべきか。

 

「気になることはある。私はあの幽鬼と正面で対峙したが、舌が切断されていた。自分で噛み千切った、という感じではなかったから、誰かによって切られたのだろう。舌が無ければ上手く喋ることは敵わない。……拷問をするにしても、対象の口を封じる必要があるか?」

「ああ、それについては今調査中だ。尋問を行った者達が複数人いるから、その中で舌を斬り落としたものがいないかを調べている。私達もそのおかしさには気付いていたからな」

 

 同時に……獄中死したにしては、顔が穏やか過ぎた。アレはなんだ?

 

「手配が整った。だが、今回は護衛が付く。仮に幽鬼が出ても、前のようなことはするなよ」

「ああ、わかっている」

 

 さて。

 では、二度目の青宮廷である。

 

 

 

 ぞろぞろと護衛の人達に囲まれての道程。流石にこの物々しさに話しかけてくる者は居らず、スムーズに霊安室へと辿り着けた。

 

 死体の入った棺。釘打ちがされているので、ここはトンカチの出番かと前に出ようとしたら、手で制された。

 管理の人がやるらしい。そりゃそう。

 

 さて、死体とご対面である。進史(シンシ)さんも護衛の人も顔色一つ変えない。ま、幽鬼とは沢山戦っているだろうから、慣れっこなのだろう。

 

 ……傷が酷い。拷問か。さぞかしつらかっただろうな。申し訳ないという気持ちはある。……同情できるほど、私はあなたを知らない。

 

「進史様、お伺いしたいことが」

「ああ」

 

 彼を呼びたてて、声を小さく問いをする。

 

「彼女の手指や足を見てください。宮女も洗濯などをするとは思いますが……傷の量が比でないと思いませんか?」

「確かに、そうだな。……それに、拷問で付いた傷ではないように見える」

「はい」

 

 手足の傷は、全て擦り傷だ。無数の。

 鞭で打たれた蚯蚓腫れなどとは違う、これは日常で得た傷だろう。

 ……うん、これは……私の当てずっぽうが当たっている気がする。

 

「進史様。宮女は自らを浮かせる輝術を使い得ますか?」

「ああ。その程度はできなければ、宮女にはなれない」

「であれば──この方、貴族ではなかったのでは?」

「!?」

 

 え、そんなに驚くこと?

 いつも通り「ああ、私もそれを考えていた」が返ってくると思っていたんだけど。

 

「この傷は、壁や木を登る時に付く傷です。自らを浮かせることのできる者がそんな傷をつけることはないでしょう。寧暁は輝術を使うことができなくなったのではなく、元から使えなかった、が正しいものであるかと」

「待て。……すぐに調査をさせる。この者の家族を洗う」

 

 こめかみに指を当て、目を瞑る進史さん。

 三十秒くらい、だろうか。

 進史さんは眉間に皺を寄せて……首を振った。

 

「お前の言う通りだ。寧暁の両親が自白した。子が流れてしまった貴族夫妻が、捨てられていた赤子を拾った。それが寧暁であり──自らの繋がりを使って、無理矢理彼女を宮女に仕立て上げた、と」

「愛ゆえか家格ゆえかは知りませんが、嘘を吐かば全員が不幸になる好例ですね」

「……ああ」

 

 さて。

 であれば、彼女の狙いもわかる、というものだ。

 

「進史様。幽鬼となった彼女を誘き出す方法を考えつきました。護衛方々、あとはこっそりとついてきてくれている兵士さん含め、少し準備をしましょう」

「……幽鬼を誘き出す、か」

 

 ん。

 そこまで変なこと言った?

 

 

 

 人払いをした広場。

 その中心に真白の布を敷き、その上に砕いた硝子片を置く。

 

 あとは私達が隠れれば──ほら。

 

「ほ……本当に出た」

「進史様」

「ああ。……祆蘭?」

 

 今にも討伐しに行こうとしている彼らを制し、立ち上がる。

 こちらへ振り向く幽鬼。寧暁。

 

「何をしている!」

「大丈夫。──諭します」

「彼女は蜂花(フォンファ)とは違う!」

「ご安心ください。私には彼女の気持ちがわかるので」

 

 近づく。一歩、また一歩と。

 寧暁が逃げる気配は……無い。ただ、私を見つめている。

 

 声を最小限に絞る。

 

「輝術に憧れていたのだろう」

「……!」

「今お前の纏っているその光がなんなのかは知らないし、硝子片などというただキラキラするだけのものを収集せんとする気持ちもあまり理解はできないが、周りが輝術を使い、光り輝く中で自分だけが……というのは、さぞかし苦しかったんだろうな」

 

 そこには同情する。

 親がどういう思いだったのかは知らない。愛されていたならそれはそれでだし、そうでないのだとしてもそれはそれで、だ。

 

 だけど。

 

「幽鬼として現世に留まっていても、輝術は使えない。楽土に行ってもだ」

「……っ」

「そう怒るな。──私の魂に触れてみろ。それで、お前の悩みは解決する」

「……?」

「構わない。後ろの奴らがお前を害そうとするのであれば、私が盾になる。──輝術で消し飛ばされるのがお前の本望であるのはわかっているさ。せめて憧れの輝術で消されたいんだろう? だが、それでは楽土には行けないし、そうではない場所にもいけない。──だから、見ろ。私の魂を。可能性を」

 

 もう一歩、近づく。

 背後から風圧。意味があるかは知らんが、トンカチを抜いて打撃を入れつつ、寧暁を庇うような立ち位置に入る。

 

「寧暁。来い。私はお前を受け止める」

 

 彼女が……私に、重なる。

 そして。

 

「……?」

「ああ。本当だ。私はそうしてここにいる。……何度繰り返さねばならないかは知らないが──それは存在するんだ」

「……。……! ……」

「唇を読むことでしかお前の声を聞けないことを許せ。……感謝をしたい。両親に。これで合っているか? ……謝りたい。それもわかった。伝わった」

 

 声が聞こえないからなんだ。口の形で大体わかる。

 ああ、背後からの風圧がうるさいな。

 

 黙っていてくれよ。

 

「……」

「行くのか。──願っている。次こそは、そうなれるように。そして……お前の両親が生きていたら、どんな顔をされてもいい、会いに行ってやれ」

「……!」

 

 ふわり、と。

 寧暁が消えていく。満足したというか、決心がついたというか。

 

 次を求めて、寧暁はこの世を離れる決意をしたのだ。

 

「──最後に。お前の舌を斬ったのは、鬼だな?」

「……」

 

 消える、その間際に。

 こくりと頷く寧暁。ああ、ありがとう。

 

 そうして、寧暁は完全に消えた。

 振り返れば……何か、戦慄しているような表情の皆様方。

 

「進史様」

「あ……ああ、なんだ」

「あなただけこちらに。他の方は待機をお願いいたします」

 

 言われずとも近づかない、という雰囲気を感じ取りながら、進史さんを呼びたてる。

 彼は……私を恐れていない。ま、一度説明しているしな。

 

「身体はなんともない、のか?」

「はい。それより、鬼の位置が割れました」

「……! 私だけを呼んだ、ということは……まさか、あの中に?」

「それはわかりません。ですが、慎重な行動を。寧暁曰く、彼女の舌を斬り落とした者が鬼であるようです」

「尋問官か。……わかった。走らせる。包囲網を形成する」

 

 戦慄していた皆様方も、ピク、ピクと顔を上げ……どこかへ去っていく。

 進史さんから命令があったのだろう。ただし護衛方々は消えない。

 ……そうか、そっちが囮で、私が狙い、という可能性もゼロじゃないからか。

 

「帰るぞ」

「え? ああ、はい。……鬼は良いのですか?」

「お前にできることはない。それとも、鬼まで諭すとでもいうのか?」

 

 ん。……あれ、怒ってるなコレ。

 大丈夫です、って断り入れたはずだけど。前のようなことはするなよ、って何の説明もせずに前に立つことじゃないのか?

 

 まぁ素直に従おう。私にできることがないのは事実だし。

 

 

 空飛ぶ馬車の中で。

 

「……宮廷内に平民をねじ込んだのは、死罪か?」

「そこまでは行かないが、貴族という名は剥奪されるだろう。ただ、獄中死はこちらの落ち度だし、彼女が貴族ではない、というのが発覚したのも獄中死が発端と言ってしまえる。……どこがいつもみ消しを行うのかまではわからないが、死罪ほど広くに知られるようなことにはならないはずだ」

「成程。天秤か」

「ああ」

 

 どちらの不祥事の方が大きいか、という話だ。

 魔女狩り裁判の危険性……もあるし、尋問官の中に鬼、というのも不祥事だろうし。

 比重がどちらに傾くか、だな。

 

「寧暁の家族に同情をしているのか?」

「いや」

 

 生まれ変わって、生きていたら会いに行け、と言ったのに……その両親が死罪になっていた、なんて。

 今度こそ鬼になって私を殺しに来かねんしな。生きていてくれるのなら、その両親が老いても、ギリギリ間に合うかもしれないだろう。

 

「獄中花……というよりは、光中花かね」

 

 輝術に包まれて死にたい、など。

 ……彼女を覆っていた光は輝術では無さそうだったし、アレが鬼の仕業という可能性はある。

 だが……何のメリットがあるんだろう。寧暁を幽鬼にして、青宮廷を混乱させることが目的?

 それとも何か、別の。

 

「幽鬼の。……言葉が聞こえる、というわけでは、ないのだな?」

「ん? ああ、あれは唇を読んだだけだ。声が聞こえるわけじゃない」

「そうか。どこで会得した技術だ」

「独学だ」

 

 むしろまともに勉強していないからこそ、だろうなぁ。

 他者が発話するのを見て言語学習をした私にとって、唇の動きから何が発話されているのかを察するのは最早特技と言っていいレベルだ。これで普通に言葉を習っていたら、逆に分からなかっただろう。

 

 私の脳内言語は未だに日本語である。発話されている音をリスニングして、口の形からある程度の意味を解釈して、そうして会話をしている。

 子供の脳は吸収が早い、なんて言うけれど、何十年と染みついた言語がそう簡単に離れるわけもなく。あるいは生まれた時からずっと家族と共にいた、とかならわからんでもないが、水生は閑散としていたからな。一人の時間も多かった分、日本語で考える癖を抜き切れなかった。

 

「輝術も使えないのに幽鬼を祓い、独学で唇を読むに至るガキ。怪しく思うなら放り出せよ」

「……そう悪ぶる必要はない。だが……初めて会った時の剣気や、兵の一人が先走って寧暁に攻撃してしまった時の……あの威圧感。私はお前が只者であるとは思えなくなってきたのだ」

「只者でなければ、なんだ。化け物か?」

「……」

 

 威圧感ってなんだ。会った時も言ってたけど、剣気ってなんだ。

 そんなもの出てるか、私。

 

「私は……昔、お前と似た威圧を放つ者と対峙したことがある。どうにもその影がチラついて……いや、忘れろ。おかしなことを言った」

青清君(シーシェイクン)か?」

「!? ……なぜわかった」

「さてな。文脈を見れば、どこぞの剣客か、あるいは帝か。そういった類の物にも聞こえなくはないが……わざわざ青清君から思考を外させるような言葉選びをしたから、そうなんじゃないかと直感的に思っただけだよ。しかし、あんた青清君と対峙したのか?」

「いや、初めてあの方にお会いした時の話だ。……存在からして私とは違う。それを魂の根本に叩きこまれたような圧が、あの方にはあった。……今はただの駄々っ子にしか見えんが」

「仲良くなったのだと、気を許したのだと思えばいいさ」

「お前は許していないのか?」

「当然だろう。水生から私を攫った時点で反感はあった。仕事をくれと強請ってもくれないし、死の危険は全く以て場合によって、ではないし。未だ輝術に対抗できる手段も見つかっていないからな、気を許す理由が見当たらん」

 

 輝術。

 発生も原理もどこまでできるのかも全く分からない技術。

 血筋で変わるというのなら、私にとってはお貴族様とて幽鬼や鬼と変わらない、別種族……化け物に思える。

 むしろ明確な意思を持つ分、危険が過ぎるというものだろう。

 

「そう、か」

「落ち込む要素があったか? 別に嫌いと言っているわけじゃない。加えて、あんたらにとっては私なぞ一年契約の使い捨て雇用だろう。一年と経たずして私が面白いものを思いつけなくなったら終わり。爺さんたちとの借用契約も、そんなもの踏み倒してしまえばいいわけだしな」

「そういう悪ぶった言葉は……私には良いが、青清君には言うな。あの方は……傷つくぞ」

「ご命令とあらば、だが……良く考えろ。私達はまだ会ってひと月と経っていない。まだ初対面から一歩踏み出したくらいの関係性だ。それともなんだ、人類皆兄弟で、同じ釜の飯を食えば腹の底が知れるとでもいうのか?」

「……いや。そういえば……私も、そこまで人との距離を詰めるのが得意ではなかったな。……本当に済まない。余計なことを言った」

 

 本当に余計な事だと思うよ。

 だって、進史さん。その言い分だと……。

 

 私が、青清君と同じような存在、と言っているようなものだから。

 

 

 

 数日後。

 無事、尋問官に紛れていた鬼は退治され、厳戒態勢が解かれた。

 寧暁が狙っていたものはキラキラしたものであって私ではない、というのも懇切丁寧に説明し、護衛の人がつくこともなくなった……ということはなく。

 

 二人、いる。

 四六時中。私が一層目の探索をしている時も、ずっと。

 

 良いのかそれでエリート。卑賎の身の護衛なんざをするためにこの城勤めになったわけじゃないだろうに。

 

 どうせならこっち来てくれないものか。

 本当に危険を覚えた時、名前を呼べないと不便だから自己紹介くらいしてほしいものだけど。

 

 ……ちょっと撒いてみるか?

 

 角を曲がり、前々からやろうとしていた二層目への侵入……上階の廊下の縁を掴んで逆上がりの要領で身体を持ち上げ、途中で手を離し、その勢いで身体を二層目へと到達させる、という奴をやる。

 これが浮かばずとも階段の無いこの城を登る手段。

 さて。

 

「お転婆が過ぎる……。こら、小祆(シャオシェン)。大人を困らせないの!」

 

 身を屈めて護衛の人を窺おうとしたら、首根を掴まれて持ち上げられた。

 護衛の人に。

 

 あ、あれ。

 

「こちら二層測量室夜雀(イェチュェ)。小祆……祆蘭を発見。あとはお任せくださーい」

 

 ……ん? 違う。姿は似ているけど、いつもいる護衛の人じゃない。

 けど……同時に、青宮廷に降りた時にいた護衛の人ではある。一番小柄な女性だったから、覚えている……と思う。もう一人小柄な人がいたんだよな。

 

「それで、小祆。なんでこんな危ない事したの? 一層の護衛に悪戯するため?」

「……」

 

 まぁ護衛は護衛でもお貴族様なので、一応顔を伏せて無言。

 

 にしてたら、「おーい」とか「聞いてるー?」とか言いながら私をシェイクし始めた。

 こ、この人容赦がない!

 

「……もしかして私のこと偉い人だと思ってる? だったら安心して。私は最下級も最下級な貴族だから」

「……」

「何か喋らないとこのまま湯浴み場に連れて行きまーす」

「……」

「……あ、わかった! 発言を許可します。これでいい?」

「……まぁ、あなたが私に対して気さくに接してくれるのはわかりましたが、廊下だと人目に付きすぎるのでどこかの部屋に入りませんか、とだけ」

「あ! そういうことか!」

 

 はい。

 敬語を使えない私は廊下では極力喋らないようにしているのです。万一があると面倒なので。

 

 というわけで、夜雀さんに連れられて入ったのは……地図が沢山ある部屋。

 

「ここは測量室、って言ってね。私の勤め先! 仮の、だけどね」

「はあ」

 

 仮の。つまり、護衛任務をするにあたって必要だった身分か。

 にしては……他に誰もいない?

 

「今はみんな測量に行ってるから、私と小祆だけなの」

「……自ら測量に行くのですか? 青宮廷からの情報を取りまとめるのではなく?」

「青宮廷には青宮廷の測量室があるよ~。ここの測量室が測ってるのは、雲の上の気象情報だから。風向きとかそういうの!」

 

 ああ、そうか。毎回忘れるな。

 ここ雲の上なんだった。だから下の測量結果なんか関係ないんだ、ここには。

 完全に独立している……のか、あるいは下に落としている可能性もあるな、データを。台風とかは空からの方が見やすいだろうし。

 

「そ・れ・で。なんで一層の二人を撒くようなことしたのか、話してくれるかな~?」

「狙い通り、といいますか。いざという時に名前を呼べないと困るのと、隠れる気があるんだかないんだかわからない隠れ方なので、いっそ出て来て堂々と護衛してくれた方が楽だな、と思いまして、炙り出そうとした所存にございます」

「あははっ! 辛辣~!」

 

 え、どこが?

 

「私達、本気で隠れてたつもりなんだけどね~。小祆には丸わかりだったか~」

「ああ……それは申し訳ないことを言いました」

「いいのいいの、それはこっちの練度不足だし。でも、そう言うってことは、私達と仲良くなりたい、って思ってくれてるんだね?」

「その方が都合がいい、とは」

「正直! でもそこが良い! ってわけで、あとで二人からもあるかもだけど、先に紹介しておくね。一層の二人は、背の高い方が新空(シンコン)、低い方が晴木(チンムー)。二層は私、夜雀と祭唄(ジーベイ)って子だよ」

「ありがとうございます。多分覚えました」

 

 呼びかけることはないに越したことはないけれど、覚えておいて損はない。

 それで。

 

「夜雀さんは、なぜ私をあんなにも早く見つけられたのですか?」

「可愛いから!」

 

 ……?

 

「もう少し詳しく説明をいただけると……」

「私達護衛は、測量室とか他の部屋に配属こそされているけれど、本懐は護衛。だから二層担当でも三層担当でも常に小祆のことを気にかけているの。その中でも私は常日頃から小祆のことを追いかけてて……だから、小祆が一層の二人を撒いたのもちゃんと見てたし、どうやって上がって来たのかも見てたからすぐに駆け付けることができた、ってわけ」

「なる、ほど?」

 

 つまり危険な人でよろしいか?

 

「でも、さっきの身のこなしといい、この前の威圧といい……小祆は将来私の同僚になったりして!」

「いえ、私は貴族ではないので。輝術も使えませんし、一年でこの城去りますし」

「使えなくたって問題ないよ~! だって青宮廷の精鋭輝術師が総出で追いかけまわして祓うことも捕まえることもできなかった幽鬼を、誘き寄せて、さらに諭して祓う、なんて……頭脳としても、特別性としても、そして可愛さとしても! 問・題・無し!」

 

 テンション高い人だな。

 あと頭脳は関係ない。私が輝術を使えないからわかったことだし。

 

「えっと……そんなに騒いで大丈夫なんですか?」

「大丈夫! というか、気付いてない? このお城静かすぎるでしょ? でも一つ一つの部屋で毎日会議とか仕事が行われてる。つーまーりー?」

「輝術で音を消している、と」

「そゆこと~!」

 

 だとしたら……現状は危険だな。

 この人が鬼でない、という確証を私は持てないわけだし。

 

「夜雀さん」

「ん、なに?」

「夜雀さんは、輝術で水を生みだしたり、木を作り出したり、ということはできるのですか?」

「無理無理! そんなのできるのは帝様とか州君とか、あとその付き人くらいのものだよ。私達とは格が違うからね~」

「身体を浮かせることは?」

「それは勿論できる、っていうか、それができないとこの城には上がって来られないよ。私達要人護衛の中にもできる人とできない人がいて、小祆の護衛に来たのはできる人だけだから」

「……いいんですか? 言っては何ですけど、青宮城より青宮廷の方が要人は多いんじゃ」

「ん~、人数はそうだけど、優先度はこっちかな? 小祆は青清君のお気に入りだから、あなたが損なわれることは青州の危機! 進史様からそう聞いてない?」

「ああ、共通認識なんですね」

「そりゃね~」

 

 そりゃね~、なんだ。

 

 さて、どうするか。

 輝術を使ってください、は……藪蛇か? 今私の武装はトンカチだけ。防音された部屋の中で、足音に気付けなかったような相手とどこまでやれる。

 

「夜雀、警戒されてる」

 

 新手──。

 

 ガギン、と。

 トンカチが……刃に受け止められた。

 

「あ、祭唄! って、小祆に何してるの!?」

「見てなかったの? 殴りかかって来たのはコイツ」

 

 ……もう一人の、小さな護衛の人。

 この二人が鬼ならもう終わりだけど……さて、力を抜くべきか、抜かざるべきか。

 

「夜雀。そこの筆、浮かせて」

「へ? なんで?」

「いいから」

 

 祭唄さんの言葉に従って、夜雀さんが棚に置いてあった筆を手に取り、それを……浮かせる。

 細かいけれど、確かに光の粒がついているように見える。

 

「私はこっち」

 

 と、祭唄さんは祭唄さんで鎖のようなものを浮かせる。

 

「納得した? したなら、力を抜いて」

「……」

「……? なぜ力を抜かない? 今私達は輝術を使えるという証明をした。鬼ではない」

「あ、警戒されてるってそういうこと!? そうだよー、私達は鬼じゃないよ! 大丈夫!」

 

 やはり輝術は恐ろしい。

 わからない。光の粒がついていたら輝術なのか? けれど寧暁の幽鬼も光を纏っていた。

 わかっている。今、私は疑心暗鬼だ。突然増えた周囲の人間に戸惑っている。

 護衛を層ごとに分ける理由はあるか? 可愛いから、なんて理由で私を四六時中監視するのは納得がいくか? 私が夜雀さんを疑っている状況で祭唄さんが入ってくる、なんて偶然はあり得るのか?

 

「はぁ……。お前達にはまず、平民との接し方を学ばせる必要がありそうだな」

「っ!? ──進史様、失礼を」

「わ、わ、進史様!? ごごごっ、ご機嫌麗しゅう!」

「祆蘭。その二人は鬼じゃない。私が保証する」

「進史様が、成りすまされた鬼ではない、という証拠は?」

「これでいいか?」

 

 光が集まる。そこから……以前造ったバランスバードが出て来た。それを指に乗せる進史さん。

 ……ふぅ。

 

 力を抜く。

 

「あ、危ない。突然力を抜かないで」

「……事前に説明しておいた方が、お前にとっては気楽か」

「はい。生憎と輝術を使えぬ卑賎の身。相手が鬼かヒトか、幽鬼かどうかも判別できませんので」

「そして、楽器を扱う鬼との遭遇経験のせいで、相手の使っているものが輝術なのかどうかもわからなくなっている、と」

「……そういうことか。わかっていなかった」

「もしかして怖がらせちゃってた!? ごめんね小祆!」

 

 いや、悪いのは私だ。

 余計な仕事を増やしている。

 けど……。

 

「それと、堅苦しいだろう。その二人……というか護衛の前では口調を崩していい。今、護衛全員にそれを共有した。お前の頑張った丁寧語に違和を持たぬ者は鬼として判断しろ」

「……気休めだが、それが最大限か。輝術で作れないのか? 人か幽鬼か鬼かを判断する眼鏡、とか」

「作れたら私達は鬼の精査などしていない」

「確かにそうか」

 

 厄介だな。

 幽鬼は触れ得ぬし喋らない上に雰囲気が明らかに常世のものではないからわかるけど、鬼は完璧になりすませる、なんて。

 ……青清君のこと、何やら帝と妃が大事な時期らしいこと、私の重要性、護衛、鬼。

 やめろやめろ、私は素人なんだ。物事を増やすな。単純な思考に浸らせろ。

 

「小祆……? し、進史様、小祆の雰囲気が、何か……」

「これが祆蘭の素だ。なんだ、想像と違ったか?」

「何か……これはこれで可愛い!! 祭唄と同じ方向の、でも似て非なる可愛さ!!」

 

 あ、この人無敵だ。

 まぁ。

 ええと。

 

「改めて、祆蘭だ。尊大に聞こえるだろうが偉ぶるつもりはない。学が無いだけだ。──平民の護衛などのために手に入れた強さではなかろうが、一年の辛抱を頼むよ」

「よろしくね、小祆!」

「よろしく。でも、学が無いは絶対に嘘」

 

 無いから普通に喋れないんだよ。

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