女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第四話「水中花」

 以前バランスバードを作った際に発生した木屑を取りだし、薄く、できるだけ均等な部分を揃えて並べていく。

 細かく、時間のかかる、根気のいる作業ではあるが、桃湯(タオタン)の件もあって今は城内が緊張中。みだりに出歩くわけにもいかないので、こうした時間のかかるものの製作に取り掛かることができている。

 着色は基本色を青に真ん中に向かうにつれて白く。蘂の部分は薄い紫。まぁ紫の染料など手に入らないので赤と青とほんのりの黒を混ぜた紛い物だ。

 不揃いである小さな木屑ほど真ん中に寄せ、大きい物は外側に。端っこを糸で縫って一体化。下に造る茎は何度かの捻りと回転を加えた藤の木(ラタン)を使用し、その一輪一輪を丁寧にまとめ上げていく。

 

「……適温の城、というのは作業環境として最適だな」

 

 湿気もなければ熱気が籠ることも無い。まったく、どうなっているのやら。

 

 数日間に及ぶ手作業。最早工作でもなんでもない工芸だけど、クラフトワーク自体はやっていて楽しかった。

 花を作ったにもかかわらず完成品は蕾のままのそれ。

 あとはまぁ、私では手に入らないもの……ガラス瓶などを輝術で作ってもらえば終了だ。

 

 ノックノックノック。

 

「進史だ。入っても構わないか?」

「はい、どうぞ」

 

 伝達速度の尋常ではない青宮城にしてはかなり時間のかかった、と言わざるを得ない捜査。

 それはようやくの終わりを見せたらしい。少々の疲れ顔で、進史さんは物置……私の部屋に上がる。

 

「待たせたな。青宮城(シーキュウジョウ)青宮廷(シーキュウテイ)共に鬼と成り代わった者がいないかの精査が終わった。もう安全……とは言えないが、少なくとも城内で背から斬られることはないだろう」

「お疲れ様、と私が言って良い事なのかはわからないが……大変だったようだな」

「ああ。城はともかく青宮廷は広いからな。輝術を遮断する部屋も多い。現地に身を運び、中に凶手がいる可能性を考えながら慎重に調査する、というのは中々骨の折れる作業だった」

 

 輝術を遮断する部屋、なんてあるのか。

 ……まぁ、無いと困るか。何でもし放題じゃあなあ。

 

「そして、すまない。三日ほど前、青清君(シーシェイクン)が痺れを切らした。例の相思鳥を渡したのだが……」

「やじろべえと原理が同じだと見抜かれて、すぐに飽きられたか」

「わかっていたのか」

 

 まぁ、どちらも違う面白さがあるけれど、分類としては同じ玩具だ。

 新しいものを求めるタイプなら、その飽きも早いだろう。

 

 だからコレを作っていた、とも言う。

 

「その花は? 咲く前のものを摘んできたのか?」

「これが新作だ。時に進史様、これを全て飲み込むほどの硝子瓶、というものはあるだろうか」

「……今ここで作っても良いが、青宮廷に適当な大きさの瓶がある。それを持って来させよう」

「自分で求めておいてなんだが、こんな大きさの瓶何に使うんだ?」

「菊酒を作るのに使う。朝露の滴る頃合いの菊を清酒に漬け込み、酒とする。青州の水はどこの州よりも味、質ともに上質だから、伴って青州の作る酒も上質なものとなる」

 

 へえ。

 お酒には一切の興味が無いとはいえ、そういう……なんだろう、伝統的な作り方? を聞くと、少しだけ実物を見てみたくなる。

 お酒を飲むことそのものは理解できないけれど、お酒の入ったグラスが美しい、という感覚は私にもあるから。

 

「……適切な瓶はお前自身が選んだ方がいいだろう。共に青宮廷に降りてみるか?」

「良いのか? ……私はまだ言葉遣いも荒いままで、何より字を読むことができない。立入の禁じられている場所などがあると問題だろう」

「私から片時も離れなければいい。それに、瓶選びは青清君を喜ばせるためのもの。青州においてそれ以上に重要なことなど片手の指で数えられるほどしかない」

 

 なんか。

 ……敬われているというか……祀られているような。

 

「つかぬ事を聞くが、青清君の退屈が閾値を超えたらどうなるんだ?」

「想像したくも無い。だが、あの方の行動力の高さと、対をなすかのような常識の欠如はお前も良く知っているだろう。それが毎日のように起こるようになる、ということだ」

 

 あー。

 成程。面白い物を求めて護衛も付けずにふらふらと……その高貴さを隠そうともせずに、青宮廷は疎か平民のいる場所へ現れては問題を起こし……けれど身分差で逆らえず、鬱憤は溜まり……。

 

「特に今は帝が妃を選ぶ重要な時期だ。そこに州君が失踪、などという大事が起きてみろ。青州の妃までもが帝からの信用を失いかねない」

「理解した。私の重要性を」

「ああ」

 

 青清君の新しいお気に入り。

 進史さんの苦労は推し量れない。新しい玩具を与える頻度の調整、彼女の監視、私含むそれを作り得る人材の発掘……。

 それでいて全体への共有伝達や兵を率いて幽鬼、鬼の退治までしているとなれば、気苦労でいつかぶっ倒れるんじゃないだろうか。

 

 この人には少し優しくしようと決めた。

 

「準備が整い次第降りるが、どうだ?」

「トンカチを腰に佩くことは許されるか?」

「……まぁ、問題はないだろう。私と共に居るのなら、だ」

「ありがたい」

 

 では──初めての青宮廷へ、だ。

 

 

 

 登城ぶりの空飛ぶ馬車に乗って、青宮城から青宮廷へと降りていく。

 

「そうだ、一応聞いておくべきか。私が今回作ったのは水中花というものだが……似たようなものは無い、よな?」

「少なくとも名は知らない。どういったものだ?」

「あのように蕾の状態でありながら、水に沈めると花が開く、という工芸だ」

 

 がっつり中国の工芸品なので、この異世界にあるかもしれない、というのを考慮し忘れていた。

 輝術や幽鬼の存在からここが異世界なのは当然にしても、この国の歴史如何では地球の中国と同じような歴史を辿った可能性はあるのだ。その中で発生した工芸品が似通うことだってなくはないだろう。実際、建築物の見た目なんかは酷似しているわけだし。

 

「いや、そのようなものは知らない。……しかし、道理で蕾のままだったのか」

「ああ。だが咲くその瞬間が綺麗であるだけだから、労力に対して青清君から引き出せる興味が少ないと予想している。これが終わったらまたもう少し長く遊べる玩具を作るよ」

「いや……あの方にも花を愛でる感性はある。あるし、どちらかというとあの方は原理や仕組みの方へ興味を持つ。やじろべえもだが、一通り遊び終わったら自分で作ってみる、ということをしているほどだ」

「作る? 輝術でか?」

「お前の製法と同じかはわからないが、己が手で、だ」

 

 へえ。

 そんな一面が。……でも流石に水中花……というか通草花は手ずからだと数日かかるから、細かい所は輝術に頼った方が良さそうだけど。

 

「そろそろ着く。基本的には顔を伏せて、私についてくるように。誰かが話しかけて来たとしても私が対処をする」

「ありがたい」

 

 至れり尽くせりだが、彼も彼とて必死なのだろう。

 もし私がお貴族様に粗相を働いて手を怪我しようものなら、新たな退屈しのぎをさせられる人材を見つけに行かなければならない。……手は守ろう。うん。

 

 音もなく、振動も無く……空飛ぶ馬車が地に車輪をつける。

 そうして、何人かが近づいてくる気配があった。籠の窓が開き、私を冷たい顔が覗く。

 

「連絡を入れた通り、菊酒の酒瓶を貰いに来た」

「……お通りください」

「ああ」

 

 無駄な文言はない。

 そこから……今度はちゃんとごろごろと車輪が走る音。振動。でも馬の鳴き声はない。……もしかして馬車ではないのか、これ。

 初めから輝術だけが動力で……みたいな。……わからんな。

 

「降りるぞ、祆蘭(シェンラン)

「はい」

 

 降りる。

 降りる、と……おお。

 なんというか。あー……異国情緒? いや生まれた国なんだけど。

 理路整然とした……宮殿。宮廷、か。

 

 袖を合わせ、顔を伏せ、進史さんの後だけを追う。道順を覚えられる気はしない。全部が全部同じ建物に見える。

 

「お? おおお! 進史! 進史ではないか!」

 

 大声と、どたどたのしのしと近寄ってくる足音。大男だな。身長は180か190あるだろう。体重は70から80、いや90……。

 

劾瞬(フェァシュン)か。すまない、久方ぶりの語らいに付き合いたいのは山々だが、仕事が──」

「なんだ堅苦しい、俺とお前の仲だろう! そうだ、もう少しで墓祭りだ、第七十一期生で集まって、皆で花街に繰り出さんか?」

 

 墓祭り。

 ……お貴族様も行くのか、アレ。てっきり平民の祭りだとばかり。

 だってお貴族様が来たら冷えるだろ祭りの雰囲気も。……変装するとか? 

 

「ん? ……そっちのちまっこいのは……下女か? いや……ふむ。ふむふむ。……──お前の手付きどわぁっ!?」

 

 ガン、という硬い音がした。

 もしかして殴った? というか殴り飛ばした? 声が遠のいて行ったけど。……え、そういうレベルのファンタジー戦闘なの、この世界って。

 野犬や野盗を相手取ったことはあるけれど、殴りで大男をぶっ飛ばせるようなのとは……ああ、輝術か。

 そう簡単に使っていいものなの? なんかルールとかないのか。怖。

 

「仕事だと言っているだろう。昔からだが、話を聞かないだけでなく、自分だけで突っ走るのはやめろ。……行くぞ、祆蘭。この男に付き合っていると日が暮れる」

「はい」

 

 触らぬ神に祟りなし。虎穴に入って虎子を得たって、私には使い道が無いからな。

 

 歩く。

 会話はない。無いのが正しいんだろう。どこに耳があるともわからんから、私の丁寧語かっこわらいを聞かれてはコトだ。

 にしてはさっきの劾瞬という男も私とそう大して変わらない言葉遣いだったようにも思うけど……まぁ親しい故か。小事を大事に当てはめてはいけない。

 

 しかし。

 ……思ったより、あれだな。

 飛んでいる人間が少ない。建造物も全体的に平たい。

 もしかして、とは思っていたけど、涼しい顔で浮遊できるのは青宮城に勤められる一握りのエリートだけ、だったりするのか。普通のお貴族様は使えはしても浮くのは難しい、みたいな?

 

「あと半分ほどだが、疲れてはいないか?」

「問題ありません」

「そうか」

 

 広いな。これでも結構歩いたつもりだったんだけど。

 ただまぁこの程度でスタミナ切れするほど柔じゃない。田舎娘を舐めるな。体力は有り余っているぞ。

 

 ……最近ずっと引きこもっていたから、多少は落ちているかもしれない。

 恐ろしい話だ。仕事の重要性は理解したが、この生活を一年続けたら……放り出される頃には私は歩けなくなっているんじゃないか?

 やっぱり城内探索を含む日々の運動はすべきだな。

 

「あれ……進史? ……に、下女……じゃないな。大工見習い……?」

周遠(ヂョウユェン)か。……まぁお前ならいいが」

「私ならいい、とは? ……いや、わかった。劾瞬だな、進史にそんな顔をさせるのは」

「正解だ」

 

 また知り合いか。

 いや、青宮城勤めになる前は進史さんも青宮廷で働いていたのかな? だから知り合いも多い、という感じなんだろう。さっき第七十一期がどうとか言ってたし、同時期に登廷した同期とかそんな話だろう。

 

「ハハハ……劾瞬はいつまで経ってもあの様子だからなぁ。面倒見は良いから、後進には慕われているんだが」

「あいつが? ……私がここを出てからの話はほとんど知らぬが……上手くやれているのなら何よりだ」

「皆上手くやっているよ。勿論進史が一番の出世頭なのは間違いないけどね」

 

 ああ、やっぱり。そういう感じか。

 よくよく考えずとも青清君お付きの人、って普通に最高エリートなのでは? しかも女性の青清君が男性の進史さんを側に置いているんだ、その信頼度が窺えるというか。幼いころから共にあった、とかでないのにその立場というと、それはもう血の滲むような努力があったんだろう。

 

「彼女のことは聞いても良いのか?」

「どちらのことだ。あの方か?」

「まさか。あの方の話を聞いても私達には理解できないよ。私が聞きたいのは、君の後ろにいる可愛らしいお嬢さんのことだ」

「あの方のお気に入り、だ」

「っと……なるほど。ということは、君が降りて来たのもその関係か。であれば引き留めてはいけないね。うん、会えて良かったよ、進史。また……もし暇ができれば、話をしよう」

 

 気遣いの出来る人だし、察しも良い。

 進史さんが「お前ならいい」と言った理由が分かった。

 

「いや、急ぎの用が無いのならお前もついてきてほしい」

「え?」

「少し聞きたいことがある。私達は酒蔵へ向かうのだが、どうだ」

「あ、ああ。構わないよ。……しかし、嬉しいな。進史が私達を頼るなんて。ハハハ、これは皆への自慢話が一つできたね」

 

 だいたい関係性が分かった。

 同期の中でも頭抜けて有能だった進史さんと、孤立しがちな彼を、けれど支えていた同期……みたいな。進史さんは皆を頼りはしなかったのだろうけど、信頼はある、っぽい? アレだな、『人に歴史あり』だ。

 

 歩く。

 

「それで、聞きたいことというのは?」

「ここ数日、宮廷内に鬼がいないかを精査した。お前もそれに参加していただろう?」

「ああ、勿論」

「それそのものの報告は上がっているが、同時に幾つか気になるものが上がっていてな。最近、幽鬼の目撃例が多い、というのは本当か?」

「それは、確かにそうだね。昼夜問わず幽鬼の目撃例は増加している。ただ被害例はほとんど出ていない。どれもこれもが無害な幽鬼であると判断されて、討伐がし切れていない状況だよ」

 

 へえ。……無害な幽鬼、か。

 まぁ蜂花(フォンファ)も一応ソレ、か。別に何かをされたわけではないし。桃湯は……幽鬼ではなく鬼か。

 そうか、そう考えると害のある幽鬼に出会ったことないな、私。

 

「どこに多く出る、などの情報はあるか?」

「今のところ規則性は見つけられていないかな……。ただ、内廷にも出ているからね。気は休まらない状態だよ」

「調査は滞っている、か」

「うん。私達は内廷に入れないし、今は大事な時期だからね……」

 

 私にできることはない。私は進史さんから離れられないし、平時においても青宮廷へ一人来る、なんてことはできない。

 だからこの会話を聞く意味は無いのだけど……目撃例が増えている、というのと鬼が青宮城にいた、というのは……どう考えても関連性あるよなぁ。

 

「……参考になった。礼を言う、周遠」

「こんなことでいいなら、いつでも聞いてきてほしい。……あ、そうだ。関係あるかどうかはわからないけれど、鬼の捜索中の話でね。内廷で突然輝術を使うことができなくなった宮女、という噂話が上がっていた。気になるなら医院を訪ねてみると良いよ」

「なぜ医院なんだ? 輝術関係なら、輝霊院だろう」

「一応は病として診断されたからさ。……さて、酒蔵はもう目の前だ。私はこの辺りで失礼するよ。……お嬢さん、大役に緊張しているかもしれないけれど、あの方のお気に入りになれた、というのはそれだけで凄い事だ。自信を持ってね」

 

 そんなことを言って、周遠さんは去って行った。

 ……それ逆にプレッシャー与えると思うんだけど、多分善意なんだろうなぁ。

 

 とまぁ。

 色々あったけど、酒蔵到着である。

 

 

 強い酒気に顔を顰める。毒だと思って一切飲んでこなかったからなぁ、体質関係なしに酒気には弱い。

 

「おお、いらっしゃいましたか」

「すまない、少し遅れた」

「いえいえ、あの方の付き人とあらば……ああいえ、なんでもありません」

 

 そうだね。おじさん、あなたは今とても失礼なことを言いかけたね。

 でも、青宮廷でもそういう認識なのか。いやはや。

 

「それで、菊酒の酒瓶でしたね。様々な大きさのもの、というご注文でしたので、この通り並べてあります」

「ありがたい。祆蘭、どれが最適だ。選べ」

「はい」

 

 いつものような「選んでくれ」みたいな言葉遣いはしない。あくまで命令口調だ。

 色々あるらしい。私にはわからない世間体や体裁が。

 

 ……さて、まぁ水中花用の瓶は一目で決まったけど……このちっちゃいのも欲しいなぁ。

 別の工作に使いたい。ガラス瓶なんて何個あってもいいんだから。

 しかし、なんという透明度。なんという光沢。この純度の硝子は、流石お貴族様の……。

 

 違う。

 

「進史様!」

「どうし」

 

 酒蔵のおじさんと進史さんに体当たりをして、酒蔵内に倒れ込む。不敬極まりないのは重々承知だけど──そんなことを言っている場合ではない。

 腰のトンカチを抜いて、正眼に構える。

 

 光。

 光……に、包まれた──勘違いでなければ。

 

「幽鬼!?」

「……」

 

 なんて穏やかな顔だ。だからこそ気味が悪い。その身体についた傷、先端の切られている舌、青白い肌。痩せこけた肌や顔。女性ではあるが、身体的特徴が無ければそうだと認識できないほどに健康状態が悪そうだ。

 そして……今にもこちらへ飛び掛からんとしている姿勢。

 

 ──来る。

 

「──!」

 

 と思った瞬間、幽鬼がまるで引き千切られるかのようにして……消える。

 

「っ、逃がした! ……輝霊院、菊酒の酒蔵前に幽鬼だ! 害がある!」

「追いますか?」

「お前が追って何になる。……安心しろ、青宮廷の兵士は優秀だ」

 

 確かに。私が追って何になる、はそうだ。というか追えない。私には消えたように見えたし。

 ……あ、それより。

 

「……失礼いたしました」

「いや……助かった。蔵主、無事か?」

「あ、ああ……怪我はありません。それより、お嬢さんは」

「私もなんともありません。ただ……酒瓶が」

 

 何の恨みがあったのかは知らないが、並べられていた酒瓶は全て粉々に砕けている。

 

「ああ、これは危ないね……片付けよう。大丈夫、まだ瓶はあるから」

 

 硝子片が移動する。浮かび上がる、程ではない。全てが隅に集められる、という感じだ。やっぱり物を浮かせるのは高等技術なのかな。

 ……昼夜問わず出る、とは聞いてはいたけど。

 まさかその日のうちに遭遇して、しかも襲われる側に回ろうとは。

 

 その後、酒瓶を選び……欲しがっていたのがバレたのか、もう一つの小さな瓶も貰って、私達は帰路についた。

 

 

 空飛ぶ馬車の中。

 

「よく気付けたな」

「酒瓶に映る光が太陽光の反射とは違うと直感的に判断しただけだ。……それよりこれは……私が招いた事件、ということはないよな?」

「なぜそう思う?」

「鬼は私の魂を欲していた。幽鬼も同じなのではないか?」

「……わからない。幽鬼も鬼も、定説があるだけでどういう生態をしているのかを完全に理解できているわけではない。ただ、確かにお前が来てから立て続けの幽鬼事件……に見えるだろうが、お前のいないところでも幽鬼に纏わる事件は起きている。あまり気にしないで良い」

 

 自意識過剰、と。

 そりゃそうだ、これだけ広い場所で、私の周囲だけなはずがないか。

 

 で。

 

「進史様。私は単純だ。……だから、周遠様の言っていた輝術を使えなくなった宮女の噂とさっきの幽鬼に関連性があるような気がしてならない」

「機が重なっただけ、とは思えないか」

「疑うわけじゃない。ただ気がするだけだ。暇があれば調べてほしいと言いたいところだが、あんたかなり忙しいな?」

「忙しいことは確かだが、その程度を調べるのにそう時間は要らない。問題は宮女であるという部分だ。輝術の情報伝達も、内廷と外廷では繋げて良い相手が限られている。況してや妃の身の回りとなると……難航するだろうな」

 

 あー。そういうのがあるのか。

 というか、まぁそうか。誰彼構わず話せるような……輝術ネットワークみたいなものが構築されていたら、女の園なんて有ってないようなものだ。管理の出来ないネットワークなんて面倒くさいことしか思い浮かばない。

 

「何かわかったらお前に知らせる。それまで、あの方の相手を頼む」

「相手、って……。周遠様といい、あの酒蔵の蔵主といい、青清君の扱いがぞんざいすぎないか? 流石に不敬なんじゃ」

「青清君はそのような些事を気にしないし、面と向かって罵倒するでもなければ問題ない。どの道人の口に戸は立てられぬからな」

「それはそういう意味ではないように思うが……まぁ青清君が良いなら良いか」

 

 本当のところがどうなのかは、彼女のみぞ知る、だけど。

 

 

 して。

 

「おお、祆蘭。その大きな布は」

「新しい工作……まぁ工芸だな。進史様、この机の上に置いてくれ」

「ああ。……よし。では、私はこれで」

「なんだ進史、お前は見て行かぬのか?」

「仕事が嵩んでおりますので。それでは」

 

 私に瓶は重すぎるので、私の身体ごと進史さんに運んでもらっての青清君の部屋である。

 待ちきれない、という色が見えている。……気に入ってくれたらいいのだけど。

 

 白布を解き、中の瓶を取りだす。

 初めから水を入れて行くのはどうか、と提案したら、進史さん曰く青清君自らが水を入れたがるだろうから、空の方が良い、そうで。

 

「瓶? 木の細工ではないのか」

「それはこっち。青清君、この瓶に水を満たして欲しい。特に特別なものでなくてもいい」

「ふむ?」

 

 ──光の粒が集まる。

 瓶の口に集まったそこから……純度の高い水が放出され始めた。

 それはなみなみと瓶を満たして行き、満杯の時点で止まる。水が零れることもなければ、どこかに跳ねたりもしていない。……無から有を生み出す、か。

 

「これで良いか?」

「ああ。そして、これを沈める。ああ、手伝わなくていい。一番美しいのは横から見ている時だろうからな。そこで見ていろ」

 

 壊れないように藁紙で巻いて持ってきた通草花……別に通草で作っていないのでそうだというのはおかしいんだけど、まぁクラフトフラワーを取りだし、慎重に瓶へと沈めていく。

 うん、口径も葉を傷つけない広さだし、それでいて広すぎない。

 ゆっくりと沈んでいく水中花。それが底面に達し、形が崩れないことを確認してから、蓋を閉める。

 

「おお」

 

 反応。まぁ、通草紙片で作っていればもう少し早く開いたんだけど、今回は材料が鉋屑だからな。少しだけ開花は遅い。

 でも──。

 

 まるで、タイムラプスでも見ているかのように。

 茎の捻れが解放されて、花弁がゆったりと水を切って。

 鉋屑が水を吸って、その反りを緩やかにして。

 

 透明度の高い瓶の、透明度の高い水の中で……青と白と紫のグラデーションを持つ水中花が開花する。

 ふぅ。ま、検証用の方で一度成功させているとはいえ、こっちが上手く行かない可能性もあったからな。上手く行ってよかった。

 

「これは……美しいな」

「特に何か衝撃を与えたりしなければ、百年は保つと言われて……保つだろうと予測される。もう一度開く様子を見たいなら、水から静かに取り出して、花弁を逆さに陰干ししろ。それでもう一度楽しめる」

「先ほど木の細工物である、とは言っていたな。これが木なのか……」

「製法を言うのは構わないが、あんたは解析を含めて楽しみたいのだろう?」

「ああ。……だが、まずとして美しい。これは数を作り得るものか?」

「時間はかかるが、製法さえ覚えれば誰でも作れる。……水に入れて開かせるものではなく、初めから開花しているものもあるし、瓶や中の水、花の色を変えればいくらでも楽しめるはずだ」

 

 確か元々は祝い事とか酒の席とかで使われてたんだっけ?

 ……私が知っているのはクラフトワークとしての水中花だけだからなぁ。

 ただ、青宮廷に降りた時に気付いたことだけど、造花をアクセサリーにしている女性はいくらか見受けられた。だから造花技術自体はあるのだろう。こういうギミック付きのものが発展しなかった、というだけで。……思うに輝術があるから細工にギミックをつけよう、とならないんだろうなぁ、とは。

 だって輝術の方が汎用性高いし。時間も少なくて済むし。

 

「時に、祆蘭。お前、好きな色はあるか?」

「色? ……難しいことを聞くな。基本的に実用性重視だから、色味にこだわりはない。強いて言うなら……鈍色か?」

「それはなぜだ」

「工具は大体鈍色だからだ。鉄よりは光沢があるが、銀や鏡のように反射し過ぎるわけでもなく、金や白金のような高貴さもない。道具として最もそれらしい色合いだと思うよ」

「……そうか。それは……難しいな」

「?」

 

 好きな色とか、好きな味とか、あんまりない。

 甘いなら甘い方が良い。塩味があればそれでいい。酸味があったらアクセントとして良い。ただ、どの食材の何が好き、とかはあんまりない。美しいとか美味しいとかいう感性はあるけれど、こだわりがないというか……まぁ逆に言えば何でも好きなので便利な嗜好だと自分でも思っている。

 同様に嫌いな色も味もない。酒は毒だと思っているが。

 

「と……そうだ。青宮廷で幽鬼に襲われた、と聞いた。無事か?」

「ああ、手に怪我はない」

「そういう話ではないと言っただろうに……。硝子の破片の近くに居たそうだが、足に怪我はないか?」

「……ああ、進史様が自分では確認するわけにはいかないから、と青清君に依頼したのか? はぁ、あの人も中々律儀というかなんというか。ガキの素足なんざ、しかも怪我の確認なんざに配慮してどうする。ほら、怪我はない。これでいいか?」

 

 スカートを捲って、足を晒す。

 平時であればはしたないとは思うけど、医療行為の一環だろう。なら別に気にするべくもなかろうに。

 

「……うむ、大丈夫そうだな。だが無理はするな。聞けば男二人を幽鬼から逃がし、一人前に立ったそうではないか。蔵主はともかく、進史は剣も輝術も達者だ。対してお前は子供で輝術も持たぬのだから」

「軽率だったことは認めるが、命の重要度で言えば尖兵となるべきは私だろう。私と進史様を天秤にかけた時、どう考えても進史様に比重が傾く。……ああ、怒るな。別に自身の命を軽んじているわけじゃない。輝術は後方支援も得意とするのだろう? 後ろに居ては何もできない私と、どこにいてもなんでもできる進史様。駒の配置としては正しかろうさ」

 

 それでも不満そうな青清君。

 いやわかるよ、その気持ちは。私だって化け物を前に、九歳のガキが自分より前に出ていったら危なっかしくて見ていられない。

 けど……ま、こればかりは性分だな。

 

「昔から近所のガキやら爺さん婆さんを守るのは私の役回りだったからな。こうなるのは癖のようなものだ」

「昔から?」

「ああ。水生(チーシン)は頻度こそ高くないが、野盗に襲われることが何度かあった。水生だけでなく、貧乏村というのは若いのが出稼ぎに行くからな。自然と老人と子供だけの村になる。いたとしても身籠った母親か、既に両親や番を失くした片親くらいだ。あるいは病を抱えているもの、か。まぁそういうこともあって、金銭はほとんどないが食料を強奪するには持って来いなんだよ。そのために野盗が出ることがあった。同じ理由で野犬もな」

 

 だから、そうなった時に大立ち回りをするのが私だ。

 

「人間っていうのは案外痛みに弱い。強い意志でも持っていなければ、ちょっと斬られた、ちょっと殴られたくらいで逃げ出すものだよ。斬った張ったを長時間続けていられる奴なんて数えるほどしかいない。だからこうして、右手にトンカチ、左手に鋸を持って襲い掛かれば、ある程度は追っ払えた。むしろ野犬の方が厄介だったな。奴らは空腹で狂乱状態に陥っているから、中々止まらない」

 

 噛まれるのも基本的にアウトなので細心の注意を払わないといけないし。

 動物の殺傷に関しては四の五の言ってられる環境じゃなかった。前世なら犬猫殺すのは絶対あり得ないと言っていたけれど、今じゃ野犬や山猫は害獣にしか思えん。

 

「なるほど、それであの時殴りかからんとしてきたわけか」

「気配が無かったからな。足音を立てて近づいて来てくれていたらもう少し穏便に対応できたが、あそこまで近づかれたのに気付けなかった時点で手練れと判断して、決死の覚悟をした……という次第だよ」

 

 明未とおばさんを逃がす時間くらいは稼げるか、と思っていたらのアレだからなぁ。

 ……大丈夫かな、水生。私がいないと……戦える者、いなくないか。

 

「州君としては、各地に兵を派遣する、と言い切りたいところだが……すまぬ」

「ああ、あんたを責めているわけじゃないし、それも摂理だろう。水生だけがそうであるというわけでもない。これを解消しようとするなら、国の形から変えねばならん。それには足りぬ物と立ちはだかる物が多すぎるだろう」

 

 人間だけが自然の摂理から逃れられると思ったら大間違い、という話だ。

 

「……まぁ、なんだ。興味があるなら貧乏村の話はしてやるぞ。多分、あんたの想像もつかない世界が広がっている。そういうところに面白みを見出すのもよかろうよ」

「ふふ、良いのか? 私が興味を持たば、気になって見に行ってしまうかもしれぬぞ?」

「案内はする。進史様には遠く及ばない護衛だが、刹那を稼ぐ程度には役立つさ」

 

 進史さんはああ言っていたけれど、青清君をずっと鳥籠の鳥にしておくのも可哀想な話だ。

 あるいは……もっと親しみやすい州君になれば。その方がずっとずっといい未来に見える。

 

 その片棒程度なら、喜んで担ごう。……進史さんの気苦労を増やしてしまうけれど、最悪彼も抱き込む感じで。

 

「楽しみにしているよ」

「ああ」

 

 私も。

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