女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第三話「入れ子細工」

 輝術というのはやはり血筋が関係しているらしく、たとえどれほどを学ぼうとも平民には使えないらしい。

 もし使える者がいたとしたら、それは没落した貴族や亡命した「高貴なお方」の子孫、あるいはその当人だろう、と。

 

 なんでもできるもの、というわけではないようだけど、少なくとも私にはなんだってできるように見える。力量によってできる範囲が決まっているだけで、輝術を使って疲れる、ということはないとかなんとか。それはエネルギーとかどうなってんだろうとか。私は科学者ではないのでどうでもいいけれど。

 とにかく卑賎の出には関係ない技術。よくわからん原理の発電所が意思を持って歩いてるくらいの認識で良さそうだ。

 

「だからこそ、祆蘭(シェンラン)。お前が幽鬼を祓い得る、ということは吹聴してはならぬ。要らぬ誤解を与えるからだ」

「言われずとも言いふらさないし、言いふらす相手もいない。青宮城(シーキュウジョウ)に来てから湯浴み場と倉庫、そしてこの部屋にしか行き来をしていない以上交流が生まれるわけもない」

 

 基本、青宮城の中にいる人達は皆仕事をしている。忙しなく動き回っていたり、忙しなく浮かび上がっていたり。

 また、どれほど情報が伝わっているのかは知らないけれど、相手はお貴族様だ。私の身分が知られたのなら、そこで余計な軋轢が生まれることなど想像に難くない。威を借りるには持って来いな青清君(シーシェイクン)だけど、同時に私の役職が何か、という問いには答えられないので使いづらい。

 そこのけそこのけ、私は青清君の……玩具作り職人だぞ、とか。別に職人でもないし。

 

 今述べたように私の行く部屋は決まっている。

 私の部屋になった物置と、一日目に使った湯浴み場。そして毎朝進史(シンシ)さんに連れられて行く青清君の部屋こと天守閣。まぁ天守閣って呼ぶのかは知らないけど、多分そう。

 一日の全てをこの三つの部屋で完結できるほど仕事が詰まっておらず、けれど進史さんから「小出しにしてほしい」というオーダーがあった以上、もう自室でぽけーっとするしかやることがない。

 水生(チーシン)に居た頃はなんだかんだ仕事三昧だった。仕事……というか駄賃稼ぎの押し売りバイトというか。明未の家もそうだけど、壁を直してくれだの屋根を直してくれだの釜土や暖炉を直してくれだの、そこそこのお願いごとが舞い込んできていて、少ない労力で120%くらいの駄賃を貰えていた。

 ところがこの豪勢な暮らしになってから、それがない。給金が出ているのかどうかは知らないが、使う場所が無い。なんせ小腹が空かないくらい豪勢な朝昼夕餉が出る上で、やることがないのだから。

 ぶくぶくに太らせて飼殺すのが目的だと言うのなら、なるほど効率的だ。

 けれどそうではないのなら。

 

「仕事が欲しい。切実に」

「お前は面白い玩具を作ってくれたらそれでいい」

「青清君には聞いていない。進史様、本物の職人には遠く及ばないだろうが、床の修繕やちょっとした家具の修繕程度であれば私にもできる。何かそういうものはないか? あるいは雑用でもいい」

「……働かずとも食にありつけるというのに、働きたいのか?」

「暇だ。青清君がそうであるように、私も暇なんだ」

 

 ただ……生憎と私は読み書きができない。言葉も粗雑だ。

 だから、お貴族様のもとへ何かを手伝わせに行く、というのは少々難しい話になるだろう。できれば一人で黙々とできる仕事で、この城に必要なもの。

 

「と言われてもな。手が足りなければ貴族を雇用する。雑用とてそれを行う者がいる。お前が仕事をするということが、彼らから仕事を奪うということに繋がりかねない」

 

 そこまで大した仕事はできないのだけど。

 しかし、なるほど。

 もうキャパシティーがMAXなのか。一部の隙も無いというか。

 であれば。

 

「この城を好きに歩き回っていい許可を出してくれ。仕事は自分で見つける」

「それならばもう出している。お前の容姿と名は、青清君の名の下にこの青宮城で働く全員に共有されている。もしお前の姿を見て何か言ってくるような者がいたのなら、それは恐らく賊ゆえ、近くの大人に助けを求めると良い」

 

 ……輝術、怖い。

 ああでもそうか。先日の蜂花(フォンファ)に纏わる事件でわざわざ絵画を持ってきたのは、私が輝術を使えないからか。

 貴族同士なら多分離れた所に居ても容姿の照合なんて簡単にできるのだろうな。

 

「だが、自由に動くと言っても、お前は輝術を使えない。移動はどうするつもりだ?」

「別に、これくらいの鼠返し程度越えられる」

「……」

「なんだ、雅ではないからダメ、とかいう規則でもあるのか?」

「落ちた場合、助けに入り得る者が近くにいるとは限らんぞ」

 

 この城は真ん中が吹き抜けになっていて、そこに巨大な滝が存在している。

 構造的には内部で水を汲んで滝風に落としているだけなのだろうけど、その高さは青宮城そのものの九割くらいを占める。その上で形状的に台形……つまり、上階へ行けば行くほど孤立していく構造だ。

 吹き抜けにある滝は登ったり降りたりできるものではない……というか、お貴族様が明らかに避けているのを見るに、多分触れちゃいけない系の神聖なもの。仮に上階で足を滑らせた場合、この滝を避けてどこかで止まらなければならないという無理難題を突きつけられることになる。

 

 ふむ。リスクヘッジはまぁ大事か。

 

「初めは一層目と二層目だけを探索する。それより上階へ行くのは慣れてから。これでいいだろう」

「……怪我をするでないぞ、祆蘭」

「無論、最悪の場合手と頭は守る」

「そういうことではない。……輝術は命を蘇らせることはできない。忘れるな」

 

 へぇ。

 そういえば……どこの階層かは忘れたけど、移動中に医院に似た部屋があるのを見た気がする。もしや怪我や病も無理か、輝術。

 

「留意しておく」

 

 気遣い痛み入るが……そこまで大人しい性格をしていないぞ、私は。

 

 

 

 一層目は、私の住まう場所以外の物置や、湯浴み場。それと洗濯をする場所だったり調理を行う場所だったりと、水回りの施設が多いように感じられた。流石に厠は全階層にあるだろうけど、水道の配管周りがどういう仕組みになっているか気になる。気になるだけだ。くまなく調べたりはしない。

 仕組みといえば、これほど真ん中がぶち抜かれていると耐震性なんかも気になる……けど、よく考えたらここ浮いてる岩の上の城だった。輝術万歳ということでよろしいか。

 

 さて、水生に居た頃からは考えられない上質な装束を着て城内を歩き回っているわけだけど、ううむ、慣れない。

 特に腰にトンカチが無いのが慣れない。一応忍ばせてはいるけれど、ぼろ布にぼろ帯、そこにトンカチ、というのが私の基本スタイルだったから……慣れない。

 

「軋む床もなし、腐食している柱も無し。……完璧すぎて本当にやることないな、この城。流石は青清君の住まう城、なんだろうけど……」

 

 未だどういう仕組みなのかわかっていないところがある。

 青清君は女性である。それが青州の州君、つまり一番偉い人である。が、進史さんは帝がいる、ということを言っていたし、城下にある青宮廷には妃がいるのだという。

 単純に考えるなら青州含む全州を取りまとめるのが帝で……でもだとしたら、この下にいる妃はなに? そして州君は帝に対してどういう立場?

 ……古代中国知識があればこういうのパッと思いつくのだろうけど、いやはや、全く分からん。

 

 とりあえず青清君はこの場における最高権力者。だから彼女の住まう城も常に完璧である必要がある……として、けれど蜂花のような事件は起こるし、私のような者も連れ込まれる。

 ここは……青清君の完全なる私物、という認識で良いんだろうか。

 

「ん」

 

 ふと。

 音が聞こえた。良い音だ。音色。

 弦楽器だろうか。三味線に似ている……気がする。

 

 静謐な城だからこそ、音源がどこにあるかすぐにわかる。

 ふらふらと、灯りに群がる蛾のようにそこへ誘われてみれば──赤い反物を着た女性がいた。

 

「あら」

「……申し訳ありません。邪魔をしてしまいました」

 

 演奏が止まる。奏者が私に気付いたからだ。

 深緑の髪を短くまとめた、琥珀色の瞳の女性。赤色は……どれほど高貴なんだろう。知識不足だ。

 

「もしかして、音が聞こえていたの?」

「? ええ、はい。城中に響き渡っていたと思いますが……」

「それなら、とてもいいことなのだけど」

 

 また幽鬼……じゃ、ないよな。

 会話できているし。

 

「あなたは確か、祆蘭、だったかしら。青清君の新しいお気に入り」

「新しいお気に入り? ……前のお気に入りがいたのですか?」

「ええ。少し前にいなくなったけれどね」

 

 なるほど、あの飽き性は面白いものを見つけたらとっかえひっかえ連れ去ってくる厄介お姫様のようだ。

 玩具に対してそうなら、人にもそう、ってか。

 ああだから一年契約なのか。どうせ一年で飽きるから。

 

「私は桃湯(タオタン)。……ねぇ、もし時間があるなら、弓を聞いて行って」

「弓?」

「これのこと」

 

 桃湯が見せてくれたのは、彼女が抱えていた三味線のようなもの。

 弓、という楽器なのか。

 

 とりあえず突っ立ったままも悪いので、部屋に入る。自動で閉じる扉。

 ……これ、普通の事なのかな。アレか? 原始人が自動ドア見て驚いてる的なものか、今の私。

 一応顔を伏せながら移動する……と、部屋の隅に積まれていた円座が浮いて、私の前に置かれた。座って、ということだと認識する。

 

「失礼します」

「ええ」

 

 座る。胡坐……は流石にかかない。正座だ。

 して……演奏が始まる。やっぱり音は三味線に近いけれど、縦置きした楽器本体を頻繁に動かしている。弾き方は三味線とは違う。

 何の唄なのかはわからない。お貴族様の中で流行っている唄なのか、あるいは青州出身ならば誰でも知っていなければならないような唄か。あるいは彼女のオリジナルか。

 

 風。

 ……風? 密室で?

 

「あら……ふふ」

 

 やはり風を感じる。どこかに隙間が空いているのだろうか。それは……私の仕事が増えた、ということなのだけど。

 けれど、風向きから考えられる場所は背後。その奥には別の部屋があるはずなので、こうも肌で感じる風を覚えるはずがない。

 

「美しい音色でしょう?」

「ええ、まぁ。けれど、申し訳ありません。この身は卑賎の出。音楽の良し悪しを判別する能が無く……」

「それでも美しいと、そう感じるでしょう?」

 

 確かに。

 綺麗な音だと思う。前世含めて楽器はてんでさっぱりだったので比較対象がないのだけど、三味線風の楽器にしてはハープみたいな音がするな、とも。

 聞く人が聞けば眠りを誘うような音だ。生憎と私は音楽を聴いて眠る、なんてクラシックな趣味を持ち合わせていないので、いい音楽だなー、くらいにしか思えないけれど。

 それはそれとして風の音が煩い。高空にあるから仕方ないけれど、もう少しどうにかならないものか。

 

 この生暖かい暴風は。

 

「ふふ……惹かれてくれないのね」

「せめてこの風が無ければ、快不快は快に傾きましたが……生暖かい暴風、というのは不快が過ぎますね」

「でも、仕方ないでしょう? この風はあなたの魂をこちらに引き寄せるために発生するものなのだから、不可抗力よ」

 

 ですよね。

 そんなこったろーと思ってましたよ。ずっと弾いていたっぽいのに近づかないと聞こえなかったこととか、私以外誰も聞こえてないこととか。

 ただ如何せん知識が無い。輝術に防音効果がある、とか言われたらお手上げだから、言い出すに言い出せなかった。

 

「ええと……それで、あなたは幽鬼、ということでよろしいのでしょうか」

「嫌ね。あんな雑念混じりのものと一緒にしないでちょうだいな」

「はあ」

「私達は──」

 

 ドカン、と。

 扉が蹴破られる……寸前みたいな衝撃が戸に走る。二回、三回と。

 

「もう、無粋な連中ね。一曲弾き終わるまで待ってもくれないなんて」

「私は待っても構わないが、その曲は終わるのか?」

「あらら……ふふ、そっちが素の喋り方?」

「大して変わらんだろう。敬語もロクに覚えていない話し方と、こっちの卑賎な粗雑言葉。あんたのような見目麗しい相手であれば最大限の丁寧も考えたが、どうにも狙いは私の魂らしい。とあらば敵として認識する方が互いに都合がいい」

 

 幽鬼を雑念混じりと言った。

 そして会話ができていることから察するに、桃湯はもっと上位の何かなのだろう。

 まったく、輝術だけでもよくわからないのに、幽鬼側にも上位下位がいようとは。戦う術がない以上、こうして気丈に振る舞うくらいしか対抗手段がないのだがな。

 

「それで、良いのか? 出て行かなくて」

「ふふ、優しいのね。心配してくれるなんて」

「別に、特に害された覚えがないからな。音色が美しかったのは本当だ。そして、あんたは直接的な手段で私の魂を取ることができない、というのもわかった。眠りに誘うか虜にするか、なんらかの手順を踏む必要があるのだろう。とあらばそれは良い見本だ。対策を練るにあたってもっと条件を見せてくれた方が都合がいい」

「……呆れた。あなた、ちゃんと命の危機だったこと、わかっているの?」

「全く。だとして、先ほど"私達"という言葉を用いた。あんたのような奴がまだまだいるということだ。であればここであんたに消えられるより、比較的安全なあんたに生きていてもらった方が良い。まぁ生きているのか死んでいるのかは定かではないが。……なんとなく、あんたは独占欲が強そうだからな。仲間内に私を共有する、ということはないだろう。むしろ独り占めするために虚偽の報告をするか、黙ってくれそうだ」

 

 斬、と。

 戸に刀が入ってくる。蹴破るのは無理と判断したのだろう。

 

「あらら……結界、壊されちゃった。それじゃ、お言葉に甘えてお暇しましょうか」

「名は偽名ではないと思って良いのか?」

「ええ。あなたにはありのままの私を見てもらいたいもの」

「そうか。魂を云々という物騒な目的がないのであれば、あんたの弓は良い音色を奏でるものだと思えた。次は誘うのではなく聞かせに来い。基本私は暇だからな、何刻でも聞いてやる」

「──尊大ね。その魂に偽りなく──」

 

 消える。弓ごと、赤い反物が、桃湯が。

 美しい色の粒となって消えて──その瞬間、扉が完全に破られた。

 

「祆蘭! 無事か!」

「進史様。はい、この通り、何もされておりません」

「……すぐに穢れの痕跡を洗え。侵入経路を特定しろ」

「はっ!」

 

 進史さんの後ろにいた兵士……というか彼らも多分お貴族様だけど、そんな彼らが部屋を調べていく。

 私はというと、進史さんに抱えあげられた。

 

「私も残った方が良いのではないですか? 重要参考人でしょう」

「何があったかは私と青清君に聞かせてくれたらいい。今はお前の身を清めるのが先だ」

「清める?」

 

 汚れている、のだろうか。

 それともさっき言っていた穢れなるものと関係がある?

 

 未だ気を抜かぬ表情……鬼気迫る顔の進史さんに連れていかれたのは──湯浴み場。

 え、普通に汚れってこと?

 

「青宮城を流れる水には、浄化の力がある。湯に浸かり、身についた穢れを落としてこい」

「なる、ほど?」

 

 つまり……普通に湯浴みをしてくればいいのかな?

 それで落ちるのか、穢れって。……よくわからんけど、よくわからんからこそ口出しするべきではないだろう。

 

 お湯を貰う。

 湯から出ると、服が別物になっていた。……成程、そっちも、か。

 

 湯浴み場を出れば、そこには進史さんが。

 彼にまた抱え上げられて……最上階、青清君の部屋へ向かう。

 

 さて。

 二人も大層聞きたいことがあるのだろうけど、私だって色々聞きたい。

 長くなりそうだな、これは。

 

 

 

 鬼と、そう言うらしい。

 

「未練を残して、恨みに縛られて。そういった雑念と共に現世へ留まる者を幽鬼という。だが鬼は、自ら望んで幽鬼となった者を指す。死したというより、肉体を脱ぎ捨てた、が正しいか」

「はあ」

「青宮城及び青宮廷で自死が禁止されているのはこれが理由でもある。ただ……自ら鬼となりたい、と思う者は少ない故、知られていない理由ではあるが」

 

 ただし、幽鬼も鬼も輝術で祓えるのだとか。

 であれば。

 

「鬼になる利点がわからんな。ただの長寿願望か?」

「であろうな。私達とて鬼になりたがる者を理解できているわけではない。ただわかっているのは、その長寿を成り立たせるためには、高い力量を持つ輝術師や存在として強い力を持つ魂が必要である、ということだけ。祆蘭は後者となる」

 

 ……存在として強い、ね。

 それは生まれ直しのことを言っているのだろう。であればさもありなん。

 

「青清君は、私がそういった魂の持ち主であることを見抜いて連れて来たのか? 前に己の目に狂いはなかった、と言っていたが」

「そんなことは全くない。私は別に青州全体を把握しているわけではないし、お前のもとに訪れたのはやじろべえあってこそ。あれを進史が買ってこなければ、お前の存在など知らぬままであっただろう」

「そうか。要らぬ勘繰りだったな。謝る」

 

 偶然……というか、私に前世の知識が無ければDIYも工作もしてないのだ、身から出た錆、が一番しっくりくる言葉かね。

 

「しかし……想像以上にお前は強いな。幽鬼を諭したり、鬼と対話したり。恐ろしくはないのか?」

「どちらかと言えば輝術の方が恐ろしい。この城、誰の力で浮いている? 術者が突然死したら落下するのか? この城だって見た感じ柱らしい柱が細すぎる。建築に対する知識は少ないが、これ、上の方を支えていられる作りになっていないだろう。あの空飛ぶ馬車を含めて、浮遊させたり物体を軽くさせたりという輝術はただただ恐ろしいよ」

 

 言えば、二人は顔を見合わせる。

 まぁ生まれた時から輝術を扱えるお貴族様にはわからない感覚だろう。私は……エネルギーというものはいつか尽きることを知っているし、どうしても魔力とかMPとか精神力とかで考えてしまう分、その供給源が絶たれたら、の方を想像してしまう。

 弦楽器聞かせてくる鬼と居住区倒壊及び巨岩落下の危険性。どっちが怖いかなんて決まり切っているだろうに。

 

「これは、鬼が欲しがるわけだ」

「ええ。この城で狙うのなら青清君の命だとばかり思っていましたが、祆蘭には特に気を配った方が良さそうです」

 

 原理や術者は教えてくれないらしい。

 まぁ聞いたところで、だけど。

 

「そろそろ基礎知識学習の時間は終わりでいい。真面目な話をしよう」

「今までも真面目な話だったが……お前が言いたいのは、なぜあそこに鬼がいたか、だな?」

「ああ。素人目に見て、この城は完全防備であるように思えた。見張りの兵士がいるのかいないのかは知らないが、部屋一つを鬼とやらに占領されて、みすみす見逃している程の怠慢さは持ち合わせていないだろう、ここで働く者は」

「その通りだ。今輝術で穢れの痕跡を洗っているが、複雑な経路を通った、という様子が無いらしい。するりと入って来て、あそこに居座り、お前や、他、胡弓の音が聞こえる者を誘っていた」

 

 ……基本的に私は疑り深い。推理ができるわけでもないのに、だ。

 なぜか誰にも見つからなかった、とか。なぜか痕跡におかしいところがない、とか。

 そういう話を聞くと、真っ先に──。

 

「手引きした者がいる、と。そう考えてしまう」

「まさか、蜂花か?」

「可能性は無いとは言えないが、低いだろう。対峙した鬼は幽鬼を見下していたし、蜂花側にも城崩しをする動機が無い。及び余裕も無い」

「動機か。……確かに」

 

 鬼というのが寿命を延ばす……単純化すると、ただの食欲で動いている、というのであれば、直接私を狙った方が早い。だって私、物置に一人で寝ているのだから。

 けれどそれができない。全ての鬼がそうであるかどうかは知らないけど、少なくとも桃湯は条件を必要としていた。また、進史さんの登場に逃げの姿勢を見せたことから、桃湯には直接的な戦闘能力が無いのだと推測できる。

 であればなおさら手引きする者が必要だ。桃湯が条件を満たせるような場を用意する者。そしてその内通者にもメリットがなければコトは成立しない。

 鬼側から何か棒付きニンジンを出せたとして……なんだろうか。青清君や強い魂が失われて、その者に良い事がある状況。

 

「青清君。他の州君との関係性や、青清君自身の関係性において、邪魔に思われたり恨まれたりすることはあったか?」

「……州君同士はほとんど関わり合いを持たない。政にも滅多には口を出さぬしな。帝より与えられた己が州を守るのが州君よ。他州に侵略を行ったり、間者を放ったりすれば……必ず帝の目に留まる。それは愚かな行為と言えようよ」

「ただ、青清君を良く思っていない者が存在するのは確かだ。もう耳にしているだろうが、青清君はお前のような平民、あるいは貴族、あるいは職人……そういうものづくりに長けた者を気に入って城に置く、という迷惑極まりない性質を有している」

「それで、一年で飽きられて捨てられた者からの恨みつらみが?」

「いや、今まで青清君のお気に入りとなった者達には十分な金子が出されているし、定期的な監視も行っている。そこの線は薄いだろう」

 

 つまり、一年後飽きられて捨てられたら私も監視がつく、と。

 悪いことはできないね。するつもりもないけど。

 

「城内……この城を機能させている者達からの苦言、か?」

「というより、嫉妬が大半だ。お前には実感の湧かぬ話だろうが、普通の貴族が青宮城に勤める、というのは中々至難の業であり、狭き門。ここにいるのはそれらを潜り抜けた優秀なものだけ。ゆえに青清君がお気に入りと称して何の至難も乗り越えていない者を連れて来る行為自体が快く受け入れられていない」

「ふぅん。……それはあるいは、鬼に私の所在を知らせた……私をも目の敵にした、という可能性もある、と」

「一網打尽にできればそれが一番だったのやもしれない」

 

 つまり。

 

「青清君が悪い、で概ね間違いないか?」

「ああ」

「……むぬぅ」

 

 青清君のその悪癖が無ければ起きなかった事態だ。

 だけど……そのエリートさん達がたかだか嫉妬で無差別殺人に近いことをする鬼を引き入れてしまう、というのも問題だ。

 わかっている。嫉妬は暴走感情の一つだ。抑えが利かないことくらい知っている。

 

「……だとしても、その私や青清君のやり方に嫉妬した者は、私を直接殺しに来る、などではなく鬼を使った。罪の露呈を恐れたのか?」

「良い。お前の詭弁やこじつけは糸口になる。考えていることをそのまま話せ」

「過剰だ、と言っている。私は九歳の子供だ。それも、輝術を使えない平民。やりようなんていくらでもあるだろう。特に今日は完全に一人行動だったのだから、子供を殺す機会なんていくらでもあったはずだ。無論私とて抵抗するが、焼け石に水だろう。そんな相手に、鬼を呼びこんでまで殺させる、なんて迂遠な手段を取る必要があるのか?」

 

 物質生成の難度は知らないが、物体浮遊はこの城にいる者であれば誰でもできるというんだ。

 私をちょっと浮かせて、そのまま落とせば……殺せずとも骨折させて、文字通りの痛い目を見させることくらい簡単だ。

 だというのに鬼を呼んで、しかもその鬼は直接的な殺傷手段を持たない鬼で。

 

 ここまで考えて、あまりに迂遠すぎる、ということは。

 

「手引きした者はいるのかもしれないが、狙いは私じゃない。青清君でもない。……その方がしっくりくる」

「では、動機は何になる?」

「頭を白紙にして考える。可能性を羅列する。……たとえば、威力偵察。どこぞの誰かがこの城に攻めいる予定で、鬼に輝術師の存在を確認させにいった」

 

 無い話ではないだろう。

 

「次。ここで弓を奏でる事そのものが目的だった。それ自体がなんらかの儀式的行為で、それはもう達成されている」

 

 輝術にも鬼にも詳しくないからファンタジー魔法知識で行くけど、要はアンカーだ。

 何かをするマーキングとして弓を奏で、あとあと遠隔で何かするつもり、みたいな。

 

「次、するりと入ったのも、複雑なことをしていないのも、全てあの鬼の力量である。手引きした者などいない」

「それは最悪の可能性だな」

「だが、無い話ではない」

 

 ……仮に。

 桃湯の言葉がすべて真実だった場合、もっと最悪の場合が考えつく。

 彼女は私に偽りの姿を見て欲しくない、的なニュアンスのことを言っていた。

 であれば。

 

「鬼は、"あなたは確か、祆蘭、だったかしら"と言った。この言葉に噓偽りが無いのであれば──」

「まさか、城勤めの誰かが鬼に成り代わられている、というのか?」

「その成り代わりが、輝術による共有を受け取り得るものならば、だが」

 

 けれど、それなら全てに説明がつく。

 どうやって侵入したのか。初めからいただけだ。洗い出された侵入経路はフェイクだろう。

 どうやって部屋を占領したのか。初めからいただけだ。その部屋が鬼のものだっただけ。ただ、恐らく現管理者を洗っても無駄だろう。それで洗えたらお粗末すぎる。

 私狙いでも、青清君狙いでもなく。

 

「日常的に誘引していた、ということであれば、特におかしな点はないだろう」

「……」

「……」

 

 ただ、たまたま私という大物がかかって、それが露呈したというだけの話。

 

「……──捕捉した。いや……対象が北の大窓から城外に出ようとしている。外部哨戒班は注意されたし。可能であれば捉え、滅せ。深追いはするな」

 

 沈黙、かと思いきや。

 既に城中を洗っていたらしい。いや、青清君が一番強くて一番偉い、というのはわかったけど、進史さんも多分相当なんだろうな。青清君の従者をしているくらいだし。

 どのようにして捕捉したのかはわからないけれど、疑心暗鬼を生ず結果にならないのは安心だ。ただこれからの日課に城の全精査が加わるのだろう。

 

 お疲れ様です。

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