女帝からは逃げないと。 作:霧江牡丹
珍物屋。
古今東西のあらゆる「珍物」……つまり珍しい、あるいは奇妙な、もしくは面白おかしいガラクタを収集し、それを売り物とする商売がある。
「以前、
「そして、これを作ったのが誰かを知りたい、と
「はぁ。……まぁ私の脇が甘かった、ってことですか」
貧乏村だ、珍物商がどれほどの金を出したのかは知らないが、はした金でも売るだろう。たかだか玩具で、しかもただで貰ったものなのだから。
「そこで、だ。祆蘭。他にもこういった玩具はないか? 簡易なもの、複雑なもの。なんでも良い」
「……十数個くらいなら。それ以上はちょっと」
「そんなにあるのか!」
食事中に叫ぶな、行儀悪い。
……とはいえここではこの人が行儀だろうから、何も言えないけど。
「行儀が悪いですよ、青清君」
「む。……いいではないか、ここには進史と祆蘭しかいない。音が漏れることもないのだから、行儀など忘れてゆるりとしろ。祆蘭も行儀などない方が良いと思うだろう?」
「私は行儀作法を知りませんので」
「口調が硬い。お前の爺や婆に話していた時の話し方をしろ。少なくとも人目に付かないこの場では」
……たかだか玩具細工を作る相手にそこまで気を許すか? なんて疑ってはみたものの、それが御命令とあらば、だ。
「ふん。行儀以前に、口に物が入っている状態で口を開けるな、気色悪い。行儀作法とかそういう話じゃなく、他人に対する慮りの話だ。偉いからってなんでも許されると思うなよ」
「な……」
「おお!」
青清君は……ガーン、というオノマトペが最も似合う表情を。
進史さんは、それはもう期待の籠った目で私を見てきている。
「作法は疎か読み書きもまともにできんガキにここまで言われているんだ、配下の者にどこまで揶揄されているのやら」
「……外ではしっかりする。問題ない」
「普段していることは何気ない日常動作でボロが出る。座っている時、立っている時の姿勢、重心の位置、首の角度。食事もそうだ。食べながら口を開けて喋る者は、奥歯で食物を磨り潰す音が聞こえない。自分の声の大きさにかき消されるからだ。尚且つその音は口が開いていることで反響し、くちゃくちゃと不快な音を立てる」
それが大半のクチャラーである。
まぁ口閉じててもくちゃくちゃ言う人いるけど。
「お貴族様にどんな会合があるかは知らんがな、陰での噂は耳に届かんぞ」
「……祆蘭。加減してくれ」
「そっちがこっちで良いと言ったのに、我儘な姫様だな」
「いや、祆蘭。人前ではダメだが、この三人でいる時はもっと口厳しく言ってやってくれ。私がどれほど言っても聞かないが、祆蘭の言葉なら届く」
「だとしたら進史、あんたも甘やかしすぎだな。護衛だか従者だかお目付け役だか知らないが、主人が間違おうとしているのならたとえ罰則を受けることになっても止めるのが従者だろうに。結局なぁなぁで許しているからそういう力関係が出来上がる」
──無論、椪柑果醬欲しさに明未の過失隠蔽を手伝おうとした私にこんな常識を説く資格はないが。
言っていいと言われたのだから言わせてもらおう。そしてここで私がどういう人間かを叩きこもう。
あるいは嫌気が差して追い出されるやもしれん。
「コホン。……あー、そうだな。それで……部屋の改築はどこまで行った? 手伝いは必要そうか?」
「要らん。要らんし、何を思ってあんな場所に私を入れた。昨夜幽鬼が出たぞ」
「!」
「……そうか」
ん。
……ん?
なに、故意じゃないの?
「どのような幽鬼だった? いやそれより……何かされたか?」
「長い黒髪の女だ。目は琥珀色。爪紅は……記憶違いでなければ、左の薬指と小指だけにされていたな」
「……」
「何もされなかったのか?」
「背後に立たれた。ので、祓ってやった。今楽土にいるのか違う場所にいるのかは知らんが──」
「祓った!? 幽鬼を祓えるのか!?」
おお、凄い勢いの進史さん。
……昨日まで幽鬼の存在自体疑ってた私にとって、それを祓うことがどれだけ凄い事なのかは理解できていない。
もしかしてマズいか?
「まぁ、祓ったというより諭したが近い。あっちの言葉は聞こえないが、こっちの言葉は聞こえるようだったからな。二、三言葉を贈ったら、決心の付いた顔で楽土へと消えていったよ」
「……幽鬼を諭す、か。ふふ……やはり私の目に狂いは無かったな」
「輝術で無理矢理祓うのではなく……対話で……!」
いや、ごめんなさい。対話だけじゃないんです。私の特性なんです。
……これは。
「なんだ、幽鬼祓いのためにあんな部屋に閉じ込められたとばかり思っていたが、違うのか」
「そんな鬼のようなことをするものか。……ただ、私にも一層目に幽鬼が出る、という話は上がっていた。それがまさか登城早々のお前のところに現れるとは……」
「あれだけ陰気な部屋だ、現れて当然だろう」
「陰気?」
えぇ。
そこまで知らないの……?
「あそこは罪人の拘置所だろう。この城で罪を犯した貴族の」
「いや……そんなことはない。あそこはただの物置だ。それに、たとえ貴族であってもこの城内で罪を犯さば、すぐに青宮廷へと送られる。罪人を青清君と同じ空間に居座らせる理由が無いからだ」
……確かに。
言われてみればそう。
じゃあ何、あの血の臭いは。あの陰気さは。
……えー。殺人と監禁……というか、監禁の末に殺したか、不慮の事故で死んじゃった的な奴?
それをしたのがこの城内にいる感じ?
「やーっぱり。こういう場所は権術権謀渦巻いてこそか。はぁ、お貴族様はこれだから」
「確かにそれは貴族と切って離せぬものだが……城内で監禁と殺人か。……進史」
「はい。すぐに」
切羽詰まった表情で出て行く進史さん。
察するに、城内では起きない……というか、なんらかの術により「起き得ない」ことなのだろう。
これ祓ったのミスかな? もうちょっと何か聞き出すべきだった?
「それで? さっき、幽鬼の特徴を言った時黙ってたけど、青清君は何か心当たりでも?」
「いや……当人に心当たりがあるわけではないが、私もその幽鬼を見たことがあるのだ。ただ……」
「ただ?」
「私は、見逃すことを選んだ。この世に未練があるということは、それを果たさねば鎮魂も難しかろう。輝術によって無理矢理に幽鬼を殺すこともできるが、それでは楽土へ行くことができない。……死した後くらい、苦しみなく楽土で過ごしてほしいと思うのは……私の身分故か? 祆蘭」
「自覚があって悔悟があるなら充分。ま、その通り。私達平民は不慮の事故や病で死ぬことはザラで、殺し殺され奪い奪われだって横行してる。それでも私はこの城に来るまで幽鬼を見たことが無かった。なんでかって、そりゃ多分割り切れるからだ。誰もがそうで、誰に言ったって仕方がない。平民に生まれた以上はそういう運命で、未練を残したところで何も変わらない」
でも。
「お貴族様は違う。殺される身分ではなく、謀られる存在ではなく、平民より多く溢れた欲望は……志半ばの死を強い未練として残すんだろう。平民から言わせれば贅沢極まりない未練を。……それを解消させてやりたい、ってのが優しさだ、なんて口が裂けても言えないよ。青清君。あんたは絶対にそうならないから、高みから憐れんでいるだけ」
「……」
「そもそも未練って言葉自体がくだらないからな。どれほど理不尽な運命でも、残念無念で割り切れないガキがそういうものを遺すのさ。死者が此岸にしがみついて生者に迷惑をかけてるんだ、輝術とやらで暴力的に祓われたって文句は言えないし、言う資格も無い。今回の幽鬼はこの城に留まってたから良かったけど、あれが下に降りてたら騒ぎだった。あるいは私に害を為していたかもしれない。それら被害が生まれるのは、見つけたのに憐れんで見逃したアンタのせい、ってことになる」
詭弁だ。
別に見逃すも殺すも自由だろう。幽鬼だろうと殺人鬼だろうと。
一番偉いからってそれを強制される謂れは無い。あるとすれば、運悪くその幽鬼を見てしまったことに対して、くらいか。
だから。
「と同時に。青清君。あんたが見逃してくれたおかげで、あの幽鬼は楽土へ行けた。いつか輝術で祓われるはずだった幽鬼は、偶然にも幸運にも私と出会い、私の言葉で変えられた。何かに縛り付けられて未練を吐き続ける幽鬼が変わるって凄い事さ。その奇跡はあんたが見逃したからこそ生まれたもの。あんたが私をここへ連れて来て、あの部屋へと押し込めたからこそ生まれたもの。流石は青州の州君、持っている運命力が違うね」
「慰めているつもりか? 嫌味にしか聞こえないが」
「十割嫌味だからあんたの耳は腐ってないよ」
あの時、爺さんに対して「場合によっては」と答えた時点で、私の反感ptは50くらい溜まってるんだ。
昨日1増えて1下がった程度で私からの態度が変わることはない。
……さて。
不敬とは、これだけ言っても許されるものなのか。
大丈夫……そう? 落ち込んでるだけか。
「それで、そろそろ教えてくれませんか」
「む……何をだ?」
「幽鬼祓いが仕事じゃないんなら、私は何用でここに連れて来られたのか。まさか玩具を作るためだけ、なんてことはないよな」
「いや……それが理由だが。ああ、勿論簡単な大工仕事も頼むつもりだ」
だから、信用できないって。
「逆に問うが、何をさせられると思ったのだ?」
「わかんないから聞いてんだよ」
「なら、再度言おう。本当にそれだけだ。ゆっくりとで構わない。私の暇を潰せる玩具を作ってほしい。材料はいくらでも用意できる」
そう言って……それだけ言って、青清君は器を掴んで匙で料理を掻きこむ、なんて行儀どころの騒ぎではない食べ方をして、そのまま部屋を出て行ってしまった。
普通に用事があったのか、それとも……。
豊富な建材と水生に居た頃より暇である、という事実から、倉庫の再建は一日をかけずに終わった。
断熱材とか余計な事仕込もうかと思ったけど、この城、雲より上だと言うのに暑くも寒くも無い適温であることから、多分輝術のなんらかが働いているのだと予想。見た目が古代中国、古代日本だからといって発達具合を下に見るのはやめたほうがいい、という話だ。貧富差とて、見た目が変わっただけに過ぎないのだろう。
というわけで完全な暇になった私は、ご要望通り細工玩具を作ることにした。
今回作るのは、やじろべえ亜種。バランスバードというやつだ。重心が嘴側に強く寄っていて、ひっくり返ろうとする。けれど翼や尾の広がりが本体を反対側にひっくり返そうとする……というところから生まれる均衡による指乗り玩具。日本の伝統玩具というわけではないけれど、まぁ指乗りトンボよりバランスバードの方が見栄えが良いからこっちにした。
作り方としては色々あるけれど、今回のはまぁ誰もが思いつく作り。
まず適当な板材から鳥を彫り出して、それを上下二つに割る。頭部を球形に繰り抜いて、鉛の錘を入れる。あとは鳥をもう一度重ね合わせて、何度かの微調整を重ねて、終了。
指先、その腹を上に向け、そこに鳥の嘴を乗っける。
そして鳥を持っていた方の手を離せば……体の大きさに見合わず、嘴だけで指に止まる木造の鳥が一羽、と。
……無骨すぎるな。着色するか。
形は違うけど、色合いは相思鳥でいいだろう。本来のバランスバードはインコとか、あるいは鷹がモデルになっているけれど、あんまり西洋っぽすぎるのも強そう過ぎるのもイメージが悪い。
平民でも思いつく野鳥と言えばこれだ。よく死んでいる。
黒と黄色で着色し、目元だけ白。嘴は鮮やかな紅。
造型時に出てしまった木くずは麻袋に詰めて保存しておく。
「祆蘭。進史だ、入っても構わないか?」
「はい、どうぞ」
平民に何の許可を取っているんだか、と思わないでもないけど、一応私も女だから、か? まぁこんなガキを襲うのならそれこそ懲罰モノだろうが。
扉を開けた進史さんは、部屋の中をきょろきょろと見渡している。まぁ、見違えたからな。床板こそ張っていないけれど、壁と天井は完璧に打ち直してある。フローリングは流石に異国文化過ぎてマズいだろうと判断した。タイルを張ることも考えたけど、流石に女児の細腕で大理石を始めとした岩石の加工は厳しい。最悪文字通り骨が折れる。
だから床はそのままだ。ただ血染みが何か所かあったので、現場保存にと木くずを白線代わりに囲ってある。今朝の話を聞いた後で物的証拠を動かす気にはなれなかった。
「いい出来だ。誰に師事した?」
「特には。大工仕事のできる若者は街へ出稼ぎに行くんでね、風穴の空いた壁や雨漏りする天井を直すのは専ら私の役目で。とはいえ急造極まりない修繕をしたところでボロの連鎖が起きるだけ。ならちゃんと直すのが手っ取り早いと、自分で効率化していった結果がこれだ」
「あくまで独学だ、と」
「……何か言いたげだな」
「いや。青宮廷の大工師に見せたのなら泡を吹いて倒れるのではないかと思っただけだ」
そんなことはない。
あくまでDIYの範疇だ。こっから家を作れとか城を作れとか言われたら、それこそ私が泡を吹いて倒れる。
「それで? 此度は何用か。ああ、青清君用の玩具ならもう出来ているが」
「いや、その仕事の速さには頭が下がる所だが、できるのなら小出しにして欲しい。あの方は珍しいものや面白いものを好むが、同時に飽きも早い。あのやじろべえとやらに青清君が完全に飽きてから次のを出してくれ」
「……成程。だったらこの部屋に青清君を呼ぶのはやめた方が良さそうだ。どうにも暇すぎて、思いつけばすぐに行動を取りかねん。今作ったコレも進史様、あんたが持っといてくれ」
指に乗せたバランスバードを渡す……渡そうとして、そもそも進史さんが何かを抱えていることに気が付いた。
「それは、相思鳥か?」
「それは……絵画か?」
声が重なる。
まぁ玩具の受け渡しなどどうでもいいので、バランスバードを机の角に置く。これも私が作ったものだけど、人と卓を囲めるほどの大きさにしていないので座りはしない。進史さんだけを立たせておくのは流石に不敬が過ぎるだろうし。
この口調も内心ビクビクしていたりしていなかったり。青清君と三人の時は許されたけど、進史さんと二人きりの時に許されたと言われた覚えはない。だからもしや、と。
何も気にしていないようなので安心している。
「ああ、絵画だ。確認を取りたくてな」
と、話を続ける進史さん。
白布に包まれたそれを取り出し、壁に立てかける。
描かれていたのは──。
「間違いない。あの日みた幽鬼だ。……爪紅が全指分あることだけが相違点だが」
「この女性は青宮城で働いていた、
調べるの速っ。
情報の伝達速度が尋常じゃない。これも輝術の恩恵か? 昨日の今日どころか今朝の昼だぞ。インターネットがあっても手続きやら証言やらを集めるのに一日は要すると思うんだけど……。
やっぱり見た目で文明の発達具合を推し量るのはやめた方が良い。自戒が教訓にまでなった。
「どう思う?」
「どう思う、って……。まぁ妥当に考えるなら、その手続きをした者が蜂花様の監禁者で、あるいは青宮廷で記録を取った者も仲間だった、としか」
「私もそう考えて、蜂花の降城に関する手続きを進めた者を調べた。また、青宮廷の記録係に繋がりを持っていそうな者もな。その容疑がかかっているのがこの三人だ」
白布から、蜂花のそれよりかなり小さい絵画を三枚出す進史さん。
……絵画、だよなこれ。なんか証明写真っぽいっていうか……。まさかこれも輝術の恩恵だったりする?
「左から、
頬のこけた男性、目つきの鋭い男性、ふっくらとした女性。
「はぁ。……まさかとは思うが、私に推理しろ、と言っているわけではないよな?」
「できないか」
詭弁、捏造、でっち上げ。
それでいいならいくらでもこじつけを言うことはできる。だけど、それが真実であるという確証には至れない。
私は自分の脳をそこまで信じていない。推理小説も大して読んでこなかったし。
「流石に名前と顔だけではなんとも。……進史様はわかっている、ということか?」
「何もわかってはいない。だから聞きに来ている」
「ふぅん……。この三人蜂花様との関係性は? 男女の関係にあった、とかは」
「無い。それぞれの同僚からも情報を集めたが、二人がそうであった、というような証言は得られなかった。他、李塔殿、河春殿についても同じだ」
「蜂花様自体にそういった話は?」
「恋人に先立たれている、という噂はあった。だが、登城するよりも遥かに昔のことだ」
だから……朝から昼のこの時間でどんだけ調べてるんだ。
もしや輝術は分身の術とか使えるのか?
……あー、男女の関係にないのなら、一方的に男側が女にホの字だった、ということもあり得るが……しっくりこないな。
何がしっくりこない?
「……犯人は、なぜ監禁してから殺した? 愛憎云々ならその場で良いだろうに。わざわざ監禁して……苦しみを与えるほどの恨みがあって、それでいて……」
ここは元倉庫。だから、誰が入って来てもおかしくない場所。
私が犯人だとして、愛憎持つ相手をそんな場所に閉じ込めるか? ……いーや。これだけ静謐な城だ、少しでも暴れりゃ誰かが気付く。だったら自室に閉じ込めていた方がまだ安心できる。
あるいは……だから、逆に。
見つけさせるのが目的だった、としたら。
「死体はまだ上がっていないのか」
「ああ。人体の重さを考慮し、青宮城から投げ落とせる範囲の全ての場所を精査したが、死体はなかった。野生動物が入れるような場所でもない。ただ、輝術によって運んだという可能性がある以上、捜索範囲の拡大はあるいは青州全土にまで及ぶ可能性がある」
「輝術はどこまでできる? 青清君がやっていたように、無から有を生み出す……その逆で、有を無に帰すことはできるのか?」
「帝であればできるだろう。だが、これら容疑者の力量では無理だ」
なる、ほど?
輝術の力量はそのまま階級……なのか? よくわからんな。
「このひと月間で火の手が上がった、という報は」
「無い。念のため城の外壁に焦げ跡等が無いかも調べたが、無かった」
「このデカい城の外壁全てを調べたのか」
「……調べ漏れがある、と言いたいのか?」
いや、そうじゃなくて。
仕事が早いどころじゃない、というのを疑っているんです。
「生憎平民、輝術に関してはそちらを全面的に信用するしかない。その上で聞くが、幽鬼とは死後とどこまで離れた姿で出てくるものなのか」
「死した直後の姿で出る、というのが定説だ。だから罪人は首を刎ねる。幽鬼となれど、首が無ければどうにもならないからな」
「ということは、小指と薬指にしかなかった爪紅は確実な証拠だな。加えて……あの幽鬼の身体にはこれといって目立った傷が無かった。痛めつけられて殺されたのなら、あんな綺麗な肌にはならんだろう。となると、この床の血染みは」
「血染みがあるのか?」
「ああ。だから私はここを罪人の拘置所と勘違いした。……待て、まさか血染みから記録を探る、というような輝術でも」
「そんなものは無い。だが、……そうだな。不快だろうが、それは証拠だ。輝術によって血を抜くことはできるから、この件が解決するまでそのままにしておいてほしい」
……ん。
ん?
「輝術によって血染みを抜くことができる。それは……この容疑者達にも可能か?」
「まぁ、それくらいであれば可能だろう」
「なのに、していなかった。倉庫に監禁したこと自体阿呆に思うが、たとえ殺したのだとしても、その痕跡を消さないのはもっと阿呆だろう。というか倉庫番は気付かなかったのか?」
「……倉庫番も抱きかかえられている、と?」
「こういうものはあまり登場人物を増やすべきではないんだがな。ひと月前の失踪事件がここまで気付かれない、というのは些か不審が過ぎる」
オッカムの剃刀で考えるなら、たとえ不確定要素であろうと必要でないものは削ぎ落していくべきだ。
だけど、ここまで云々頭を捻らせなくとも犯人が見えるというのならそれでいい。
「そもそもここが私の部屋になる、というのはいつ決まった話だ」
「三日前だな。青清君が私の買って来たやじろべえを見て、作った者をそこに住まわせると言い出したのがその日だ」
「……その日まで蜂花が生きていた、というのは流石に考え難い。血は乾ききっている。……待てよ?」
だから……この血は、犯人が意図して残したものではないし、なんなら犯人も気付いていないものである可能性が高い。
ダイイングメッセージ、という奴だ。元は全指にあった爪紅が二本にまで減っていることも含めてダイイングメッセージ。
待て。私は素人だ。だから……もっとシンプルに考えろ。事件というのは大抵そこまで大したトリックは使われていない。化学反応をトリックに使うのは少年漫画か大捜査線だけだ。
単純に考えろ。この血は誰の血だ。
……蜂花のもの。犯人のものであれば、染みるほど放置しておく理由が無い。
この血はどこの血だ。
蜂花が女性だから月モノという可能性もゼロではないが、だったらもっと異臭がしているはず。それはつまり、糞尿さえも放置していた、ということになりかねないから。
……だから、これは……指の爪紅を消した時の血、か。シンプルだ。シンプルに考えればそうだ。
監禁されていた。手足を縛られていたか、輝術で動けないようにされていたかは定かではないけれど、蜂花には床に指をこすりつける程度の自由はあって、ガリガリと指の皮が剥けることも気にせずに爪紅を剥がし続けた。
その間は……自分の身体で隠していた、と見るべきか。以上から、血染みに関してはダイイングメッセージから外していいと考えられる。
だから、考えるべきは一つだけ。
蜂花は爪紅を全て消したかったのか、敢えて二本残したのか。残っていた爪紅は左手の薬指と小指だけ。
……。
「私は無知だ。だから問う。爪紅には意味があるはずだ。左手の薬指と小指の爪紅には、それぞれ何の意味がある?」
「……少し待て。今聞いている」
こめかみに指を当て、目を閉じる進史さん。
ああ、やっぱりそういう遠隔連絡手段のようなものがあるのね。だからこんなに早いのか、調べるの。
だからといって城の外壁全部は……それも人海戦術ならいける、のか?
「……左手の薬指は、結婚する。小指は、結婚しない。そこだけに爪紅をつけているとしたら、そういう意味がある、可能性が高いそうだ」
「ということは……蜂花は結婚するかしないかを迷っていた?」
爪紅をつけることそのものはただのファッションだ。それくらいは知っている。
もし彼女のそれに意味をこじつけるのなら、全て消すのが目的なのではなく、その二つを遺すことが目的。
そして最大のヒントは、彼女が消えたことそのものなんじゃないか?
続きがあると知ったから未練を断ち切ることができた。逆に言えば続きが無いことを悔やんでいたとも取れる。あの決心の顔は……恋人との別れを決めた顔というより、現世を離れる恐怖を振り切った、というような顔だった。
「未練だけど、恨みじゃない……?」
自身の口からこぼれた言葉。
それが……なんとも、しっくりくる。
もしこれが本当だとしたら。
蜂花は犯人を恨んでいないのだとしたら。
「──蜂花は匿われていた、ということか?」
「流石、私なんかより頭の回転がお早いことで」
事件、じゃないんだ。そもそも。
監禁されていたわけじゃないんだ、そもそも。
そうだ、血染みがあったから、幽鬼が出たから私はこれを事件だと決めつけていたけれど……血染みが蜂花本人の作ったものであるのなら、幽鬼に恨みが無いのなら。
これら容疑者に動機が無くてもおかしくはない。
「進史様。──この国で、自死は罪ですか?」
「少なくとも青宮城、青宮廷の中では罪だ。青州全体でそうかと問われたら、首を横に振らざるを得ない」
そりゃそうか。
平民の自死なんかフツーにあるしな。
「蜂花様の位は、この三人より上ですか?」
「ああ」
「なら話は終わりだ。蜂花様は死にたがっていた。この三人はそれを叶えようとしたか、手伝わされたか。そして被害者と加害者双方の協力によって手口は見事隠蔽され、蜂花様の自死は成った」
「爪紅については、なんだったと思う?」
「進史様は花占いというものをご存知でしょうか」
「……まさか、自身の爪で?」
ということだと思う。
多分他の指にも結婚や恋愛に関する意味がある。それを消して行って……最後に残ったのがその二つ。
決めきれなかったか、決める前に事切れたかはわからないけれど。
少なくともあの顔は、恋人を遺していく顔ではなく、楽土にいる……あるいは"次"があると知って、その次で好きな誰かに会いに行くための決心。
死ぬ前は、楽土で恋人に会えるかどうかを考えていて。
それでも消える恐怖から幽鬼となり、結果的には私に会って覚悟が決まった、と。
つまり、傍迷惑な自殺と、一応自殺幇助かね。
「言っておくが、今のは全部憶測だし、動機もこじつけだ。真実と思わないように」
「無論だ。事実確認くらいはこちらでやる。──それでも、助かった。祆蘭。確認の取れ次第その血染みは消すから、もう少しだけ待っていて欲しい」
「はいはい」
そう言って出て行く進史さん。
……色恋沙汰、じゃないけれど。
なんというか、アレだな。
「重心が傾きすぎ……なんて」
それこそこじつけか?