女帝からは逃げないと。   作:霧江牡丹

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第一章「木」
第一話「やじろべえ」


 転生した。

 の、だと思う。ただここが元の世界と同じかどうかが微妙だから、異世界に生まれ直した、と表現するべきか。

 場所は青州という所のはずれもはずれ、水生(チーシン)。音の響きだけで言うと中国とか香港とかソッチ系に聞こえるけれど、会話を聞く限りの文字文法は英語っぽいし、読めないけど多分横書き。容姿はアジア的……だけど時折緑っぽいのとか青っぽいのがいるので……まぁ、十中八九異世界。髪にダメージ行きまくる髪染めが流行り散らかしている時代、とかでもなければ。

 歴史は苦手だ。作法も苦手だ。テーブルマナーとか全く知らないし、世界史は疎か日本史もほとんどわからない。言われたら「あー、あの、あれの時代のアレね」くらいのソレ。

 だから異世界であると逆に都合が良い……というか、仮に違ったとしても私にとっては異世界同然というか。

 

 貧乏暇なしとは言うけれど、田舎過ぎると仕事も無い。だからぶっちゃけ暇だ。

 都会に行けば花街やら宮殿やらと、何やら危ない予感しかしないものがこれでもかとあるらしいのだけど、興味も無ければ機会も無い。この水生、馬車が通ることなどひと月にあるかないかくらいで、基本的には田畑を耕すじーさんばーさんとトンボや蝶を追いかける子供たちがいるばかり。

 年若い男女は街へ出稼ぎに行っているらしく、私の両親もそう。祖父母と私の三人暮らし。家は……まぁ、現代の生活水準と比べたら天地だけど、私が生まれた時よりかは良くなったはずだ。空きまくってた風穴は全部塞いだし、釜土も修繕した。簡単なDIYなのになぜ放っておいてあったのかが疑問で仕方がないけれど、まぁ祖父母は歳が歳だ。普段通りでない行動をすれば腰がやられる可能性も高い。他、子供でもできる家の修繕作業は大体やった。

 貧乏暇あり。暇を使えば生活が快適になる。

 ……だからこれを「働き者」と称されるのは些か思う所があるのだけど。

 

祆蘭(シェンラン)、祆蘭」

「ん? ……どうした明未(メイミィ)

「うちの井戸の蓋が壊れちゃって……お願いできる?」

「駄賃次第だ、っておばさんに言っといて」

椪柑(ぽんかん)果醤(グォジャン)じゃダメ?」

「……つまりお前が壊したんだな、明未」

「うっ」

 

 果醤。つまりジャムのことだ。ポンカンジャムで私の労働の駄賃を賄えると思っていやがるこの小娘は、水生の中でもそそっかしさNo.1と言われている明未。私の中ランキングなので他人に言われてるかどうかは知らんが。

 なお、明未の家は椪柑の木を育てている。果醤の作り方など母親に教わればすぐに覚えるだろう。

 そんな簡単なもので私が釣られると思ったら。

 

「壊れた井戸の蓋、持って来られるか? 無理なら私が行く」

「転がして行けば大丈夫!」

「それは無理って言うんだ。良い、今日明日で直せるかどうか含めて見に行くから、お前はおばさんを引き留めてろ」

「さっすが祆蘭、頼りになる!!」

 

 釣られるのである。

 いやね。甘味、塩味。貧乏片田舎にゃ無い無い。砂糖菓子は今生において見た事すらないし、砂糖そのものも超高い。明未の家の果醬だって、出すトコに出せばちっとは金になる代物だ。甘いってだけで充分だから。

 それがちょいとのトンテンカンで手に入るんなら安い安い。

 

 五歳の誕生年に貰ったトンカチを腰に佩き、適当なぼろ布を何枚か持って明未の家へと向かう。

 

「そうだ、祆蘭は墓祭り、出るの?」

「出るワケ。そんなことやってる暇あったら工作でもしてるよ」

「えー、勿体ない。年に一度のお祭りなんだから、みんなと一緒に騒げばいいのに」

 

 騒いで何かが得られるのか。

 

 墓祭り。字面はちょいとアレだけど、要は供養祭だ。鎮魂祭でもいい。今年死んだ死者や今までの死者への手向けと供養にと、その日ばかりは夜通し灯りを付けて贅沢をする。

 なんでもその日は死者が楽土から帰ってきて私達の様子を見に来る日で、その日にいつも通りのくらーい顔してたら死者共が心配になって戻ってきてしまう。それで幽鬼にでもなられたら大変だ。だからどんちゃん騒ぎをして自分たちは大丈夫だって見せつける……んだと。

 最初はそれで良かろうが、その絡繰り知ってる奴が楽土に行った時点でハッタリだって全部バレるじゃん、とか思わないでもない。ま、死者だの幽鬼だのを本気で信じてる奴はいないだろう。騒ぐための口実だし、子供を黙らせるための口実でもある。

 

 飲酒可能年齢は日本より遥かに低い十二歳……だけど、思考を鈍らせる毒を呷って何が楽しいんだか。これについては前世から同じ主張。一時忘れたってつらい現実は変わんないんだから、向き合って飲み干してやり過ごして、って時間を設けた方が遥かに建設的だ。無論祭りの利点も理解してはいる。場が浮かれたら財布の紐が緩くなる、ってのは全世界共通だから、多少不味くても屋台を出して料理を売ればガッポガポだろう。

 私の作るくだらない工作とて酔っ払いには売れるのかもしれない。

 

 ……同時に祭りというのはどーやったって騒ぎを引き起こす。余計なトラブルに見舞われるのが嫌なら、明るい夜中を家の中で有益に使うが吉だろう。

 

「ん? ……あー」

「祆蘭? どうしたの?」

「お前んちの門を見りゃわかる」

 

 明未の家の門。

 そこには──優しい優しい笑顔で、割れた井戸の蓋を持つ女性が一人。

 

「……祆蘭」

「観念しろ明未。蓋は直してやるし、駄賃は椪柑果醬でいいから」

「そういうことじゃなくて……あっ」

 

 こちらを視認した女性……明未の母が凄まじい速度でにじり寄って来ていて、彼女の手が明未の着物の襟首を掴む。

 南無。……で、いいのか? まだこの国の宗教の全体像がわかっていないのでなんと唱えればいいのやら。

 

「おばさん、それこっちにください。寸法見て、直しておきます」

「……ダメよ、祆蘭。こういうのはね、お金が発生するの。どうせこの子は椪柑果醬とかで済ませようとしたのでしょう?」

「一銭の価値が発生するとも思っていないんで大丈夫です。見た感じ裏板の張替えだけで良さそうですし」

「それでもダメ。それに……過失の隠蔽なんて、子供の内からそんなんじゃ、将来どんな悪い子になるか。祆蘭、あなたもその片棒を担ぎかけたのだから」

「こんな綺麗に割れてるってことは、相当な重さのものを上から落としたか、裏板の腐食が激しかったか、どっちかの二択です。最悪の場合明未が井戸に落ちてた可能性も考えれば、普段から井戸の手入れをしていなかった旦那さんの不手際では? 明未は別に普段から井戸水の汲み係じゃないでしょう」

 

 全く以ておばさんが正しいけれど、少ない労力で椪柑果醬が手に入った方が私にとっては得だ。仮に金銭が発生したとてどこで使う。それこそ墓祭りくらいでしか使えない。それでいてこんなガキが大工修理並みの賃金腰にぶら下げてたら恰好の的だ。

 おばさんは子を叱る、私は椪柑果醬を手に入れる、明未の家は井戸の蓋が直って、明未は教訓を得る。

 全員に得があるのはこの道だけだろう。まぁ明未はこの結果を得だとは思わないだろうが。それは大人になってからわかることだから。

 

「……」

「……」

「……じゃあ、ここまで明未に付き合ってくれたお礼で、ウチの椪柑果醬をひと瓶あげる、って言ったら?」

「大人しく引き下がりまーす」

「祆蘭!?」

 

 別にワーカホリックじゃないんだ、労せず報酬が手に入るなら越したことはない。

 このまま詭弁を並べ続けるとおばさんやおじさんまで貶さなければならなかったのでそれは本心ではない。且つ、明未が今日水汲み係をしているのはその当のおじさんが腰をやったからだろう。昨日の夕方大きいのが来た、というのを耳にしていた。

 ぎっくり腰とて尾を引く場合もある。普段から水汲み含む腰に来る作業をしていたのならこの先もずっと、かもしれない。そんなおじさんを不手際扱いで責め立てるのは心が痛む。

 

 

「──時に」

 

 

 腰に佩いていたトンカチを抜いて、振り向き様に殴りかかろうとし──それを中断して平身低頭。

 足音が無さすぎてそれこそ幽鬼か、あるいは人攫い的なアレソレだと思ったら……紫色の帯が見えたので、瞬時に頭を切り替えた。

 無学な私でも知っている。それは高貴な色だ。

 

 背後で明未とおばさんも顔を伏したのがわかる。……っべー、まじっべーわ。

 今殴りかかろうとしたのバレてないよな? 不敬だからって水生全員死刑とかならんよな?

 

「ふふ……そう畏まらずとも良い」

「……青清君(シーシェイクン)、であればなぜお着替えもせずに出て来たのですか?」

「む? 私がどこで何を着ていようと勝手だろう」

「わざわざ紫の帯を付けて、それでは民に威光を振り翳しているのと変わりません」

 

 っべー。

 ここは青州。だから、名前に青を持ってる奴はとんでもない地位である可能性が高い。あと二人いたのか。全く気付かなかった。

 ……まぁここは地面に頭擦り付けておけばやり過ごせるだろう。世間知らずのお嬢様と常識知ってる従者って感じだし、取り計らってくれそうな気配。

 

「そうなのか。では外そう」

「そういう問題ではありませんし、人前で帯を外さないでください」

 

 危ない。ツッコミそうになった。

 不敬罪極まりないので即刻首刎ねもあり得る。いやまぁ殴りかかろうとしたんだけど。

 

「まぁ良い。見逃せ。……して、そこなおなご」

「……」

「今私を害そうとしたおなご、そなたを指している」

 

 ワオ。

 バレテーラ。

 

「……」

「おなご、顔を上げろ」

 

 ……えー。

 択だなコレ。上げないと命令違反。上げたら……わからん。何か違反するのかコレ。

 高貴な方は顔も見ちゃいけない、ってのは知ってるから……いやまぁ所詮ガキのやることだし見逃してくれるか?

 

「私は顔を上げろと、そう言った」

「……」

 

 顔を上げる。

 ピリ、とした感覚。……野犬に囲まれた時にも感じた、捕食者の殺気のようなソレ。

 

「名は?」

「……」

「むぅ。……発言を許す。お前、名は?」

「祆蘭」

 

 ……と、申します。までつけるべきだったか?

 勘弁してくれ、まだ敬語なんか勉強し終わってないんだ。日本語脳だから翻訳に時間がかかりすぎるのを考慮してくれ。

 

「シェンラン……ふふ、とても大工仕事をする名には思えんな」

「それに、先ほどのような剣気を放つ存在とも思えませんね」

「……」

 

 剣気ってなぁに。

 大工仕事って……ああこのトンカチのこと?

 

「シェンラン。あの井戸の蓋を直すのだろう? 少し、その様子を私に見せてほしい」

「……? あー……御命令とあらば?」

 

 一瞬何を言われてるのかわからなかった。

 えーと。

 なに? ……トンテンカンしろって命令でいいの?

 

 ……従者、というか護衛か? の男も特に動く気配が無いので、恐る恐る立ち上がって……ずっと顔を伏せたままのおばさん達の元へ向かう。「蓋、借りますよ」と断りを入れて割れた蓋をゲット。

 一応彼女らからも離れ、地べたに胡坐をかいて座る。……つーかこの「高貴なお方」、馬車で来たのか。足音どころじゃない音が鳴りそうなものだけど。……というか馬は? 人力車?

 

 まぁいいや、直せって言われたんで直すか。

 井戸の蓋。そんなに上等なものじゃない。貧乏なのは明未の家とてそう変わらないから。

 ただ板材を縦横に組み合わせ、それを円形に切り抜いたもの。ひっくり返してみれば……予想通り、裏板が腐食している。……これ全部張り替えないと同じ事が頻発するな。

 

「……」

 

 あー。これ、意見というか……「ここでは直せません」って言っていいものか? 直せって言われてるのに?

 いや、直す様子を見せてほしい、だから、直せ、じゃないのか。

 

 ふむ。

 

「何か言いたいことがあるのならば言え。発言を許しているぞ、私は」

「板材が足りないんでここじゃ直し切れません。……ああ、子供なんで言葉遣いが荒いのは許してください」

「ふふ、子供がそれを言うのか。……良い、良い。どのような板が足りぬのだ?」

「え? ああ、まぁ、この裏面にはりつける板ですよ。適当な材木から板材切り出して、良い感じに調整するのに一日くらいは必要なんで……」

 

 ──光が集まる。

 なんだ。なんだ、これは。

 従者の様子は……溜息? 呆れだ。少なくとも脅威のあるものではない?

 だとして、なんだ。

 

 この「高貴なお方」の前に集まっていく光は……なんだ。

 

「ふふ……これで良いか?」

「……は」

 

 気付けば。

 そこには、板材があった。……浮いている。

 

 取れ、とでもいうかのように私の方へ寄ってくる板材。恐る恐るそれを掴むと……うわ上質ぅ。

 じゃなくて。

 

 まぁ待て私。ツッコムな。大声を出すのが不敬だ、多分。

 そうだ、ここは多分異世界。ファンタジーがあっておかしくはない。動揺するな現代日本人。異世界に魔法なんてありきたり過ぎてもうマンネリ化してるだろ。

 

「どうした? それでは足りぬか?」

「あ……まぁ、そうですね。全部張り替えないと結局意味ないので……」

「そうか。良い良い。全てやろう」

 

 と言って、また光を集めて板材を作る「高貴なお方」。それも……円形の輪郭に初めから切り落とされた板材を。

 余計な事しやがる。こんな上質そうな板割りづらいんだからこっちのやり方でやらせろよ、とか言えるはずもなく。

 

 単純作業……井戸の蓋の釘を曲げないように抜いて、貰った板材に組み合わせて、もう一度釘を打つ。表板が腐食していた場合は釘を打つ場所を変えなければならなかったけれど、裏面がこれだけ上質ならそこまで気にしなくてもいい。それでも耐久的に危なそうな部分は少しだけ細工を入れる。まぁ組み木細工の超簡易版みたいなものだ。

 最後にその蓋を持ち上げて、明未の家に入り……井戸のある場所へ。

 蓋をそこにおいて、落ちないか、逆に出張った部分が無いか、あるいは怪我をしそうなささくれなんかがないかを精査し、終了。

 

 トンカチを腰に佩き直して門の前に戻れば……笑顔の「高貴なお方」と額に手を当てた従者の人。

 

「終わりか?」

「ええ、まぁ。……これ以上の作業も、特別なことも、何も無いですよ」

進史(シンシ)

「はい」

 

 従者の人が、何かを取りだす。

 何か。それは。

 

「これは、お前が作ったものか? シェンラン」

「いえ、存じ上げませんね」

「そうか……。では水生の者達にこれの作者が誰かを聞くが、構わないな?」

「いえ、それは困りますね」

「ふふ。それはどうして?」

「……」

 

 従者の人が取りだしたのは……私が暇潰しに作ったやじろべえ。

 最早DIY関係ない代物だけど、工作好きが高じたというか、家の修繕してたら工作好きになったというか。

 それで玩具を色々作っては近所のガキ共に渡して……まぁ、なんだ。それを売名として、こうやって明未含む近所の人達からも「祆蘭は大工仕事が得意」という名声を得たわけで。

 だから当然、それの作者を聞き周られたらどんなルートを辿っても私に辿り着く。

 

「祆蘭。お前、家はどこか」

「あっちです」

案内(あない)せよ」

「……はい」

 

 嘘吐いたので家族諸共打ち首ですか?

 だったら適当な場所に引き連れて脱走……は、無理そうだな。

 

 なぜか「高貴なお方」に抱えあげられて。

 なぜか馬車が浮いてるもん。

 

 浮くなよ馬車は。馬に引かせろよ。

 

 ……というか、だから気配がしなかったのか。

 これは……二度目の人生、早くも終了か?

 

 

 

「というわけで、一年ほど祆蘭を借り受けたい。良いか?」

「……」

 

 説明になってないし、爺さんも婆さんも腰抜かしてるよ。

 

「発言を許す。良いか?」

「……」

「む? 進史、この者達はなぜ声を出さぬ」

「驚いているからでしょうね。そしてあなたが何も説明をしないからですよ、青清君」

「し……シーシェイクン……!?」

「州君が何故このようなところに……!」

 

 あ、再起動した。

 したと思ったら……なんだって? 州君?

 ……青州の一番偉い人?

 

「もう一度問おう。一年ほど祆蘭を借り受けたい。良いか?」

「……問いは、許されまするでしょうか」

「良い。許す」

「祆蘭は……何をさせられるのでしょうか。それは……この子の、命に係わるようなことでしょうか」

 

 やめとけ爺さん。

 こういう「高貴なお方」の発言だ、たとえそうだとしても覆らん。

 

「場合によっては」

 

 青清君のその返答に、爺さんは──。

 

「落ち着け、爺さん。ちょいと若いが娘が一年奉仕してくるだけだ。なぁに、この御方は一年借り受けると言った。この方の高貴さを考えれば、私の代わりに返すものなどそれはもう大金しかない。労せず金が手に入る可能性があるんだ、喜べど悲しむな、怒るなよ。勿体ないだろ」

「祆蘭、お前……」

 

 おいおい、こっちが折角悪ぶったのに言葉遣いを乱すなよ。

 不敬だろ。

 

「ま、父さんと母さんにはよろしく言っておいてくれ。それと同時に、ちょっとやそっとで死んでやるつもりもないからな。一年後、待ちに待った大金じゃなくて私が帰ってきても文句言うなよ?」

 

 ギリ、という歯噛みの音。

 愛されてんねぇ。まぁ、息子夫婦が出稼ぎ行ってて、そんな中の孫娘。可愛がる気持ちもわかるが……たった一年だ。

 

「逆に一年後爺さんたちが死んでたら金を受け取る奴がいなくなる。それは勘弁だ。──死ぬなよ、爺さん。婆さんも。というか婆さんこそ暴走すんなよ」

「……私達はあなたではありませんから、しませんよ、そんなこと」

「どうだか。私が風邪を引いた時、その弱い足腰で町まで薬買いに行ったの忘れてないぞ、こっちは。村の若いのに任せりゃいいのに、焦ると周りが見えなくなる。若い頃から変わってないって八百屋の爺が笑ってた。……二人が死んでたら、その場で後追いする可能性もあるんで、よろしく」

 

 軽い感じで。

 もう不敬だとか知ったこっちゃない。私の身柄が狙いなら、今ここで言葉遣い程度で殺されることはないはずだ。

 

「話は終わったか?」

「はい」

「では、もう一度問う。祆蘭を借り受けたい。良いか?」

「……孫娘を、よろしくお願いいたします」

「うむ」

 

 そんなこんなで。

 私は九年間を過ごしたこの村を出ることになったのである。

 

 

 

 夕刻。空飛ぶ馬車はまだまだ空にある。

 かなり遠い所へ行くらしい。眠ってもいいと言われたけれど、この絶景を見逃すのは流石に惜し過ぎる。

 

 ──あと、脱走経路を脳裏に置いておくために、上空からの景色を焼き付けなければ。

 

「祆蘭」

「はい」

「先ほどもそうであったが、輝術を見るのは初めてか?」

「青清君……平民に輝術は使えません。ですから、知らなくて当然です」

 

 輝術。……が、さっきの光る奴の正式名称らしい。

 なんとも安直なネーミングセンスだ。光ってるから輝術なんだろうなぁ。

 

 しかし、私の知識でいうところの魔法に該当するものであるのなら、魔力だとかMPだとかを消費しているはずだ。

 でないとあらゆるものが作りたい放題になるし、エネルギー保存とか質量保存とかがとんでもないことになる。異世界にそれら法則があるかどうかは知らんが。

 ……疲れないんだろうか。物質生成に物体浮遊。ファンタジー知識で言うと、どちらも結構難度の高そうなそれに思えるけど。この馬車いきなり落ちたりしないよね?

 

 ま、平民に使えない技術だというのなら興味も無い。そして逆に……輝術の使える使えないで血筋がどうのとかお家騒動とか跡目争いとか、考えるだけで頭痛のしてくることが沢山起きそうなことで。

 大変だねぇ、お貴族様も。

 

「そろそろ見えて来るぞ、祆蘭」

 

 何が、って聞こうとして──理解した。

 それは、雲の上。超巨大な岩石の上に造られた──青い城。そしてその下に広がる理路整然とした区画。

 

「青宮廷、ならびに青宮城。あれが我が城にして、今日よりお前が過ごす場所だ」

 

 つまりあの岩が破壊されたら終わりって認識でよろしいか?

 

 

 馬車は音もたてずに城の門へと入っていく。

 単なるDIY女子には城の建築様式なんぞの知識は無いので何とも言えないけど、流石にヨーロピアンではないのはわかる。でも日本の城かっていうと微妙だし、中国の城かって言われても微妙。中国の城ってあれでしょ? 赤黒緑が基本色の……それはもっと昔の話だっけ?

 ……ドラゴンへの道くらいしか知らないからな、あっちの映画。

 とかく、知識を頼れない城の中は……静謐の一言。人の気配が無いわけじゃないけど、とても静か。ただ所々を流れる水がせせらぎを奏で、それが……形容詞として合っているかは知らないけど、風情ある趣となっている。

 

 そこに降り立つは、ぼろ布を纏い、トンカチを腰に佩く少女。

 向けられる目線は奇異。だけど、私が乗っていた馬車と……そしてそこから降りて来る「高貴なお方」に気付いて、慌てて顔を伏せた。

 成程。威を借りるには持って来いなのか、この人。

 

 ……。

 ……?

 

「祆蘭。何をしている? 何を見ている?」

「……階段が無いな、と思いまして」

「発露の大きさに差あれど、貴族であれば誰しもが輝術を使い得る。そして、基本的にその階に仕事を持つ者はその階以外に行く必要のない仕組みになっている。だから階段など必要が無いのだ。仮に例外的に上下階へと用向きがある者は、ああして浮かびあがり、その階へと辿り着く」

 

 ああして、と従者の人……進史さんが指差す先で、ふわりと浮き上がる男性。

 二つ上の階までひとっ飛びした彼は、なんでもない顔でそのまま歩いて行った。周囲も何も気にしていない。

 

 ……そんなに階段使うの嫌かね。

 いや、討ち入りを難しくさせるためとか? ……中央が吹き抜けになっている時点で意味無さそうだけど。

 

「祆蘭。女人の湯浴み場がここだ。中にいる者達から使い方を聞け。話は通してある」

「はあ」

 

 進史さんに促されるままそこへ入れば……あー、なんだ。侍女、じゃないよな。女中? 女房? いや宮女……下女? わかんないけど、女性がずらりと並んでいて、あれよあれよの間にみぐるみを剥がされた。

 そして身体や髪を洗われて、お湯に浸けられて、出されて、髪を乾かされて、新しい服……木綿の、これまた上質な服を着せられて。

 トンカチは返してもらった。特に文句は言われなかった。

 

 流れ作業が過ぎる。私は洗濯物か。

 

 湯浴み場を出れば、進史さんが。

 青清君の姿はない。まぁ「高貴なお方」だからな、待つのは得意じゃないんだろう。

 

「汚れは落ちたな。それではお前の寝室に案内する」

 

 促されるまま、言われるままについていく。

 どうやら私の寝泊まりする階層はここ……一層目らしい。流石にそのあたりの特別扱いはないか。

 

「ここだ」

 

 と、通された部屋は……うん、オンボロ。

 元は倉庫で、中身を全部運び出した、みたいな気配がする。……ここで寝泊まりか。成程、何をさせたくて連れて来たのかは知らないが、反感ptが1溜まった。100になったら出て行くぞ私は。

 

「内装は好きに作り替えて良い。必要な建材があれば都度言え。余程の贅沢品でもなければ用意してやる」

 

 ふぅん?

 巣作りは自分でやれってこと? ……反感ptが1下がった。私がDIY女子だと知っていてのそれなら、まぁいいだろう。

 何より建材……材料費無料でそれをやらせてくれるというのならありがたいことこの上ない。

 

「では早速、この部屋を半分埋めるくらいの板材を私の目線の高さくらいにまで。厚みはこれくらいで。それと、鋸と釘、鉋、鑿、やすりをお願いします」

「わかった。手配する」

 

 さて──この州で一番偉い御方の戯れ事。

 なんでも作り出せる魔法を持っておきながら、DIY女子を必要とする理由。

 

 見せてもらおうじゃないか。異世界が如何ほどのものか、というところ含めて!

 

 

 そのまま普通に夜になった。

 食堂へ一堂に会する……とかもなく、何も言わない女性がお膳を置いて去っていって、夜。

 夕飯は……まぁ、よくわからん。多分豪華なのだろうけど、果たして私の口に合うかどうか。

 

 うっま。

 

「……怪しさしかない」

 

 思わず口に出す。

 なんだこの好待遇。確かに通された部屋はオンボロも良い所だったけど、私の工作技術を買って城に招き入れたのならそれが大したデメリットにならないことはわかっているはず。

 というかやじろべえに興味示す「高貴なお方」ってまず何。そんでもって何を期待されてる? やじろべえ量産しろってこと? どんぐりと竹串いっぱい持ってきてくれたら死ぬほど作れるけどそういうこと?

 

 それとも……情報収集しろ、ってこと? それを求められてる? 推理力を試されてる?

 だったら期待外れだよ。私にそんなものはない。

 あるのは詭弁をつらつら連ねるベラくらいだ。

 

 ……この食事に毒が入っていて、毒見を、とか?

 こんな個室で?

 

 わ。

 

 わからん……。偉い人の考えることは平民には思いつかん……。

 

「それとも、ここが倉庫じゃなくて罪人を一時的に拘留しておく場所だ、ってことを気付かせたい感じ?」

 

 また口に出す。

 いやね、これは多分正解。

 これだけ綺麗な城なのに、倉庫だけこんな汚いなんてナイナイ。それに、微かだけど血の臭いもしたし。

 多分本格的な取り調べや処刑なんかは下の青宮廷とかいう所でやるんだろう。だから恐らく、ここに入れられていたのはこの城勤めの人間。進史さんの言い方からしてこの城にいる人間は誰でも輝術を使えるみたいだから、イコールこの城勤めの人間は全員貴族。貴族の中で罪を犯した者をすぐに裁く、ができないからここで一旦拘置するとかそんな感じだろう。

 じゃあ私は罪人扱いなのか……というと、多分それも違う。

 本当にこの部屋は改築される予定だったというか、そうさせるつもりで私を連れて来たのだろう。

 でも理由はそれだけじゃない。この城本来の大工を使わずに私を使った理由がある。

 

 それは、まぁ、答えは出ているんだけど。

 

「──事故物件、ってことね」

 

 青色の着物を着た青白い肌の女性が、私の背後にいた。

 

 何かを喋っている。でも聞こえない。

 ……なんだっけ、幽鬼の言葉は生者には聞こえない。聞こえたとしたら、それは死者に近づいている証拠。すぐに寺院に駆け込むように……みたいな話をむかーしされた気がする。

 

 こういうのって輝術とやらで祓えないものなのだろうか。祓えないから放置していたのか。

 だとしてなんで事前説明をしないのか。……いや、これで私が叫び出すような奴だったら追い出されてた? 選考基準が鬼畜すぎる。

 

 ふん。

 

「──何の恨みが有るのか、何の未練があるのかは知らんがな。──私の魂にでも触れてみろ。それで大体解決するだろうから」

 

 言いながら、幽鬼らしき女性を通り抜け、窓を開ける。

 ……月が近い。雲一つない……と言おうとしたけど、そういえばここ雲の上だった。そりゃないわ。

 

 窓を背に幽鬼の方へ振り向けば……目を見開いて、わなわなと口元を震えさせ……「本当?」とでも言いたげな顔。

 

「お前達の方が魂には詳しかろうよ。そして、想い人に会えるかどうかはお前次第だ。強く願って楽土へ行け」

 

 幽鬼は。

 決心したような顔で……消える。

 

 消えた。

 

 転生者。

 私の存在そのものが、未練を断ち切る希望のようなものだからな。

 幽鬼特効ってものだ。

 

 ……え、で、結局このために呼ばれたの? 私。

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