「自由なシリアが正直想像できない」アサド政権崩壊から3ヵ月、日本で暮らすシリア人たちの葛藤と願い

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一方で、新政権への懸念から帰国を渋る人もいる。国際基督教大学(ICU)に通うイブラヒムさん(仮名・26)は、その一人だ。

イブラヒムさんは、首都ダマスカス郊外出身。自宅周辺が政府軍に包囲され、砲撃や銃撃が激化したことを受け、’15年にトルコに逃れた。シリア人の若者向けにICUで学部教育を受ける機会を提供する奨学金プログラムを利用し、’22年に来日した。

「少なくとも、アサド氏による独裁政権が崩壊し、新政権に代わった。今回の件で良かったと思えるのはその点だけだ」

一方で、イスラム教スンニ派の武装組織が政権を握ったことに対し、不安を募らせている。

「彼らは少なくとも、テロ組織・アルカイダと関係があった組織だ。そんな集団に政権を握らせていいのか、そもそも政府として成り立つのか、という懸念がある」

非イスラム教徒に、本当に自由が与えられるのか?

イスラム教徒の家庭で育ち、かつては毎日礼拝を欠かさなかったイブラヒムさんだが、19歳の頃にイスラム教を「棄教」した。インターネット上で宗教指導者らの講義動画を見ていたところ、あらゆる疑問が湧き、信仰心を失ったという。

「調べれば調べるほど、イスラムの教えに矛盾を感じるようになった。これまで無心に信仰してきたが、突然礼拝もできなくなり、イスラム教から離れることを決意したんだ」

新政権を握るHTSは、あらゆる宗教、宗派、民族の人に自由を与えると約束しているものの、ハセムさんは悲観的な考えだ。

「あのアサド政権ですら、自由や民主主義を提言していた。だが見てわかるように、それが実現されたことはない。だから今の政権が何を言っても、私には信じる勇気がない」

政権派と反政権派で二分されていた、かつてのシリア。イブラヒムさんは今、イスラム教徒と非イスラム教徒で二分されるのではないかとみている。

「シリア人の多くは、政府の指示に反して行動することを恐れてきた。支配されることに慣れているんだ。その習慣から抜け出せず、現政権が『礼拝しろ』『女性はスカーフを着用せよ』と言えば、それに従うしかなくなってしまうのではないか」

イスラム法上では、棄教者は原則死刑となる。イブラヒムさんは、家族にも棄教したことを隠したままだ。

そんなイブラヒムさんにも当然、故郷を再び見たいという想いはある。だが現政権を全面的に支持することができず、イスラム教を棄教した自分には母国に居場所がないのではないかと絶望感に苛まれている。