第1回警察に突然呼ばれた12歳 「覚えてないはずがない」、追及の末に

田中恭太

「12歳の自白」(前編)

 警察が密室で追及し、「自白」を押しつける――。多くの冤罪(えんざい)を生んできたこの構図に、12歳の女児が巻き込まれる事態が昨年、兵庫県で起きていた。

突然、警察から電話が

 昨年2月末、平日の昼。「娘さんを連れてきてほしい」。同県内の警察署から、母親(51)に突然電話があった。当時12歳で小学6年だった長女に何の用があるのだろう。理由を聞いても「内容は言えない」と返された。

 不安と疑問を抱えたまま、下校時間に合わせて長女を小学校に迎えに行った。署に向かう車の中で、思い当たる節はないか尋ねたが、何もないという。

 それでも、「大変なことだろうから正直に話してね」と伝えた。

 午後4時ごろ、署に着いた。長女は女性署員に連れられ、小部屋に入った。

 母親は男性署員に案内され別室へ。そこで聞いた説明に、血の気が引いた。

 「男の子の陰部を触ったんです」「10回以上」「グループでやった」

 被害者は同級生らしい。

 「男の子が女の子の陰部を触ったら大変なことですよね」と男性署員。その通りだと思った。

 「児童相談所に伝える連絡先はお母さんの電話番号で良いですか」とも聞かれた。

 娘が「加害者」になったこと、同級生にどう謝罪すべきかなどで頭がいっぱいになった。

「娘さんは言いませんねえ」 でも……

 外がすっかり暗くなっても、長女の事情聴取は終わらなかった。

 男性署員は母親のもとを離れたり、戻ってきたりしては、取り調べをしている女性署員から報告を聞いてきたのか、「娘さんは言いませんねえ」「1回目については認めました」などと言う。

 警察に正直に話さない長女に憤りを感じた。それと同時に、「私が知らない娘の姿があるのかもしれない」と恐ろしさも覚えた。

 午後8時ごろ、男性署員が再び来て「今日は遅いので帰します」と告げた。1階ロビーで待っていると、長女が階段を下りてきた。

 疲れた様子だった。

 帰りの車内で、「そんなことやったの?」と長女に聞いた。長女は「やっていない」。自宅で聞いても「そんなことしない」と言い切った。

 何がどうなっているのか、わからなかった。とりあえず被害者のことを第一に考え、次の日の学校は休ませることにした。

 その夜は眠れなかった。

14歳未満は「触法少年」

 翌日。離れて住む姉の勧めで、弁護士会の法律相談を訪れた。

 弁護士には、不同意わいせつ容疑で調べられただろうこと、14歳未満は「触法少年」で刑事責任は問われないことを教えられた。ただ、記憶が新しいうちに取り調べの様子を聞き取るよう助言を受けた。

 長女にあらためて、3時間半以上にわたった女性署員とのやりとりを詳しく聞いた。

 その内容に、驚いた。

「覚えていないわけがない」 指印と署名まで

 長女によると、相対した女性署員に「学校でのトラブルに何か心当たりはない?」などと聞かれ続けた末、前年10月の修学旅行時と、11~12月の休み時間に、同級生の陰部を触ったか、を尋ねられた。

 いずれも記憶はなく、「わからない」「覚えていないです」などと繰り返し否定した。

 途中、修学旅行中に鬼ごっこをしていたとき、同級生の股間部分をたたいてしまったことを思い出し、説明した。だが、「ほかにもないの?」「覚えていないわけがない」と追及された。

 聴取が終わる気配はなかった。小部屋には時計が見当たらず、どれだけ時間が過ぎたのかわからなかった。

 いったん部屋を出て戻ってきた女性署員に「お母さん泣いてたよ。言った方がいいと思うけどな」と言われた。

 改めて「わからないし覚えていません」と訴えたが、「覚えていないはずがないんだけどな」。

 女性署員は最終的に、自分のやったことと、どう思っているかを紙に書くように指示した。

 長女は「修学旅行時と、11、12月のあたまの休み時間に(同級生の)ちんちんを触った。申し訳なくて謝りたいと思っている」と書いた。

 文言については「『たたいた』と『触った』、どっちを書いたらいいですか」と女性署員に聞き、「一緒だから『触った』と書いて」と言われ、その通りの表現にしたという。女性署員の指示で、署名と指印もした。

 最後に、逮捕された容疑者のように、長女の全身や上半身など6枚の写真が撮られたという。

「私がいけないのだろうと」

 「触ったという確証はないの?」。母親が長女に念を押すと、「うん」と答えた。

 罪を犯した認識がないのに認めてしまい、文書まで書かされている――。事態の深刻さに気づいた。

 なぜ認めたの? 長女に聞くと、こう言った。

 「どんな説明をしても、『思い出してみて』と言われた。帰りたいのに帰してもらえず、『私が忘れているのかもしれない、忘れている私がいけないのだろう』と思った」

 12歳の子どもに、こんな取り調べをするものなのか。母親がネットで調べると、国家公安委員会の規則などが見つかった。

 触法少年について「精神的に未成熟で可塑(かそ)性に富み、迎合する傾向にある」とあった。少年を呼び出して質問する場合には、無用の緊張や不安を与えないよう言動に注意し、長時間の質問などは避けなければならないと定めていた。保護者などの立ち会いについても「配慮するものとする」とあった。さらに、警察庁が各都道府県警に出している文書には、保護者の承諾がある場合をのぞき、「写真を撮影してはならない」と書かれていた。

 長女への聴取では、どれも尊重されていなかったように思えた。

署「ちょっとこれ……」

 週明け。夫と署を再訪し、長女の認識を説明して訂正と文書の撤回を申し入れた。

 15分ほど話したころ、男性署員は「捜査状況をお話ししたい」と切り出した。長女に被害を受けたとする同級生の訴えについて、説明が変わった。

 「ちょっとこれ、ほんまのことかな、という疑念も出てきまして」

後編へ続く

 被害申告の内容が間違いだった可能性が浮上しました。後編では、「加害」を認めてしまった12歳の長女への事情聴取について、警察がどう対応したのかを描き、問題点を探ります。

後編(https://www.asahi.com/articles/AST3Y4JWZT3YUHBI018M.html)はこちら。

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この記事を書いた人
田中恭太
ニューヨーク支局
専門・関心分野
国連、米国社会、国際情勢、裁判、独占禁止法
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    島沢優子
    (ジャーナリスト・チームコンサルタント)
    2025年4月7日12時54分 投稿
    【視点】

    息子が小学生時代、同じクラスのママ友から電話がかかってきました。 「〇〇君に股間を蹴られたと言ってすごく痛がっている。子どもが作れないとかそういうことになったらどうしようと心配なんだけど」 すぐに果物屋さんに走りメロンを買い、息子を連れて謝りに行きました。ところが、到着すると「もうケロッとしているの。痛くないんだって」と言われましたが、蹴ったことには間違いないので謝って帰宅しました。家に着いたら、息子が「オレも頭をほうきで叩かれたんだよ」と。見れば大きなコブがありました。けんかになって先に叩いたのはお友達のほうでした。 「なんで言わなかったの?」とつい責めるダメ母に、「だって~。聞かれなかったから」。目の前にいるのは10歳の子どもで大人じゃないのだ。丁寧に扱わなくてはと反省させられました。あの日、警察に介入されたら、どうなっていたのだろうかと考えました。 ただし、翌日には担任の先生が周りで息子たちのやり取りを見ていた子どもたちに聴き取るなどしてくれました。それを思うと、12歳の女の子たちが通う学校はどんな対応をしていたのか。警察に届けられる前にどんな対応をしていたのかとモヤモヤしました。 子どもの人権に向き合わず、大人の被疑者のように扱ってしまったように映ります。例えばスポーツ指導の現場でも、子どもを大人のように抑圧し怒鳴ったりします。「目の前にいるのは子どもだから」に立ち返れない大人の未熟さを感じます。私自身そうだったからわかります。兵庫県警は女児の絶望にしっかり向き合って欲しい。なぜ女児の写真を撮ったのか理由を聞かせて欲しいです。さまざまな意味でとても貴重な記事です。

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