バギーに寝たままホームラン 重度障害者の「ウルトラ・ユニバーサル野球」全国大会 人生を切り拓く経験に #病とともに
大会の実現に尽力したのが、実況アナも務めた内多さんだった。「生活ほっとモーニング」や「クローズアップ現代」なども担当する人気アナウンサーだった内多さんは2016年、52歳でNHKを退局した。その後、国立成育医療研究センター(東京都世田谷区)が運営する医療型短期入所施設「もみじの家」のハウスマネージャーに転身し、医療的ケアが必要な重度障害児と関わり始める。2023年に定年を迎え、現在はシニアアドバイザーという肩書で関わっている。 2022年、東京都墨田区でのユニバーサル野球のイベント開催時、内多さんは「年齢や性別、障害の有無にかかわらず、誰もが参加できる野球」と聞いて興味を持った。そこで、イベントを主催した堀江車輌電装に「ぜひ、詳しく知りたい」と連絡し、球場の発明者である同社の中村哲郎さん(56)と出会った。 中村さんが球場を発明したきっかけは、2017年、当時小学2年生の脳性麻痺の男児が「野球をしたい」と言ったからだった。その夢をかなえるため、2年余りかけて、試行錯誤の末、脳性麻痺の子どもが指先だけでフルスイングできる構造のバッティング装置を発明した。
球場には、外野フェンスの前に1塁打、2塁打、3塁打、アウトのゾーンが設けられている。HOMERUNポケットに見事入ればホームラン、球場からボールが外に出たらファウル、球場内にボールがとどまったり、守備ポケットにボールが入ったりしたらアウトだ。投球はゴロのみで、飛球はない。 内多さんはこのユニバーサル野球に魅せられ、重度障害のある子どもの野球大会をしたいと考えた。 「重度の障害がある子どもたちは、見た目で『何もできない』と判断されがちです。しかし、テクノロジーを活用することでコミュニケーションが取れるようになれば、社会に参加できる。野球を通じて、そんなプロジェクトをやってみたかった」
このプロジェクトに欠かせなかった人が、もう一人いる。岩手県立大学(当時、島根大学)教員の伊藤史人(49)さんだ。福祉情報工学が専門の伊藤さんは、2015年、視線入力機器が日本に輸入されたとき、重度障害のある子どもが適切に目を動かすには練習が必要になることに気づき、ゲームアプリ「EyeMoT(アイモット)シリーズ」の開発を重ねてきた。シリーズの特徴は、ルールが理解できなくても、いつのまにか遊べること、さらに、視線入力の軌跡が記録に残るため、子どもがどこを見ていたかを可視化できることだ。 そのシリーズの一つとして、重度障害のある子どもがおもちゃなどを動かすためのアプリを開発していた伊藤さんに、内多さんから「ユニバーサル野球のバッティング装置をオンラインネットワークで動かすことができないか」といった内容の相談があった。伊藤さんは、子どもの打つタイミングの信号を球場のバッティング装置が受信し動力に変えることで、バットが回転するしくみをつくった。 さらに、伊藤さんは選手の練習用に、研究室の学生とゲームアプリ「誰でも野球盤3D」を開発した。特徴は、視線入力やスイッチの入力だけで投球もバッティングもできることで、重度障害のある子どもと健常の子どもが一緒に遊ぶことを想定して作られている。