ハトホル・ミィス


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作:猫猫尾
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そうして私が望んだもの⑤


原作1巻って何文字くらいなのだろうか。ふと気になったけど調べる手立てがなーい。外伝12巻も気になるな。すごい文字数になってそう。


「お前はまだ線が細いな。美味いもんでも食わせてやろう」

 

 そう言ってノアールさんに連れてこられた酒場で、僕は固唾を飲んでエルフィさんの姿を見ていた。

 彼女の目の前にはカレーと炒飯(チャーハン)とパスタが置かれている。全て主食だ。そして主食を三つも同時に食べる人なんてそうはいない。そのはずなのだが、エルフィさんはそれらを全て美味しそうに平らげてしまった。その間、僕はチマチマと骨付き肉を三本ほど食べるのが精一杯。ノアールさんから勧められた葡萄酒(ワイン)が思いのほか強くて、あまり食が進まなかったのである。

 

「うーん、美味しかったぁ! やっぱり運動した後のご飯って最高だよね〜!」

 

 満足そうなエルフィさんの顔がグラングラン揺れてる。

 僕、酔っ払っている……!

 ノアールさんは立派な白ひげを指で擦りながら、何やら悪い顔に変わっている。何でドウシテ?

 

「新人冒険者の監督を行うにあたって、酒の飲み方の手解きは欠かすわけにはいかん。というわけでここで一つ助言(アドバイス)をくれてやろう」

 

 かと思えばキリッと真面目な顔になった。もしかして酔い覚ましの方法でも教えてくれるのだろうか。

 

「酒は呑まれてこそ強くなるものだ。それで大体どうにかなる。以上!」

 

 僕は心の中で『えぇー……』と情けない声を発した。表情は完全に困惑のそれだったと思う。だって雑すぎるじゃんか。ほぼ教えるとか言っておきながら、実戦はほぼ本人任せ。自己責任が原則の冒険者なのにこんな感想を抱いているあたり、僕はまだまだ甘ちゃんなのかもしれない。

 

「これ以上飲んだら、吐きます……」

「心配するな。酒は吐けば吐くほど強くなれる。そら、今日はいけるところまでいってみろ」

 

 そう言って、僕のグラスに葡萄酒を注ぎ足そうとするノアールさん。どうやら僕のことを潰そうとしているようだ。断りたいけど、謎に目力が強くて断りづらい……!

 

「はいベル君! 酔っ払ってしまった君にオレンジジュースをあげよう! タチの悪いおじいちゃんは放っておいて良いからね〜!」

 

 だが、すんでのところで別のグラスを押し付けてきたエルフィさんに僕は救われた。彼の蛮行(?)は阻止されたのである。めでたしめでたし。

 オレンジジュースで口直しをする。

 するとどうだろう。爽やかなオレンジの風味と、アルコールの香りが口の中に広がった。

 ん? アルコール?

 

「これも、お酒じゃあ……なんか頭がフワフワしてきたんですけど」

「あっ間違えた! それオレンジサワー!」

「ははは! とんだ災難だなベル! しかしお前は本当に落ち着きがないしポンコツだな、エルフィ」

 

 エルフィさんは反論することなく「あわわっ」と立ち上がって、カウンターに向かって走っていった。店員さんから水を受け取って速やかに戻ってくる。僕はそのお水を飲ませてもらった。

 

「ごめん! これはお水なはず!」

「……はず? いえ、ありがとうございまひゅ」

 

 ゴクゴクゴク。うん大丈夫。何も味しないし、今度こそちゃんと水だった。

 

「おおっ! 良い飲みっぷり! もう一杯いっとく?」

「胃がタプタプしてるので、また後で」

 

 空になったグラスをなぜか回収するエルフィさんに、サッと右手を差し出してノーの合図をする。お水もお酒もひとまず良いや。どんどんお腹が張ってきて苦しくなってきたから。

 

「あ、うんソッカソッカ。ごめんね、追加で飲ませたりしちゃったせいか目が据わってるね?」

「俺からも謝罪しておこう。悪いなベル。この娘は舞い上がっているんだ。なにせここ最近は歳の近い友人に恵まれていなかったからな」

 

 そうなのか。優しくて元気な感じで親しみやすいし、カワイイし、友人に困りそうな印象は受けないけど……それこそ他の派閥の人とも仲良くなれそうだ。今の僕みたいに。

 

「いやいや〜、私が友達いないみたいな言い方しないで下さいよ〜、また病むかも」

「それはスマン。マジで悪かった」

 

 まあ、エルフィさんにも色々あるのだろう。そういえば、一年前は塞ぎ込んでたらしい話もしてたし。

 僕としては、本当は【ロキ・ファミリア】について根掘り葉掘り聞いてみたいところではあるけど、脱退当時は落ち込んでいたらしいから、蒸し返すような真似はしたくない。だから、ヴァレンシュタインさんのことを聞くのもやめておく。

 

「この通りだエルフィ。俺が悪かった」

本気(ガチ)トーンで謝られると、それはそれでなんかやだ……」

「実に面倒臭い奴だな、お前は……」

 

 こうしていると、なんだか微笑ましい。

 本当のおじいちゃんと孫って感じだ。

 

(うーん、それにしても……)

 

 他の冒険者の人と一緒にご飯を食べたりお酒飲んだりするって、良いなぁ。酔い潰されるのは洗礼みたいなものだろうし、ハプニングがあるのはお約束……かな? いずれにしても不快な気分になることは全くなく、僕は新たにできた知人達との時間を満喫した。

 

「そういえばベル君!」

「なんですか?」

「半月でウォーシャドウ倒すとか頭おかしいよ! 略して(あた)おかだよ!」

「は、はあ……なんだかスミマセン?」

「そこは鼻の下を伸ばすところだよ! じゃなくて鼻を伸ばして天狗になっても良いところだよ! いやほんと凄いんだって! 私とか初見で殺されかけたし、未だにキモくてなんかやだ!」

「天狗にはなりませんしなれませんけど、たしかに……キモいですよね。切っても殴ってもドロドロしたの出てきますし……」

「うんあのヘドロは無理。でもダンジョンにはもっとキモい奴は沢山いるし……やっぱり地上が一番だよね〜」

 

 エルフィさんは本当によく喋る。会話に飢えていたのかと心配になるほど。ちなみにドカ食いしている間もペラペラ喋り続けていた。はじめてゴブリンを倒した時の話とか、学区なる施設に入学しようとしたけど定員オーバーで泣いた話とか、中層モンスター『ヘルハウンド』の効果的な倒し方とか、モテモテになって世界を見返したいという壮大な夢の話とか。

 

「私、なんで冒険者になったんだろ?」

「いやぁ、僕に聞かれても……あの、嫌なんですか、冒険者……?」

「んー、そういうわけじゃないけど、どうせ大して強くもなれないんだし、だったらアイドルとか目指した方が現実的なのかなって。たとえば歌劇の国の歌姫ハルモニアみたいに!」

 

 それは現実的とは言えないのでは……? むしろアイドルの方が非現実的なのでは、とは言えなかった。この人、どこまで本気で言ってるんだろうか。そりゃ顔はカワイイし愛嬌もあるけど、(ちまた)で人気の歌姫様みたいになるのは無理があるというか、ていうか歌とか歌えるんだろうか、エルフィさん。

 

「……よく考えたら、私、別に歌とか上手くないや」

「大丈夫です。そんな悲しそうな顔をしないでください。エルフィさんにはエルフィさんの良いところがありますよ、きっと……」

「べ、ベル君……そうだよね! モテモテになれるよね、私だって頑張れば!」

「……」

 

 なぜ彼女がモテモテに拘るのか。それは僕にはわからないし、長くなりそうなので深掘りするのはやめておいた。まあアレなのかな。異性からキャーキャー言われたいのは男も女も変わらないってことか。僕はエルフィさんに妙な親近感(シンパシー)を感じた。

 

「それにしてもベル君ってちゃんと話を聞いてくれるよね。私の昔のルームメイトとか、いつの間にか寝てたりいつの間にかいなくなってたり、そんなんばっかだったよ?」

 

 それはまた……多分、面倒臭がられたんだろうなあと、僕は悲しい想像を膨らませてしまう。

 

「えっと、ルームメイトっていうのは……」

「あっ、そうだベル君。そういえば猫の噂って聞いたことある? 南東の裏路地に出てくる神速の猫。名ずけて神速猫(ゴッド・ハリケーン・キャット)

 

 少し、昔の話を聞いてみようと意を決して踏み込んでみたところ、エルフィさんの口からは全く関係のない言葉が発せられた。なんだって? ゴッド・ハリケーン・キャット? なんだか凄く強そうだ。ていうかそれ本当にただの猫? モンスターとかじゃないよね?

 

「知らないですけど……なんですか、そのゴッド・ハリケーン・キャットって」

「物凄い速さでお魚を盗んで、クルクル回りながら民家の壁をよじ登って行くらしいんだよね。その時速は脅威の80(キロル)なんだって! 私の調査では結構確度が高い情報だと踏んでるんだけど、ベル君はどう思う?」

 

 いや、どうって言われても。魚を盗むのはあるあるだと思うけど、クルクル回りながら壁をよじ登るとか有り得なくない? 本当に確度の高い情報なのだろうか。そして調査とはいかに。エルフィさんは何を目指しているのだろうか。

 

「うーん……見てみないことには、なんとも言えないですけど」

「じゃあ探しに行こうよ、この後! 夜のオラリオを探索だ!」

「ええっ!?」

 

 何を目指して……いるのだろうか。どこから取りだしたのか、眼鏡を装着してキリッとした表情を作るエルフィさんを、僕は何とも言えない顔で見た。

 本当に今から猫探しに……?

 そして仮に見つかったとして彼女はどうするつもりなのか。まさか飼うの? 突拍子もない提案に目を白黒させていると、ノアールさんがすっと無言で立ち上がった。

 

「あまりしつこくして嫌われる前にやめとけ、馬鹿娘」

 

 エルフィさんの背後に回った彼は、栗色のポニーテールをベシンと引っぱたいた。

 

「あいたぁっ!?」

「お前のそのポニーテールには痛覚があったのか。すまんな、知らなかった」

 

 ニヤリと笑うノアールさんを「うがー」と睨みつけるエルフィさん。元気な女の子(年上)と愉快なおじいちゃんの掛け合いを眺める僕は、自然と笑みが(こぼ)れた。

 なんだかあたたかい気持ちになる。

 上手く言えないけど、こういうのって良いなと思った。

 

 

 ∥●∥

 

 

 帰り道。

 冷たい夜風に酔いを覚ましてもらいながら、僕はオラリオに来た日のことを思い出した。たしか、衛兵のお兄さんがこんなことを言っていたっけ。

 

『初めて契約した神は勿論のこと、駆け出しの頃に仲良くなった相手というのはいつまでも心に残る。つまりは特別ということだ。だから、出来ることなら大切にした方が良いぞ』

 

 特別。そうなのかもしれないと、杖で殴られているノアールさんを、ポカポカしているエルフィさんを見てそう思った。殴られている理由は自業自得。

 先程、風でエルフィさんのスカートがめくれた瞬間に、ノアールさんは「今だベル!」と叫んだ。僕は目を見開いて彼の指示に従い、可愛らしいピンク色を確認した。何やってるんだ僕達は。

 

「おいやめろエルフィ! これはジジイ虐待だぞ!」

「やめない! エロジジイは撲殺していいって、昔お母さんが言ってたもん!」

「物騒な母親だな! 娘になんてことを教えておるんだ!」

「自慢のお母さんだもん! うりゃー!」

「ええいっ、しつこいぞポンコツ娘! ならば良いだろう相手になってやろう! かくなる上は俺に追いついてみせるがいい! Lv.4のジジイの全力ダッシュを舐めるなよぉ!」

 

 夜のメインストリートで追いかけっこが始まった。

 何だどうしたと通行人達が奇異の視線を向けてくる。ほんと、何やってんだろ僕達……。羞恥心で小さくなる僕は、そそくさと二人の後を追いかけた。

 

 ∥●∥

 

「じゃあグッドナイトだよベル君! 今日は楽しかったよありがとー! また明日ねー!」

「最後まで喧しくてすまんな。今日は水を沢山飲んでゆっくり眠るといい。ではまたな」

 

 南東のメインストリートの途中で二人と別れ、僕は一人で孤児院跡へと向かった。

 裏路地に入ると今までの賑やかさが嘘のように消え去り、少し、寂しい気分になる。帰っても誰もいないと思うと余計に。

 ……やっぱり仲間、欲しいなあ。

 ハトホル様がいてくれればそれで構わないと思っていたけど、一人になるとついついそう思ってしまう。

 ダンジョンで一緒に戦ったり、共に帰り道を歩いたり、色々と相談できたり、今日みたいにたまには外食に繰り出せるような仲間。欲しいよなあ……と視線を落として歩いていると、ドンッと何かにぶつかった。

 

「っ!?」

 

 人だ。人にぶつかってしまった。

 咄嗟に目を瞑ってしまった僕は、恐る恐る(まぶた)を開ける。怖い人だったらどうしよう……と心臓をバクバクさせていると、そこには眉間に皺を寄せた黒髪のエルフさんが立っていて

 

「私に触れるな!」

 

 その人はなんとフィルヴィスさんだった。激しい声で苦言を呈した彼女は、振り上げていた拳をギギギ……と錆び付いたような動きで下げると、じとっとした視線を僕に向ける。

 

「……」

「こ、こんばんは……ごめんなさい少しボーッとしてて」

「酒臭い」

「え?」

「酒臭いからあまり近寄るな。一定の距離を保て。いいな」

「あ、はい、わかりました、スミマセン」

 

 なんだかすんごい冷たい。いやまあ一緒にダンジョンした時もツンケンしてはいたけれど。とにかく久しぶりでもないけど再会だ。僕は彼女の綺麗な顔を見つめた。

 

「ところでフィルヴィスさんは、こんなところで、何を……?」

「財布を落とした」

「えっ」

「この辺りのはずなんだが、既に拾われてしまったのかもしれないな。派閥の先達から貰った大切なものだから、中身がなくとも取り戻したいが……」

 

 僕がフィルヴィスさんに突撃したのは、彼女が周囲一帯を探し終えた直後だったらしい。三時間ほど歩き回って収穫がなかったとのことで、もう帰るかと彼女は昏い溜息を落とす。美しい赤緋(せきひ)の瞳はどよーんと濁っていた。そんな姿を見て、力になりたいと思ったのは至極当然の感情。

 

「もし良かったら、探すのを手伝いましょうか?」

 

 まだ酒気は抜けていない、というか眠りにつくまで酔いは醒めそうもないけど、それでも普通に動き回ることができる程度には回復した。

 一緒にダンジョンした時のお礼も改めてしたいし、ここはフィルヴィスさんを手伝うことにする。下心なんてあるわけない。僕はただ、純粋にエルフな彼女の力になりたいだけだ! と誰に向けているのか甚だ不明な主張を念じ、フィルヴィスさんに笑いかけた。

 

「一緒に探せば、もしかしたら見つかるかもしれませんし」

「お前の言葉には何の根拠もないが……今は猫の手も借りたいというのが正直な気持ちだ。そう言ってくれるのなら、猫の手ならぬ兎の手を借りるとしよう」

「兎?」

「赤目白髪で幸が薄そうな横顔。まるで白兎だ。何か問題があるなら謝罪するが……」

 

 聞き返した僕に彼女は不思議そうな顔を向けた。いやわかってたけどね兎って言われる理由は。でも幸が薄そうって言われるとは思わなかったけどね。気分を害したりはしないけどさぁ。

 フィルヴィスさんに幸が薄いとか言われると、なんだか違和感が凄い。他の人に言われてもそこまでじゃないと思うんだけど、フィルヴィスさんに幸が薄いとか言われるとなんか……。違和感の理由はわからないや!

 

「大丈夫です──大丈夫です」

「なぜ繰り返したんだ」

「気にしないでください。じゃあ早く探しましょう? 大切なものを無くしちゃったら悲しいですし、何とかして見つけないと」

「あ、ああ……そうだな。しかしお前はあれだな。奇特なお人好しだな」

 

 褒められてるのか……な? 褒められてると信じて、僕は歩き始めた。美しいエルフの女の人と夜のオラリオ探索。心が踊るなんて不謹慎なことは……あった。全部おじいちゃんのせいだ。

 

 

 ∥●∥

 

 

 あれ、どうしてこうなったんだっけ。

 財布探しを始めてから一時間ほどが経った頃、僕はふとそう思った。小休止よろしくその辺の長椅子(ベンチ)に腰を下ろした僕は、どよーんとした空気を発しながら身の上話に興じていた。

 

「ハトホル様、よくわからないんですよ……一年だけどか言うし、あんまり期待してない感じですし、頑張らなくて良いって何度も言われたり……僕、やっぱり期待されてないんですかね……貧相な見た目だから……?」

「う、うぅん? それはアレじゃないのか。お前の身を案じてくれているだけなのでは……? あと貧相な見た目は関係ないと思うぞ。根拠はないがきっと関係ない。だから死にそうな兎のような顔をするな」

 

 フィルヴィスさんの同情的な視線が痛い。何やってんだ僕。強くなるって決意したその日の夜に、この体たらく。情けない気持ちでいっぱいだ。

 これはお酒のせい。あとおじいちゃんのせいだ。僕は何を言っているのだろうか。なんだかこれまで我慢していたことが、一気に溢れ出て来て止まらない。やっぱりお酒とおじいちゃんのせいだ。どうやら僕の頭は異常をきたしているらしい。

 これまでのこと。それはハトホル様に抱いていた想いである。

 よくわからない。それに尽きる。

 普段から感情の起伏があまり見えないうえ、僕はことある事に『別に頑張らなくて良い』とか『一年経ったら改宗できるようにするから』とか言われてきた。愛してるとは言葉では言ってはくれるけど、白状するとあまり実感できていないのだ。今回だって心配だって言いながらアッサリ──僕には淡白に見えた──ヘスティア様に僕のことを預けたし、ちょっとモヤモヤする。

 そんな時にお酒が入って、僕は弱気になってしまったらしい。

 

「やっぱり……前の眷族の方が可愛いんですかね、って、何言ってんですかね僕」

「……ふむ」

 

 フィルヴィスさんは静かに僕の話を聞いていた。情けないとでも思われているのかもしれない。そんな風に加速する僕の弱気を、フィルヴィスさんは少し和らげてくれる。

 

「当然だが神には神格(じんかく)があり、意志もあれば好みもある。だから、全ての眷族に完全に平等な感情を抱くなど無理だろう」

「……」

「だが、お前は大切に想われていると思うぞ。色んな神がいるのは事実だが、ことあの女神に関しては子供達への愛は深いと聞いている。変態じみたそれではなく、私達の価値観に近い形でな」

 

 ハトホル様は善神なことで有名だ。それは僕も何度も聞いたことがあった。善い神様であることはお墨付きであると、エイナさんも話していた。そんなことは僕もとっくに知っていて、その上で考えてしまうのだ。

 だからこそ契約してくれたのではないかと。

 あの時、僕は彼女を助けたいと思ったけど、実際のところは僕が哀れすぎて仕方なく……という感じだったのではないかと。ヘスティアさまに軽い感じで誘われた時、僕は謹んでお断りさせてもらったけど、ハトホル様からすればヘスティア様のところに行って欲しかったのではないかと。

 

「善い神様なら、契約した以上は面倒見てくれますよね……たとえ同情だとしても。僕、はじめはどこからも門前払いされて、行く宛てがなかったんですよ」

 

 僕は堪えきれず胸の内を吐き出した。するとフィルヴィスさんはじっと僕の顔を見つめてから、ややあって呆れた様子で溜息を漏らす。

 

「はあ……私が言ってやれることは少ないが、断言出来ることがひとつだけある」

「……?」

「それは、神ハトホルはお前と一緒に戻ってくることを決めたというわけだ。最後の眷族(ダーク・サンド・ガール)が去り派閥が消滅してから三年。二度も戻ってこないと噂されていた女神がやり直すことを決めた。お前と一緒にだ。つまりお前は傍から見れば十分に特別だ。その事実だけでは駄目か」

 

 俯き加減になっていた顔を上げ、フィルヴィスさんの瞳を見つめ返す。彼女は静かな声で続けた。表情は穏やかだった。眉間に皺も寄っていない。

 頭のモヤが綺麗に晴れていった。

 僕は選んでもらえた。自分以外からそう言って貰えることで、こんなに元気が貰えるとは思わなかった。

 

「駄目じゃない……と思います」

「そうか。なら、今はそれで良しとしておけ。お前はたしかに選ばれたんだ。誰が何をほざこうが、その事実が変わることはない」

 

 だから死にそうな顔はやめろ。そう言って一瞬、ほんの一瞬だけ微笑(ほほえ)んだフィルヴィスさんに、僕はドキリとさせられてしまった。綺麗なのはもはや言うまでもないけど、白いというか慎ましいというか、妖精さんって感じだ。何が言いたいのか自分でもよくわからない。

 とにかく。

 勇気が出る言葉を貰えて元気が出たし、エルフさんへのドキドキで更に元気が出た。僕は単純な男なのだと、改めて実感させられてしまった。

 

「……そうですね。ありがとうございます、慰めてくれて」

「違うぞ。私は慰めてなどいない。いつまでも曇った顔をされていては、こちらまで気が滅入ると思っただけだっ」

 

 自然と笑みが零れて、お礼を述べた。すると彼女は眉間に皺を作って瞳を鋭くした。口調はぞんざいなものに変わり、さっきの優しさは消えてしまった。もしかしてこれが、おじいちゃんの言ってた『ツンデレ』ってやつ?

 そうか、フィルヴィスさんはツンデレさんだったんですね! などとは言わない。口が裂けても言えない。僕はたしかに馬鹿だけど、流石にそこまでアレではない。ここは重ね重ねお礼の言葉を伝えるのみにとどめて、立ち上がる。

 

「──ありがとうございます。フィルヴィスさんに会えて良かったです!」

「……!? 妙なことを口走るのはやめろ! もういい。私は帰るぞ」

「いや財布は!?」

 

 いきなり帰ろうとした彼女を引き止め、「頑張って探しますから!」と訴えかけた。だが、なぜか頑なに「もういい!」と叫ぶフィルヴィスさん。一体何が起こっているのか、彼女は何に怒っているのかと混乱していると、唐突に──

 

 

『──ニャアゴ』

 

 猫の鳴き声が聞こえた。僕達の足元から。反射的に下を見ると、お洒落な革財布を咥えた猫ちゃんの姿が

 

 

「あれ、この財布って」

「私が落としたものだ!」

『ニャーゴ!』

 

 フィルヴィスさんの叫びに、僕は目の色を変えた。

 逃げられる前に確保しないと! この人に恩返しをするためにも、ここは僕が! そう決意して手を伸ばしたその時

 

 

 ドゴオッッ!! と。 

 けたたましい破壊音が鳴り響いた。音源は東の方から、そこまで離れていない。

 

「っ!?」

「なんだ!? いやそれより猫を──くそ、逃げられるぞ!!」

 

 何事なのか。僕もフィルヴィスさんも思うことは一緒だったけど、今はそれより猫だった。左右異色眼の不思議な猫は僕たちの足元から消えており、驚くべき速度で石畳の上を移動──グルングルン回転しながら民家の屋根を登り始めた。

 

「!?」

「なんだあのけったいな猫は!?」

「まさかゴッド・ハリケーン・キャット!?」

「なんだそれは! 新種のモンスターか!?」

「違います! 時速80(キルロ)で走る神速の猫です! そうか、ここは都市南東だからっ、道理でっ」

「何が道理なのかわけがわからん! ええい! ゴッドでもハリケーンでもキャットでも構わん! とにかく確保するぞ!」

 

 僕達は冒険者の【ステイタス】を存分に発揮し、猫を追って民家の屋根によじ登り、程なくして捕獲することに成功した。

 フィルヴィスさんの財布は無事に戻ってきて、めでたしめでたし。大切なものを取り戻すことに成功した彼女は、またしても綺麗な笑みを一瞬だけ見せて、【ディオニュソス・ファミリア】の本拠(ホーム)に帰って行った。僕は彼女の後ろ姿が見えなくなるまで見送った後、ふと呟いた。

 

「……真っ白だったなぁ」

 

 何かによじ登る時、女性に遅れを取ってはならない。この夜、僕はそのことを知った。

 

「……僕は選ばれた、か。うん、頑張ろっ」

 

 酔いはまだ醒めそうもない。でも先程までとは違って心地よいフワフワとした感覚で、僕は今度こそ本拠に向かって歩き出した。

 

 

 ────4

 

 

 雲のかかった月の下、無数の埃がキラキラと輝いている。

 無数の墓石が並んでいるオラリオ共同墓地。

 静謐すぎる空気が漂う同所。宵闇(よいやみ)の中で膝をつく影が一つ。寒気などもろともしない半裸姿の大男、ルクソール・カルナックは思い切り白い息を吐き出した。

 

「はあ────っ。まんまと逃げられてしまったかっ、兄として情けない限りだっっ!」

 

 月に向かって吠える彼に、不意に声が響く。

 

「そんなことよりも、どうするつもりだ。墓地の一部を破壊してしまったぞ」

 

 小柄なエルフの魔法剣士、メルーナ・スレア。神秘的なヴェールを脱いで手に取り、厳しい顔つきで墓地を見渡す。桔梗色の瞳に映し出されるのは地割れを思わせる亀裂、そして砕けたいくつかの墓石であった。 

 紛れもない戦闘跡である。

 二人、いや四人はつい数分前までとある冒険者達と相対していた。メルーナの背後ではエルフが二人血を流している。命に別状はないが、少し安静にしていた方が良いだろう。

 

「そんなこととは何だッッ! メルーナ・スレアァァァ!!」

「うるさい」

「折角こうして協力者を得た上で愚弟を発見できたというのにまんまと逃げられたのだぞォォォ! 奴が何を企んでいるのかは知らんが、怪しげな動向は兄としては見過ごすわけにはいかんのだああああアアアアアアッッ!!」

「あまりにやかましすぎる。死んでくれないか、頼むから」

 

 戦闘時間は三十秒にも満たなかった。敵対したのは二名で、大剣使いの青年と治療師(ヒーラー)の女。

 ルクソールが長らく追っているという者達だ。

 メルーナ含むエルフ三名は──実に不本意ではあったが──訳あってルクソールに協力し、今宵ようやく目標を補足することができた。見ての通り速攻で逃げられて今に至ってしまったが。

 

「そうだ、消えろ汚物」

「私も貴様の消失を望む、薄汚い半裸が」

「ハハハハハ! ターナ、レスタン! 俺だって傷つく心は持っているぞォォォ……?」

「黙れ正真正銘の汚物、フレイヤ様の命がなければ、貴様の顔も見たくない」

「原始人風情が人語を喋るな吐き気がする」

「ハハハハハ! メルーナ! エルフというのはどうしてこうも辛辣なのだ!!」

「死んで二度と喋れないようになってくれ」

「貴様もエルフだったなメルーナ・スレア! ハハハハハ! ハーッハハハハハッハッハッ!」

「「「黙れ汚物」」」

 

 ルクソールには因縁があるそうだ。今回逃げられた連中との深い深い因縁が。だが、そんなことはメルーナ達には関係ないし、知ったこっちゃない。

 過去に借りがあることから、また女神の命もあって要請があれば協力してやってはいるが、大前提としてメルーナ達はルクソールのことが嫌いである。だから積極的に関わるつもりはないし、どこかで事故って死んでくれないかなと割と本気で考えている。

 

(極めて面倒で気の進まない仕事だ)

 

 彼の者達の所属は不明。今回判明したのは男の方は少なくともLv.5以上、女の方も侮れない相手だということ。ただし都市の不穏分子かと言うと断言はできず、派閥を上げて討伐するほどの案件かと言うと……まだそこまででもない。女神に報告しても、恐らくメルーナと同じ感想を抱くだろう。

 

(単なる兄弟喧嘩の延長線。そうであって欲しいものだが)

 

 いずれにしても、メルーナは強くならなければいけない。今回は軽くあしらわれてしまった。女神が誇る強靭な勇士(エインヘリヤル)が聞いて呆れる。こんなことではいけないと、メルーナは自らの不甲斐なさを呪うのであった。

 

 ∥●∥

 

 二つの影が闇夜に紛れて移動している。

 ダイダロス通り入口付近の裏路地。体を寄せあって疾走していた男女は、ほぼ同時にその少年の姿を視界に捉えた。白髪赤目の少年、ベル・クラネル。更に彼の隣に立っていた女──黒い髪のエルフの姿も視認した。

 

「あの兎ちゃん? 私達の後輩っていうのは」

「後輩なんかじゃないよ。僕たちにはもういないだろう。後輩も先輩も主神も」

「隅に置けないね後輩ちゃん」

「だから後輩じゃないって。喋ってないで急ごう──クソ兄さんが追ってきたら面倒だ」

 

 白髪赤目の青年は低い声で吐き捨てた。真っ赤な大剣を担いだ彼に、黒衣の治療師がぴったりと離れず併走していく。少年、ベル・クラネルの姿が視認できなくなる寸前で、青年は視線だけを後ろに向けて、小さな声で呟いた。

 

「そのうち挨拶させてもらうよ。それまでに死なないでくれよ、ハトホル様の兎君」

 

 他の色が一切存在しない赤一色の瞳が、禍々しく輝いていた。

 

 

 

 ∥●∥

 

 

 

 オラリオを経ってから五日目の夜、ハトホルは目的地(ゾーリンゲン)に到着していた。

 出迎えたのは胡桃色の髪の女神アストレア。質素なカートルを身につけながら、司る正義にあるまじき暴力的な胸部を見せつける──ハトホルには見せつけているように見える──彼女は、かつてオラリオで活動していた【アストレア・ファミリア】主神である。

 

「おひさー、早速だけど好きな男の子ができたからー、名前はベルー、それでさー、ベルのためにこの武器を何とかして欲しいんだよねー、頼むよアスえもんー」

「私はそんな変な名前ではなくてよ。こうして顔を見るのは本当に久しぶりね。壮健そうで何よりよハトホル。その剣は……アリーゼのものね」

 

 面会するなりハトホルはベルから受け取った剣を差し出した。その一刀を一目見た瞬間、アストレアは星海のような瞳に戸惑いの色を見せた。だが、すぐに何かを察したように瞑目、次には澄み切った瞳でハトホルを見た。

 

「どこでこの剣を?」

「ダンジョンで貰ったみたいだねー、()()()()後で()()()()するとして、受けてくれるくれない? 打ち直して欲しいんだよ、君の眷族()に。たしか鍛冶師がいたよね?」

「そう。わかった。あくまで本人の気持ち次第にはなるけど、恐らく大丈夫だと思うわ」

「さっすがアスえもんだぜー、そのおっぱいは伊達じゃないなー、半分ちょうだい」

「あげれません。あと、私はそんな変な名前ではなくてよ。何度も言っているけれど」

 

 ハトホルはサクサクと要件のひとつを告げて、次へと。人の家で我が物顔でソファーに寝転がりながら、凄く真面目(シリアス)な顔で言った。

 

「反省しますごめんなさい。それじゃ次の話なんだけど、相談があるんだよね。眷族()の成長がイマイチ手放しで喜べない私って、間違ってると思う?」

 

 アストレアは瞳を細めた。どう見ても相談する者の姿勢ではないので、彼女の冷ややかな眼差しも当然のことであった。

 

「まずはゴロゴロするのをやめて頂戴。真面目な話なんでしょう」

「はいごめんなさい」

 

 ハトホルは「うんしょー」と緊張感のない掛け声を発して上体を起こす。長椅子(ソファー)の上に正座をしてから、改めて口を開いた。

 

「いやさ、なんかベルって凄かったんだよ。このままだと【剣姫】の最短記録塗り替えちゃう」

「……は?」

 

 突拍子もない発言に言葉を失うアストレア。これも当然の反応であった。【剣姫】アイズ・ヴァレンタインの記録を塗り替えるという意味。それは英雄の誕生を予感させるに十分に足る偉業だ。

 

「私は真面目に言ってる」

「それは判っている。そう、凄い子に出会えたのね。急成長の秘密は《スキル》かしら?」

「まあ……多分そんな感じ?」

「ふふ、あえて深くは聞かないでおくわ。無遠慮な詮索はマナー違反だとも思うし。それで? その子が成長するのが嫌なの?」

 

 アストレアは懐が深い。それにとても聡い。加えて意外にも悪戯っぽいところがあり、今しがた浮かべた笑みは面白がっているそれであった。ハトホルは平静を装う。あくまで無表情で胸の内を打ち明けた。

 

「死ぬくらいなら強くならなくて良いと思ってる。これって間違ってる? 君の審判的にはどうかなって、私はそれが聞きたかったんだ」

 

 どこかで命を落とすくらいなら強くならなくて良い。憧れを追いかけて死ぬくらいなら、追いかけないで平凡に生きて欲しい。どちらもベルの気持ちには反する願いであり、そんな願いを抱くこと自体、自分は主神としてどうなのか。

 正しさを誰よりも知り、心優しく、平等で、数少ない信の置ける彼女に、ハトホルは聞いてみたかった。

 

「生きててくれれば私はそれで良いの。あの子の夢が叶わなくても、後悔することになっても。だって死んだらもう会えない可能性の方が圧倒的に高い。私はフレイヤみたいな特別な神じゃないから、きっと今生が最後になる。そう覚悟しておくべくだから」

 

 現在の女神ハトホルの望み。

 それは少年が生きれるだけ生きて、出来る限り長くその姿を自分に見せてくれること。それ以外のことは叶わなくても仕方ないと割り切っている。だが、本当にそれで良いのか。彼の主神として正しく在れているのかと、彼女は聞いてみたかった。答えは殆ど出ているのは理解してはいたが、自分以外の口から聞いてみたかったのだ。

 

 

「──調停の女神とも呼ばれた御方が、こうも軟弱になられるとは。時の流れが残酷だというのは、不変の神々をして変わらないのかもしれませんねぇ」

 

 同席している人物──ハトホルをここまで運んでくれた女──は意地の悪い笑みを浮かべていたが、そんなものは無視あるのみ。

 ハトホルはここでキッチリ気持ちを整理する。

 そのためのアストレアとの対話であり、この場においては眷族に興味はない。

 

「茶々を入れても私は無視するよ。だから黙っていろ。私は女神と話をしている」

 

 予感がある。ベル・クラネルの運命は間もなく激しく動き出すという予感が。だから自分は、彼のためにも──いや彼のためにこそ、しっかりしなければならない。

 そのための訪問であり、面会。

 目の前の女神に協力して貰い、この胸の内を整理させてもらう。いつぞやに作った貸しを返してもらうのにも良い機会だ。まずは()()()()()()()付き合ってもらおうと、ハトホルはニチャアと笑うのであった。

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