『ブォア!?』
汚らしい体液をぶちまけ、四本足の巨大ヤモリが
ダンジョン4階層。
ヤモリのモンスター『ダンジョン・リザード』は産まれ落ちるなり撲殺された。やったのは僕でもノアールさんでもない。
「よいしょー!」
『ブォアアアアアッッッ!?』
軽快な掛け声とともに振り下ろされる鈍器。破裂する怪物の身体、飛び散る体液と臓器の破片。
雑すぎる解体作業を連続して行っているのは、なぜかハイテンションになってるエルフィさんだ。
フルネーム、エルフィ・コレットさん。
年齢は僕より一つ年上の十五歳。浅紫色のローブをまとった小柄な魔導士の女の子。彼女は杖の先端に岩を縛り付け、その鈍器をもってモンスター達を次々と叩き潰していく。
「よいしょぉー!」
『ゴッッブ!?』
「あそーれ、よいしょー!」
『アパャァ!?』
ニコニコしながら。とても楽しそうだ。
見ているこちらも、思わず破顔させられてしまう。
そんな中、僕の心に生まれるのは驚愕だった。後衛職の魔導士とはいえLv.2の腕力は凄い。4階層のモンスター程度なら余裕で撲殺爆散させてしまう威力に、僕は惚れ惚れしてしまった。
ランクアップできれば、僕も彼女のように笑いながら敵を爆発四散させることが……できるようになるのだろうか。あんな人間離れした技を、僕も……!
ゴブリンを握り潰すくらいなら今でもできるけど、もうちょい色んな敵をゴミを踏み潰すように──派手に倒せるようになったらカッコイイ。そしていずれはアイズ・ヴァレンシュタインさんのように、シルバーバックすらも瞬殺できるように……! いやシルバーバックだけじゃなくて、もっと恐ろしい強敵すらもガンガン倒せるような凄い冒険者になって、彼女の隣に並ぶことができるように……!
「よいしょー!」
「ヨイショー! ではない! エルフィお前、これではベルの訓練にならんだろうが!」
「よいしょー!」
「だから話を聞け! 気持ちよさそうな顔で雑魚をいたぶるのはやめろ! それは何も生み出さない実に非建設的な行為だ!」
「え、何か言いました? よいしょー!」
「この馬鹿が!」
「あいっったぁ!?」
おっといけない。自分の世界に入ってしまっている間に、ノアールさんのお説教が始まってしまった。一度は聞き流したエルフィさんだったけど、後ろから頭を引っぱたかれてギョッと迫真の顔に変わり、たちまち涙目になってプルプル震え始めた。
恨めしげな顔でノアールさんを睨みつけた後、ヒラヒラと魔導装束の裾を揺らし、僕の前に走ってくる。
「見たでしょ! 美少女の頭をパコーンだよ美少女の頭をパコーン! 酷いよね! 今の酷いよね!」
「は、はあ……頭、大丈夫ですか?」
「唐突に罵倒された!?」
「いやそういう意味じゃなくて……」
「私に味方なんていなかったんだ……世界はかくも残酷なのだ! だから不幸な子供達が増え続けてるんだよ、もっと優しさを持とうよ!」
「話が飛躍しすぎですぅ……」
というかもはや脈絡すら失われていて、ぶっちゃけよくわからない。エルフィ・コレットさんは変な女の子だった。自分のこと美少女とか言ってるし、いやまあ確かに顔は可愛いんだけど、ヴァレンシュタインさんと比べると素朴というか……【ロキ・ファミリア】の皆さんはもっと華やかだったというか。
「おいエルフィ、何をそんなに張り切っているんだお前は……ぶっちゃけた気持ちを話してみろ」
「ぶっちゃけ後輩の前で敵を倒すの気持ち良い」
「そうか。まるで小物だな」
後はそう……出会って直ぐに感じ取れてしまった、そこはかとなく漂う残念な香り。エルフィさんは困り果てた猫のような顔を僕に向けた。どんな顔だよ、困り果てた猫って。
「べ、ベル君……わからないことがあったらなんでも聞いてね! 私は先輩だから──先輩だから!」
ふっふーん、とふんぞり返るエルフィさんは、ここに来るまでに『先輩』という単語を三十回以上口にしている。なんか同じ台詞が多いような気がしたので数え始めたら、本当に多かった。
「じゃあ先輩……敵を効率的に倒すにはどうしたら」
「それはもう攻撃あるのみかな!」
「えっ」
「上層はそれでいけると思うよ! ガンガン叩けばボンボンダメージを与えられるし、私みたいに魔法が使えるならボカンボカン砲撃すると、めーっちゃ気持ち良いよ!」
そして彼女の
「ベル、もうわかっただろう。コイツは割とかなりポンコツだぞ。あと調子に乗りやすいし、調子に乗ると結構ウザい」
師事する相手は考えた方が良い、とノアールさんが残念なものを見る顔に変わる。直後、エルフィさんの可愛らしい瞳が見開かれ、じっっっ、と僕のことを見つめてきた。凄まじい圧を受けて、僕は不細工な笑みを浮かべる。
「い、いやあ……話してて何だか新鮮ですし、僕は大丈夫ですよ!」
「いやそれフォローになってない! フォローになってないよベル君!」
僕はなぜか杖でポコポコと叩かれた。力加減してくれているようで痛くはない。痛くはなかったけど、なんかこの人、距離の詰め方が
「う〜、折角だからフォローの仕方も教えてあげるよ! 帰ったら酒場でパーティだ! 強カワ美少女エルフィちゃんが、手とり足とり教えてあげようじゃないか!」
「わ、わあ……っ」
僕は仰け反って拍手をした。エルフィさんは更にグイグイ来た。ナンダコレ。そんな僕達を見たノアールさんは盛大な溜め息を漏らす。
「やめとけエルフィ。露骨に引かれているぞ、嫌われる前に自重しておけ」
いや、不快感はないし嫌ったりはしないけど……このグイグイグイグイ来る感じ、僕の周りにいないタイプの女の子だ。って、そもそも知り合いの女の子とか、フィルヴィスさんくらいしかいないや。
悲しくなんてないよ?
僕はヴァレンシュタインさん一筋だ!
僕はあの人への思いを燃やし、走り出すと決めたのだ!
「そうだ、その為にも頑張らないと!」
『ブォアアアアアアア!』
飛び出してきた『ダンジョン・リザード』を睨みつけ、接敵するなり更に踏み込む。9000ヴァリスほどの粗末な短刀を握り締め、その白刃をもって
断末魔が上がった。
強くなれている。その実感と共に、僕は死骸を乱暴に蹴り飛ばした。
∥●∥
ノアール・ザクセンは歴戦の冒険者である。
身長は170
Lv.4。二つ名は【
年齢は八十代と老人だが、柳のようだと評される肉体は未だ健在。柱のように伸びた背筋と、しなやかに鍛え上げられた四肢は、老人とは思えぬ戦闘力を生み出している。上層程度のモンスターでは彼に太刀打ちすることなど敵わない。
ただし老化により更なる成長は期待できず、後はただ朽ちていくだけだと本人は話している。それは悲しいことに事実だ。これが長寿種のエルフなら話は別だったのだが、彼はれっきとしたヒューマンである。
とにかく生きることだけを考えた少年期。
現実を知り生き汚く過ごした青年期。
己の限界を受け入れ、それでも生きることに執着して足掻き続けた壮年期。彼はいつでも
そんな彼が死を受けいれたのは七年前。
とある大戦の中、若者達に未来を託し、自らは老兵の一員として敵に特攻を仕掛けた。大量の火炎石を用いた自爆特攻──そこで彼の人生は終わるはずだったのだが、突如として彼は穴に転落した。
脆くなっていた石畳が崩壊し、下水の中へと真っ逆さまに落ちたのである。急いで地上に戻った時には他の老兵達は逝っており、死に損なったノアールは引きつった笑みを浮かべることしか出来なかった。
──生き残ってしまった。
命に執着し続けてきた彼が、生きていることを初めて恥じた瞬間だった。その後、戦いが終わってからの彼はしばし抜け殻のようになり、それでも己を奮い立たそうと再起したが、今は灰すらも燃え尽きた。
もういいかと本気で思い始めた頃、なんやかんやあって退団することになった少女を見かね、一緒に退団してやることにした。暫く見守ってやろうと思ったのだが、その
現在は死線とは無縁の日々を送っている。
我ながら平和ボケしていると自嘲することもあるが、それでも悪くないと思っている。主神は正真正銘の善神だし胸もデカい。おっぱいは大切なものだ。前の主神はノリは良いし頭も切れる奴だったが、女神のくせして肝心のおっぱいは皆無だった。
孫がいればこんな感じか、と思わせてくれる少女が懐いてくれているのも、まあ悪い気分ではない。冒険者としての彼女が花咲くことはもうない──かもしれないが、それならそれで分相応なダンジョン探索を楽しめば良いと思っている。欲を言うとさっさと結婚して家庭に入って欲しいが、こればかりは相手がいないことにはどうしようもない。密かに曾孫的な何かを期待しているのは内緒である。
『ようやく【ファミリア】も形になった。今度こそ酒浸りの毎日になりそうだな』
ノアールが移籍して来た頃、【ヘスティア・ファミリア】は組織的にはダメダメだった。強い奴ほど自分勝手で下の面倒など見やしない。
派閥内最強のババアと最凶の女は年中自由行動である。だからその二人には役職がない。しかもLv.4の猫は災害級の音痴だ。そんな状態なので、団長のセレニアは一人で奔走しており過労死寸前だったため、仕方なくノアールが下級団員達の面倒をまとめて見た。結果、当初は使えなかった連中も大体Lv.3になった。
エルフィ? 彼女は入団してから特に変わっておらず、最弱の座をキープしている。
『このままお遊びに興じていれば良い。幸いなことに、奴の臆病風は筋金入りだ』
彼女の将来を心配する
将来を思うからこそ期待などしない。
そのうちきちんと話をするから、今しばらくは遊ばせて置いてやって欲しい。そう続けたノアールに女神は「わかった」と笑みを浮かべ、肯定した。
『あいつの進路を定める。それが俺の最後の仕事になるだろう。心残りというやつだな』
嘘偽りのない言葉だった。他には大して興味を持てることもない。最近までは本気でそう思っていたのだが、本日をもって少し事情が変わった。
(これで、冒険者になって半月だと? まともな戦闘経験もなしに、派閥からのバックアップもなしに? 実に馬鹿げているな)
主神から紹介された少年、ベル・クラネル。
冒険者になって半月程度だと言うから、赤子のお守りをするような感覚だったのだが、彼が戦うのを一目見た瞬間に認識が変わった。
明らかに【ステイタス】がおかしい。
半月にしては強すぎたのだ。かつてのアイズ・ヴァレンシュタインを彷彿とさせる──これは面白い奴に会えたものだと、自然に笑みが漏れた。半月程度でウォーシャドウに囲まれて返り討ちにできる奴など、ノアールが見てきた新人の中にはいなかった。アイズならできたかもしれないが、そんな馬鹿な真似はフィン達が決して許さなかっただろう。
(目標はアイズだと言っていたな。
人間、他者の才能に出会った時の反応は人それぞれである。ドロドロに嫉妬するかキラキラとした目で憧れるか、ノアールの場合はそのどちらでもなかった。
怖いもの見たさ。後は純粋な期待。好奇心。
とにかくしばらくは様子を見てみたいと、少年のお守りをすることに対し前向きになった。
「あのさ、私、酒場でガールズトークしたい!」
「いや僕、男なんですけど……」
「細かいこと言ってたらモテないよ! ばーんと構えててくれた方が、乙女は安心するのだー!」
「えっと……とりあえずお話すれば良いんですよね? それくらいなら付き合います、はい」
どうやら優しい性格のようで、色々あってウザさが増したエルフィ──以前より遥かに悪化したダル絡みにも付き合ってくれている。だが、あまりしつこくし過ぎて嫌われないよう、こちらでも気をつけておこうとノアールは密かに決意した。
(うむ。良い友人が出来たようで何より。元々は友人が多い娘だったが、最近は何かと塞ぎ込んでいたからなぁ)
その瞳は、孫を見守る祖父そのものであった。
────3
月明かりの下を影が高速で移動している。
常人ではまず不可能な速度で駆ける『影』は、広大な草原を風のように横断していく。怪物達は
(強すぎワロター。速すぎキモチィー。この調子なら一週間もかからなそうだなー、
その影の上で、ハトホルは遠い目をした。
ベルに伝えた留守期間、よく考えてみれば
(悪女かよー、いいえ悪い女神ですー、ほとんど同じ意味だねイェーイ、ピースピースってやりたいけど転落が怖いからやめとくー)
とにかく留守期間の言い間違いは致命的だ。しかし今更どうしようもない。ヘスティアが上手いこと補足してくれることを願っておこう。ごめんねベル、決してワザとじゃないよホントだよ、と心の中で白々しい嘘を吐いた。
(しっかしLv.5ってほんとスゲーなー。超速い超スゲー。防寒着完備してきたからあったかいし、快適快適ー)
さて、ハトホルは一体どこに向かっているのかというと、大陸西に存在する
目的は面会と相談、そして確認である。その中で武器の打ち直しを依頼するのはマストだ。面会予定の女神の名はアストレア。ある時から文のやり取りを交わしているマトモな女神だ。彼女に会えれば、今回のハトホルの目的は全て達成できるだろう。
(アリーゼ・ローヴェルについての確認、私の
本当なら居場所すらも分からなかったはずだが、暇を持て余していた期間の中で、様々な情報収集に勤しんでいたことが功を奏した。
ベルと会う前は本当に暇だったから、適当に色々調べていたら、たまたま居場所がわかったのだ。アストレアは六年前にオラリオを後にしており、現在の所在地は公になっていない。
「剣製都市ゾーリンゲンー、美味しいお菓子があったらお土産にしよー」
目的地の名を、ハトホルは口にした。
護衛
顎を撃ち抜かれたハトホルは、吹き抜ける風の中で悶えた。
「おごおおおおおおおぉぉぉぉぉ」