「ちょっと出かけてくるからー、ベルはステイねー」
そう言い残してハトホルは部屋を出て行った。
外出禁止を言い渡されていたベルは素直に従い、久しぶりにゆっくり読書などして過ごした。まず手を伸ばしたのは、エルフとヒューマンの男のラブロマンス・ファンタジー、『少年ベリアス』。湖の妖精を守るために戦って死んだとされている男の、少年期の『冒険』を描いた一作である。
「うーん、憧れるなあ……エルフの英雄、モテモテだったんだろうなあ……いや、僕はヴァレンシュタインさん一筋だ」
でも最近はエルフと縁があるしなあ、なんて思わずニヤけながら読書を終えたベルは、体の調子を確かめるために素振りをしてみた。傷は思っていたよりも深くなかったらしく、これなら今日からでも戦えそう。
「うん、いい感じ」
アリーゼ(?)から貰った剣はボロボロ過ぎて、手入れしなければ危なっかしくて使えない。一体どんな使い方をすればこんなに摩耗するのか。刀身はやはりヒビだらけで、その大部分が痛々しく変色していた。
当たり前だが、破棄することは考えなかった。この一刀は命を救ってくれた大切なものだ。それに握った感じも凄く良くて、きっと相性が良いのだと直感もした。だから、眠らせておくよりも使ってみたいと強く思った。
ここは鍛冶師に依頼して打ち直してもらうか。
だけどそれにもお金がかかるしなあ、と頭を悩ませていると、ハトホルが「やっほー」と帰ってきた。一柱の女神と二人の眷族を引き連れて。
「ただいまー。紹介するよー、ヘスティアー」
「やあベル君久しぶり。改めてボクはヘスティア!
巨大なメロンを二つ胸からぶら下げる低身長ツインテール女神の襲来に、ベルは目を点にした。
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「突然だけどベル、私は一週間くらい留守にするから、その間はヘスティアのお世話をしてあげて」
「あれっ? 今、何かおかしくなかったかい? 世話をするのはボクだよね? ハトホル?」
僕は目をぱちくりさせた。そしてすぐに不安になった。一週間も留守にするって、しかもその間はヘスティア様に預けるって、まさかハトホル様は僕を捨てるための準備を……?
そういえば最初から期間限定で良いとか言ってたし、最近は簡単に死にかけたり自殺まがいに死にかけたりして迷惑かけてばかりだったし、まさか僕は愛想を尽かされてしまったのだろうか……?
「あ、あのっ……そんな一週間も、一体どこへ?」
「武器探しと確認ー。でもベルを一人にするのは心配だからー、ヘスティアに頼んだってわけー」
「えっ」
勇気を出して聞いてみたら、軽い口調でハトホル様は仰った。
「ベルの新しい武器ー。このまま成長していったら、すぐに今の短剣じゃ不足になると思うからー。その剣を打ち直して貰ってくるから貸してー、どうせ使いたいって思ってるんでしょー」
僕は合点がいった。と同時に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。僕のために行動しようとしてくれているハトホル様に、僕はなんて失礼な勘違いを……!
「は、ハトホルさま……っ」
「はっはっはー、うやまいたまへー、うやまいたまへー」
感極まりそうになりながら、ボロボロの剣を手渡して、その上からガシッと手を握る。すると彼女は微笑を浮かべて顔を近づけてきた。ハーブの凄い良い匂いに、思わずだらしない顔になってしまう。それとなんだろう、凄く絆を感じる。これが……これこそが
「ははー! 一生ついていきますぅ!」
「へへへー、良い気分だー、もっと私をおだてて媚びへつらうのだぁー」
僕はこれからもこの御方を守り、お支えしながら強くなっていくのだ。と盛り上がっていると、周りから視線を感じた。ヘスティア様達だ。しまった今は二人きりじゃないのを忘れてた。
「えーっと、ナニコレ? っていうツッコミは野暮だからやめておくけど、うん。ボクが抱いた第一印象の通り、素直な良い子みたいだね。変なノリについていけてるのは意外だけど……うんまあ良かったじゃないかハトホル、これで君も少しは元気が出たんじゃない? ん? ん?」
ヘスティア様の紺碧色の瞳から注がれる、生暖かい視線! 途端に居心地が悪くなった僕は、赤面してハトホル様から距離を取った。もしかしたら今の僕は、母親離れできない子供にでも見えているのかもしれない。
「変なノリとは心外だなー、普通だよ普通ー」
「少なくともボクは自分の子に
「ヨダレって、君には何が見えているのかなー」
「まずはそのヨダレを拭きなよ、話はそれからだぜハトホル」
冷静にツッコミを入れるヘスティア様。幼い見た目とは違って、とてもしっかりされた御方なのかもしれない。僕はまだ彼女のことをよく知らない。オラリオに来てすぐの頃に少し喋ったことがあるくらいで、その後はまるで関わりがなかったから。たまに屋台で売り子をしているのは見かけるんだけど、忙しそうだから話しかけられずにいたのだ。
(ハトホル様のご
とにかく話をまとめると、ハトホル様は僕の新しい武器を探すため、しばらく部屋を留守にする。だけどその間も僕のことが心配だから、信頼できるヘスティア様に
僕は前向きに、この話を捉えることにした。
「そういえば確認って言ってましたけど、それは一体何の──」
その上で話をもう少し整理しようと、ハトホル様に声を飛ばしたんだけど
「──じゃあ短い間だけど、よろしく頼むよベル君」
被せるようにヘスティア様がそう言って、右手を差し出してきた。僕も同じようにして握手を交わし、自然と笑い合う。
「はい。お世話になります、ヘスティア様」
ハトホル様はそんな僕達の姿を見届けるなり、「さらばだー」と駆け足で部屋を後にしてしまった。
ちょっとモヤモヤしながら、開けっ放しの扉を見つめる。いや軽いっ、軽いですよハトホル様……少しの間とはいえ離れ離れになるのに、彼女はこれで良いのだろうか。
「……」
「なんていうか、あー、ハトホルって掴みどころがない神様だからさ。でも愛情っていう点においては
ポンポンと僕の肩を叩くヘスティア様。不安になる必要はないというより、不安になっても何も変わらないっていうか……ええい男らしくないぞ、僕。
今は、彼女の言う通りだと信じることにしよう。
気持ちを強く持って、僕はコクコクと頷いた。
ハトホル様が掴みどころがないのはその通り。白状するとどこか冷めてる感じがするっていうか、先程のように軽い雰囲気が気になることは多々あるけど、僕が彼女を敬愛する気持ちは変わらない。あの御方のためにも強くなる。少し前に固め直した決意を改めて振り返りつつ、僕は口を開いた。
「大丈夫です、信じてますから」
∥●∥
僕はしばらく【ヘスティア・ファミリア】にお世話になることになった。とは言っても向こうの
ダンジョンに行く時はヘスティア様の眷族の方々と一緒だ。【ヘスティア・ファミリア】は中堅派閥で団員数は十九名。うちLv.5以上の第一級冒険者が二人、Lv.4以上の第二級冒険者は四名。
今回、僕の付き添いをしてくれるのは二人だ。派閥の中でも暇を持て余している方々らしい。
『ノアール・ザクセンだ。まあ、なんだ。宜しく頼む』
一人は白髪を首の後ろで一つ結びにした、初老の男性。極東のサムライを思わせる衣装に身を包んだ、飄々とした感じのお爺ちゃんだ。
驚くべきことに、彼の元所属はヴァレンシュタインさんの【ロキ・ファミリア】。七年前に
「若い奴らの指導係をやってくれないかってな。ただ酒を飲んで朽ちていくよりはマシな老後だと思った。他にやることもなかったしな。俺が入団した理由はそんなところだ」
ノアールさんの【ステイタス】はLv.4。生涯をかけてもこの程度だと、彼は哀愁を漂わせる表情を浮かべていた。
場所はダンジョン6階層。
『まずはお約束といくか、力試しだ』と連れてこられたこの場所で、僕はウォーシャドウの群れを難なく倒し、今は歩きながら雑談中。
「だから、大層な理由があって退団したわけじゃないし、愛やらロマンやらのために入団したわけじゃない。逆に言えばそれでも神と契約はできるということだ。恩恵を受けるにあたっては
「は、はあ……そうなんですね?」
どんな経緯で入団したのか、何気なく聞いてみた僕は愛想笑いを浮かべた。ドライ……っていうんだろうか。至極当たり前の話ではあるけど、神と眷族には様々な関係性がある。御伽噺のようなドラマティックなものばかりではないのだ。
「ごめんねベル君。このおじいちゃんひねくれてるから、こんなことばっかり言ってるの」
テテテテッ、と女の子が駆け寄って来る。握り締めた杖は、今しがたモンスターを撲殺したため血だらけだ。
愛嬌のある笑顔とくりっとした瞳が特徴的な彼女は、エルフィさん。
本人いわく『Lv.は限りなく3に近い2だよ!』とのこと。
栗色の髪の
「ジジイなんて皆こんなものだ。俺だけが特別みたいな言い方はよせ」
「ノアールさんはそうは言うけど、おじいちゃん冒険者自体が少ないから、よくわかんないんですよね〜」
「ジジイが偏屈なのは、冒険者に限ったことじゃないだろう」
いやそれは偏見なような……僕のおじいちゃんは偏屈じゃなかったし、むしろ愉快すぎる発言ばかりが思い出される。冒険=出会い≒ハーレムの図式を教えてくれたのは、他ならぬおじいちゃんである。
「あ、ウォーシャドウ出てきたよ! ボンボン倒して
「聞けよ」
「ベル君、ふぁいとっ!」
「おいポンコツ
と、まあこんな感じで愉快(?)な二人と、僕は面識を得て一緒に行動することになった。
期間はハトホル様が帰ってくるまで。
出来るだけ色んなことを学んで、ガンガンモンスターを倒していこうと、僕は短剣を握る手に力を込めた。