ハトホル・ミィス


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作:猫猫尾
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そうして私が望んだもの②


原作一巻に当たるであろう部分はハトホル様の出番が多め。やっぱり主神だからね。


「は、ハトホルさま……ごめんなさい大丈夫ですかっ!?」

 

 頬を抑えて倒れ込んだハトホルだったが、お面の上から発せられた声を聞いて、バッと顔を上げる。

 声の主を察知するのに秒も要さず、彼女は冒険者顔負けの俊敏な動きで飛び上がった。

 

「おかえりベル」

 

 その勢いのままに両手を広げ、驚きを露わにするベルの首にしがみつく。所謂(いわゆる)ハグというやつである。同じタイミングで胸が「きゅっ」と悲しい音を立てて圧壊(あっかい)。ベルは申し訳なさそうに眉を落としており、照れる様子はほとんどなかった。

 

「すみません……ちょっとダンジョンで死にかけちゃって……」

「そうなんだ。死んでたら一緒に天界に行くところだったね」

「……」

 

 ハトホルは胸に安堵が広がったが、ベルはひくひくと頬を痙攣させた。笑えない。そんな呟きが聞こえてきそうだが、ハトホルは事実を述べたまでである。

 そして笑えないと言うならば、ベルの姿も笑えなかった。無数の傷口は赤色に染まっており、身体中が褐色(かっしょく)に汚れている。表情も体も憔悴(しょうすい)が色濃い。顔色は青を通り越してやや黒く、体の方は特に左膝の裂傷が酷い。切り裂かれた膝頭はパックリと割れており、骨が剥き出しになっていた。

 

「あの、僕……」

「話は後でいいから治療しよう。こんな格好で、どうして徹夜ダンジョンなんてしていたのか、そりゃあ確かめないわけにはいかないけど、私のことは後回しで良いの」

 

 ベルは防具は何も身につけていない。何を思ってこんな格好でダンジョンしたりしたのか、それを確かめるよりも休ませてあげるのが先決だった。

 どんな理由があるにせよ愚行も愚行。

 ベルがやったのはそういうことなのだが、咎めるまでもなく彼は反省している。目と表情を見ればわかる。じっと見つめると泣きそうな顔で目を逸らすし、自分がどれだけ馬鹿な真似をしたのかは自覚できているのだろう。

 

「私はとても心配した。今はこれだけで良いね?」

「はい……すみません、でした」

「うん。じゃあベッドに行くよ。治療して休まないと。そういえばその剣はどうしたの?」

「ああ、これは……」

 

 移動する途中に尋ねてみたところ、護身用の短剣は壊れてしまったらしい。普段使っている主戦(メイン)武器の短剣は持っておらず、仕方ないからウォーシャドウの爪を武器の代わりにしようとしたそうだ。そんな時、アリーゼなる謎の少女が現れて剣をくれた。

 ベルの体を拭いたり包帯を巻いたりしながら、ハトホルは「んん?」と変な声を出した。

 

「アリーゼ? まさかとは思うけどアリーゼ・ローヴェル?」

「家名は知りませんけど……確かにアリーゼって言ってました。赤い髪で目の色はエメラルドだったんですけど、知ってるんですか?」

「んー……?」

 

 んー、んー、と唸りながら少年を包帯だらけにして、ハトホルは寂しい胸に手をあてた。もしかしたらこの子は恐怖で頭がおかしくなったのかもしれない。そんな心配に囚われるもすぐに首をフルフルする。

 無言で()()()レイピアを見やる。

 紅の柄。刀身の大部分は焼け落ちたように変色しており、長らく手入れされていなかったのか、見るに堪えないほどひび割れていた。

 

「まず、どうしてそんな無茶をしたのか。話したい?」

「話さないといけないって思ってます……こんなことをしちゃった以上は」

「聞き方を変えよう。嫌なことがあってヤケクソになってしまった。ただし、今すぐ対処が必要なトラブルとかに巻き込まれたわけではない。そんな感じでおけおけー?」

 

 少し真面目に話したいことができた。主にアリーゼという女について。ただしその前に、確認すべきことはさせてもらおうと軽い口調で問いかけた。

 

「……あ、はい。そんな感じ……です」

「ならいいよー。そのうち話してくれればー」

「で、でも心配かけちゃったわけですし……」

「話したくないって顔に書いてある。それなら落ち着いてからでいいよ。深刻なトラブルとかじゃなければ私は別に構わないから。君が無事に帰ってきてくれただけで、それだけでおけおけー……って感じだから」

 

 ぽすんと音を立てて少年の隣に腰を下ろし、フーっと大きく息を吐く。今話したことは本音だ。生きていればヤケになりたい時だってある。それに家族であっても、いや家族だからこそ話したくないことだってある。同じようなことを二度としないと約束してくれれば、ガミガミと口うるさく言うつもりはなかった。これが普段から問題児で信用ならない子なら話は別だが、ベルは分別は弁えているし本当に必要なことなら話すはずだ。

 短い期間ながらハトホルは少年を信用していた。

 

「……ハトホルさま」

「なにー?」

「僕……強くなります」

 

 ぼんやりと彼の顔を見る。

 ベルの眼差しはこちらに真っ直ぐ向けられており、次に窓の外を睨みつけるように移動した。ハトホルはお面の下ですっと瞳を細めると、「そいやー」と少年の脇腹をつついた。指で。

 

「あひゃあ!?」

 

 ハトホルはベルのその悲鳴に頬を緩め、すぐに「とりゃー」とベッドに寝転び、「添い寝」と端的に要望を口にした。

 

「……」

 

 固まる少年、ベル・クラネル。

 

「はやくきて?」

 

 いつもやってるじゃーん、と軽い口調で続けると、少年はおずおずと横になった。まさか意識でもしているのだろうか。たしかに今、ハトホルは少しばかり『美と愛』方面の貌を意識してはみたが。

 しかしなるほど。そうかそうか。

 半開きの口が良いのか、この子は。それじゃ今度は(よだれ)も見せてあげるかー、と邪な計画を立てつつ彼女は真面目な顔に戻った。

 

「整理してみたんだけど、赤い髪とエメラルドの瞳。それに赤い柄のレイピア。後は凄い元気で、自分のことを可憐なレディとか言ってたんだっけ。しかも貧乳。うん特徴は全てアリーゼ・ローヴェルだね」

「! やっぱり知ってるんですか! 是非お礼を言いたいんですけど、どこの【ファミリア】なんですか?」

「激しく動いちゃらめー」

 

 ガバッと起き上がろうした少年に右手を伸ばし、雑に額を抑えつけて寝かせる。

 

「かはっ」

「次にガバって動いたら胸で押え付けるからね」

「ん゛っっ!?」

「凄い声が出たね。して欲しいの?」

「そんなわけ、ありまふぇんっ!」

 

 なるほど、少し興味はあるようだ。上擦った声を耳にしたハトホルはそのように判断した。

 まあ彼の助平心の程度はともかく、今大切なことはアリーゼ・ローヴェルについてである。女神は軽く上体を起こしてベルを見た。アリーゼに関して伝えておかなければならない事実を、静かな声で口に出す。

 

 

「それはそうとー、アリーゼ・ローヴェルは()()だよ。ベルは一体()に会ったんだろうね?」

 

 アリーゼ・ローヴェルは27階層の悪夢で死亡が確認された冒険者のうちの一人。確実に逝ったと当時の【アストレア・ファミリア】副団長は語っていたし、数少ない生き残りの一人である【ディオニュソス・ファミリア】のエルフも同様の証言をしていた。

 

「こじ、ん? ……え? 亡くなってるんです……か?」

「うん。残念ながらね。彼女は27階層の悪夢で冒険者達が全滅するのを防いだ。仲間のほとんどを目の前で食われながら、彼女自身の命さえも犠牲にして、それでも助けられる命を救った英雄。うん、英雄って讃えてあげるべきだと私は思ってるよ」

 

 女神がスラスラと話し終えた後、ベルは信じられないというような顔に変わっており、すぐに青ざめた。

 それなら、自分が出会った女性は何だったのか。

 彼の頭の中は大方そんなところだろうが、残念ながら質問されても答えられない。神であってもわからない。同名かつ容姿が似ている別人。普通に考えればその結論になるわけだが、神の勘は告げていた。

 

 ──なーんか、本人な気がするなあ。

 

 ただし悪戯に不安を煽るのは望むところじゃないので、ハトホルは適当にはぐらかすことを選択。固まっている少年の顔に顔を寄せ、小さく優しく囁いた。

 

「難しい話は休んでからにして、今は寝よう? 私があたためてあげるから、目を閉じて……はやく」

「なんでそんなに近く……!?」

「さむいから。はやく、お布団の中であったまろう?」

 

 愛と美の女神の貌を顕現させる一方で、襲ってくるのは胸騒ぎだった。死んだはずの娘本人としか思えない人物が現れた。しかもダンジョンに。

 下界の未知で片付けるのは簡単だし、本当に同名別人の可能性もあるにはある。だが、否応なしに感じてしまう不気味な感覚。これは本能的なもので、何かの前触れでないことを女神(かのじょ)は祈った。

 

 

────1

 

 

ベル・クラネル

Lv

 

力:H152→G233 耐久:I62→H131 器用:H149→G242 敏捷:G239→F337 魔力:I0

 

魔法

【】

スキル

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

早熟する。

懸想(おもい)が続く限り効果持続

懸想(おもい)の丈により効果向上

 

 

 

「……」

 

 ハトホルは手の動きを止めて沈黙する。

 お世辞にも頼りがいがあるとは言えない細い背中。そこに綴られている秩序だった文字──まるで古代書を彷彿させる【神聖文字(ヒエログリフ)】の全体図──【ステイタス】。

 少年に与えた『神の恩恵(ファルナ)』が示す成長過程を、彼女は内心で驚愕しながら見つめる。異常すぎる成長速度はもはや戦慄(せんりつ)の域であった。 

 ベルが戻ってきてくれて一晩が過ぎた。

 限界を超えた疲労により昨日はずっと寝ており、早朝に起床した二人は現在、やっておかないかんだろうということで【ステイタス】更新を終えて確認中。

 

(いくらなんでも早すぎるなー、これまで見てきたどの子と比べても別格だー)

 

 多くの眷族を見てきた彼女は、恩恵の進捗情報についてある程度の知識を持っている。どのように鍛えれば熟練度が伸びやすく、どのような規則性をもって魔法やスキルが発現するのか。これまで活用してきたかどうかはともかく、いわゆるノウハウ的なものも心得ている。その上で断言出来るのは、子供達に刻まれる【ステイタス】は、()()()()()ではないということ。

 そして、【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】は間違いなく成長促進レアスキルであり、下界の()()()()()()()()可能性を多分に秘めているということだった。

 この伸び率が続くのだとしたら、あっという間にレベルアップ──ランクアップが射程圏内に入ってくる。Lv.2への最短記録が【剣姫】の約一年だったはずなので、それを考えれば少年の異常さが際立つというもの。

 偉業をどうやって達成するか次第にはなるが、このままいけば後半月。いやそこまで待たずして、ベルはLv.2への挑戦権を手に入れる。

 これではもはや成長というより飛躍だ。

 

(大半の冒険者はLv.1のまま燻ってるっていうのに……君は本当に英雄になるつもりなの?)

 

 オラリオの冒険者の半数以上はLv.1のまま燃え燻っている。熟練度が10以上もポンポン伸びるのは初期も初期のうちだけ。すぐに伸びは鈍化して、今のベルくらいの数値になれば目に見えて()()。そこでも伸び続けた者が有望と呼ばれるわけだが、ベルはそんな有望な者達と比べてみても異常そのものだった。

 

(恋心で強くなる。親としても女神(オンナ)としても、心情的には悩ましいね)

 

 そう遠くない未来、この子が英雄候補として祭り上げられる時が来るのかもしれない。そんな予感を抱く。

 

「ベル、強くなりたい?」

 

 気がつけば彼女は、ベルの背中をきゅっと脚で挟み込んだまま、昨日と同じ問いかけを口にしていた。

 

「なりたいです……もっと、もっと強く」

 

 返ってきたのは力の(こも)った言葉である。

 その気持ちは素直に応援してあげたい。この場合は主神(おや)の気持ちなど後回しで良い。そこまでは迷わなかったが、スキルの存在を伝えるか否かは躊躇した。

 即席の自信は(おご)りのもと。そのことをハトホルは知っている。ベルは謙虚な少年ではあるが、ダンジョンでは些細な過信が死に繋がる。これが経験豊富な冒険者ならまだ安心だったのだが、ベルはまだ冒険者になってひと月も経過していない。年季で言えば新米も新米なのだ。いくら器が成長しようと、経験が圧倒的に不足しているという事実は変わらない。

 

「うん、そっか。じゃあ私は応援するよ。頑張った分だけ讃えてあげる」

 

 やがて、ハトホルは彼を肯定した。肯定()()()()()()()()()

 

「今回の【ステイタス】を転記するから、今日のべろちゅーは少し待ってねー」

「!? いやしませんからっ、したことすらありませんからっ」

 

 ジタバタしているベルの腰を脚で締め付け、ハトホルはすらすらとペンを紙に走らせた。ただし、【憧憬一途(スキル)】の存在は伏せて。

 理由は大きくわけて二つ。

 第一にアホな神々への情報漏洩対策。娯楽に飢えている神々は『レアスキル』だとか『オリジナル』だとか、そういった響きが大好きだ。そして人の嘘を見抜くのは神の十八番なので、カマをかけられが最後、誤魔化すのが苦手なベルは絶対に隠しきれない。

 第二に伝えるメリットが見当たらない。効果は間違いなく特定条件下での成長速度の超強化。これは本人がスキルを自覚していなくても発動するのは実証済み。だとしたら伝える必要はない。伝えることによる心の変化がリスクに繋がるのなら、嘘をついてでも隠しておく。

 

(私は嘘つきだし(ズル)い女神だ。私自身が正直者になるより、この子に少しでも長く壮健でいて欲しい。願わくば永遠に)

 

 爆上がりした【ステイタス】を見たベルは「ひえっ」と情けない声を上げた後、プルプル震えながら何やらブツブツと呟いている。少し顔が赤い。どうやら興奮しているようだ。そりゃそうだろうとハトホルは思う。いきなり急成長したらどんな冒険者だって鼻息が荒くなる。

 

「と、まぁ、そんな感じだから、頑張っていけば強くなれるかもね。多分成長期」

「そ、そんなものがあるんですか!?」

「うんあるよー」

 

 ハトホルは真顔で嘘をついた。

 成長期。【ステイタス】にそんなものはない。

 

「ただし他の人には内緒だよー。喋ると止まるっていうジンクスがあるからー」

「……わかりましたっ」

 

 他の神や冒険者に聞かれたら怪しさ満点なので、釘を刺しておくのも忘れない。釘を刺すといえば、ヤバい街娘がいる豊穣の酒場には近づくな、という言いつけは素直に守っているようだ。感心感心(えらいえらい)愛してる、とハトホルは素直な少年を心で讃えた。

 

「うん。じゃあ話はこれでおしまい。君はきっと強くなれると思うよ。願いが叶うように私も支えるから、改めて頑張っていこう」

 

 最後に労わるように少年の背中を撫でて、女神はベッドから立ち上がる。やや遅れて顔を上げた彼はどこか吹っ切れたような表情で、告げた。

 

「はいっ……頑張って、必死に強くなりにいきますけど……僕、死にませんから! 貴方を残して、死ねません」

 

 言葉に熱を込めて、宣言してくれた。

 主神冥利に尽きる言葉。女神(オンナ)として見ても嬉しい限りだ。ハトホルは透明な微笑(ほほえみ)を湛えた。

 ややあって彼に服を着せてあげる。恥ずかしそうに「いいですから」と抵抗するベルを無視して、女神は新妻を意識しつつやり遂げた。

 

(よし。それじゃ私も久しぶりにやる気出すかー。こうなったからには、まともな武器のひとつやふたつはプレゼントしないとじゃーん)

 

 朝食の準備に向かったベルに背を向け、寝室に設置されている机の引き出しを開ける。整理整頓された書類の中から、すぐに目当てのものを見つける。

 それは便箋であり、中に入っているのは文である。ハトホルは綺麗な文字を眺めながら、とある神物(じんぶつ)の姿を思い浮かべた。

 

(かくして条件が噛み合った。こうなったら面と向かって話がしたいなー。護衛はアテがあるから問題ないけどー、でも、何日も家を空けるのもなー、信用してるとは言っても心配だしなー)

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