ハトホル・ミィス


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作:猫猫尾
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そうして私が望んだもの①


 あの御方を独りにはできない。

 自棄になって死にかけた中で、僕の頭に浮かんだのは『帰らなきゃいけない』という強い意志。

 その決意を僕は今、貫こうとしていた。

 紅の柄を握り締めて1階層を走り抜ける。はじまりの道を突っ切って地上へと繋がる螺旋階段へと。不規則だった呼吸が整っていくのを感じた。

 

(帰れる……ハトホル様のところに)

 

 今回は幸運に恵まれた。次に同じようなことをしでかしたら、きっと僕は死ぬだろう。考え無しにヤケクソで死地に突っ込むなんて真似、ダンジョンはきっと見逃してくれない。二度目はないと馬鹿な頭を叱咤し、螺旋階段に足をかけた。

 

 

『フフン、流石は私が目をつけた子! 見事乗り切ったわね!』

 

 その時、女性の快活な声が聞こえた。

 階段への足を引っ込めて振り返ると、はじまりの道の向こう側に立っていたのは、6階層で僕を助けてくれた女の人。今度は情熱的な紅の髪が、ハッキリと見えた。

 もしかして見守ってくれていたのだろうか……?

 そう考えると涙が出そうになって、お礼くらいは言わなければと僕は一歩引き返した。

 

『こちらに来てはダメよ!』

「えっ?」

 

 けれど、大声で拒否されて足を止める。彼女は右手を出してストップの合図をしていた。バーン、と音が聞こえてきそうなほど、凄い勢いで手の平を突き出して。

 

『私は確かに可憐で魅力的なレディだから、世の青少年達を夢中にさせてしまう! 貴方も例外でないことはわかっているわ!』

「えっ、えっ……?」

 

 僕はたじろいだ。

 頭の中が?で埋め尽くされたのだ。可憐で魅力的……そうなのだろうか。生憎と顔はよく見えないから、僕には何とも言えなかった。

 何と答えていいか困っている僕に、紅の髪の女性は慎ましげな胸を張る。この時、彼女のエメラルドの瞳がキラリと輝いた……ような気がした。

 

『でもごめんなさい! あなたの気持ちには応えられないわ! やっぱり心配だったから尾行してきたんだけど、ここまで来れば大丈夫そうね! 私はアリーゼ! 縁があったらまたどこかで会いましょう! じゃあ今度こそまたねー!』

 

 僕はやはり言葉を発することができなかった。

 告白してもいないのにフラれた。貴重な体験には違いなかったけど、どうポジティブに考えても喜ぶことはできなかった。

 

「あ、あのっ……って、もういない……神出鬼没ってやつ?」

 

 少しだけ俯いた後、とにかくお礼だと意を決して顔を上げると、彼女の姿は消えていた。

 僕は右手を前に伸ばしたまま呆然とする。

 アリーゼさん……初めて聞く名前だけど、やはり強い冒険者なのだろうか。再会してお礼が言えることを願って、僕は今度こそダンジョンを後にした。

 

 

∥●∥

 

 

 日々、平穏であれ。

 未来、壮健であれ。

 超未来、考えることなかれ。

 

 (ハトホル)の座右の銘はこんなところだ。昔はもう少しマシな考え方をしていたものだけど、望んで独り身になってからは保守的な思考に取り憑かれた。

 

 ハラハラドキドキするのはしんどい。

 揉め事はダルいし疲れる。腹の探り合いするくらいなら読書やお酒を楽しんでいたい。美味しいものを食べるでもいい。下界には楽しいことが沢山あるんだから、好き好んで苦しいことをしなくたっていい。

 

 誰かの死に心を痛めるのは辛い。

 死に直面して変わっていく子供達を目にするのも同じように辛い。

 下界の子供達にとって『死別』という現実は重たすぎる。将来を誓い合った愛する者との死別。親愛なる仲間との死別。啜り泣きとドス黒い慟哭(どうこく)の不協和音は聞いてられない。この世の全てを諦めた絶望の音色。あれは酷いものだ。子供達の日常がぶち壊れるには十分すぎるほどに悲惨。そのことを私はこの身をもって知っている。

 

 ──『なぜ復讐させてくれないんです!‍? 彼女(ローザ)はあいつらのせいで死んだんだ! 認めてくださいハトホル様! 動ける人を全員集めて、今すぐ敵の拠点に──』

 

 かつて私の元にはベルとは違う少年がいた。

 将来有望で優しくて、性格もどちらかというと穏やかな方だったけど、19階層で幼馴染を喪ってからは酷く壊れた。

 

 ──『辛うじて戦えるのは君とネルナッティ。後はルクソールくらいのもんか。全員ってことは駆け出し含めて総動員で特攻ってことー?』

 

 ──『家族のためです! どうかご決断下さい……たとえ命を落としたとしても、それは名誉の死ですッッ!! 拒むんだったら家族なんかじゃない!』

 

 彼は弔い合戦のために家族を犠牲にしようとした。いや、()()()()()()と断言した。

 

 ──『そっかー。でもね、君の選択はその家族を無駄死にさせようとしている。少し頭を冷やしなさい。大体さ、敵の拠点って具体的にはどこ? 19階層には既に討伐隊が向かってるし、私達の出る幕はもうないと思うんだけど』

 

 私は妙に冷静だった。というか冷めていた。

 表情に乏しいなどとはよく言われるけど、実際はこれでも色々と考えているし感じてもいる。ただ、この時は本当に無感情に冷めていた。

 だから、こんなことをのたまってしまった。

 

『それにさ、君の言うそれは名誉の死なんかじゃない。犠牲者を無駄に増やして、ローザを悲しませてどうするの?』

『彼女がどう思ってるかなんて、彼女自身にしかわからない。それに、死んだ人は天に還って白く染まる。何も感じないし考えられない。貴方が教えてくれたことですよ……!』

『そうだっけ。忘れちゃった』

『もういいです。失望しました、貴方()()

 

 その夜のうちに、少年は私の元を去った。白髪赤目でどこかベルに似ていた彼。仲が良かった筈の実の兄にも何も告げることはなかった。

 とある少女は少年に着いていくことを選んだ。彼女は将来有望な治療師(ヒーラー)だった。

 生還した団員達の多くは半年以内に、ルクソールは一年後に。ネルナッティは気付いたらいなくなっていた。思い返してみると、ボンヤリ恩恵を操作して改宗可能にしたような気がする。

 たしか、今みたく酷く寒い夜だったか。

 在りし日の少年が今どうしているのか、私は知らない。実の兄ですら居場所はわからないらしい。

 

 

「どこに行ったの……ベル」

 

 孤児院跡の扉を開けると、中には誰もいない。深夜を回っても帰ってこなかったベルは、今はどこにいるのだろうか。捜索に出かけたものの収穫はゼロ。もしかしてと思って戻ってきても、彼の姿はどこにもない。私は小さく溜息をついた。

 

(まさか拉致されたりしてないよね……変態に好かれそうな顔をしているから、なきにしもというのがとても怖い)

 

 変態に変態行為を強いられるベルの姿を思い浮かべる。

 かつてない焦燥が胸を焼いたが、私は頭を振って冷静になった。

 流石にそれはないだろう。ないと言い切っておかないと現実になりそうで怖い。かと言って現実逃避ばかりしていても始まらないし、ここはもっかい探しに出てみるべきだ。

 

(壮健であってくれればそれで良いのに、ままならないものだね)

 

 何か事件に巻き込まれたのか。

 そう考えると嫌な汗が背中に(にじ)む。去来するのは六年前に感じた嫌な感覚だ。全てが現実離れして見えて、足元がおぼつかなくて、自分の体が自分の体でないような怖い感じ。思えば、あの時は今の感じを通り越して頭が上手く働かなかった。私でもあんな風になるのかと、後で思い出して涙が出るほど笑い転げたものである。

 

(昨日は少しつっけんどんにしすぎたかな。私に嫌気がさしたのならそれでも良いから、ダンジョンでダンジョンされてる展開は勘弁して欲しい)

 

 変態に変態されるのもダメ。少しくらいの家出なら広い心で許す。女の子の家に転がり込んでても、まあ今回は不問にしよう。

 

(とにかく探しに行こう。もしかしたらその辺のゴミ箱とかに隠れてるかもしれないし……うんそれはないよねー)

 

 

 よし行こう決死の覚悟で。

 私はベル探索を続行すべく、くるりと扉に振り返った。

 

 

「──おごっッ!‍?」

 

 汚声(オゴエ)が出た。

 なんでって、いきなり扉が開いて私に突進してきたからだ。

 私は顔面を強打!

 お面のHP(ヒットポイント)が少し下がった!

 同じタイミングで私の胸は無傷(ノーダメージ)

 女神ハトホルの信仰値が十四下がった!

 

「お……おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」

 

 私は頬を押さえながら崩れ落ち、聞くに堪えない呻き声を漏らした。ドアで思い切りビンタされて可愛く鳴くとか無理だった。

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