ハトホル・ミィス


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作:猫猫尾
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だから僕は暴れる③


────2

 

ベル・クラネル

Lv

 

力:H107→H152 耐久:I26→I62 器用:H104→H149 敏捷:H187→G239 魔力:I0

 

魔法

【】

スキル

【】

 

 

「……ほあっ!?」

 

 帰宅後。

 ギルドの魔石換金所でお金(ヴァリス)を受け取り、孤児院跡に帰ってきた僕は、変な声を出した。

 ハトホル様がくれた更新【ステイタス】の用紙、その中に(しる)された熟練度の伸び方が尋常ではなかったからだ。相変わらず文字がお可愛い。実は達筆もいけるらしいけど、ハトホル様のペン技術については今はどうだっていい。

 

「な、なんか間違えてませんかこれっ、凄い成長しちゃってるんですけどっ……」

()()()()かー、うーん困っちゃうなー」

「……やっぱり?」

 

 どういうことなのかと、まじまじと彼女の顔を見つめる。まさか予期していた? 神の慧眼ってやつだろうか。たしかに未来予知とかできそうなお顔をされているけど……未来予知できそうな顔ってなんだよ。

 下らない思考をポイッと捨て去り、改めて用紙に視線を戻してみるけど夢じゃない。

 今日は確かに頑張ったし、フィルヴィスさんのお陰で効率良く探索できたようにも思える。無意識に腰が引けるという弱点にも気付くことができたし、大きな意味があった一日だったのは間違いない。

 でも、この数字はどう考えてもオカシイ……熟練度上昇トータル180って何なの?

 一日でこれって、これまでの半月間の頑張りが馬鹿らしくなりそうだ……。

 

「やっぱりってどういうことですかっ、何を知って……いや何が見えてるんですかハトホルさまっ」

「今宵はお星様が綺麗だなー」

「あれはラクダの人形ですうっ」

 

 天井からぶら下がっているラクダの人形を指さし、ウットリするハトホル様にツッコミを入れる。なんであんなものが吊り下がってるんだ……ここに住んでた子供達のイタズラ?

 

「あれは同盟の本拠地からパクってきた駱駝(ラクダ)だよー。名前はラクダー。同盟っていうのはピラミッド大好き同盟ねー、今は構成員は私しかいないんだけどー、ベルも入るー?」

「よくわかんないですけど、なんか楽しそうですね……じゃなくて!」

 

 僕は軽く()えた。

 こんなことが毎日続いたりしたら、一週間経たずに魔力を除いた熟練度(アビリティ)はオールS。いくら頑張ったからといって有り得ないことくらい、新参者で知識の少ない僕でもわかる。

 

「絶対おかしいですってっ……ハトホルさまぁ」

「なに?」

 

 僕の肩が跳ねた。

 いきなりハトホルさまの声が低くなった。目つきはお面で隠れて見えないけど、半眼(はんがん)なのが想像(イメージ)できる。

 な、なんでっ? 僕、なにか不味いことしちゃった?

 ハトホル様は表情に乏しい。そんな御方から露骨な不快感をぶつけられて、僕はたじろいた。

 額が汗ばみ、追い詰められた子兎のように丸くなってしまいそう。

 

「は、ハトホル様……?」

「……」

「えと、あの、どうしたん……ですかー?」

「……」

 

 お面()しにじっと見つめられる。

 感情が表に出ていない顔で。ここまではよくあることだけど、僕は咄嗟(とっさ)()()()

 真正面から感じたのだ。妖しい後光が幻視できるほどの『神威』を。多分、この御方のことを人智を超えた存在として()()()()()()畏れたのは、この時がはじめて。

 

「あのさー、ベル」

「……」

 

 何を言われるのかと身構えていると、彼女の口から飛び出してきたのは単純(シンプル)な問いかけ。

 

「強くなりたい?」

「それは…………勿論(もちろん)です」

 

 僕はすっかり気圧されてしまい、首を縦に振るまでには少しの時間を要した。

 

「そっかー」

 

 ハトホル様はスンと神威を消し去り、スタスタと部屋の出口に向かった。

 扉を開け、ノロノロと外に出ていく。

 

「少し出かけてくるねー。久しぶりにピラミッドが見たくなったから行ってくるー。帰りは遅くなるからー、君は適当に外食でもしてきなよー」

「へっ、こんな時間からどこに」

「ベルには関係ないよー」

 

 静かな音を立ててドアが閉められた。

 ハトホル様は最後まで様子がおかしかった。そしてオラリオのどこにピラミッドがあるのかという謎を残していった。

 気に触ることを……何かしちゃったんだろうなぁ、僕。

 僕に落ち度があるに違いないと振り返ってみるも、思い当たる節はまるでなく。

 嫌われてしまったのかと不安になりながら、僕もまた孤児院跡を後にした。最近は忘れかけていた気持ち──蘇ってきた寂しさと一緒に。

 

 

 ∥●∥

 

 

 ──多くは望まないようにしよう。

 

 新たな眷族の背に誓いを刻み、神聖文字(ヒエログリフ)が浮かび上がる。もう二度と来ないと思っていた景色の中で、(ハトホル)が決めたのは期待の()()

 

『餓死しない程度に稼いで来てくれれば良いからー』

 

 ベル・クラネルがギルドに登録に向かった日の朝、彼にかけたのはそんな言葉。気休めでも何でもなかった。偽らざる気持ち。

 死なない程度に頑張ってくれれば良い。心からそう思っていたから、自然に出た言葉だった。

 

『君が死んだら私も天に帰るから、そのつもりでねー』

 

 これもまた本音だった。

 眷族のほとんどが再起不能に追いやられ、残った数人も出ていった時点で私の気持ちは死んでいた。一からやり直す気力はないし根性なんて元からない。だから、貯金が尽きたら天に帰るつもりだった。その前に何もかも(ダル)くなったから突発的に壁の上にのぼり、そこで少年と出会った。

 聞けばどこの【ファミリア】からもお断りされ、途方に暮れて壁の上に来たらしい。私は、身の上話を交えて『辛いのは君だけじゃないよー、もっとヤベー奴もいるんだよー』ということを教えてあげた。

 

 

『それじゃ今は眷族がいないんですね……』

『うんそうだよー。じゃあ私は飛び降りてみるねー、下界の空を飛んでみるのは夢だったんだー、てなわけでバイバイー』

『!‍? ちょ何を──だあああああああああああああああああああああっ!‍?』

 

 喋るのにも飽きたからゴーホームしようとしたら、奇声を上げた彼に押し倒されて頭を強打した。あの時はお面が割れるかと思ったよ。私の素顔を見たら彼は大変なことになっていただろう。割れなくて本当に良かった。

 

『何してるんですか……何してるんですか!‍?』

『おしたおされたー、むぎゅうー』

 

 彼はまあ、有り体に言うと優しかった。

 それなら自分が貴方の眷族となると言い出し、【ファミリア】の体すら成せていない、お先真っ暗な神に仕えることを決めたのだ。意地悪な言い方をすると常軌を逸したお人好しだ。

 

『僕が眷族になりますから飛び降りとかやめましょうよ! ね!‍?』

『あたまがわれるー、ドッバドッバ血が出てるー』

『うわああああああああっごめんなさあああああい!‍?』

 

 頭を強打したことで幾分(いくぶん)前向きになった私は、とりあえず彼を迎え入れることにした。

 期間は決めた。ざっくり一年くらい。

 あまり縛り付けても可哀想だと思ったから、その時は自然とそうしたのだ。

 

『血も止まったし、さて帰ろうかー』

『な、なんだかアッサリしてますね……?』

『あっ、あんなところにヘスティアがいるぞー』

『ヘスティア様……なんだか小さくて可愛い神様ですね』

『ロリ巨乳とかふざけてるよなー』

『えっ?』

 

 不法占拠した孤児院跡に彼を連れ帰る途中、ボクっ娘の女神ヘスティアとバッタリ会った。低身長ツインテール巨乳という孤児の女神にあるまじき容姿に、私は忘れかけていた闘争心を思い出した。

 だが悲しいかな。

 神は不変にして普遍の存在だ。

 つまり私の胸部がこれ以上成長することはなく、ヘスティアの胸部が縮むこともまたない。世界とは実に美しく残酷なものである。

 

『思ったんだけど、ヘスティアのところのほうが良くねー? 強くて綺麗なお姉さんいるしー、経験豊富なおじいちゃんもいるしー』

『ボ、ボクは別に良いし歓迎もするけど……それだと君は眷族ゼロのままになるんじゃ……』

『いいのいいのー、そうなったら天界に帰るだけだし問題な』

『問題大アリですって! ごめんなさいヘスティア様っ、【ヘスティア・ファミリア】はすごく魅力的な【ファミリア】だとは思うんですけどっ、僕はこの神様を助けてあげたいんですっ』

 

 彼のお人好しは本当、マジで常軌を逸していた。

 片や善神が運営する有力派閥。片や無惨に沈没済みの派閥ですらない何か。後者を選択するとか、ほんと理解に苦しんだ。

 当時の私は珍獣を発見してしまったような気持ちだった。だってそうだろう。下界はこれほど広いのに、掛け値なしの善人っていうのは(ほとん)どいない。まして自分が不遇な目に遭ったのに、他人に無条件に優しくできる奴なんで希少も希少。

 私はとりあえず胸を張った。私が胸を張った。どうしてそんな真似をしたのか、私自身もよくわからん。

 

『そこまで言うなら、眷族にしてあげないこともないかなー』

『ハトホル、君が偉そうにするなよ……ベル君、格好良く宣言してくれた後にアレだけど、ほんとこの神様で大丈夫……?』

『た、多分……?』

 

 会話の最後の方はベルは若干引き始めていたけど、私は私で何となくその気になっていた。

 まずは一年。あの子には冒険ごっこを楽しんでもらって、私はのんびり過ごせれば御の字。一緒に居られる日々が続けばそれで良し。

 彼は英雄になりたいとか話していたけど、本当の冒険なんてしなくていい。

 率直に無理だとも思った。

 ずる賢さは皆無だし、頭の回転は早い方じゃなさそうだし、戦士としての才能も感じられなかったし、優しすぎる性格は荒事には不向き。それなのに無理をすれば待つのは『死』だ。死なずとも心が先に砕けるかもしれない。真剣に冒険者としてやっていくとしたら、待っているのは彼が想像もできないような過酷である。

 

『僕、才能ないんですかね……あんまり数値上がらないんですけど……』

『大丈夫大丈夫ー、のんびりいこうぜー』

 

 かつて、戦えなくなって失意の中で私の元を去った眷族達。私のためだと言い張って私の元を去ったあの子達。どちらにもなって欲しくはなかったから、私はベルに平凡を望んだ。

 幸いなことに身の程を弁えるだけの頭はある。

 だったらこのまま平凡で有り続けて、死地に足を踏み入れることが、どうかありませんよう。そう願っていたし、私の見立てではその願いは叶うはずだったのに、少年はある日いきなり兆しを見せた。

 

 

「強くなりたい?」

「それは…………勿論(もちろん)です」

 

 

 ロキの子に恋をしたことで発現したのは、ほぼ間違いなく爆速成長スキル。これまで見てきたどの子よりも、()()としての可能性を感じるスキルの発現に、ちっぽけな嫉妬心など忘れて頭を抱えた。

 死亡率が爆上がった。

 どうしようマジで怖い──と。

 

 

────3

 

 

 僕は夜の街に繰り出した。

 時刻は夜の九時を回っている。こんな時間に一人で外をウロウロするなんて、ハトホル様と出会ってからは一度もなかった。ふと、心細さに襲われてしまう。本当に一人だったあの頃のように。

 

(いきなり外食って言ってもなぁ……)

 

 喧騒が絶えない東のメインストリートを進んでいく最中(さなか)、美味しそうなステーキ屋さんやパスタのお店を眺め、これじゃないなと首を振る。というか何を食べれば良いのかわからない。嫌われたのではという不安で頭がいっぱいで、正直あまり食欲がないのが本音だった。

 

(どうしよ……もうジャガ丸くんでいいかな……探せばどこかに売ってるだろ)

 

 周囲の光景は人気のなかった早朝とは様変わりしていて、なんだか余計に心細い気持ちになる。偶然ばったりフィルヴィスさんに会ったりしないかな、と期待してみるも、彼女の姿はどこにもなかった。

 点在する酒場を中心に楽しげな声が聞こえてくる。

 息が白くなるほど寒いのに、メインストリートには熱気が漂っていた。ドワーフのおじさんが路上ライブよろしく酒瓶片手に美声を響かせており、彼の周囲ではノームやパルゥムが華麗なダンスを踊っていた。

 すれ違いざまに目が合ったヒューマンの少女はとても美人で、やっぱりオラリオには綺麗な人が多いのだと再認識させられてしまう。夜に美人を見るとドキドキするのは間違っているだろうか。僕は馬鹿か。

 

「……はぁ、ヴァレンシュタインさんに会えたり、しないよなあ……」

 

 お洒落な喫茶店の前で立ち止まり、僕はガックリと肩を落とす。あてもなく歩き続けること半刻(さんじっぷん)ほど。晩御飯ひとつ決められない僕は、これから冒険者としてやっていけるのだろうか。そんな、しょーもないことで更に弱気になっていると。

 

「あの……」

「……え?」

 

 不意に後ろから声をかけられ、ビクッと肩が跳ねた。恐る恐る振り返ると、そこにいたの……金髪金眼の少女。アイズ・ヴァレンシュタインさん。僕はしばし硬直(フリーズ)した後、よくわからない声を発した。

 

「──ほにゃらば!‍?」

「……!‍?」

 

 金の瞳がぎょっと見開かれる。そりゃそうだ。今の僕は完全に不審者だ。どうして話しかけてきたのかはわからないけど、いきなり嫌われてしまったと絶望し、僕は()()()()()

 

「ごっ、ごめんなさぁああああああああいッッ!‍?」

「……!? ……っっ!?」

 

 体を翻して全力ダッシュ。

 恐ろしい勢いで首と顔、そして耳まで真っ赤に染めながら、僕は本能に促されるままに加速した。

 ──何で、どうして彼女がここに!‍?

 ──ていうか聞かれた! 気持ち悪い独り言、絶対に聞かれたっ!‍?

 混乱が極致を超える中、僕は全身全霊をかけて、この場からの離脱を試みた。

 けれど次の瞬間、僕の頭上を、()()()()が駆ける。

 僕を飛び越し、そして僕の進路を通せんぼする形で、軽やかにヴァレンシュタインさんが着地した。

 

「──いいっっ!‍?」

 

 無様な悲鳴を漏らし、減速することすらできないまま、僕は彼女に突っ込んだ。

 だが衝撃は来なかった。視界は傾いている。僕の背中とお腹は細い腕で支えられ、横に抱えられていたのだ。呆然としながら口をパクパクさせると、彼女は、ゆっくりと僕の体を地面に下ろす。

 

「……どうして、逃げたの?」

「っっ──ご、ごめんなさい!‍?」

 

 バッと彼女から飛び退く。

 思い切り突撃した僕は、勢いを完全に殺され、抱き止められたのだ。それだけでも死ぬほど恥ずかしく、もう殺してェと叫びたい気分だった。

 心臓がバクバク暴れている。一方、第一級冒険者が見せた芸当に度肝を抜かれてしまう。

 

「リヴェリア達……仲間を待ってたら、君が来たから」

「……え?」

 

 ボソボソ喋り始めた彼女に、視線が釘付けになる。

 こ、これは世間話をする流れ……? でもなんで? 状況が掴めずに狼狽していると、ヴァレンシュタインさんは突如として遠い目になった。

 

「今日は、寒いね……」

「は、はい……?」

「えっと、私、モンスターに見える……?」

「……はい?」

 

 会話は続いているけど内容はブツ切れ。しかも突拍子もないことを言い出した彼女に、僕は何が何だかわからない。

 

「私、モンスターより怖いのかなって……」

「……? ……?」

 

 モンスター……? 何の話……?

 っていうか、もしかしてヴァレンシュタインさんってアレなのだろうか……ハトホル様が言ってた『天然』ってやつ?

 

「あの時も、今も……怖かったから、逃げたんだよね……?」

「いや、怖いとかじゃなくて……なんだかスミマセンデシタ」

 

 ヴァレンシュタインさんの声が、どんどん小さくなっていく。金の瞳はどよーんと濁っている……ように見えた。もしかしなくても、彼女は勘違いしているらしい。僕が二度も逃げたのは、自分がモンスターみたいに怖かったからだと思っているようだ。どうやったらそんな結論に辿り着くのだろうか……少し考えてみたけどわかるわけもなく。

 

「えっ……と、助けてくれて、ありがとうございました。ヴァレンシュタインさんがいなかったら、僕はモンスターに殺されてたと思います」

 

 彼女の天然を前にして、少しだけ冷静になれた頭を回し、僕は感謝の言葉を述べることにした。再会出来たら絶対にお礼を言おうと決めていたのだ。突然過ぎてさっきは逃げちゃったけど……。自分の情けなさが情けない。

 

「ん……私は何もしてないよ? …………でも、たしかに。あんな所で寝てたら危ないから」

「き、気をつけますっ」

「うん、死んじゃダメだよ? モンスターに食べられたら、痛いし、苦しいから」

「はいっ……」

「うん……」

 

 そして会話は広がらなかった。

 広げられなかった。モンスターに食べられると痛いし苦しい。そこから楽しいお話を繰り広げられるだけの技術(テクニック)を、今の僕は残念ながら持ち合わせていなかったのだ。

 

「……」

「……」

 

 沈黙が気まずい。こうして見つめあっていると、緩和されていた羞恥心が再び膨れ上がってくる。

 

「……ッ」

「……!」

 

 僕が後ずさると、ヴァレンシュタインさんは両手を広げて、バッ、バッ!! と俊敏な動きを見せた。鼠を狙ってる猫みたいな動きだ。なんだこれ。

 逃げようとしたら捕獲される。確実に。

 もはや逃亡は許されないと確信した僕は、下手くそな笑みを浮かべた。

 

「そ、そういえばっ、すみませんでした! いきなり突っ込んだりしてっ」

「……さっきのこと?」

「それもそうなんですけどっ、ダンジョンでも……すみませんでした!」

 

 ダンジョンでの出来事を思い出しながら、声に力を込めて謝罪する。あの時は朦朧していてこの人の耳がエルフ耳に見えたけど、今はそんなことはない。そもそも顔もよく見えなかったのに、エルフ耳だけ見えるなんて妙な話だ。つまり僕に拳骨を落としたのもこの人で、あの時は確かに不快にさせてしまったということ。

 

「いきなり飛び込むなんて、あんなセクハラみたいな……本当にすみませんでした」

「……? 大丈夫だよ……?」

 

 ヴァレンシュタインさんは「よくわからない」という顔をしている。まるで意に介していないという感じだ。彼女にとっては羽虫を叩き落とした程度のことだったのかもしれない。

 

「ありがとうございます……以後、気をつけますっ」

「……? よくわからないけど、頑張って?」

「はい……っ」

「それはそうと、お話……しよっか?」

 

 第一級冒険者と羽虫。彼我のあまりの実力差に少し悲しくなっていると、彼女はおずおずと切り出した。

 羽虫とお話……? と卑屈になる僕を、ヴァレンシュタインさんはじーっと見つめてきた。

 

「冒険者になったばかり……だよね? 【ファミリア】はどこ?」

「まだ半月くらいで……ハトホル様と契約してますけど……あっ、名前はベル・クラネルです」

「ベル……ベル・クラネル。うん、覚えた。それにハトホル様……フィンから聞いたことがあるよ。オラリオの功労者だって」

 

 僕に慣れてきたのか、ヴァレンシュタインさんの口調が少し滑らかになる。対する僕は思わぬ話題に切り替わったことで、ヴァレンシュタインさんだけに向けられていた意識が分散、羞恥心が少し紛れた。

 ハトホル様はあまり自分の話をしない。

 こんなところで神様の話が聞けるとは思わなかったけど、話してくれるなら是非とも知りたいと前のめりになった。それが【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナの評とくれば尚更だ。彼は【ロキ・ファミリア】の団長であるというだけではなく、第一級冒険者で世界有数のLv.6の英雄だ。

 

「功労者……ですか? 今はこじんまりとやってますけど、前は大きい派閥だったんですよね?」

「そうだよ。私が冒険者になった時は、まだちゃんとした【ファミリア】だった」

 

 今はちゃんとしてないってことですね。その通りです。ぐうの音も出ません。だって構成員は僕みたいなのしかいないし。

 

「六年前、かな。27階層の悪夢があった時、闇派閥(イヴィルス)の掃討作戦が同時進行したんだけど……あ、27階層の悪夢っていうのは、闇派閥(イヴィルス)の罠で、沢山のパーティが殺された悲しい事件で……あっ、イヴィルスっていうのは……テロリスト?」

 

 なんで疑問形? やっぱり天然なんだと妙に冷静に納得しつつ、僕はコクコクと頷く。一連の事件についてはハトホル様からもエイナさんからも聞いている。

 六年前。ギルド発で有力派閥に要請が入った。

 27階層で闇派閥が不穏な動きをしているから、対処して欲しいと。だが、それは闇派閥側が仕掛けた罠であり、誘い出されたパーティは怪物進呈(パス・パレード)を食らってほぼ全滅。怪物進呈(パス・パレード)というのは、簡単に言えばモンスターの群れの()()()()だ。階層中のモンスター、果ては階層主まで巻き込んだ敵味方入り乱れての混戦は地獄絵図と化した。

 遅れて到着した冒険者達の目に飛び込んできたのは、赤黒い灰の海と数え切れない死体(にく)の山、そしてそれを咀嚼する怪物達の姿だったという。

 ギルド傘下の有力派閥()闇派閥(イヴィルス)、双方に多くの犠牲者を出した凄惨な事件は、今日では『悪夢』として語り継がれている。

 

「あの時は、27階層以外にも敵の拠点がいくつか判明してて、私達は一斉に潰すことにして……【ハトホル・ファミリア】の持ち場は、ダンジョン19階層だった」

 

 そうだ。【ハトホル・ファミリア】は悪夢の当事者にはなっていない。

 

「そこで、団員のほとんどが呪詛(カース)を貰って、引退に追い込まれて、一気に弱体化した」

 

 19階層で闇派閥の一人の破戒神官に呪詛を浴びせられ、殆どの団員がダンジョンに潜れなくなった。

 噂の聖女様でも解呪できなかった呪いは、神の御業とも言われている。

 

「ハトホル様は色んな神様の調停……仲裁役でもあったみたいなんだけど、その事件からはすっかりやる気をなくしちゃったみたいで、いつの間にか眷族がひとりも居なくなって…………なんだろう、かわいそうだよね」

 

 ヴァレンシュタインさんはそっと目を伏せて、そのまま悲しそうに黙り込んだ。

 

「……」

「……」

 

 またしても訪れる沈黙。ってアレ、まさか話はこれで終わり? 具体的にどう功労者なのか、まだほとんど教えもらってないんだけど……。調停役って言ってたから、昔は神望(じんぼう)を集めていたのかも。折角だし、もう少し詳しく話を聞いてみたい。

 

「……ハトホル様って、かなり昔からオラリオにいたって聞いてはいるんですけど、あんまり昔の話はしてくれなくて……もし良かったらもっと話を」

 

 今度は僕からヴァレンシュタインさんに歩み寄り、ぺこりと頭を下げようとした。その時だった。

 

 

「オイ、何やってんだアイズ」

 

 僕の死角から、狼人(ウェアウルフ)の青年が現れ、ギロリと睨みつけてきたのは。




メルーナ「くしゅん!」
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