ハトホル・ミィス


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作:猫猫尾
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だから僕は暴れる②


────1

 

 

 エルフというのは頭が固く閉鎖的だ。

 出身地によって差はあるものの、基本的に同族至上主義で他種族を見下す傾向が強い。見た目麗しい同族を讃え、誇り、他種族を醜いと言って侮蔑する。

 より閉鎖的な地域では自分達の棲家(もり)こそが下界の中心であり、外は言葉も通じぬ蛮族共が闊歩(かっぽ)する薄汚れた世界である──などと本気でのたまっているのだとか。

 神々の降臨により、他種族間の交流がより活発になっているこの『神時代(しんじだい)』。古代と比べれば種族間の垣根は低くなってはおり、現にオラリオのような都会では()()()()極端なエルフは少ないと言えるだろうが、だとしても自尊心が高く他種族に心を開きにくい点は全体的な傾向としてある。遥か昔より染み付いた思想や主義というのは、そう簡単にはなくならないのだ。

 

 

「ベル・クラネル。お前は大丈夫だとは思うが、不用意に私に触れようなどとは思わないことだ」

 

 エルフは認めた者でなければ肌の接触を許さない。

 やはり出身地によって個人差はあるが、種族単位で刻み込まれている風習は、大なり小なり全エルフの中に存在する。どこにでも異端者というのは生まれるものだから、中には出会い即抱擁(ハグ)歓迎(オッケィ)という者もいるにはいるが、そんな者達は極々少数派である。

 

「仮にそんな真似をしようものなら、Lv.1でしかも駆け出しのお前はどうなるか保証しかねる。私はLv.3だから、本気で殴れば命を落とすことも有り得る」

 

 彼女もそんなエルフの一員であり、エルフらしく潔癖で気難しい人物だ。よって他種族との関係構築能力は壊滅的で、彼女の場合はそのジメジメとした性格が災いして、同族からも顰蹙(ひんしゅく)を買いがち。

 口数自体は少ないくせに、よく相手を怒らせてしまうのだ。また、発情した猫のように警戒心が強く、的確に相手が嫌がる・怒ることを指摘してしまう悪癖がある。つまり陰険ということだ。そのくせ打たれ強いかと言えばそうでもないし、ハッキリ言って面倒くさいタイプのエルフ。

 

「死にたくなければ無用な接触は避けろ。私からは以上だ」

 

 しかもいちいち謎に偉そうだ。本人はそんなつもりないのかもしれないが、周りから見れば高圧的にしか見えない。さらに空気をあまり()()()()。自分から頼んでパーティを組んでもらった相手に対し、今みたいな発言は普通はしない。

 

「何か質問があるなら答えるが」

 

 彼女はフィルヴィス・シャリア。年齢は十九歳でLv.3の第二級冒険者。補足しておくとLv.5以上が第一級冒険者の括りであり、Lv.4〜Lv.3が第二級冒険者、Lv.2が第三級冒険者で、Lv.2以上はまとめて上級冒険者とも呼ばれる、

 フィルヴィスの所属は酒神ディオニュソスが運営する【ディオニュソス・ファミリア】。派閥内での役職は()()である。対人関係に難がある彼女ではあるが、冒険者としての才はあったので、()()()()()団長になった。仲良くしている特定の団員はおらず、副団長とは()()()()()()()()()()()()()

 

「いえ、大体わかりました! いきなり触ったりしませんし、僕は大丈夫です! 宜しくお願いします、フィルヴィスさん!」

 

 本当は質問したいことはいくつかあったが、ベルは長々と話し込むのを避けた。というか避けざるを得なかった。

 質問ならここに来るまで何度かした。

 趣味とか特技とか今日の天気の話とか頑張って振ってみたのだが、彼女は終始ツーンとしており、「趣味などない」「特技は強いて言うなら焼き払うこと」「ダンジョンに行くのに天気など関係ない」といった感じで非常に感じが悪かった。会話は三十秒と続かないし、キャッチボールにならないのでベルは早々に諦めた、というわけである。

 

「こちらこそ宜しく頼む。パーティを組むとは言っても連携など必要ない。私のことは気にしなくていいから、お前はいつも通りにやっていてくれれば良い」

「は、はあ……でもそれじゃ意味ないんじゃ」

「ディオニュソス様は誰かとパーティを組むように仰っただけだ。連携しろとも世間話をしろとも言われていない。パーティを組んだという事実だけがあれば良い。私としても要らぬ迷惑をかけるのは本意では無いし、いっそ居ないものとして扱ってくれても良い」

「それでいいなら……構わないですけど……うーん」

 

 それはもうパーティでもなんでもなく、単に同じ空間にいるだけの同業者なのでは。ベルはそのように疑問を抱いたが、彼女も困っているようだしここは言う通りにしておく。こうして面と向かってみると改めて感じるが、やはりエルフとの交流は難しいものだ。ベルは現実は厳しいものだと思った。

 

「何か不都合があるのか。無論、謝礼は用意してある。五万ヴァリスで手を打って欲しい」

「お金で解決!? いやいや要りませんって!」

 

 アレコレ考えて難しい顔をしていたところ、フィルヴィスは何を思ったのか金貨の入った袋を手渡してきた。当然、つつしんでお断りする。

 

「そうか……お前はマトモなヒューマンのようだな。金銭を求めるわけでも、他の見返りを要求するわけでもない」

「いや普通しませんって、パーティに見返り求めるとか……いや僕はまだ駆け出しなんで、実際のところはよくわかんないですけど、僕の感覚的にはないです」

成程(なるほど)。お前は穢れてはいないようだな。露店での振る舞いもそうだったが、冒険者らしくない。極めてマトモな少年のようだ」

「これ喜んでいいんですかね……なんか珍獣を見る目で見られてるような……?」

 

 ベル・クラネルは心優しい少年である。この時はまだまだ世間知らずでもあったので、目の前のエルフに対しては『エルフだしこんなものだよね』くらいの感想しか抱いていなかった。こんなにツンケンされた上に上から目線で来られたら、ベルでなければ気分を害して、パーティを解散していたことだろう。

 

「では、無駄話はこの辺りにして始めるか。はぐれずに同じ空間にいることだけ気をつけてくれ。それでパーティを組んでいることになるはずだ」

「あ、はいわかりました……じゃあ僕はいつも通りに戦ってますね」

「お前の言ういつも通りが私にはわからないが、まあ勝手にやっていろ」

「……」

 

 いちいち引っかかる言い方するなあ、とベルはモヤモヤしつつも1階層へと足を踏み入れた。これも社会経験、いや妖精(エルフ)経験の一環だから頑張ろう、とよくわからんやる気を出しながら。

 

 

∥●∥

 

 

 仲間と打ち解けられないから、外でパーティを組んで対人関係の訓練をさせる。

 フィルヴィスさんに対して主神のディオニュソス様が指示したのはそういうことだ。この場合、僕は利用されているだけとも言える。一応、見返りは用意してくれていたけど、パーティ組むためにお金なんて取りたくないから断った。

 

『ギャウッ!?』

「はッ!」

 

 パーティ。それは様々な形があるけど、僕が真っ先に連想するのは仲間という言葉だ。ダンジョンを協力して攻略する仲間。お互いの足りない部分を補完し合い、強敵に立ち向かう仲間。

 勿論、仲良しこよしなパーティばかりではないだろうし、パーティの形としてはライバル同士がバチバチと火花を散らして……なんてパターンもあるだろう。ただし大抵の場合、最低限の会話くらいはするだろうし、休憩中は世間話だってするだろう。

 

『シャアッ!』

「ほあっ!」

『グエッ!?』

 

 僕とフィルヴィスさんは()()()()()()()()()()()()。小休止の時に天気の話をしたら、『ダンジョンに天気もクソもあるか』と冷たくあしらわれた。

 どうして僕は二度も天気の話をしたんだ。

 それも二度目は空も見えないダンジョンの中で。

 

「えいりゃあ!」

『ゴブ!?』

 

 それ以降は「休憩します」「好きにしろ」「始めます」「勝手にしろ」の繰り返しだ。

 こんなの僕が思ってたパーティじゃない! 

 いや僕のことはいいんだ。困ってそうだから力になりたいって思って、彼女の申し出を受け入れたんだから。

 

『ゴブリャ!』

「またゴブリンかよぉ!」

『ゴハッッッ!?』

 

 ただ、どうせならもう少し気の合う人を探したら良かったのに……と思わずにはいられない。そんな人そもそもいないか、いたとしても見つからなかったから困ってたんだろうけど……それでもこうも退屈そうにされると僕としても申し訳なくなる。

 女の人を楽しませる話とかできないし、エルフが喜ぶ話題とかもよくわからないし。

 当のフィルヴィスさんは、たまに欠伸を噛み殺しながらゴブリンを叩き潰している。僕に対して興味がないのが透けて見える。彼女にとって僕とは、主神命令を遂行するための道具に過ぎないのだろう……なんて考えていたら少し悲しくなった。

 

『『『『グルオァッッ!!』』』』

「ちょ、四体同時とか卑怯だぞ!?」

『『『『グルオオオオッ!! ──グギャッ』』』』

「って前からも後ろからも四体ずつコボルトおおおおお!? ──って死んだ!?」

 

 前後四匹ずつのコボルトに挟まれ、これはヤバいと絶叫したら前の四匹が()()()()()。今、何か飛んできたような……とフィルヴィスさんの方を見やると、彼女は右手で石をポンポンしていた。相変わらず退屈そうな顔をしてるけど、凄いグットタイミングで加勢してくれた。

 

「よ、よし四匹ならいける……っ」

『『『『ガアアアッ!』』』』

 

 コボルト達を相手に大立ち回り。薄青色に染まった空間の中で、僕は切り付け蹴りつけ殴りつけての連続攻撃を放ち、「うおおおおお!」と獣の声を発しながらコボルト達を吹っ飛ばしていった。

 最後は四匹目の腹をかっさばいて終了。

 ダンジョンに静寂が戻ったかと思えば、右斜め前の横道からゴブリン達が這い出てきた。

 

『ゴブ……!』

『ゴブゴブッ!』

『ゴブリャッ!』

 

 僕はニヤリと笑った。最弱種に恐れをなしていたのは、今は昔の話。三匹程度なら瞬殺だァ! と勇猛果敢に踊りかかり、斬る殴る蹴るの暴行を加えて最後は魔石を頂戴した。

 

「やばい、奥に埋まっちゃった……」

 

 二番目殺したゴブリン。思い切りぶん殴ったせいで、魔石が胸の奥深くにめり込んでしまった。仕方ないのでナイフを用いて切り出すと、ゴブリンの体が灰になって消える。

 ダンジョンのモンスターは魔石を失うと灰になる。

 そして、体に埋まっている魔石は放置してはいけない。これは怪物を相手取る時の鉄則で、うっかり他のモンスターに魔石を食べられたら強化されちゃう。大量の魔石を摂取した『強化種』が甚大な被害を出すっていうケースが過去に何度もあったのだとか。

 

(今度こそ()が止まったかな?)

 

 周囲に敵の気配はない。となれば後は壁にだけ注意しておけばオッケーだ。ダンジョンのモンスターは迷宮の壁を引き裂いて生まれ落ちる。そこさえ注意しておけば……と考えていると、ビギリ、ビギリ、と嫌な音が右側から聞こえた。

 

 ──来る!

 

 僕は三匹目のゴブリンから魔石をぶん取り、敵襲に備えた。するとさらに、ビギリ、ビギリ、ビギリ、ビギリビギリビギリビギリビギリッッ! と。立て続けに亀裂音が発生し、()()の壁からゴブリンやらコボルトやらが一斉に

 

「いや多いよ!? しかも挟み撃ちって」

「【一掃せよ破邪の聖杖(いかづち)】──【ディオ・テュルソス】」

 

 飛び出すかに思われたその時、左側の壁に発生した亀裂が()()()()()()。駆け抜けたのは純白の雷光である。はっと視線だけで振り返ると、短杖(ワンド)を腰に戻すフィルヴィスさんの姿があった。

 

「すご……魔法」

 

 彼女は短剣での接近戦もできるが魔法も撃てる。なんと魔法剣士だったのだ。戦闘スタイルとかそういう話、してなかったなそういえば。確認する前に気まずくなって、各々勝手に行動し始めたんだった。やっぱりパーティじゃないよそんなの。

 それはそうと、思わずうっとりしそうになる。

 可憐な妖精が涼しい顔で敵を一掃……お伽噺の世界に来てしまったような錯覚を抱いた。

 

 

「っ、とにかく倒す!」

『『『『グルオアアアッ!』』』』

 

 フィルヴィスさんの的確かつ正確な支援攻撃により、またしても挟み撃ちは避けられた。出てくる途中で絶命した怪物達は亀裂ごと灰になり、残るは右側の四体のみ。

 全て犬面のコボルト。

 今度は丁寧な一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)を心がけて応戦。一匹ずつ確実に倒していった。そして最後のコボルトを片付けてから振り返ってみると、やはり彼女は退屈そうな仏頂面。

 

「判断が遅い。複数箇所に亀裂が発生したのなら、出来る限り先制攻撃で潰せ。それが無理ならせめて囲まれるのは避けろ。ソロならそれくらいの立ち回りはできないと、やっていけない」

 

 ただし、今回は助言をくれた。呆れた声でのダメ出しだったけど、内容は実にためになる。それに自分から話しかけてくれたのが嬉しい。

 僕は自然と頬が緩んだ。

 

「わかりました! ありがとうございます! なんていうかその……フィルヴィスさんって優しいですね! 凄い助かってます!」

「は……? よくわからない、なぜそんな話になる……お前、大丈夫か?」

 

 偽らざる胸の内を声に出すと、彼女はアホでも見るような顔に変わった。本気で意味がわからないという反応。うーん、なんだかんだ優しいと思うんだけど……振り返ってみると、常に敵が増えすぎないよう調整してくれてるし、今みたくヒヤッとする場面は無言でフォローしてくれてたし。

 

「もう少しやりたいんですけど、構いませんか?」

「まだ日没には早いだろう。構わない。勝手にしろ」

「ありがとうございます!」

 

 人生初の魔法での支援砲撃をして貰えたことで、僕のテンションは急上昇した。密かに憧れてたんだよね。綺麗なエルフの魔法使いに援護してもらいながら戦うの。好きなお伽噺でもそういう場面あったし。

 

「……踏み込みが浅い」

「え?」

 

 勝手にやる気に満ち溢れていると、フィルヴィスさんがぼそりと告げた。僕は驚いて振り返り、彼女の綺麗な顔をじっと見つめる。

 

「しばしば腰が引けている。反撃を恐れていては剣に力が伝わらない。お前はもう少し突っ込んでもいい」

 

 そう……なのだろうか。そんなつもりはなかったんだけど、彼女が言うならきっとそうなんだろう。

 無意識のうちに腰がひけてる。

 その事実を胸に刻んで、僕は力強く頷いた。

 

「わかりました! 意識してみます!」

「……」

「あの……?」

「私はLv.3だ。見ての通り遠隔で支援もできるし、回復薬(ポーション)も常備している。そしてここのモンスター程度なら、お前であっても()()()()()()()()()()()

 

 フィルヴィスさんはやや逡巡してから、事実だけを口にした。まとめると、どう転んでも死なないから心配するなってこと。

 いきなりあれこれ助言してくれるようになって、僕は少しだけ困惑した。でもそれ以上に嬉しい気持ちが大きくて、また自然と笑顔になる。きっとこの時の僕は、さぞかし目をキラキラさせていたと思う。

 

「ありがとうございます!! じゃあ大船に乗った気分で、ガンガン戦ってみます!」

「あ、ああ……だが首に噛みつかれるのは避けるんだぞ。急所を噛み千切られたりしたら、流石に命の保証はできない」

「わかりました! ありがとうございます!」

「なぜ感謝の言葉を……?」

 

 結局、僕は日が暮れるまで戦った。

 フィルヴィスさんは僕が満足するまで付き添ってくれて、帰りはダンジョンの入口まで一緒に歩いた。

 誰かとダンジョンするのは冒険の醍醐味。本日の僕は身をもってそのことを知った。そして、いつか連携できるようになりたいと、強く願ったのだった。

 

 

 

────2

 

 

 

 ダンジョンは巨大な螺旋階段で地上と繋がっている。登り切った先は既に暗く、僕はギルドに向かうべく歩き出し、フィルヴィスさんはそのまま本拠(ホーム)へと帰っていった。

 

「本日のことは感謝する。それと……もう会うこともないかもしれないが、まあなんだ、お前に幸運が訪れることを故郷の聖樹に祈っておこう」

 

 遠く離れたオラリオからにはなるが、そこは勘弁してくれと告げた後、彼女は夜の闇に消えていった。

 なんだか最後の方は表情が柔らかくなっていた。

 今日限りの関係だと言われたのは寂しかったけど、冒険者続けてたらまた会える機会もあるかもしれない。次はちゃんと成長した姿を見せようと、僕は夜空に誓った。フィルヴィスさんが仲間と上手くやれるように、輝く星々に祈りを捧げた。

 

「また会えるといいなぁ」

 

 なんだかいきなり寂しくなったな──。

 しばらく移動せずに吐息を白く染めていると、ダンジョンから戻ってきた冒険者に話しかけられた。

 

「おいそこの少年、占い師みたいな格好をした気難しそうで胸も身長(タッパ)も小さい女エルフを見なかったか!?」

 

 ドス、ドス、と足音を立ててやってきた彼は見上げるほどの偉丈夫だった。

 精悍な顔つきのヒューマン。身長は180(セルチ)を優に超えていて、浅黒い肌は砂漠の男を思わせる。背中には大剣が乗っており、服装はブカブカの黒ズボンと漆黒のブーツ。上半身は()()()()。この真冬に半裸で現れた男性は、ただならぬ威容を放っている……ように見えた。

 

「あ、あなたは一体……!?」

「俺がルクソールだああああああああああああああああああああああああ!!」

「っっ!?」

 

 ゴォッッッッ!! と。

 突風が吹いた気がした。気がしただけ。それほどまでに彼の声量は凄まじく、低く逞しい大声音をモロに受けた僕は鼓膜が破れるかと思った。

 

「うわぁ!?」

 

 思い切り飛び退いた。反射的にそうせざるを得なかった。遠くまで届いたであろう爆音は、道行く冒険者たちの足を止め、近くに居た人たちからは迷惑そうな視線が殺到した。

 な、なんなんだこの人……。

 ていうかルクソールって……まさか?

 音響破壊兵器とも呼べる叫び声を受けて、心臓がバクバクと暴れる中、僕は恐る恐る彼の顔を仰ぎ見た。

 ルクソール。たしかハトホル様が寝言で……と思い出していると、彼はニカッと笑った。

 

「ルクソール・カルナック。【フレイヤ・ファミリア】所属、Lv.5の戦士だ! 神々から賜った二つ名は【獅子大咆(メナトラグナ)】ァ! ()()()()()()()()()()宜しく頼む!」

 

 ふ……【フレイヤ・ファミリア】!? まさかの大派閥の名前が出てきて、更に緊張してしまう。【フレイヤ・ファミリア】は【ロキ・ファミリア】と並ぶ今日のオラリオ二大派閥である。

 

「は、はあ……ベル・クラネルです。【ハトホル・ファミリア】で、二つ名はまだありません」

「ははは! 素直そうで何より! しかも白く幼い兎のようだ! これはいいぞ! はははははっ!」

 

 僕は勢いに飲まれて身分を明かした。するとルクソールさんは呵呵大笑を響かせ、僕の容姿を指さして腹を抱えた。何がそんなに面白いんだよ。それと幼いは余計だよ。これでも気にしてるんだから。

 僕は彼に昏い視線を送る。

 

「して、ベル・クラネルよ! 占い師みたいな格好をした気難しそうで胸も身長(タッパ)も小さい女エルフを見なかったか!?」

 

 ルクソールさんは全く意に介さず、同じ質問を繰り返してきた。ってあれ、心当たりあるぞ?

 僕は今朝のことを頭に浮かべる。

 南東のメインストリート上ですれ違ったエルフの女の人。僕を睨みつけてきた彼女は、まさにルクソールさんが言った特徴に当てはまっている。多分、胸も小さかったと思う。凄い失礼な話だけど。

 

「占い師みたいな格好をしてて、紺色のヴェールを被ってる綺麗なエルフのお姉さんなら見ました」

「多分そいつだ! どこにいた! 【ファミリア】の仲間なのだが、珍しくダンジョンに足を運んだ際に色々あって、昨日は徹夜で上層を哨戒すると言い出してなっ、帰ってこなかったのだ!」

 

 どうやら彼は仲間を心配して探しているみたい。でもおかしいな。僕が彼女とすれ違ったのは朝だし、あのまま帰ったんじゃないのかな?

 

「今日の早朝、六時過ぎくらいですかね……南東のメインストリートですれ違いました。えっと、その後帰ってこなかったんですか?」

「わからん!」

「えっ?」

「なぜなら俺が出発したのは朝の()()! 六時以降に帰ってきたとしても、その時は俺はとっくにダンジョンにいたッッ!!」

「……えーっと、そう言われましても」

 

 要するに入れ違いになったってことかな? あの人、ちゃんと帰ってるといいけど……。というか徹夜で上層を哨戒って、何があったのだろうか。

 

「あの……上層で何かあったんですか?」

「【ロキ・ファミリア】のクソ狼が喧嘩を売ってきてな! あいつ……メルーナの前でハイエルフの女王を侮辱し、あろうことかフレイヤ様に対する信仰心を嘲笑いおったのだ!! そこまでされては黙ってはいられんだろう! 理性に定評があるメルーナ・スレアとて噴火するというもの! 俺やヘディン様も加わっての大乱闘が発生し、ヘイズも狂治療師(バーサク・ヒーラー)と化して暴れ回り、周りに多大な迷惑を掛けながら大いなる私闘を演じたのだァッッ!!」

 

 叫び散らすルクソールさんに気圧され、僕は仰け反った。え、僕がシルバーバックに襲われてる時、下の方ではそんな怖いことになってたの? 二大派閥がダンジョンで私闘って色々不味(まず)いんじゃ……ギルドからペナルティとかないのだろうか。

 

「その際ッッ、シルバーバックの群れが恐れをなして逃走したァ!!」

「……ん?」

 

 僕ははてと首を傾げた。

 え、じゃあもしかしなくても、僕がシルバーバックに襲われた原因って

 

「危うく殺されかけた白髪赤目の少年がいたと聞いているが、生きていたのでオッケィいいいい!」

 

 いやオッケーじゃないよ! 威圧感が凄いから抗議できないけど、僕が死にかけたの二大派閥のせいじゃんか! 

 死にかけたっていうその少年、今まさに貴方の目の前にいるんですけどっ。結果ヴァレンシュタインさんと運命の出会いを果たせたから、人生ってどう転ぶかわからないけどさぁ……それでも思うところはあるよやっぱり。

 

「だがメルーナは生真面目な奴だから『責任は取らねばならん』とか言って、討ち漏らしがいないか朝まで上層全体を探し回っていたようだッッ! 大丈夫だとヘディン様は仰っていたのだがッッ、メルーナという奴はたまに思い詰めるからアレだッッ!」

 

 どれ!? とにかくメルーナさんが責任感が強い人だっていうのはわかったけど、ルクソールさんが叫びまくっている理由は全く、これっぽっちもわからない。

 悪い人そうではないけど……変な人だ……!

 そんな感想を抱いていると、ルクソールさんは鍛え抜かれた大胸筋をバシン! と音を立てて叩き、今から走るぜのポーズを取った。

 

「さてッ、帰ってメルーナを確認するとしよう!! 【ファミリア】の団員はすなわち家族ッッ! メルーナが元気そうなら次はヘグニ様を慰めてあげなければならぬッッ! それではさらばだハトホル様の眷族よ!! そして礼を言うぞ少年ッ! ふはは! 俺がルクソールだああああああああああああああ!! ふははははははっ」

 

 ふははハハハハハハハハ────!!

 夜のオラリオに野太い呵呵大笑が響き渡る。

 唖然とする僕を置き去りにして、彼は凄まじい勢いで走り去った。

 

「……な、なんだったんだ」

 

 オラリオは広い。

 世界には色んな人がいるのだと、僕は少しだけ大人になった。

 

 

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