ハトホル・ミィス


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作:猫猫尾
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だから僕は暴れる①


この世界線のネタバレ① 
ジャガーノートは未生誕。


 ぱっと目を開けて時計を見たら五時だった。

 ベル・クラネルの体内時計は正確である。さらに朝にも強い。故郷で朝早くから畑仕事に駆り出されていたことで、目覚まし時計不要の体質を手に入れることが出来た。幼い頃は辛かったものだが、今となってみれば感謝するべきだろう。時計を確認したベルは穏やかな笑みを浮かべ……はたと気付く。

 

(ハトホル様が、僕の足を抱き枕にしてる……)

 

 シーツの中で、誰かが腰の下あたりに抱きついている。犯人はハトホルしかいない。そうじゃなかったら怖い。ベルはぎょっとしたが、すぐに苦笑した。若干の手汗を滲ませながら。

 

(す、すりすりしてる……寝ぼけてる……のかな?)

 

 お面が擦れる音が聞こえてきて、さぁ困ったぞと考える。

 わりとガッチリホールドされているし、これを抜け出すとなると骨が折れる。起こさずにという条件がつくとほぼ絶望的だ。それになんだか凄く気持ちが良くて、もうちょっと浸っていたい願望が湧いてくる。

 ゴクリと喉を鳴らしてシーツの中に手を伸ばすと、ちょうど頬のあたりに指が触れた。赤子の肌のようにぷにぷにだ。この触り心地、正に神レベル。

 だが不味(まず)い。

 ベルはダンジョンに行かなければならないのだ。もう少しだけ温もりと、あと石鹸の香りも堪能していたいけど、あまりのんびりしていると本格的に抜け出せなくなってしまう。

 

「んあー……ネルナッティあいしてるぞー、ルクソールぶっ殺す」

「……」

 

 元いた団員達の名前だ。ちょっと複雑になりつつ、殺す宣言されてるルクソールさんのことがとっても気になりつつ、僕は意を決する。力強さの中にも優しさを忘れないようにしてハトホル様を引き剥がそうと

 

「アイズ・ヴァレンシュタインの丸焼きだー」  

「……」

 

 体に力を込めた瞬間、不意に拘束が解けて彼女はゴロンと寝返りを打った。物騒な寝言を漏らしながら。

 ヴァレンシュタインさんの丸焼きって、なに。一体全体なんなんですか! どんな夢を見てるんですかハトホル様!?

 

「デメテル死すべき慈悲はなーい、デカパイは敵だー、であえであえー、ぶっころせー、ついでにイシュタルもしねー、むにゃあ」

(ハトホル様って武闘派じゃないよね……? 穏健派だってエイナさんは言ってたよ……?)

 

 と、とにかく今は脱出してからダンジョンだ。

 軽くシーツを捲って中を覗くと、ぶかぶかの寝着(パジャマ)姿のハトホル様は、だらしくなく口を開けて丸まっていた。幸せそうだから悪夢見てるとかじゃなさそうだし、まあ問題ないだろう。それはそれとして、パジャマがブカブカすぎて胸元が……ああ、慎ましい蕾が見えてしまった。馬鹿野郎(ばかやろー)、何やってんだ僕は、神様相手になんちゅー真似を。

 そそくさと着替えを済ませ、僕は速やかに部屋から逃げた。

 

「……改宗とかさせないぞー、ベルー……」

 

 ∥●∥

 

 

(そんなつもりで一緒に寝たわけじゃないけど、少し大人になっちゃった気がする……)

 

 刺さるような冷たい空気に溜息を溶かす。

 僕は閑散としたメインストリートを歩いていた。北の方からは白い煙が上がっている。工業区方面だ。無休で稼働を続けている工場群は、オラリオの魔石産業を支える要。これと言って用事はないけど、いつか見学くらいは行ってみたいと思っている。

 

(それにしても……寒っ)

 

 東の空はまだ暗い。年が変わってまだ半月も経っていないから、季節は真冬だ。太陽は帰宅を早めて出勤を遅らせている。日が長くなるまでには、まだ時間がかかるだろう。

 

「ついでに懐も寒い……なんてね、ははっ……なにか食べようお腹空いた」

 

 そういえば朝ごはん食べてない。今年一番(まだ年始も年始だけど)の寒さと空腹で、僕はトボトボ歩きながら周囲を見渡す。

 道の左右に軒を連ねる商店は、どこも鎧戸をぴしゃりと閉めている。この時間じゃ流石に露店も始業前だし、さてどうしたものかと歩みを進める。この空腹感を何とかしないと、ダンジョン探索に支障が出そうだった。ハトホル様の貯金も危うくなってきたみたいだし、あんまり浪費はしたくはないんだけど……仕方ない。ギルドに到着するまでには一つくらい空いてる露店があるだろうと、希望的観測も込みで買い食いすることを決意した僕は……。

 

「……っ!?」

 

 ぴたりと固まりそうになった。

 南東のメインストリート上、僕の進行方向とは反対側から歩いてきたエルフの女性が、刺さるような視線を向けてきたのだ。その冷たい目付きに僕の心臓は跳ねて、どうにか平静を装ってすれ違う。

 小柄で綺麗な人だった。

 服装は占い師みたいな感じ、ミステリアス。

 理知的な横顔を盗み見ることは怖くてできず、視界の隅で美しいヴェールが揺れていた。ややあって、恐る恐る振り返ってみると、彼女は緩慢な足取りで複数ある横道のひとつに逸れて行った。

 

「……だ、誰? なんで睨まれたの?」

 

 答えてくれる者はいない。

 彼女とはどこかで会っただろうか? 多くの人が暮らすオラリオだから、街のどこかですれ違っていてもおかしくはないけど、恨まれるような覚えはないんだけど……。

 たしかに睨まれてたよな……。

 勘違いじゃ……なさそう。

 美人に睨まれるのは心臓に悪い。人違いで敵意を向けられた可能性もあるけど、なんだかモヤモヤする。

 

「……まあ、いいや。早く何か食べてダンジョンだ」

 

 ギルド付近まで一気に進み、時機(タイミング)良く開店した極東風の露店に近づく。遠目から見えたのは丸みを帯びた三角形の食べ物だ。

 あれはおにぎり。

 丸めたお米の中に具材を詰め込み、海苔でぐるぐる巻きにするだけのお手軽料理。腹持ちが良いから僕は密かに気に入っている。ハトホル様の好みは別にあるから、あんまり本拠(ホーム)では食べないけど。

 

「おにぎり亭、開店だ。冒険者も一般人も関係ない。遠慮なく並んで購入するがいい」

 

 店主さんはやけにガタイの良い男性。身長はとても高くて、顔に大きな傷がある。歴戦の武人だと言われても納得してしまう風貌で、率直に言って迫力が凄い。近付くのを少し躊躇(ためら)ってしまう。でも今日の朝ごはんはおにぎりの気分になっちゃったし……と覚悟を決めて、僕はここで買うことを決めた。

 既に何人かお客さんが並んでおり、一気に全員が品定めするのは面積的にムリ。白い息を吐きながら待つこと少し、前列のお客さん達がはけたところで、僕は待ってましたと前に出た。

 

「えっと……じゃあこの『じっくり醸成したツナマヨ』を」

「ツナマヨをひとつ」

「見て分からないのかお前達。もはやツナマヨはひとつしかない。前の客が爆買いしたからな」

「「えっ」」

 

 店主のおじさんの声に顔を振り上げ、次に隣の少女と顔を見合わせる。僕と一緒に驚愕の声を上げたのは、白いエルフの少女だった。

 服装はほぼ白。スカートタイプの戦闘衣(バトル・クロス)を着用してはいるけど、ストッキングとインナーを併用して肌の露出を極限まで抑えている。

 ハトホル様と同じ濡れ羽色の長髪で、赤緋(せきひ)色の瞳が映えている。顔立ちは美しい妖精族そのものだけど、表情は見るからに気難しそう。この人もツナマヨを欲しているのか……!

 

「……」

「……うっ、な、なんですか?」

「いや……別に。買うならさっさとしたらどうだ、ヒューマン」

 

 いや気まずいよ!

 言葉とは裏腹に凄い恨めしげな視線!

 明らかにイラッとしているのが見て取れる。こんなにジロジロ見られてる中で、いけしゃあしゃあと買い物なんてできるか!

 

「あの、良かったらどうぞ……僕はなんでも食べれるので」

「私だって好き嫌いは基本的にない」

 

 仕方ない、お譲りしよう……としたらなんか張り合われた。あれ、もしかしてこの人、ハトホル様が前に話してた『めんどくさいタイプのエルフ』ってやつ? 

 ああ言えばこう言う、変なところで負けず嫌いで黙り込んだらハイ不機嫌。そういうタイプの妖精は総じて面倒くさいと、ハトホル様に聞いたことがあった。

 

「いやでも、ツナマヨ欲しいんですよね……?」

「自分よりも幼い子供から強奪するほど、私は落ちぶれてはいない」

「強奪……? いやいや、そんな話じゃないでしょう?」

 

 しかも大袈裟だ。ていうかそこまで言うなら睨んだりするなよ……! 僕はどうすれば良いのかわからなくなり、困り果てて店主さんを見仰いだ。その瞬間、彼は何かを閃いたかのように目をクワッ、と見開く。

 

「何を揉めている。俺が今から握れば良い話だ」

「……えっ」

「……店主、貴様は先程、最後のひとつだと言っていたはずだが」

「今しがた確認したところ、オラリオサーモンのタッパーになぜかツナマヨが入っている。よって俺は追加の具材の到着を待たずして、ツナマヨを握ることができる。良かったなお前達」

「「……」」

 

 良い声とイイ笑顔で店主さんは言った。僕と妖精さんは言葉を失う。きっと僕達の心はひとつだった。

 このオジサン変な人だと、きっと彼女も僕と同じような感想を抱いていたことだろう。

 と、とにかく、ツナマヨは買えたしオカカもベーコンエッグも唐揚げも買えた。これで今日も頑張れそうだと、僕は気を取り直して歩き出す。いざ、ギルドに挨拶してからダンジョン

 

「もし、そこのヒューマン。もしやお前もダンジョンに行くのか」

 

 の前に話しかけられた。ツナマヨを巡って不穏な雰囲気になったエルフさんに。もう買い物は住んだというのに、何のようなのだろうか。お前もダンジョンにとか言ってるし、まさかパーティのお誘いとか……ないよね。可愛い妖精さんとダンジョンできたら嬉しいけど、そんな上手い話があるわけ

 

「見たところ友人の類はいないようだな。ならば私と同じ境遇ということだ。ここはひとつ仮でパーティを組んでみないか」

「……えっ!?」

 

 上手い話あったよ、おじいちゃん!

 はじめてパーティに誘われた! しかも大好きなエルフの美人に! でも怖い。スッゴク怖い。上手い話には裏があることくらい、馬鹿な僕にはわかっている。これはあれだろうか。噂のハニートラップ。逆ナンパされたら後で怖い人達が出てきて、人の彼女に手を出したとか因縁つけられて、ボッコボッコにされて身ぐるみを剥がされるという……あの。

 

「……な、なぜ僕にお声を?」

 

 大きく息を飲み込み、後ずさる。

 困惑と緊張に侵された僕の言語機能はバグり気味。

 警戒感を剥き出しにすると、エルフさんの表情があからさまに曇った。

 

「一日で良いんだが……恥を忍んで打ち明けると、あまりに仲間と打ち解けずに衝突ばかりしているものだから、主神命令で『対人関係構築の訓練として、誰でも良いからパーティを組め』と言われた」

「……え、えぇ?」

 

 俯いて拳を握り締めるエルフさん。あれ、なんか思ってた展開と違う。この人、かなり深刻な感じで困ってるぞ? 切実さを感じる。ミシミシと変な音を発している拳から。

 

「できなければ帰ってくるなと……荒療治だが私のためだと言われたから、止むを得ず冒険者共に声をかけているのだが、どいつもこいつも()()!」

「…………んっっ?」

 

 喉の奥から変な声が出た。雲行きが益々怪しくなってきた。拳の音がゴキゴキに変わった。あ、もしかしなくてもイラついてる。

 

「守ってやると格好つけて逃げ出す()! ジロジロと視姦ばかりしてくる()! 下賎な話題ばかり振ってくる()! ダンジョンで酒を飲ませようとする人類の塵芥屑(ゴミクズ)! 女共は気味悪がって私に近寄ろうとしないし、このままでは永遠に帰れないではないか! どうしてくれるっ」

「いや僕に言われても!? ていうかなんでそんな出会い運悪いんですか! いくらなんでも変な人とばかり出会いすぎですって!」

 

 彼女は鬼の形相で詰め寄ってきた。なんか勝手に喋り出して勝手に怒り始めた。ていうかいつまで経っても帰れないって……この人、いつからパーティメンバー探してるの?

 

「黙れ私は悪くない! 悪いのは猿同然の冒険者共であり、知性も品性も投げ捨てた蛮族共だ! 私を除け者にする【ファミリア】の馬鹿共が悪いんだ!」

「落ち着いて下さい! なんか凄い見られてますって! こんなところでやめましょ! ね?」

 

 一気に沸騰した妖精さんは、ガンガンガンとブーツの踵で石畳を破壊し、なんだどうしたと徐々に人が集まってくる。

 小さな子がこちらを指さしている。母親と見られる女性が「見ちゃいけません」とか言ってる。

 ヤバい完全に悪目立ちしている……!

 

「パーティ組むのは構いませんから、ガンガンするのやめてください! ギルドに苦情(クレーム)入れられますよ? 冒険者が街で暴れてるって!」

 

 既に通報済みかもだけど、それでも彼女を止めない理由にはならない。話を聞いてたら可哀想になってきたし、パーティを組んであげよう。そうしようと僕は決めた。元より犯罪者相手とかじゃなければ、パーティ組むのは望むところだし。妖精さんが相手なら個人的にも嬉しいし。

 

「誰が闇派閥だっ! あんな奴らと一緒にしないでくれ、鳥肌ものだ!」

「誰もそんなこと言ってません! ダンジョン行くんですよね? 早く行きましょう! ここは目立ちまくってるんで、ギルドの前あたりで朝ご飯を食べてから!」

 

 なんかスイッチが入っちゃった彼女をどうにか宥め、僕はひとまずギルドへと向かった。すれ違いざまに睨みつけられた謎の女性といい、今日はエルフに縁があるのかもしれない──そんなことを思いながら、僕は白い妖精さんと自己紹介を交わしあった。

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