ハトホル・ミィス


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作:猫猫尾
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世界と現実と神様③


────4

 

 

 ギルドを出た僕は東に向かった。

 円形闘技場(アンフィテアトルム)を始めとした巨大な建造物や赤煉瓦(あかれんが)の綺麗なホテル、そのほかギルドが管轄する施設や宿屋などが多数見られる東地区。街区の特徴としては、催しのための観光客や旅人用、という側面が強いのかも。

 しばらく歩いた後、僕は曲がりくねった裏路地に入った。南に舵を切って道なりに進み、迷宮街──『ダイダロス通り』と呼ばれている広域住宅街へと足を踏み入れる。

 奇人とまで言われた設計者の手で何度も区画整理が行われ、秩序を忘れてしまった住宅街。石造りの建物と階段、路地が縦横関係なく錯綜(さくそう)する重層的な威容はまさに地上のダンジョンだ。

 ここは都市の貧困層が住まう貧困街(スラム)でもある。どんな人が隠れているのかわかったものではないから、普通に街を横切るだけでも緊張する。住人達の僕を見る目はどことなく暗い。

 

(お金貯めたら……引っ越した方がいいよね)

 

 猥雑(わいざつ)極まる道に苦戦しながら、未だ慣れない帰り道を地図を見ながらどうにか進む。そして上へ下へ、斜めへ左へ右へ上へと、何度も方向転換しながら歩いた先。

 僕はようやく、ある建物の前に到着した。

 

「ふぅ、今日も帰ってこれた……」

 

 生きて、と迷わずに、と二重の意味で。

 その寂れた建物は教会だった。木造りでとても大きい。正面には水が出ない壊れた噴水のある広場があり、教会自体は周囲の建物にめり込むように建っている。数年前までは孤児院として使われていたらしいけど、優しい女神様が『別の廃教会をリフォームしたから使ってよ!』と勧めてくれて、元いた人達は引っ越してしまったのだとか。

 

「よっ、と……帰りましたよー! ただいまー!」

 

 周囲に怪しい人影がないことを確認してから、僕は扉を開けて中に入った。外観よりも広く奥行きのある教会内に、ただいまの挨拶が反響する。

 中は薄暗く反応はなかった。いくつか存在する三角形の照明も消灯している。あれ、もしかして僕の女神様は外出中なのだろうか。もうすぐ日が暮れるのにどこ行ったんだろ……と心配に思っていると……物音がした。

 中央奥にある祭壇の右手。壁の扉のひとつが開け放たれており、二本の黒いツノが見え隠れしている。あれは……お面の一部だ。

 

「な、何してるんですか? 僕、何かしました?」

 

 中が見える位置まで接近すると、小柄な女神様が部屋から顔だけを出して、じーっとこちらの様子を窺っている。変わった牛のお面で目元を隠している彼女は、ハトホル様。

 とてもスレンダーな御方で、ヒラヒラの衣装は体のラインがはっきりわかる。しなやかな両腕には透け透けの筒状布(アームカバー)を装着しており、民族衣装、もしくは踊り子なんて印象を抱く。 

 ハトホル様は姿勢を正して僕の前に立つと、ウンウンと二度ほど頷いた。

 

「お帰りー。五体満足そうでおけおけー。今日はいつもより早かったけど、何かあった?」

「ちょっと死にかけちゃって……ダンジョンで」

「おいおいおいー、勘弁してくれよー。君に死なれたら、私は今度こそオラリオの壁から飛び降りてしまうかもしれないー。だから死なないでね」

 

 彼女の特徴でもある間延びした話し方の合間合間、唐突に真剣(シリアス)な口調が混ざってきて、僕は引きつった笑いを浮かべてしまった。何だか圧を感じるし、一部内容が重くて……!

 

「大丈夫です。ハトホル様を路頭に迷わせるようなことはしたくないですし……なるべく死なないように最善を尽くして……でもダンジョンは何が起こるかわからないから……はい」

「ゴメン冗談だから思い詰めなくていいよ。とにかく私は泥船に乗ったつもりでいるからー、君は思うがままに冒険するといいよー」

「今、泥船っていいました?」

「ううんー? 黄金で金ピカのスッゲー船って言ったよー?」

 

 彼女は今、嘘をついた。

 別にいいけどね。単なる軽口なのはわかってるし、あんまり期待されるより、これくらいの方が気が楽になるっていうのもあるし。

 

「そうだ、さっき思いついたんですけど、もしお金が貯まったら綺麗な家に引っ越しませんか?」

「それは魅力的な提案だねー。そういうことなら是非ともよろしく頼むよー。ただしお金と引替えに腕とか目玉とかを売っちゃダメだからねー」

「結構高く売れるらしいですけど……そんな危ない稼ぎ方はしないので大丈夫です」

「その言葉を聞いて安心したよー。実はずっと心配してたんだー」

「僕、どんな風に見られてるんですか……」

 

 ハトホルさまの発想はたまに斜め下で、怖い。

 

「冗談だよ、冗談ー」

「ならいいんですけど……」

 

 二人して苦笑いをして、部屋に入った。

 中には左奥にベッドがひとつ、入口付近には三人がけのソファーが置かれており、前には木造りのテーブル。その反対側に丸椅子がふたつ。ベッドがある就寝スペースは薄いカーテンで仕切られている。

 僕と彼女はソファーに座って一息ついた。

 正直、ドキドキする。隣にいるハトホル様は容姿の整っている神様達の例に漏れず美人だ。顔の一部をお面で隠していてもなお、その美貌は本物であると確信できる。濡れ羽色の長髪は腰の辺りまで伸びていて、全体的にやはり細くてしなやかだ。ヒラヒラすぎて危うい衣装なのにも関わらず、あまり自己主張していない胸元からは彼女らしさを感じる。

 素顔は見たことがないけど、それがかえってミステリアスで幻想的に思える。実際、僕たち下界の住人からすれば彼女は色々と超越していて、人知が及ばない存在だ。神様っていうのはそういうものだと思う。

 

「しかし死にかけちゃったかー。それなら今日は美味しいものを食べるしかないなー」

「あんまり稼げなかったんですけど……」

「大丈夫大丈夫ー。私の貯金を使えばいいのだー。ていうか嫌な予感がしたから、景気づけのために羊牛串(ケバブ)甘味(デザート)を買い込んできたぜー。ほれほれ美味しそうだろー、ででーん! でもそろそろ金が尽きそうだから覚悟してね」

「わあ美味しそう! 最後に怖い台詞が聞こえたんですけど、気のせいですよね?」

「うん気のせいだよきっとー。借金とかないから大丈夫大丈夫ー」

 

 つまりはスゴイ御方なわけだけど、ちょいちょい発言が思わせぶりに不穏というか……うんスッゴク怖い。

 貯金が尽きたらアルバイトするって言ってたけど、借金があるとしたらまずくない? 本当にあるなら流石に相談してくれてるはずだし……この御方を信じよう、今は。

 

 

 ────5

 

 

 良い神様に出会えるかどうか。

 それは簡単に言えば『運』であり、『運』というのは冒険者にとって大切なことのひとつ。どれだけ才覚に恵まれていても『運』が悪ければ早々に死ぬし、どれだけ強くなったとしても『運』がなければ簡単に死ぬ。その意味では、僕は『運』が良いのだろう。今日ダンジョンで死にかけて、助かったことも含めて、『幸運』なのだと思う。そう思うようにしている。

 

 

「来ませんねえ、入団希望者」

「一応、ギルドに話はしたんだけどねー。まあ落ちぶれた【ファミリア】なんてこんなものさー。君にはほんと申し訳ないんだけど、私は大した神じゃないし存在感も薄いからさー」

「どの【ファミリア】も授かる『恩恵』は一緒ですし、そんな悲観することないと思うんですけどね……」

 

神の眷族(ファミリア)】とはつまるところ、その神様による派閥だ。【ロキ・ファミリア】だったら【神ロキの眷族(けんぞく)】という意味で、【ヘスティア・ファミリア】だったら【神ヘスティアの眷族】。ロキ派とかヘスティア派とか、〜派という呼ばれ方をしたりもする。

【ファミリア】に加わるということは、すなわち神様の家族になるということ。下界に降りてきた神様達は僕達と同じように生きていくと決めており、神の力(アルカナム)使用禁止の制約(ルール)が定められている──破れば強制送還される。だから、衣食住をはじめ生きていくためにはお金が必要。

 働くことが好きっていう神様は少数派で、神様がアルバイトしてるなんて話はあんまり聞かない。そこで僕達眷族(こどもたち)の出番ということで、眷族(ぼくたち)は恩恵を貰う代わりに神様を養うほか、色々な命令ないしお願いを聞いたりする。恩恵のご利益は僕達にとっては無視できないもので、一度授かってもらえば、どんな人でも弱いモンスター程度は撃破できるようになる。正にギブアンドテイク。

 

「全く同じかというと微妙かなー。たとえばフレイヤの子達はレアスキル率が高い気がするしー、まあ元々の素材が良いからってのもあるんだろうけどー」

「フレイヤ様って見えるんですよね……僕たちの可能性が」

「うんー、アルカナム抜きにしても反則技(チート)の使い手なんだよねー。魂の色が見えて将来性まで視えるとか、とんだチートクソ女神だー、ズルいぞチクショー」

「ま、まあまあ……僕も頑張りますから、そんなにプンプンしないでください」

 

 オラリオ最強派閥の主神、女神フレイヤ様。【フレイヤ・ファミリア】の構成員達はレアスキルや稀少な魔法を持っている人が多いのだとか。でも、それはフレイヤ様のお陰というよりは、そもそも有望な人達が集まっているからという考え方もできる。

 フレイヤ様はたしかに特別な神様らしいけど、彼女の恩恵だから眷族が輝いているかというと、そこは断言できない。卵が先か鶏が先か。つまりそういうことだし、どれほど考えてみてもきっと答えは出ないような気がする。

 

「ごめん、私は君がいるだけで幸せだよ」

「っ!? うわびっくりした……急に微笑しないでください」

 

 聖職者のように優しく両手を握って、柔らかい微笑み……不意打ちでこれはズルいよ。

 

「まあ、まずは一年付き合ってくれればそれで良いからー。君に芽が出たら()()()()()()()()。そういう約束だったろー?」

「改宗禁止の期間は一年……それはそうですし、約束も覚えですけど、芽が出たらまずはハトホル様に恩返ししますよ。いきなり出ていったりしませんから大丈夫です」

 

 悲しいことを話しながらころころ笑う彼女を見て、僕は情けない声が出そうになった。ハトホル様と契約した時、僕は彼女にこう言われている。

 

 ──『一年経ったら改宗可能にしてあげるから、あんま気負わなくていいからねー』──

 

 中小規模の【ファミリア】にすら『お断り』されていた僕は、すっかり絶望してしまっていた時、同じように独りでいたハトホル様と出会った。

 もう()()()から天界に帰る。そう言って市壁の上から飛び降りようとしていた彼女を、僕は慌てて引き止めて、説得して、翌日には恩恵を刻んでもらうに至った。ハトホル様を止めた後、実は別の【ファミリア】からお誘いを受けたんだけど、そっちに行ったらハトホル様が()()()()()と思ったから諦めた。そこの神様も団員の人達も魅力的だったんだけど、こればかりは仕方がない。

 ただ、ハトホル様はその時のことを負い目に感じているみたい。こう、同情を引いて眷族ゲットしちゃったぜ、みたいな。

 ハトホル様のオラリオ歴は長くて、最強(ゼウス)最凶(ヘラ)が君臨していた時代──十五年前よりもさらに前──からコツコツと派閥を運営してきた実績がある。一時は第二級冒険者(Lv.3)以上を複数抱え、中堅派閥の座をキープしていたらしい。

 

 ──『ハトホルのことはハトホルに聞くんじゃ。私が勝手に話すのは違うじゃろ』──というのは、僕が入団した初日に訪ねてきた女神様の談。未だに僕は彼女の名前を知らないし、ハトホル様に聞いてもすっとぼけられてしまう。

 

 話を戻そう。

 暗転したのは六年前。

 当時のオラリオでは闇派閥(イヴィルス)なる過激なテロ集団が活動しており、冒険者のみならず民間人まで犠牲になる事件が頻発していた。七年前にあったという戦いで、闇派閥はごっそりと数を減らしていたらしいけど、それでもテロ行為が途絶えることはなかったそうだ。だが、大きく戦力を削がれていた闇派閥はもはや虫の息で、ギルドは傘下の【ファミリア】を動員しての殲滅戦を決行。

 小人族の勇者(ブレイバー)率いる【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】が敵の拠点を次々に襲撃して邪神を送還する中、当時の【ハトホル・ファミリア】は地下(ダンジョン)に潜った敵の追跡に周り──ほぼ全員が呪詛を受けて戦闘不能に追いやられた。永続呪詛という非常に厄介な代物で、侵された人達は恐怖でモンスターと戦えなくなり、その全員が冒険者を引退してしまったらしい。

 それが【ハトホル・ファミリア】凋落の原因。

 詳しい事情は聞いてもはぐらかされる。ハトホル様自身が話したくないみたいだから、僕はしつこく追求することはしないでいる。コソコソ嗅ぎ回るのも悪い気がして、エイナさんにも聞いていない。

 

「僕は出ていきませんよ。だからお試しで一年だけとか、そんな悲しいことは言わないでください」

「ベル、君ってやつはー」

「ここから這い上がるのは簡単じゃないでしょうけど、僕が頑張って強くなっていきますからっ。そのうち余裕ができてきたら、加入してくれる人もでてくるかもですし、もしずっと二人でも僕は大丈夫ですしっ」

「そっかあ。……嬉しいよー」

 

 ボヨンッ! とソファーから飛び上がって力説。ハトホル様の眼差しはどんな感じなのかは不明。だってお面で隠れてるし。声色はいつものダウナーな感じだし、まるで感情がわからない。

 いずれにしてもごめんなさいハトホル様。偉そうなこと言っちゃってますけど、僕は少し前までヴァレンシュタインのことしか頭にありませんでした。恩恵貰ってからしばらくはハーレムばっかり考えてました。

 ほんと色々アレな僕だけど、ハトホル様は僕をはじめて受け入れてくれた大切な人だ。僕がはじめて心から助けてあげたいと思った人でもある。

 この(ひと)に笑って欲しい。

 それは出会ってから間もなく願うようになったこととだ。心から笑えるようにしてあげること、それは自分自身との約束でもある。

 

「飛び降り自殺しなくてよかったー。それじゃあ君の未来が明るいものであると願って、【ステイタス】更新をしようか」

「はい! 僕達の未来のために!」

「君の未来のためにねー」

 

 ハトホル様もまたボヨンッ! と音を立ててソファーから飛び起きた。衣装がヒラヒラなので、一応、申し訳程度に胸の膨らみが揺れる。僕はそっと目を逸らして、自己嫌悪と申し訳なさに襲われた。

 豊穣の女神なのにどうしてフレイヤ様とは……なんて思ってごめんなさい。

 

「じゃあ全裸になってー、ズボンは勿論(もちろん)おパンツまで脱ぎ脱ぎしようねー」

「そこは上着だけで良いでしょう!?」

 

 僕はベッドの上で悲鳴を上げて、上着を乱暴に脱ぎ捨てた。なんて恥ずかしいことを言うんだ、この御方は……!

 

「全裸を嫌がるとか珍しいよねー。二人きりなんだから恥ずかしがることないのにー、ウブちんだなー」

「……」

 

 珍しいのか……? 前にも経験あったりするんだろうか、考えるとなんだかこう、モヤモヤした。

 

「そういえば、死にかけたってなにがあったのー? 詳細プリーズゥ」

「あ、その話でしたら少し長くなるんですけど……」

 

 本日あった事件を話している最中、ハトホル様は僕の腰の上にまたがり、ぺちぺちと背中を軽くお触りしていた。手の平のひんやりとした感触と脚のムニュムニュ感が同時に襲ってきて、ゾクゾクする。

 やがてチャリっと金属の音がする。

 ハトホル様が箱から針を取り出したのだ。

 軽く目線だけを後ろに向けると、彼女は自身の人差し指を軽く刺して、滲み出る神の血を、僕の背中に押し付けた。

 彼女の滴は波紋を広げ、僕の中に染み渡っていく。

 

「出会いを求めてダンジョンの奥にってー、求める場所が間違いすぎてるだろー。まさかとは思うけどー、可愛いゴブリン娘とかがいるとか思っちゃってたりしないよねー? ハーピィはおっぱいはあるけど顔はヤバイし凶暴だぜー?」

「そこまで子供じゃないです……間違ってたのも自覚してます、ハイ」

「かわいいでちゅねー」

「……うぅ」

 

 完全に子供扱いされて枕に顔を埋める。そんな僕の頭を左手でポンポンとすると、ハトホル様は右手で恩恵の操作を始めた。

神聖文字(ヒエログリフ)】の刻印を施し、僕が得てきた【経験値(エクセリア)】を成長の糧に変えてくれる。経験値とは文字通り経験した事象であり、言うまでもなく不可視。下界の住人が手に取れるものじゃないけど、神様達はそれが見えていて、更に料理することができるのだ。

 背中の【神聖文字(ヒエログリフ)】を塗り替え加筆し、能力向上、強くできる。

 

「それにしても【剣姫(けんき)】かぁー。また難しいところを責めるねー。彼女自身もアレだしー、主神(ロキ)は面倒なヤツだからなー。凄い子煩悩で【剣姫】には特にデレデレだからー、うん無理ぃー。奇跡が起こって相思相愛になれたとしても、ロキが絶対に許さないだろうなー」

「そ、そんなっ!?」

「まあトラブルにならない程度に好きでいるのは構わないんじゃないかなー。私は君に幸せでいで欲しいから、悲恋はオススメできないけどね」

 

 改めてヴァレンシュタインさんへの恋心がいかに無謀なものかを指摘され、少し泣きたくなる。でも頭ごなしに否定されてはいないし、ちゃんと僕のことを気遣ってくれているのが伝わってくるから、ハトホル様に恨みがましい気持ちは抱かなかった。むしろ感謝したくらい。

 現実は厳しい、そうですよね。エイナさんも同じようなことを言ってました、ハトホル様。

 

「んー、終わりー……まあ、あんまり思いつめないでボチボチやりなよー。私は君の味方だから」

「は、ハトホルさま……」

 

 上体を起こすなりポンポンとハグされた。凄い柔らかい感触に包まれる。なんだか安心感が凄くて緊張するより眠くなりそう。これが噂の少女母性(バブみ)ってやつ?

 少しの間無言で、心臓の音に耳を澄ませた。

 

「……新しい【ステイタス】は置いておくよー。私はご飯を作ってくるから、君はお風呂にでも入っておいでー」

 

 数分後。そっと離れていった彼女に「ありがとうございます」と声を飛ばす。僕はベッドの上に置かれた用紙を手に取り、視線を落とした。

 転記された僕の【ステイタス】。

 下界で用いられている共通語(コイネー)を用いて、綺麗な文字で綴られている。

 

 

 

 ベル・クラネル

 Lv

 

 力:H101→H107 耐久:I20→I26 器用:I99→H104 敏捷:H163→H187 魔力:I0

 

魔法

【】

スキル

【】

 

 

 

 

 数値の伸び方はいつも通り。

 魔法もスキルも出ていない。

 僕は何の疑問を抱くこともなく用紙を四つ折りにして、ベッドの横の小さな机の上に置いた。

 各種数値──基本アビリティが伸びれば身体能力が向上する。Lv.が上がれば基本アビリティの補正を遥かに上回る身体強化が得られる。つまりレベルアップ──一般的にはランクアップと呼ばれている──が一番重要。なんだけど、先はとっても長そうだ。

 

 

 

 ∥●∥

 

 

 

 ハトホルは野菜炒めを作ることにした。ケバブだけだと栄養が偏るからだ。フライパンの中に野菜をぶち込み、じゅーじゅー音を立てて焼いていく中、軽く唇を尖らせる。

 

(ふぅんー、私のためには無理でも【剣姫】のためだったらスキル発現しちゃうのかー、いやいいんだけどねー、あんまり執着するつもりはないしー)

 

 誰にも見られていないというのに、ピューッと口笛を吹いて余裕のアピール。空いている左手で寂しい谷間からメモを取り出し、じっと眺めた。

 

 

 

ベル・クラネル

Lv

 

力:H101→H107 耐久:I20→I26 器用:I99→H104 敏捷:H163→H187 魔力:I0

 

魔法

【⠀】

スキル

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

早熟する。

懸想(おもい)が続く限り効果持続

懸想(おもい)の丈により効果向上

 

 下界の子供達は変わりやすい。そんなことはとっくに知っていた彼女ではあったが、改めて直面するとなんだか少し寂しいような。ほんの少しではあるが面白くないような。そんな気がした。

 

 

「もしこれで強くなれるのなら、あの子のためには良い事だね。祝福してあげないと」

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