「いいか、ベル。嫁は沢山作るんだぞ」
優しい顔をした祖父が言っていたのは、そんな言葉。
「彼女でも恋人でも構わん。とにかく何でも良いから女を求めろ。愛は平等にがお約束だ。あまり贔屓をしては要らぬ修羅場を生み出しかねん」
ギーコ、ギーコ、と全身を包んでいた古ぼけた椅子のリズム。
滅びかけた世界で一人娘のため
「ただし女神と付き合うなら話は別だ。存分に特別扱いするべきだ。なぜなら神だからな。神を後回しにするようなことはあってはならん。女神という生き物の嫉妬深さは人知を超越している。迂闊な扱いをすれば地の果てまで追いかけられるぞ」
「儂が言いたいのはそんなところ。つまりはハーレムを作るための出会いを求めろということだ。男だったらハーレムだ。女神が含まれるのなら、女神を頂点としたハーレムだ。頂点がいくつもあるとややこしいから、女神は
「はー……れむ?」
絵本から顔を上げて真上を見ると、おじいちゃんの大きな顔は、くしゃくしゃと皺を作り、白い歯がキラキラと輝いていた。ように見えた。
「そう。男の
それがきっと、
「よし、ベル、
「おとこだったらハーレムだ! だけどつきあうめがみさまはさんにんまで!」
「様など要らん! あいつらは神だなんだとお高くとまってはいるが、蓋を開ければ一匹の雌であることに変わりはないのじゃ! そういうわけだから、様を捨ててやり直し!」
「おとこだったらハーレムだ! だけどつきあうメガミはさんにんまで!」
「いよいしょお! ハーレムハーレムハーレムだ!」
「ハーレムハーレムハーレムだぁ!」
ギィコ、ギィコ、大きく揺れていた
「おじいちゃん」
「む?」
「どうていって、なに?」
「……フッ。じきにわかる」
────1
迷宮都市オラリオ。
この世界で唯一となるダンジョンを保有する巨大都市。そこには数々の『夢』がある。
ダンジョンで成り上がって一攫千金、ダンジョンで強くなって女性にモテモテ、ダンジョンで運命の出会いを果たしてちょっとエッチでムフフな体験、ダンジョンで凄く強くなって気づいたら英雄の仲間入り……などなど。
子供からちょっと成長して、夢見る男が考えそうなこと。
少し邪でいかにも青臭い考えだけど、それらは若い雄なりの
ダンジョンに出会いを求めてオラリオに来た。
訂正、ダンジョンにハーレムを求めてオラリオに来た僕は、間違ってなかったと信じたい。
『ガァアアアアアアアアアアアアアアッ!』
「ほぁああああああああああああああああああああっ!?」
信じたいけど、もう無理そう。
再訂正。やっぱり僕は間違っていた。
『ゴァアアアアアアアアアアアアアアッ!』
「のぁああああああああああああああああああああっ!?」
鼻の下を伸ばして冒険者になった結果、僕はこれから、ぶち殺されようとしている。
具体的には巨大野猿のモンスター、『シルバーバック』の
駆け出し冒険者でも手も足も出ない強敵に、ボッコボッコのギッタギッタにされて、バリバリと無惨に
これはもう、完全に詰みだ。
浅はかでちょっぴり助平な僕の
ハーレム形成のための出会いなんかを目指した僕は馬鹿野郎だった。
モンスター乱獲ならぬ
これまで数え切れない死者を出てきたダンジョンにそれを求めた時点で、僕の命運は終わっていたのだ。
あぁ戻りたい。いい歳こいて瞳をキラキラさせながら、ギルドで冒険者登録をした僕自身を撲殺するために、あの時に戻りたい。
戻れるわけがなく、僕を撲殺するのは目を血走らせた野猿である。
『ガァアッ!』
『ガァアアアアアッ!』
「っ!?」
二匹のシルバーバックが
「く、くそおっ」
僕もまた、ごろごろとダンジョンの床を転がって難を逃れる。
『ガァア……』
『ガァアアアアアァァ……』
「な、なんでこんなところにシルバーバックが……」
尻もちをついた態勢で、みじめに後ずさった。
無様が過ぎる体たらく。はじめから僕には、お伽噺に出てくるような英雄になる資格はなかったらしい。
背中に固いものがぶつかる。壁だ。すなわち行き止まり。僕はカチカチと歯を鳴らしながら、真っ赤な目をした二匹の野猿を見仰いだ。
(あぁ、終わった……終わってしまった……)
生臭い獣の匂いに
自分より一回りも二回りも大きい体を見上げ、僕はもはや笑うことしかできなかった。
──結構、女の子との出会いは訪れなかった。
ハーレムなんて無理だったのだと、僕の瞳は飛びかかってくるモンスター達の姿を映す。
次の瞬間、怪物達の首に一閃が走った。
「え?」
『ギ?』
『ア゛ー?』
僕はシルバーバック達と一緒に間抜けな声を発した。
走り抜けた線は首だけを切断し、二つの頭部がボールのように飛んでいく。切断面から大量の血のシャワーが吹き出す中、金色の光が見えた。
ややあって、動きを止めた胴体二つが、ぐらりと倒れ込んできた。腰を抜かしてしまった僕は押し倒され、視界が赤黒く染まった。
「ぎゃぬわああああああああああああっ!?」
臭い巨体と汚らしい液体の中でもがき苦しむ中、上手く息ができず、意識が遠のいていった。このまま窒息死待ったなしか。そう思われた瞬間、不意に視界が拓けて圧迫感も消えた。頭上で発生した爆音の直後、巨体が高速で飛んでいき、壁に叩きつけられたのが見えた。
全身が真っ赤に染まったまま、僕は呆然と時を止める。
「……」
グルグルと回る視界の中で見えたのはエルフ耳だった。ぼやけて顔はよく見えなかったけど、絶対に美人だという妙な確信があった。だってエルフだし。妖精だし美しいに決まっている。背後にはこれまたエルフの
(……ぁ)
僕はヨロヨロとほふく前進した。
とにかくお礼を言ってお近付きにならなければ。これが運命の出会いなのだと信じて疑わず、彼女の前に跪いて、腹から声を出した。
「えっ、エルフの女神様、ありがとうごさいまあああああああああァァァ──」
「──汚らしい顔で近づいてくるな! 穢らわしい兎が!」
叫び終わる前に、ゴッッッ──と脳天に衝撃が来た。それは拳骨だった。生命としての格の違いを思い知らせてくるような、凄まじい
「ぎゃふっ!?」
僕は気を失った。