「モノが届かなくなる」はずだったのに…?物流2024年問題

「モノが届かなくなる」はずだったのに…?物流2024年問題
「トラックドライバーの労働規制でモノが運べなくなる」。
いわゆる“物流の2024年問題”が連日のように叫ばれていた去年。

大阪に住むわたしも市場などを取材するなかで「遠方からの荷物の中には、届かないものが出てくる」と不安の声をあげる人に出会うなど、“物流現場がパニック状態”になるのではないかと心配していました。

しかし、1年たった今でも、わたしが通うスーパーでは変わらず「宮城県産の鮭」や「熊本県産のトマト」など遠く離れた場所でとれた鮮魚や野菜がいつもと変わらず店頭に並び、“より取り見取り!”です。

なぜ、今も変わらず便利な生活を送れているのか?
何が起きているのかを知りたいと、物流現場を取材しました。
(大阪放送局 ディレクター 國村 恵)

あれから1年 「身の回りで影響がほとんどない」

まず訪ねたのは、1年前に影響を懸念していた大阪の市場。さぞ混乱しているかと思いきや…
鮮魚の卸売業者
「思ったより通常通りには動いていますね」
青果の卸売業者
「これまで届いていたものは、変わりなく入ってきている」
危惧されていた影響はあまり出ていませんでした。

中小零細の運送会社 行ってみると…

なぜなのか?続いて、市場などに商品を運ぶ運送会社に話を聞くことにしました。
大手の運送会社が気にしていたのは、去年4月から始まった労働時間の規制です。
それまで実質無制限だった年間の時間外労働は960時間までに。
拘束時間もこれまでより短く設定されるなど、制限が厳しくなりました。

ただ、運送会社の9割以上を占める中小零細事業者に詳しく話を聞いていくと、特に長距離輸送を担う会社では、「このままでは労働時間を守れない」、「すでに労働時間を守れていないドライバーも複数いる」という実情を打ち明けてくれました。

どうにか労働規制を守ろうとするが…

なぜ、新たに規制を設けたにも関わらず、労働時間を守れないままなのか?
関西のある運送会社が取材に応じてくれました。この会社では、30人ほどのドライバーが働いています。

取材した3月は、運送業界にとっては繁忙期で、労働時間の管理に追われていました。昨年度、新たに設けられた労働規制の制限を超えてしまう状況に追い込まれていたのです。
関西の運送会社 社長
「守れるようにしたいのはしたいです。でもできるかというと。960時間を守りたいですが…本当に限界というか」

労働規制を守れない―要因は「長時間の荷待ち」

ドライバーが労働時間を減らせない理由を探ろうと、この会社で働くドライバーの加藤さん(仮名)に同行しました。
この日、朝5時から勤務していた加藤さんは、午前中の仕事を終えた後、荷物を受け取る現場までトラックを走らせていました。ある荷主のもとに到着したのは午後1時47分。荷主からは受け取り時間が設定されていないため、荷物ができるまで待機する「荷待ち」が発生し始めます。
ドライバー加藤さん(仮名)
「早いところ風呂入って 晩飯食べてゆっくりしたいですね」
荷主から、いつ電話がかかってくるかがわからないため、この場所から離れるわけにもいかず、近くで待機し続けるしかないといいます。途中、座ったまま仮眠を取ろうとしていましたが、「電話が気になって休もうにも休めない」「ずっとトラックに座った同じ姿勢なので腰が痛くなる」と言い、頻繁に電話や時計をチェックしていました。
一緒に「荷待ち」をすること、3時間16分。
ようやく荷主から、荷物ができたことを知らせる電話がかかってきました。

電話が鳴った時は、私までホッとした気持ちになりました。いつまで待てばいいかわからない状況は思った以上にストレスで、例えるなら、友達と遊ぶ約束をしているのに、待ち合わせ場所に着いても、いつになっても連絡が来ない、といった時間でした。
長時間、狭い車内で待ち続けることは思った以上に負担がかかり、ぐったりしました。
こうした長時間の荷待ちを、毎日のように強いられるという加藤さん。
年間の荷待ち時間の合計は約600時間にも及び、労働時間を減らせない大きな要因となっています。会社は、荷主に対して、荷待ち時間を減らしてほしいと訴えていますが、「荷物ができる時間は毎日違うので、対応はなかなか難しい」と言われ続けているそうです。

先月、業界団体が公表した事業者アンケートによると、去年から始まった労働規制に関して「守れていない基準がある」と答えた事業者は約3割。そのうち半数近くが「荷待ち時間が長いこと」を理由に挙げています。

労働時間を減らすことができない

一方で、会社で働くドライバーたちに話を聞くと、労働時間を減らせずにいる背景には、「給与」の問題も大きいことが分かってきました。
トラックドライバーの多くは歩合制で、この会社でも仕事の数が多ければ多いほど、給与は増えます。労働時間を減らすには、仕事の回数も減らす必要がありますが、給与も下がってしまうため、「生活」への影響を懸念していたのです。

10年前、結婚を機に、比較的稼ぎのいい長距離ドライバーに転向したという藤田さん(仮名)。この日、千葉県での仕事を終え、関西の自宅に帰るのは4日ぶりだと言います。同行させてもらうと、家で待っていたのは、妻と3人の娘でした。
仕事で家を空けることが多く、一緒に過ごせる時間は限られていますが、藤田さんはせめて娘たちには不自由ない生活を送らせてあげたいと思っています。
そのために習い事や勉強など、自分のやりたいことをできる環境を作ってあげるのが、親としてできることだと考えていると話してくれました。
ドライバー藤田さん(仮名)
「子どもたちの選択肢は増やしてあげたい。親としてできるのは金銭面でのサポート、応援しかできないので」
ただ、新たな労働規制を守るためにトラックに乗る回数を減らすと、藤田さんの給与は計算では月7万円程度減ることになります。

藤田さんは、労働時間が減るのであれば、1運行あたりの賃金の単価をあげてほしいと考えていますが、現時点で単価は上がっていません。稼ぎを維持するには、長時間走り続けるしかなく、難しい選択に迫られています。
ドライバー藤田さん
「やっぱり子どもが小さいっていうのがあるからまだまだお金がかかる。もっと賃金あげてもらわないと、やっぱり生活はしんどい」
全国的にドライバーの人手不足が叫ばれる中、藤田さんの勤める会社の社長は、ドライバーの給与を下げれば、退職する人が増えてしまうと懸念しています。

またドライバーの働く時間を減らせば、会社の売り上げ自体も減ることになり、経営的にも労働時間を減らすことは決して簡単なことではないと言います。

運賃アップを交渉するものの…標準的な運賃にはほど遠い

会社の売り上げを落とすことなく、ドライバーの賃金を増やしたいと、この1年、会社が積極的に取り組んできたのが、荷主への運賃交渉です。目指しているのは国が定めた「標準的運賃」と同水準の金額まで引き上げてもらうこと。この金額を受け取ることができれば、運送会社は労働時間を遵守しながら、安定して経営を続けることができます。

例えば、近畿地方の運送会社の場合、大型トラックを使って、関西から東京まで荷物を運ぶ際の、標準的運賃は16万2120円です。
ところが…、この会社が受注する仕事で、支払われるのは7万5000円から8万円程度。標準的運賃の半額にも満たない金額が、常態化していると言います。
関西の運送会社 社長
「実際そんな運賃(標準的運賃を)もらっている運送会社は、自分たちのまわりではいない。荷主に出してくれと言ったら笑われそうやね、“なに言ってはるんですか”って。そんなの難しいね」
業界団体のアンケートでも、標準的運賃の7割以下しか支払われていないという事業者が半数以上を占めているのが実情です。
なぜここまで運賃が低いのか。背景に1つにあるのが業界特有の「多重取引構造」です。実はこの会社は荷主から直接、業務を依頼される「元請け」から配送を請け負う形で荷物を運んでいます。運賃は1次、2次になるにしたがって、安くなっていくため、値上げを要求しても希望した運賃に届かないというのです。
運賃が思うように上がらない背景には、長年続いてきた荷主と運送会社の関係性があります。
1990年、バブル期で増えた物流量をまかなうことなどを理由に、規制緩和が行われ、新たな運送事業者が参入しやすくなりました。

その結果、当時、約4万いた事業者は右肩上がりで増え続け、2007年には1.5倍の6万3000以上に増加。
運送会社の間で荷物の奪い合いが起こり、運賃を値引いたり、積み降ろしなど運送以外のサービスを引き受けたりと、過当競争が続きました。

こうした構造はいまだに無くなっていないため、他の会社に荷物が取られる懸念などからなかなか運賃を上げられず、コストがかかる労働規制への対策が十分に進んでいません。このままではドライバーや運送会社がしわ寄せがいく構図が続いてしまうことが懸念されるのです。

国土交通省担当者に聞く「物流は維持できるのか?」

運送会社の取材から見えてきた、労働時間の規制を守ろうとすることで追い詰められていくドライバーたちの姿。運送会社に負担が偏る現状はどうすれば変えられるのか。そして、私たちの生活を支える物流はこのまま維持し続けられるのか。2024年問題の対策にあたる国土交通省の担当者に受け止めと今後の対策を問いました。
国土交通省貨物流通事業課 三輪田優子課長
「これまでの物流業界は、長時間運転してたくさんお金を稼ぐという、極めてタフなドライバーに頼ってきた面があるが、いまは、今後の人口減少や、そういう働き方が若い世代の価値観に合わなくなってきているという全体の傾向がある。そうした変化を踏まえて制度改正をしてきたが、まだ物流の仕組み全体として時代や価値観の変化に対応しきれていない。今ここで手を打っておかなければ、今後ますます深刻な問題になっていくと考えている」
では、どんな手を打っていくのか。
三輪田課長は運送会社を悩ませる“長時間の荷待ち”について、
荷主への対策をさらに強化する考えを示しました。
国土交通省貨物流通事業課 三輪田優子課長
「取引全体で見れば、荷主などは最も優越的な地位にあり、全体を把握して統制できる立場にいる。来年4月からは大規模な荷主に対して、運送の中長期計画を定期的に国に報告することや、本社の役員クラスから責任者を選任することが強制の義務になる。荷主にも真剣に向き合ってもらうことでその影響力が中小事業者にも波及していく効果を期待している。今後、さらに状況が深刻になった場合には、次のステップということもありうる」
さらに“上がらない運賃”については、業界特有の構造を見直す必要性にも言及しました。
国土交通省貨物流通事業課 三輪田優子課長
「必ずしも標準的運賃で契約ができていないことは承知していて、少しでも近づくよう取り組んでいる。現在は元請けの運送事業者に支払った運賃の中から、1次、2次と間に入った運送事業者に手数料を取られて、実際に荷物を運ぶ事業者やドライバーが適正な運賃を受け取れない“多重取引構造”が大きな要因の1つとなっていて、この構造を是正する必要がある。あまりに低い運賃のままで物流全体の存続が脅かされるという事態になるのであれば、いまの規制のあり方も考えないといけない」

取材を終えて

1年経って改めて物流業界を取材しましたが、これまで価格交渉ができなかった運送会社が、荷主に対して運賃の交渉を始めたり、荷主が運送会社の労働時間を心配したりと、変化もありました。

しかし、今も運送会社の置かれた立場や構造は「大きくは変わっていない」というのが実感です。

労働規制が厳しくなる中で、「昨年、長距離輸送から撤退した」という運送会社の社長に出会いました。厳密にルールを守ろうと、運賃交渉を続けましたが荷主に何度も断られ、気づけばこれまで請け負っていた仕事は、別の運送会社に渡っていたと言います。

会社は赤字に陥り、「正直者がバカを見る」状況では事業を続けるのは難しいと憤っていました。

こうした会社が増えるような事態になれば、安値競争は続き、ドライバーの労働環境は改善されません。いつか本当にものが届かなくなる日がくるのではないかと不安になりました。これから、物流改革がどうなっていくのか、取材を続けたいと思います。
経済部記者
當眞 大気
2013年入局
沖縄局、山口局を経て現所属
大阪放送局 ディレクター
國村 恵
2020年入局 
昨年から物流の取材を開始。
スーパーで野菜や果物の産地をくまなくチェック。日々「トラック輸送」に支えられていることを実感しています。
「モノが届かなくなる」はずだったのに…?物流2024年問題

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「モノが届かなくなる」はずだったのに…?物流2024年問題

「トラックドライバーの労働規制でモノが運べなくなる」。
いわゆる“物流の2024年問題”が連日のように叫ばれていた去年。

大阪に住むわたしも市場などを取材するなかで「遠方からの荷物の中には、届かないものが出てくる」と不安の声をあげる人に出会うなど、“物流現場がパニック状態”になるのではないかと心配していました。

しかし、1年たった今でも、わたしが通うスーパーでは変わらず「宮城県産の鮭」や「熊本県産のトマト」など遠く離れた場所でとれた鮮魚や野菜がいつもと変わらず店頭に並び、“より取り見取り!”です。

なぜ、今も変わらず便利な生活を送れているのか?
何が起きているのかを知りたいと、物流現場を取材しました。
(大阪放送局 ディレクター 國村 恵)

あれから1年 「身の回りで影響がほとんどない」

まず訪ねたのは、1年前に影響を懸念していた大阪の市場。さぞ混乱しているかと思いきや…
鮮魚の卸売業者
「思ったより通常通りには動いていますね」
青果の卸売業者
「これまで届いていたものは、変わりなく入ってきている」
危惧されていた影響はあまり出ていませんでした。

中小零細の運送会社 行ってみると…

中小零細の運送会社 行ってみると…
なぜなのか?続いて、市場などに商品を運ぶ運送会社に話を聞くことにしました。
大手の運送会社が気にしていたのは、去年4月から始まった労働時間の規制です。
それまで実質無制限だった年間の時間外労働は960時間までに。
拘束時間もこれまでより短く設定されるなど、制限が厳しくなりました。

ただ、運送会社の9割以上を占める中小零細事業者に詳しく話を聞いていくと、特に長距離輸送を担う会社では、「このままでは労働時間を守れない」、「すでに労働時間を守れていないドライバーも複数いる」という実情を打ち明けてくれました。

どうにか労働規制を守ろうとするが…

なぜ、新たに規制を設けたにも関わらず、労働時間を守れないままなのか?
関西のある運送会社が取材に応じてくれました。この会社では、30人ほどのドライバーが働いています。

取材した3月は、運送業界にとっては繁忙期で、労働時間の管理に追われていました。昨年度、新たに設けられた労働規制の制限を超えてしまう状況に追い込まれていたのです。
関西の運送会社 社長
「守れるようにしたいのはしたいです。でもできるかというと。960時間を守りたいですが…本当に限界というか」

労働規制を守れない―要因は「長時間の荷待ち」

ドライバーが労働時間を減らせない理由を探ろうと、この会社で働くドライバーの加藤さん(仮名)に同行しました。
この日、朝5時から勤務していた加藤さんは、午前中の仕事を終えた後、荷物を受け取る現場までトラックを走らせていました。ある荷主のもとに到着したのは午後1時47分。荷主からは受け取り時間が設定されていないため、荷物ができるまで待機する「荷待ち」が発生し始めます。
ドライバー加藤さん(仮名)
「早いところ風呂入って 晩飯食べてゆっくりしたいですね」
荷主から、いつ電話がかかってくるかがわからないため、この場所から離れるわけにもいかず、近くで待機し続けるしかないといいます。途中、座ったまま仮眠を取ろうとしていましたが、「電話が気になって休もうにも休めない」「ずっとトラックに座った同じ姿勢なので腰が痛くなる」と言い、頻繁に電話や時計をチェックしていました。
一緒に「荷待ち」をすること、3時間16分。
ようやく荷主から、荷物ができたことを知らせる電話がかかってきました。

電話が鳴った時は、私までホッとした気持ちになりました。いつまで待てばいいかわからない状況は思った以上にストレスで、例えるなら、友達と遊ぶ約束をしているのに、待ち合わせ場所に着いても、いつになっても連絡が来ない、といった時間でした。
長時間、狭い車内で待ち続けることは思った以上に負担がかかり、ぐったりしました。
こうした長時間の荷待ちを、毎日のように強いられるという加藤さん。
年間の荷待ち時間の合計は約600時間にも及び、労働時間を減らせない大きな要因となっています。会社は、荷主に対して、荷待ち時間を減らしてほしいと訴えていますが、「荷物ができる時間は毎日違うので、対応はなかなか難しい」と言われ続けているそうです。

先月、業界団体が公表した事業者アンケートによると、去年から始まった労働規制に関して「守れていない基準がある」と答えた事業者は約3割。そのうち半数近くが「荷待ち時間が長いこと」を理由に挙げています。

労働時間を減らすことができない

一方で、会社で働くドライバーたちに話を聞くと、労働時間を減らせずにいる背景には、「給与」の問題も大きいことが分かってきました。
トラックドライバーの多くは歩合制で、この会社でも仕事の数が多ければ多いほど、給与は増えます。労働時間を減らすには、仕事の回数も減らす必要がありますが、給与も下がってしまうため、「生活」への影響を懸念していたのです。

10年前、結婚を機に、比較的稼ぎのいい長距離ドライバーに転向したという藤田さん(仮名)。この日、千葉県での仕事を終え、関西の自宅に帰るのは4日ぶりだと言います。同行させてもらうと、家で待っていたのは、妻と3人の娘でした。
仕事で家を空けることが多く、一緒に過ごせる時間は限られていますが、藤田さんはせめて娘たちには不自由ない生活を送らせてあげたいと思っています。
そのために習い事や勉強など、自分のやりたいことをできる環境を作ってあげるのが、親としてできることだと考えていると話してくれました。
ドライバー藤田さん(仮名)
「子どもたちの選択肢は増やしてあげたい。親としてできるのは金銭面でのサポート、応援しかできないので」
ただ、新たな労働規制を守るためにトラックに乗る回数を減らすと、藤田さんの給与は計算では月7万円程度減ることになります。

藤田さんは、労働時間が減るのであれば、1運行あたりの賃金の単価をあげてほしいと考えていますが、現時点で単価は上がっていません。稼ぎを維持するには、長時間走り続けるしかなく、難しい選択に迫られています。
ドライバー藤田さん
「やっぱり子どもが小さいっていうのがあるからまだまだお金がかかる。もっと賃金あげてもらわないと、やっぱり生活はしんどい」
全国的にドライバーの人手不足が叫ばれる中、藤田さんの勤める会社の社長は、ドライバーの給与を下げれば、退職する人が増えてしまうと懸念しています。

またドライバーの働く時間を減らせば、会社の売り上げ自体も減ることになり、経営的にも労働時間を減らすことは決して簡単なことではないと言います。

運賃アップを交渉するものの…標準的な運賃にはほど遠い

会社の売り上げを落とすことなく、ドライバーの賃金を増やしたいと、この1年、会社が積極的に取り組んできたのが、荷主への運賃交渉です。目指しているのは国が定めた「標準的運賃」と同水準の金額まで引き上げてもらうこと。この金額を受け取ることができれば、運送会社は労働時間を遵守しながら、安定して経営を続けることができます。

例えば、近畿地方の運送会社の場合、大型トラックを使って、関西から東京まで荷物を運ぶ際の、標準的運賃は16万2120円です。
ところが…、この会社が受注する仕事で、支払われるのは7万5000円から8万円程度。標準的運賃の半額にも満たない金額が、常態化していると言います。
関西の運送会社 社長
「実際そんな運賃(標準的運賃を)もらっている運送会社は、自分たちのまわりではいない。荷主に出してくれと言ったら笑われそうやね、“なに言ってはるんですか”って。そんなの難しいね」
業界団体のアンケートでも、標準的運賃の7割以下しか支払われていないという事業者が半数以上を占めているのが実情です。
なぜここまで運賃が低いのか。背景に1つにあるのが業界特有の「多重取引構造」です。実はこの会社は荷主から直接、業務を依頼される「元請け」から配送を請け負う形で荷物を運んでいます。運賃は1次、2次になるにしたがって、安くなっていくため、値上げを要求しても希望した運賃に届かないというのです。
運賃が思うように上がらない背景には、長年続いてきた荷主と運送会社の関係性があります。
1990年、バブル期で増えた物流量をまかなうことなどを理由に、規制緩和が行われ、新たな運送事業者が参入しやすくなりました。

その結果、当時、約4万いた事業者は右肩上がりで増え続け、2007年には1.5倍の6万3000以上に増加。
運送会社の間で荷物の奪い合いが起こり、運賃を値引いたり、積み降ろしなど運送以外のサービスを引き受けたりと、過当競争が続きました。

こうした構造はいまだに無くなっていないため、他の会社に荷物が取られる懸念などからなかなか運賃を上げられず、コストがかかる労働規制への対策が十分に進んでいません。このままではドライバーや運送会社がしわ寄せがいく構図が続いてしまうことが懸念されるのです。

国土交通省担当者に聞く「物流は維持できるのか?」

国土交通省担当者に聞く「物流は維持できるのか?」
運送会社の取材から見えてきた、労働時間の規制を守ろうとすることで追い詰められていくドライバーたちの姿。運送会社に負担が偏る現状はどうすれば変えられるのか。そして、私たちの生活を支える物流はこのまま維持し続けられるのか。2024年問題の対策にあたる国土交通省の担当者に受け止めと今後の対策を問いました。
国土交通省貨物流通事業課 三輪田優子課長
「これまでの物流業界は、長時間運転してたくさんお金を稼ぐという、極めてタフなドライバーに頼ってきた面があるが、いまは、今後の人口減少や、そういう働き方が若い世代の価値観に合わなくなってきているという全体の傾向がある。そうした変化を踏まえて制度改正をしてきたが、まだ物流の仕組み全体として時代や価値観の変化に対応しきれていない。今ここで手を打っておかなければ、今後ますます深刻な問題になっていくと考えている」
では、どんな手を打っていくのか。
三輪田課長は運送会社を悩ませる“長時間の荷待ち”について、
荷主への対策をさらに強化する考えを示しました。
国土交通省貨物流通事業課 三輪田優子課長
「取引全体で見れば、荷主などは最も優越的な地位にあり、全体を把握して統制できる立場にいる。来年4月からは大規模な荷主に対して、運送の中長期計画を定期的に国に報告することや、本社の役員クラスから責任者を選任することが強制の義務になる。荷主にも真剣に向き合ってもらうことでその影響力が中小事業者にも波及していく効果を期待している。今後、さらに状況が深刻になった場合には、次のステップということもありうる」
さらに“上がらない運賃”については、業界特有の構造を見直す必要性にも言及しました。
国土交通省貨物流通事業課 三輪田優子課長
「必ずしも標準的運賃で契約ができていないことは承知していて、少しでも近づくよう取り組んでいる。現在は元請けの運送事業者に支払った運賃の中から、1次、2次と間に入った運送事業者に手数料を取られて、実際に荷物を運ぶ事業者やドライバーが適正な運賃を受け取れない“多重取引構造”が大きな要因の1つとなっていて、この構造を是正する必要がある。あまりに低い運賃のままで物流全体の存続が脅かされるという事態になるのであれば、いまの規制のあり方も考えないといけない」

取材を終えて

1年経って改めて物流業界を取材しましたが、これまで価格交渉ができなかった運送会社が、荷主に対して運賃の交渉を始めたり、荷主が運送会社の労働時間を心配したりと、変化もありました。

しかし、今も運送会社の置かれた立場や構造は「大きくは変わっていない」というのが実感です。

労働規制が厳しくなる中で、「昨年、長距離輸送から撤退した」という運送会社の社長に出会いました。厳密にルールを守ろうと、運賃交渉を続けましたが荷主に何度も断られ、気づけばこれまで請け負っていた仕事は、別の運送会社に渡っていたと言います。

会社は赤字に陥り、「正直者がバカを見る」状況では事業を続けるのは難しいと憤っていました。

こうした会社が増えるような事態になれば、安値競争は続き、ドライバーの労働環境は改善されません。いつか本当にものが届かなくなる日がくるのではないかと不安になりました。これから、物流改革がどうなっていくのか、取材を続けたいと思います。
経済部記者
當眞 大気
2013年入局
沖縄局、山口局を経て現所属
大阪放送局 ディレクター
國村 恵
2020年入局 
昨年から物流の取材を開始。
スーパーで野菜や果物の産地をくまなくチェック。日々「トラック輸送」に支えられていることを実感しています。

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