神々があの時の再現であるかのように、ドン引きしていた。
ベル達が少女を癒していた同時刻、普段
正義と銘打ってはいるがだいたい神というのはいい加減で、へらへら笑いながら下界の娯楽を漁っているような、ぶっちゃけろくでなしばかりである。
そんな神々が今だけは真顔になっていた。
いつもの余裕は欠片もなく、中にはあからさまに怯えて震えている者さえいる。
彼ら彼女らの視線は一点に集中していた。
「キビキビー!!」
ミアハがキビキビ踊っていた。端正な顔つきに反する珍妙な踊りは、逆に妙な迫力を生んでいた。
ミアハは神々に茶菓子として提供された餅を一番最初に食べてしまった。
当然ながらこの餅はウツロイドの神経毒入りの『くさりもち』である。
傍目からは突然狂ったとしか思えないミアハだが、全知零能の神々はすぐに餅が原因であると気づいていた。
こちらを出荷される豚を見るような目で見つめる、ロキやフレイヤ達が首謀者であることも。
……アストレアだけは羨ましそうに身体をうずうずさせているのは、見なかった事にしよう。
「あ、あのー? フレイヤ様? これはいったいどういうおつもりで?」
一人の男神が媚びるような猫撫で声でフレイヤに訊ねる。
「そのことについては僕達が説明しよう」
フレイヤが答える前に、大扉を開いて
「【
「うちらが許可した。文句は誰にもいわせん」
驚く女神の一柱に、ロキが問答無用でいい伏せる。
「神々の場を荒らしてしまい申し訳ない。だが、僕達がこの場に来たという意味を理解して欲しい」
「時間がない。手早く話を済ませるぞ」
形だけでも謝罪するフィンと対照的に、神々相手でもヘディンが傲岸不遜に接してくる。
怒っても良い場面であるが、むしろこの二人がこの場に現れた事で確信してしまった。
あっ、これ絶対にアカン奴だ……。
「僕、お腹が痛いんで早退します!」
「今も懸命に
「ちょっと大事な用事を思い出したわ」
口々に適当な事をいって、この場から神々が去ろうとする。
それを見逃すロキではなかった。
「おどれら、この場から離れたら
「あっ、急にポンポンペイン治った!」
「よく考えたらあの子達は立派な冒険者だ。大丈夫だ、心配ない」
「大事な用事、ないなったわ」
手の平くるくるで言葉を返す。この場にいる神達はロキの言葉が嘘偽りない本音だと理解した。
それほどまでにロキは殺気立っていて、天界にいた頃の尖り切っていたトリックスターそのものだった。
あんな屈辱的なキビキビダンスを踊らされたのだ。
アイズの家出騒動もありどうにか立ち直れたが、こいつら全員キビキビさせないと腹の虫が収まらない。
ロキはほとんど八つ当たりで、全員不幸になれといわんばかりにキビキビさせようとしていた。
「さて、誰も文句がないみたいだ。早速だけど今の状況を説明させてもらおう」
「キビキビー!!」
キビキビ踊るミアハを顧みることもなく、フィンが平然と話し始める。
普段目の敵にしているディアンケヒトですら貶すことなく「……ミ、ミアハ」と絶句していた。
「ベル・クラネルとポケモンについてはすでにロキ達から説明を受けているね」
「あの『静寂』の息子っていうヤベー奴な」
「ポケモンも実物見せられたら信じるしかないわよねえ」
アストレアの隣で暢気に欠伸をしているウインディに神々の視線が集まる。
アリーゼからモンスターボールを借りてきたのだが、ウインディはアストレアをヒエラルキーの最上位層だと思っているので、大人しくいうことを聞いていた。
なお、リューに関しては未だにいうことを聞くどころか馬鹿にしている。
「こんな状況じゃなきゃ、まさしく異界の未知だ! って楽しめたんだけどなあ……」
「どちらにせよ俺らモブ神が手を出したら、お母さんに消し飛ばされちゃうZE!」
「完治したアルフィアとか、毒が反転したザルドとかチートにもほどがある。ナーフしろよナーフ!」
にわかに騒ぎ始める神々だが、ロキに睨まれすぐに静かになった。
「手元にある『くさりもち』はベルが提供してくれたものだ。効果は強力な洗脳。キビキビ踊り出す副作用があるけど、なんでも自白してくれる便利なお餅だよ。ここまでいえば聡明な神なら理解してくれるね?」
「反論も抵抗も許さん。食え」
情けも容赦もないヘディンの言葉に、逃げ場のない神々が震えだす。
だが、神の中でも良識派であるヘファイストスが流石に強行過ぎると口を挟んだ。
「……それが必要なのは理解できるわ。あんなヘンテコな踊り、本来なら絶対にお断りだけど、裏切者を炙り出すには仕方ないと受け入れられる。でも、何故そんなに性急なの? もう少し段階を踏んでもいいんじゃないかしら」
「すまんな、ヘファイストス。その時間すら惜しい事態が起こっているのだ」
「ガネーシャがいつになくまともに喋っている!? そんなに状況は悪いの!?」
「いや、逆だ。絶好のチャンスを逃さないために、今すぐ誰が完全な味方か判断しないといけないんだよ」
一周回って様子がおかしいと判断されたガネーシャに慌てふためくヘファイストスに、ヘルメスが補足を入れた。
「神出鬼没の
フィンが懐に忍ばせている
「…………えっ? マジ?」
「やっぱキビキビさせて見つけたん?」
「うわ……マジでやべー餅だろ、これ」
「ポケモンは怖い生き物です!」
「誰だ今の」
ベルが協力を申し出てからこんな極短期間で大きすぎる成果が出た。
そのことに神々も戦慄を禁じ得ない。異界の未知に慄く。
ここが正念場だとフィンが更に畳みかける。
「『くさりもち』の効果の絶大さと恐ろしさはこれでわかっただろう。だからこそ、食べることに忌避感を覚えるのは仕方ない。だが、裏切者を炙り出す以外の用途で貴方方に使用しない。例えロキの命令であろうと、
「いや、嘘はいってないのはわかるよ。でもなあ……」
「流石にキビキビするのはねえ……」
それでも難色を示す神々に、ヘディンが静かに切れる。
「……貴様ら。フレイヤ様でさえ、あの忌々しい洗脳餅を食されたのだぞ。なのに有象無象の木っ端神がのうのうと食べないことを許されると思っているのか?」
「えっ……? マジ? フレイヤ様キビキビしたん!?」
「やばい……想像するだけで胸が熱くなってきた」
「ちょ、ちょっとまた食べて貰ってもいいですか?」
「殺す」
「「「すいませんでしたあああああああ!!」」」
膨大な魔力を迸らせ悪鬼もかくやというキレ顔をするヘディンに、男神達が這いつくばって許しを請うた。
それでも下種さを隠しきることはできず、顔がにやけている。
ヘディンは本気で殺してやろうかと思った。
「やめなさい、ヘディン」
ロキとは異なりいつも通りの平静な態度で、フレイヤがヘディンを窘める。
ヘディンは神意に従い杖をしぶしぶ下げた。それでもなお卑しい男神への嫌悪がありありと顔に出ている。
これ以上狼藉が過ぎるなら女神の言葉に反してでも消すと目で語っていた。
女性と見紛うほどの美貌を悪鬼に変えたヘディンに、さしもの男神達もにやけ面を引っ込めた。
「ヘディンのいう通り、この場を設けた五人の神は『くさりもち』をすでに食した。率先して洗脳のリスクに身を晒してくれたんだ」
「うちらも食うたのに、まさかこの場に食わんちゅう薄情な奴はおらんよなあ?」
駄目押しとばかりにフィンとロキが笑顔で脅しに掛かる。とりわけロキは断れば殺すと言外に告げていた。
もはや神々に逃げ場はなかった。
「キビキビー!」
でも、ミアハのようにキビキビするのは嫌だった。
自分達に危険が及ばないのなら、今頃ミアハをゲラゲラ笑い者にしていたのに最悪だった。
そう考える神の品性の方が最悪である。
「だ、誰か……この状況を打開できる神はいないの?」
「ロキやフレイヤ様に食ってかかれる神なんてそんなのいない……はっ!?」
一柱の男神が何かに気づき、一柱の女神に視線を遣る。
その先には仏頂面で黙り込んでいるイシュタルがいた。
普段フレイヤを敵視しているイシュタルなら、反抗してこの場を有耶無耶にできるのではないか?
「イシュタル様ァ!! イシュタル様は俺達にとっての新たな光だ!」
「それでもイシュタル様なら、フレイヤ様に対抗心メラメラのイシュタル様ならきっと何とかしてくれる……!」
「イシュタル様を信じる者は救われる……!」
一縷の希望を求めて女神イシュタルに神々の視線が集まる。
だが肝心のイシュタルは何の反応も返さなかった。目を瞑って黙り込んでいる。
……いや、違う。なんだかぷるぷる震えているぞ。
瞼がぴくぴく痙攣し、口元を歪ませている。
そしてとうとう決壊した。
「…………ぷっ。はは、あはははははは! はははははははははははははは!!」
イシュタルは狂ったように笑い始めた。
他の神が唖然とする中、目の端に涙を浮かべ、品性を何処かに置いてきたかのように爆笑した。
「フ、フレイヤが……あのすました貌で自分が美の女神の頂点だと思ってるような女が……。ぶ、無様にキビキビ踊って……ぶほっ!! げほっ、ふは、ははははは!!」
「しかも男欲しさに自分から進んで食いおったんやでー」
「くは、はははははははは!! や、やめろロキ。これ以上笑わせるな!」
ロキに新情報を与えられ、更にイシュタルが笑い転げる。
頼みの綱の女神の痴態に、他の神々が呆然とすることしかできなかった。
「…………ふう。笑い過ぎて死ぬかと思ったぞ」
「……遠慮容赦なく笑ってくれたわね」
長い時間をかけてようやく笑いが収まったイシュタルに、さしものフレイヤも少しだけ不貞腐れた表情で恨み言をいう。
「は! これが笑わずにいられるか! 男欲しさに美の女神の矜持も品性も投げ捨てたのだぞ。こんな女と張り合っていたことが馬鹿に思えてくるわ」
イシュタルがフレイヤや静かにバチグソにキレてるヘディンに不敵に嘲笑う。
先ほどの爆笑を棚に上げての発言である。
しかし、いつもフレイヤへの嫉妬で苛立っていた美貌が、今はどこか晴れ晴れとしていた。
だからこそ柄にもなくこんなことを言い出したのかもしれない。
「面白い話を聞かせて貰った礼だ。個室でアストレア辺りが見届け神となるのなら、その餅を食べてもいいぞ」
「えっ!? 本気で仰ってるのですか、イシュタル様!?」
「嘘だろ、おい!?」
先陣切って食べると言い出したイシュタルに神々が悲鳴を上げる。
あのプライドが天よりも高いイシュタルが、いの一番に食べるといい始めるとは思わなかったのだ。
「ヘスティア達三大処女神程じゃないけれど、魅了の効きにくい私なら確かに適任ね。いいわ、別室に移りましょう、イシュタル」
「フレイヤはもちろんの事だが、こいつらにも見られたくはないからな」
混乱の最中にある神達をほったらかして、アストレアとイシュタルはさっさと餅を片手に広間から出て行ってしまった。
「……………………どうすんだ、これ」
まさかまさかのイシュタルの行動に、ぽつりと呟かれた一言を最後に神々が沈黙する。
もはやお通夜と化した広間に救いの神はいなかった。
たった一人を除いて。
「……こんなことはおかしい。間違っている」
民衆に人気の高い善神であるディオニュソスが、立ち上がり拳を握りしめ真剣な表情で語り掛ける。
普段優男なディオニュソスが表情を引き締めていると、異様な迫力があった。
「信じていたぞ、ディオニュソス!」
「お前はできる子だ!」
真っ向から理不尽に立ち向かおうとしているディオニュソスに、神々の目に希望の光が戻る。
彼ならやってくれると信じていたと囃し立てた。もちろんノリと勢いで乗っただけで、嘘である。
ディオニュソスはこちらを見てくる神々をゆっくり順に見渡し、腕を振りかざしながら力説した。
「
「って、そっちかーーーーーい!」
「味方に背中を刺されるとは、見抜けなかったぜ……」
善神と名高いディオニュソスがそもそも断るわけなかったのである。
神々はずっこけた。
「うむ! さすがはディオニュソス! 誇り高いその精神にガネーシャ感心!」
「ディオニュソスがええこといってくれたわー。てか、いい加減飽きたからとっとと食えや」
ロキの圧力が増し、流石にこれ以上先延ばしにすることはできないと神達が絶望する。
それでも僅かでもキビキビタイムを先延ばしにしようと、最後の悪あがきをした。
「そんなこというなら、まずディオニュソスが食って見せろよ!」
「そうだそうだー!」
「言い出しっぺの法則ってもんがあるだろ!」
野次を飛ばすしょーもない神に、ロキが「ほんまこいつら……」と額に手を当てる。
渦中のディオニュソスは避難を浴びながらも、胸を張り堂々としていた。
餅を手に取り、宣言する。
「ならば君達のいう通り、私がまず食そう。私は今から確かに痴態を晒すことになる。だが、それでもこの行為が必ず下界の安寧に繋がると信じている。だからどうか、私の後に君達も続いてくれ」
そう言い残して、ディオニュソスは禁断の餅を食した。
食してしまった。
……突然だがこの『くさりもち』、キビキビダンスと洗脳面に注目されがちだが、実は他にも突出した効能がある。
それは欲望の解放。
心の奥底で眠っている欲望や願望を引きずりだして、増大させてしまう恐ろしい効能があるのだ。
更に注入されているウツロイドの神経毒にも、理性を麻痺させ欲望のままに行動してしまう効果がある。
洗脳の効果が強すぎて普段は表出してこないが、食べたものの欲望を暴くのにも神経毒入りの『くさりもち』は最適であった。
――さて、ここに神すら酩酊させる『神酒』を飲んで下劣極まりない本性を封じ込め、心の底から善神を装っている神がいると仮定しよう。
どうすればこの神の本性を暴くことができるか?
エスパーポケモンにその神の心を読ませても善神判定が出るし、超能力で洗脳して本音を言わせても、心の底から善神になりきっているので正義の言葉しか出てこないだろう。
どうやっても本性を暴き出すことは不可能である。
しかし、この神が神経毒入りの『くさりもち』を食べるとどうなるか。
神経毒と『くさりもち』。どちらか片方だけなら『神酒』の酔いと拮抗し、辛うじて善神を装い続けることができただろう。
だが、両方を同時に摂取すれば。
答えは――。
「くひひひ……ひひひははは!! 下界に
この日、数柱の
彼らは洗脳の支配下に置かれたままにされ、泳がされることになる。
だが、遠くない未来に
彼らは裏切者の邪神として民衆に知られることになるが、その際に悪あがきをして善神であるディオニュソスが刺され送還されることになり、民衆は深く悲しむことになる。
つまり、