美神の眷属が女神そっちのけで酒場に入り浸っているのは間違っているだろうか


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作:ぴえんふー
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16話 リヴィラの街


 

 

 

 

 湖畔を撫でる静やかな風が肌に沁みる。

 大きな水面は緩やかに波立ち、湖の清廉な空気を含んだ微風がさざめく木々の音を運んでいる。

 これ以上ないほど美しく、穏やかな光景。

 

 だからこそ感じ取れる。

 

 澄み渡る眼前の幻想を濁らせる、染み付いて離れない血の気配を。

 

 大気に針が乗ったように(うごめ)く、小さな『直感(いわかん)』を。

 

「ここで戦闘が発生すると?」

「正確な所在は今のところ掴めませんが、おそらくは」

「……そう、ですか」

「……リューさん、先程から目を合わせてくれない理由を聞いても」

「理由などない」

「それ水晶ですリューさん」

「反射であなたの顔は手に取るようにわかる。問題はありません」

「眼球っていう立派な水晶がついてるのに……」

 

 だが気掛かりなのは、道中のモンスターを狩る時、今もこうしている時のこと。

 

 頑なに目を合わせようとしないリューさんのことだった。

 

「……あぁ、殴った時の怪我ならリューさんのお陰で完治してますよ。ほら」

 

 ひょい、とぴんぴんしていることを示すように右手を掲げる。

 

 すると、リューさんは余計に固まった。

 

「っ……、そうではない、ただ……」

「……?」

「…………なんでもありません。それより、このまま探索ですか」

 

 ……露骨に話を逸らされた気がするが、深くは突っ込むまい。

 

 かくいう俺も、なんとなく墓穴を掘る結果になりそうな気がしたからである。

 

 兎にも角にも、このむず痒い空気をどうにかする事から着手することが先決だ。

 

「いえ、まずは挨拶と情報共有からですね」

「挨拶……私以外の協力者がこの階層に?」

「……? そういうわけではないのですけど……ただの腐れ縁というかビジネス相手というか」

 

 取り敢えず行けばわかる、という言葉を示すように進路を取る。

 

 ……何やら険がある問いかけ方であったが、様子が妙なのは今に始まったことじゃないので、しばらく様子見するしかないだろう。

 

 目指すのはダンジョン内に唯一存在する『街』。

 位置にして階層の一角に存在する、大きな島の頂上付近にあたるか。

 アーチ状のボロボロのベニヤ板に殴り書きされた街の看板が迷宮のならず者たる冒険者を、今日も今日とて歓迎している。

 

 そこに刻まれた名には『リヴィラの街へようこそ』と描かれていた。

 

「……この街はよく利用するのですか?」

「物価は高いですけど、何かと便利ですので。俺の場合はクエスト、資金稼ぎに攻略の為の補給の手筈を整えたり。なのでなるべく顔を出すようにしています」

 

 覚えの良し悪しはあるものの、顔見知りだっていることにはいる。

 下層で取れたドロップアイテムを物々交換で交渉して、荷を減らしたり消耗品の補給や人員の拝借を行ったりすることもしばしば。

 

 階層を下れば下るほど魔石の質やドロップアイテムの価値は上がり、冒険者には発生した魔石を回収する義務がある以上、稼ぎの少ないモノはどこかで手放す必要がある。

 

 そういった意味でも、この階層の役回りというのは大きいのだ。

 

「最近なんかは『ディアンケヒト・ファミリア』の納品依頼で『マーメイドの生き血』の採集などで立ち寄ったくらいでしょうか」

「それは相当なレアドロップであったと記憶していますが……まさか必要数が集まるまで碌な休憩も取らずに周回、などという無茶はしていでしょう?」

「…………」

「今度あなたと話し合いの場を設けたい」

「それやめてくれませんか……」

 

 見覚えがある構図に、思わずそう返してしまう。

 

「お、おいアイツ……」

「フレイヤ・ファミリア……!」

「しかも白髪の剣士つったら……!」

 

 その声に、視線をそちらに向ける。

 恐らくは探索がてらこの街に立ち寄った冒険者だろう。

 ファミリアの威信はダンジョンにも届くか、などと無機質に考えるが……逆にやりやすいか、と思い直す。

 今にも腰を抜かしそうになるその姿勢に構わず、彼らに歩み寄った。

 

「少し良いですか」

「ひぃっ!? な、なんだよ……! ()()()()()()()()()()ってんじゃねぇだろうなてめぇ!?」

「……遠からず、とだけ言っておきましょうか」

「…………っ!!!」

 

 凝視される俺の腰に携えた刀。

 憎悪でもなく嫉妬といった感情でもなく、限りになく恐怖に近い『畏れ』。

 俺の一挙手一投足、口にする一言一句に表情を蒼褪めてさせていく光景はいっそ気の毒だ。

 

 であれば、用件はさっさと済ませた方がこの人達のためだろう。

 

「ボールスさんはどこへ?」

「い、いつもの預かり小屋だよっ! そろそろゴライアスの発生時期だから、今頃その準備に取り掛かってるところだろうさ!」

「そうですか……つまりしばらくはこの階層に留まってくれると?」

「ああ、そうだ! お、おい! もういいか!?」

「はい。あとこれはほんの迷惑料です」

 

 バックパックから道中でいくつか取れた魔石の入った袋を差し出し、それを駄賃代わりにする。

 もっと顔が蒼褪めた気がするが、いちいち気にしていられない。

 こういうのは、なるべく関わり合いにならない方が互いにとって得策なのだ。

 

「レンリさん」

「先を急ぎましょう。あまり人目についても面倒なことになりそうなので」

 

 何か言いたげに俺の名を呼んだリューさんの言葉を遮るように、目当ての人物がいるであろう預かり小屋へ歩を進める。

 

「……あなたのことを少しでも知れば、あんな風にならずとも良いのに」

「逆にリューさんの懐が大きいんですよ。あれくらいの扱いなら、むしろ普通な方でしょう」

 

 むしろリューさんと接してきたお陰がこちらの対人感覚が麻痺してしまっていたところだ。

 本来の状態を思い出せたという意味では、この階層に来たことも無駄ではなかったのだろう。

 

「だから嬉しかったですよ。リューさんが俺に最初に気を遣ってくれたこと」

 

 

 ――――だからこそ。

 

 

 あの時彼女に感じた悪寒と煮えくり返るような激情が、酷く不可解だったわけだが。

 

 

「っとそれより……食べておいてください、一応」

「……これは?」

「朝ご飯です。あの様子じゃ、食べる暇も無かったでしょう?」

 

 手渡したのは包み紙で覆われたサンドイッチ。

 野菜と卵という無難な具材を挟んだ、比較的簡素なものだ。

 とはいえ冒険者向けの濃い味となるレシピを元にして作った。

 それはリューさんの好みじゃなかろうと薄めの味になるよう素材と調味料に多少のアレンジを加たものではあるが。

 

 立ち歩き、ましてやモノを食べるなど女性に強要するのはどうかと思うが、それ以前に俺とリューさんは冒険者である。

 

 栄養補給は最優先事項だし、品性を尊ぶ姿勢は美徳だがそれも時と場合によるのだ。

 

「はい、ありがとうございま――」

 

 そして手を伸ばした途端――力を無くしたようにリューさんは手先を抱え込んだ。

 

「……?」

 

 どう声をかけていいかわからず気持ち遠目に顔色を伺うが、どうしてか赤い。

 空色の瞳が右往左往。

 よく見れば、俺の手と抱え込んだ自分の手を行ったり来たり。

 

 白い肌は朱に染まった頬を包み隠さず晒していて、それが更に俺を困惑させた。

 

「……もしかしてエルフ的には卵もアウトでしたか」

「……っ! い、いえ! そんなことはない! 寧ろダンジョンで栄養の補給は急務! ありがたく、いただきます!」

「?? どうぞ」

 

 宣言するような勢いと物言いは、まるで何かを誤魔化すみだいだった。

 

 ……どことなく掴めないところがある女性である。

 とはいえ、ウチの団員よりは数倍接しやすい部類に入るので全く以て問題はないのだが。

 全員決して悪い人では無いのだが、誰もが一癖も二癖も厄介な事情を抱え込んでいる人ばかり。

 それを鑑みれば、武器を構えて突撃してこないリューさんのなんと穏やかなことか。

 

 むしろ、アレを比較対象とするのは人によっては逆に失礼に値するかもしれない。

 

「……これは……」

 

 そして目を僅かに見開いたのを見るに、俺が先ほど口にした心配は杞憂のようだ。

 ほっ、と密かに一息ついて俺もリューさんに倣ってサンドイッチに食い付く。

 

 そして自画自賛。

 パン生地の状態も挟んだ食材の鮮度も程よく保たれているお陰で、ダンジョンではまず食すことのない美味の完成に、一人で内心唸った。

 

「この味、どうやって」

本拠地(ホーム)の厨房を手伝うタイミングがあったのですが、その時に見つけたレシピのものを参考にアレンジを」

 

 それも少し古ぼけた、それでいて幾度となく使い込まれた形跡のあるレシピ本に記載されていたものを、エルフの趣向に合うように少しアレンジを利かせたものだ。

 

 曰く、かつて『フレイヤ・ファミリア』の厨房の管理を一手に任された伝説のドワーフの持ち物だったらしいが……今となってはソレが誰かなど、言うまでもない。

 

「あなたの口振りからして、予想はしていましたが……いささか兼務が過ぎるのでは」

「いやいや、そんなことは……事務仕事、食材発注、納品、取引、女神のお使い、ギルドや関わりのあるファミリアからのクエストと並行してダンジョン探索を行っているくらいで」

「…………」

「……リューさん、そのまた話し合いの場を設けだしそうな視線はやめてもらえませんか」

「状況が状況で無ければ今この場で色々と話し込んでいてたところです」

「勘弁してください……」

 

 わかっている。

 自分で言ってて思わず憂鬱のままに溜息を着きそうになって、今後の予定を組み上げると胃がキリキリ痛み出したのだから。

 

 結局今回だってシャクティさんと合流した後も事後処理で寝れずじまいだったし。

 

「ひとまず、事情は把握しました。敵の動きを加味して顔を出すということはつまり」

「はい、用があるのはこの街の『顔役』ですね。先の冒険者の話の通りなら、いつもの預かり小屋に居る筈です」

 

 リューさんと話しこみながら、奥へと奥へと足を運んでいく。

 そこにはいくつもの武器や防具のみならず、モンスターのドロップアイテムや探索用の道具まで幅広く安置されたいくつもの小屋があった。

 

 そこには、片目を眼帯で覆った如何にも『荒くれ者の冒険者』と言った風体(ふうてい)をした悪人面の男が居る。

 

「……やはり、彼を?」

「見た目ほど悪い人じゃないので、大丈夫ですよ」

 

 若干ではあるが眉を(しか)めたリューさんの反応は織り込み済みだ。

 確かに人によっては関わることを躊躇するだろう。

 実際、あの人の遍歴は多少は知っているし、新米の冒険者にだって金をふんだくろうとする程度には碌でなしであることも知っている。

 

 だが、それだけの人ではないことはこれまでの関わりから理解している。

 

「あぁん? 誰だ余計な一言を添える馬鹿は――ってげぇっ!? 『火喰(エルダー)』!?」

 

 此方に気づいた眼帯の男のあんまりの反応に、思わず苦笑いが零れる。

 

 その表情と言ったら、苦虫を何十匹もすり潰したかのようなにっがい顔つきである。

 

 俺と関わったことで何度か死にかけたことがあるのだから、その反応も致し方ないだろう。

 

「繁盛してますか、ボールスさん」

「どうもこうもねぇよ! 生憎と俺はなんにも持ってねぇぞ! 新人からカツアゲもしてねぇし騙しとってもいねぇ! 用件はなんだ、あ!?」

 

 特に言ってもないのにかつて目にした悪行を自ら晒している。

 

 それに何とも言えない感情を抱きつつ、可能な限りシンプルに、言葉をひり出した。

 

「助けて欲しいんです」

「……あ?」

「このままじゃ俺達の手が足りない。だから、力を貸して欲しいんです」

「はっ、最強派閥の一角だってならてめぇで手勢を揃えりゃいいだろ」

「生憎と、俺の強みと言えば往生際の悪さくらいです。今回の手勢では、この街の人間を纏められる手腕を持つあなたが必要なんです……だから」

「……ケッ、わけありかよ」

 

 渋々と言った具合で挨拶代わりの拳を軽く突き出し、それに応える。

 

 俺に対し苦手意識を持っていることを微塵も隠そうとしないこの男、頭領としてこのリヴィラの街を統括する唯一のL()v()4()――ボールス・エルダーである。

 

「おめぇが此処に来たってことはつまり……」

「仕事です。調査の結果、この辺りに再出現する可能性が高いと踏んで、情報共有を」

「ほーん……で? 具体的には?」

「打撃武器を実質無効化する巨大な人喰い華を引き連れた怪人が徒党を組んで襲ってきます」

「よし、帰れ」

「……」

 

 どうどう、と静かにいきり立つリューさんを抑え込む。

 今のは物騒な単語ばかりを並べた俺も悪かった。加えてどれも事実であるのがなんとも。

 

「そこをどうにか」

「うるせぇ! てめぇそう言ってこの前も死にかけただろうが!」

「その時死にかけたのは俺でしょう」

「俺を庇ってな!? そんなお前と組んで俺にどんなメリットがあるってんだ!? 言えるもんなら言ってみろ!」 

「もしかしたら街が吹き飛ぶかもです」

「残ってくださいお願いします」

「…………」

「リューさん、気持ちはわかりますがこういう人ですから。ある意味でこれ以上ないくらい信用できる人です」

 

 だから彼に無言の圧力をかけるのはその辺りで控えて貰いたい所存である。

 無論、俺とて信頼も信用もしているが、尊敬はしていない。

 だがわかりやすい利益と自身の命を護ることに関してハッキリとした行動方針を持った人なので、今回のような突貫工事的な仕事をするにあたってこれ以上ないほど信用に値する人でもある。

 

 それに、個人的には。

 

 ただただ必死に生きようとするその姿勢は、俺としては凄く好ましいのだ。

 

「がははは! 思い出すな、この街にきたときにてめぇにこの街のイロハを叩き込んだのは俺だもんなぁ」

 

 ばんばんばん、と背中を馴れなれしくぶったたいて肩を組んでくるボールスさんを、傍らのリューさんは何とも言えない視線で突き刺している。

 

 先の出禁客のような扱いから一転して、いっそわざとらしい呵々大笑。

 そしてさり気なくマウントを取って少しでも優位に立とうとしていることが分かる台詞と立ち振る舞い。

 

 こちらの事情を粗方把握させた今ならば、発言の遠慮など必要なかった。

 

「その教育と言う名の新人いびりの中にあなたもいたと記憶してますが」

「いつの話してんだよ細けぇな」

「半年前と少し前です」

「物事は本質のみで語られるべきだと思わねぇか?」

「それだと俺があなたをぶっ飛ばしても良いということになりますが、それでも良いですか」

 

 ボールスさんが浮かべる迫真の笑み。

 

 それを、鼻で笑う。

 

「おら大人のグー!」

「駆け出しのパー」

「第一級ビンタああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」

 

 

 2M(メドル)に迫るであろう巨躯を誇る大の大人が、それは綺麗に。

 

 リヴィラの街の上空に放物線を描いた。

 

 

 

「おい、ボールスがまた吹っ飛んだぞ」

「この前また耐久のステイタスが更新されたらしい」

「首って捻ると癖になるって聞いたんだが」

「癖になってんだろうな」

 

 

 

 

 




◇とある治療師と眷属の話 その2

「ヘイズさん、この前の言ってた『マーメイドの生き血』の件、どうなりそうですか?」
「……ポーションも人も全然足りてない。正直、私抜きで回せる状況じゃないですねー」
「……具体的には?」
「どっかの新人がー類を見ない速さでランクアップしまして」
「あー……それは、なんというか……大変ですね、そっちも」
「なので今日は本拠地(こっち)に当たります。悪いんですけど、探索の方は後回しになっちゃいますね」
「いいですよ。何せこんな状況ですから。納期もまだ時間がありますので。でも――」
「……?」
「今度、飲みに行きましょう」
「……生意気ですね、この後輩」
「よく言われます。特にアレンさん」
「なるほど。いつもの光景ですね」
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