美神の眷属が女神そっちのけで酒場に入り浸っているのは間違っているだろうか


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作:ぴえんふー
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15話 変生(へんせい)


 

 

 

 

「お、おお、お、おぉ――」

 

 その空間は異質だった。

 迷宮と称す他ない、複雑な迷路。

 不気味な風鳴り音は飢えを満たし血を求める魔獣の腹の中にいるような錯覚さえ感じる。

 いくつも分岐する道は一本となったかと思えば行き止まりに、道と言う道が枝分かれ進めば進むほど際限なくその岐路は増えていく。

 

 彫刻された回廊には悪魔、植物、怪物とあらゆる彫細工(レリーフ)によって不気味に飾られ、同じものなど一つとして存在しなかった。

 

 余人は知る由もない。

 この場所が世界三大秘境の一つではなく、紛れもなく地上付近に存在する()()()()のダンジョンであることを。

 

 ましてやそれが『人』の手によって生み出されたなど誰が思おうか。

 

 名を『クノッソス』。

 とある奇人の千年に及ぶ狂気と妄執によりその子孫たちによって建造され続けた人造の迷宮(ダンジョン)

 

 そんな空間に一匹の悪鬼――オリヴァス・アクトが白い髪を散らして徘徊していた。

 

「おの、れぇ……! 面妖な小細工ごときにぃ……!」

 

 薄闇が蔓延る通路に、止まらぬ出血が石壁を伝って這いずる死に体を使って道を作っている。

 

 獣じみた荒い息遣いと共に口から出てくる恨み節。

 その足取りは確かな道順に基づいて進められているものの、その心情は迷走に等しい。

 全身の裂傷は焔で炙られたわけでもないのに尋常じゃない熱を訴え、同時に震えだしかねない『寒さ』すら孕んでいた。

 

「はあ、はあ……ッ! クソ、治らん……! 魔石(たくわえ)さえあれば、この程度の傷すぐにでも……!」

 

 その右腕は肩口から存在しておらず、()()()()()()()()()()()()()()()鮮やかな切り口を血で彩られている。

 

 廊下を照らし出す魔石灯の青い燐光。

 斬殺死体じみた大量の血を纏いながら男の身体を青色に照らし、より死体めいた気配を強める。

 

 薄い暗黒に響き渡る怨嗟は、どこまでも怒りと狂気に満ちていた。

 

「クソッ、寒い、寒い……ッ! なのに熱い、傷口が熱い! 奴に斬られた傷が、寒いのに熱い! おのれ『女神の白鷹(ヴァナ・フレース)』! 『疾風(リオン)』!」

 

 口から這い出る怨恨は留まることを知らない。

 冷たい石床を、茹った血肉が焦げ付くように染みを作り上げる。

 依然、右腕の再生は始まる気配を見せず再生に回した魔力が煙を上げるだけ。

 

 治らない傷。

 止まらない血。

 既に底を尽きかけている魔力。

 

 これだけの傷を負ってなお死ぬことが無いのは、オリヴァスが『怪人(クリーチャー)』特有の尋常ならざる耐久力を所持しているがゆえ。

 

 丈夫だから、死ぬことはない。

 頑丈だから、死ぬことが出来ない。

 

 

 故に獲得する。

 

 故に回帰する。

 

 

 ――――このままでは、死んでしまう。

 

 

 そんな、人間なら誰でも抱いている感情を。

 怪人なら抱くことはない、人間だからこそ抱く恐怖を。

 

 

 まるで――己がこれまで食い散らし捨ててきた冒険者(ゴミども)のように。

 

 

「…………ッ!!!!」

 

 ギリィ、と全身の痛みすら忘れて奥歯を噛み砕く。

 体中の傷が訴える熱と寒さは収まることを知らずとも、込み上げる憤りがそれらを押し退ける。

 なんたる屈辱。

 なんたる惨め。

 

 『彼女』に選ばれた己が。

 神の生み出した(ことわり)を超越し、恩恵などに頼らず絶大な力を得た筈なのに。

 

 

 己を生かしてくださった『彼女』の力は、こんなものではない筈なのに――。

 

 

「――――」

 

 

 ――違う、と狂乱に支配された思考に異物が混じった。

 

 ふと狂った頭が投げかけた問いに、苦しいという思考が止まる。

 憤怒に染まっていた表情が、色の落ちた能面のように漂白されていく。

 

 それは怪物の心が人間に戻ろうとしているから起きた錯誤。

 人間が怪物の心を持とうとしたから発生した欠陥。

 

 ただの気の迷い。

 ただの気まぐれ。

 ただの勘違い。

 

 だがその迷いがどうしようもないほど人間の証であると彼は気づかない。

 

 果たして自分は、どうして死にたくなかったのだろう、と。

 

 かつての主神(あるじ)に見捨てられ。

 かつての同胞(はらから)を喰い捨て。

 かつての肉体(からだ)を捨てて。

 

 

 それでも『死』を振りまこうと抗い続けたのは、果たして誰の為だっただろう、と。

 

 

「――満身創痍、だな」

 

 

 そんな思考の渦に囚われるオリヴァスの耳に冷淡な、それでいて聞き慣れた声が届く。

 漂白の上から色が塗りたくられる。

 俯瞰から主観へと切り替わり、視界が正しく機能を取り戻す。

 いつからそこに居たのか、彼の眼前には赤い長髪を携えた女性が立っていた。

 

「レヴィス、か?」

 

 血を散らしたような鮮烈な赤。

 細糸の束は鮮やかに、薄暗い回廊においてなおその存在を掻き立てる。

 切れ目の緑眼は冷たく、赤い鬼は死にかけの白い鬼をなんの感情もなく無感動に見据えていた。

 

 しかし、もはや動くことすらままならないオリヴァスにとって、レヴィスと呼んだ女の登場はこの数時間においてもっとも得難い幸運として映っている。

 

「そ、そうか……私を迎えに来たのかっ」

「――――」

 

 だから気づけない。

 

 眼前の女が、オリヴァスことなど碌に見ていないことに。

 

「ならば、私をダンジョンへ連れていけ……! ダンジョン内であれば、魔石を喰らうことでこの厄介な傷もどうにかなるかもしれん……!」

「――――」

 

 熱に浮かされたまま開かれた口は際限なく言葉を発し続けるオリヴァス。

 

 熱を感じさせず口を閉じられたままいつまでも沈黙を続けるレヴィス。

 

 そこに誰がかいればその異常に気付いたことだろう。

 だが幸か不幸か、この場にはそれらを指摘する存在など両者以外誰もいない。

 

「――おい、レヴィス、私はお前に話を――」

 

 ――――ガッ、とオリヴァスはその首を鷲掴みにされる。

 

 ボロボロの身体は抵抗を許さず、なんの弊害もなく白い鬼の身体が持ち上がる。

 なんのつもりだ、と問いかける口は開く術を持たない。

 

 首を絞められて開けないわけではない。

 かといって、先の戦闘で喰らった斬撃によって言葉を紡げないというわけでもない。

 

 怯んだのは、その瞳。

 人を人と見ない。己と同じ怪物を己と同じとしない。

 まるで、己を家畜のように見つめるレヴィスの緑眼。

 

 両脚が地面を離れ、片腕もないこの状況なのか――オリヴァスはどうしようもなく、恐怖を覚えた。

 

「な、にを、している……! 」

「傷は治してやる。ただその前に――」

 

 聞く気なのないのか。

 あるいは、元からいないものとして扱っているのか。

 どちらにせよ、そこに仲間や同胞(はらから)といった人間らしい仲間意識は存在しない。

 

 

 なにせレヴィスと言う女は――ただの一度も、この男の名を呼んでいないのだから。

 

 

「――この魔石はいただいていく」

 

 

 どす、という鈍い音。

 それが何であるか、オリヴァスには理解出来なかった。

 

 

「な、ん――――」

 

 

 間抜けな、置いてけぼりになった思考が声から漏れ出る。

 破られた胸の中に埋められる貫手。

 体内にに感じる違和感は、アルノ・レンリに与えられた傷も、味わされていた屈辱すらも払拭する勢いを持っていた。

 

 それもその筈。

 

 茫然とオリヴァスの黄緑の瞳が見つめるその先へ伸びたレヴィスの腕は、彼の魔石(しんぞう)を的確に捉えていたのだから。

 

 

「代わりにこれをやろう」

 

 

 冷然と呟くレヴィス。

 

 

 その手には――『胎児』を包み込む醜悪な宝玉が握られていた。

 

 

「――まさか」

 

 

 どくり、と脈動し薄く、無機質な瞳がオリヴァスを見つめている。

 

 いや、違う。

 まさか、そんなはずが。

 ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。

 

 その身の毛のよだつ気配に、オリヴァスは自身の末路を否が応でも理解する。

 

 これから、何が起きようとしているのかも。

 

「――やめろ」

 

 それは()()()()()()()()()()()

 

 機構として備わる、生物として根源的な恐れがが此処にきて掘り起こされる。

 

 怪物になったつもりだった。

 

 人間を超越したつもりだった。

 

 身体が怪物だったことが仇となった。

 

 心が人間だったことが仇となった。

 

「――――やめろ」

 

 なんてことはない。

 

 

 この男が見下していた人間に脱した気になっていただけの、それだけの話。

 

 

 どのような理由があろうと、彼は悪行を良しとした外道であり怪物であることを望んだ人でなしである。

 

 

 人でなしが、望み通り人で無くなってしまっただけ。

 

 

 人間を見下していた筈の怪物が、ただの人間だっただけ。

 

 

 これは、それだけの話なのだ。

 

 

「エニュオからの餞別だそうだ。受け取れ」

 

 

 ――――勢いよくオリヴァスの魔石が引き抜かれた。

 

 彼はモンスターと体の構造と成り立ちを同じとするもの。

 核となる魔石が抜かれればどうなるかなどは言うまでもない。

 間もなく自壊が始まる。

 飛び散る臓腑は石くれに。

 撒き散らされる鮮血は灰に。

 あっけなくその体は古びた石が砂に溶けるように砕け、塵に還ろうとする。

 

 その瞬間だった。

 

 宝玉が、切り離された魔石の箇所に埋め込まれたのは。 

 

 

「あ――――あ、あ」

 

 

 全身の管という管が膨れ上がる。

 血流が加速し、血管がはち切れてもなお加速を繰り返す。

 めりめり、と身体に埋め込まれていく『宝玉』を異物として認識しようと(うごめ)き合うような感覚の後。

 

 

「ふ――――増え、て」

 

 

 魔石の引き抜きによる肉体の崩壊が始まる前に――()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ぎ、ギイイイイイィィィィィィィ――――!!??」

 

 

 そこに誕生したのは、まさしく肉人形だった。

 ()み、爆ぜ、人と肉の塊が歪に癒着して崩れた輪郭を作り上げる。

 それだけじゃない。

 竹槍のように尖った骨が文字通り体の内側から作り上げられ、肉を突き破って膨張した人体と融合する。

 

 そこにかつての面影はない。

 名残としてかろうじてくすんだ白い髪が頭があったであろう箇所から生えてる程度のもの。

 

 こうして、オリヴァスはオリヴァスではなくなった。

 

 

「苗床が必要だった」

 

 虫の様な悲鳴が上がる。

 寄生し、際限なく増えていく肉はその声を呑み込みくぐもっていく。

 人間の形を保っていた怪物の姿はもうどこにもない。

 レヴィスの目の前にあるのは、ただただ耳障りな断末魔を上げる白い肉塊だった。

 

「今回の件には元々手を出すつもりはなかった。だが地上にいるであろう『アリア』を探し出すのに、冒険者どもを消すのに『奴』の計画は都合が良い。故に協力した」

 

 そんな声を背景に、一人と一匹となった回廊でレヴィスは誰に聞かせるでもなく呟く。

 繰り返される増殖と死滅。

 膨れ上がって破裂し、腐臭と生き血の香りを撒き散らしながら、小さな生物の一生を繰り返す。

 その痛みがどれほどのものか。

 

 少なくとも、人間のまま耐えられるものじゃない。

 

 オリヴァスの理性は、とっくのとうに崩壊していた。

 

()()()()()()()()()()()()()モンスターの作成。魔石とのすげ替えはどうにも成功したらしい」

 

 やがて肉はカタチを変えていく。

 崩壊したモノへの感慨など知ったことかと言わんばかりに、レヴィスは考察を口にしている。

 

 より強く、より強靭に。

 オリヴァスを取り込んだ『宝玉』が試行錯誤を繰り返し、腐敗と膨張を繰り返しながら、依り代を基盤としてその構造と仕組みを新たに作り替えている。

 

 身体はより巨大に。

 筋肉はより強靭に。

 骨格はより頑丈に。

 魔力はより膨大に。

 

 それは強化というより――進化と称すべき事象であった。

 

「……文字通り聞く耳など持たぬか」

 

 タスケテクレ、と。

 もはや人間のモノではないくぐもった声で呟く肉塊の言葉を無視して、レヴィスはその場から背を向ける。

 

「ゲテモノの方が味は良い。それに――」

 

 

「『アレ』に近しくなれるなら、貴様とて本望だろう?」

 

 

 がりっ、と極彩色の魔石を(かじ)り、赤き怪人はその場を後にした。

 

 

「――――ガアアアアアアアァァァァッァァァァァァァァァァァァアアアアアアアァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーッ!!!!!!!」

 

 

 残っていた人間らしさを、獣性が呑み込んでいく。

 胸に埋め込まれた『宝玉』を通じて湧いてくる己の者ではない衝動が、矮小な自我に溶け込み声となって――核となった人間の『最終命令』を実行する。

 

 

 

 ――――異種、混成。

 

 

 ――――超越、界律。

 

 

 ――――穢霊、侵食。

 

 

 ――――変生、臨界。

 

 

 

 

 ――――目標、『女神の白鷹(ヴァナ・フレース)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初に俺たちを迎えたのは、暖かな光と清廉な木々の香りだった。

 

 澄んだ空気は緑の香りを含み、撫でる風が通り過ぎれば雄大な草原を揺らしている。

 

 中心にそびえ立つ大樹は遠くに青々と茂る森を見下ろしており、耳を澄ませば森の静寂に混じって川のせせらぎが聞こえた。

 

 極めつけに空を見上げれば、巨大な水晶が地上の真昼を思わせる輝きを以て彩っている。

 

 知らぬ者がこの場に踏み入れば、誰もがこの場所を物語や幻想にしか存在しない秘境を連想することだろうこの光景。

 

 何を隠そうオラリオの地下空間――(すなわち)ちダンジョンにおいて広がる空間である。

 

「此処に、敵が」

「あくまで最後の観測地点からの予測です。予想進路からして、恐らく此処でぶち当たるかと」

 

 

 ――18階層『迷宮の楽園(アンダー・リゾート)』。

 

 

 ダンジョン攻略においていくつか存在するモンスターが発生しない特性を持つ最初の『安全階層(セーフゾーン)』と呼ばれる階層であった。

 

 




◇ランクアップの出来ごと
 Lv.3 
 『血濡れのトロール』の討伐。
 トロール出現に伴い発生した複数の怪物進呈を18階層にて制圧。

 発展アビリティ『耐異常』。二つ名の変更なし。

 ここでいくつかのファミリア、あるいは冒険者個人と関わりが出来る。
 有名所だとヘルメス・ファミリア、ガネーシャ・ファミリア、ロキ・ファミリアなど。
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