『迷宮都市オラリオ』
世界の中心、あるいは英雄の都とも呼ばれるその場所の北の区画。そこに我らが【ロキ・ファミリア】の
立地的にちょおっと横に狭い分、縦には長いその館は、中央の塔とそれを囲む六本の塔が天を衝くように建っている。
設置面積が派閥の規模にあんまり比例していないので、幹部以外の団員は二、三人で部屋を共有している。けれど幹部でもティオナ、ティオネのヒュリテ姉妹はおんなじ部屋だ。
もちろん仲の良さならヒュリテ姉妹にも【フレイヤ・ファミリア】のガリバー四兄弟にも負けない、ぼくらヴァレンシュタイン姉妹もシェアルームをしている。
そんなぼくらは二週間弱の長い遠征を経て………
「アリス、お風呂行くよ」
「ち———」
本当は「ちょっと眠いから後で一人で入るよ」って言おうとしたが、気付いたらアイズに担がれて上階の浴室に向かっていました。何を言ってるのかわからねーと思うが、これがLv5の超スピードです。
「おーアイズとアリス、来た来たー」
「今日は抵抗せずに来たわね………」
「いやあれはただ諦めてるだけなんじゃ………」
先についてたらしいヒュリテ姉妹とレフィーヤと共に浴室に入り、当然のようにアイズにひん剥かれて、シャワーを浴びる。
「体調、大丈夫?」
「ん~平気だよ~」
「痒いところ、ある?」
「つむじのとこ、あ~そうそう、そこそこ~」
魔法を使いすぎると体調が悪化しやすくなる体質のぼくは、遠征帰還直後ということもあってアイズに髪を洗ってもらっている。
隣のシャワーを使っている山吹色の妖精さん(いったい何ウィリディスなんだ………?)が羨ましそうにこちらを見てるが、それはまぁいつものことである。見なかったことにして、アイズは独占させていただくぜ。
なぜならぼくは、アイズに甘やかされるのを気に入っているのだ………!!
ティオナとは普通に仲が良いし、ティオネとは一緒にお料理したりもする関係性だ。
レフィーヤは同じ魔導士として、ぼくが勝手に後方腕組み先輩面している。
ベートさんは何故か遠くから見守るだけだし、フィン・ガレス・リヴェリアの三首領は最近甘やかしてくれなくなったし…………………ぼくに無条件で優しくしてくれるのはアイズお姉さまだけなのである。
ちなみにロキはセクハラするのでNGです(鋼の意志)。
「アリスさぁ、何か機嫌良いね?どーして?」
「?……そう?」
「なーんか、ミノタウロスの群れ追っかけた後から、にこにこしてたっていうかー」
湯船にゆっくり浸かっていると、ティオナからふとそんな疑問が飛んできた。
「あぁ。確かに足取りとか軽かったわね。遠征終わりはクタクタになってるアリスにしては」
「鼻歌交じりでスキップもしてましたね、アリスさん」
「うん………ジャガ丸くん食べる時みたいだった、よ?」
………………そんなに顔に出ていた?顔だけじゃなくて行動にも出てた?それはちょっぴり恥ずかしいや。
ぶくぶくと、顔まで湯につける。
まぁ心当たりはある。やっとあの白兎———いや血まみれにしちゃったけど———に会えたことだろう。ここからお姉ちゃん、アイズ・ヴァレンシュタインが救われる物語がようやく始まると思うと寂しさ1割、喜び99割といったところだろうか?
ともかく、比喩抜きに真っ赤になっていた兎のような少年———ベル・クラネルを思い出すと、そんな感情に襲われるのである。
「まさか、男でも出来た?」
「「!!」」
「えー!?アリスいつの間にー!?やるねぇー!」
ティオネの的外れな推理に、何故かアイズとレフィーヤは雷に打たれたように震え、素早くこちらを見やる。
ティオナは期待するような目を向けるが、生憎相手はぼくじゃない。肩をすくめて軽く答えた。
「全然違うよ。というかぼくは一目惚れするような
「……………あたしたち、だれも一目惚れなんていってないけど」
あ、しまった。失言した。
急いで訂正しようとしたがその前に、ぼくの視界を占領するように自分そっくりの美少女が———というかアイズが映った。しかも瞳孔が開いてる。ちょっと眼のハイライト、深層に落としてきちゃいました…………?
背けようとしても顔は彼女の両手によって固定されている。抵抗してもLv5の前衛職の力を無駄に発揮してるのでびくともしない。
ぼくも一応後衛職だけどLv5なんですけども……………!!
「どういうこと……?」
「ちがいます失言というか言い間違えというか、ともかく一目惚れはぼくじゃないですぅぅぅ!!!」
「じゃあ。一目惚れって何?お姉ちゃん、聞いてないんだけど」
「ぼくの話じゃないんですっ!!ミノタウロスに襲われてた男の子、お姉ちゃんに惚れたっぽ~いみたいなそんな憶測です信じてええええ!!!」
「………ホント?」
「お姉ちゃんに誓いまァす!!」
「……………………………………わかった。嘘は言ってないか」
ギリギリ鳴ってた頭が解放されて、ぼちゃんと、湯船に沈む。
な、なんで怒ってるの………?まさか—————無意識のうちに芽生えている恋心故の嫉妬!?(違います)
「お姉ちゃん、ごめんね………」
「うん、大丈夫」
「なんでアリスさんが謝ってるんです…………?」
「レフィーヤ、あそこの姉妹の事は、深く考えたら負けよ」
「困ったら
「さっぱりわかりません…………!!」
ぼくはお姉ちゃんに謝って、お姉ちゃんはぼくに謝る。
何故か頭を抱えるレフィーヤと、ふるふると顔を横に振るティオネ、たはーっと笑ういつも通りなティオナ。
「うおーっ!今日こそうちがおっぱい揉んだるでェーッッ!!!今や—————」
「今日の晩御飯なにかなー」
「—————ごふぅっ………ま、まだ————」
「団長の晩御飯を作るのは私よッッ!!」
「—————ぐはァ!!……………そ、それでもうちは—————」
「ロキ、邪魔」
「—————ゲハァ!?……………せ、せめてアリスたんを—————」
「【
「—————れ、レフィーヤぁ!慰めてくれぇえええええええええええええええええ!!!!」
「え、ちょ、きゃあああああああああああああ!?」
途中でロキが乱入したがレフィーヤを盾にして、のぼせる前に浴室を出た。
「ひ、酷い目に遭いましたぁ………」
「ごめんごめん、あたし達もロキの相手するの面倒臭くてさー」
「メシはいるもん全員でとる」というロキが定めた数少ない方針のもと、ぼくらは夕食を食べに大食堂にいた。
料理がある種の趣味になりつつあるぼくも手伝おうとしたが、遠征直後ということもあって調理担当の団員たちにだいぶ遠慮され、大人しく席に座る。
待望の地上での食事ともあって、随分気合の入った料理を次々に平らげる中、話の内容は明日の遠征の後始末になっていた。
「明日は
「あたし【ゴブニュ・ファミリア】のところ行くかなー。
「私も。
50階層と51階層で起きた
アイズの愛剣『デスペレート』は
「ぼくも杖の整備かなぁ~、リヴェリアと一緒に行くんだ。レフィーヤも行くでしょ?」
「はいっ、是非!!」
「じゃあ決まりだね」
大袈裟に喜ぶレフィーヤに微笑む。
遠征で杖に取り付けていた魔宝石———魔法効果を向上させる特殊な宝石だ————を一つ割っちゃったので、知り合いの
……………しばらくは贅沢ができないかもしれない。人知れずそんな覚悟をしてると、ティオネはぼやくように言った。
「ふーん、なら私は夕食の打ち上げまで団長のお傍にいるわ」
「ティオネは変わんないね~」
「アマゾネス的に言うなら私は普通よ、違うのは
「打ち上げはいつもの場所でしょ?あたしあそこの料理好きなんだよねー!」
「ほら、恋路より食い意地なアマゾネスはきっとティオナだけよ」
「なんだとー!!」
まさに恋に殉じているティオネの横顔は、とてもきれいに見えた。
いつかアイズにも同じことを思うんだろうか、と少し思う。
なんとなしにアイズの横顔を見つめていると、こちらの目線に気付く。
「?どうしたの?」
「………ん、なんでもないよ。先、部屋戻ってるね」
「わかった」
アイズは恐らくステイタス更新のためにロキの部屋に行くだろう。
それからティオナたちにお休みと告げて、先に席を立つ。
今日は良い夢が見れそうだと、月を見上げてそう思った。
◆◆—————————◆◆
「よーしそこ座ってな、アイズたん」
「……………変なとこ触ったら、
「ガチやん…………」
黄昏の館、最上階。
主神ロキの私室でいつも通りのやり取りを行ったアイズは、上衣を脱いだ状態で背を向ける。
ロキの
これこそが神の恩恵。アイズ・ヴァレンシュタインという少女が駆け抜けた軌跡を綴る、人生の一篇。
「ん、おしまい—————ほい、今回も頑張ったなぁ」
「…………ありがとうございます」
「ええよこんくらい」
ロキから手渡された羊皮紙に、アイズは意識を没頭させた。
アイズ・ヴァレンシュタイン
『ステイタス』
Lv5
力 :B799→A811
耐久 :E487→E492
器用 :A893→S909
敏捷 :A802→A804
魔力 :B799→A804
『発展アビリティ』
【狩人】 :G
【耐異常】 :G
【剣士】 :H
『魔法』
【エアリエル】
『スキル』
【
【
・刀剣装備時、『力』『器用』の
・特定条件下での戦闘時、
・【風姫絶唱】との
「………」
【
少しでも価値ある
ならばここで停滞するよりも、熟練度の値の十や二十で一喜一憂するよりも、
「………………」
現段階の自分に見切りを付け、アイズは次の
Lvの上昇。限界の超克。
強く、より強く、さらに強く。強欲にまで強く。
更なる力を得るために。遥かなる高みへと至るために。遠い道を踏破するために。
—————
そして何より、最愛の
人形のように表情を消し、アイズは強烈な意志を心の奥に秘めた。
「なぁアイズ……」
その決意を見届けたロキは、ゆっくりと口を開く。
「アイズが大切に想うように、相手も大切に想っとるってこと、忘れんようにな。これまで何度も言ってきたことやけど、これからも言い続けるで」
「…………」
アイズの願いを、ロキは否定しなかった。否定できなかった。
だからこそ、
「行ってええよ。お休みぃ」
「………………お休みなさい」
微笑むロキにそれだけは返し、部屋を出る。
随分と夜が更けたオラリオは、それでも眠ることを知らないように明るく、星明りなんて霞んで見えた。
自室に入ると部屋の奥にある二人のベッドを占領するように、アリスはぐっすり眠っている。
二人だけで寝る時、寝相がちょっぴり悪いのはきっと、アイズだけが知っていることだ。
考えるときは人差し指をこめかみに当てるのも、近くで目を見つめると嘘がつけないのも、怖くなると下唇を噛むのも、他のことも知っている。
『全然違うよ。というかぼくは一目惚れするような
けれど、あんな
そのことがちょっと嬉しくて…………………それ以上に悔しい。これが独占欲というものなのだろうか?
ずっと一緒にいた自分の片割れみたいな存在が、自分が知らない存在に変えられてしまったのかと思うと、やっぱりたまらなく悔しいし、同じくらいの興味もある。
(白兎の
近い将来、世界を席巻する彼を意識したのは多分、この時だろう。
妹を抱き枕にしてベッドに潜り込む。
(おやすみ…………)
「ぅん~あつい~………………」
今夜はどんな夢を見るんだろうと、月明かり差す窓辺を見て、ふと思った。