第2回12歳への聴取方法は正しかったのか 光当たらぬ「供述弱者」の実態

田中恭太

「12歳の自白」(後編)

 小学6年で12歳の長女が、警察に追及を受け、本当の認識に反して、同級生の男子の陰部を触ったと「自白」する文書に署名してしまった――。

 本当の認識を長女に確かめた母親(51)は、兵庫県内の警察署を訪れ、長女の説明の訂正と、文書の撤回を申し入れた。

 ところが署からは、「被害者」である同級生がうその申告をした可能性が、その後の捜査で浮上したと伝えられた。

 「真相を解明次第、すぐご連絡します」と署員。文書の撤回の求めなどは「上司に伝える」とだけ言われた。

 娘はやはり何もしていなかったのではないか。否定していたのに犯人扱いした取り調べには、やはり問題があったのではないか。怒りがわいた。

長女だけではなかった

 並行して、新たな情報も独自に得た。長女と仲の良い友達らも、長女の聴取の2日後などに署に呼ばれて取り調べを受けていたことが、ママ友らと連絡を取り合うなかでわかった。

 長女と異なり否定を貫いたが、長女のように長時間にわたって聴取されていた。

 うち一人は約2時間の取り調べで、「(長女らが)『触ったのを見た』と言っているよ」と、うそを仕向けられながら追及された。聴取後、取り調べが行われた部屋からは、大泣きして出てきて「絶対やってない」と訴えたという。

 自分の母親には「『やった(触った)』と言えば帰してくれるのではと思ったので、言おうかと思った」と、語っていた。

署が伝えてきた最終見解

 昨年4月初め、署から「調査が終わった」と連絡があった。

 署員は「『教室で10回以上触られた』という(同級生の)被害申告は虚偽だった」と説明した。

 長女の本来の認識の通りだった。

 一方で同級生は、修学旅行中に「触られた」とは訴えているという。ただ、長女の認識とは、大きく異なる形だった。

 長女は、事情聴取時に書いた文書で「修学旅行時に触った」と記してしまっていたが、同級生が訴える通りの行動を認めたわけではない。調査で白黒つけてほしいと思ったが、署は、事実関係はこれ以上確かめられないとして「保留扱い」にして調査を終えるとした。

県警「誘導していない」

 母親と夫は、取り調べ時の対応に抗議した。

 署は「改善すべきことはいっぱいある」などと言いつつも、「違法ではない」とし、文書の撤回にも応じなかった。ただ、逮捕した容疑者のように撮影した長女の写真については、データを消すとした。

 その後、同級生の保護者側からも連絡があった。事実と違う被害申告を警察にしたことに対する謝罪と、争いが残る点について警察同様の説明があった。

 同級生が警察に被害を訴えたことに、わだかまりはない。だが、署の対応への疑念は消えなかった。

 後日、県公安委員会に苦情を申し立てると、回答が届いた。

 回答によると、保護者が事情聴取に付き添えることを署が母親に知らせなかったのは、「保護者の前では恥じらいを感じて真実を語らない可能性があると認められたため」で、この旨は母親にも説明した、とした。

 聴取方法については、「長時間を要すると承諾を得た上で心情や体調に配慮した」「白紙への記載を求めたが、内容の誘導はしておらず、殊更に不安を与えたり、困惑させたりするような発言もしていない」と説明。長女の写真を撮影した行為は内規違反だったとした。

 母親は、事情聴取の方法について、警察に何らかの承諾をした覚えはない。

袴田巌さんの気持ち「よくわかる」

 昨秋、袴田巌さん(89)が再審無罪になった。約半世紀前に死刑判決を言い渡されたのは、厳しい取り調べの末の「自白」が根拠の一つだった。

 事情聴取から数カ月後。テレビで袴田さんの特集を見た長女は、言った。

 「やっていないのに『やった』と言ってしまう気持ちがよくわかる。私は3時間だけでも苦しかったから」

 母親は今も、12歳にとって適切な取り調べだったとは思えない。「自白」文書は警察内に保管され続け、文書のなかで長女は罪を認めたままだ。

 「『正直に話しなさい』と娘に言ったことや、法律知識がなくて『付き添いたい』と警察に言えなかったことで、こんなことになったのでは」。母親は、自分を責め続けている。

 朝日新聞は兵庫県警に対し、女児に対する事情聴取の具体的な時間ややりとりなどを提示して事実確認や見解を求めた。

 県警は、小学6年生を調べた点は認めたが、調査方法が適切だったかなどについては「回答を差し控える」とした。一方、一般論として「少年の呼び出しや質問については、緊張や不安を与えず、やむを得ない場合を除いて長時間の質問はしないよう定められており、それを前提に調査は適正に行われていると理解している」とした。

明確な基準なし でも「問題」

 触法少年への調査方法などを定める国家公安委員会の「少年警察活動規則」では、「無用の緊張や不安を与えないよう言動に注意」し、長時間の質問などは避けなければならないとする。

 触法調査や子どもの権利に詳しい川村百合弁護士=東京弁護士会=によると、規則の文言は抽象的で、どの程度の取り調べ時間が問題になるのかなど、具体的な基準はないという。

 だが、「小学生が3時間も親と離されたまま警察官の追及を受ければ緊張や不安を覚えるのは当然。虚偽の自白を招きかねない状況で問題がある」と指摘する。

捜査側に迎合しやすい特性

 少年や知的障害者、高齢者などは「供述弱者」や「要支援被疑者」と呼ばれ、思いや考えがうまく表現できず、捜査側の取り調べに迎合しやすい特性があるとされる。

 川村弁護士は「子どもからの聴取は、誤導・誘導による記憶の汚染がないよう、特別な訓練を受けた人が担い、聴取状況が確認できるよう録音・録画をするなど慎重を期すべきだ」と話す。

 性被害を受けた子どもへの聴取では、こうした手法の活用が進むが、加害の疑いがある子どもにも同様の対応が必要という。

 その理由を「年齢が低いほど、誤導・誘導により記憶が汚染され、元に戻せない形で塗り替えられてしまうリスクが高い。不適切な聴取によって、かえって真実が発見できなくなる」と話す。

 川村弁護士は「そもそも触法調査は犯罪捜査ではなく、子どもの成長発達を支援することが目的だ」とも指摘する。「仮に加害が事実だった場合、背景には成育上の問題点があるかもしれず、その場合は児童相談所などでの福祉的支援や医療的支援につなげなければならないが、警察の不適切な聴取は、冤罪(えんざい)を生むだけでなく、逆に加害を見逃すことにもなりかねない」

明るみに出にくい「触法少年=供述弱者」の実態

 関西学院大の京明教授(刑事法学)は「再審事件などで成人の供述弱者の存在は注目されるようになったが、触法少年の迎合性には光が当たってこなかった」と語る。

 触法少年は、成人同様には罪に問われず、公開の裁判もないため、取り調べに問題があっても公になりにくいからだ。

 「刑罰を受けなくても、成人の冤罪同様に問題がある」(京教授)。身に覚えのない事実を認めて家裁に送られて保護処分を受ければ、自由を侵害される。事件の「共犯者」として虚偽の自白をすれば、少年や成人が冤罪を被る恐れがある。

 2004年の大阪地裁所長襲撃事件では、当時13歳の触法少年らが強引な調べの末「自白」し、他の少年ら4人が家裁送致や起訴になった。裁判では全員が無関係と判断された。

 「自分の子どもが警察に調べられる事態になったら、まず弁護士に相談すべきだ」と川村弁護士は助言する。触法少年への調査では、弁護士が「付添人」となって事情聴取に立ち会ったり、聞き取り方法について改善を求めたりできるという。

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この記事を書いた人
田中恭太
ニューヨーク支局
専門・関心分野
国連、米国社会、国際情勢、裁判、独占禁止法
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    末冨芳
    (日本大学文理学部教授)
    2025年4月7日7時38分 投稿
    【視点】

    【子どもを傷つけてしまう日本の警察の子どもへの捜査手法/被害事案も加害事案も弁護士にまず相談して】子ども同士の性暴力、警察が捜査に動くこと自体は悪いことではありません。いっぽうで、子どもへの警察の捜査手法については、大きな問題があります。 被害者も二次加害に遭ったり、加害したとされる側もこの記事のように子どもの心を傷つけてしまうのです。 最悪の場合、警察の捜査によって、傷つけられた子どもたちが不登校や自傷、自死に追い込まれてしまうリスクもあります。 法務省・警察庁や各都道府県警はそうしたリスクを認識していないのではないでしょうか。 この記事で川村弁護士が述べておられる「誤導・誘導による記憶の汚染がないよう、特別な訓練を受けた人が担い、聴取状況が確認できるよう録音・録画をする」手法は司法面接と呼ばれますが、日本での取り組みはまったく進んでいません。 もし私がこの親子の立場でしたら、信頼できる弁護士さんに真っ先に連絡して、聴取への立ち合いをお願いします。 弁護士の知り合いはいないという方はまず法テラスへの相談を。 低所得者への費用援助などの仕組みもあります。 警察への捜査協力は裁判所の令状がなければ市民の任意の協力ですから、警察に弁護士さんを探して、一緒に行きますといえば、日程の調整は可能です。 警察の対応もまったく違ったものになります。 被害事案の場合にも警察による二次加害を防ぐために、性暴力被害に詳しい弁護士さんにお願いしてやはり付添人として聴取に同席してもらうことが、重要です。 大人も子どもも尊厳が傷つけられる日本の警察・司法の在り方に、あらためて強い疑問を感じる、意義ある報道です。

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    菅野志桜里
    (弁護士・国際人道プラットフォーム代表)
    2025年4月7日11時57分 投稿
    【視点】

    多くの国会議員にこの記事を読んでほしい。美しい文字で「堂々と生きる」と書いた小学生の女の子が、身に覚えのない性的な嫌疑で自白を迫られ署名を強いられたその理不尽に思いをはせてほしい。立法府の力でこうした理不尽を解消できる職責を果たしてほしい。袴田事件を経てなお小6女子に自白を強要し、その上過ちを認めない警察に自浄作用を期待して放置する立法不作為はもうこれ以上許されないと思う。国会は、本気で捜査機関の体質改善に臨むべきだ。子どもへの司法面接の制度的担保、取調べの全面録音録画、弁護士立会権の新設。やるべき立法メニューはすでにリスト化されている。速やかに立法作業にかかって頂きたい。

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