コケ園芸

水草水槽での利用
左.ウキゴケ.水槽用の水草として「リシア」の名で販売されている.
趣味で珍しい熱帯魚などを育てている人は珍しくないでしょう.そういった趣味の水槽のことをアクアリウムといいます.そのような愛好家の中には,魚やエビは添え物としてや藻の繁殖を防ぐために入れられており,水草を育てることを主とする人もいます.

アクアリウム用の水草には,普通の被子植物(通常の花の咲く植物)の水草だけでなく,コケ類も使われています.専門的な熱帯魚屋などでよく耳にする種類としては,リシア,ウイローモス,南米ウイローモス,ジャワモスなどがあります.

リシアとは,苔類のウキゴケ Riccia fluitans のことです.ウキゴケは,水田や池などで水面近くに浮かんでいたり,土の上に生えたりして生活しています.しかしアクアリウムではおもりなどをつけたり金網に絡めたり,木などに糸でしばったりして,沈めて育てます.しかし,ある程度育ってくると,浮かんできてしまうようです.熱帯魚の繁殖に使われます.

ウイローモス,南米ウイローモス,ジャワモスというのは,通称名であって,特定の種類をさす名前ではないようです(秋山2002).実際,水草の解説をした本や雑誌,カタログ,ホームページに掲載されている写真をみると,蘚類ハイゴケ目に属するいろいろな種類が,ウイローモスやジャワモスとして紹介されています.

秋山(2002)によれば,ウイローモスとして売られていたものは,ヤナギゴケLeptodictyum riparium (ヤナギゴケ科)やミズキャラハゴケTaxiphyllum barbieri (ハイゴケ科)でした.高木ほか(1982) も,一般の水草の解説書ではクロカワゴケFontinalis antipyretica(カワゴケ科)のことをウイローモスwillow mossとしていることが多いが,実際に業者は,ミズキャラハゴケやヤナギゴケをウイローモスと呼んでおり,かなり混乱している,と述べています.カワゴケ類も熱帯魚の産卵場所として用いられるとのことですから,もともとはクロカワゴケのことをウイローモスと呼んでいたのが,いつごろからか混同されるようになったのかもしれません.

ジャワモスは,ジャワ産のフクロハイゴケ属の一種Vesicularia dubyana (ハイゴケ科)と一般の水草の解説書ではされているけれど,そのような解説書に載っている図などは,正真正銘のV. dubyanaとは明らかに別物で,ミズキャラハゴケやその他のものをさしているのではないかとのことです(高木ほか 1982).また,京都の水草業者では,フクロハイゴケVesicularia ferriei かタマキゴケV. montagnei と思われるものがジャワモスと呼ばれ育てられていたとのことです.南米ウイローモスと呼ばれるものにも,フクロハイゴケ属の一種らしきものがあったそうです(秋山 2002).

これらのコケは,観賞用や熱帯魚の産卵場所として使われるようです.また,小型のエビの飼育には不可欠だそうです.多分,東南アジアかどこかで熱帯魚と一緒に採集され,欧米などで流通していたものが,別の種類と勘違いされたり,中途半端な知識をもとに図鑑の絵合わせだけで同定されたりしながら,日本にも入ってきたりしたのでしょう.また,国内外で業者が適当に似たようなものを採集し,栽培して,すでに流通しているものと同じものとして販売したり,途中で取り違えられたり,水草の解説書を見て適当な名前がつけられたりして,流通してきたのでしょう.

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金魚鉢.底のほうに緑色に見えるのはコケ.思いのほかコケは成長が早く,いつの間にか金魚鉢がいっぱいになってしまうようです.金魚はコケに卵を産みつけたりもします. コケはフクロハイゴケ属の一種.コケは光を受け,金魚の出す二酸化炭素を使って光合成をします.その結果酸素が発生し,金魚の呼吸に使われます.
ハイゴケのなかまの這う(はう)蘚類は,世界で5000種以上あります.水草として利用する場合,種ごとに生育環境や育て方が違います.水草水槽の愛好者のホームページなどでも,それぞれの種類ごとの性質や育て方についてまとめられています.しかし,種類の認識や名前が混乱している状況では,育てる効率も悪いし,混乱も起こってしまうでしょう.

ふつうアクアリウム愛好者が「こけ(苔)」と言うものは,本当の意味でのこけ,つまり「コケ植物」のことではなく,ガラスや石,水草などに付着する「藻類」のことです.(ときどきカビも「こけ」と呼ばれているようです.) まあ,これは間違いとはいいきれません.もともと「こけ」という言葉は,石や木の表面に生える小さな植物の総称ですし,それに鮎が食べるのも川底の石につく藻類ですが,伝統的に「こけ」とよばれています.しかし,「ウイローモスを育てているのにコケが生えてこまる」とか「リシアが苔だらけになってしまった」とかいうのは,ちょっと首を傾げてしまう表現です.

水槽用には,「コケ駆除用薬剤(除藻剤)」というようなものも使われています.それで,「水草の中でもリシアやウイローモスは,コケに近い種類なので,コケと一緒にかれてしまう」なんて書いてあるホームページなんかもあります.たしかに,被子植物には害がないが藻類は枯らす,という薬剤が,コケ植物には影響がある,ということはありえる話です.しかし,コケ植物のことを「コケに近い」というのは,かなり微妙な表現ですね.

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