トランプ流“ディール”の先を読め!日本企業の最前線

トランプ流“ディール”の先を読め!日本企業の最前線
次々と関税を発動するなど、アメリカ・トランプ政権が仕掛ける“ディール”によって世界に波紋が広がっています。

不確実性が高まり、先読みが難しい時代をどう生き抜くか。

企業の間では、国内外のさまざまな情報を収集・分析し、経営判断につなげる“企業インテリジェンス”を強化しようとする動きが広がっています。

(政経・国際番組部ディレクター 加賀恒存・おはよう日本 松尾聡子)

“トランプ政権の政策決定プロセスは?” ワシントンで情報収集

世界におよそ270のグループ会社を持つ大手飲料メーカーのサントリー。

自社のインテリジェンス能力を強化し、世界情勢が事業にもたらすリスクを独自に分析、迅速な経営判断につなげようとしています。

ことし1月、アメリカ・ホワイトハウスのすぐ近くに事務所を開設し、政権関係者などから情報収集にあたっています。
トランプ政権の政策決定はどのように行われているのか。担当者はその内情をよく知るコンサルティング会社を訪ねました。
コンサルティング会社担当者
「トランプ政権内は異なる政策や権力を持つ人が集まり、互いに競い合っています」
入手した最新の情報は逐一、東京のインテリジェンス推進本部に共有されます。

責任者を務める江口豪さんは総合商社に長く勤め、ワシントンをはじめ世界各地での駐在経験があります。

第1次トランプ政権で日米貿易協定が署名された際には、民間企業の代表として立ち会いました。

ビールの原料・麦芽の輸送ルートを変えられるか?

3月初旬、江口さんはサプライチェーンを統括する役員から、ある相談を受けました。主力商品の1つであるビールの原料・麦芽の輸送ルートについてでした。

現在、この会社ではヨーロッパから仕入れている麦芽を、アフリカの南端を通る「喜望峰ルート」で運んでいます。ただ、輸送コストなどが膨らんでいるため、以前使っていた「スエズ運河ルート」に戻したいというのです。
きっかけとなったのは1月、イスラエルとハマスの間で停戦が合意したことでした。

それまで「スエズ運河ルート」ではハマスに連帯を示す「フーシ派」によって、アメリカなどの西側諸国の船舶が攻撃されていましたが、停戦合意によって攻撃が一時的に収まっていたからです。
サプライチェーンを統括する役員
「インフレの時代だから無駄なコストは払いたくないという動機が働いている。我々としては、喜望峰ルートからスエズ運河ルートに戻したい」

イギリス対外情報機関の元幹部から情報収集

日々刻々と変わる中東情勢をいち早くつかむため、江口さんは複数の情報筋にあたることにしました。

注目したのは「スエズ運河ルート」再開のカギを握る「フーシ派」の動向です。江口さんは独自の人脈を使い、中東情勢に詳しいイギリスの対外情報機関の元幹部に見解を求めることにしました。

2人は人目を避け、公園のベンチで話しました。
インテリジェンス推進本部長 江口豪さん
「スエズ運河ルートに戻せるか知りたいが、あなたはどう考えるか?」
イギリス対外情報機関 元幹部
「以前、フーシ派は、どこの国の船舶か見分ける能力がなかった。しかし私の理解では、現時点でフーシ派はイスラエルの船舶だけを標的にしているのは明らかだ」
イギリス対外情報機関の元幹部は、今後フーシ派はイスラエル船舶だけを狙い、西側船舶への攻撃は減るという見立てを示しました。

一方で、どれだけリスクを受け入れるかは、それぞれの判断に委ねられると話しました。

トランプ政権 元側近にも接触 “危険はまだ取り除かれていない”

江口さんは、フーシ派に厳しい制裁を課してきたアメリカの今後の出方も探ることにしました。

接触したのは、ハーバート・マクマスター氏。

アメリカ陸軍の高官として中東で活動し、第1次トランプ政権では、国家安全保障担当の大統領補佐官を務めた元側近です。
インテリジェンス推進本部長 江口豪さん
「ホワイトハウスで何が起きているか理解する上で、第1次トランプ政権を経験したあなたの意見はとても重要です。中東における今後の懸念は何でしょうか?」
マクマスター元大統領補佐官
「航海上の危険はまだ取り除かれていない。バイデン政権と比べ、トランプ政権の作戦や行動にはいくつか変化が見られると思う。トランプ大統領はフーシ派のミサイルを迎撃するだけでなく、攻撃の拠点をたたくため、アメリカ海軍などに今まで以上に権限を与える可能性が高い」
マクマスター氏はトランプ政権が近く、フーシ派の拠点を攻撃する可能性を示唆したのです。

インテリジェンスを経営判断につなげる

複数の情報筋から集めたインテリジェンスから、「スエズ運河ルート」を再開することは難しいと考えた江口さん。

トップの新浪剛史氏に直接報告しました。
インテリジェンス推進本部 江口豪さん
「結論から申し上げると、再開は容易ではないというのが今の状況です。中東はかなり荒れる状況になってくると思います」
新浪剛史 代表取締役会長
「しかし頭が痛いね、そういうコストがかかったものをどこで取り返していくかは経営的にも考えていかなきゃいけない。喜望峰を回っているから値上げするといっても、お客さんは『うん』とはいいませんよね。経営全般に影響を与えますよね」
そしてこの報告の2日後。

マクマスター氏の指摘どおりアメリカは、フーシ派の拠点イエメンを攻撃したのです。

高まる“企業インテリジェンス”の重要性

国際情勢の先行きが見通しにくくなる中、企業が自前でインテリジェンス活動を行う意味について、新浪剛史会長に聞きました。
なぜ企業経営においてインテリジェンスが必要だと考えたのでしょうか?
新浪剛史 代表取締役会長
「私たちは食のビジネスです。多くの原材料を海外から調達しており、どうやって安定供給をしていくかが重要です。しかし、米中対立が激しくなる中で、それが徐々に難しくなってきた。極めつけがウクライナ戦争です。安定供給が脅かされるほど世界が荒れてきてしまった。予測可能性が非常に低く、経営が難しい時代を迎えたのです。先日ワシントンを訪れ、世界的に著名な経営者とお会いした際、驚いたことがあります。『最近忙しい。地政学の話を聞く時間に3分の1を充てるようになった』というのです。『こんな立派な経営者でもそれをやっているのか』と感じました。経営者は、最後は決断しなければなりません。今後起こりうることについて、予測可能性をなるべく高めていく努力をしなければならない。そのために重要なのが、インテリジェンスなのです。インテリジェンス部門を設置し、経営の予測可能性を高めることによって、事業のリスクを最小限にしていく。場合によっては、インテリジェンスによって、逆にチャンスをも手にできるかもしれない、と考えたのです」
トランプ政権の動きなど、いま起きている事態を構造的にどう捉えていますか?
新浪剛史 代表取締役会長
「アメリカが、『世界に貢献していく』という方向から、『自国を何とかしていく』という方向に大きく舵を切った、時代の転換点だと思います。これまでアメリカは、民主主義という価値観をベースに、世界に対してソフトパワーを発揮してきました。ところがトランプ政権は、USAID(アメリカ国際開発局)の閉鎖を打ち出すなど、状況は大きく変わりつつあります。『最後はアメリカが何とかしてくれる』という発想が成り立たない時代を迎える中で、企業経営をしていく難しさを感じています。だからこそ、インテリジェンスなのです。インテリジェンスはどこまでやるのかがすごく難しい分野で、取り組みはまだ緒についたばかりです。やりながら考えなければなりません。経営トップが自ら走って直接情報を取りに行くことも求められています。時代の転換点を迎える世界で、真のグローバル企業になるためには、インテリジェンス活動をもっと進化させなければならないと思っています」
政経・国際番組部ディレクター
加賀恒存
2011年入局
政治・経済・国際情勢が複雑に重なり合う時代、俯瞰的な視点での取材を目指す
おはよう日本ディレクター
松尾聡子
2019年入局
民間企業での経験をいかし、生活者の視点に立った取材に力を入れている
トランプ流“ディール”の先を読め!日本企業の最前線

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トランプ流“ディール”の先を読め!日本企業の最前線

次々と関税を発動するなど、アメリカ・トランプ政権が仕掛ける“ディール”によって世界に波紋が広がっています。

不確実性が高まり、先読みが難しい時代をどう生き抜くか。

企業の間では、国内外のさまざまな情報を収集・分析し、経営判断につなげる“企業インテリジェンス”を強化しようとする動きが広がっています。

(政経・国際番組部ディレクター 加賀恒存・おはよう日本 松尾聡子)

“トランプ政権の政策決定プロセスは?” ワシントンで情報収集

世界におよそ270のグループ会社を持つ大手飲料メーカーのサントリー。

自社のインテリジェンス能力を強化し、世界情勢が事業にもたらすリスクを独自に分析、迅速な経営判断につなげようとしています。

ことし1月、アメリカ・ホワイトハウスのすぐ近くに事務所を開設し、政権関係者などから情報収集にあたっています。
インテリジェンス推進本部 ワシントン事務所
トランプ政権の政策決定はどのように行われているのか。担当者はその内情をよく知るコンサルティング会社を訪ねました。
コンサルティング会社担当者
「トランプ政権内は異なる政策や権力を持つ人が集まり、互いに競い合っています」
米コンサルティング会社との面談
入手した最新の情報は逐一、東京のインテリジェンス推進本部に共有されます。

責任者を務める江口豪さんは総合商社に長く勤め、ワシントンをはじめ世界各地での駐在経験があります。

第1次トランプ政権で日米貿易協定が署名された際には、民間企業の代表として立ち会いました。
第1次政権時代のトランプ氏と江口さん

ビールの原料・麦芽の輸送ルートを変えられるか?

3月初旬、江口さんはサプライチェーンを統括する役員から、ある相談を受けました。主力商品の1つであるビールの原料・麦芽の輸送ルートについてでした。

現在、この会社ではヨーロッパから仕入れている麦芽を、アフリカの南端を通る「喜望峰ルート」で運んでいます。ただ、輸送コストなどが膨らんでいるため、以前使っていた「スエズ運河ルート」に戻したいというのです。
きっかけとなったのは1月、イスラエルとハマスの間で停戦が合意したことでした。

それまで「スエズ運河ルート」ではハマスに連帯を示す「フーシ派」によって、アメリカなどの西側諸国の船舶が攻撃されていましたが、停戦合意によって攻撃が一時的に収まっていたからです。
サプライチェーン本部長との面談
サプライチェーンを統括する役員
「インフレの時代だから無駄なコストは払いたくないという動機が働いている。我々としては、喜望峰ルートからスエズ運河ルートに戻したい」

イギリス対外情報機関の元幹部から情報収集

日々刻々と変わる中東情勢をいち早くつかむため、江口さんは複数の情報筋にあたることにしました。

注目したのは「スエズ運河ルート」再開のカギを握る「フーシ派」の動向です。江口さんは独自の人脈を使い、中東情勢に詳しいイギリスの対外情報機関の元幹部に見解を求めることにしました。

2人は人目を避け、公園のベンチで話しました。
イギリス対外情報機関の元幹部と江口さん
インテリジェンス推進本部長 江口豪さん
「スエズ運河ルートに戻せるか知りたいが、あなたはどう考えるか?」
イギリス対外情報機関 元幹部
「以前、フーシ派は、どこの国の船舶か見分ける能力がなかった。しかし私の理解では、現時点でフーシ派はイスラエルの船舶だけを標的にしているのは明らかだ」
イギリス対外情報機関の元幹部は、今後フーシ派はイスラエル船舶だけを狙い、西側船舶への攻撃は減るという見立てを示しました。

一方で、どれだけリスクを受け入れるかは、それぞれの判断に委ねられると話しました。

トランプ政権 元側近にも接触 “危険はまだ取り除かれていない”

江口さんは、フーシ派に厳しい制裁を課してきたアメリカの今後の出方も探ることにしました。

接触したのは、ハーバート・マクマスター氏。

アメリカ陸軍の高官として中東で活動し、第1次トランプ政権では、国家安全保障担当の大統領補佐官を務めた元側近です。
ハーバート・マクマスター元大統領補佐官
インテリジェンス推進本部長 江口豪さん
「ホワイトハウスで何が起きているか理解する上で、第1次トランプ政権を経験したあなたの意見はとても重要です。中東における今後の懸念は何でしょうか?」
マクマスター元大統領補佐官
「航海上の危険はまだ取り除かれていない。バイデン政権と比べ、トランプ政権の作戦や行動にはいくつか変化が見られると思う。トランプ大統領はフーシ派のミサイルを迎撃するだけでなく、攻撃の拠点をたたくため、アメリカ海軍などに今まで以上に権限を与える可能性が高い」
マクマスター氏はトランプ政権が近く、フーシ派の拠点を攻撃する可能性を示唆したのです。

インテリジェンスを経営判断につなげる

複数の情報筋から集めたインテリジェンスから、「スエズ運河ルート」を再開することは難しいと考えた江口さん。

トップの新浪剛史氏に直接報告しました。
新浪会長に報告する江口さん
インテリジェンス推進本部 江口豪さん
「結論から申し上げると、再開は容易ではないというのが今の状況です。中東はかなり荒れる状況になってくると思います」
新浪剛史 代表取締役会長
「しかし頭が痛いね、そういうコストがかかったものをどこで取り返していくかは経営的にも考えていかなきゃいけない。喜望峰を回っているから値上げするといっても、お客さんは『うん』とはいいませんよね。経営全般に影響を与えますよね」
そしてこの報告の2日後。

マクマスター氏の指摘どおりアメリカは、フーシ派の拠点イエメンを攻撃したのです。

高まる“企業インテリジェンス”の重要性

国際情勢の先行きが見通しにくくなる中、企業が自前でインテリジェンス活動を行う意味について、新浪剛史会長に聞きました。
サントリーホールディングス 新浪剛史 代表取締役会長
なぜ企業経営においてインテリジェンスが必要だと考えたのでしょうか?
新浪剛史 代表取締役会長
「私たちは食のビジネスです。多くの原材料を海外から調達しており、どうやって安定供給をしていくかが重要です。しかし、米中対立が激しくなる中で、それが徐々に難しくなってきた。極めつけがウクライナ戦争です。安定供給が脅かされるほど世界が荒れてきてしまった。予測可能性が非常に低く、経営が難しい時代を迎えたのです。先日ワシントンを訪れ、世界的に著名な経営者とお会いした際、驚いたことがあります。『最近忙しい。地政学の話を聞く時間に3分の1を充てるようになった』というのです。『こんな立派な経営者でもそれをやっているのか』と感じました。経営者は、最後は決断しなければなりません。今後起こりうることについて、予測可能性をなるべく高めていく努力をしなければならない。そのために重要なのが、インテリジェンスなのです。インテリジェンス部門を設置し、経営の予測可能性を高めることによって、事業のリスクを最小限にしていく。場合によっては、インテリジェンスによって、逆にチャンスをも手にできるかもしれない、と考えたのです」
トランプ政権の動きなど、いま起きている事態を構造的にどう捉えていますか?
新浪剛史 代表取締役会長
「アメリカが、『世界に貢献していく』という方向から、『自国を何とかしていく』という方向に大きく舵を切った、時代の転換点だと思います。これまでアメリカは、民主主義という価値観をベースに、世界に対してソフトパワーを発揮してきました。ところがトランプ政権は、USAID(アメリカ国際開発局)の閉鎖を打ち出すなど、状況は大きく変わりつつあります。『最後はアメリカが何とかしてくれる』という発想が成り立たない時代を迎える中で、企業経営をしていく難しさを感じています。だからこそ、インテリジェンスなのです。インテリジェンスはどこまでやるのかがすごく難しい分野で、取り組みはまだ緒についたばかりです。やりながら考えなければなりません。経営トップが自ら走って直接情報を取りに行くことも求められています。時代の転換点を迎える世界で、真のグローバル企業になるためには、インテリジェンス活動をもっと進化させなければならないと思っています」
政経・国際番組部ディレクター
加賀恒存
2011年入局
政治・経済・国際情勢が複雑に重なり合う時代、俯瞰的な視点での取材を目指す
おはよう日本ディレクター
松尾聡子
2019年入局
民間企業での経験をいかし、生活者の視点に立った取材に力を入れている

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