【完結】強キャラ東雲さん   作:佐遊樹

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After EpisodeⅡ:The Conclusion
唯一の男性操縦者VS英国代表(前編)


 モンド・グロッソ。

 全世界において最強のIS乗りを決定する、唯一無二の、人類の頂点を決めるトーナメント。

 会場にひしめく観客たちが熱狂の渦を巻く。

 重なり合う歓声が祝砲のように勝者を渇望する。

 

「ぐ、ぎ、ぎ……ッ!」

 

 視線が集うアリーナ中央。

 苦悶の声をあげながら、銀髪の美女が地面を削りながら数メートル後退し、キッと顔を上げた。

 

(──映像で、分かっていたつもりだったが、ここまでとは!)

 

 大型モニターに表示される残存エネルギー数値だけを見れば、接戦だった。両者三割を切るシーソーゲーム。

 だが、実際に戦っている彼女、ラウラ・ボーデヴィッヒは圧倒されるような心持ですらあった。

 

(こちらの戦術はことごとく粉砕された! 武装の差を考えれば、同技量であっても圧殺できていなければおかしい! 即ちこれは──純然たる、IS乗りの差ということに……ッ!)

 

 ちらりと己のエネルギー残量を確認する。

 まだ危険域(レッドゾーン)には達していないことを確認。

 

 

 その刹那の安堵が、明暗を分けた。

 

 

()()()()()

 

 

 気づけば炎翼が炸裂し、間合いが殺される。

 

「しまッ──」

「『疾風鬼焔(バーストモード)』、出力一点集中(スナイピング)

 

 一振りだった。

 それだけでラウラの防御体勢が、AICごと木っ端みじんに打ち砕かれた。

 よろめき、数歩たたらを踏む。趨勢は決した。

 

(負ける、わけには! 私は、私は……! 私は、教官の──!)

 

 数秒後の敗北を予期しながらも、ラウラは最後の抵抗に打って出ようとして。

 しかしそれより速く何よりも疾く。

 

 

「────悪いな。譲れない」

 

 

 低く、冷たい男の声と同時。

 ラウラの視界を()()()が埋め尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

A long time ago in a galaxy far, far away(遠い昔、はるかかなたの銀河系で)....

 

 

 

 

 

 

 

 

強キャラ

東雲さん

 

 

 

 

 

Episode Ⅹ

The Rise Of Shinonome

 

死者の口が開いた!

復讐を誓う元亡国機業頭領スコール・ミューゼルの声が世界中に響き渡る。

チフユ・オリムラが緘口令を敷きつつ情報収集を命じる中、唯一の男性操縦者イチカはセシリア・オルコットとの最終決戦に備えていた。

 

一方その頃。

先代世界最強レイ・シノノメは自分とイチカのいちゃらぶ新婚生活を脅かすスコールの幻影を、ブチギレながら追っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何? 何? 何? 何?」

 

 掛け布団を跳ね飛ばして起きた織斑一夏は、全身に汗を浮かべながら荒く息を吐いた。

 先日モンド・グロッソ準決勝を終え、いよいよ『世界最強』の頂に手を伸ばした男とは思えない狼狽ぶりである。

 何が起きたのか分からなかった。寝ている間に、壮大なスペースオペラが始まろうとしていた気がする。それもかつて見た夢から大幅にアップグレードされていた。運営さんありがとうございます!

 

「ふぃー」

 

 どうせ誰かの意識と混線したんだろ、と適当に結論付けて一夏はベッドから降りる。

 選手にあてがわれた最高級ホテルの一室だった。備え付けの冷蔵庫を開き、ミネラルウォーターを取り出すと一口飲む。乾いた身体に新鮮な水がしみた。

 

「ぷはーっ……」

 

 飲み終わると同時に、愛機『白式』が自動でニュース画面を立ち上げた。

 毎朝6時に設定してある自動機能だ。

 

『ドイツ代表敗退』

『史上初、無国籍枠の決勝進出』

『躍動する世界最強の再来』

 

 そのニュースは即座に全世界を駆け抜けた。

 優勝有力候補であったドイツ代表、ラウラ・ボーデヴィッヒの準決勝敗退。

 予選・本戦においても圧倒的な力を振るった彼女を真っ向から打倒するのなら、候補は自然と限られる。

 

 そして、実際にそれを成し遂げた相手は、観客がそれを最も期待していた人物だった。

 

 織斑一夏。

 日本国籍でありながらも、その特異性から二重国籍としての無国籍権を獲得。

 そこから無国籍枠でのモンド・グロッソ出場を勝ち取った例外中の例外。

 

 刀一本で他の選手を圧倒する姿は、東雲令よりも、()()を想起させた。かつて君臨した女傑。

 故に、彼の異名にそれが選ばれるのは必然だった──『世界最強(ブリュンヒルデ)の再来』。またはそれに匹敵する男の英雄として、『男性最強(シグルド)』。

 

 彼の登場により、世界最強は大きく意味合いを変えた。

 ブリュンヒルデとは、女性最強を指す言葉に取って代わった。

 

「…………今日、か」

 

 文字通りに全世界から注目される彼は、しかしそんな些末事を気にする余裕がない。

 椅子に座り、深く息を吐いた。

 

(決着を、つける。随分と長い付き合いになったが……今日がその終着点だ)

 

 トーナメント表を見れば分かる。

 一夏とは別の予選ブロックから勝ち上がり、決勝にて相対することを昨日決めたイギリス代表。

 

(勝つ。俺は、あいつに勝つ。世界最強を名乗るなら、あいつに勝ってこそ意味がある)

 

 中国代表とフランス代表、両者ともに優勝候補と名高い実力者を撃破。

 事前に割れているバトルスタイルを貫き、遠距離狙撃のみという己の本領で世界最強に王手をかけた、地上最高の狙撃手(スナイパー)

 織斑一夏にとっては何よりも、因縁であり、宿命であり、そして。

 

 

 

(────俺の、運命)

 

 

 

 その時。

 予兆も何もなく、オートロックであるドアがマスターキーによって自動で開け放たれた。

 ガバリと顔を向けた刹那、豊かさに満ちた麦のような金髪がたなびいた。

 

 

「モーニングサービスですわ」

「ウッソだろおい」

 

 

 運命がクロワッサン片手に部屋に入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 ベッドに腰かけて朝食をもしゃもしゃと食べつつ、一夏はいぶかし気に眉根を寄せた。

 部屋には若く、秀美な男女二人。ともすれば艶美なシーンにも見える。

 

「距離の置き方、というのが最近になってやっと分かってきましたわ。コツがつかめたというのでしょうか」

「世界最強を目前にして何言ってんだお前」

「一夏さんだって分かるでしょう?」

「……まあ、な。刀の振り方、最近になってやっと分かった感じはある」

 

 二人の会話を聞いたら多分他の選手は卒倒するだろう。

 黄金世代、あるいは織斑一夏世代と呼ばれる史上最強のメンバーの中でも、頭一つ抜けた才覚を発揮する両者は、腕を組んで唸り始めてしまった。

 

「だからまあ、感覚の調整は正直、完全には終わってない。昨日ラウラと戦った時も、意識的にかみ合わせられたのは最後の一太刀だけだった……」

「でしょうね。見ているだけでも、ラストアタックはハクビシンの出来でしたわ」

「白眉の出来な。なんで突然ジャコウネコ科の外来種になるんだよ」

「……たかが二文字違いで、なんて女々しい」

「二文字ついただけでこんなに意味を損なうお前に驚きだよ」

 

 会話は馬鹿そのものだったが、今日どっちかが世界最強になるのである。

 織斑一夏か、あるいは。

 彼の対面で椅子に腰かけ、まるで部屋の主のように振る舞う彼女。

 

 セシリア・オルコット。

 戦場を網羅し、あらゆる行動を見透かす絶対の支配者。

 直近試合における攻撃の命中率は驚異の99%を誇る。

 まさしく雲の上から降り注ぐ、裁定者の雷霆。

 

 故に、彼女の異名にそれが選ばれるのは必然だった──『天眼(ケラウノス)』。

 

「一夏さん、この部屋ってプリキュアは見れませんの?」

「日本の電波を受信してるとは思えないんだけど……あ、デジモンの再放送やってる」

「あら、可愛いデジモ……やたら流暢に英語を喋りますわね!?」

「えっあれっ!? クルモンって喋れたっけ!?」

 

 世界最強の頂に手をかけた『世界最強の再来』と『天眼』は、テレビに映し出されたアニメに夢中になっていた。

 

「って終わりかよ。チャンネル変えるか」

「一夏さん、プリキュアは?」

「お前さっきから何でプリキュア見たがってんの? そんな趣味あったっけ?」

「簪さんからわたくしに似た声の声優さんが出演していらっしゃると聞きまして」

「………………」

 

 あの女、やりたい放題かよ。

 渋面をつくり、一夏は無言でチャンネルを変えた。

 映し出されるのはモンド・グロッソ決勝戦を目前とした特番だった。

 広々としたスタジオには本選進出者の顔写真が並べられ、その中には当然、一夏とセシリアの顔もある。

 

「あー、こういう番組あるよな。まさか自分が取り上げられる側になるとは思わなかったわ」

「注目を集めるのも必然でしょう。今さらですわ」

 

 間違いなく特番の主役である二名は、心底どうでもよさそうに画面を眺めていた。

 

『スタジオには前回開催モンド・グロッソにおいて総合二位を獲得したロシア代表、更識楯無さんをお呼びしております』

 

 名前を呼ばれると同時、コメンテーターとして机に座るロシア代表がズームされる。

 惜しくも予選で敗れてしまったものの、実力は健在。対戦の組まれようによっては本選進出は十二分にあり得ていた実力者──それが更識楯無である。

 

『楯無さんは黄金世代……織斑一夏世代の一つ上の世代に当たりますが、こうして一つの世代が本戦枠を独占している現状はどうお考えでしょうか?』

『こんにちは。本戦出場者は、決勝に残った二人を含んで顔見知りだから、こうなっているのは順当な結果という認識ね』

『成程。それではお聞きするんですけど、黄金世代の皆さんはかつてどんな学生だったんですか?』

 

 スタジオのモニターに、見慣れた友人らの顔が浮かんだ。

 並んだ錚々たるメンツを一瞥して、楯無が背筋を伸ばす。

 

『まずはアメリカ代表、篠ノ之箒さんですが』

『とても良い子だったわよ。よく周りを見ている子だったわ』

『成程。常に冷徹な剣士として振る舞う姿が印象的ですが、それは学生時代からだったと?』

『そうね。私の前で大慌てしていたのは、TikTokと間違えてTinderをインストールした時ぐらいかしら』

『しょっぱなからパンチ打ってきたなこの人』

 

 えぇ……と一夏とセシリアがそろって顔をひきつらせた。

 同時刻、ホテルの一室ではアメリカ代表が枕をぶっ叩いて暴れていたが、それは別の話。

 

『次に中国代表、凰鈴音さん。変幻自在のトリッキーな戦い方を軸に置く印象がある選手です』

『う~ん……でも攻められると弱いのよね』

『……? 試合データでは、防戦においてこそ真価を発揮するという数字が出ていますが』

『ああ、ううん。恋愛の話よ』

『ニュース番組なんですよねこれ。ワイドショーじゃないんで』

 

 ホテルに爆音が響いた。

 衝撃砲をぶっぱなした音に随分似ていたな、と思いながら、一夏とセシリアは無視を決め込んだ。

 

『次はフランス代表、シャルロット・デュノア選手です』

『性格が悪かったわね』

『予選で負けた腹いせをしに来たわけじゃないんですよね?』

『お行儀のよい機体から性格の悪さがにじみ出た調整をする子ね。学生時代からそこは変わってないわ』

『予選でおなかにパイルバンカー撃ち込まれた仕返しをしに来てますよね?』

 

「実際一夏さん視点ではどうなのです? わたくしは昨日、距離を置き続けていたので分からないのですが……」

「性格はクソ悪いと思う。正直一番当たりたくない。こっちの得意な距離を餌にして釣ってくるからな。ただまあ、ラファールの理想的な戦い方って感じもするよ。シャルの性格が悪いんじゃなくてデュノア社の性格が悪いんじゃねえかな」

「楯無さんよりひどいこと言ってますわよアナタ」

 

『続けてドイツ代表、ラウラ・ボーデヴィッヒ選手はどうでしょう』

『良くも悪くも学生時代にバトルスタイルを確立させていた子ね。昨日の準決勝はよくやってたと思うわ。最後まで諦めてなかった』

『急に真面目な話をされると逆に困りますね』

『そういえば一夏君との出会いは、空から降ってきたラウラちゃんを一夏君が受け止めようとしたって聞いたことがあるわ』

『メインヒロインか?』

 

「えっ……そうなんですか……?」

「え? ああ、うん。だいぶん昔の話だけど……そういやなんかのタイミングで楯無さんには話したかもな」

「メインヒロインじゃないですかっ!? ほ、箒さんにチクらせていただきますわ」

「何で!?」

 

『続いて日本代表・更識簪さんは……』

『神』

『は?』

『大地に花が満ち雲が割れ天使が舞い降りるわ』

『は???』

 

「身内が信者になってやがる」

「一夏さん、本戦で神殺しを成し遂げたことになりますわね……」

「言っちゃあなんだけど、機体コンセプトがモンド・グロッソ向きではなかったよな」

「それでも予選を勝ち抜いたのは、流石は簪さんといったところでしょう。組み合わせの運もありましたが……『疾風迅雷の濡羽姫』の薫陶を受けたのは伊達ではありませんわね」

「つーかその辺はまあ、デキ婚してなきゃ日本代表はあの人だったろうしな」

「……あそこってその、明らかに……」

「……いやまあ……うん……濡羽姫さん、"やった"んだろうな……こう……針とかで……」

 

『それではここからは、いよいよ本日行われる決勝戦についてお伺いしたいと思います』

『無国籍枠である唯一の男性操縦者と、イギリス代表ね』

 

 ぴくりと、一夏とセシリアの肩が跳ねる。

 わざとらしく腕を組みなおしたり咳払いしたりして、二人は一言も聞き漏らさないよう注意した。

 どんだけ自分の評価が気になるんだ。

 

『ではまず、最も注目されている無国籍枠、唯一の男性操縦者である織斑一夏選手から』

『一夏君はそうね、馬鹿だったわ

「あの女、ぶっ殺してやる!」

 

 一夏はキレた。

 右手に『雪片弐型』を召喚し、大股に部屋を出ていこうとする。

 やれやれと嘆息し、セシリアは食後の紅茶を嗜みながら彼を制止する。

 

「落ち着きなさい一夏さん。決勝戦当日に殺人罪で逮捕なんて馬鹿げていますわよ」

『ではイギリス代表、セシリア・オルコット選手は?』

『セシリアちゃんはそうね、馬鹿だったわ

「あの女、ぶっ殺してやりますわ!」

 

 セシリアはキレた。

 右手に『スターライトmk-Ⅲ』を召喚し、窓から部屋を出ていこうとする。

 

 結局はホテルに泊まっている他の国家代表総出で止められるまで、二人はロシア代表の暗殺計画を真剣に練っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 関係者によって貸し切られた最高級ホテルのレストラン。

 大会運営に携わる、あるいは出場する人間しか入れないその空間においても、ある一団はひときわ目を引いていた。

 

「まったく、朝から騒々しい……」

 

 味噌汁を啜りながら嘆息するアメリカ代表、篠ノ之箒。

 

「んなこと言っても、アレはキレる気持ちわかるわよ。あたしもカチンと来た」

 

 バクバクと白米を頬張る中国代表、凰鈴音。

 

「カチンと来たって……トリガーを引いた音? 絶対衝撃砲撃ってたよね……」

 

 栄養ゼリーをちゅるちゅると補給している日本代表、更識簪。

 

「一番怒っていいのは僕だよね? 正直暗殺には賛成だから、僕も一枚噛ませてほしい。いろいろ手を回せるよ」

 

 スクランブルエッグを綺麗に切り分けて食べるフランス代表、シャルロット・デュノア。

 

「まあ、お前はな……私としては、何故か殺気が一部こちらに向けられているのはいささか疑問だが」

 

 コンソメスープを飲み干して一息つくドイツ代表、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

「やはり狙うなら空港でしょうね。市街地に出られるとこちらの身動きがとりにくくなりますわ」

「同意見だ。二度とロシアの土は踏ませねえ。オホーツク海に沈めてやるよ」

 

 そして真剣に殺害計画を詰めている、イギリス代表と無国籍枠出場者。

 世界の頂点を決める大会における本戦出場者が勢ぞろいしているテーブルだ、注目するなという方が酷である。

 

「それはそれとして一夏、試合には集中するようにな」

「ん、まあそうなんだけどさ」

 

 歯切れの悪い返答。

 だが一同、その理由は分かっていた。

 

「……スコール・ミューゼル。わたくしたちは顔を合わせることはなかったものの……一夏さんと、令さんが打倒した、亡国機業の頭領」

 

 亡霊の名前だった。

 既にこの世界にはいない、かつて悪逆の果てに世界を変革させようとした女の名前だった。

 彼女が死んでからそれなりの時間が経過している。だというのにこうして語られている理由は明白。

 

「スコール・ミューゼルの名を騙る何者かが、無差別に亡国機業の再起を呼びかける音声を流している、か」

 

 即座に国連の手によって封じ込められた音声は、しかし発信源の特定には至らず。

 愉快犯と呼ぶには余りに隠匿性が高く、篠ノ之束の手によるものでもないと一夏が確認済み。

 ならばこれは──本当に亡霊の声なのだろうか。

 

「……やっぱり、気になるの?」

「ずっと、上の空……」

 

 シャルロットと簪の指摘に、一夏はバツの悪そうな表情をした。

 

「まあ、嘘は吐けないよな……単に亡国機業の復活をもくろんでいる誰かがいる、だけでも気になるし、何よりその調査に向かってるのが──」

 

 ちょうどその時。

 腕につけた待機形態の『白式』が、プライベートチャネルの着信を知らせた。

 このタイミングで一体誰だ、と訝しげに通信を開くと。

 

『もしもしおりむー? 当方だ、当方当方』

「当方当方詐欺は絶対に流行らねえだろ」

 

 立ち上げられたウィンドウに映る、黒髪真紅眼の乙女。

 学生だった頃より幾分か身長も伸び、身に纏う雰囲気の切れ味は増している(胸は全然増えなかった。日頃の行いである)。

 

 その名は東雲令。

 世界中の誰もが知る最強の乙女にして、織斑一夏の師匠であり。

 学生時代から永遠に『もう付き合っている』という超ド級一方通行矢印関係性を未だに解消できていない馬鹿であった。

 

「し、東雲さん……!? 確か国連の依頼でスコールの調査に乗り出したって」

 

 さすがに各国代表たちも目を剥いた。

 まさかこのタイミングで張本人から通話がかかってくるとは──しかし。

 

『おりむー、其方は試合に集中しろ』

「……ッ」

『スコール・ミューゼルの亡霊は当方が処理する。……何、やることは変わらない。何度あの女が現れようとも、必ず当方が討つ』

 

 揺るぎない断言だった。

 

「……我が師にそう言われちゃあ、信じるしかないな」

『任せておけ。試合結果を楽しみにしているぞ、我が弟子』

 

 通話をそれきり終える。

 一夏は顔を上げた。対面に座り、食後の紅茶を味わっている淑女を見つめた。

 

「後顧の憂いは断てたようですね……」

「ああ。珍しく正しい使い方出来てるじゃねえか」

「こう見えて勤勉なので」

 

 声色に変わりはない。

 だが雰囲気が激変している。

 先日までは同じく、世界最強の座をかけて争っていた戦乙女達さえもが身震いした。

 

 織斑一夏と、セシリア・オルコット。

 

 重なった視線は明瞭に火花を散らしている。

 決着は、今宵。

 

 

 

 

 

 

 

「……さて」

 

 通信を終えて、東雲は隣に顔を向けた。

 

「声をかけないで良かったのですか」

「別に? 今のあいつなら、私が何か言う必要ないだろ」

 

 そこには国連軍から秘密裏に依頼を受けた、元亡国機業幹部の姿があった。

 スコールの亡霊からの電波を受信し、独自に調査をしていたオータムである。

 東雲は彼女と二人で、ISを身に纏って海上を飛行していた。

 行先は明瞭。

 

 大西洋、ポイントα-39.12。

 

「絞り込んだぜ。確定だ……この電波は漂流してる『ウェーブ・ウィーバー』の残骸から放たれてやがる」

 

 かつて亡国機業討伐作成における目標地点と設定され、先行した東雲と一夏の手によって頭領であるスコール・ミューゼルを撃破され壊滅した、亡国機業の本拠地。

 二人は静かにその残骸へ降り立つと、ISアーマーを身に纏ったまま、内部へ侵入した。

 既に外装などは剥がれており、解体作業の途中とあって無人解体機たちが稼働している。周辺の生態系への影響を鑑みてゆっくりとしたペースで解体は行われていたが。

 

「いますね」

「いるな」

 

 解体機たちに紛れて、黒いシルエットがのそりと立ち上がった。

 頭部に真紅のカメラアイを光らせるそれは、ゴーレム・タイプの無人機。

 動くたびに火花を散らしつつも、一機が飛び込んできた。その挙動を見てオータムはハッとする。

 

(こいつは──破壊された無人機が、外部から無理矢理動かされているのか!?)

 

 恐らくは撃破され、回収されることもなく海底に沈んだ機体だ。それが無理に動かされている。

 迎撃は容易い。オータムは『アラクネⅣ』のサブアームを展開して、銃口を敵機に向けて。

 

 

()()()()

 

 

 無人機が、するりと二つに断たれた。

 東雲は真紅の太刀を納刀、量子化。

 ──オータムがそれに違和感を覚えるのにすら、数秒かかった。

 順序がおかしいのだ。実体化、抜刀、斬撃、納刀、量子化の順でなければおかしい。だが最後しか見えなかった。

 

(こいつ……あの頃より、はるかに強くなってやがるのかよ……!)

 

 既にオータムは、技術面では頭打ちだ。

 自身も優れたIS乗りであることに疑いはないものの、天賦の才があるというよりは、たゆまぬ努力と経験によって裏打ちされた強さを持つ女傑。

 だからこそ、いまだに爆発的な成長を続けている東雲の異常性に、身震いと同時に苦い表情を浮かべてしまう。

 

「……? 奥に進みますが、どうしました」

「ああ、いや。お前みたいなやつがいると……なんていうか。お前みたいになれるやつはあんまいないだろうけど、お前みたいになろうと頑張るやつ、たくさんいるだろうなって」

「……そう、かもしれませんね」

 

 東雲にしては珍しく、歯切れの悪い返答だった。

 オータムがそこを追求する前に、彼女は頭を振って、一人基地内部へと進んでいく。

 

「電波の送信場所は」

「ん、中枢だな。前にお前が戦ってた、玉座の間だ」

 

 廊下を進むと、待ち伏せていた無人機が時折奇襲を仕掛けてくる。

 それらは真っ二つに断たれ、あるいは蜘蛛の足に貫かれ、即座に行動不能となっていった。

 

「……戦闘の余波で、コントロール機能は破壊されたはずですが」

「んなこといったら基地の機能は全部落ちてるはずだろうが。電波の送信は恐らく、ISによるものだけだ。てことは多分、ここに居座ってるのに合理的な理由はねえのさ」

 

 オータムの言葉に、東雲は数秒考えこむ。

 真上から降ってきた無人機を一刀に斬り捨て、太刀を納刀し、彼女は玉座の間へ続く扉の前で、オータムに問うた。

 

「……ではどのような理由が?」

「さあな。予測するならまあ───当てつけってところか」

 

 かつては殺し合った仲だが、今となっては気安い。こうして世界の裏側で、東雲は時折オータムとコンビを組んで闘っていた。

 頂へ至り、自らが最強だと証明した後、やることがなくなったのでとりあえず暇つぶしに世界平和にでも貢献しておくか、と思ったのだ。

 

「当てつけですか。なら当方と二人で来たのはまずかったのでは?」

「ベッドの中じゃないだけマシだな。いや、ベッドぐらいでしかお前には勝てなさそうだけど」

「随分と自信があるようですね」

「こう見えてテクニシャンなんでな。蜘蛛の巣に転がってるだけで、八本脚が天に昇らせてくれるぜ?」

「では八本脚をすべて切り落としましょう」

「ベッドの話だよな? アリーナの話じゃないんだよなこれ?」

 

 二人は視線を重ね、肩をすくめた。

 それから同時に顔を前に向け、扉を蹴り壊す。

 轟音と共にドアが吹き飛んで、玉座の間の壁に追突して粉々に砕け散った。

 

「邪魔するぜぇ、スコール! 私のいない間に他の女連れ込んだりしてねえだろうなあ!?」

「久方ぶりだな。土産がなくて申し訳ない。其方の首を土産に帰るので手打ちにしてくれ」

 

 好き勝手言いながら玉座の間へ飛び込んだ二人は見た。

 かつて玉座があった場所に浮かぶ、球体。

 

「なんだ、こいつは」

『こいつとは失礼ね』

 

 声が響いた。

 聞いたことのある、かつて世界の破滅を希った女の声だった。

 

「本当に……スコール・ミューゼルなのか」

『しいて言えば残存意志よ。本人にはどう頑張ってもなれない亡霊……スコール・ゴーストとでも名乗らせてもらいましょうかしら』

 

 スコール・ゴーストが嘲るように告げて。

 玉座の間の天井が爆砕した。

 次々と落下してくる無人機たち。

 

「あの球体に見覚えは?」

「多分疑似ISコア、だとは思うんだが……どんな理屈で独自行動を開始したのかがさっぱり分からねえな」

 

 即座にその場から飛びのき、包囲される前に広間の端まで飛びのく。

 二人並んで戦闘態勢を取りながら、オータムはスコール・ゴーストに叫んだ。

 

「まあ理屈はいい! 実際にこうして活動してるんだからな! 問題は──何のために活動を開始した! 亡国機業を今さら復活させてどうするつもりだ!?」

 

 キチキチ、と無人機が不気味な稼働音を響かせる。共鳴するようにして無数の無人機が音を鳴らす。

 その中でスコール・ゴーストは、球体の赤い光点を点滅させながら語った。

 

『この世界は間違っているわ』

「……聞き飽きたぞ」

 

 うんざりした様子で東雲が零した。

 世界を正そうとする理想主義者との戦いは、とうの昔に決着を迎えたはずだ。

 しかし。

 

『いいえ、いいえ! この世界は正さなければならない!』

「……ッ! スコール・ゴースト! もしお前に、スコールとしての意志がまだ残ってるのなら聞いてくれ! 最後の最後、私たちは未来を見つけられたはずだ! 託せるって、そう思ったからこそ────!」

『違うのよオータム! ()()()()()()()()()()()()()()()()()!』

 

 

 時が止まった。

 

 

 聞き間違いか、と思って、オータムは首をぶんぶん振った。

 それから恐る恐る聞き返す。

 

「なんて?」

『世界に生きとし生ける生命全てを同性愛者にしてやるわ!』

「嘘だろ…………」

『おしべはおしべ同士で、めしべはめしべ同士で受粉するべきなのよ!』

 

 完全に受粉の定義が狂っていた。

 元恋人の怨霊が妄言をぶち上げるのを聞いて、ぽかんと口を開けたまま、絶句することしかできない。

 

(誰がまじめに取り合うんだよこれ……)

 

 オータムは思わず隣の東雲に視線で助けを求めた。

 

「上等だ。この世界の自由恋愛は当方が守るッ!」

「嘘だろ?」

 

 完全に味方がいないことを思い知らされるだけだった。

 

『何様のつもりかしら』

「恋に生き、愛を貫く剣士。恋愛大明神東雲令とは当方のことだ」

「初耳だよ」

『恋愛大明神……ッ!?』

「なんで驚愕してんだよ。純度百パーセントの妄言じゃねえか」

 

 真顔で言い切る東雲と、それに慄くスコール・ゴースト。

 完全に自分が常識人枠に押し込められたことに気づき、オータムは正直帰りたくなった。

 

「フン。其方とは格が違う。かれぴっぴにLINEとか送れるぞ」

『貴様……! かれぴっぴ呼びだけは腹が立つ……!』

「そこじゃねえだろッ!? なんでこの土壇場で本当にLINE開いてるんだお前ッ!?」

 

 

 

 

 

東雲一夏

今日

既読

先程言い忘れたが隣にオータムがいる。
18:50

既読

観戦したいそうなので試合を見ながら戦うことにした。
18:50

既読

無様はさらすなよ、我が弟子。
18:50

既読

そういうわけで帰りがけに牛乳をお願いできるか。
18:50

既読

切らしていただろう?
18:50

 

情報量が多すぎる
18:50

てか待って
18:50

なんで俺の家の冷蔵庫事情知ってるの
18:50

なんで??
18:50

 

既読

セッシーは手ごわいぞ。
18:51

既読

臆さず踏み込め。
18:51

既読

我が弟子ならできる!b
18:51

 

シカト?正気か?
18:51

 

Θ
    Ψ

 

 

 

 

 

「情報伝達出来たな。ヨシ!」

「ヨシじゃねェェェェェ────んだよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その滅茶苦茶なLINEを送られ一方的に切られた一夏は、ピットで深く息を吐いた。

 

(すごいタイミングで送ってきたけど……助かった、かもな……)

 

 試合開始直前。

 あとは愛機を起動させ、カタパルトに乗ってアリーナへ飛び出すという段階だった。

 既に友人たちはみな、VIP用の観客席にて自分たちを待ちわびているだろう。

 

(……観客、か)

 

 ふと、ピットから客席を見る。多くの観客がチケットを争うようにして購入した。この一世一代の大舞台を見に来てくれている。

 観客が自分の味方をしている、という自覚があった。

 

(……勝手な人たちだ)

 

 勝負ごとに関して、誰よりも残酷なのは観客の人々なのだと。

 一夏は競技IS乗りとしてキャリアを積む中で嫌というほどに知っていた。

 幸いにも大敗を喫することなく、同格相手にごくごく稀に惜敗する程度で、気づけばこの場にたどり着いていた。

 だから自分が打ちのめした相手への失望の声を聞くのは、二度や三度ではない。

 一度でも無様な姿を見せれば、彼ら彼女らは、あっさりと()()()()()()()()()

 

「織斑選手」

「はい」

 

 名を呼ばれ、即座に『白式』を展開した。

 メイン人格の凍結に伴って、第二形態『零羅』もまた封印状態である。

 純粋な第一形態のみ。武器もまた、刀一本だけ。

 カタパルトに両足を固定する。カウントが刻まれ、レール上を疾走。あっという間にアリーナの真ん中へ放り出された。

 

 歓声が爆発した。

 地球そのものを震わすような大歓声、熱狂だった。

 その渦の中心で、一夏はぐるりと周囲を見渡した。

 

 遠くまで来たと思った。

 本当はただ、誰よりも強い彼女に追いつきたかっただけ。

 けれど多くを背負って、その果てにこうして、大衆の見世物になって。

 

 

「わたくし以外を見ているなんて、妬いてしまいますわよ?」

 

 

 ────思考が断ち切られる。

 ガバリと振り向けば、いた。ずっと待ってくれていた。ずっと高めあってきた。

 宿命にして運命の蒼が、いた。

 

 

「ああ、そうだな。悪かったよ……でも、大丈夫だ。今はもう、お前しか見えない」

 

 

 言葉は既に不要。

 視線が重なり、互いに優しく微笑みを浮かべ、瞳の中に焔を宿す。

 

 

 

WARNING

 

 

 

 愛機が視界にアラートを表示した。

 客席に座る観客たちが、打って変わって痛いほどの静けさに包まれる。

 世界がクリアになったような感覚。

 しずくの一滴すら見逃さない極限の集中。

 

(ずっと、この日を待っていた)

 

 一夏は恐ろしいほどの歓喜をこらえるのに精いっぱいだった。

 

(あなたも、同じ気持ちでしょう)

 

 全身が興奮に震えているのを、セシリアは冷静に把握していた。

 

 

(もう他には)

(何も見えない)

(何も聞こえない)

(ただ相手だけが)

(目の前にいる)

(それだけでいい)

 

 

 距離を置いて、今から戦うというのに。

 一夏とセシリアはまるでお互いが溶け合っているような心地すらした。

 刻まれるカウントを、コンマゼロゼロゼロゼロ秒単位までごく自然に掌握。

 身体に無理なく力が伝導される。意識せずとも、最高のスタートのために、自分の全てがフル稼働している。

 

(最高の場。最高の時。お前と雌雄を決するに不足はない! ああ、俺は──)

(決戦場には十分。相手は貴方以外あり得ない! ええ、わたくしは──)

 

 

 

 

 ────お前/貴方を倒すために生まれてきたッ!!

 

 

 

OPEN COMBAT

 

 

 

 決着の幕が切って落とされた。

 







お待たせしました。

箒がアメリカ代表なのは仕様です
一夏と箒が日本に所属し続けるのは正直無理筋だと思っていて、どこかのタイミングで無国籍とか多国籍とかになると勝手に考えてます
で、箒というか紅椿が第四世代機の原点にして頂点なので、アメリカが色々政治カード切って獲得した想定の世界線です
この辺りは簪を日本代表にするためのご都合主義みたいなもんですね

一夏とセシリアはどの世界線でも世界最強をかけて戦うんですけど、今回は
・白式のコア人格が未覚醒
・一夏を巡る恋愛が未決着
・東雲令が最速で世界最強に到達
という細かい分岐があった世界線を想定して書いています
明言してませんが東雲が三代目世界最強で、一夏とセシリアは四代目を賭けて争っています
他の世界線だと大抵濡羽姫が三代目ブリュンヒルデになってます


次回
唯一の男性操縦者VS英国代表(後編)
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