【完結】強キャラ東雲さん   作:佐遊樹

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世界最強の再来VS世界最強(後編)

 決戦場と化したアリーナに、寂しげな月光が降り注いでいる。

 一度の交錯を経て訪れた静謐。 

 その中で、一夏は息をのんで趨勢を見守っていた。

 

(秘剣は破られた……次はどうする?)

 

 知る限りでも、秘剣は東雲が保持する技巧の中で最大の攻撃力を誇る必殺技だ。

 それが通用しないというのは、即ちほとんどの技術が通用しない可能性がある。

 

(魔剣はあくまでも戦闘論理。勝算を導くためのパーツとしては、千冬姉の防御を切り崩す何かが必要だ。恐らく東雲さんは、その役割を秘剣に求めていた)

 

 計算は潰えた。

 だから彼女はこの場で即座に、もう一度勝利の方程式を導き出さなければならない。

 

(どうする……原理を細かく見て取ることはできなかったけど、千冬姉は全部の攻撃を受け流し、そのまま跳ね返したように見えた。生半可な攻撃は通用しない!)

 

 恐らくあれは、篠ノ之流の守り型に着想を得た千冬オリジナルの超絶技巧だ。

 

(千冬姉の強さは、俺や代表候補生みたいな強さじゃない。俺たちは各々に強みがあって、それを生かしつつ、相手の強みを削ぐ……そういうタクティクスを軸に戦っている)

 

 冷静な分析を続けながら、一夏は視線を姉に向けた。

 

(だけど千冬姉は違う。なんていうか……立っているステージが違うんだ。俺たちの工夫や技巧を、あの人は小手先として一蹴できる)

 

 以前、簪がゲームで例えていたのを思い出した。

 

『令たちの戦いは……格下であれば、全部無効化しているような感じが、する……ランク付けがあるわけじゃないけど、私たちをAクラスと仮定するなら……令は、SSとか。それで、S以下からの攻撃をすべて無効化する、みたいな……』

 

 あの時はゲーム脳が過ぎるだろと一笑に付したが、今なら意味が分かる。

 言う通りだった。東雲もそうだろうし、何より千冬が証明している。

 

(これが……世界最強を巡る戦いか……!)

 

 一夏に出来るのは、結果から過程を逆算して何が起こったのかを分析することだけ。

 だからここから先の趨勢を予測することは、鬼剣使いを以てしても不可能だった。

 

 

 

 

 

 

 

「聞いていなかったな」

 

 息一つ乱さないまま、千冬がふと問いを発した。

 

「……?」

「世界最強が、欲しい理由だ」

 

 ずっと東雲は世界の頂点を目指していた。

 千冬は彼女を鍛える中で、挑戦者として認め、次第に最強の座を脅かすのは彼女に他ならないと断言するに至った。

 それでも、分からないことはある。

 

「モチベーションの問題だ。お前は()()()()()()()と言わんばかりに成長してきたが……ほかの教え子たちは、そうではなかった」

 

 一端の教育者として、何かを懐かしむように。

 

「教え子だけではない。打倒してきた連中も皆、信念があった。それぞれの理由があって、私はそれを悉く打倒してきた」

 

 伏せた眼差しに、感情の色を濃く残して。

 織斑千冬は東雲令に、問わなければならない。

 

「何故だ。何故、頂点を目指す。何故、『世界最強』になろうとする」

 

 かつての東雲は回答にならない回答を持っていた。

 IS乗りならば、それを目指すのは当然だと。学び舎に通う者すべてがその理想を掲げていなければ道理は通らないと。

 

「……気づいたのです」

「ほう? 何にだ?」

 

 真紅の太刀を構えながら、東雲は静かに告げた。

 視線だけで、千冬は続きを促す。

 

 

「当方は……ひとり、でした」

 

 

 ずっと一人で戦っていた。

 友など不要。自分か、敵かの二択。

 永遠に続く闘争の果てには、勝利以外は無価値だった。

 

 

「ひとりでいいと、思っていました。だけど」

 

 

 だけど──変わった。

 一人の少年が。『一』を名前に冠する少年が、『零』を変えた。

 

 

「彼と出会ってから、当方は誰かとつながるということについて、ずっと考えてきました」

 

 

 空っぽではなくなった。

 友を得た。仲間を得た。かけがえのない時間を手に入れた。

 彼が空っぽの零に、温かい何かを注ぎ込んでくれた。

 

 

「彼を……織斑一夏を見て、分かりました。単純な肯定だけではない。否定や対抗、競争もまた、つながりであると」

 

 

 己の何もかもを投げ出すような争いが、新たなる成長の芽になること。

 競い合い、刺激し合い、そうして頂への階段を昇っていく人が確かにいること。

 全部、彼が教えてくれた。

 

 

「故に気づきました。当方は──本当は、()()()()()()()()()()()()

 

 

 視線と共に切っ先を向けた。

 織斑千冬は微かに、唇を吊り上げた。

 

 

「当方はずっと、ずっと、ずっと、貴女に支えられていた」

 

 

 超えるべき先人として。

 立ちはだかる、遠く、偉大な背中として。

 千冬はずっとそこにいてくれた。

 

 

「貴女がいてくれたから、ここまでこれた」

 

 

 確かな実感と共に目を閉じ、数秒の静寂。

 

 

 ────開眼。

 東雲の両眼を見て、一夏は、焔を閉じ込めた宝石のようだと思った。

 

 

 

「故にその名前、譲ってもらいます。肩書きに価値はなくとも、当方の欲の発露として。そしてまた、当方なりの──()()()()()()

 

 

 

 東雲の言葉を聞いて。

 一瞬千冬は面食らったようにポカンとして。

 すぐに口をゆがめ、こらえきれず哄笑を上げた。

 

「────ハッ。ハハハ! ハハハハハハハハハッ! 恩返し──恩返し、ときたか!」

 

 決戦場に到底似つかわしくない言葉だった。

 彼女が、東雲令が本気で言っていると感じ取れたからこそ、それが一層おかしかった。

 

「はい。その恩を返すには──(これ)しかないと思っております」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! それは──それはきっと、お前のような狂人だけだろうな」

 

 自嘲するような言葉に、東雲は眉根を寄せた。

 

「失礼な。当方は狂人ではありません」

 

 え……? おいカメラ止めろ。

 

「そして、『君臨していただけ』という言葉にも反論があります。貴女はいつも、絶対的な目標として存在していた。存在してくれていたのです」

 

 カメラは止まらなかった。

 

「だから当方のような者は救われた。貴女が指導者として導いた成果なら、ここにいる──今、ここに、貴女の前に!」

 

 太刀を正眼に構えて、東雲が全身から気炎を立ち上らせる。

 

「最大級の尊敬と、最大限の感謝を。そしてその証明に、この太刀を──!」

「嗚呼──いいだろう。なら、最後の指導といこうか」

 

 ビリ、と肌が痺れた。

 相対する剣客の気迫が、切っ先を持って此方を突いていた。

 歓喜に顔を歪めて、千冬は猛り狂う胸の内をそのまま吐き出す。

 

「かかって来い小娘! 半端な太刀なら砕いてやろう! 鈍らデタラメ剣術なら斬り捨てよう! お前の全てをかけて、ぶつかってこい──!」

「委細承知しました。いざ、往きます──!」

 

 両者の太刀が閃く。

 敬愛する師への恩返しのために。

 師と仰いでくれた教え子を最後まで導くために。

 

 

 

 

 

「──()()()()……ッ!」

 

 千冬の握るブレードが、紐解かれるようにして擬態外装を解除(パージ)

 一般的なブレード『葵』の外観を取っていた太刀が真なる姿を露にする。

 光を飲み込む漆黒の刃。

 その銘も、『雪片零型(ゆきひらぜろがた)』。

 

 

 

 

 

「──()()()()

 

 背部バインダーが回転し、リボルバー状に展開。

 順次即抜刀可能な、超攻撃的なスタイル。

 両手に握ったものを含め、残り13発の弾丸と言い換えられる。

 その真理は剣ではなく、彼女自身に宿る必殺技巧。

 

 

 

 

 何も知らぬ子供ですらもが分かる。次の攻防で決着がつくと。

 

「──私は、十三手で勝利する」

「当方は──十三手で勝利する」

 

 両者の視線が闘志にぎらつき、気迫の激突が世界を軋ませた。

 

 

 

 

 

 

 

「ここで……魔剣だって……ッ!?」

 

 東雲が啖呵を切ると同時。

 観客席で、束は驚愕に目を見開いた。

 

「ありえない! 魔剣は単体で完結する技巧じゃない、勝利への道程全てを計算する戦闘論理の総称だ! 勝ち筋が見えたっていうの……!?」

 

 頭をかきむしりながらも、彼女は必死に計算を続ける。

 

「いや……いいや……! アレはそもそも、東雲計画だけを材料に判断していい存在じゃない。()()()()()()()()()()だ。なら、この私にすら見えないものを見ている可能性はある。だったら──」

「関係ないですよ」

 

 束の推測は事実をもとに構築された、理論だったものだった。

 けれどそれを、『世界最強の再来』の、唯一無二の愛弟子が切って捨てた。

 

「は……?」

「東雲さんには……そしてきっと千冬姉も。そんなこと、関係ないんだよ、束さん」

 

 信じられないものを見たように、束は隣の少年に対して目を見開く。

 蒼穹色の瞳に大切な二人を映しこんで。

 一夏は、静かに微笑んでいたのだ。

 

「新人類だとか、織斑計画だとか……そんなのもう関係ないんだ。二人には関係ない」

「関係ないって、そんなわけ!」

「だって……あの二人は、あの二人だから」

 

 回答になっていない! と束は悲鳴をあげそうになった。

 けれど一夏の凪いだ声色には、確信が宿っていた。

 

「自分が何者なのか。分からなくなって、投げやりになってしまって、強さだけを求めて……」

 

 二人の辿ってきた道のりが、一夏は手に取るように分かった。

 

「それでも、最後の最後に残ったもの。それを信じて走れる人たちなんだ」

「……最後に、残ったもの?」

「うん」

 

 頷いてから。

 昔なじみの、近所のお姉さん相手に、少年は神妙に語り始めた。

 

「人によって違う。歩いていく道筋が違うだろうし、最後に見つけるものだって違うだろう。だけど……諦めずに、どんな困難があっても挫けずに、歩くことを決して止めない人だけが見つけられるものがある」

 

 こんな説教じみた台詞は柄じゃないんだけど、と照れながらも。

 確信をもって彼は言えることがある。彼だからこそ言えることがある。

 

「何もかもを削ぎ落して、積み上げた屍山血河の上で手を伸ばすのかもしれない。あるいは、旅路の途中で仲間を増やして、皆で手を届けさせるのかもしれない」

「…………」

「例えばそれは、可能性。例えばそれは、最強の力。例えばそれは……誰かとのつながり」

 

 己の右手をぐっと握りしめ、それに視線を落とした。

 かつて多くのものを取り零してきた手。そして、多くの人とつながれてきた手。

 

「俺もそうだ。俺も走り続けたい……俺でさえそう思ってるんだからさ。ずっと先を走ってる二人だって、当然そう思ってるんだ」

「……走り続けること」

「うん。じっと夢見るだけじゃなくて、自分で決めた道を走り抜けること」

 

 視線を上げる。

 決着を目前とした決戦を見据えて、一夏は迷いなく断言する。

 

 

 

「漫然と歩くだけじゃない。そうして前に進んでいくことを、人々は……『生きる』っていうんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 カチリと。

 東雲の中で、何かが綺麗に嵌る音がした。

 

(……嗚呼、そうか)

 

 一夏の言葉は二人にもしっかりと届いていた。

 極限の集中だからこそ、周囲の情報すべてを、息をするように吸い上げていた。

 

(当方も、今、生きている)

 

 両手がひどく熱い。

 手を覆うクロー状の装甲から、柄を介して刀身へと熱が流れ込んでいく。

 風を浴びる切っ先が、指先のように感じた。刃が自身と一体化したような感覚。

 

(そうだ。そうあれかしと願われたからではない。当方が、当方の進む道を決めたのだ)

 

 原初など覚えていなくとも良い。

 胸の内からあふれ出るマグマに嘘偽りはない。

 

(貴女は先達だ。そして同時に、当方の道をふさぐ障害物でもある)

 

 相対する千冬相手に。

 東雲は静かに息を吸って、そう思った。

 

 

 

(一手)

 

 

 

 緩やかな踏み込みだった。

 最初の交錯が嘘のように思える低速。

 

 ────それはあくまで東雲の視点。

 

(馬鹿な、これは……!?)

 

 千冬は、()()()()()()()()()()()()()()を確認して絶句した。

 同じだ。同じ現象を彼女は知っている。カウンターではなく気づけば無理矢理に先手を打たされている、ある流派の極致。

 

(──陰ノ型・極之太刀!? 数度見ただけでラーニングしたっていうの!?)

 

 観客席で見ていた束の方が、驚愕は大きかった。

 月夜の浜辺にて、一度その刃に東雲は敗北し、二度目は連理によって防いだ。

 たったそれだけの情報をもとに、ほとんど完璧な極之太刀を東雲は再現している。

 

「だが──!」

 

 情報受信能力の低下こそ著しいが、それを補って余りあるほど、千冬は戦士としての技巧を磨き上げている。

 伸びきった腕を瞬時に引き戻す。

 東雲が繰り出した斬撃が、『雪片零型』の刀身に受け止められた。

 

(やはり不完全! 完全に極之太刀を修めた束は三連撃を繰り出していた、それに比べれば!)

 

 黒と紅の刃が、互いを噛み千切ろうと火花を散らす。

 スパークに照らされ、千冬の凄絶な表情が浮かび上がった。

 

「今度はこちらの番だぞ、一手……ッ!」

「────!」

 

 つばぜり合いの格好から、膝をばねにして一気に弾き上げる。

 両腕を打ち上げられた東雲だが、手に持っていた太刀を即座に手放し後ろへ下がる。

 

()ィィィっ!」

 

 千冬の二手は抉りこむような刺突。

 それを東雲は軽く首を振って避けつつ、背部バインダーから次なる刃を引き抜く。

 

(二手)

 

 カウンターの抜刀斬撃。

 大地を砕きながら放たれたそれは、しかし千冬が腕の一振りで叩き落す。

 流石の東雲も瞠目した。斬撃の芯を真横から的確に叩き、攻撃の勢いを砕いたのだ。少しでも角度がずれていれば大ダメージを負う自殺行為。だが狙いすました衝撃が、真紅の太刀を軋ませた。

 東雲は即座に手持ちの武器を破棄、背部から追加の刀を引き抜く。

 

(三手!)

「三手ッ!」

 

 両者同時に第三手へ到達。

 鏡合わせのように太刀を真っ向からぶつける。炸裂したスパークを置き去りに、二人は後ろへ下がって間合いを取り直していた。

 

(──ここまでは計算通りだが……)

 

 たった一振りで芯が歪み、使い物にならなくなった太刀を東雲は投げ捨てる。

 同時、一手に用いた太刀が回転しながら落下、千冬の後方に突き立った。

 残った太刀は十本。

 

(ここまでは膠着状態。互いの攻撃を読み、確定し、避け、逸らし続ける……その繰り返し)

 

 新たな太刀を抜き放ちながら、東雲は己の計算に狂いがないか何度も検算をした。

 織斑千冬相手に、単なる魔剣では不足しているなど重々承知。

 だからこそ、東雲は今ここで、今までの自分を凌駕しなければならない。

 でなければ勝利など程遠く、片腹痛い。

 

(四手!)

 

 最高速度での突撃。前に飛び込み斬り捨てる、それ以外の要素全てを排除した神速の踏み込みだった。

 世界最強の反応速度を以てしても、刹那の内に東雲が眼前で刀を振り上げていた。

 

「──ッ!?」

 

 身をよじるようにして回避。空ぶった唐竹割が、余波だけでアリーナの地表をえぐる。

 姿勢を崩した千冬。

 対して東雲は既に次の攻撃を準備している。

 

(五手……!)

 

 東雲の計算はここが分岐点だと弾き出していた。

 今までの速度域を大きく飛び越えた超高速の攻撃。戦闘のリズムを破壊し、一気に流れを自分のモノにする。

 崩れた体勢のまま千冬は直撃を予期して歯噛みし。

 

(迂闊だった────えっ? は? ()()()()()()()()()()?)

 

 崩れた体勢──いいやそれは片足を()()()重心を運んだ、篠ノ之流の教えのエッセンスを抽出した戦闘動作だった。極限まで無駄を省けば、挙動一つ一つは水が流れるような自然体となる。

 右へ回転しながら東雲の第五手を受け流し、返す刀を振るう。

 

 それらすべてが意図的なものではなく、無我の境地。

 思考を挟まない千冬の第四手が、東雲の五手をはじき返す。

 

「な────」

 

 確かに分岐点だった。

 刃を交わす両名にしか分からない分岐点だった。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(なんだ!? 私は、私の身体はなぜ勝手に動いている!?)

 

 千冬の第五手と東雲の第六手がほとんど同時に炸裂した。

 空間そのものを断ち切る『零』の斬撃。リズムを前提とした剣戟ならリズムごと断ち切るだろう。常人には受け止めることも放つこともできない、超一級の戦士が究極の自然体で放つ死の攻撃。

 

(身体に、引っ張られる……ッ! 『茜星』のオーバーロード!? いいや、当方のバイタルサインは通常時通り!)

 

 自動的に放たれる最善手。

 無意識に振るわれる究極の斬撃。

 二人がこれまで積み上げてきた経験と、磨き上げてきた感覚。それらが確定の未来を視て、意識を無視して身体を操作しているのだ。

 

(これは──確か、おりむーがかつて経験したと話していた……!)

 

 東雲は弟子である一夏に、トラブルに巻き込まれるごとに全戦闘の反復をさせていた。

 判断ミスや技量不足の点を挙げていくのが主な仕事だったが、聞いているうちに自分では経験したことのない現象を多く誘発させているということも分かった。

 例えば、デュノア社襲撃事件において、織斑マドカと戦闘していた時のこと。

 

『なんていうか、俺じゃない誰かが、俺の身体を動かしてたんだよ。次にするべき動作が、分かるけど分からないっていうか……正解を選んでるんだけど、横に答えのページも開いてズルしてる感じだった』

 

 根本的な部分を理論で詰める一夏にしては、的を射ない感覚的な語りだと思った。

 しかし今この瞬間、なるほどこういうことだったのか、と東雲は理解に至った。

 

(ある程度は意識的に『無我』の境地を発動できるつもりになっていたが──これはまさしく、『無我』の向こう側!)

 

 剣術。

 あるいはもっと包括的な、武術そのものにおいて。

 雑念の一切を脱ぎ捨てて至る境地がある。

 まなざしに澱みはなく、心持は凪いだ水面の如く。

 即ち水の一滴落ちた波紋すら明瞭に見透かすであろう、明鏡止水の領域。

 それを人は、『無我』と呼ぶ。

 

『……ッ!? 速度が、上がり続けてる……ッ!?』

 

 観客席で一夏が驚嘆の声を上げる。

 極限まで無駄を省かれた斬撃の線は、もはや同一空間上に重なって見えた。

 瞬息に放たれる三連撃を、刹那の内に返される三連撃が撃ち落とす。

 加速度的に跳ね上がる斬撃の密度。

 

(…………ッ)

 

 己の身体がそれを成している、という事実に現実味がなかった。

 最大攻撃力を保つために歪めば即座に破棄していた太刀。それらを今、東雲は無意識に平均三発の斬撃にあてていた。

 

(当方の、知らない戦闘理論……いいや。身体に蓄積されていたが、表層化していなかった戦闘技術か……!)

 

 東雲令が。

 あの『世界最強の再来』が、爆発的に成長していた。

 とはいえこれは、一時的に踏み込んだゾーンに過ぎない。忘我の末に切り開いた、自らの余白。そこを今、凄まじい速度で身体が塗りつぶしていく。

 

 数秒の停滞。

 互いの無意識領域が、互いの限界を図り。

 それから────加速する。

 

 

 

 

 

 

 

「……駄目だ、束さんでも読み切れない!」

 

 細胞単位で人類を凌駕する篠ノ之束ですらもが、悲鳴をあげた。

 両者ともに階段を二つ飛ばしで駆け上がっていく。

 両者──そう。

 織斑千冬が、『世界最強』ですらもが、今この刹那に限界を更新し続けている!

 

「こんなことが、在り得るの……ッ!?」

 

 もはや観客が観客として成立していない。

 彼も彼女も、舞台上で何が起きているのかさっぱり理解らないのだ。

 

「ミックスアップ──対等なライバルと競い合うことで、単純な反復練習より劇的な効果があることはスポーツの分野でよく言われてるけど、だけど! ()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 科学的には、その原理を予測することはできても、過程をつまびらかに解析するところまでは到達しない。

 誰にでもわかる数字の解析ではなく、必要なのは、その領域に関する理解と実感だった。

 

「……ああ、そうか、なるほど」

「成程!? 成程って何!? いっくん、何が分かったっていうの!?」

相互意識干渉(クロッシング・アクセス)だ……」

 

 その単語を聞いて、束は目を見開いた。

 事実、一夏の蒼穹色の双眸は、東雲と千冬の間に微かなリンクが結ばれていることを視認していた。

 

「コア同士のシンクロがIS乗り同士の意識もつなげる現象……だけど、それがどうして!」

「深層心理を表層化させるほどの深度じゃないですよ。俺と『暮桜』は、思念が流出する程度の浅いつながりをずっと保持していた。それと多分、同じです」

 

 言語化しえない領域で身体が動くのなら。

 その無意識化で、おびただしい量の情報が交換されていると考えても不自然ではない。

 

「──互いの戦闘論理を、片っ端からラーニングしてるっていうこと!?」

「うん。ミックスアップって言葉じゃ生ぬるい……お互いを食らって、糧にしてるんだ」

 

 敬愛する師の勝利を祈りながらも。

 一夏は首を横に振って、小さくつぶやく。

 

「……分かってるはずだろ、東雲さん。それじゃ千冬姉には勝てない……!」

 

 

 

 

 

 

 

(驚きだよ。私にまだ、これだけの力があったとはな)

 

 言葉とは裏腹に、千冬の内心は穏やかだった。

 半ばパニックに陥っている東雲とは対照的。

 千冬は勝手に動く己の身体を、()()()()()()だと割り切って眺めていた。

 

(嗚呼、そうだ。束の御父上……師範代が言っていた。単なる無我など児戯だと。赤子にはできないだけで、大人が洒落込んだ飾り着に過ぎない)

 

 全自動で振るわれる斬撃がもう第何手なのかも分からない。

 ただ、先ほど自分が構築した十三手の勝利より、明らかに疾いのだけは分かる。

 

(本質は、()()()()()()()()()領域に宿る。成長と共に蓄積された雑念を払い、かつて胎内にいたころのように、我を忘れるどころか認識すらしない究極の零。そこにこそ、最果ての剣は宿ると)

 

 授かった教えを理解し、千冬は自嘲した。

 

(いやはや、まったくもって。私の研鑽は真逆だったというわけだ)

 

 世界最強に君臨した彼女でさえもが、認めざるを得ない。

 今までの努力は無意味でこそないが、真反対だったと。

 剣を振るう単純な動作に至るまで、全てが間違っていたのだと。

 

(フン。どうやら東雲は、この感覚と戦っているようだが……)

 

 至近距離、火花越し。

 珍しく明確に苦悶の表情を浮かべる東雲を眺めて、他人事のように千冬は刃を振るっていた。

 

(少しばかり柔軟さが足りないな。これはもう私たちにとっては理外の領域……ただ流されるだけで十分だろう)

 

 確かに全自動で斬撃を繰り出し続けてはいるが、これはれっきとした千冬の力である。

 無意識領域に蓄積され続けた経験値とセンスが、思考回路の速度を超えて作用しているだけだ。

 だからこそ、ざっくばらんな言い方をすれば──千冬は今、()()()()()()()()()()()

 

「ふ、ぎぎ……!」

 

 脂汗を浮かべながら、東雲が必死に腕を振るう。

 

「どうした。乗りこなすつもりか?」

「ぎ、いぃぃいいいぃッッ」

 

 言葉にならないうめき声。

 無我に逆らっていることは明白だった。

 

「何故だ。何故委ねない」

 

 剣士としての極致を真っ向から否定するように。

 東雲は死に物狂いで、無意識領域をねじ伏せようとしている。

 

「こ、れ、では……ッ!」

「……?」

「──これ、では、勝てない……ッ!!」

 

 理解していた。

 蓄積された経験値とセンス。

 それだけの勝負に徹してしまえば──東雲令に勝ち目はない。

 

「だから、こそ」

 

 息も絶え絶えに、東雲は斬撃を繰り出そうとする右腕に、()()()()()()()()()()()()

 

「…………ッ!?」

 

 装甲が砕かれ、火花が散る。

 意味不明な自傷行為に、咄嗟に千冬の身体が攻撃を中断し距離を取った。

 

「当方の、身体は……魔剣を不要だと、判断した。この身に宿った、純然たる技量だけで勝負する。それが現状出せる、最大出力だと」

「……そうだ。普段は言語化していないが、理解しているもの。それが今、私たちを動かす原動力だ」

 

 間合いを測り直し。

 即座に千冬の身体が追撃姿勢に入る。

 己の右腕に刃を突き立てたまま、東雲は俯き、歯を食いしばって身体を抑え込んだ。

 

「そうでは、ない……当方が、勝つために、必要なのは……」

 

 無意識領域が斬り捨てた、彼女自身の戦闘理論。

 積み上げてきた。築き上げてきた。確かな裏打ちとして作用するだけの、空虚な剣。

 意識が朦朧としていた。自分でない自分に飲まれそうになる。

 

(……今、何手だった?)

 

 単純なカウンティングすらおぼつかない。

 ふらりと、無防備に右足が傾いだ。

 千冬の思考がスパークした。敵対存在を完膚なきまでに打ちのめすべく、絶好の間隙へ身体が飛び込む。

 

(…………ぁ)

 

 眼前に迫る漆黒の刃を見据えて、東雲はなんとか身体を動かそうとし、けれど動かなくて。

 

 

 

 

 

『東雲さん────()()()()()!』

 

「……七手」

 

 

 

 

 

 光が交錯した。

 攻撃を弾かれ、千冬の身体がごく自然に連撃を重ねる。

 

『八手、九手!』

 

 彼の声に導かれるように。

 東雲は軋んだ太刀を放り捨てて、次の抜刀で千冬の身体を押しとどめ、その勢いを吸収し九手で大きく跳び退がる。

 

「…………おり、むー?」

『分かってるはずだ、東雲さん。分かってるんだろ……!? 君が振るうべき剣は、そんなものじゃない!』

 

 明滅する意識の中で。

 東雲はぼんやりとした表情のまま、観客席に顔を向けた。

 そこで見た。

 観客席から立ち上がり、遮断シールドに身を乗り出すようにして此方に叫ぶ一夏を、見た。

 

『無機質で、最高率で、ただ自分の限界をぶつけるだけの剣──それじゃ勝てない! だから今、君が勝つためにすべきことはそれじゃない!』

「……そう、だな。しかし……」

『しかし、じゃないんだよ、()()()!』

 

 導き、導かれた弟子が、声を荒げて自分を心配している。

 それが嬉しくて、東雲は、ふっと身体から力を抜いた。

 

『勝つんだろ、世界最強に! 世界で一番強い、俺の姉さんに!! それなら、自分なんかに振り回されるな!』

「……ッ!」

『勝てよ、勝てよ我が師……! 俺もすぐ行く! 俺もそこに行くから、だから──負けるな。自分なんかに負けるなッ! ()()()()()ッッ!!

 

 勝つ。

 そうだ。この戦いはただ勝てばいいのではない。

 自分こそが世界最強だと、名乗りを挙げるために。

 ずっと自分を導いてくれた最強に、恩を返すために。

 

(……ああ、そうだったな)

 

 両腕に力が流れ込んでいく。

 とっさに千冬が刃を振るった。行動の起こりを潰すための、先の先。

 だが、東雲は。

 

「十手」

 

 瞬時に二刀を抜刀。

 右の太刀で千冬の移動先をつぶし、左の太刀で斬りつける。

 

「……ッ!?」

 

 当然、無視した攻撃がそのまま東雲にクリティカルヒットした。

 互いの装甲が砕け、破片が空中に舞う。両者の残存エネルギーが危険域に突入する。

 捨て身か──違う。東雲の両眼に宿る焔がそれを否定する。

 

()()()()()()()?」

(────ま、ずっ)

 

 同時、超至近距離で再度東雲が攻撃を放った。

 真っ向からの唐竹割。

 千冬の身体が、カウンターを選択した。選択してしまった。捨て身の東雲に対して最も効率よくダメージを与える、文句のつけようのない最善手。

 

 限界同士の激突であれば、千冬の勝利は揺るがない。

 積み上げてきたモノが違う。完全に、どこをどう取っても彼女が圧殺するだろう。

 

 けれど。

 

 けれど!

 

「十一手!」

 

 飛んできたカウンターごと、東雲が真紅の太刀で千冬を切り捨てた。

 千冬の無意識領域が絶句する。なんだそれは。明らかに、見定めた限界以上のスピードとパワー。どこからそんな力が湧いたというのか。

 

(こればかりは負けられない! 限界を超える──その領域に関しては、ずっとずっと、おりむーに教えられてきたから!)

 

 そこが、そこだけが唯一の、東雲が勝り得る点。

 千冬にずっと導かれていたのと同様。

 すぐそばで、ずっと、一夏に教えてもらっていた。

 

 限界を超えて戦い続けること。

 諦めない限り、勝利を模索し続けること。

 

「無自覚な世界最強などという汚名、御免被る!」

 

 軋んだ太刀を放り捨て、東雲は神速で次の太刀に手を伸ばし、一瞬ピクリと肩を跳ねさせた。

 

「十二、手ェッ!」

 

 直後抜刀。

 千冬の身体は迷わずガードを選択。

 だが真紅の太刀が防御をこじ開け、そのまま世界最強の身体を穿った。

 ノックバックに吹き飛ばされ、大きく千冬が体勢を崩しながら地面を削る。

 それでも、眼光に衰えはない。

 

(土壇場で無我を振り切った!? しかし──十三手目は放てない!)

 

 千冬の洞察力は、きっちり残った東雲の太刀数をカウントしていた。

 無意識領域同士の攻防で太刀を消耗した結果、背部バインダーにはもう太刀が残っていない。

 残るは手に握った最後の、既に半ばで芯の歪んだ刃のみ。

 

(十三手目を放てなければ、貴様の魔剣は成立しないッ!)

 

 既に太刀は使い果たした。

 周囲に突き立った、真紅の墓標。

 

(もしも無意識領域に邪魔されなければ、私が負けていたかもしれないな──)

 

 計算しつくしても、東雲に逆転の芽はない。

 その結果を導き出して、千冬は最後にもう一度、彼女の手元に有効打となる得物がないことを確認して。

 

「言ったはずです────当方は、()()()()()()()()と!」

「な──」

 

 東雲が大きく飛び上がった。

 頭上を取り、そのまま捻り回転をして背後に着地する。

 千冬が勢いよく振り向いた。同時に決定打となる『雪片零型』を突き込む。

 

(魔剣は未完了だというのに────)

 

 身体に遅れて思考が発生する。

 千冬の視界に東雲が入るときにはもう、攻撃は完了していて。

 

 撃ち尽くされた魔剣。

 既に残弾はゼロ。

 

 そうだ。

 彼女は、ゼロだった。

 ()がそうであったように、彼女もゼロから始まった。

 

 一度ゼロになったとしても。

 

 またそこから走り出せるなんて、彼がとっくの昔に証明している。

 

 

 空っぽなら、()()せばいい。

 

 

 だからその剣の名は、他にありえない。

 

 

 

 

 

「──()()()()……ッ!」

 

 

 

 

 

 真紅の輝き。

 窮地にあっても決して色あせない、彼女の両眼の色。

 

「馬鹿な」

 

 千冬は我知らず呻いた。あるいはそれは、無意識領域の言葉だったのかもしれない。

 地面から引き抜いた太刀。既に歪み、軋み、砕かれた太刀──ではない。

 

 無傷の、今まさに新たに引き抜いたかのような太刀を、東雲は手に握って攻撃を防いでいた。

 

 布石は最初に打っていた。

 第一手。ラーニングした篠ノ之流・極之太刀を放ち、弾かれた。

 弾かれた太刀をそのまま放り捨てた。それは地面に突き立った。

 他の、もう使い物にならない太刀と同じように。

 刹那の目視では見分けがつかない、墓標の中に潜んだ最後の刃。

 

(これ、は。その剣は、まさか────!)

 

 魔剣ではない。

 順当の蓄積で、当たり前に勝利をつかむ魔剣ではない。

 

(最初から決めていた! 貴女を打倒するのであれば──その時は、当方の傍にいてくれた、彼の技で打倒すると──!)

 

 敗北の淵から、翼を広げ爆発的に飛翔するそれは。

 まさしく、彼がいつもやってきた、()()()()()

 

 

「十、三、手ェェェッ!!」

 

 

 最後の剣が振るわれる。

 迫りくる真紅の刃は、確かに千冬の選択肢を奪っていて。

 

 カチリと。

 二人の視線が絡み合い、同時に──思考がつながった。

 

 

 

 

 

 意識がスパークし、気づけば真っ白な空間にいた。

 

(……相互意識干渉(クロッシング・アクセス)、か?)

 

 実のところ、千冬はわが身でこの現象を経験するのは初めてだった。

 ISスーツ姿で、『雪片零型』だけを手に持ち、千冬はその空間を見渡した。

 

「……何もない。真っ白だな」

「そうですね」

 

 振り向けばそこに、真紅の太刀を腰に差した東雲がいた。

 

「ですが、綺麗です」

「……そうだな」

 

 視線が並行して、真っ白な景色を見つめた。

 

「……お前の勝ちだよ、東雲」

「はい。当方の、勝ちです」

 

 現実世界においては、刹那に満たない邂逅だった。

 意識が戻れば決着がつくと、両者理解している。

 

「次は私が勝つ」

「受けて立ちましょう」

 

 久しく言うことのなかった台詞。

 いや、生まれながらの絶対者であった千冬にとって、それは初めて発する言葉だった。

 自分が挑戦者となったことがおかしく、口元を緩ませ、()()()()()は微笑んだ。

 

「……モンド・グロッソに、一刻も早く出ろ。そして知らしめろ。お前が、ここにいると」

「無論です、この太刀にかけて、次は公の場で当方が最強であると証明します」

 

 だんだんと、感覚が薄くなっていく。

 意識のアクセスが断たれようとしているのだ。

 

「いろいろと、継いでもらうことになる……覚悟はできているな」

「負担ばかりではないでしょうに」

 

 千冬の深刻そうな声色に、東雲は首を傾げた。

 

「いや、何。お前の想像以上だぞ、『世界最強』というのは」

「ああ……そちらは既に覚悟しています。ですがそれ以外にも、当方が貴女から受け継ぐものは、確かに在る」

 

 らしい言葉だと思った。

 立場だけではない。

 意志、刃、祈り。

 それらをひっくるめて、東雲は、千冬から受け継ぐと言っていて────

 

 

「具体的にはまずおりむーですね」

「は???」

 

 

 千冬の手の中で刀の柄が嫌な音を立てた。

 

「おい、待て。待て。お前今なんて言った?」

「はい。ですから──貴女に勝利したということで、織斑一夏に関しては今後当方が扶養します。当方だけに。なんちゃって」

「……は?????????」

 

 そんな予兆があったのか。

 千冬が知らなかっただけである。

 

 そういう枠だったのかお前。

 なんなら最初期の超古参である。

 

 えっこれそういう目的の戦いのだったのか。

 恩返しは本気だけどそれはそれ、これはこれ。

 

「いや……考えがまとまらないんだが……あの、その……」

「幸せになります。フンス」

 

 千冬は、一夏と東雲が並び立つ光景を幻視した。

 どちらかというと互いに競い合う競技者としての並びだったのが、いつの間にか白いドレスとタキシードを着てこちらに手を振っていた。

 

 

「安心してください。おりむーは当方が幸せにします。なので……織斑千冬先生は、安心して、結婚相手を探してください(笑)」

 

 

 世界最強の沸点は、この瞬間、世界最低になった。

 

 

 

 

 

 

 現実世界に戻ると同時。

 互いの意識が回帰すると同時。

 

 

「認めるかこのクソボケ女ァァァァァァァァ────────ッッ!!」

 

 

 ブチギレた千冬が無我をブン投げて限界突破した。

 間に合うはずのない迎撃が間に合う。漆黒の刃が、真紅の太刀を真っ向から迎え撃つ。

 互いに腹の底から、叫んだ。

 

 

 

「────『魔剣:幽世審判(弟さんを当方に下さいスラァァァァァッシュ)』!!」

「────『斬魔:終幕極夜(お前なんぞに弟を任せられるかあああああっ)』!!」

 

 

 

 激突。

 

 

 

 

 

 

 

 夏休みを終えて、二学期の始業式を迎え。

 織斑一夏はアリーナの観客席で、若干うんざりした表情で目の前の試合を眺めてみた。

 

「……戦績は如何ほどなのでしょうか」

「45勝44敗で、東雲さんが勝ち越してるな」

 

 後ろのセシリアの問いに、そう言って一夏は肩をすくめた。

 刀を振り回して殺し合っているのは東雲令と織斑千冬。

 なんかもう二人の力量が対等だと、夏休みの間で世界中に知れ渡っていた。

 

「もう滅茶苦茶ね。毎日アリーナがボロボロっていうかさ。ていうかこれからも毎日やんのこれ?」

「いや、さすがに始業式の日でいったん落ち着くとは思うけど」

 

 一夏の隣の席で、鈴が呆れながら頬杖をつく。

 反対側の隣では箒が、二人の剣戟に白目を剥きかけている。

 

「ほんとぉ~?」

「というか、何がきっかけでこうなったのだ?」

「さぁ……決着をつけるとか言って、東雲さんが勝ったのに、なんか次の日もまた決闘しててさ。俺も束さんもびっくりしたよ」

 

 あの日の最後の決戦。

 凄まじい光と音に焼かれて、一夏は二人が最後に叫んだ言葉を聞き取れていなかった。

 だからこうして、千冬が一夏をイカレボケ女から守護っていることを、彼は知らない。

 

『あっお前今ちょっと無我入っただろう! ノーカンだノーカン!』

『失礼。無我がまろび出ました』

『臓物みたいに言うな!』

 

 子供のような言い争いをしながら、世界最高峰の技術がぶつかり合う。

 到達点同士の激戦すら日常の一部となってしまい、一夏はなんだか身体から力が抜けていた。

 

「仕方ないだろ。まあ、ほら、一瞬で終わる話でもないってことだよ。こういう風にして、東雲さんはずっと千冬姉に返し続けるんだと思う」

「……? 何の話だ?」

 

 

「────『恩返し』の話さ」

 

 

 今日も、明日も。

 やっと得られた好敵手と共に、『世界最強』と『世界最強』は、一人の男を賭けて争うのだろう。

 ……本人に自覚がないまま。

 

 

 

 






というわけで、ひとまずの決着です。
限界まで何もかも出し尽くした場合の技量差としては千冬に分がありますが、運命力を考慮に入れると、東雲が千冬を凌駕します。
なので普段の戦績はイーブンで落ち着きますが、ここぞという場面では東雲が勝利をものにするイメージです。


碑文つかさ様よりいただきました画像を目次に掲載しております。
3パターン全部心当たりがありますね。うーん、多面的なヒロインだなあ!
碑文つかさ様、ありがとうございました!


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唯一の男性操縦者VS英国代表(前編)
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