「──皆逃げろッ!」
一夏が間髪容れずに叫べたのは僥倖だった。
視線が噛み合った刹那、距離が死んだ。銀色のISが加速をかけ、一夏との間合いをゼロにしたのだ。
顕現させた『雪片弐型』を振りかざす。同様に相手もまた、翼を剣のように振るっていた。
(……ッ!? 収束エネルギービームの完全固体化だとッ!?)
間違いない、光の翼はエネルギー集合体でありながら、一分たりとも拡散せず収束されている──即ち第四世代相当の兵装!
激突した刃と翼が火花を散らし、視界がスパークする。
即座に一夏はバックブーストをかけた。数瞬前まで彼が居た空間を、他の翼がえぐり取る。
「『白式』ッ!」
その間に一夏は
愛機はすぐさま結果を弾き出す。
正体不明機──照合、米国製第三世代機『
(……ッ!? 本当にこれなのか!? 違う……違いすぎるだろ……!?)
提示された画像は試験運用中のシルエット。背中には実体のマルチユニットを背負っている。装甲もずっとシャープで、実際に相対している機体の鋭利さはない。
全体的に凶悪さを付与した、個人の改造作と言われれば納得するような変容ぶり。
(だけどコアナンバーが合致してる! つまり、アメリカのISが俺を襲ってきてるってことなのか……!?)
意味が分からない上に道理も通らない状況だ。
「攻撃を中止して武装を解除しろ! 繰り返す、攻撃を──」
後ろへ下がりつつ、なんとか連撃を弾いていく。一手誤れば即座に胸を貫かれるだろう。
(何もかも分からねえ! だけど考えるの止めたら殺される! 向こうは完全に俺を殺すつもりだ!)
一夏の鋭敏な感覚は、敵の濃密な殺意を感知していた。
あらゆる武装がデータを凌駕している。一挙一動に達人の域の凄みが伴っている。
何よりも特徴的なのは、その光翼。
(防御にも攻撃にも使える──俺の
何故ここまで差があるのか、という主の疑問に応え、『白式』が福音の翼をスキャン。即座に結果を一夏の網膜に投影。
結果を見て、思わず一夏は瞠目した。
(な──
コアこそないが、翼の内部でエネルギーが循環し、姿を形成しつつ攻防に使用されている。
外部、即ち福音本体から活動用のエネルギーを受け取り、それを独自運用しているのだ。
「──攻撃を続行する」
(こい、つは……ッ、まさか──!?)
翼が一気に膨れ上がった。もはや光と光が結合し、巨大な二振りの大剣と化している。
天を衝くように振り上げられた刃が、一夏めがけて落ちてきた。『雪片弐型』を横に倒し、左手で刀身を支え真っ向から受け止める。光が激突したとは思えないほど重く低い音──衝撃に一夏の脚が砂浜にめり込んだ。
「ぐ、ぎぎぎ……!」
「──攻撃プランをAのまま続行。プランB並びにCを即時移行可能状態へ」
鍔迫り合いの姿勢でせめぎ合う最中。
拾える情報全てを集め、一夏の思考回路がカチリと音を立てて嵌まる。
(間違いない。この翼は──『零落白夜』への対策!)
奇しくもソレは、かつて『世界最強の再来』が苦心した命題と同一のものだった。
東雲令が同質の必殺技を持つことで対抗しようとしたのとは、まったくの別方向。
だが、福音だからこそ導き出せた、一撃必殺へのこれ以上ない対抗策。
必ず殺される攻撃を受けなくてはならない──ならば、
分析通り、翼は攻防一体であり、圧倒的な手数と破壊力を秘めた矛である。
しかし本質にあるのは、『零落白夜』に対抗できる使い捨ての盾という点なのだ。
「お前も……お前も、俺と『白式』に『零落白夜』を使わせようとしてるのかよ……!?」
「──否である」
凜々しい女性の声だった。
平坦で、機械的で、けれど底冷えするような殺意を孕んだ声だった。
「
「……ッ!?」
十二枚翼──光の結集体であるそれらが、突如として目を焼くような輝きを放った。
閃光による目潰し。コンマ数秒とおかず『白式』が自動で光をカットする。
だが一夏の意識は、確かに数瞬の空白を生んでいた。
(──
視界がなくとも彼の感覚は作動している。作動しているが故に、確実な未来として敗死を予期した。
既に翼は十二枚に解かれ、それぞれが切っ先を突きつけている。
回避する余地がない。どこに跳んでも攻撃が置かれていると理解した。
そう、一夏一人ならば、ここで死んでいた。
「一夏さんッ!」
「こっち!」
蒼い稲妻と橙色の閃光が、一夏の窮地を救った。
翼のうち一枚を『スターライトmk-Ⅲ』の狙撃が弾き、突っ込んできた『ラファール・リヴァイヴ・デュアルカスタム』の実体シールドが光翼を数枚まとめて押しとどめた。
「チィィ──!」
デュノア社製の堅牢なシールド、徹甲榴弾の直撃にすら耐えうる代物──にもかかわらず、福音の翼は一秒とかからずにそれを溶断する。
だがコンマ数秒であれ、ISバトルの最中では値千金だ。
一夏は突っ込んできたシャルロットの身体に腕を回すと即座に後退をかけ、宙返りを組み込んで着地、体勢を整えた。ちょうど膝立ちの姿勢で彼女を抱きかかえている姿勢。
「ご無事ですか!?」
「ああ、助かったよ! お前たちがいなきゃ死んでた……!」
窮地を脱した。だがまだ息をつく暇もない。
福音は乱入してきた二人には目もくれず、じっと一夏を見つめていた。
頭部を覆うバイザーに絶えず反転した赤いエラーコードが表示される。点滅する真っ赤な視線に、一夏は一層強く『雪片弐型』の柄を握りこんだ。
(間違いない。俺だ……俺だけを狙ってる!)
光の翼がはためいた。加速の前兆──しかし直後、銀色のボディは真横へと跳んだ。
「先に撃ったのはそっちよ!」
「先生達が急行してる、それまで持ちこたえればいい……!」
鈴と簪がISを展開し、それぞれの砲撃装備が火を噴いていた。
不可視の砲撃と荷電粒子砲は必中を期していた。しかし福音は、小刻みな噴射加速で軽々と避けていく。外れた弾丸が砂浜に着弾し、地面を抉り飛ばし砂煙を上げた。
異変に気づいたのは鈴が先だった。
「え──何!? 照準がズレてる!?」
万能型のIS乗りである二人にとって、この距離なら砲撃は外さない。
なのに、当たらない。
「ロックオンすらできないわよ!? どうなってんの……!?」
「ダメ!
撃つ前に避けられているような感覚すらあった。
事実、銃口を向けたときにはもう、その場には居ないのだ。
「当てなくて良い! 私たちが離れている間にバラまいてくれ!」
装甲を顕現させた箒が突撃をかけつつ叫ぶ。
福音は翼を前面に展開させると、篠ノ之流が繰り出す斬撃を一つ一つ叩き落としていった。
「明らかに一夏さん狙いです! 下がっていてください!」
「僕が一夏の盾になる! みんなはそいつを押さえて!」
セシリアとシャルロットも陣形に参加し、福音相手に挑む。
福音は翼をはためかせ、曲線を描くような軌道で攻撃の一切を封殺していく。
「……ッ!」
だが刹那、ぎしりと翼が止まった。
眼帯を外したラウラが右手をかざし、右腕を左手で支え──全身全霊でAICを作動させている。
言葉はなくとも全員が悟った。今だ、今しかない。
「当たれェェェ──ッ!!」
シャルロットがコンマ数秒で全火器を展開。セシリアも鈴も簪も箒も、あらゆる装備を解放した。
しかし。
「──
謳っていた。
「──
福音は、謳いながら悠々とAICを引き千切った。
「な──ッ!?」
ラウラが反動によろめく。一同が放った攻撃が空を穿つ。
全員が動けなくなった間隙を見逃すはずもない。今全体に攻撃をばらまけば全員やられる──
「──
だから福音は、迷うことなく、ただ一夏だけを目指して飛び込んできた。
「……ッ!!」
翼からエネルギー弾がばらまかれる。地面を弾くように回避機動を取れば、その先にはもう福音がいた。
「こい、つ──!」
無視した。候補生らを全滅させることの出来る絶好のチャンスだった。だがそれを無視して、他の面々などいないかのようにして、ただ一夏だけに攻撃を絞っている。
戦場には不釣りあいな光景。さながらミュージカルのように、福音は歌声を振りまき、同時に絶死の攻撃をばらまく。
回避機動を取りながらも、一夏はその歌声に耳を澄ませた。
(なん、だ──乗り手が歌ってる? いや違う! ……違う?
計算され尽くしたが故の優美な機動。
そこに一夏は微かな既視感を抱いた。
切欠をたぐり寄せて、感覚を思考と連動させる。迷いなく彼だけを狙ってくる攻撃を受け流しながらも、一夏の戦闘用思考回路は答えを導き出した。
(有人、なのに動きは無人機!)
今までずっと戦ってきたゴーレム・タイプと動きの根幹が同じだった。
けれど冴えとキレは段違いだ。経験上、最も近しいと連想されるのは──東雲令。
「くそっ……!」
翼が振るわれる。退避は間に合わない。右腕を攻撃に挟み受けた──意識が明滅する。吹き飛ばされ、砂浜に転がったことに、遅れて気づいた。
「一夏!」
箒の悲鳴が遠い。
視界がぼやけたままで色しか判別できない。眼前に銀色が迫っていた。
必死に加速。光の翼の追撃から逃れる。
【どうやら運が悪かったようだな】
ISの搭乗者保護機能が、意識を回復させた。
【向こうは完全に殺すつもりだぞ、我が主。お前が……いいや。
同時にまた、かつて聞いた声が頭の中に響いていた。
【愛と平和、挙げ句の果てには正義ときたか。なるほど確かに、今この世界を生きている存在にとっては、おれたちは最低最悪のウィルスだろう。さしずめ奴は、救世主といったところだな……どうする? 大人しく殺菌されておくか? おれたちを破壊すれば、奴はここからいなくなるだろう。おれの読みでは奴にとってこれは前哨戦。
「……ハッ、前座のやられ役はさっさと惨めに死ねってか」
声の主は姿を現さない。当然だ。彼はもう一夏の手の中に居るのだから。
砂浜を蹴るようにして直角にターン、福音の攻撃が地面を抉るのを尻目に、一夏は高高度で反転──銀翼の救世主を見下ろした。
「お断りだな。こんなところで死ねるかよ!」
【同意する。おれたちの命の使いどころがあるならば、ここではない。ならば──求めるか。おれの力が必要か、我が主!】
「ああ! 力を貸せ、『雪片弐型』……ッ!」
太陽を背負い、一夏の顔は影に覆われていた。
だが少女たちは彼を見上げ、言葉を失う。
逆光の闇の中でただそれだけが輝いていた。
深く、鮮やかな──深紅眼。
かつてそれを目の当たりにしたシャルロットですら驚嘆せずにはいられなかった。
今までとは違った。
眼球に幾何学的な文様が浮かび、発光すら伴っていたのだ。
【
直後。
マグマが噴出したように、彼の背中から一対の翼が吐き出される。
全身の装甲を焔が食い破り、揺らめきながらも増設装甲・噴射装置として顕現。
──『白式・
全身を熱が駆け巡る。指の先まで感覚がクリアになる。
切っ先を突きつけ、一夏は吠えた。
「──世界を救うためだか知らんが、黙ってやられるつもりはねえッ!!」
「──プランAからBへ移行。対象の抹殺行動を続行する」
互いに向け合う視線に、あらん限りの戦意を載せて。
純白と白銀が、激突する。
(
一つ! 夏の始まり、ついに臨海学校が始まった!
二つ! おりむーに背後から抱きつかれ、朝からイチャイチャする当方達!
三つ! 冷静さを取り戻すために遠泳に繰り出した当方は無人島に遭難してしまう!)
お前自分の私生活をそんなTwitter男女漫画みたいな名前で認識してたのか……
それはともかくとして、現実問題、東雲は無人島に漂着していた。
振り向けども砂浜は水平線の向こう側である。
(無人島生活か……初めてだが、面白そうだ。とりあえず火をおこしてみるか?)
まずさっさと臨海学校へ戻るべきなのだが、今の東雲は無人島でちょっとテンションが上がっていた。頼むから早く戻ってくれ。
「まずはキャンプ地を探さなくてはな」
草木をかき分けて奥へと踏み込む。
鬱蒼と生い茂る密林をしばらく進み、東雲はふと気配を察知した。
勢いよく後ろへと振り向く。
「グルルゥ」
普通にクマと目が合った。全身を黒い毛皮が覆い、閉じた片目には痛々しい傷跡が刻まれていた。それが歴戦の猛者として風格を出している。
何でこんな無人島にこんなクマがいるのだろうか。経緯が気になるところだが、あいにくそんなことを考える余裕はない。
「ほう。立派な巨体だな」
「グルルァッ!」
深紅の太刀を一振り顕現させ、東雲は腰だめに刀を構える。
相対する少女の剣気を感じ取り、されども巨大なクマは怯えを微塵も露わにしない。
「面白い。今日のランチは熊鍋といかせてもらうぞ──!」
「グルルルアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
互いに向け合う視線に、あらん限りの戦意を載せて。
深紅と漆黒が、激突する。
バトル漫画特有の激戦と激戦が並行して行われる奴、一回やってみたかったので満足です
次回
79.或いは、世界を