平ラ特有の振り返りおさらい回なんだから一話に収まると思ったのに…どうして…どうして…
光で構成された銀翼が、猛っていた。
太陽を遮り、けれど陽光以上に大地を照らし。
自分こそが太陽であると言わんばかりに、天を我が物としていた。
「戦闘経験値、規定ラインの35%に到達」
無機質な声で、彼女は告げた。
眼下に広がるは地獄絵図。深紅の炎が周囲一帯を疾走し、残らず飲み込まんとしている。
負傷兵を抱えて逃げる兵士すら、足取りはおぼつかない。撃墜されたISは世界最強の兵器とは思えぬ静けさで、瓦礫の中に横たわっている。
「『
その終わってしまった世界を生み出しても尚。
彼女は全く冷酷さを崩さないまま、無感情に言葉を紡ぐ。
「擬似第三形態『
某国の機密基地を突如として襲撃すること、都合四度目。
IS乗りの体調は電気合成した栄養素で保持しつつ、『銀の福音』は世界中を飛び回っていた。
来たる日に向けて──決戦場において必ず相手を殺すため、彼女は己の刃を研ぎ澄ましている。
「高速演算開始……完了。織斑一夏撃破時の損耗率57%。規定ラインを大幅に超過」
敵を殺す鍛錬を積み、有人機の行動パターンを記憶し。
あらゆる戦闘機動を記録し、有効性を精査して取得或いは破棄していく。
例えるならば、武者修行のために道場破りを繰り返しているようなものだ。
「全体経過、必要値の45%と定義。
並の人間では心が折れかねない、長い長い工程。機械的に何度でも行い、着実に前進していく。
それを成せるのは、強い動機があるから。
「──私は『零落白夜』を討ち滅ぼす」
光の翼が羽撃いた。一気に天高く飛び上がり、そのまま『福音』が超高速で遠ざかる。
飛び去っていく銀翼を見送り。
残弾ゼロのアサルトライフルを抱えたまま、基地の歩兵部隊隊長の男性は苦々しい表情で舌打ちした。
(……加減、してやがった)
損害は大きい。基地の再建には時間と費用が必要だ。
しかし──人的損害に限ってのみ、軽微であった。負傷者こそいれど、死者はおろか重傷レベルの者すらいない。
「隊長。チャーリー部隊の回収完了しました。IS部隊の方が追加人員の要請を送ってきてますが、これはブラボー部隊を当てる形でよろしいでしょうか」
「──『何よりも悪しきは、神にあらざるものを神と認めることなり』……か」
「隊長?」
傍に駆け寄ってきた副隊長の言葉は、隊長の呟きに首を傾げる。
「テレンティウスだよ。だが俺には……アレは、そうとしか見えなかったよ。崇高な使命を抱き、そのために人間なんてお構いなしに、ただ秩序のため剣を振るう。まさにそうだろう」
「……と、言うと?」
気だるげに首を振り、彼は野戦服のポケットからシガレットケースを引き抜いた。
煙草をくわえると、火を付ける前に空を見た。
突如として『福音』が舞い降りてきた、抜けるような青空。無限に続く蒼穹。
襲撃、という言葉は似合わない。
あえて表現するならば。
「神の使い──
彼女は、降臨していたのだ。
「女子へのプレゼントぉ?」
「ああ。臨海学校の二日目が箒の誕生日でさ」
IS学園食堂、昼食時。
先日のチームロワイヤルの結果一夏の買い物に付き合うことになった鈴、ラウラ、簪、東雲は、一夏が何を買いたかったのかを確認しに集まっていた。
それぞれ昼食を食べながら、難しい顔を突き合せている。
「成程な。箒の誕生日とあれば、私も買わねばならん。どうせだ、セシリアとシャルロットも誘うべきでは?」
「……賛成」
一夏と買い物デートをできるかもしれない、という希望があっての戦いだった。
しかし蓋を開けてみれば他の女へのプレゼントを買いたいという案件である。
平時ならばキレてもおかしくないが……相手が箒なのが幸いした。日常を回すに当たって、箒は常に潤滑剤であるよう心がけている。全員と平等に仲良く、気を配りつつも本心から仲良くしている。だから箒に対して、誰もが感謝していた。
「なら箒にはバレないようにしないとねー。どうする?」
「ふむ……剣道部を使うのはどうだ?」
「それいいかも。部長が知り合いだから……なんとかして、放課後は部活に縛り付けるとか……」
「剣道部の部長ならば当方も知っている。当方とかんちゃんで頼み込めば、なんとかなるだろう」
とりあえずの方針は決まった。
臨海学校まで残り日数も僅かだ。
「思い立ったが──」
「吉日だな──」
「やろう──」
「箒ちゃんは何を贈られると喜ぶのだろうか。おりむー、幼馴染として、その辺りの意見はないか?」
今日動き出すぞ、というのは決まった。
しかし貧乳チームには解決すべき一つの疑問があった。
「……あのさ、令」
「む。どうした鈴、何か確認事項があるのか」
「大ありよッ! なんでアンタ、当然みたいな顔してここにいるのよ!」
先のチーム戦を制したのは貧乳チームである。
にもかかわらず東雲がここに座しているのは道理が通らない。
「……何を言っている。当方も皆と肩を並べて戦った、貧乳チームの一員だろう?」
「この女、都合良く過去を改竄しているぞ!」
ラウラが人差し指を突きつけながら叫んだ。
しかし東雲は何処吹く風とばかりに批判をすかしてみせる。
「どうするおりむー。プレゼントとは複雑怪奇……当方たちだけで攻略できるのだろうか」
「いや東雲さんは勝負に勝ってないだろ。俺たちが誘うまでは知らない感じで待機してくれないか?」
「…………ッ!?」
弟子は勝負事に関して厳しかった。
雷を浴びたかのように動かなくなる東雲から顔を横に向け、一夏は簪に視線を合わせた。
「じゃあ、剣道部への根回し、お願いできるか?」
「任せて……代表候補生の立場があれば大体何でもできる……」
恐ろしい発言が聞こえたが、一夏は聞かなかったことにした。
そして放課後。
箒は予定通りに剣道部へと連行されていかれた。
部長が泣きそうな表情で『今日だけは……ッ! 今日だけは来て……ッ! これはお願いとかじゃない! 嘆願なの!』と腕を掴んで引きずっていき、簪が敬礼をしていた。
一体何をしたのだろうか。気にはなるが、流石に尋ねる度胸はない。
「ふむふむ。それで買い物と……良いじゃありませんか!」
根本的に恋愛頭脳戦では箒の味方をしているセシリアは、一夏の説明を聞いて満面の笑顔で頷いた。
セシリアにとっては、入学以来の親友。多くの修羅場を共に潜り抜け、彼女の成長を見守り、自分の成長を見守ってもらった。
そんな彼女の誕生日を祝わずして、何がオルコット家当主か。
「僕も箒の誕生日は祝いたいかな。どういうプレゼントがいいんだろう」
「そうだな……箒のやつ、如何にも『実用的なモノが好きです』って顔しといて結構乙女思考なトコあるからな……」
一夏の言葉は確かに核心を突いてはいたが、箒が聞いたら顔を真っ赤にして暴れ出しそうな内容だった。
隠しているつもりかもしれないが箒の嗜好はほぼ筒抜けである。
「とにかく現物を見ながらじゃないと分かりませんわね」
セシリアの言葉に、誰もが頷くほかなかった。
一同はいったん部屋に戻ると、私服に着替えてから学園を出ることにした。
「わたくし、整備室に顔を出してから向かいますわ」
「僕も少し整備班に用があるから、セシリアと一緒だ」
「すまないが私も立ち寄る用事がある。臨海学校が近いからな……駅で合流するとしようか」
「当方は別に新装備がなくても強いから問題ないな、ヨシ」
「何見てヨシって言ってんのよあんた」
英仏独の代表候補生がいったん抜けて、東雲も鈴に引きずられていく。
結果、一夏は簪と並んで学生寮へ戻る道を歩くことになった。
「……箒にバレたら、なんか怖いね……」
「端から見ればただのハブだもんな……そこは気をつけねえと……」
会話をしながらも、簪はどこか普段より落ち着かない表情だった。
思えばこうして二人きりになるのは、一夏がIS恐怖症に苦しんでいた時期以来になる。あの頃は、簪は必死に『打鉄弐式』の開発に注力し、一夏もまた自分の為すべきことや進むべき道を探して無我夢中だった。
「……落ち着いて考えたら……意外と、短い時間だよね……」
「え?」
ぽつりと零れた言葉。
何の話かと眉根を寄せる一夏に対して、簪は自分と彼を交互に指さす。
「私と、貴方。出会って……仲良くなって……力を貸し合ったり、して……」
「──確かに、そうだな」
最初に会話を交わしたのは6月に入ってからだ。
そして今は7月の頭。一ヶ月あるかないかの、生きてきた時間と比べれば短い期間だ。
「だけど、すごく濃くて。人生が、まるごと変わったような気がする……」
「……ああ。俺もそう思うよ」
ふと、簪と一夏は足を止めた。
放課後の空はまだ青い。影はすうと遊歩道に伸びている。
両手を後ろ手に結び、簪はくるりと一夏に振り返った。
「
「え……?」
グラスディスプレイ越しに、東雲とは違う色合いの紅い瞳が、優しく細められた。
「私……うまくいかない現実に躓いて……ずっと自分の世界に、閉じこもってた……」
「──それ、は」
俺も同じだと言おうとして、言葉に詰まる。
眼前の彼女は、自分に安らぎをくれた。だから一夏にとっては感謝の対象なのだ。
けれど簪の顔色は、まさに鏡映しだった。
「……ちょっと恥ずかしいけど、言うね?」
「……おう」
少しの間顔を伏せて、息を吸い。
簪は一夏の瞳に、視線を合わせた。
「貴方が、扉を叩いた。だから私、外に出られたんだ」
一拍。
「私はこれからもきっと、疲れて、打ちのめされて……立ち止まってしまうことが、あると思う。でもね、絶対に忘れない。休んで、癒やして、それから立ち上がれること。一夏が教えてくれたから。だからこれから先も、私は立ち上がれる……」
「……簪」
そこまで言い切ってから、彼女はすっかり恥じ入った様子で視線を逸らす。首筋から頬まで赤く染まっていた。
思わぬ感謝の言葉に、一夏も頬を掻きながら顔を背ける。陽光が眩しかった。
「なんだか、令のお弟子さんに教わるなんて、私も令の弟子みたいだね」
「ははは……それはないな。あの人の弟子は俺だけだし」
バチクソ独占欲が発露していて簪は頬を引きつらせた。
本当にもしかしたら──最大の強敵は、自分の親友かもしれないな、と感じた。
「こうして皆で出かけるのは何度かあったかもしれんが……何度やっても、楽しいモノだな」
モノレールを待つホームで、ラウラの言葉に一夏は頷いた。
私服姿に着替えて、箒を除く専用機持ちはコソコソと学園を出立した。
通り過ぎる人々が三度見するほどの豪華なメンバーである。既に国家代表の座に手をかけている者が複数いるのだ、目にとまらないわけがない。
「私は……余りこういうことに関心がなかったし、縁もなかった。だから……こうして皆と体験できることを、嬉しく思う」
「ラウラ、お前……」
片眼を眼帯に隠してこそいるが、彼女は照れたように視線を伏せた。
その様子に、一同は苦笑する。
「心配せずともよろしいですわよ、ラウラさん。これから……沢山、こういったことを経験できますもの」
「数日後には海よ海! ショッピングごときで嬉しがってたら、海行って死ぬんじゃないの?」
セシリアと鈴の言葉に、ラウラは微笑みを浮かべた。
「ああ、そうだな。そうだ……私たちにはまだ、これから、多くの楽しみが待っている……そうだろう?」
「…………」
問いは一夏に投げかけられていた。
先日の巫山戯た『織斑計画』の暴露。それをラウラは決して忘れていない。
「
「……ッ」
「私はお前に感謝している。お前が私の殻を壊してくれたからこそ、私はここにいるんだ」
モノレールを待ちながら、ラウラは細く息を吐いた。
ちらりと東雲を見る。ラウラにとって一時は忌むべき対象だった。
「暗い孤独と憎しみだけが私の全てだった……力に飢え、力に渇き、力を求めていた」
敬愛する千冬の隣に居座る部外者。
自分と彼女の関係は単一で、完結していて、それだけだと信じていたのに。
東雲令という存在は、ラウラがより『力』に拘泥する理由となっていた。
「それが永遠だと。私の世界はこういうものなのだと、そう思っていた……」
「…………ああ」
覚えがあった。一夏が頷き、他の面々は思わず顔を伏せそうになる。
自分の全てが信じられなかった時期。自分の全てがどうでもよかった時間。
思い出すだけで背筋が震える──
「──だがな一夏。お前が、変えた。変えてくれたんだ」
「ッ!」
彼女は真横の一夏に体ごと向き直り、断言した。
少なからぬ驚きがあった。自分は無我夢中で、必死に剣を振るっていただけだった。
それでもラウラは、告げる。
「私はまだ戸惑っている。色んなものが、違う姿に見え始めた。だが……この違和感は、嫌いじゃない。もっと知りたいとさえ思う」
「ラウラ……」
整理のつかないことが沢山ある。
落とし込めていない情念も、沢山ある。
それでも。
「全部ひっくるめて、私はこれから先の未来を楽しみにしている。そしてきっと──」
「──ああ。そこには俺もいるよ」
一夏の返事はラウラが待ち望んでいたものだった。
彼女は嬉しそうに笑い、そっと彼の手を取る。
背後で『イイハナシダナー』と聞いていた鈴らの表情が、一転して般若と化した。
「ちょッ──その話からそっちに引っ張るのはズルもがもが」
「鈴さん静かに。今いいとこですから」
セシリアは箒の味方と言ったがアレは(半分ぐらい)嘘だ。
この女、基本的に恋愛頭脳戦が大きく動こうとしたら出歯亀したがるきらいがある。
背後でセシリアとその他がもみ合いになったのには気づかないまま、ラウラと一夏は視線を重ねていた。
「造られた存在であること。"そうあれかし"と設計されたこと。俺は全部、どうでもいいって思う。俺たちはこの瞬間瞬間を必死に生きてる、一人の人間だからだ」
「……そうだな。私たちの願いは、それだけは私たちのものだ。誰かに与えられたものじゃない」
二人は人類を超えた存在として造られた。
でも、二人は、人類として戦い、強くなってきた。
そこに生物的なカテゴライズは不要であり、無意味である。
「だからこれからも……私を見ていてもらってもいいか、一夏」
「ああ。ラウラも俺を、見ていてくれ。ずっと……ずっとだ」
二人は互いの心が通じているのを確かめ合い、微笑んだ。
つないだ手から流れ込んでくる相手の温度が、これ以上なく存在を肯定しているようで。
ただその温かさを感じられることが、今は嬉しかった。
「ぐっ……そこの属性を引っ張ってくるのはさすがに……勝てない……!」
「鈴さん幼馴染じゃないですか。そこで頑張りましょう。ほら、幼馴染の存在感は半端ではないでしょう?」
「なんであたしが中二の時つくった自作キャラソンの歌詞知ってんのッ!?!?!?」
「えっ……何ですのそれ……自作キャラソン? 怖……」
二人が心温まるやりとりを交わしていた背後。
セシリアは偶然と呼ぶには余りにも的確に、鈴の黒歴史をブチ抜いた。
胸を押さえて中華娘が蹲る。突発性の胸の痛みは思春期にはよくあることだ。
「自作キャラソンぐらい誰しもあるだろう。当方も一度作ったぞ。イントロで法螺貝が流れる。ぶおおおおお!! ぶおおおおお!! という感じだ」
不思議そうに首を傾げながら、東雲が鮮やかに自分の黒歴史を明らかにした。
だが──法螺貝の音色が、迫真だった。
彼女が本当に貝を持っていたのではないかというぐらい真に迫った音が出ていた。ホームに立っている一般生徒らも何事かと周囲を見渡している。
「えっ……何今の……」
「本当に令の喉から出た音だったの……?」
シャルロットと簪が頬を引きつらせていた。
普通にドン引きされているにもかかわらず、東雲は逆に二人に胡乱げな目を向ける。
「代表候補生ならこの程度簡単にできるだろう。シャルロットちゃんは出来ないのか?」
「えぇ、ぼ、僕……? 僕にも出せるのかな……ぶ、ぶおお……」
「遊び気分でやるものではない、もっと力強く」
謎に東雲が先生面を始め、簪は半眼で彼女を見た。
誰がどう考えてもシャルロットで遊んでいるだけだ。
フランス代表候補生は顔を真っ赤にして、必死に法螺貝の音色を出そうと力んでいる。どういう状況だコレ。
「ぶ、ぶおおお! ぶお! ぶおお~~~! ぶおお~~~!」
「法螺貝ですらあざとくなるのか……」
「令、今何て言ったッ!?」
シャルロットは普通にキレた。
(いや代表候補生なら法螺貝ぐらい再現できて当然だろう)
この女、本気で講義をしていた──!
(またこうして当方が優れているということを証明してしまったな……敗北が知りたい)
つい昨日教えられた敗北はもう忘れてしまったらしい。
おめでたい頭だ。
(にしてもおりむーとラウラちゃん、そっか。
後方師匠面は、内心で流れるように最悪のマウントを取っていた。
書いてて「そういやもう終盤なんだよな……」と思うと書きたい内容が膨れ上がって良くないですわね(構成力不足令嬢)
次回
72.夢見るままに待ちいたり