【完結】強キャラ東雲さん   作:佐遊樹

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なんで分割数増やしたのに10000文字超える必要があるんですか(憤怒)


64.唯一の男性操縦者VS毒蜘蛛(後編)

「起きろっつってんだろ織斑一夏ァッ!」

 

 多種多様なイメージインターフェース兵装に追い立てられ、基地内部を疾走しながら。

 オータムは半壊した『アラクネⅡ』を必死に操り、背後に向かって叫んだ。

 

(くそ、身体の方にガタが来はじめやがったな……! 鎮痛機能がなかったら今頃八つ裂きだったぞこれッ!)

 

 迫り来る『白式・焔冠熾王(セラフィム)』──手に持つ唯一の武装から、常に死の予感を押しつけられている。次は何を使ってくるのか、予想することもままならない。 

 基地構造を頭の中に叩き込んでいたのが幸いした。行き止まりに誤って進まないよう方向転換しつつ、必死に逃げ続ける。

 

(真っ向勝負で話にならねえのは嫌と言うほど分かった! このまま離脱可能なカタパルトまで誘導すれば、暴走状態とは言え最善手の『離脱』を選ぶはず!)

 

 オータムは自分の直感を信じた。確かに激しい攻撃を受けているが、殺気は感じない。ただ『危険な相手だから処理している』という印象。

 つまり危機的状況を最速で解決できるようになれば、そちらを選ぶはず。

 

(問題はそこまで保つかどうかってとこなんだよなあ……! 手っ取り早いのは織斑一夏が意識を取り戻して、そこを私が討つ! だが──)

 

 度重なる特殊攻撃を受けて、八本脚の内三本は切断され、両腕に呼び出す武装も底を尽きかけている。

 リミッターを全解除しているにも関わらず、シールドエネルギーの残量は三割だ。

 果たして、生き残ることすらできるかどうか。

 背後から響く死神の加速音を聞きながら、オータムは歯を食いしばり、廊下を疾走する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣戟の音が、境内に響き渡る。

 互いに視線を逸らすことなく、生身のままで刃を振るう。

 何故IS用装備を扱えているのか、という疑問は、実際に扱えているという現実の前に霧散した。恐らくはそういう空間なのだ、ここは。

 

「──篠ノ之流剣術か!」

【データを閲覧させてもらった。戦闘用思考回路と、この流派の術理は非常に相性がいい】

 

 猛攻を受け流しつつ、しかし『雪片弐型』は適切なタイミングでカウンターを差し込んでくる。

 一夏がそれを防げているのもまた、彼自身が篠ノ之流の秘奥を目の当たりにしたことがあるからに他ならない。

 純白の刀身同士が激突するたび、余波に空間がひしゃげ、石畳が砕ける。

 

【それだけではない──】

「……ッ!」

 

 突如として、動きが切り替わる。

 理論に基づいた巧緻極まりない迎撃を解除し、一転して詰ませに来た。こちらの動きを制限するように身体捌きを見せ、逡巡の隙を突く。

 

(この戦い方は──ラウラの魔剣……ッ!?)

 

 まさか、と刃を振るいながら足下の小石を蹴り上げる。

 予想通りに、一夏が押し込まれそうになっていた空間で、小石が静止した。

 

「──AIC!? お前、これはいくらなんでもずるいだろ!」

【当然のことだ。我々の仮想敵は、現存するISコア全てを束ねても敵わない存在──この程度を乗り越えられずに、織斑一夏に存在価値はない!】

 

 断言と同時、深紅眼が猛る。

 複数ポイントに展開されたAICが形を変え、能動的に一夏の右腕を絡め取った。

 

「…………ッ!?」

【終わりだな】

 

 数瞬動きが止まり、気づけば胸を貫かれていた。

 こふ、とせり上がってきた血が唇から零れ、制服に垂れていく。

 

【単純極まりないAICの応用だ。これの程度で音を上げるのか? 織斑千冬なら乗り越えたぞ? 東雲令なら突破したぞ?】

「まだ──だぁっ!」

 

 絡め取られたのは右腕。

 やれるかという疑念すら抱くことなく、迷わず一夏は握っていた『雪片弐型』を()()()──左手に顕現させる。

 重力力場に固定され、不自然に傾いだ体勢。だがこの男はあらゆる体勢・タイミングから、爆発的な威力を叩き込むことが出来る。

 

「らぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 裂帛の叫びと共に切っ先を突き込んだ。

 相対する同じ顔の男は──顔色一つ変えることなく刺突を逸らした。

 

【届かんな】

「まだだつってんだろ!」

 

 受け流された勢いのままに、刃を逆手に握り直す。

 腕の振りだけで放つ二の太刀。だが赤目が閃き、冷徹に斬撃を弾く。

 

【足りん。何もかも足りていないぞ、織斑一夏。織斑千冬なら今ので首を落としただろう。東雲令なら両断しただろう。それができないのは、不足しているからだ】

 

 お返しだと言わんばかりに、『雪片弐型』が爪先で一夏の顎を蹴り上げる。

 天を仰ぐような姿勢でのけぞり、唇から血が舞った。

 仮想空間だというのに、痛みは鮮烈だった。鉄の味がする。身体を稲妻が貫いている。遠のく意識を必死にたぐり寄せた。

 

【最善手を選び続けろ。出来ないのなら死ね。織斑一夏に求められる領域はそこだ。誰も守れず何も成せず、それでも無様に生かされてきたからには、求められたことぐらいやってみせろ】

「うる、せぇッ……!」

 

 生かされてきた。

 その言葉は一夏にとっては、痛烈なものだった。

 価値もないのに守られて、意志もないのに流されて。

 

(ああそうか。俺が今ここに居るのも──誰かに、仕組まれていたのか)

【そうだ。織斑一夏も『白式』も『雪片弐型』も、存在しない。()()()()()()()()()。それを良しとするなら今すぐ剣を捨てて眠っていろ】

 

 動かなくなった一夏に対して、『雪片弐型』は冷たく吐き捨てた。

 

【織斑千冬なら出来たぞ? 東雲令なら出来たぞ? アレらなら立ち上がるぞ。AIC如き突き破り、眼前の敵に正義の刃を突き立てるぞ。同じことをしろとは言わん。だが同じことを成してみせるという気概すらないなら──】

 

 俯き、黙り込み。

 一夏が、手に持っていた愛刀を、地面に取りこぼした。

 

【…………そうか。なら終わりだ】

 

 失望を隠そうともせずに。

 断頭台の刃のように、『雪片弐型』は己自身を振り上げて────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS用カタパルトまであと数十秒。

 オータムは脂汗を浮かべながら、体当たりするような勢いで疾走し続けていた。

 既にほとんどの装備を使い潰した。刀一本相手に、それだけの消耗を強いられた。

 

(熱気に冷気に重力力場、不可視の空間圧縮砲撃、攻性エネルギーの斬撃、風を収束した槍の射出──! どれもこれもウンザリだぜ! 絶対防御ジャミングだって解除したのに、スコールが使ってるからか結局発動してねえ!)

 

 基地内部は広大だったが、絶対防御ジャマーの効果範囲はさらに広大だった。

 元より内部へ攻め込まれた際、敵の攻勢を一挙に打ち砕くための切り札。幹部クラスと頭領がそれぞれ一基ずつシステムを保持していたが、スコールもどうやら戦闘を開始して、既にジャミングを開始していたらしい。その余波を受けて、『アラクネⅡ』の絶対防御は完全に沈黙していた。

 

(だがもう終わりだ! カタパルトは目と鼻の先! さっさと出て行ってくれ──)

 

 勝利条件は生き延びること。ただそれだけ。

 達成を間近にして、オータムは勝利を確信して。

 

 廊下全体を光が埋め尽くす。

 

 ギョッとして周囲を見渡した。疾走する『アラクネⅡ』の真横上下を取り囲むように放たれた蒼い光条。

 直撃こそしていないが、ここに来て明確な──射撃。

 

(ち、が……ッ! 射撃だから問題なんじゃねえ! この光、このレーザー性質は、まさか!)

 

 咄嗟に反転して回避機動を取ろうとする。もう遅い。

 カタパルトを目前にして、()()()()()()()()()()()()()──BT兵器特有の偏光射撃。

 織斑一夏の戦友にして好敵手、セシリア・オルコットが保持するその絶技。

 狙い過たず、オータムの頭部、胴体、四肢に、高出力レーザーが突き刺さった。

 

「が、ぁっ……!」

 

 インパクトに身体の内部がしっちゃかめっちゃかにかき回され、思考がスパークする。

 制動もままならず減速しないまま壁に激突、数メートルにわたって鋼鉄と鋼鉄がこすれ合い、嫌な音を響かせた。背部サブアームが何本が吹き飛んでいった。もんどり打って廊下に転がり、ぼやける天井を見上げて呻く。

 激痛。激痛。指が動かない。火花の散る音と、白い死神が近づいていくるスラスター音。

 

(クソが……ここまで、か……)

 

 必死に焦点を絞り、機能低下しつつある右眼をフル稼働させ。

 そこで、刀を振りかざす織斑一夏を見た。

 

「……殺れよ…………」

 

 力なく呟く。当然、今の彼が首肯するはずもない。

 まったくの無表情で、無感動に、織斑一夏は機械的にトドメを刺そうとして。

 

 

 

【────!】

 

 

 

 ぎしり、と。

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【……それが答えか】

 

 からん、と空しい音が響いた。

 他ならぬ『雪片弐型』が振り上げていた刃が、石畳に落ちる音。

 刀だけではない。赤目の織斑一夏の、右腕が肩口からすぱりと切り落とされていた。

 

「……犠牲無くして得られるものはない。だけど、それは自分の何もかもを諦めていいわけじゃない……」

 

 絶死の窮地が、反転した。

 カラクリは天空にある。天高くへと打ち上げられた──もう一つの『雪片弐型』。

 

「ここが、俺の原初だって言ったよな。分かるよ。思い出が、過去が、どんどんボロくなっていくんだ。あんなに楽しかったのに、あんなに安らかだったのに。戦いを続ければ続けるほど、今ここに生きてる自分が何を成すべきなのか、分かるんだ。だから──あの思い出も無価値だったのか、って考えちまう」

 

 カラクリは実に単純だった。

 一夏は得物を取りこぼした。だがそれは次の一手への布石。

 角度を計算し、位置を調整して、わざと転がした。

 

 そしてそれをP()I()C()()()()()()()

 

 振り下ろされた『雪片弐型』の右腕と、AICによって静止した自分の右腕を、まとめて刃が断ち切ったのだ。

 落とされる断頭台の刃とは対照的な、天へと昇りゆく龍の牙。

 状況が逆転する。

 

 隻腕となった男二人が至近距離でにらみ合う。

 だが不意を打たれた側と、計算し尽くしていた側。両者は同じ条件にはいない。

 

 故に──『織斑一夏』は既に、一歩踏み込んでいた。

 

 あんなに楽しかったのに。あんなに安らかだったのに。あんなに、一緒だったのに。

 気づけば随分と遠いところへ来てしまった。

 学生としての学びも戦闘論理へとすげ替えられ、学友との絆には砲火が付きものになった。

 ごく当たり前の幸せを通り過ぎて、戦士としての技術を磨いて。

 挙げ句の果てには世界を救うための部品だった、と言われて。

 

()()()()

 

 だからどうした。知ったことか。

 己自身が見出した炎は消えていない。

 常に加速していく背中に、追いつきたい。彼女の隣に並びたい。

 

 東雲令なら出来た? 当然だろう。だからこそ織斑一夏は、彼女に憧れたのだ。

 求められた役割などクソ食らえだ。

 剣を持つ理由は自分の望む自分で在りたいから。

 根源に問えば答えは明瞭だった。

 

 今ここで退いて、全部を他人に任せて、投げ出してしまえば。

 

 織斑一夏は永遠に、東雲令の隣には至れない。

 

「それでも、諦めたくない。諦めない! だって俺は──」

 

 一歩踏み込み。伝達された力を腰から身体、腕へと集約し。

 静止結界から解放された身体を全力で躍動させ。

 

 

「──世界最強の師匠(かのじょ)に、追いつくんだよッ!!」

 

 

 誰かを傷つけるための刃ではなく。

 自分を突き通すための拳を、一夏は思い切り叩き込んだ。

 

 回避しようと思えばできたはずだ。

 迎撃だって間に合ったはずだ。

 

 けれど。

 

【嗚呼……そうだ】

 

 右の頬に打ち込まれた拳を、甘んじて受け止めて。

 

【そういう馬鹿だから、『白式(あいつ)』は絆され、そして……()()も……】

 

 どこか吹っ切れたような笑みすら浮かべて。

 渾身の左ストレートの威力が、『雪片弐型』の身体を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 境内がしんと静まりかえる。

 肩で息をしながら、一夏は仰向けに倒れている『雪片弐型』へと近づいた。

 

「なあ。世界を救うために、俺は何をしなきゃいけない?」

【回答不可能な質問だ。悪いが反応は限られている】

「そうか。なら──」

 

 刹那。

 打ち上げられていた純白の刀が、重力に引かれて落ちてきて。

 目を向けることすらせずにその柄を掴み取って、一夏は調子を確かめるように軽く一閃した。

 身に纏っていた学ランがISスーツへと変貌し、上から純白の装甲を着装する。

 凍結から解除された補佐人格が歓喜の声を上げる。それを聞き取ることは出来なくとも、鎧が喜びに震えているのを一夏は感知した。

 そして、自分と同じ貌を見て。

 

「最後まで諦めず足掻くのは、悪いことか?」

()()()()()()()。回答不可能だが……正しい質問だ。プログラム終了】

 

 彼は──『雪片弐型』は最後に、笑っていた、ような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 動きが止まった。

 深紅眼のまま、織斑一夏が身じろぎ一つしない。

 

「……テメェ、()()()()?」

 

 何かが切り替わったのを察知した。

 オータムは力を振り絞って立ち上がり、真正面から問う。

 

「聞こえてるのかよ。お前は誰だ」

「──()()()()()()

 

 至極明瞭で、それが宇宙の真理であると言わんばかりの声色だった。

 各種機能を解放していた『白式・焔冠熾王(セラフィム)』が沈黙する。不可視にして未知数の力場を流出させていた『雪片弐型』が瞬時に機能停止、今までと同様、ただ主の敵を切り裂くだけの刀へと巻き戻される。

 

「……ぐ、ぶっ」

 

 途端、喉からせり上がった血を吐き出す。

 人体の稼働限界を超えた戦闘機動だった。機体だけでなく、彼の身体も限界をとうの昔に超えている。もはや死に体だった。

 えずきながらも簡易チェック。『白式』の状態は最悪だった。エネルギーは底を尽きかけ、身体はあちこちが神経断絶や無理な動きによる裂傷を抱えている。無事な箇所は一つもない。

 

「は、は……そっちも限界か。私もリアル鬼ごっこに付き合わされてな、正直しんどいんだ」

「迷惑、かけたみたいだな……」

 

 互いの状況を理解して。

 それでも両者は──手に、武器を握っていた。

 

 

 

 

 

System Restart(だいじょうぶ、あなたはかてるよ)

 

 ──『白式・疾風鬼焔(バーストモード)

 

 

 

 

 二年前。

 ある少年の心が折れた。あの日、人生が色を失い、感情は砕けて、悪夢が始まった。

 

「……二年間は、長かった。本当に長かったよ……泣きたくなるような無力感を引きずり続けて、無様を晒して生きてきた」

 

 宿敵を前に、唯一の得物を正眼に構えて。

 

「俺はゼロだった。俺は空っぽだった」

 

 唯一の男性操縦者は、噛みしめるようにして吐露した。

 

「そんな俺でも──戦う理由ができた」

 

 信じてくれている幼馴染。

 共に高め合う好敵手。

 いつも傍に居てくれた悪友。

 共に宿命へ立ち向かった少女。

 鏡写しだったかつての自分。

 安らぎを与えてくれた友人。

 

 俯いて立ち止まったとき、いつも手を引いてくれた、憧れの少女。

 

 気づけば一夏は、独りぼっちではなくなっていた。

 

「追いつきたい。隣に並びたい。そう(こいねが)った」

 

 だから今日ここで、この悪夢を終わらせよう。

 蜘蛛の巣に自ら飛び込み、糸を断ち切ろう。

 

「俺がそう思えているのは。俺が俺らしく在れるのは……みんながいるからだ。みんなが、笑顔でいてくれるからだ」

 

 目を閉じればすぐに思い浮かぶ。

 今の自分を構成する、大切な、とても大切な笑顔たち。

 もう何もなくしたくはないと、心の底から思った。

 

 

「だから()()()()。かけがえのない人たちを。大切な仲間を──この手で守りたい」

 

 

 開眼。

 限界以上に猛っていた炎の翼が、一転して収束し、恐ろしいほどの静謐と化し、最後には姿をかき消した。

 オータムの全身がこの上ない悪寒に襲われた。()()()()()()()()()()()──痛烈な敗北の予感。頭を振った。

 

「お前らが、笑顔を奪うなら。今此処にある世界を踏みにじろうとするなら。俺は剣を持って戦おう。俺は俺の世界を守るために、全身全霊でお前を倒す……!」

「ああ、そうかい。でもそれ、お前じゃなくても良くねえか?」

 

 揺らぐはずないだろうという諦観と。

 どんな答えを見せてくれるのかという期待が、オータムの口を動かした。

 一夏は首を横に振り、切っ先を突きつける。

 

「ああそうだな、必要性なんてない。必要性なんて──()()()()ッ! それをやるのは! それを成し遂げるのは! ()()()()ッ!」

 

 身体からにじみ出る絶対零度の冷気とは裏腹に、凝縮された戦意を焔として瞳に浮かべ。

 唯一の男性操縦者が叫ぶ。

 

「俺は勝つ! 俺が、勝つッ! だからッ──」

 

 その姿にオータムは、光を見た。

 

 

 

 

 

「──()()()()……ッ!」

 

 

 

 

 

 意地だ。信念だ。それ以上のものなど要らない。

 織斑一夏がここで戦う理由としては、十二分に過ぎる。

 

「あんたは十三手で詰む……!」

「ハッ──上等ォッ!」

 

 そして。

 両者の視線が結ばれ、同時に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 一手。

 真正面からの唐竹割り。工夫も小技もない。積み重ねてきた技術が加速させ、視認することはおろかハイパーセンサーによる察知すらままならない速度。

 それをオータムは残った背部サブアームで受け止めた。

 同時に両手に呼び出したロングソード──最後の近接戦闘用装備だった──を振るう。

 

 二手。

 受け止められた攻撃を引き戻し、迫り来る刃を叩き落とす。

 そのまま全身の焔を躍動させコマのように回転。勢いを載せて真横に刃を振るう。オータムは上体を反らして、斬撃が目と鼻の先を通過するのを見た。

 サブアームで姿勢制御しつつ、バク転の要領で蹴り上げる。一夏は即座に左手で蹴りを掴み止めた。だがPICが作動、真上へ向かっていたベクトルが折れ曲がり、()()()()()()、左手ごと『白式』の肩部へと蹴りを押し込む。過負荷に砕けた白い装甲が床に落ちる。

 

 三手。

 そのままオータムが加速し、壁へと一夏の身体を叩きつけた。それだけのインパクトで、血が口の中を濡らす。

 だが嬲られるままではない──至近距離で刃を食い込ませる。斬撃というより鋸で押し削るような凶行。黄と黒の縞模様を描く装甲がひしゃげ、火花を散らし、オータムの表情が苦悶に歪んで。

 

 四手──壁に押しつけた背中を一気に炸裂させ、宙返り。

 先ほどのお返しとばかりに顎を蹴り上げた。位置座標を変えないままのサマーソルト、物理法則を完全に無視した挙動にオータムは対応できず、まともに食らい吹き飛ばされた。

 

 間髪容れず五手。

 天地が逆さまになったままで、渾身の力で刃を振るう。肩から突っ込み、全身で叩き切るようにして一閃。

 オ―タムの右眼が閃いた。威力は凝縮されている。だからこそつけいる隙がある。

 火花を散らすサブアームの内一脚が、滑るように動いた。斬撃と接触し、それだけで内部が砕けながらも、優しく斬撃を逸らしていく。余波で根元から引き千切られながらも、『雪片弐型』の刀身は、オータムの背後の壁をひっかくに終わった。

 

 修正──六手。

 突き出されたロングソード。迎撃は間に合わない。

 一夏はここで防御を捨てた。刀身が装甲に食い込み、そのままISスーツを貫通し、一夏の肩の肉を抉った。激痛に視界が明滅する。構わない。

 振り抜いた『雪片弐型』──返す刀で斬りつけた。同様にオータムの肩へ刀身が食い込み、血飛沫が舞う。互いの血が混ざり合う。頬に飛び散った鮮血がどちらのものなのかも分からない。

 互いの存在を削り合いながら、結末へと転がり込んでいく。

 

 七手、を放とうとしたところでサブアームが瞬時に動いた。

 地面を踏みしめていた一夏の両足を払い、そのまま身体を蹴飛ばす。得物を手放しそうになるところをこらえつつ、わざと勢いよく転がって退避していく。ロングソードとサブアームの先端が、一夏が転がっていく廊下の床を後追いするように穿つ。

 十数回転したところで勢いを利用して跳ね起き、『雪片弐型』を投げつける。

 予期していた。オータムはそれをロングソードで弾き、一気に加速して距離を詰める。

 

 渾身の八手。

 弾かれ、回転しながら遠くへ吹き飛んでいった純白の刀が、量子化する。

 手の中に戻ってきた『雪片弐型』。切っ先は前を向いている。突っ込んできたオータムの腹部に、そのまま突き刺さる。

 じわりと、腹部に熱い感覚。差し違えるようにして、オータムのロングソードもまた一夏の土手っ腹に穴を空けていた。

 

 九手を計算通りに放つには、血を流しすぎていた。

 そのまま身体を切り裂こうとして、だが互いの得物を、互いに掴んでいた。

 示し合わせたかのように相手を蹴り飛ばし合い、一気に距離が空く。

 剣とは鞘から抜刀するものだ。故にその光景は、これから決闘が始まるにしては血なまぐさく、仕切り直しにしては限界点を通り過ぎていた。

 腹部に突き刺さったままの、相手の得物を、ゆっくりと引き抜く。廊下に血が噴き出す音。ISによる止血機能を最低限にしている以上、失血死が現実のリミットとして迫る。だがそんな余計な機能に割くリソースは、この男/女を相手取っている今、存在しない。

 

 十手。決定打になりかけた。

 一夏の経験値のなさは、ロングブレードの太刀筋を不自然に傾がせた。扱ったことのない得物。打ち合いは成立せず、一方的に弾かれた。オータムは日本刀の扱いにすら精通しているのかと戦慄する。

 大きく振り上げられた『雪片弐型』。織斑千冬や篠ノ之箒が使用する、相手の攻撃を弾いてから即座に切り返す『一閃二断の構え』──武装を量子化し愛刀を取り返す。だがその時にはロングソードも消えていた。

 全てがオータムの読み通りだった。振り上げた手から『雪片弐型』が消える、()()()()()()()()()()()()()()()。武器が変わっただけ。何も結果は変わらない。必要に迫られて武装を取り返した一夏と、最初からこのタイミングを狙い澄ましていたオータム。両者の差は歴然だった。

 

 それを十一手がひっくり返した。

 最高のタイミングで放たれた唐竹割り。それを一夏は、ピタリと静止させた。

 オータムの表情が戦慄に凍り付く──真横から鋭く、それでいて優しく合わせられた、()()()()()

 真剣白刃取り。馬鹿な。『雪片弐型』はどこだ。白い刃は……地面に転がっている。

 手の中に呼び戻さなかったのは、そうしてしまえば間に合わないと感知したから。深紅の瞳は未来をピタリと当てて見せた。

 力なく横たわっていた刀身が、バネ仕掛けのように起き上がる。柄を握られていなくとも、その刃は主のために振るわれるのだと言わんばかりに。

 PICに跳ね上げられた斬撃がオータムを股下から肩にかけて切り上げた。エネルギー大幅減損。ロングブレードを取りこぼし、苦悶の声を上げながら、たたらを踏む。

 この土壇場で、計算を感覚が上回る。

 

 十二手。

 完全に、織斑一夏の勝ちパターンに入っていた。危機を感覚的に打破し、そこから理論で一気に流れを引き寄せる。

 だから一夏はロングソードを放り捨てて『雪片弐型』を掴み取った。ロングソードが壁に突き刺さる、頃にはもう、両腕の焔を炸裂させて太刀が振るわれている。

 感覚が引き延ばされる。あれを食らえば敗北は免れないと理解できている。

 オータムがカッと両眼を開いた──冗談じゃない。負けてたまるか。まだ、まだ、まだ負けていないッ!

 最後に残った二本のサブアーム。それを斬撃に割り込ませる。もはや受け流すような緻密な動作を行うには血が足りていない。盾にもならず、接触した途端にサブアームが嫌な音を立てて折れ曲がり、吹き飛ばされる。

 しかし。

 斬撃が傾いだ。刀身を動かす力を、オータムが感覚任せに振るったサブアームが打ち砕いていた。

 ここにきて彼女もまた──理論を超えた動きを成し遂げていた。

 一夏の攻撃が宙を切り裂く。余りにも致命的だった。

 ロングソードを手元へ呼び出すのにコンマ数秒。

 

 

 

 ──切っ先が、織斑一夏の喉元に突きつけられた。

 

 

 

「終わりだな」

 

 息詰まる攻防に幕を引き。

 貌の半分を血で埋めながら、オータムは告げた。

 刃を振り抜いた姿勢で、一夏は硬直していた。

 

 勝敗は決した──

 はず、なのに。

 

「俺は弱い自分が嫌いだった」

 

 一夏の声は凪いでいた。

 

「だからあんたの言う、『英雄』ってやつに憧れた」

 

 不自然な述懐。オータムは眉根を寄せた。

 時間稼ぎか。いや時間を稼いだところで何も変わらない。だというのにこの悪寒は何だ。

 

「でも『英雄』だって人間なんだ。泣いたり笑ったりする人間なんだ──」

 

 そこで気づく。

 オータムはもう、手加減できなくなっていた。先ほどの攻防も何かが一つでもずれていれば、片方の首が吹き飛んでいた。

 なのに。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あんたの言う絶対的な強者なんてどこにもいない! 俺もあんたも、弱者なんだ!」

 

 何もなかったはずの空間に、灯が灯った。紅く燃え盛る、彼を導いてくれた師の瞳の色。

 思えばあそこで気づくべきだった。一夏は全身の焔を用いて炸裂瞬時加速(バースト・イグニッション)を多用していた──わけではない。ウィングスラスターはずっと沈黙していたではないか!

 では何故? 何故ウィングスラスターを使わなかった。

 問いに明瞭極まりないアンサーが叩きつけられる。

 不可視状態にしていた焔の翼が──オータムの右腕を押さえつけていた。

 

「──馬鹿な。あり得ねえ。()()()()()()()()()()()()、オイ」

 

 否──否! 翼に非ず。

 それは焔で構成された、第三、第四の腕!

 続けざまに可視化されていく翼が、オータムを戦慄させた。左右で四対。一夏が仕込んだ、勝敗をひっくり返す()()

 絶対にあり得ないと、あり得ないはずだと思考が凍り付く。

 何故ならば、それは──

 

 

「──()()()()()!?」

 

 

 一夏にとって、最も忌まわしいものであったはずだ。

 かつてのトラウマ。精神の根底を蝕む記憶。

 だというのに、それを象った異形。

 

「恐ろしいさ。今も蜘蛛は大嫌いだ。けれど──勝ちを狙うなら、これが必要だった。弱さも武器になる。弱い自分を変えられなくとも、世界をひっくり返してまで克服しなきゃいけない道理はない……弱さだって、自分自身なんだから」

 

 身動きが取れない。

 自分がそうしてきたように、各部関節や、身体動作の起こりになるポイントを押さえ込まれている。

 毒蜘蛛が、蜘蛛の糸に絡め取られたように、一切の動きを封じられた。

 

「こういうのを、毒をもって毒を制すって言うんだぜ! 覚えておきな!」

 

 矢のように腕が引き絞られる。

 構えた刀身は血に濡れながらも、白い輝きを失っていない。

 分かりやすいほどに、それは、オータムへ敗北をもたらす輝きだった。

 

「──十三手ッ!」

 

 

 

 

 

 真っ向から迫る切っ先を見て。

 オータムは、心のどこかで自分がホッとしていることに気づいた。

 

(もうこれで誰も傷つけずに済むのか)

 

 長い旅路だった。

 かつての自分を踏みにじりながらも、かつての過去を無為にさせないための。

 随分と遠い場所へ来てしまった気がする。

 果たしてどこで間違えたのだろう、とぼんやり考えながら。

 

 

 うさ耳が思考の片隅をよぎった。

 

 

(嗚呼──もうちょい、居残ってれば良かったかもなあ)

 

 とりとめのない。

 ありふれた後悔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘終了を確認して、ISがその機能を生命維持へフル活動させる。

 迅速な止血と、鎮痛剤の投与。麻痺していた痛覚が数秒蘇り、直後にはぼんやりとした浮遊感に襲われた。

 脱力し、一夏は倒れ込む。

 彼の身体はぽすんと、女に受け止められた。

 もつれあい廊下に転がる。傷跡と血飛沫に埋め尽くされた、狭苦しい廊下。

 

 

「……どさくさにまぎれて胸に顔押しつけてんじゃねえよ、訴えるぞコラ」

「すっげえ柔らかい。人体の神秘だ……」

「わざとかよ!?」

 

 

 胸に顔を埋める一夏に対して、オータムは叫んだ。

 彼女の顔の真横。微かに肩口を掠めるようにして放たれた刺突は、正確無比に『アラクネⅡ』のエネルギーを削り取っていた。

 限界を迎えたのはお互い様らしく、一夏の白い装甲も溶けるようにかき消えた。

 生身で戦闘を続行するような体力はない。だから二人して、静かに倒れ伏していた。

 血と血が混ざり合い、段々と凝固していく。

 

「…………何故殺さない」

 

 耳を澄ませば、基地の奥から戦闘の音が聞こえる。

 そんな中で、オータムは問うた。

 

「あんたが、俺に、殺されたがってるからだ」

 

 顔を上げて、至近距離で一夏は告げた。

 

「この剣は、俺が俺の望む俺であるために存在する……死にたがってるやつを介錯するための刃じゃない」

「……そうかい」

 

 らしい結論だな、とオータムは思った。

 負けた。完膚なきまでに、負けた。

 

「……ちょっと休んだら、すぐ……行こうぜ、スコールたちのとこ」

「ああ、そうだな……東雲さんが待ってる……」

「ぬかせよ」

 

 殺し合い、生命を削り合ったというのに。

 この上ない満足感に包まれたまま、二人はしばらくの間、身体を重ねてじっと動かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 砕け散った深紅と黄金が、床に敷き詰められていた。

 両者の全身から火花が散り、稼働限界をとうの昔に超えてしまったことを露呈していた。

 玉座は見る影もなく砕かれ、広大な王の間自体がズタズタに引き裂かれていた。

 

「…………ッッッ!?」

 

 東雲が振るった太刀を、スコールが受け止めている。

 それ自体は別に問題ない。全ての攻撃がクリティカルに当たるとは、東雲も思っていない。

 しかし問題は。

 

 バインダー群に納刀していた太刀。

 拡張領域に格納していた決戦用兵器。

 

 

 ()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……言ったわよね? 十三手で勝利すると。さあ答え合わせよ」

 

 亡国機業が頭領、スコール・ミューゼルは凄絶な笑みを浮かべた。

 世界の裏側で暗躍する者。惑星そのものを戦場に変えんとするフィクサー。

 彼女は至近距離で、東雲の深紅の瞳に自分を映して、嗤っていた。

 

 

 

()()()()()()()

 

 

 

 東雲令が誇る『魔剣:幽世審判(かくりよしんぱん)』──ここに砕ける。

 

 

 








TOHO LOSE



次回
65.世界最強の再来VS亡国企業頭領
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