【完結】強キャラ東雲さん   作:佐遊樹

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新フォントが追加されるたびに「強化パッチが来たぞ!」って教えてくれるの嬉しいんだけど釈然としないものがあるな


52.トーナメント決勝戦(後編)

 セシリア・オルコットは、ずっとこの世界のことが嫌いだった。

 彼女の原初の記憶は、焦げた鉄の匂いと、残火の熱と、人々の怒号だ。

 

 両親が列車事故に巻き込まれ、帰らぬ人となった日。

 

 全てが狂った。財産を付け狙う輩。自分を傀儡にしようと近づく親戚。

 誰も頼れなくなった。セシリアにとって地獄が始まった。ただ一人で陰謀や悪意をはねのけ、夜、一人で泣きじゃくる日々が続いた。

 

 母は語っていた──『ノブレス・オブリージュを果たせ。高貴なる者は、多くの義務を背負う』と。

 それが拠り所だったのだ。母の言いつけを守っていることこそが、自分の望む自分だった。それ以外に何もなかった。

 時は流れていき、やがて彼女は若き当主として、母の言葉通りに多くの義務を背負った。財産の運用、社交の場での立ち振る舞い。経験を積み、あらゆる面で彼女は洗練されていった。

 ただ一つ、その精神面を除いて。

 

 ISへの高い適性を持っていることが分かったとき、セシリアは『これは使える』と思った。

 女当主であるという事実だけでは、やっかみもある。ならば花形であるIS選手として実績を出せばいい。

 彼女は死に物狂いで訓練に取り組んだ。最先端のBT兵器への適性も後押しした。代表候補生に三年かけてたどり着いた。専用機を受領したときの喜びは、筆舌に尽くしがたい。

 

 けれどどこか、虚無感も抱いていた。

 張り合う相手がいるわけでもない。ただ必死に、自分の中の何かを押さえつけるために戦い続けているだけだった。

 

 

 

 

 ──その日々を、織斑一夏が変えた。

 

 

 

 

「左膝、右足首、右ウィングユニット」

 

 狙いを口に出して、セシリアはBT兵器に指令を出し続ける。

 緻密極まりない射撃を、一夏は『雪片弐型』で弾きながら必死に回避コースを取った。

 だが、逃げられない。

 

(どうなってやがる! 狙いが精密とかそういう問題じゃない──明らかに今までとは何もかもが違うッ!)

 

 かろうじて直撃こそ免れているが、射撃に軌道をズラされ、距離を詰めることすらままならない。

 その原因は、セシリアの意識の変革にあった。

 エクスカリバー事件の最中で、微かに手の届いた、別次元の領域。それを己がものにするため、セシリアはフランスから戻った後、ある訓練を自身に課した。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 元よりスナイパーとして天性の資質は有った。

 しかし本国ではBT兵器の訓練に時間を割かれ、光学兵器であることも手伝い、実銃の狙撃からは遠ざかっていた節がある。

 駄目だ。それでは駄目だと感じた。

 もっと根底から自分を見直さなくてはならない。

 狙撃手としての感覚を研ぎ澄まさなくてはならない。

 

 ターゲットを照準に捉え、丁寧に引き金を絞る。だが意識と結果は乖離する。そのズレを修正していく。

 暇を持て余す鈴を放置して、その繰り返し。

 段々と自分の眼球が今までのものではなくなっていくのを感じた。

 目で見て狙っているはずなのに、それよりも早く頭のどこかがターゲットサイトを明瞭に作り上げていた。

 銃口を的に向けたとき、何故か最初の姿勢で最も適切な狙いをつけられるようになった。

 

 一回戦──対『イージス』戦で、はっきりと自覚した。

 どこを撃てば良いのかが分かる。衝撃を相転移する防御結界? 片腹痛い。所詮は温度差による空間作用。突けば崩れる歪み等、今のセシリアの眼に見透かせない理由はなかった。

 見える。何もかも、全てが見える。

 ()()()()()()()

 

(────ッ!! 駄目だ、まっとうに相手したら削り殺されて終わる! 攻撃を当てることだけに注力しろ!)

 

 一夏は思考を切り替えた。

 かいくぐれない──もはや優位性を獲得することを考えている余力が無い。

 BT兵器がエネルギーを吐き尽くし、本体へと帰還する。

 その隙に一気に加速。ポジショニングし直すセシリアとの距離を詰めた。

 

「熱烈ですわね。タンゴがお好みですか?」

「実はな! 街頭で踊るのが夢なんだ!」

 

 多角的なターン。ここにきて最高速度を叩き出した。

 回り込み、斬撃を見舞う。

 まずは一撃、と痛打を確信し。

 

「でしたらもう少し──エスコートのお勉強が必要ですわね?」

 

 一夏の表情が凍り付いた。

 至近距離だ。

 刀が届く距離なのだ。

 

 なのに何故──『スターライトMk-Ⅲ』をこちらに向けているのだ。

 

「──大当たり(Jackpot)!」

 

 放たれた光が、刀身を弾いた。大きく軌道をズラされ、直撃ではなく肩を掠めるに終わる。

 視線が重なる。優雅に笑みを湛える淑女と、絶句している益荒男。

 

(この超至近距離で何をどうしたらスナイパーライフルで迎撃しようって考えになるんだよ下手すりゃ銃身真っ二つだぞていうか高速機動中の斬撃に当てるのは狙撃って言わねえだろえっガンカタ使えるのかよ使えるなら先に言えよいやそうじゃないそうじゃなくてこれやばいこれまじでやばいやばいやばい!)

 

 思考がまとまらず、上滑りする。

 どうする? どうすればいい? 何が最適解で何が悪手なのか分からなくなる。

 間違いなく切り返しよりも反撃の方が早い。ならば緊急離脱か。しかしそれが間に合うのか。

 

(──ッ! 落ち着け! 初志貫徹だ! ()()()()()()()()()()()ッ!)

 

 最初の決断を、あえて尊重した。

 一度吹き飛ばされた腕に再度力を込め、そのままもう一度振り下ろす。

 セシリアの顔色が変わった──BT兵器が、光学兵器としてではなく物理的な障壁として腕の軌道に割って入る。だが動じることはない。

 

(こんなところで焦ってたら、お前の好敵手は名乗れねえだろッ!)

 

 ビットを巻き込むようにして手首をしならせる。刀身の根元が青いBT兵器の半ばまで食い込み、切っ先がセシリアの喉を突いた。

 火花が散る──絶対防御の発動には至らずとも、想定よりかなりいいダメージ。

 

「さすッ……が、ですわね!」

 

 しかし攻撃直後の硬直は免れない。

 離脱よりも先に、腹部にスナイパーライフルの銃口が押し当てられた。

 発砲。衝撃に装甲が砕け、空中でもんどりうつ。セシリアが遠く離れていく。

 

(いや、これでいい! ビット1つに本体へのダメージ! 『白式』の攻撃力なら、状況さえ整えればもうリーサル圏内だ……!)

 

 モニターに表示される相手のエネルギー残量を確認して、一夏は唇をつり上げた。

 後は──如何にして、舞台を整えるかだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シィィ──!」

「よっ、ほっ、とっ」

 

 箒の連続攻撃は完璧だった。

 相手の防御を、()()()()()()()()()篠ノ之流の技巧。攻撃の間隙に人為的な隙を見せることで相手の攻め気を誘う猛毒──しかし、鈴には通用しなかった。

 いくら猛攻を加えたところで、鈴は揺るがない。今回の自分の役割以上のことを決してしない。

 

「悪いけどね。あたしも今回ばっかりは結構ガチなのよ」

「く、どうしてここまで……!」

 

 期間としては長くないものの、多くの騒動や修羅場に巻き込まれた仲だ。その直情的な性格は分かっている。

 にもかかわらず、鈴が徹底して防戦を貫く理由。

 

「だってセシリアがさ、あんなに頑張ってんのよ」

 

 声色が変わった。

 恐ろしいほどに誠実で、揺るぎない声だった。

 

「だったら──友達として報いたくなるってもんでしょうがッ!!」

 

 裂帛の叫びと同時、箒の二刀を同時に打ち払う。

 その防御に一切の揺らぎ無し。刃と言うより、両手に携えた、二枚の盾。

 自在に振るう様は重力すら感じさせなかった。

 

「もう分かってんのよ! 攻撃をサポート、あるいは砲撃する時の展開装甲! あたしらとは違って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! そして展開装甲(それ)なしにあたしを攻略できない以上、防御だけであたしは勝てる!」

「……ッ!」

 

 事実だった。

 箒はちらりと自分のエネルギー残量に目を向ける。僅かに2割を残すのみ。

 

(……! 勝てない……これでは、私は……無様に力尽きるだけ。そうなれば一夏は、鈴とセシリアを同時に相手取ることになる!)

 

 彼の力になりたいとあれだけ意気込んでいたのに。

 そのために、実姉に必死に(こいねが)ったというのに。

 

(その結果が、これなのか?)

 

 所詮は付け焼き刃未満。東雲に教えを乞うていたとはいえ、訓練の密度が違う。

 むしろ決勝戦まで駒を進められた時点で、箒の戦績としては賞賛すべきだ。

 

(わたし、は。進んでいく一夏を見て。支えたいと……力になりたいと、思っていたはずなのに)

 

 無理な動きを続けすぎて、『紅椿』の装甲が自壊し始めている。バキリと、一挙一動ごとにどこかが嫌な音を立てていた。

 それでも刃を振るう。しかし全てが弾かれる。何も通用しない。絶対的な壁として、もう一人の幼馴染が立ちはだかっている。

 それを打ち破る術は──今の箒には、ない。

 

(…………わたしは)

 

 鬼剣を習得した一夏の背を見て、喜んでいた。

 立ち上がることが出来たと。前へ進んでいるんだと実感して。

 

 ──けれど。

 

(………遠かった)

 

 幼馴染だから、すぐ傍にいられると思った。

 とんだ勘違いだった。彼は自分のことを、本当に見ているわけじゃない。

 分かる。彼をずっと見ているから分かる、分かってしまう。

 

(お前が本当に見ているのは、ただ一人)

 

 ──東雲令。

 彼女の隣に至りたいと、彼は願っている。

 箒はそれを応援したいと思った。だけど、心のどこかで、妬ましく思っているのも事実だった。

 東雲だけではない。

 

 セシリアは共に競い合う好敵手として。

 鈴は先達でもあり戦友として。

 シャルロットは宿命を一緒に乗り越えた相手として。

 ラウラは鏡写しの自分として。

 簪は気安い友人あるいは安息の相手として。

 

 では、自分は?

 彼女たちは戦士としての一夏と、戦場で共にいられる。

 自分は違った。こうして力を手に入れたことで、身に迫る意識として実感した。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 鬼剣使いの隣には、どんな人なら立てるのか。

 ライバル?

 天才?

 聖剣使い?

 魔剣使い?

 友人?

 

(私は──そういった存在にはなれない)

 

 篠ノ之箒は、そう結論づけていた。

 

(私は一夏と共にある、剣にはなれない)

 

 強さを裏打ちするものが、余りにもない。

 隣で共に戦うための信念が、余りにもない。

 ただ彼の力になりたいだけ。それだけでは彼の隣にいられない。

 

(私には何もない。孤独と絶望は自分だけのものだと言い張って。それに浸って、酔って、言い訳にして)

 

 何もしてこなかったではないか。

 何も為さず、何も取り組まず。

 ただそれだけでも彼の隣にいられると思い上がっていたではないか。

 

(だけど。だけど──だけどッ! ()()()()()()()()()()()()ッ!!)

 

 彼を喪ったのではないかと思ったとき。

 あんなにも自分の無力を責めたことはない。祈ることしか出来ない自分なんて死んでしまえと、心の底から、自分を憎悪した。

 

(だから。だから──だからッ! 私は今この瞬間に生まれ変わらなくてはならないッ! 一夏のためだけではない! 私が、()()()()()()()()()()()()ッ!)

 

 連続攻撃を中断。バックブーストをかけ距離を取る。

 当然追い打ちをかけてこない鈴は、訝しげに眉根を寄せた。

 

「……何? もしかしてにらめっこで時間潰そうって魂胆? それなら即座に叩き落とすけど?」

「……………………」

 

 安い挑発など、もう聞こえない。

 改めて箒は自分の成すべきことを見つめた。

 ()()()()()()()()。今、やらなければならないのは、それだ。

 一夏の勝利のためには──眼前の少女が、邪魔だ。

 

(私は……わたしは──)

 

 二刀を構えた。

 篠ノ之流が秘奥──『曇窮無天の構え』。

 あらゆる角度からの攻撃に即座に反応しつつ、しかし、あらゆる角度から相手に攻撃を打ち込める──攻防一体の型。

 

「……ッ」

 

 そこに宿る術理を理解できずとも、危険性を鈴は感じ取った。

 感覚派特有の警鐘が脳内に鳴り響く。

 

(あ、これ、やばい。やばいやばいやばい──やばいやばいやばい! これほっといたら()()()()()()! なんかよく分かんないけどこのままだと、あたし負けるッ!)

 

 自身の感覚を信頼し、即座に鈴は、この試合初めての能動的な攻勢をみせた。

 観客がどよめく。しかし箒の意識はもう、そこにはなかった。

 ただ深く深く、自分の中へと潜り込んでいて。

 

 

 

(──私は、脆くとも鋭い、お前に立ち塞がる障害を斬り捨てる刀となろう)

 

 

 

 鬼剣を初めて見たとき──箒は震えていた。

 ああ、彼はもう、篠ノ之流の門下生とはかけ離れたところにいってしまったんだな、と思った。

 剣術ではない。そこに術理はあるのに、人間が振るうべき剣としては余りにもあるはずないものがあったし、足りていないものが多かった。

 

(これは私の執念だ。これは私の結実だ)

 

 恐ろしかった。

 自分では至れない領域に、至ってしまったのだと思った。

 

 だが自分も()()へ至らなければならない。

 だってそうでなければ──

 

 

 ────彼の隣には居られない!

 

 

(狂わなければ隣へ至れない。ならば私は冷静に狂おう)

 

 瞳は水面のような静けさをたたえていた。

 動きは、風が凪ぐような穏やかさだった。

 それこそが、この上なく、鈴に死を予感させた。

 

 

 

 

 

()()()()──清流よ、妖刀へ反転しろ」

 

 

 

 

 

 携えた二刀が閃く。

 それを()()して、鈴は防御姿勢を取った。打ち破り得ぬ『双天牙月』の防壁。

 迫り来る斬撃を完璧に防いだ、と思った。

 

 ()()()()()

 

 刃が『甲龍』の装甲を砕く。攻性エネルギーによる追撃もあって、がくんとエネルギー残量が減る。

 会場が驚愕に凍った。だが鈴の恐怖はそれを遙かに上回っていた。

 

(──な、に、今の)

 

 確かに斬撃を見たのだ。しかしそれとは異なる軌道で、二刀が鈴を突いた。

 箒はそのまま、一切の感情を見せぬ瞳で再度刃を振るう。やはり直撃コース。青竜刀を割り込ませる。

 

 ずるり、と。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 刃の防御性こそ卓越したものだが、持ち手である柄はブレードで簡単に切断できるだろう。

 ISによる高速戦闘の最中でそれを狙えるかを無視すれば、の話だが。

 

(冗談じゃ、ないわよ……ッ! そこにある前提で攻撃してた! 明らかにあたしの動きを見てから修正した! ──違う! 動きを見てから修正したんじゃ間に合わないわよ!)

 

 冷たい空気を肌で感じた。

 それは他ならぬ、箒が放つ()()()()の領域。

 

(──あたしの動きを操ってる! え、どうやって!? 待って待ってどうやって!?)

 

 動物的な直感が、過程を省いて即座に結論を導き出す。

 混乱こそあれど鈴の仮説は的を射ていた。

 

 本来は相手の動きを受け流し、受け流し、受け流し、最後に『斬る』──それが、箒が修めた篠ノ之流だ。

 だが箒はここにきて、術理をねじ曲げた。

 

 言うなれば()()()()()()()()()

 

 相手の動きを微かな呼吸や視線、刃の照りで操作し、それを踏まえた一撃を見舞う。

 守りを捨てて、しかし精通した守りの精神を逆手に取り一方的に殺戮する。

 ──外道へ墜ちた、篠ノ之流剣術の成れの果て。

 

(ええと読まれてるんならそれを踏まえて動けばいいんだけど──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ! ちょっと!? これどうやったらいいワケ!?)

 

 箒の斬撃が、一方的に鈴をなぶり続ける。

 エネルギー残量がみるみるうちに減少する。歯噛みしながら必死に頭を回すが、解決策は出てこない。

 

(こん、な──)

 

 敗北が現実として迫っている。

 刃が閃き、それを防げない。両肩の衝撃砲ユニットが刺突を受けて沈黙した。

 片手に残る青竜刀も、かすりもしなければ防御にも役立っていない。

 

(こんな──)

 

 箒が勝利の確信を瞳に宿した。

 今まで通り、彼女の斬撃が飛んでくる。

 それを鈴は防ごうとする。

 間に合う。間に合ってしまう。だが攻撃は、別の方向から飛んできているのだ。

 

(こんなの──)

 

 刃が殺到する。

 

 

 

(──認めるわけないでしょバァァァァァァァァァァァァァァァァカッッ!!)

 

 

 

 報いたいと思ったのだ。

 友の努力に。友の信念に。友の信頼に。

 だったらここで負けることなど許されない。

 

(来る! ()()()()()()()()()()()()()! 結果だけは分かってるッ!)

 

 左手が脱力し、青竜刀が地面を向いた。

 箒はそれを見ながらも頓着しなかった。己が振るう刃にのみ、注力している。

 袈裟斬りに振り下ろされた刃。

 

 硬質な金属音と共に、激しい火花が散った。

 

「────ぇ?」

 

 箒は間抜けな声を上げた。

 必中を期した斬撃。装甲を粉砕し、場合によっては絶対防御の発動も見込めた渾身の一撃。

 

 手応えはなく。

 エネルギーの減少もなく。

 

 その刀身を、()()()()()()()()()

 

「──来るって、分かってるカウンターはねぇ……! カウンターって、言わないのよォッ!」

 

 理論的な考察など一切挟まず。

 過程の理解もまるで追いつかず。

 鈴はただ直感任せに選んだ──箒が狙うなら、ここだと。

 

 箒は確かに、剣において天才的な技術を持つ。

 それは決して鈴にはない才能だ。

 ──だが鈴は、()()()()()()()()で言えば、この黄金世代においてすらトップクラスの傑物。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「あんた凄い。ほんとに凄いわよ。尊敬する。でも譲れない」

「……ッ!」

 

 箒がもう一振りの刃を振りかぶるよりも。

 密着状態では、鈴の方が早い。

 

「これは、ジャブじゃ済まないわよ」

 

 先ほど脱力した左手首に力を通す。

 跳ね起きるようにして、残された青竜刀が爆発的に加速した。

 

(しまッ──)

 

 回避も防御も間に合わず。

 横殴りの衝撃を受けて、『紅椿』が吹き飛んだ。

 きりもみ回転しながら空中を裂き、やがて重力に引かれ、アリーナの大地に落下する。

 衝撃と轟音が空間を軋ませる。砂煙が間欠泉のように噴き上がった。

 

 ──エネルギー残量ゼロを告げるブザーが、確かに鳴った。

 

「………………」

 

 観客が総立ちになり、叫びを上げる。惜しみない拍手が送られる。

 激戦だった。間違いなく試合の分水嶺だった。それを鈴は見事に制したのだ。

 しかし──段々と、拍手も喝采も、消えていく。

 鈴はうつむいたまま微動だにしなかった。一刻も早くセシリアの応援に駆けつけるべきだというのに。

 

「……はー……最後の最後に、これはあたしのミスかしら」

「いや──けほ。私の置き土産と思って欲しいな」

 

 砂煙の中から、箒が姿を現す。『紅椿』の装甲を身に纏ってこそ居るが、エネルギー残量は具現維持限界(リミット・ダウン)すれすれだった。

 

「いつから、これを狙ってたの?」

「最初からだ。お前を堕とすことなど毛頭考えていなかった。私はお前を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 たとえ一対一なら敗北だったとしても。

 タッグマッチであれば、箒が落とされることはイコール敗北ではない。

 むしろ格上相手なら、無力化することは大金星と言えた。

 

 観客があっけにとられる中で。

 ()()()と、『双天牙月』の刀身にひびが入る。

 亀裂が走っていき、隅から隅までを網羅して──最後には、甲高い音とともに砕け散った。

 

(……全武装喪失。スラスター出力は25%まで低下か。四肢の装甲は比較的無事だけど、胴体はほぼ丸裸……)

 

 機体のコンディションを確認。ひどい有様だった。

 この状態でできることと言えば──素手で組み付く。あるいは装甲を鈍器に持ち替える。

 いくつかの方法を考え、鈴は、首を横に振った。

 

(──無理ね。今のあたし、いない方がマシだわ)

 

 ブザーが鳴る。

 地面で、箒が拳を突き上げた。

 

 鈴が、リザインのボタンを押した音だった。

 

「……セシリア、ごめん」

「……一夏、後は任せたぞ」

 

 対照的な言葉だった。

 されど二人のペア相手は同時に頷いた。言葉は不要だった。相棒のこれ以上無い信頼を感じたからだ。

 

 ついにトーナメントは──最終盤を迎える。

 タッグマッチであることを誰もが忘れてしまうような、そんな肌を押し潰す重圧。

 織斑一夏とセシリア・オルコットが、静止して互いを見つめていた。

 

「……二人きりですわね。さて、どんな曲をかけましょうか」

 

 頬に張り付く金髪など気にも懸けず、セシリアは告げた。

 しかし一夏はすげなく首を横に振る。

 

「お前の選曲が抜群なのは、嫌ってほど知ってるよ……だからさ、()()()()()()()()()()()?」

「……ッ!?」

 

 言葉と同時だった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()退()()()()()()

 スラスターを噴かした急降下やバックブーストではない。ただPICを使って位置を調整したに過ぎない。

 それも自分にとって不利な、遠距離へと。

 

「どういうおつもりですか? まさか諦めた? もしそうなら──」

「──ねえよ。お前との戦いで、一滴でも力を残すことはあり得ない」

 

 わざわざ一夏は距離を取って、遙か彼方のセシリアを見上げた。

 

「本場だろ? 最後はロックンロールにいこうぜ──これが最後の一撃だ」

「……貴方、まさか!」

「今『白式』に計算させた。直線距離1200メートルだ……このコースを踏破して『雪片弐型』を馳走してやれたら俺の勝ち。その前に無様に地面に叩き落とせたら、お前の勝ちだ」

 

 ふざけた言葉だった。

 会場の誰もが口をぽかんと開けて、言葉を失う。

 自らのアドバンテージ全てを放り捨てるような暴挙。

 

 だがセシリアは──それを受けて、知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。

 

「ふ、ふふ。ふふふ。ああ、そうですわね──たまにはそういう曲も、いいですわね」

「それは良かった」

 

 二人は視線を交錯させた。

 この時を待っていた。

 ずっとずっと待ち望んでいた。

 

 原初の戦い。

 各々にとって世界の全てを変化させた、最初の決闘。

 

 あれからたった二ヶ月と少し。

 どれほど待ち望んだだろうか。この時間のために生きてきたのではないだろうか。

 

 織斑一夏とセシリア・オルコットが。

 その瞳から焔を噴き上げて──同時に叫ぶ。

 

 

「さあ──勝負だッ!!」

「ええ──決着をつけましょうッ!!」

 

 

 決戦の幕が、切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(キャァァァァァァ────! 鬼剣装填して────!!)

 

 東雲の脳は、腐り落ちていた。

 

(強いて言うなら試合中に装填タイミング三回ぐらいあったけど! 全部スルーされちゃったけど! でも今からするでしょおりむー!)

 

 コールを試合内容の指摘に反映させるな。

 わっさわっさとうちわを振るって、完全な無表情で東雲は自分の存在をアピールする。

 一組生徒は微笑ましいなあと見守っていた。

 

(こっち見て! こっち! 視線こっち! 少しはこっち見てよ! ねぇッ!)

 

 ちょっと運命の相手と見つめ合ってるんで無理ですね……

 

 

 

 

 

 

 

 









ちなみに東雲の言う鬼剣装填タイミングで装填したらそこで勝てました(小並感)


次回
53.唯一の男性操縦者VSイギリス代表候補生
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