ノア・スミス「関税:アメリカのさらなる自滅行為」(2025年4月3日)
アダム・スミスが言ったように,「よほど多くの愚行を続けねば一国は破滅しない」
高校時代の歴史の先生は,風変わりな人だった.いまでも,こんなやりとりを覚えてる――「歴史上の人物って,たまにバカなことをするじゃないですか.あれはなんでですか?」とぼくが訊ねると,彼はニヤリとして逆に質問してきた.「なんで犬は自分のキンタマを舐めたりすると思う?」 とっさにいい答えが思いつかなくてまごついてると,先生は片っぽの眉をクイッとつり上げてこう言った.「できるからやるんだよ.」
いまいち腑に落ちない答えだったけれど,21世紀になってからというもの,アメリカはまさしくバカなことを「できるからやっている」ように思えることが多い.
「なんでイラク戦争なんてはじめちゃったの?」
「コロナウイルスのワクチン接種を拒否する人があんなにも大勢いたのはどうして?」
「どうして西海岸各地の都市が無秩序に陥るに任せてしまったの?」
「2020年の大統領選の結果を覆そうとトランプが試みたのを処罰しそびれたのはどうして?」
――などなど.まるで,20世紀にアメリカが首尾よく成し遂げた賢明なこと全部にすっかり飽きてしまって,かわりにおよそできるかぎりのバカなことを探求しだしたかのようなありさまだ.
そういう過ちが悪い帰結をともなっていないかというと,そうでもない.間違いなくひどい帰結は生じてる! イラク戦争の失態は高くついたし,反ワクチン運動は何千人もの人命という犠牲を出しているし,警察の取り締まり活動を緩めたためにおそらく何千人も死んでしまっている,などなど.熱々のストーブに手を触れては痛い思いをして手を引っ込めて,「熱っつ! ……いや,まあ,次のストーブは触ってもだいじょうぶだろ」と言っている.
今日のアメリカは,またしても熱々ストーブに手を触れている.トランプが宣言したほぼあらゆる国々に新しく巨額の関税をかける案が,それだ.以下に引用するリストは網羅的ではないけれど,一部の対象国が並んでいる:
トランプ関税を免れてる国は2ヶ国しかない.ロシアと北朝鮮だ.(いまでも,トランプが能動的にロシアのために働いているとは思っていないけれど,ぼくが間違ってるという証明になることをトランプはそんなにしてくれてない.)
歴史を振り返ってみても,今回の関税はまぎれもなく巨大だ.大恐慌の序盤に課されたあのスムート=ホーリー関税よりもずっと税率が高い:
もしかして,「あの狂った王ひとりのせいでこうなっている」と思ってるなら,次の点を認識した方がいい.トランプ関税をいつでものぞめば取り消せる権限が議会にはあるんだよ.いまだに取り消していないということは,ぼくらが選出した議員たちのうち,それに必要なだけの人数が,トランプ関税にのっかってるってことだ.
この意図的な経済自滅行為を擁護しようとトランプの配下たちが泡を食ってるさまを眺めるなんて,悲喜劇的と言っていいくらいだ.たとえば,いまのトランプの主要な経済諮問役だろうピーター・ナヴァロは,「関税は実は減税なんだ」とどうにか言いくるめようとしている:
そんなわきゃない.大間違いだ.「関税」とは「輸入税」だ.というか,関税をかけることで実際に生産が海外からアメリカに移転しうるとすれば,それは,輸入品の価格を引き上げることによってだ.はたして,ナヴァロが言わんとしたことは,「関税をかけることで他の種類の税を削減できる」ということだったのか(いまやっている以上に国の債務を積み上げたいとのぞんでいる場合にしか,これは成り立たない),それとも,とにかく共和党支持層が条件反射的に支持するからというので「減税」という単語をロボットのように口走っているだけなのか,ぼくにはわからない.どちらにせよ,これは茶番だ.
他にもいろんな擁護論が出てきてるけれど,どれも輪をかけて支離滅裂だ――ただひたすら,無意味なバズワードを連ねているにすぎない.トランプ政権の高官のなかには,忍び難きを忍んで生活水準の低下を受け入れるようアメリカ人に呼びかける手合いまで現れている――財務長官のベッセントはこう発言している.「安価にモノを手に入れられるのは,アメリカン・ドリームの本質ではない.」(多くのアメリカ人にとって,きっと驚きの言い草だろう.)
一方,トランプ支持者たちのなかには,こんな望みにすがりついている人たちもいる――「いや,今回の関税はたんに交渉のための戦術で,トランプはこれをネタに他国に対アメリカ製品の貿易障壁を引き下げさせようというんだ.」 それは,とんでもなくありそうにない話だ.なにしろ,A) あらゆる証拠に照らして,トランプはとにかく関税を好んで国際貿易を嫌っているし,B) 他国がアメリカに要求しているとトランプが主張している関税率は,まったくのでっちあげだからね.
(追記:多大な混乱のあと,他国に課した「関税」率を弾き出すのに使った式をトランプ一派が公表した.この記事の最後に,詳しく解説しておいた)
こんな言い分に,アメリカ人は欺されはしないはずだ.トランプの新たな関税を見越してすでに株価は下がっているけれど,どうやら投資家たちが予想していたのよりも輸入税はずっと大きくて激しいらしく,株式市場はさらに下げていきそうだ.世論調査でのトランプ支持率も下がってきてる.無党派層が熱々ストーブから手を引っ込めてきてる.
かつての大躍進運動の毛沢東主義者たちよろしく,トランプの配下たちはアメリカ人に「物質的な繁栄を放棄しろ」「我らが大統領のイデオロギー的プログラムのもとに隊列を組め」とよびかけている.
基本的なメッセージは,これだ.「連中にはイデオロギーを食わせておけ.」 トランプはこういう関税を「解放の日」と呼んだ.なぜって,トランプのイデオロギーでは,他国と貿易しているせいでアメリカはそういう国々に依存してしまってることになっているからだ.貿易をやめれば,「解放」されるわけだね.トランプにとって経済的な孤立は自由であって,その自由はみんなの 401(k) 退職金よりもよほど値打ちがある.
どうしてアメリカは,まさにこの瞬間に,イカれた自滅的経済イデオロギーを歓迎しているんだろう? ひとつには,長年にわたってトランプの部下たちがどうにか彼の最悪の衝動を抑え込んできたおかげで,「いやいや,トランプの言うことなんて,『真に受けつつも文字どおりには』受け取らなくて大丈夫だし実際にはトランプが経済を破壊することはないよ」とアメリカ人が思い込んでしまった点が挙げられる.さらに,〔2010年代に〕ありとあらゆる種類のどうかしてるイデオロギーが不相応な支持を得てしまった大衆不安の時期から,アメリカは抜け出しつつあるという事情もある.
ただ,それだけではなくて,もっと深くて長期的な理由もある.過去20年間に,集団としてのアメリカ人は,こう信じ込んでしまった.「アメリカ経済は根本から壊れていて,大きな変革を必要としている」――実際には,多くの指標でアメリカ経済は世界でもっとも堅調だし,もっと言えば人類史上でもとりわけ優れた実績を見せているのに,そんな思い込みが広まっている.この考え方は右派でも左派でも人気があって,その気になって探すとたしかに既存のアメリカ制度にいくらかの問題点がうまく見つかった.ただ,アメリカ経済が根本的にダメだという思考では,そういう問題点が実態よりもはるかに大きく誇張されていて,経済論争に過剰なイデオロギーが持ち込まれることになった.そして,その帰結をぼくらはいま目の当たりにしているわけだ.
ここが「反ネオリベラリズム」の到着点だ
アメリカは世界屈指の豊かな国だし,豊かな経済大国でもある.課税・政府による所得移転・各国間の物価水準のちがいを考慮に入れた後の所得中央値でみると,たしかにこれは事実だ:
(それに,政府が市民に直接提供している各種サービスの価値を加えてもこれは事実だ.) また,一人あたりの消費の観点でも,アメリカは他の国々よりずっと上に位置している.
どういうわけか,アメリカ人の中には,この現状でもすごく不満を抱いている人たちがいる.とくに,政治に強く関与している少数派に顕著だ.その正確な理由の検討はあらためて長文記事でやるべき話題だけれど,これについてはいろんな説がある.ある説によれば,人々は自分の成功度合いを他人との比較で測るので,アメリカで格差が開いたためにいろんな階級の恨みが生まれているのだと考える.また別の説によると,経済とおおよそ関係のない要因によってアメリカで生活の質が劣化していて――とくに大きいのは犯罪の多さだけど,他にも肥満・おそまつな都市計画なども生活の質を落としていて――,そのせいで人々は不満を覚えて経済にその責めを負わせているのだと考える.三つ目の説では,人々は高い生活水準にすっかり慣れっこになっていて,どれほど豊かになっても落ち着かずに不満を覚えているのだと考える.四つ目の説によれば,保険をかけられない特異なリスクによって――医療破産リスクや失業リスクなどによって――アメリカ人は実態よりも貧しく実感しているのだそうだ.こういういろんな説がある.
本当の理由がどうであれ,ともかく世界を圧倒するアメリカの経済システムへの不満は1990年代に噴出しはじめた.シアトルでの WTO 抗議運動が,グローバル化に関するいろんな懸念のショウケースになっていた時代だ.とくに,「労働や環境保護の観点で,自由貿易は『底辺への競争』につながる」という考えが目立った.そういう懸念は正当だった.というか,正当どころか,その後の十年で中国が工業化を進めていくなかで,アメリカの製造業は空洞化したし,アメリカの工場労働者の多くはキャリアを破壊されてしまった.
ともあれ,2008年の金融危機とその後の長く深刻な不況で,不満は膨れ上がる一方だった.ウォール街占拠運動では金融業界ひいては資本主義総体への怒りが未成熟なかたちで爆発していたのが,その後の10年で現代版の社会主義運動とバーニー・サンダース選挙運動に結晶化していった.
その社会主義者たちは,自分たちの気に入らないものに名前をつけた:「ネオリベラリズム」という名前だ.かくして,こんな論説やブログ記事がそこら中に溢れかえった:
新しい社会主義運動は,労働系左翼が何十年にもわたって語り続けた基本的筋書きを受け入れた――「ロナルド・レーガンやマーガレット・サッチャーなどの右派政権が自由貿易や低税率や民営化といった自由放任政策を採って,福祉国家を切り詰め,それまで健全だった資本主義社会を荒らし,一握りの悪党どもが労働者の成果の大部分を我が物にしてしまった」という筋書きだ.
この筋書きにはごく微量の真実味があるけれど,いたるところ穴だらけだ.たとえば,レーガンとクリントンがアメリカで実施できた本物のネオリベラル政策変更はほんのささやかな量でしかなかった.普通の労働者たちにとってとくにアメリカ経済がどれほど酷くなったのかについては,ものすごくデタラメが語られている.たとえば,労働者賃金と生産性がものすごく乖離してきていると主張する有名なグラフは,実のところ,ほぼ全面的に2つのデータのトリックでできあがっている―― A) 賃金と生産性をインフレ調整するときに使用しているインフレ率の数字が2つ別々になっていて,しかも B) 平均値と中央値のちがいもある:
また,「普通のアメリカ人労働者の賃金は1973年よりも低い」という迷信も,人気が高い.この迷信は,30年ほど時代遅れだ:
びっくり仰天な格差を示す統計の大半は,人気のあるフランス人経済学者たちによるものだ.彼らは,自分たちの数字も誇張しているかもしれない.格差はたしかに開いているけれど,彼らが主張するほど大きくはない.
実際はどうかと言えば,70年代,80年代,90年代に小さい政府志向の保守派や自由放任推しの経済学者たちが推進した経済政策には大きな問題がいろいろあった.豊かな国々で工場労働者たちがお払い箱になったのは――自由貿易で生まれた典型的な「負け組」は――現実のことだ.中国の怒濤の経済成長で環境が荒れたのも事実だ.実際に格差はいくらか開いたし,平均的なアメリカ人がかぶる経済的なリスクもいくらか増えた.中国その他の途上国との賃金競争が一因となって組合労働者の交渉力は弱まった.それに,おそらくこれが最重要事項なんだけど――それでいて労働系左翼や社会主義者たちはこれを気にしなかったんだけど――中国にあれほどたくさんの製造業が移っていったことで,民主制諸国の防衛産業基盤が空洞化して,台頭する権威主義勢力を前にして自由世界が著しく弱体化してしまった.
ただ,「ネオリベラリズム」がアメリカや西洋全般の庶民に恩恵をもたらせなかったというのは,大部分がつねに迷信だった.それでも,この話はいっそう人気を高めていき,ついには,街路でデモ行進したりソーシャルメディアであてこすりを言ってみたりする以上のことができる2つのグループがこれを取り上げるにいたった.それが,ウォーレン派の進歩主義者と MAGA 右派だ.
バーニー系の社会主義者よりも政策通で人気が低いもののバイデン政権での影響力では上回っていたウォーレン派は,アメリカ人の暮らし向きに見られるいろんな病理は,企業と「テックブロ」階級のせいだと非難して,反トラスト強化と技術革新の統制強化を解決策として推奨した.どちらも,気にしている人はいないに等しい.反トラストは少しだけ進捗があったけれど,〔AIなどの技術進歩を制限する〕ラッダイトはせいぜいヨーロッパでしか根付いていない.ただ,「ネオリベラリズム」の病理を解決するにはアメリカ人の特定階級を弱体化すればいいという姿勢をウォーレン派が――ひいてはバイデン政権の多くが――とったために,国家能力の低下や脱成長政策の定着に対処できなくなってしまった.アメリカ人が豊かさを享受するのを実際に妨げているのは,この国家能力の低下と脱成長政策にほかならないのに.
ところが,実際に反ネオリベラリズムを実践してみせたのは,MAGA 運動の方だった.MAGA がネオリベラリズムを嫌う理由は,基本的に2つある.第一に,多くの右派はこう信じている.「経済的な繁栄の追求は,自分たちにとってあるべきアメリカ像をそこない続けてきた.」 移民の流入,とくに高技能タイプの移民の流入によって,アメリカ生まれのアメリカ人の生活水準は引き上げられているんだけれど,多くの右派は,そのトレードオフが見合っていないと信じている.なかには,こう信じる人たちもいる.「GDP をいっそう高めようと追求してきたことで,西洋各国の政府は白人労働者階級との連帯感覚を失ってしまっている.」
他方で,トランプとその一派には,ネオリベラリズムを嫌う別の理由がある――あるいは,少なくとも,ネオリベラリズムのなかでも自由貿易の部分を嫌う理由がある.彼らはこう信じている.「ネオリベラリズムによって他国がアメリカからぼったくれるようになったせいで,アメリカは弱体化した.」ピーター・ナヴァロは,いまやトランプが耳を貸す唯一の経済諮問役となっているらしい(2020年の政府転覆の企てのときにもずっとトランプの絶対の忠誠を貫いたおかげかもしれない).そのナヴァロは,「貿易赤字によってアメリカの GDP が減少している」と信じている.どうやらトランプ当人もそう考えているらしく,「アメリカが貿易赤字になっている相手国は,それによってアメリカを貧しくしている」と決めてかかっているようだ.
トランプとナヴァロは間違っているし,貿易赤字で GDP が減少すると信じている大勢のアメリカ人も間違っている.この誤解の一部は,GDP の計算で輸入がどう扱われているかを基本的なところで誤解しているところから生まれている.「輸入は GDP から差し引かれる」と多くの人たちは思っているけれど,実際にはまったく数え入れられていないんだよ.
かりに,他が一切変わらないままで輸入がゼロになって,アメリカが貿易赤字が巨額の貿易黒字に一変したとして,GDP はまったく変わらない.
根本的に,トランプとナヴァロがもっぱら関心を向けているのは全体の輸出量(輸出総額)ではなくて,輸入を差し引いた純輸出量(貿易赤字)だ.彼らがアメリカ経済を世界から切断したがっているのはなぜかと言えば,下記のグラフの赤線〔純輸出〕に憤慨しつつ,それよりもずっと大きな緑の折れ線〔総輸出〕の重要性をまるっきり無視しているからだ:
ナヴァロにとって,これはポンコツ経済学の問題だ.トランプにとって,これはイデオロギー問題だ――他の国々にいっさい経済的に依存しなくなればアメリカは真に独立した自由な存在になると,トランプは思っている.JDヴァンスが言うように,「トランプ大統領は国境の信徒だ.経済的自足の信徒であり,アメリカは偉大な国になるべきだと信じている.」
いわば,北朝鮮の主体思想のアメリカ版といったところだ.北朝鮮の不運な人々と同じく,トランプがこの頭おかしいイデオロギー聖戦を追求するのと引き換えに,普通のアメリカ人もこれから経済的に苦しみを味わうことになる.
口先でなく実際に存在する反ネオリベラリズムが,これだ.レーガンやクリントンその他がやった自由放任アプローチの欠陥がどういうものであったにしても,そのアプローチへの反発のうち,選挙で実現した部分の結果として生じる災厄に比べれば,まだしもマシというものだ.ぼくは,「ネオリベラリズムには深い改革が必要だし産業政策を加えなくてはいけない」と論じることに評論家キャリアのかなりの部分を費やしてきた.ところがいま,ぼくが望んでいた改革が選挙で負けてしまったという事実に向き合わなくてはいけなくなっている――選挙で成功した唯一の反ネオリベラル政策は,自国を弱体化しつつアメリカ人をより貧しくするものだった.
トランプ関税によってアメリカではいっそう脱工業化が進む
「アメリカ人が関税のせいで経済面で苦しむっていうけど,どうして?」 ここでぜひ強調しておくべき点がある.これで苦しむことになるのは,外国産のモノを安価に手に入れられなくなったアメリカの消費者たちだけではなく,また,株価下落で 401(k) 退職金や年金が打撃を受ける貯蓄者だけでもないという点だ(もちろん,どちらもいわれのない痛手をこうむるハメにはるのは間違いないんだけど).関税は,アメリカの製造業も痛めつけてしまう.
トランプとナヴァロと MAGA 運動が「貿易赤字でアメリカが貧しくなってる」というとき,彼らはたんに前述の単純な会計の考え違いをしているだけじゃない.「輸入によってアメリカの生産が圧迫される」と信じているから,ああいう発言が出てくるんだ.消費はすごく非弾力的で国内生産はすごく弾力的だと彼らは考えていて,だからヨーロッパ車がアメリカ国内で販売されなくなったら,その分だけアメリカで車が生産されると思っている.
実は,そういうことが起きる場合もあって,関税にともなってアメリカ経済にいくらか新規投資がなされるはずだ.関税を回避しようと企業は急いで動くだろうからね.たとえば Apple はすでにアメリカ国内での投資をいくらか増やす計画を立てている.トランプとその一派は,間違いなく,そういう動きを取り上げて「ほら見ろ成功だ」と言うだろうね.
ただ,アメリカの製造業全体が今回の関税にとる対応に目を向けると,圧倒的にマイナス面が優勢だ.サプライマネジメント協会によるアメリカ製造業の調査では,状況はすごく深刻だ:
新規の投資もちらほらなされるかもしれないけれど,全体としては,アメリカの製造業の活動は縮小しつつある:
また,アメリカ国内での事業を縮小する計画を立てている理由についてサプライマネジメント協会がメーカー各社に調査したところ,答えはとにかく「関税」の一言につきた:
トランプ当人が外国との競争から守るぞと誓って見せた主要な産業のひとつである鉄鋼メーカーですら,いまや従業員のレイオフを進めている.なぜって,トランプの輸入税によってメーカーが原材料を入手する経路が絶たれていっているからだ.それどころか,トランプの経済イデオロギーを指すのにはたして「保護主義」と呼ぶのが正しいのかすら,疑わしくなっている――ほぼ間違いなく「孤立主義」と呼ぶ方がふさわしい.ほぼ誰も保護されていないからね.
トランプとその諮問役たちは理解を拒んでいるけれど,ここでの根本問題は次の点にある.「関税によって国内での製造業に生じる影響は輸入代替ただひとつであるわけがない.」 以前の記事で,このもう一方のメカニズムについて解説した.
ようするに:
輸入を遮断すると,サプライチェーンに混乱が生じて,アメリカの製造業各社はヴァリューチェーンの価値が低い部分に稀少なリソースを使わなくてはいけなくなる.
輸出市場からアメリカが遮断されると,アメリカの製造業各社が利用できる規模の経済が減少して,コストが上がり生産性が下がる.
現時点で,関税によるこういうマイナスの影響は (1) が大半を占めそうだ.サプライチェーン混乱は,とても迅速に発生するからね.ただ,アメリカの製造業者の株価も下落していることから,より長期的な (2) の影響もいずれ現れてくると投資家たちが予想しているのがうかがえる.
研究結果を見てみると,これがいずれ生じる結果だという点で強く一致している.対象を限定した関税によって,戦略的産業の保持や幼稚産業の育成に効果があがる場合もときにあるけれど,全体としては,関税を引き上げた国々は貧しくなっていくのが定番のパターンだ.[n.1]
言い換えると,ここで短期的な痛みをこらえてみたところで,長期的な得はなんにもない.たんに,いまも痛い思いをして,あとでも痛い思いをするだけだ.
アメリカが急速に経済的孤立主義に切り替えたのは,毛沢東の大躍進運動ほどトチ狂ってはいないし,キューバや北朝鮮などの共産主義諸国が20世紀にやった経済孤立主義プログラムの多くよりはマシではある.ただ,間違いなく同類の狂気の沙汰だ.アメリカの右派は,アメリカの左派から最悪の思想を取り込んで,いかにも彼ららしく稚拙なかたちで実施してみせた.
残念ながら,ほぼすべてのアメリカ人は――トランプに投票した人たちの大半も含めて――また新たに手を伸ばしたストーブで火傷を負うことになる.「自業自得の過ちをこれほどたくさん味わってきたんだから,もうちょっとばかり用心してもよさそうなものだけど」と思うかもしれないけど,いや,そうでもないんだよ.アダム・スミスがいったように,「よほど多くの愚行を続けねば一国は破滅しない.」
追記:さて,トランプの関税は「互酬的」関税(または「相互」関税)だと言われている――つまり,自分たちに課せられているのと同じ関税率を相手国に課すタイプの関税だという話だ.大半の国々は,アメリカ製品にごく低い関税しか課していない.ところがトランプの考えはちがうらしく,アメリカが二国間貿易で赤字になっているのは,全面的に,なんらかのひと目につかない秘密の貿易障壁によって引き起こされているのだと思っているようだ.基本的に,それを別名「関税」という.なので,要するにトランプの考えはこういうことだ――「相手国との貿易赤字が完全にゼロになるまで関税を高く設定してやろう.」
それで,関税率を算出するのに彼らが使った式は,こうなっている:
アメリカがとある国 i に税率 τ_i を課していて,∆τ_i が関税率の変化を表しているとする.次に,ε<0 を輸入価格に対する輸入の弾力性とし,φ>0 を関税から輸入価格への転嫁率,m_i>0 を国 i からの総輸入額,x_i>0 を総輸出額としよう.このとき,関税率の変化にともなう輸入の減少は,∆τ_iεφ*m_i<0 に等しい.相殺的な為替レートや一般均衡効果は無視できる程度に小さいと仮定すると,二国間貿易収支をゼロにする互酬的関税は次の条件を満たす:
つまり,アメリカの輸出は関税の影響を受けないと仮定して,関税はとにかく輸入を減らすだけだと彼らは考えているわけだ.貿易赤字 (x-m) をぴったり相殺するだけ輸入を減らしたいと彼らは考えている.
次に,関税によって輸入に生じる影響は線形だと彼らは仮定している.新しく関税が課せられたことによる輸入量の変化は,次に等しい:関税率の変化×関税の変化にともなう輸入価格の変化の割合(「転嫁率」)×輸入価格の変化によってアメリカ人が輸入品の購入を減らす割合(輸入品の「弾力性」)×現在アメリカがある国から輸入している量.「転嫁率」と「輸入品の弾力性」については,彼らはいくつかの経済学論文から(不正確に)数字を引っ張ってきている.こうして,上記の式ができあがっている.彼らはこの式を使って「解放の日」関税を算出している.(註記:この式は AI がつくりだしたものかもしれない.)
これには,理論的な問題がいくつもある.いちばん明白な問題点は,アメリカの関税はアメリカからの輸出量にも影響することだ.とくに,為替レートの変動をとおして輸出が影響を受ける(この点を,トランプ一派はとにかく「ない」と仮定してやっつけている).また,非線形もあるし,一方の国にアメリカが課した関税が別の国との貿易赤字に影響する「交差」効果もある.
とはいえ,こういう話はちょっとばかり勘所を外している.大事なのは,貿易赤字をゼロにしようとするのがそもそも無意味で自滅的だということだ.関税によって生じる最重要の効果は,貿易赤字となんの関わりもない――アメリカが貿易からえる利得を制限することによって招く死荷重損失だ.トランプは貿易赤字にこだわるあまりに――トランプの目には誰が「勝ち」で誰が「負け」なのかを示す得点表に見えている――貿易赤字をなくすためにアメリカ人を大幅に貧しくするのもいとわない.
経済の観点で見ると,これはまったく割に合わない.アメリカが貿易をまったくしなかったら,貿易赤字はゼロになる.でも,それだとアメリカは現状よりもずっと貧しい国になる.トランプのイデオロギーでは,貿易赤字にさせて自分たちを「食い物にしている」他国がいなくなりさえすれば,アメリカ人がずっと貧しくなっても上等ということになっている.
そんなイデオロギーに自分が犠牲を払う値打ちがあるかどうかを決めるのは,アメリカ人だ.個人的には,そんな値打ちがあるとは思わないけど.
原註
[n.1] トランプ派の人たちは,関税によって経済に恩恵が生じるのを示していると称して多くの研究を引用した.エリカ・ヨークが示しているように,そういう事例のほぼすべてで,自分が引用している研究をホワイトハウスは間違って解釈している.そして,解釈を間違えていない1つか2つの事例も,すごく質の低い研究だ.
[Noah Smith, "Tariffs: Another American act of intentional self-harm," Noahpinion, April 3, 2025]


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