私の手許に、本年3月まで麻布大学の教授だった高槻成紀(たかつきせいき)氏の著した大書『シカの生態誌』があります
イメージ 1
高槻成紀 著 「シカの生態誌」東京大学出版会発行
 
文中に【縄張りを持つオスはしばしば「オーーーオオオ」という、イヌの遠吠えの様な咆哮をあげる。
それはサイレンの様に始まり、次第に高くなってしばらく続くと、最後に急に低くなる。(中略)
行動学者達はこの叫びをオスたちの縄張りの宣言であることを明らかにした。】と記されています。
 
また、インターネット上で「鹿の雄叫び」で検索すると、実際の咆哮も、咆哮をしている雄鹿の姿も見る事が可能ですし、そうしたサイトの中に『オスがメスを引き付ける為に、甲高い、艶のある鳴き声を森に響きわたらせます。
その鳴き声の事を「ラッティングコール(ruttingcall)」と呼びます。』と記された文面も見つける事が出来ます。
 
ネット上の咆哮は、昨年のフォーラムで皆さんにお聞かせした咆哮とよく似ています。
フォーラム時にお聞かせした咆哮を「ラッティングコール」だと思っていた、作家の山根一眞さんはSDカードに収録した咆哮を帰宅後分析し、鹿では無いと考え直しました。
イメージ 2
フォーラムの基調講演をする山根一眞さん

イメージ 5
咆哮を比較したソナグラム

また、フジTVディレクターの松尾知明さんも山根さん同様、最初「ラッティングコール」だと思っていましたが、日本音響研究所の(非公式)分析結果―牡鹿、外国産オオカミ、フォーラムの咆哮―から考えを変えたのです。
イメージ 3
フジTVディレクターの松尾知明さん

(2014年12月13日の当欄「オオカミの声紋分析」をご覧下さい。)
 
昨年末から今春にかけて体調を悪くしていた私は、山根一眞さんが仰った様に
こうしてみると、確かにオオカミに似ていますね。
こういう解析をさらに深める必要があると思います。
私の弟子の田中が飼っていた狼犬は、しばしば遠吠えをしていたそうです。
そういうハイブリッドの遠吠えなどとも比較して、絞り込んで下さい。】―
山行が出来なかった期間、咆哮の比較類例を収集していました。
日本音響研究所の公式な分析結果を得るためには、山根さんと同じ考えの中多くの比較類例が必要だと思っていたのです。
 
私の周辺協力者からネット上の咆哮を送信されたりもしましたが、それらは比較類例として不適切だと思っていたので、信頼できるルートを探していました。
「ハイブリッド」で身近に感じるのは、フォーラム時会場に居た狼犬でしたが、
イメージ 4
千葉県のSさんから購入した狼犬

偶々その狼犬の繁殖者Sさんを知っていましたので事情を説明し協力を求めました。
2週間後、私の希望通り咆哮のサンプル45点が届きましたので、お礼としてフォーラムのDVDを贈りました。
 
すると、北海道在住で羆塾を経営しているベアードッグハンドラーの岩井氏にDVDの咆哮を聞かせ、「咆哮はオオカミでは無く、鹿の雄叫び」とのコメントを寄せたのですが、私は下記のメールで一蹴しました。
 
秋になると山で良く聞こえるとの事ですが、45年間オオカミ探しで山歩きをしていて、私自身では1回も聴いた事が無いのです。
早稲田大学探検部OB会内二ホンオオカミ倶楽部の人達とも(彼等は現在奥多摩地域)交流をしていますが、同様です。
野性の中で生きる為の道理としても、Sさんが仰る“雄叫び”を発する理由が牡鹿に有るのでしょうか。
発する事に依って牝鹿にアピール出来る・・・より、自らの存在を外敵に知らせるマイナス面の方が大きい・・・と私には思えます。
自然界の事象は非常に旨く出来ていて、動物の世界に於いては特にそれが言えます。
それらに適応してこそ“進化”が成り立つのだと私は考えます。
尚、奥秩父でも、鹿笛を吹いて猟をする・・・と杣人から聞いていますが、収録した咆哮とは明らかに違います。】
 
幾度かのやり取りが一段落し、日本音響研究所への正式な分析結果を依頼する準備をしていた頃、Sさんから何通目かのメールが届きました。
上記『シカの生態誌』の多くの点で重要な役割を果たし、ウルフの排泄物に対する野生動物の反応についてSさんと共同研究をしている、麻布大学獣医学部動物応用科学科 野生動物研究室南正人准教授の理論の概略でした。
 
【「ニホンジカの大きな声には2種類あり、オオカミに似ている音声と似ていない音声がある。
オオカミに似ている音声については、ソナグラムを取ると、形は似ているが、シカの方が高くなる。
この音声は1km以上届き、秋になると山でよく聞こえてくる。
シカを研究している人にとっては、大きな声を出すことは常識となっています。
それらの既に知られていることを、私(南准教授)が音響分析機で分析して、それらがどのような時に発せられるのかをまとめたのが私の博士論文です。
遠くで鳴いているのを聞いた時と、近くで鳴いている時に聞いた時とでは、かなり音が異なって聞こえるために、印象がないのではないかと思います。
10月に奈良公園で夕方から夜にかけて過ごされれば、近くで聞こえるので、それと判ると思います。】
 
今まで私に提案して来た人たちは、自らの主観でのものでしたから、然程問題にしませんでしたし、公式とは言え、日本音響研究所の見解も有りますし、私淑する吉行瑞子先生も牡鹿で有る事に否定的でした。
が、今回のメールは南正人氏らが昭和64(1989)年から宮城県金華山島で、神社周辺のすべてのシカ100頭以上を個別識別する徹底的な調査を行い、名前を付けてその一生を追い、どのようなシカが子孫を繁栄させるのかを調べ、それらの調査を下に博士論文として公表しているものです。
 
私は大変困惑しました。
そして、真剣に鹿の生態を勉強する必要に迫られ、ネット上で知識を得ると同時に、大枚を叩き大書『シカの生態誌』を買い求めたのです。
                                                           -次週に続くー
AD