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国連サイバー犯罪条約草案について合意が成立

【追記】(2024年12月26日)
 国連サイバー犯罪条約は、12月24日に国連総会で採択されました(UN News: UN General Assembly adopts milestone cybercrime treaty など参照)。正式名称は、「情報通信技術システムを利用して行なわれる特定の犯罪との闘いおよび電子的形態の重大犯罪の証拠の共有のための国際協力を強化する国際連合サイバー犯罪条約」(United Nations Convention against Cybercrime; Strengthening International Cooperation for Combating Certain Crimes Committed by Means of Information and Communications Technology Systems and for the Sharing of Evidence in Electronic Form of Serious Crimes)とされたようです。条約のテキストはこちらの報告書(A/79/460)のAnnex(p.5以下)に掲載されています。

 条約は、2025年にハノイ(ベトナム)で、その後は2026年12月31日までニューヨークの国連本部で、署名のために開放されます(条約64条;多国間条約における「署名」は一般的に「批准」の前段階の手続ですので、期限までに署名しなかった国も「加入」などの手段により締約国になることは可能です)。署名式がハノイで開催されることから、この条約は「ハノイ条約」と呼ばれることになると、ベトナム関係のニュースメディアでは報じられています。

OHCHR、子どもの権利を含む人権の視点から新サイバー犯罪条約草案の修正を提言〉(2024年6月7日)で取り上げた国連サイバー犯罪条約(犯罪目的での情報通信技術の利用への対処に関する包括的国際条約)草案について、7月29日~8月9日にニューヨークで開催された再開最終会期(Reconvened concluding session)で合意が成立しました。今後、国連総会に提出され、正式に採択されることになります。

1)NHK:国境越えたサイバー犯罪取り締まる 新国際条約草案 国連で合意
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240809/k10014543681000.html

2)読売新聞:国連総会で「サイバー犯罪条約」採択へ…ロシアが主導、政府監視に懸念
https://www.yomiuri.co.jp/world/20240809-OYT1T50197/

 以下、公表されている最終草案(8月7日付)をもとに、前掲投稿のフォローアップをしておきます(最終草案には議長が口頭による修正を加えたそうですが、それを反映させたテキストはまだ公表されていないようです)。

「人権の尊重」に関する規定

 再改訂条文案(2024年2月6日付)では「人権の尊重」(第5条)という見出しだけで条文案は書かれていませんでしたが、最終草案には次の条文案が盛りこまれました(条文番号が繰り下がっています)。

第6条 人権の尊重
1.締約国は、この条約に基づく自国の義務の実施が国際人権法上の自国の義務と合致することを確保する。
2.この条約のいかなる規定も、適用される国際人権法にしたがいかつそれと合致するやり方で、人権または基本的自由(表現、良心、意見、宗教または信条、平和的集会および結社の自由に関連する権利を含む)の抑圧を認めるものとして解釈されてはならない。

 同様に見出しのみ記載されていた「条件および保障措置」(第24条)についても、次の内容を含む条文案が挿入されています

第24条 条件および保障措置
1.各締約国は、この章〔第4章〕で定める権限および手続の確立、実施および適用が、国際人権法に基づく自国の義務にしたがった人権の保護について規定し、かつ比例性の原則を編入した、自国の国内法で定める条件および保障措置に服することを確保する。
(2項以下略)

子どもの性的虐待/子どもの性的搾取表現物(CSAEM)

 子どもの性的虐待/子どもの性的搾取表現物の犯罪化については、条文番号が第13条から第14条に繰り下がっていますが、内容面で大きな修正はありません。第14条をあらためて全訳しておきます(前回の投稿に掲載した訳を一部修正しています)。

第14条 オンラインの子どもの性的虐待表現物または子どもの性的搾取表現物に関連する犯罪
1.各締約国は、次の行為を、故意にかつ権限なく実行された場合に自国の国内法上の刑事犯罪とするために必要と考えられる立法上その他の措置をとる。
 (a)情報通信技術システムを通じて、子どもの性的虐待表現物または子どもの性的搾取表現物を製造し、その提供を申し出、販売し、頒布し、送信し、放送し、表示しまたはその他のやり方で利用可能とすること。
 (b)情報通信技術システムを通じて、子どもの性的虐待表現物または子どもの性的搾取表現物を求め、取得しまたは当該表現物にアクセスすること。
 (c)情報通信技術システムまたは他の保存媒体に保存された子どもの性的虐待表現物または子どもの性的搾取表現物を所持しまたは管理すること。
 (d)本項(a)から(c)にしたがって定められた犯罪に資金を提供すること。締約国は、これを独立の犯罪とすることができる。
2.本条の適用上、「子どもの性的虐待表現物または子どもの性的搾取表現物」とは、次のいずれかに該当する、18歳未満のすべての者を描写し、記述しまたは表現する(depicts, describes or represents)視覚的表現物(visual material)を含むものとし、かつ、文章または音声によるコンテンツ(written or audio content)を含むことができる。
 (a)現実のまたは擬似の性的活動に従事する者。
 (b)いずれかの性的活動に従事する者の面前にいる者。
 (c)その性的部位が主として性的目的で示されている者。
 (d)拷問または残虐な、非人道的なもしくは品位を傷つける取扱いもしくは処罰の対象とされる者(当該表現物が性的な性質のものである場合)。
3.締約国は、第2項に掲げた表現物を次のいずれかの表現物に限定するよう求めることができる。
 (a)実在する者を描写し、記述しまたは表現するもの。
 (b)子どもの性的虐待または子どもの性的搾取を視覚的に描写するもの。
4.締約国は、国内法にしたがい、かつ国際法上の義務に合致する形で、次の行為を犯罪化の対象から除外するための措置をとることができる。
 (a)自らを描写する自己製造表現物(self-generated material)のための、子どもによる行為。
 (b)本条第2項(a)から(c)までに掲げられた表現物であって、描写されている基本的行為(underlying conduct)が国内法の定めるところにより合法的であり、かつ当該表現物がもっぱら当事者らの私的かつ同意に基づく利用のために保存される場合の、同意に基づく当該表現物の製造、送信または所持。
5.この条約のいかなる規定も、子どもの権利の実現にいっそう貢献する国際法上の義務に影響を及ぼすものではない。

 2項では「子ども」(a child)が「18歳未満のすべての者」(any person under 18 years of age)に修正され、それにともなって3項でも「実在の子ども」(a real child)が「実在する者」(an existing person)へと変更されています。草案に関する説明覚書(Explanatory notes on the Updated draft text of the convention 〔PDF〕、7月15日付)によれば、「18歳未満のすべての者」への変更は、各国の国内法で「子ども」がどのように定義されているかにかかわらず、CSAEMとの関連では保護の基準年齢を18歳で統一することを意図したためだということです(pp.8-9)。

 関連して、再改訂条文案(2024年2月6日付)では定義条項(2条)に「子ども」の定義が置かれ、「この条約の適用上、子どもとは、18歳未満のすべての者をいう。ただし、子どもに適用される法律の下でより早く成年に達する場合は、この限りでない」という国連・子どもの権利条約の定義がそのまま採用されていましたが、これは削除されました。

 子どもの自己製造表現物(自撮り画像・動画)に対する刑事処罰の適用除外について定めた再改訂条文案(2024年2月6日付)の4項・5項については、削除を求める国も少なくなかったようですが、1つの規定(4項)に統合されて維持されています。前回の投稿でも紹介した国連・子どもの権利委員会などの見解を踏まえたものですが、適用除外を義務にするべきであるというOHCHR(国連人権高等弁務官事務所)の提案は容れられず、締約国の裁量に委ねる形になりました。OHCHRは、再開最終会期に向けて提出した7月22日付の意見書(PDF)で、この点についてあらためて批判しています(p.4)。

 また、OHCHRは「明らかに芸術的、教育的または科学的価値を有しており、かつ18歳未満の者の関与を得ていない表現物は、第13条〔最終草案第14条〕(1)の適用から除外するものとする」という規定の新設も提案していましたが、これも採用されていません。この点についても、OHCHRはあらためて次のように強調しています(前掲意見書参照)。

第14条は、「子どもの性的虐待表現物または子どもの性的搾取表現物」と考えられるコンテンツおよび犯罪化しようとする行為の態様および範囲に関して、さらに複雑な問題を提起する。とくに、子どもを「表現する(represents)」コンテンツ(第14条(2))の犯罪化には、たとえば、架空の個人を描写した正当な芸術・文学表現や、子どもの性的虐待の事件に関するニュース報道または歴史的研究も含まれかねない。規定の厳密さを向上させ、または十分な例外を設けないかぎり、本条は、報道的・科学的・芸術的表現物の不当な検閲を可能にするおそれがある。

 以上のほか、子どもに対して性犯罪を行なうことを目的とする勧誘またはグルーミング(再改訂条文案第14条/最終草案第15条)や同意を得ずに行なう性的含意のある画像(intimate images)の頒布(再改訂条文案第15条/最終草案第16条)も部分的に修正されていますが、大きな変更ではないようです。後者については前回の投稿である程度詳しく紹介しているので、ご参照ください。

ヒューマン・ライツ・ウォッチによる批判

 他方、国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチのティラナ・ハッサン代表は、〈来たるサイバー犯罪条約は厄介事の種にしかならないだろう〉Upcoming Cybercrime Treaty Will Be Nothing But Trouble)という記事(8月7日付)で、最終草案についてOHCHR以上に強い危機感を表明しています。主たる問題として挙げられているのは、(a)適用範囲の広さ、(b)人権保障措置の欠如、(c)子どもの権利に及ぼすリスクの3点です。最後の点に関する指摘は次のとおりです。

最後に、この条約は、現状のままでは、保護しようとしている人々そのものへの武器として利用され得る。この条約は、子どもの性的搾取表現物に対処しようとしているものの、年齢の近い子ども同士が同意に基づく関係のなかで行なう同意に基づく行為を、国連・子どもの権利委員会の指針*に反して犯罪化するよう、加盟国に対して要求し得るのである。この条約はまた、子どもの権利侵害を記録し、調査の一環としてこのような表現物にアクセスする可能性がある人権団体の活動も危険にさらすことになろう。

* 平野注/ 原文では委員会の一般的意見20号(思春期における子どもの権利の実施、2016年)にリンクされている。「各国は、事実として同意に基づいている非搾取的な性的活動について、年齢の近い思春期の子どもを犯罪者として扱うべきではない」と述べたパラ40を念頭に置いていると思われる。

 ハッサン代表は最後に、「国連サイバー犯罪条約草案は、人々を権力の濫用から守るのではなく、国境を越えた抑圧(transnational repression)を促進することになるだろう」と警告しています。今回は主に子どもに関わる条文案のみ取り上げましたが、条約案全体を踏まえ、日本としての対応もさらに検討していく必要がありそうです。

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平野裕二
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子どもの権利や人権に関する国際的な動向についての情報を主に発信しています。自営業(翻訳)。 https://w.atwiki.jp/childrights/
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