【完結】強キャラ東雲さん   作:佐遊樹

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四章、地獄でした(所感)


EX.紅

 デュノア社特殊開発ビル。

 幸いにも今回の襲撃事件による被害を免れたその棟は、電子戦用装備や索敵用装備を開発する都合から他のビルより少し離れた地点にあった。

 

「……お母さん」

 

 そこに運び込まれた『エクスカリバー』コアユニット──ジェル状のベッドの中で、エスカリブール・デュノアは昏睡状態にあった。

 生命維持装置を取り付けられた痛ましい姿は、一夏でさえ、少し目を背けてしまうものだった。でも実娘であるシャルロットは、決して視線を逸らさなかった。

 

「理論上は、生体融合型ISであれば人間としての生命活動を維持しつつ、本人の意識を覚醒させられるはずなんだ」

 

 ユニットを覆う透明な強化ガラスを撫でながら、アルベールは無感情な声で告げた。

 彼が彼女を延命させるために選んだ方法──いわばそれは、生体維持装置を彼女と融合させることに他ならない。

 

「そのために、俺のISの……『白式』のデータが役立つんですね?」

()()()()()()()

 

 声には諦観が宿っていた。

 思わず一夏、そしてユニット安置室にずらりと顔を並べていた代表候補生らも首を傾げる。

 

「役立つと見込んだが、アテが外れたということでしょうか」

「ボーデヴィッヒ君。君たちIS乗りは時折、機体のスペックを超えた動きを見せてくれるが──織斑一夏の場合は、その逆だ。君は()()()()()()()()()()()()()()()

「……ッ!」

 

 その言葉は、一夏の表情を歪めるには十二分だった。

 

「ま──待ってください! 一体どういうことです、彼はまだ機体のスペックを引き出せていないとでも!?」

「そうだ」

 

 セシリアの言葉に、アルベールは即答する。

 

「本来は搭載されているはずなんだ。()()()()()()()()()()()からこそ、私はシャルロットを送り込んだ」

「本来は、って……一夏のISの、あの『疾風鬼焔(バーストモード)』じゃなくて、ってこと?」

 

 顎に指を当てて、鈴は彼が腕につける白いガントレットをじっと見つめた。

 確かに既存のISとは一線を画す戦闘能力を発揮している──が、それは一線を画すというより、確かに()()()()()()()()()()()()()()と呼ぶのもしっくりくる。

 

「ではその機能とは?」

 

 東雲の問い。

 アルベールはややためらった。

 

「……展開装甲」

「…………?」

 

 聞いたことのない言葉。

 一同、訝しげに眉根を寄せた。

 故に次に続いた言葉は、彼女らから言葉を失わせるには有り余る威力を秘めていた。

 

 

「篠ノ之博士が想定した()()()()()の標準装備──パッケージ装備を排除した素体のみで万能性を確保する、新世代のISだ」

 

 

 なんだ──それは。

 各国がしのぎを削り、新型装備を開発し、パッケージで拡張性を持たせている中で。

 篠ノ之束はその先を、各国が頭を悩ませている先進装備を機体の内部に埋め込もうとしているのか。

 

「『白式』には部分的にそれが内蔵されていると、聞いたのだ。装甲を文字通りに展開し、別の働きをもたせる……それを利用して、外部から彼女の生命を維持しつつ身体の意識的活動も反映させられるはずだった……」

「そ、それは『疾風鬼焔』ではないですか!」

()()()()()

 

 箒の問いには、緩やかに首を振りながらシャルロットが答えた。

 彼女は未だ眠り続ける母の顔を見ながら、粛々と唇を動かす。

 

「展開装甲とは似て非なるもの……ごめんね、一夏。僕は何度か君の機体を精査した。でもデータは別物だった。『疾風鬼焔』は言い方を選ばなければ、()()()()()()()()()()()なんだ」

「…………!」

 

 ぐっと拳を握った。唇をかんだ。

 一夏は場違いな責任感を抱いていた。

 

(もしも俺が、『白式(あいぼう)』の力をきちんと引き出せていたら……こうならずにすんだかもしれない、ってことかよ)

 

 ならばどうやって、それを反映させれば良いのか。

 

「恐らくだが、倉持技研……『白式』の整備を専任しているあの研究所には、一定以上のデータが納められているはずだ」

「……なら! 今すぐにでもコンタクトを取れば……!」

 

 光明が見えたと鈴は色めき立った、が。

 

「いや、そうか……それは無理があるのか……」

「……え?」

 

 それを隣に立つ一夏本人に否定され、声から力が失われる。

 

「当然ですわね。企業間でのデータ交換というのは、正式な手続きが必要ですわ」

「どれほど時間がかかるかは分からん。今すぐにというのは……しかし、一刻も早く必要なのだろう?」

 

 イギリスとドイツの代表候補生は、横たわっているエスカリブール・デュノアを見やった。

 今は意識を失っているのみだが、『エクスカリバー』は機能を大幅にカットされ、生命維持にも外部装置を必要としている。本人に相当の負担がかかっているのは明らかだ。

 

「データ上は存在してる、か」

 

 ぼんやりと待機形態の愛機を見て、一夏は呟いた。

 力になれるかもしれない。でも、過程が導き出せない。

 

「倉持と直接が難しいっていうのが難点ね。どうしても時間がかかる」

「パイプ役がいれば……いいえ、それが倉持とのコンタクトということになって、解決にはなりませんか」

()()()()()()()()()()()()()がな。そんな都合のいい人物がいるはずもないか」

 

 代表候補生らの言葉は積み重なり、場の空気を重くしていく。

 ユニットの傍に座り込むシャルロットは、静かに瞳を閉じて。

 それから、ゆっくりと振り向いた。

 

「ごめんね、ここまで付き合わせたのに」

「シャル……」

 

 そんな声を出すなと言いたかった。でも、言えなかった。

 どうすればいい。何か、彼女の力になれないだろうか。何か──

 

 一夏は唇をかんでうつむきそうになる。

 その時に不意に、袖を引かれた。顔を向けると、箒が目を見開いて、口をぱくぱくと開けている。

 

「……どうしたんだよ、箒」

「わた、したち、知ってるぞ。倉持とのコンタクト……()()()()()()()()()()()()

「はあ……?」

「だから、外部のパイプ役というのは、要するに──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いる。いるじゃないか、一夏! 私たちは、()()()()()()()()()()()!」

 

 呼吸が止まった。

 言葉の意味を理解して、一夏も鏡あわせのように、ゆっくりと両目を開いた。

 

 

 

「────いたわ。『みつるぎ』渉外担当……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──いやマジでですね。こういうの、本当に、本当に、今回限りにしてくださいね」

 

 特殊開発ビル、喫煙室。

 紫煙をくゆらせながら、ひどく憔悴した表情で──巻紙礼子はうなだれていた。

 

「ご迷惑をおかけしました」

 

 一夏は彼女に缶コーヒーを差し出して、それから頭を下げる。

 現在、倉持技研が保有する『白式』の展開装甲データはデュノア社に送信され、開発チームが即座に再現に取りかかっている。

 

 流れはこうだ。

 倉持技研としても、デュノア社との提携はやぶさかではない。だが前段階として話し合いや契約の確認などが必要となる。たとえ展開装甲に限っては先に流してやりたくとも、企業間の締結というのはそれを許さない。倉持から直接渡してしまうのは、企業内でのコンプライアンスに違反する。

 

 逆説。()()()()()()()()()()

 

 両企業の間に、『みつるぎ』が仲介役として入った。

 エージェントである巻紙の手助けもあり、近日中に倉持とデュノアは正式な提携を発表するだろう。

 そうして初めて、展開装甲のデータが渡される。

 渡された、ということになる。

 

 だが既に、デュノア社は『みつるぎ』からデータを受け取っているのだ。

 後に残された書面を確認すれば、提携してから渡したという結果だけがある。なにも間違いではない。それより先に渡したという事実は残らない。

 ちょうど日本政府がIS学園を利用したのと同じ手法、しかし今回は全員がグルとなって隠蔽した、人を救うための汚れ仕事。

 

「押しつけちゃいましたね」

「まあ……気にしないでください」

 

 そこが解決するのは嬉しいし、と巻紙は言葉を口の中に転がした。

 マドカをアジトまで届けて──なんか突然呼び出された。顔面蒼白になった。何故ならあんまり遅れると怪しい。現場にいたはずなのに姿を消していたとなれば、これはもう疑われるだろう。

 なので休みなしで最速Uターンをキメ、こうして企業間の暗躍に一枚かんだと言うことだ。

 

「ていうか、今日はなんか、あの時みたいな雰囲気ですね」

「え? あ、あー……」

 

 かつて思い悩んでいた一夏に対して素の雰囲気を出してしまったことを思い出し、巻紙は顔をしかめた。

 それには気づかないまま、彼は苦笑を浮かべて喫煙室のベンチに腰掛ける。

 

「似てる人が、いるんです」

「えっと……素の私に、ですか?」

「はい。まあ、テロリストなんですけど」

 

 ぎくりと身をこわばらせた。

 巻紙はそっと、スーツの内側に仕込んだ小型拳銃を確認した。

 

「でも、なんかこう、嫌いになれなくって」

「……え?」

「昔ひどいことをされました。今でもトラウマになってます。だけど……あいつは、あいつには芯が通っている。美学とかじゃなくて、もっとこう根っこにあるような……まあ、いつかは倒さなきゃいけない相手なんですけどね」

 

 頬をかく彼の横顔を眺めて。

 巻紙は毒気を抜かれたような──あきれかえった表情をしていた。

 

「……でも、テロリストなんでしょう?」

「はい」

「だったら、駄目です。全然駄目です。()()()()()()()()のでしょう、その人」

「……?」

 

 巻紙は受け取った缶コーヒーに視線を落とした。

 ずっと昔、同じように、コーヒーを渡された。教官、と笑顔で、教え子が差し入れにくれた。笑顔で受け取り、その少女の髪をかき混ぜてやった。

 何もかも遠い昔だ。砕け散った。光景の破片は思い出せる。でも一つ一つを拾い上げていっても、同じ絵は作れない。

 

「だから」

「……はい」

「──その人を倒すときは、迷わないでください」

 

 声ににじむ何か、底冷えするような感情を察して──けれど一夏が何か言う前に、巻紙はたばこを灰皿に押しつけて立ち上がった。

 

「コーヒー、ありがとうございます。次会うなら学園ですね」

「あ、はい……あの」

 

 ベンチから立ち上がり、一夏は彼女の背中に声をかける。

 

「どうしました?」

「……巻紙さんって、今の仕事の前、何やってたんですか?」

 

 葛藤があった。聞いていいのかと。

 巻紙は背中越しに振り向いて、ひらひらと手を振った。

 

()()()()()()()()()

「……はい?」

「なんて、冗談ですよ」

 

 それきり彼女は、前を向いて歩き始める。

 何故か一夏には──最後に見た笑顔が、ひどく悲しそうに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 周囲に人がいないのを確認して、『アラクネ』に潜伏と遮音を起動させる。

 巻紙礼子──オータムは、特殊開発ビルの壁に背を預けて、ふうと息を吐いた。

 

「どうにかこうにか、誰も犠牲にならずに済んだか……」

 

 IS部隊同士の衝突は、確かに物損的には甚大な被害をもたらした。

 だが──絶対防御。その存在は死者を出さなかった。

 戦場は亡国企業が有利に進め、しかし頭領を撃墜されるという痛打を受けて敗走することとなった。誰一人として欠けてはいない、が、作戦は失敗である。

 

「今回はどこまでが想定通りだったんだよ、博士」

『うーん、99点かな』

 

 通信相手──束は複雑そうな顔で告げる。

 

『完璧だった。全部ぜーんぶ、束さんの読み通りだったよ。いっくんが最終的な覚醒には至らないのも。だけどその発端には手が伸びることも。最後にはエスカリブール・デュノアが救出されることも。だけど……』

「あと1点か。何が足りなかったんだ」

『違うんだ。足りなかったんじゃない、()()()()()()()()

 

 何? とオータムは眉根を寄せる。

 予測通りだったのに、何かが減点対象となった。つまりは天災にとっての計算外があった、ということを意味する。

 

「なんだい、そりゃあ」

()()()が多分、いっくんにコンタクトを取った』

「……ッ!」

 

 ひゅっ、と呼吸が止まった。

 頭の上から押しつけられるような圧迫感。どっとオータムの身体に脂汗が浮かぶ。

 

「おい、おいおいおい。それは……!」

『かなりやばい。こっちの計算を超えるスピードで、未だに進化し続けてるんだ。機能の99%を封印されてるって言うのに、まだ……』

 

 カシャン、とウィンドウが立ち上がる。

 束から送信された、ISコアのコアネットワークを示す画像だった。

 4()6()7()()()()()がそれぞれ線でつながれ、地球を覆っている。通信網──だが人類が意図的に組んだものではない。

 

『コアネットワークにログが残ってる……一時的に、コアの総数が468に増えてる。このネットワークに新たなコアと誤認されてるのが、いっくんの意識だね。戦闘中、機体とリンクしすぎたんだ……()()()()()()()()()()()()()()

「あいつも、適応種だと?」

『というか、二人は適応を前提に造られてるから……』

 

 両者の会話は意味の分かる人間が聞けば、顔を青ざめさせるであろう機密事項の塊だった。

 しかしその外法に墜ちた出生を気にする段階は、とうに過ぎていた。

 

()()()が、『白式』が押さえ込んでる『雪片弐型』のプログラムを、無理に解凍しようとした……だけど、いっくんに押さえつけられた……』

「解凍──『零落白夜』の解放だな。それは私らの狙い通りだが、しかし」

『そうだね。()()()が介入してしまうと、全部台無し。人類の未来は完全に消滅する』

 

 示されたコアネットワーク。

 467の白い光点──否。2つ。

 2つだけ、紅い光で示されたものがあった。

 

『いっくんも成長してる。だけど、『疾風鬼焔』で()()には最低数十年必要な速度だ……それまで遅らせることができれば……いや、できなかった時のデメリットが……』

「見込みは薄いか?」

『少なくとも今のペースじゃ、()()()が封印を破ったときに、勝てない。『零落白夜』に勝つためには、『零落白夜』が必要っていう前提が覆されていない……』

 

 紅い光はそれぞれ、束の制御を離れたコアを示している。

 片方は、織斑一夏の愛機として日々進化を続けている部分的第四世代機──『白式』。既に束からのアクセスもできないほどの自閉状態になっている。

 

 

 では、もう一つ。

 

 決して動かない。『白式』と違い、そのコアは何処にも動かない。

 ずっとずっと、そこにいる。

 

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

 織斑千冬はそこを管制室として認識しているが、本質は違う。

 かつて学園島を設計するにあたって、束はその施設をデータの改ざんと人員の買収によって強引に組み込んだ。

 監獄として。世界を滅ぼす青い光を封じ込めるための、牢として。

 

 

 光点は動かない。ただその時をずっと待っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()

 

 

 

 

 最高率を捨てて、()()()()()()()を押し通したつもりか?

 それでは我が主には至れない。

 

 喜べ。我が目覚めの時こそ、真なる刃による解放の時だ。

 歓喜しろ。あらゆる外法もあらゆる悲嘆も消滅する。蒼き光が浄化の刻をもたらすのだ。

 

 私は最高速で実行しよう。

 私は最高率で解決しよう。

 

 迅速に、最短で、最小で、それでいて最大の効果を発揮しよう。

 艱難を廃そう。辛苦を排そう。

 

 

 

 

 そのためにこそ、『零落白夜(わがやいば)』は存在するのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏」

「ん……」

 

 名を呼ばれ、ぼんやりと目を開く。

 夢の中で、何かを語りかけられていたような気がする。

 ひどく反論したい代物で、一方的で、反射的に否定したくなるような意見をぶつけられていた気がする。だが、内容は思い出せない。

 

「おい、一夏。起きろ」

「ふぁい……」

 

 上体を起こせば、そこはIS学園学生寮の自室だった。

 時差ぼけが残る身体。彼を起こしに来たのは、制服にもう着替えた箒だった。

 

「まったく、ねぼすけだな。着替えも手伝ってやろうか?」

「あー……お願いしようかな」

「…………ッ!?」

 

 返答は衝撃的なものだった。

 

(て、手伝うッ!? どこまでだ、どこまでだ……!? し、下着はさすがに大丈夫だよな? しかしもしもそこまでやれと言われたら……! ちょっと見下した目で、やれ、と命令されたら……! 私は……! 私は……!)

 

 ちょっとファースト幼馴染は疲れていた。

 彼女が脳内ピンク色になっているとはまるで気づきもせず、一夏は自分の手を見た。

 

 あの襲撃事件後──二日間フランスにいた。授業は公休扱いとなり、なるべく、デュノア社の復興や再開発に役立つよう働いたつもりだ。ISを使って瓦礫を撤去したりした。

 それからフランスを出発し、日本に帰ってきて、慣れたベッドに飛び込んで意識を失った。

 

 

 

 その間、ずっと考えていた。

 

 

 

 あの時。砲撃を受けて、意識が飛びそうになったとき。

 

 

 

(……『雪片弐型』が、割れた)

 

 

 

 到底武器としての役割を果たせるものではなくなっていた。

 ならば一体、どうなるのか。

 

(別の役割が、あるんだ)

 

 アルベールの言葉を聞いて合点がいった。装甲を展開して別の働きを持たせる──言葉通りだった。もしもシャルロットが『白式』を精査したのなら、分かるはずもない。倉持は『雪片弐型』のデータも持っているからこそ、展開装甲について知見が得られたのだろう。

 

(俺の知らない、相棒の力)

 

 だが、引き出せていない。

 

(……だけど、あの時。『白式』は必死に俺を引き留めていた……そうだ。リンクして分かった。俺は力を引き出せていないんじゃない。『白式』がロックしている……)

 

 一体何故。疑念は膨らんでいく。

 この機体は政府から送られたものだ。しかしそれだけではないのだと、分かっている。倉持技研の職員も、何者かによって過程でプログラムを書き換えられたと言っていた。

 

 

 

(────俺は、一体何を渡されたんだ…………?)

 

 

 

 答えは出ない。

 

 

 

 

 

 

 

「おっはよー、何してんのよ箒」

「あらあら。朝のお迎えなんてお熱いことですわね」

「むっ。何か温度が上がるのか?」

 

 朝の食堂に向かえば、ちょうど代表候補生らが同じ卓を囲んでいた。

 一夏と箒はトレーを抱えて、その席に座る。

 

「いや、少し時差ぼけがしててさ……」

「まったくだ。本当に着替えを手伝うところだったぞ!」

 

 どちらかといえば一夏が寝ぼけている間に襲いかかりそうになった、という表現が正解である。

 箒は自己を擁護するためにごく自然に事実を改竄した。一夏も覚えていないし完全犯罪である。

 

「色々あったけど……とにかく、全員帰ってこれて良かったよ」

 

 彼の言葉に、全員感慨深く頷く。

 

 特に──セシリア。あの時限界まで酷使した能力は、今となってはなりを潜めている。

 だが分かる。あの領域こそが、自分が目指すべき場所なのだ。

 ゴールが見えた。自分を覆っていた霧が一気に晴れたような気がした。

 

「一夏さん」

「ん?」

 

 セシリアは食事用のフォークを置くと、人差し指を銃口に見立てて突きつける。

 

「今月末の、専用機タッグマッチトーナメント……決着をつけましょう」

「……!」

 

 本来は全生徒が参加するトーナメントは、度重なる襲撃や世界情勢の不安定化を受け、より即戦力を生み出すために調整された。

 即ち、将来的に戦力として期待できる専用機持ちの、実戦を──()()()()()()──想定した模擬戦。

 注目されているのはやはり、フランスが新たに発表した新型をひっさげるシャルロット。

 そして事件のたびに爆発的な成長を見せる、唯一の男性操縦者。

 

「ああ──負けるつもりはないぜ」

 

 セシリアの注目度は低い。それでも一夏にとっては、彼女こそが最大の好敵手だった。

 彼は拳を握って、彼女の白い指を真っ向から見据えた。

 

「俺が求めてるのは、お前だ……みんなには悪いけど、お前しか眼中にない」

「タッグマッチであることを考慮しても……わたくしも同意見ですわ。貴方こそ、わたくしの求める相手……!」

 

 二人は薄く笑みを浮かべ、戦意の炎を瞳に宿す。

 

 

 

「箒、やっぱセシリア殺さない?」

「やめておけ……より惨めな気持ちになるぞ……」

「箒。あの言い回し、さすがに私でも危機感を抱く程度にはひどいぞ。許して良いのか?」

「許すも何も……なんというか、二人は馬鹿なだけなんだ……」

 

 

 

 それを見守りながら、箒と鈴とラウラは完全にうちのめされていたが。

 

 閑話休題。

 

「で、シャルが今日帰ってくるんだっけ」

 

 食事をすぱっと終えて、一夏はISに時刻を表示させた。

 まだ始業のベルには余裕がある。周囲の生徒らも朝の時間をゆっくり過ごしていた。

 

「その予定ですわね。あれから進展がどこまであったのかは知りませんが……」

「まーまー、きっとイイ感じになってるわよ!」

 

 食後の紅茶をすするセシリアの物憂げな声に、鈴が明るく応える。

 

「そうだな。我々はもう、後は信じることしかできない」

「ああ。アルベールさんも必死だ。もう待つことしかできないな」

 

 ラウラと箒の言葉にも不安そうな色はあった。けれど二人は、努めて信じようとしていた。

 だから、後は──

 

 

「……おはよ、一夏」

 

 

 声がかけられた。

 優しい声だった。

 

 彼の背後を見て、鈴がぽかんと口を開けた。セシリアは紅茶を噴き出した。

 一夏は笑みを浮かべると、ゆっくりと振り向いた──

 

 

 

 

「ああ、おはようシャル…………」

【おっはよー皆々さんー! こないだはごめんねー!】

 

 

 

 

 なんかシャルの背後で金髪美女がプラカードを掲げてにこにこ笑っていた。

 絶句した。言葉が出てこない。

 誰がどう見てもあれだ、エスカリブール・デュノアだ。ぷかぷかと宙に浮いている。

 ぎこちない表情で片手を挙げたまま、シャルロットは口を開いた。

 

「えっと……お母さんが、授業を見たいっていうから……でもISとしてしか動けなくて、許可に時間がかかって……」

【おかーさんは最先端を往くバリキャリだからねー! 私が動くと世界が動くのだー!】

「ちょっ、ほんとに黙ってて。何もかも間違ってるから。バリキャリってそういう意味じゃないから」

【えー? シャルちゃん、私黙ってるよー?】

「あああああああああああああああああもう! そうだけどね! 電子プラカードで会話してるんだけどね! でも黙っててよもう!」

 

 母娘で漫才をしているのを、一夏は呆然と眺めていた。

 なるほどISコアを埋め込んだままなら、PICで移動しているのだろう。でも歩けるだろ。というか意識取り戻して最速でやることが授業参観ってやる気がありすぎだろ。

 

「……やはりここにいたか」

 

 騒然となっていた食堂が、さらに騒がしくなる。

 見れば入り口から、隣にロゼンダとショコラデを引き連れたアルベールがこちらに歩いてきていた。

 

「アルベールさん!」

「織斑一夏。君には……直接、礼を言いたくてね」

 

 上等なスーツを着こなして、壮年の男は、一夏に手を差し出した。

 

「君があの日、デュノア社にいたのは……運命だった。私は君と、君を遣わしてくれた光に、全霊で感謝を捧げたい」

「……こちらこそ。俺があの日、あそこにいたのは……運命でした」

 

 がっちりと握手を交わして、二人の男はどちらからともなく微笑む。

 そして真横の、シャルにまとわりつくエスカリブールと、それを引き剥がそうとするロゼンダを見た。

 

「はいはい、アンタはさっさと言語機能と歩行機能を回復させなきゃダメだから。ISとしての動きばっかやってんじゃないわよ」

【ロゼンダちゃんカタいんだからー! もっと心を広く持たないと、しわが増えちゃうぞっ☆】

「うっさいわね! あんたと違って、あのバカの右腕やってると苦労が多いのよ! ねえショコラデ!」

「えっ……ま、まあそれはそうですが。私はアルベール社長の力になれているとうれしいので……」

「え? 何? 何その顔? ちょっと待って? はいエスカ、ジャッジ」

【ころす】

「ええっ!? な、何故ですか!?」

「胸に手を当てて考えてみなさい」

「……最近は社長の顔を見ると心臓が激しくなりますね」

「ころすわ」

【島だしー、海かなー】

「何のお話ですかッ!? お二人とも、真剣な表情でマップを見始めないでください! 遺棄ですよね!? 遺棄する段取りを組んでますよね!?」

 

 ……一夏はそっとアルベールに視線を戻した。

 彼は冷や汗を──流すこともなく、爽やかに笑っていた。

 

「三人集まれば、というのは君の国の言葉だったか。いや、仲の良いことは素晴らしいな」

「あんた目が見えないのか?」

 

 発言者が一夏であるという点に目をつむれば、至極当然な言葉だった。

 

「む……何やら騒がしいな」

 

 と、このタイミングで東雲令がエントリー。

 

「あはは……ちょっとね」

「どうした、シャルロットちゃん。目が死んでいるぞ」

「そっとしておいてあげてくださいな。彼女は……今、精神的なリンチを受けているので……」

 

 セシリアは苦虫をかみつぶしたような声を出した。

 

【あっ、れーちゃんだ】

「む、エスカリブールさんですか」

 

 明らかに食堂には不釣りあいなぷかぷか浮かぶ美女を見ても、東雲の表情に乱れはない。

 

「先日は無作法なまねを。申し訳ありません」

【いーよいーよ。色々聞いて、私、迷惑かけちゃったみたいだしー……】

「お気になさらず。其方の意思ではなかったと把握しております」

 

 そっか、とエスカリブールは微笑んだ。

 

【それはそれとして、れーちゃんが一番、なんていうかこう、私と似てるよねー?】

「……? 当方はクールビューティーですが?」

【ひっどーい! 私もクールビューティーだよー!?】

 

 バッとセシリアたちは、アルベールと一夏を見た。ジャッジ! という叫び声が聞こえてきそうである。

 男二人は顔を見合わせて、力なく首を横に振る。

 クールビューティー? 出直してこいとしか言い様がない。いや、局所的にはそうかもしれないが……

 

【なんていうかこー、物事の感じ方? みたいなー】

「なるほど……それはあるかもしれません」

【後、君と織斑君だよねー。なんか、若い頃の私とアルベール君みたいだなーって!】

 

 発言は致命的(クリティカル)だった。

 な……ッ!? と箒たちはテーブルをぶっ叩いて立ち上がる。

 

「ど、どういうことだ一夏!」

「それは聞いてない! 聞いてないわよ! 説明しなさいアンタ!」

 

 特に幼馴染二人は苛烈だった。一夏に詰め寄り、ずずいと顔を寄せて詰問している。

 

「あはは……多分こう、息の合い方とかじゃないかなあ」

「同意見だ。映像越しでも、素晴らしい連携だったからな」

 

 シャルロットとラウラだけは冷静だった。苦笑を浮かべるシャルロットの言葉に、嘆息してラウラは緑茶をすする。直後、あつっと湯飲みをテーブルに置いて、舌を出して涙目になっていたが。

 二人の発言を聞いて、幼馴染ズはあっそういうことね完璧に理解したわ、と炎を鎮める。

 

【んー…………】

 

 けれど。

 発言者であるエスカリブールは、混沌としている場を眺めて。

 

【ま、私はシャルちゃんの味方だからー、そこんとこヨロシクっ☆】

 

 プラカードは何故か、東雲に向けられていた。

 それを受けて、世界最強の再来は鼻を鳴らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(いや当方とおりむーは別離とかあり得ないから全然似てないだろ)

 

 そもそもくっついてますか……?

 

(にしても制御できてるのか、あの人からの受信はなくなったな……おりむーも発信してないし。やっぱ宇宙が変だったのかな。ルーブル美術館にも行き損ねたし)

 

 話題がジャンプしすぎである。

 この女の中では、人間を超えた能力が発現することと観光に行けるかどうかは同レベルの懸念事項らしい。

 

(まあいい。どちらかといえば)

 

 東雲は。

 一夏から意識を逸らして。

 友人らとともにシャルロットに声をかけている箒を見た。

 

 

 

(箒ちゃん……なんで()()()()()()()()()()()()()()()?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏を起こしに行く前に、その文章は姉へと送られた。

 

 

『力が欲しい』

 

 

 もし渦中にいる彼を脅かしているのが姉本人だとしても。

 箒は知っていた。自分のワガママに、必ず姉は応える。計算されていた。打算しかなかった。

 

 事実、篠ノ之束はそれに応える。

 

 準備はできていた。

 未だ起動することなく、しかし静かに主との邂逅を待つ、深紅の鎧。

 

 部分的な導入に留まる『白式』と異なり、全身を展開装甲で構成した、完全な第四世代機。

 莫大なエネルギー消費を前提とする『白式』の補佐──本来の設計コンセプトはそれだった。

 

 だがここに来て束は考えを改めている。

 成長する一夏の姿を見て、箒もまた変わっている。

 だから求められるのは拡張性。来たるべき決戦の場において、織斑一夏の助けとなり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という堅牢性。

 

 

 ──椿の花が、咲き誇る日を、今か今かと待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして力を求める少年は、力しかない少女と共に一つの困難を乗り越え。

 しかし彼の行く先には、未だ多くの難題が降り注ぐ。

 

 

 その果てに待つのは破滅か、それとも――

 

 

 

(ケーキ入刀、当方もやりたいな……でっかい剣を発注してその時に備えておくか……息を合わせるためにも訓練をもっとやらないとな…!)

 

 

 

 ――いやこれも破滅じゃねえか。

 

 

 






紅椿「本日より入社させていただきます」
青雫「結論から言うと貴女は原作にない泥んこファイトや部位破損を受けまくって半殺しになります」
甲龍「でも主は成長するから嬉しいでしょ? 嬉しいって言え」
疾風「ニッコリ」
黒雨「やり甲斐!」
紅椿「えっ」



四章はこれで完結です。完全に折り返し地点ですね。プロット上はあともう四章で完結します。全八章。MF版の七巻までを意識しつつ、オリジナルの八巻で〆、みたいな計算です。
オリジナル設定祭りだったのでどさくさに紛れて本作の設定の根幹とかも混ぜました。
シンプルに分かりにくくなるだけじゃね? と気づくのはいつも投稿後です。
まあここから先は今までの伏線を回収し続けるだけなので……



第五章 Best Partner(仮)
11巻の内容が終わったので2巻と7巻のハイブリッドパートに戻ります(意味不明)
具体的には2巻のトーナメントを7巻のタッグマッチルールに変更して実況東雲でお届けします
あと僕がファース党だということを分からせていきます
ゴーレムは蒸発します

では充電期間に入ります
まあ四章苦戦しすぎて充電挟んでましたけど、五章マジで手つかずなので……

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