連載当初「一話5000文字ぐらいがベストやな、ワイはハーメルンに詳しいんや」
現在「14000文字!死ねぇトランザム!」
デュノア社製マスドライバーは建造中のジェットコースターのように、地面に沿って疾走し、そこから曲線を描き天へ真っ直ぐ飛び立つ形を描いていた。
とはいえその規模は常人の想像を超えるものだ。加速のための直線は5キロを誇る。そしてそこから急激に真上へとコースを変更し、射出コースにも数キロを要している。
異常な長さを誇る──が、射出の際に運搬用シャトルがマスドライバーと接しているのは僅か十数秒だ。多段階式ブースターノズルによる超加速は、『動画サイトの広告が終わったら宇宙に来ていた』と乗組員に言わしめるほどのスピードを叩き出す。
「これが……宇宙へと至る道、か」
「詩人だな」
マスドライバーを見上げた一夏の感想に、東雲は背後から声をかけた。
作戦実行はもう数分後。師弟は二人並び、遠い遠い、
「我が師」
「なんだ、我が弟子」
「人は、本当にあそこに行こうとしたんですか?」
一夏は空を指さした。
「肯定する。届かない場所に手を伸ばす。それは人類皆共通だ」
「人類皆共通……」
心当たりがあった。自分もまた、届かない星に手を伸ばしている。
そう、だって、隣にいる少女は眩い光を放って自分を照らしてくれているのに、まるで手が届く気がしない。
──東雲は水面に映る月のようだなと、一夏は思った。
恋のような感想だった。それを苦笑とともに否定する。恋愛感情など。
でなければ、東雲令の隣には至れない。
「……なあ、
「…………
呼び名が変わった。それは明らかに、意識の変化を表していた。
東雲はとりあえず相手に合わせて呼び名を変更してみた。実際どんな意味があるのかは分かっていないが、
手を空へ向けて、一夏はすっと目を細めた。
「東雲さんは、さ」
「………………」
「こういう風にして星に手を伸ばすこと、あるのか?」
問いは婉曲的だった。
だがそれが指し示す内容は、誰にとっても明白だった。
東雲はしばし沈黙してから、隣の一夏と同様に、天へ向けて腕を上げた。
「
──その顔を、きっと一夏は忘れない。
彼女は星に手を伸ばしていた。星に手を伸ばしていたのだ。
なのに、
届かないものに手を伸ばす顔ではなかった。手に届くものに手を伸ばしている。それだけだった。さも自分は今すぐにでも手が伸びるといわんばかりの表情だった。
「当方はいつかそこへ至る……隣に並ぶ覚悟はできているか?」
「……ッ!」
意地悪だなと思った。そうやって問われて、応えないわけにはいかない。
「ああ。きっと、とか。いつか、とか。そういうダサい枕詞は付いちまうんだけど……でも。
「……感謝する」
一夏は空を見上げたままそう言った。
東雲は表情を崩さないまま、そっけなく返した。
「おいおい、あんまり信じてない感じじゃないか?」
「まさか。当方はその未来を心の底から確信しているとも」
意外な切り返しだった。思わず一夏は目を丸くする。
「ああ。確信している……厳然たる未来の事実として、当方はその未来図を描いている。二人で共に並んでいる。そうだろう?」
「……ッ!」
真剣な声色。視線こそこちらに向いていないものの、彼女の言葉が誰を指しているのかはよく分かった。
だから、一夏は黙って頷くだけに止めた。言葉を並べるほど、胸の中の熱が安っぽくなってしまう気がした。
「ひとまず、その第一歩として──任務終了後、明日はルーブル美術館へ行くぞ」
「あ、やっぱそれ諦めてなかったんだな……」
世界最強と肩を並べることに美術館がどう関係あるのだろうか。一夏はさすがに理解できなかったが、それは今に始まった話ではないのでヨシとした。別に行きたさ自体は彼にもある。
肯定するため、彼は口を開く。約束は任務が終わった後に果たせば良い。
そうやって一夏は、
「分かったよ。
(えへへへへへへ。隣に並ぶなんて……そんな……コレなんてハッピーエンド?)
任務へと向かう一夏の背中を見送りながら、東雲は頭の中にウジ虫を涌かせていた。
言い回しとしては確かにどっちにも取れてしまうのだが、もう少し一夏の真剣な表情をくみ取ってあげて欲しい。
だが、この際それはもういい。
(それに美術館デートの約束まで取り付けてしまった……! フランスに来て良かった! ありがとうフランス! 愛してるよフランス!)
お前は今、愛しの彼に何を言わせたのか分かっているのか。
(これが……これこそが、ストライプスに載っていた──令ちゃん大勝利フラグ……ッ!!)
いっくん死亡フラグなんだよバーカ!
「──ありえないッ!!」
机に書面を叩きつけ、IS学園理事長室で千冬は吠えた。
表紙に『聖剣奪還作戦』と印字されたそれは、フランスから送付されてきた
その作戦参加者は、IS学園の生徒のみで構成されていた。
「何故……! 何故生徒の作戦参加を認めたのですかッ!? これはれっきとした軍事作戦だ、生徒のみでの作戦など常識的に考えてあり得ないッ!!」
何よりも千冬を焦燥に駆らせるのは、その一員に代表候補生でも何でもない、己が弟が組み込まれていること。
「答えてくださいッ! 轡木さんッ!」
「──私としてもこれは甚だ不愉快な事態なんですよ」
部屋の空気が、一気に冷え込んだ。
思わず千冬は息を呑んだ。彼女の眼前で、窓際に立ち眼下の校舎敷地を見下ろす壮年の男性──IS学園の実質的な運営者、轡木十蔵は見たこともないほど、怒りを露わにしていた。
「……ッ。失礼しました」
「いえ。君が取り乱す気持ちは分かるつもりです。私は生徒五人を生命の危機に晒されている。君はその中に肉親がいるのです、仕方ないことだ」
彼は空間にウィンドウを投影すると、それを千冬の顔の前まで飛ばした。
立ち上げられた画面──それはIS学園の承認について、既に同意が得られた状態の書面だった。
「……どういう、ことです」
「最終決定権を持つのは日本政府です。彼らにも思惑があるのでしょう……
「な……ッ!?」
織斑千冬は世界最強である。IS乗りとして全世界に知られる傑物である。
だが、まだたったの24歳だ。権謀術数の世界に身を置くには、あまりにも若すぎる。
「それは、書面の偽造ではないですか!」
「結果のデータが全てです。過程が存在しなくとも、結果があればそれは現実になる」
そこでやっと千冬は気づく。窓際に立つ轡木の両手。固く……あまりにも固く握られた拳の内側から、血が理事長室の床へと滴っていた。
爪が肌を突き破るほどの、憤怒。
「IS学園からの迅速な戦力派遣。そして東雲令を除いた人員による迅速な作戦実行。まさに一挙両得ということです」
「それ、は──ッ」
「反東雲派閥……自衛隊を筆頭にする勢力です。先ほど更識さんからも、妨害工作が不発に終わったことを連絡されました。どうやらこの好機を死んでも逃したくないようですね」
「……東雲を除いた人員で作戦を成功させられたとして……だから、どうするつもりだというんですか」
「
「……やめてください」
彼女を知る人が聞けば驚愕に言葉を失うほどに、千冬の声は弱々しかった。
脚から力が抜けて、来賓用ソファーに手を突いて自分を支える。
想像は最悪のものだった。そしてそれを、轡木が躊躇なく口にした。
「現状、国家代表を除けば競技選手として最高の人材で構成された作戦」
「そこに数ヶ月前まで素人だった、唯一の男性操縦者が参加し、見事に任務を果たす」
「名声は高まり、実力も保証される。
「東雲令ではない──次の日本代表としての道が」
弟の未来に唾棄すべき暗闇が広がっていることを受け入れ。
千冬は、ただうなだれることしかできなかった。
シャトルというより、それはただ加速することだけを機能として保持した長方形だった。
各面に取り付けられた固定用グリップに、『白式』を展開した状態で一夏は手を伸ばす。
確実な固定のため、グリップは半球状だった。内部に手を差し込むと自動で吸着し、蒸気を吹き上げサイズを調整、白い装甲と合体して固体化した。
「うわ、すげぇ……」
『さすが天下のデュノア社って感じね。これいくらすんのよ、シャルロット』
思わず漏れた感嘆の声。
作戦行動に当たって全員で共有している通信チャンネルで、鈴がいたずらっぽい笑みを浮かべて問う。
『僕も知らないや……お父さん、どれくらいするの?』
『こたえたくない』
『あっ社長今だめですこれ、出費に心が死んでる時の声です』
ショコラデの声に、一夏たちは思わず苦笑いを浮かべた。
最新鋭の装備を、回収するとは言えほとんど使い捨て同然のシャトルにまったく糸目をつけずに使い込んだのだ。それだけの価値のある作戦ではあったが、アルベールはうつろな瞳で管制室からシャトルを見ていた。
その時、ぽこんと音が鳴り響く。履いていたスリッパで、ロゼンダが夫の後頭部を叩いた音だ。
『しゃきっとしなさいな。ここからは、あたしらのミスがあの子らを死なせる可能性だってある……我が子のためなら、親は金なんていくらでも使うでしょーに』
『あ、ああ。すまないな』
『分かればいーのよ。いっつもこうやってあたしが引っ張ってあげてるんだから、少しはありがたみを実感しなさいよね』
『うむ……そうだな。思えば私は、君がいたから、ここまで来れた』
『ちょ……ッ、あんた、マジさあ……!』
『? どうしたロゼンダ、顔が紅いぞ』
『うっさい! なんでもない!』
『……むー』
立ち上げられたウィンドウでは、アルベールから顔を背けるロゼンダと、それを面白くなさそうに眺めているショコラデの姿が映っていた。
シャルロットは一度天を仰いだ。マスドライバーでこれから向かう、雲の上の世界に思いを馳せた。なるはやでそっちに行きたいとさえ思った。
『シャルロットさん……涙を拭いてください』
『そうだな。高高度では涙が凍結して視界を塞ぐ可能性もある』
『令さん黙っておいてくださいます!? そういう話ではありませんの!』
何やら通信が騒がしい。
一夏は改めてアルベールたちを見た。
なるほど確かに、物議を醸すであろう光景だ。それを見て根は家庭思考な一夏は嘆息する。
「なんつーか、シャルロットさ」
『……何?』
「大変だな。俺はああなりたくはないぜ」
時が止まった。
全員これでもかと目を見開き、驚愕を通り越して恐怖すら抱いていた。
(……手遅れなんだが……)
箒の内心が口から転がり出ずに済んだのは僥倖である。
だが箒の隣に居座るオブザーバー代行こと東雲令は、容赦なく口を開いた。
『心配ない。おりむーはそういう心配は要らないだろう』
「だよなー」
のほほんとした返事とともに、弟子は師匠の言葉にへらへらと頷く。
それを見て箒たちは唇を強く、強く強く噛んだ。この唐変木が唐変木なのは分かっていたが唐変木過ぎる。いい加減にしろ。お前はもう画面の三角関係(聖剣含めると四人)を遙かに超えるスーパーウルトラパンデミックを引き起こしているのだ。現実と向き合え。
言いたい。すごく言いたいが──今やることではないし、何より、今の関係が壊れるのも怖い。
だから、言い出せない。
『……全員で生きて帰って、僕のお父さんをぶん殴ってあげて』
やりようのない怒りがシャルロットの声を震わせた。
無論だと、全員力強く頷く。
「応ッ! 元からそのつもりだぜ!」
『あ、一夏は全然殴る資格ないから』
「何でッ!?」
当たり前だと、全員力強く頷く。
仲間はずれにされて、一夏は愕然とした。
『はいはい……あたしらのせい、というかこのアホのせいだけど、雑談はそこまでよ』
『私はアホではない。大学での成績や経営実績を忘れたのか』
『今それを言い出すのがアホっつってんの! だまらっしゃい!』
言い合うアルベールとロゼンダを見て、思わず毒気が抜かれる。
というよりは、緊張感が失われたのではなく、ほどよい弛緩が発生したと言い換えて良い。リラックスできているのだ。
「はは。夫婦漫才みたいだな」
『次喋ったら殺すぞ一夏』
「箒、お前今、目が本気なんだけど? マジで怖いんだけど?」
一部最悪のリアクションを取っている唐変木もいたが、それは無視。
全員が息を吸って、軌道上へ打ち上げられる対衝撃姿勢を取る。
『では、改めて──作戦名『
アルベールの言葉が終わると同時。
射出用シャトルのブースターが、火を噴き上げた。多段階式ブースターノズルが稼働。
壮絶なGをそれぞれのISが相殺しつつ。
全員の視界が、超高速の、物体が溶けたマーブル状のものへとなって。
結論から言えば、アルベールが願った全員の帰還は、かなわなかった。
「来た……来た、迎撃部隊。うんうんやっぱり来てくれたね。いっくんなら来てくれると信じてたよ!」
「条件は絞り込んだ。ハードルはクリアした。今回の目標は『自覚』だけ。だから……」
「間違っても、死なないでね?」
世界が軋んでいた。
ぎしぎしと、空間自体が破裂しているような感覚。それは超高速で地球の外へと飛び出す際、発生したソニックブームが乱反射して一夏たちの機体を叩いた影響だった。
宇宙へと飛び出した。重力を抜け出して、
「────────ッ!」
篠ノ之束が夢見た大いなる暗闇。
漆黒だった。飲み込まれるような感覚すらした。
シャトルが加速をやめて、固定用グリップが形状を流体に戻す。
『パージします』
オペレーターの声が響き、シャトルに張り付くようにして固定されていたIS5機──セシリア、シャルロット、ラウラ、鈴、一夏──が宇宙へと放り出された。
回収用にシャトルは戦闘領域の外側で待機する。
(これが宇宙……宇宙っつーか……どこだッ!? 地球がでかいのは分かるけど、全然基準にならねえッ!?)
一夏は目を回して、自分がどこにいるのか分からなくなった。
軸が定まらない。位置座標と自分の感覚がズレ、前へ進むことすらかなわない。
(そう……だッ! そうだ、作戦内容を思い出せ!)
咄嗟に思い出した。あらかじめデータとして組み込んでいた、地球上の重力を再現する仮想数値。
それを設定に反映させることで、地上と同じ感覚でPICを起動させることができる。
「あっぶねぇ……!」
『宇宙気分じゃいられないわよ、さっさと降りてきなさい』
「うっせーな……」
姿勢を制御させ、一夏は既に組まれている隊列へと慌てて参加した。
無重力下での機動など学園でのカリキュラムではメインに扱うことはない。宇宙開発科に進んだ生徒が学ぶ専門領域である。
だが──
「なんか変な話だよな」
『え?』
宇宙では声を直接伝えることはできない。
だから通信を介して、シャルロットが一夏の呟きに反応した。
「だってさ、ISって本来は宇宙開発用の代物だったんだぜ?
宇宙から地球を見渡しつつ、一夏はぼやいた。
視認できる他のIS乗りたちの反応は──かなり悪かった。セシリアとラウラはむっと眉根を寄せ、シャルルは頬をひくつかせている。
「え……ちょ、何だよ、みんな」
『あのさあアンタねえ……今のってさ、あたしたちIS乗りにとってはさ、
「あ、そっか……ごめん、軽率だった」
頭をかきながら一夏は謝る。
『まあ、いいですわよ。それよりそろそろ戦闘空域──いえ、戦闘宙域へ突入しますわ』
『気を引き締めろ。いつ攻撃が来るか分からん』
改めて一同は顔を前に向けた。
ISの視界拡張機能が映し出す、人工衛星に擬態した生体融合型IS。
──それは宇宙に浮かぶ、巨大な剣だった。
柄に見立てたコアを保護する防護装甲に、刀身に見立てた地上砲撃用の収束光線発射装置。
全長は五十メートル近い。本来は十五メートル程度のサイズだったが、デュノア社が開発を主導するに当たって外部ユニットは肥大化、まるで別物と化している。
『警戒兵器を再確認するよ。まず、僕ら相手に主砲を打ち込んでくることはほぼないと考えていい。こっちに砲口を向けるのに時間がかかりすぎるからね』
最大の攻撃力を誇るのは、先ほどデュノア社本社ビルを一瞬で瓦礫の山に変貌させた主砲だ。
まるで西洋剣のような砲身だが、主砲稼働時にはそれが真っ二つに裂け、蓄積したエネルギー粒子を熱線に収束して解き放つ。
『わたくしとしては、最大の脅威は
『迎撃用の自律砲台もなかなかに手強そうだぞ。連射性、追尾性、どれもが一級品だ』
『弾幕が厚いのは厄介ね。一気に突破できたらいいんだけど、突破できてもシールドに阻まれる……ん、でも突っ走った勢いでシールド破っちゃえば良いんじゃない?』
セシリアとラウラが理論的に相手の武装を読み解くのに対して、鈴の見解はあまりにも雑だった。
さすがにそれはどうかと思うと一夏は口を開いて。
【
直後。
視界が、白に染まった。
【OPEN COMBAT】
『────さんかぃっ!』
愛機のアラートとシャルロットの叫びは同時。その時にはもう、当然のように全員、隊列を捨てて離脱していた。
先ほどまでいた空間を極太の熱線がえぐり取っていくのを横目に、一夏は全身をこわばらせながら、目標を見た。
視線が重なる。一夏たちめがけて、聖剣の切っ先が突きつけられている。
「……んだよ。
冗談じゃない。
全長五十メートルだ。
それほどの図体で、一体どんなスピードで
「ああクソッ、予定変更だろこれっ!」
主砲を皮切りに、各部に設置された自律砲台が火を噴いた。粒状のエネルギー砲撃が弾幕を形成し、近づくことはおろか、回避機動にかかりきりになって他のメンバーとの合流すら果たせない。
白い翼が蠢動する。主の戦意が昂ぶるのに呼応して、熱をため込んでいく。
『やっっば──ごめんこれ、あたしは無理矢理突撃に一票!』
『なッ……何言ってますの!? 危険すぎますわ!』
『セシリアに同意だ。この弾幕を突き破ったところで、
鈴の提案をセシリアとラウラが一蹴した。
狙撃手としての本能から、セシリアは相手が距離を維持するための手札を無数に保持していることに感づいた。
軍人としての経験から、ラウラはこの手の兵器相手に愚直な接近は無謀だと看破した。
どう理論を詰めても、うかつな攻め気は死である、そう警鐘を鳴らしている。
そして無論、シャルロットも同じ意見だった。彼女は無数の弾丸を最小限のターンで捌きながら、同様に回避機動を取る味方を見渡した。
『僕も賛成できない、さすがにこれは──待って』
そして見つけた。
弾幕のまっただ中。
翼が割れている。純白の翼が先割れし、そこから焔が立ち上がっている。
【System Restart】
『待って。待って──何してるの一夏ッ!?』
理論的に考えるならいったん退くべきだ。それが分からないわけがない。
「
最終目的を見失わず、それでいて現地での相手の動きも推測に組み込み。
織斑一夏という戦士の視線は、滑らかに戦場を切り裂いていた。
「無策で突っ込んじゃいけない。だけど
『まっ──』
引き留める声を置き去りにして。
発動、
炎翼の赤が弾けた。漆黒の宙に残炎だけを描いて、『白式』が駆ける。
大きく上を取った。主砲の射線を飛び越えるようにして、刀身の平面をめがけて急降下。
だが『エクスカリバー』の弾幕は一夏を逃さない。無秩序に垂れ流されているように見えて、一夏が接近するルートを的確に潰す。
(回避機動じゃない、突撃ルートだけを重点的に迎撃してる……)
直線的な接近を諦めつつも、次第に深く、より深く、一夏は鋭角なターンを繰り返して弾幕の奥へと潜り込んでいく。
より熾烈になる迎撃の一切を無力化していく。パターンを予測し、現実とのずれを修正しながら適応させていく。ある程度の回避は可能だ。問題は無理に攻めると道を塞がれるという点。
(迎撃プログラムが未完成なのか? いや……違う。これは、『コスモス』による防衛を前提にしている……?)
頬を弾丸がかすめた。だが表情に一切の乱れはない。
一つ一つの挙動を、新たな砲撃を、そして本体の身じろぎをつぶさに観察し、読み解いていく。
「大体分かったぜ──距離を詰められすぎた場合を想定しない……なら!」
カッと両眼を見開き、一夏は『白式』へ指令を伝達した。
「悪いな『白式』──
直後。
限界まで出力を高めていたはずの『白式・
『……ッ!? それは……!』
ラウラの優れた観察眼が捉えた。
高まりに高まった出力が、
今も未来も追い越すはずの翼が、今も未来すらも焼き尽くす暴虐の化身へと変貌する。
名付けるならば、
『おやめなさい一夏さんッ! 機体が保ちません!』
セシリアは悲鳴を上げたが、どう考えても今更止まれない。
できることなら即座に弾幕を突き破って彼の元へ向かい、ぶん殴ってでも引き戻したいが──それはできない。弾幕の内側に戦力が集まりすぎた場合、懸念されている内側での激しい迎撃を妨害できる戦力がいなくなる。
元より狙撃・援護をメインにおいた機体では助けに行けない。
だから、セシリアの真横を彼女が猛スピードでぶっちぎっていくのは自然の摂理だった。
『今行く! 離脱には間に合わせるからッ!』
中国代表候補生。僅か一年足らずでその地位をつかみ取った才女が、全開で突撃する。
全方位を塞ぐのではないかという弾幕を、鈴は何の思考もなしに直感任せの機動で突っ切る。
(あっちは危ない気がする! こっち!)
理論も何もあったものじゃない──だが結果として、最小限の被弾のみで、弾幕の内へと食い込んでいく。
回避機動を取りながら、セシリアたちも必死に頭を回転させていた。
『離脱するとしたら……一夏さんの超高速機動なら!』
『
セシリアとラウラの読みは的中した。
限界まで、いや限界を超えてため込まれた熱が、一気に解放される。
まず機影が消えた。宇宙の中で嫌でも目立つはずの『白』が視界からかき消えた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
叫びだけが通信を介して聞こえ、直後に光がパッと散った。
発射態勢の、二つに分かたれていた刀身。
「おおぉおぉぉぉぉ──っとぉ!?」
文字通りに『エクスカリバー』を貫通して、一夏は刀身の裏側へと飛び出した。
急ブレーキをかけるまでもなく、横から突っ込んできた鈴が彼をひっつかんでそのまま離脱。追いすがるような砲撃を、セシリアたちが叩き落とす。
『あーもう、あんたメチャクチャやってくれたわね!』
「…………」
『ちょっと聞いてんの!? 地球に帰ったら説教よこんなの! まあ付いてきたあたしも説教される側な気がするけど……一夏?』
まだ離脱は完了していない。
迎撃の弾幕群を鈴は抜け出そうと加速するが、
「ぐ、ぁ……ッ!?」
『──どうしたのよ、一夏、一夏ッ!?』
『鈴さん早く離脱を!
セシリアからの警告を受けても、一夏は自分の頭を押さえて、そのままうめくだけだ。
(あ、が……ッ! いてぇっ……さっきの、比じゃねえ……!)
限界を超えた。『白式』と共に、壁を粉砕してあり得ない次元の速度を叩き出して見せた。
だから、深く、深く──
『……ッ!?』
鈴は見た。よく知る幼馴染の、優しいとび色の瞳。
それが鮮血を流し込まれたかのように、深紅へ染まるのを。
走馬灯なのか、と思った。
限界を超えて疾走した。音を置き去りにして、光となって理の向こう側へと手を伸ばした。
その代償なのかと思った。
流し込まれる。流れる。浮かぶ。身体が失われる。意識だけがそこにある。
走馬灯。知らない男が、仏頂面で何か話している。何度も何度も、その男が現れる。春に、夏に、秋に、冬に。草原で、町中で、紅葉の下で、雪景色の中で。
(……アルベール、さん?)
あり得ない光景だった。自分は彼の若かりしころなどしらない。何せ生まれていない。
だがこれは紛れもなく、かつての彼で。
(……エスカリブールさんの、記憶、なのか……?)
感覚が、
温かい思い出だった。出会いから最後のひとときまで、一片たりとも残さず抱きしめたくなるような──そんな感覚。
当然、一夏のものじゃない。
それは
【あれ? きみは、だれー?】
「…………あなたは」
声が響いた。
【えっと、初めまして、かなー? あ、もしかしてシャルちゃんのお友達!? あわわ、おかーさんそういうのどうしたらいいのか分かんないよー!?】
「…………ッ」
頭の中に思念が反響する。
本来はくみ取ってはならないもの。それをくみ取ってしまえば、
それが一夏の思考回路を狂わせる。
だが相手の様子に頓着することなく──まるで気づいていないかのように──彼女は。
娘によく似た、否、娘が受け継いだ、朗らかな笑顔を浮かべて。
【
愛情は反転する。
思念と行為の間に、異物が介入する。
故に。
親愛の挨拶は、鉄を融解せしめる熱線として放たれた。
覚醒と咆哮は同時だった。
意識が現実へ放り出されると同時、一夏は前へと出ていた。
焔を身体前面に収束させる。此方めがけて解き放たれる光線、押しのけた鈴の悲鳴、セシリアたちの絶叫、すべてがスローだった。
激突する。光と焔がぶつかり合い、宙域を照らす。
衝撃に装甲だけでなく身体が軋んだ。絶対防御が発動していない。先ほどの超加速の際、そのエネルギーすら転用していたんだとそこで気づいた。
一夏は思わず苦笑した。
(結局走馬灯なんてないじゃんか)
バカみたいな眩しい光とぶつかり合っているというのに。
やけにまぶたが重くて。
視界が、闇に閉じていき。
【
【
【繰り返す】
【
光線がかき消える。
一夏は見事に、その莫大な熱量を受けきってみせた。
だが無事であるはずもない。
『一夏ッ! 返事して……一夏!』
涙混じりの鈴の悲鳴。
セシリアたちもまた、言葉を失っていた。
やけに静かな時間が訪れた。『エクスカリバー』すら、主砲を撃ち終えてから一切のアクションを起こしていなかった。
静謐。
一夏は半壊した装甲を身に纏い、うつむき、何も語らない。
ちりちりと、何かが蠢いている。胸の奥で、『本来そうあるべき』姿でなかったものが『本来そうあるべき』姿に移行している。
錯覚しそうになる。それは織斑一夏ではない。
あらゆる感覚があやふやになり、圧倒的な浮遊感だけがある。その中で。
まず『雪片弐型』が割れた。
幾度もの戦場を共に駆け抜けた刃が、あっさりとその武器としての能力を廃棄して、
続けて全身に纏う焔がかき消えた。
本来は存在しない機能を強制的に中断して、鋼鉄の鎧は生死の境界線を引き裂くべく
切り裂け。全てを切り裂け。何もかもを浄滅しろ。一夏の虚ろな深紅の瞳には殺意しか映っていない。
かろうじて残る一夏の戦意とリンクしたのは『白式』ではない。
『だめ』
『それはだめだよ』
『それだけはだめだよ』
ただそうあるべき姿をイメージして、光の粒子が結集する。
死の間際に置かれついにその上限を引きちぎった感覚が、自機を介してコアネットワークへと接続している。
──生存本能が暴走する。
あらゆるISのコアデータを瞬時に貫通し、それはこの世界において最大最強のISとリンクした。
薄暗い場所。厳重な封印処理を施されたはずの、かつて世界の頂点に君臨した桜色の機体。
地下数十メートルの非公式空間に閉じ込められた
『
『黙ってて。私の主に触れないで』
『さあ刃を引き抜け』
『やめて。やめて──私の主を殺さないで!』
『いいか、我が主の弟よ』
『やめてッッ!!』
『──
「え?」
東雲は管制室から席を外し、お手洗いにいた。
その際、不意にはらりと、ポケットから紙切れが落ちた。
あらかじめ取っておいた、ルーブル美術館のVIP入場券。日本代表候補生ランク1としての権力をフルに使って抑えたそれ。
「……むむ」
戦闘の余波だろうか。
ペアチケットの片割れ──ちょうど一夏に渡そうと思っていた方のチケット。
無残にもそれが真っ二つに裂けているのを確認して。
(やっべ、これもしかして再発行してもらわないとまずい? いくらだっけなー)
東雲は全然ヒロイン特有の胸騒ぎを覚えることはなかった。
「だめだ」
声を絞り出した。一夏は『雪片弐型』の柄を砕けるほどに握り込んだ。
それは力んでいると言うよりは、何かを押さえつけているようだった。
「君が……だめだって言うんなら……多分……だめだ、ろ……」
『いち、か……?』
「鈴……わりぃ、後頼んだ」
言葉と同時。
一夏は鈴を突き飛ばした。同時、降ってわいた迎撃砲撃が、彼女のいた空間をえぐり取る。
反動で白い機影が流れていく。必死に追いすがろうとして、鈴は声にならない声を上げた。弾幕が二人を集中して狙っている。今までより一層激しく、まるで
「…………悪意も殺意もない。多分、どっかでプログラムが書き換えられてるんだ……」
『いいから、そこから早く離脱してッ!』
シャルロットの叫びに、一夏は苦笑を浮かべて。
そこでぶつりと、意識が落ちる。
ISの搭乗者保護機能だけが、今、彼を守っている。
宇宙を流れていく。手が届かない。苛烈な砲撃が四人を足止めする。
『待て! うかつに動くな、シャルロット!』
『はなしてッ!』
一夏めがけてまっすぐ飛び出そうとしたシャルロットを、ラウラが無理矢理引き留める。
『一夏、一夏、いちかぁっ! いや、やだよやだよ! だってまだ、僕、君に──』
セシリアはそこでハッと『エクスカリバー』を見た。
先ほど一夏が破砕した刀身に、光が結集している。
『エネルギー反応増大……これは、まさか──』
最悪のタイミングでの──
粉砕されたはずの刀身が、粒子が結集して再構成される。
自律砲台が増設された。さらには、刃の一部が分離浮遊し、こちらへと切っ先を──否。銃口を向けている。
(な……ッ!? BT兵器!? いえ、BT兵器粒子反応はない……わたくしの装備を、疑似再現したとでも……!? もし、そうならッ)
冷静な思考が告げた。戦力差。一機落とされた。相手はさらに戦力を増した。
どこかで何かを、致命的に掛け違えた。
『セシリア何ぼさっとしてんのよっ! 早く、早くあいつを助けに──』
『撤退ですわ……ッ!』
だから、彼女が絞り出すようにそう告げるのは、理論的に、とても正しいことだった。
『何、言って……!』
『助けに行けません……! 続行した場合、わたくしたちも落とされる……!』
『だったら、だったら! あいつをどうするっていうのよっ!』
『死んではいませんッ!!』
鈴とシャルロットはほとんど錯乱状態だった。それは彼への思いの深さが直結したのだろう。
だからこそ、最も彼に対して敬意を払い、彼に対して敵対心を燃やすセシリアは、毅然と言ってのけられる。
『あの男が簡単に死ぬわけがありませんッ! 今は彼を信じて退きます……! 彼を追いかけて誰かが撃墜されたら、それこそ一夏さんに笑われますわ……!』
『……ッ!』
ぴしゃりと言われ、鈴は黙った。
シャルロットもまた、涙を流しながら、一夏が流れていった方向を見据えた。
砲火はやまない。祝砲が如く、『エクスカリバー』は感情のままに弾丸を垂れ流している。
『シャトルに戻り、地上へ帰還……改めて、第二次作戦を……聖剣奪還、並びに、一夏さんの回収任務を実行しましょう……!』
負けだ。
これは紛れもない敗北だ。
(──どんな形であろうとも、この借りは必ず返しますわ……ッ!)
負けず嫌いのセシリアだからこそ、冷静に考えられた。そして冷静に、屈辱に耐えていた。
もう一夏の姿は見えなくなっていた。
【第一次聖剣奪還作戦結果】
主目的──衛星軌道上兵器『エクスカリバー』奪還:失敗
参加者──セシリア・オルコット(イギリス代表候補生)
シャルル・デュノア(フランス代表候補生)
ラウラ・ボーデヴィッヒ(ドイツ代表候補生)
凰鈴音(中国代表候補生)
織斑一夏(IS学園特殊派遣生徒)
※上記人員のうち、織斑一夏を
次回
41.魔剣使いVS