花畑の中で、車椅子に腰掛ける母と並んで、シャル■■■はそっと尋ねた。
『お母さんのいちばんすきなお花って……何?』
『え? 急にどしたのー?』
『たんじょう日が、近いから……』
尻すぼみになった言葉を聞いて、シャル■■■の母は苦笑する。
『まったく、どっかの誰かさんみたいな照れ方だねー』
そう言って母は、シャル■■■の頭をくしゃくしゃにかき混ぜた。
仕方ない人、という呟きがこぼれた。それは、目の前にいる娘へ宛てたものではなかった。
『いい? おかーさんに一度だけ、あのガリ勉ひねくれバカが花を贈ったことがあるの、もうその時の緊張しきった顔ったら……』
ぷーくすくすと母は笑い、しかし途中でむせて、咳き込み始めた。
シャル■■■は慌てて駆け寄り、その背中をさすった。彼女が咳き込む時は、なるべく、手に付着する血は見ないようにと気をつけていた。
『ごふ……あは、ごめんねー。おかーさん今日は調子悪いかもー』
何でもないことのように笑う母が、日々その生命をすり減らしていると、娘は知っている。
そして幼いながらも──自分は、無力なんだと、思い知らされている。
『で、なんだっけー……ああ、花か。うん……あの人が、贈ってくれた花が……いいかなー』
微笑みも優しさも温もりも、まだ覚えている。
母は自分を愛してくれていた。だけどその愛は、何かを前提として、なのにそれは欠落しているような──そんな、どこか空虚なものだった。
『コスモス』
母は簡潔に告げた。
『ふふ。あんなの覚えてるなんて、おかーさんも女々しいなー』
花畑の中で。
母が空を見上げていたのを、
破壊そのものがまき散らされた。
デュノア社本社ビルの地下数十メートルにある『エクスカリバー』コントロールセンター。
そこを起点として突如起きた大破壊……否。起きたのではなく、降り注いだ破滅の奔流。
避難が済んでいなければ凄惨な大虐殺と化していただろう。
「……だぁっ!」
がれきの山を吹き飛ばして、三機のISが地上へ飛び出した。地下深くから脱出し、久方ぶりに日の光を浴びるのは、織斑一夏、シャルル・デュノア、ショコラデ・ショコラータの三名だ。ショコラデは『コスモス』の両腕でアルベールを抱きかかえていた。
絶死の戦場故、誰もがISを身に纏っていた。それが功を奏した。というよりも──それを織り込み済みで降り注いだような攻撃。
「……ッ、東雲さんは!?」
「分かんない、どこか別の場所に出た、かな……?」
師匠の姿がないことに一夏は少し動揺した、が、まあ大丈夫かとすぐ気を取り直した。
殺しても死ななさそうな人だ。絶対生きてる。間違いない。これ以上ない信頼だった。
でも……年頃の女の子なんだから……ちょっとは心配してあげようね!
敵影がないことを確認して、三人はゆっくりと地面に降りる。
着地すると同時、『コスモス』ががくりと膝をつく。
「……ッ、エネルギーが限界です」
「……私をエネルギーバリヤーで助けてくれたのだな」
ショコラデはかつてフランス代表候補生であり、しかし国家代表にはなれなかった、言葉を選ばなければ脱落者である。
そんな彼女をアルベールはスカウトし、企業テストパイロットとして重用した。恩のある相手だった。
「当然のことをしたまでです」
「……感謝する」
端から見れば、実に人望にあふれたトップだろう。
だが……それを見ているシャルルは、ぎゅうと心臓を握りしめられるような感覚がしていた。
「……どうして、僕以外には優しいんだろうね」
「……シャルル」
態度や言葉の節々から、感じ取っていた。多分この親子は、親子としての機能不全に陥っている。
一夏はぐっと唇をかんだ。自分にできることはあるだろうか。
「とにかく、『エクスカリバー』を機能停止にしなければならない……マスドライバーは無事だな。そこを臨時の管制室として作戦を組むぞ」
「マスドライバー……?」
瓦礫の山と化した本社ビルを見渡して、しかし気落ちしている暇はないという様子でアルベールは告げた。
聞き慣れない言葉に一夏が首を傾げる。
「確かに日常生活で耳にすることはないだろうな。宇宙空間でしか精製できない特殊合金等のため、宇宙へ物資を送り届けるシステムが必要なのだ。いわば、
「そんなものが、一企業で運用されてるんですか……!?」
驚愕する若者相手に、アルベールは肩をすくめて苦笑する。
「まさか。欧州連合全域で運用しているさ。だが開発の主導を握っていたのは私だ。故に私が……デュノア社が全面的に管理している」
言葉には力強い自信があった。己こそがデュノア社であると。屈指の軍事複合企業デュノア社とは、アルベール・デュノアという男に他ならないのだと。
だからこそ分からなくなる。ここまで完璧な男が、どうして家庭を顧みないのか。
(いや……違う、のか?)
違和感はほとんど直感だった。
しかし一夏は確かに、アルベール・デュノアの歪みを察知した。
(元々はあった、
考察を展開していたその時。
不意に理論的な思考を打ちきり、最大音量で戦闘用思考回路が警鐘を鳴らす。
「……ッ!」
「一夏!」
反応はシャルルも、ショコラデも同時だった。
武器を構えて背後へ振り向く。何者かを察知した。恐らく、敵。
並のIS乗りを凌駕する反応速度で三人は戦闘態勢に入って、後ろに振り向き。
「…………な、に……?」
一夏は呻いた。理解不能の光景だった。そこにいるはずのない人間だった。
「……ちがう……!」
若かりし頃の彼女がタイムスリップして来た、と言われたら、誰もが信じるだろう。世界最強と呼ばれる前、白騎士事件が起きたころの千冬そのものだった。
だが一夏だけは分かる。
(別人だ……! だけど!)
似ても似つかない。似ているからこそ、恐ろしい。
別人だと確信できるのに、
「なんだ、お前……ッ!?」
「
返答ははぐらかすようなもので、織斑千冬の顔をした少女は、嘲笑を露わにしていた。
「おちょくってんのかよ……!」
「織斑君、熱くならないでください! IS反応があります!」
ショコラデの制止と同時、蒼が顕現する。
ISアーマーは少なく、高機動型。蝶の羽根を模したウィングスラスターが優雅に広がる。
右手に光の粒子が収束し、スナイパーライフルが形成された。
しかし最も驚嘆すべきは、彼女の周囲に現れた──ビット。
「BT兵器だと──!?」
もはや見慣れた感じさえある、だがそれはセシリア・オルコットとセットになっていた、最新鋭の戦闘システム。
明確な殺意を乗せて、銃口は既に三人を狙い澄ましていた。
「さあ踊れ。この織斑マドカと『サイレント・ゼフィルス』が、貴様たちに引導を渡してやろう!」
少女が嘲るようにして口元を歪める。
それが次なる戦いの合図だった。
【OPEN COMBAT】
光の嵐が解き放たれた。
レーザーを一夏とシャルルは飛び跳ね、回転して掻い潜る──だが、まるで意志が宿っているかのように、
「な──!?」
「
鋭くターンしたレーザーが『白式』と『ラファール』を撃ち抜いた。
装甲が半壊し、空中でもんどり打って、二人は地面に叩き落とされる。
そして動けていなかった『コスモス』もまた、咄嗟に固めたガードを掻い潜られ、モロに集中砲火を食らって吹き飛ばされた。
「きゃあッ!?」
「ショコラデ君!」
アルベールは思わず駆け出そうとして、しかし彼の真横を青のシルエットが通過していった。
「噂の第三世代機か。一応もらっておくぞ」
マドカは酷薄に告げて、『コスモス』の眼前に降り立つ。
さして興味はないようだったが、しかしそれだけ、熱量を持っていないのに瞬時に場を制圧してみせたことこそが、三人との実力の差を示していた。
「させ、るか……ッ!」
呻きながらシャルルは跳ね起き、直線加速でマドカを目指す。
直線加速──に見せかけて鋭角にターン。精密機械が如く、巧緻極まりない機動でマドカの背後を取る。
「なんだ、そんなに死にたいのか?」
だが、次の瞬間、シャルルは地面にたたき伏せられていた。
(……ッ!? 今、何が……!?)
端から見ていた一夏でさえ、何が起きたのか分からなかった。
振り向くことすらなく、ノールックでマドカはライフルをぞんざいに振るった。銃口下部に取り付けられた銃剣が、シャルルを一閃したのだ。
装甲が粉砕されていた箇所への的確な攻撃。絶対防御が発動する。
「ッ、あ」
その時、だった。
衝撃からか、ISスーツが破損し、
圧縮機能が破壊され、シャルル・デュノアをシャルル・デュノアたらしめていた鎧が、解けた。
「……は?」
場違いな驚愕だった。一夏はこれ以上なく両目を見開いて、彼を、彼だった人を見た。
──胸が膨らんでいた。破損したISスーツの下から、白い素肌が見えた。
「……シャルロット……!」
アルベールが名を叫んだ。
マドカは冷たい目で、呆然としている金髪の少女を見下した。
「なるほど。性別を偽装していたのか……織斑一夏に近づくためか? まあ、どうでもいい。私の知らんことだ。ここで死んでおけ」
シャルロット・デュノアは、倒れ込んだまま、一夏を見た。
彼は信じられないという顔をしていた。そんな顔をさせるつもりはなかった。いや、言い訳だろうか。
絶体絶命の状況だというのに、戦いとは関係のないことばかり考えている。
(ああ、これか)
死が迫って、迫りすぎていた。思考回路の麻痺。
一夏との出会いから遡っていき、母の笑顔までもが想起される。
(走馬灯って、あるんだ)
シャルロットは自然に死を受け入れた。
くだらない人生だったな、と自嘲するように笑みを浮かべた。マドカの銃剣がきらりと光った。
誰も間に合わない。
動ける者など、一人も──
「白式ィィィ──────ッッ!!」
ああそうだ。
自分に絶望したまま、その絶望を拭えないまま死んでいくなんて。
──織斑一夏が看過するはずがない!
信頼する愛機の名を叫び、一夏は、まっすぐシャルロットの元へ疾走する。
(ふん、遅すぎるな)
確かに『白式』は速い。だが、それでも間に合わない。
マドカは合理的にその結果を導き出し、一夏への興味を失った。
そう考えて弾丸を放とうとした途端。
【System Restart】
マドカの視界の片隅で、
「……ッ!?」
データだけは知っていた。『白式』が成し遂げた、
機体そのものは上書きすることなく、あくまで拡張の範疇に過ぎない。だがその性能の伸び方はめざましい。
マドカに対する宣戦布告のように。
疾走する一夏の顔の真横に、そのウィンドウは立ち上がる。
『──白式・
加速は臨界に達し、しかしそれすら踏み越えていく。最大出力、
マドカの予測を超えて、理論値を超えて限界を超えて人間が到達してはいけない壁を破砕してそれでも前へ前へ前へと進み何か引き留めるような意識を感じてもそれを無視して今必要なのは力なんだと何もかもねじ伏せて行くべき場所へと至るべき場所へと突き進んで──
「うおおおおおおおおおおおおッ!!」
振るわれた刃が、マドカが保持していたライフルを銃身の半ばで断ち切った。
余波で大地が軋みを上げると同時に、木っ端微塵になった鉄片が空間にばらまかれる。
(……ッ!? 反応が遅れ……!? いや、
視線が交錯した。
目を見開くマドカに対して、一夏は焔を噴き上げる両眼で応える。
(──だからどうした、関係ない! やつの姿勢は崩れた! カウンターで沈められる!)
事実、刀を振り抜いた一夏は、到底次の動作へは移れないほどに深い前傾姿勢だった。
ここから回避に移るとして、猶予はざっとコンマ数秒か。
──コンマ数秒。
織斑マドカにとって、それは余りにも致命的な隙だった。
(分かる、分かるぞ織斑一夏……! 貴様が選ぶとしたら、
卓越した戦闘用思考回路は、刹那にも満たない僅かな時間で結論を弾き出す。
(貴様を相手取って最も警戒するべきは、後者! あらゆる状況において攻め手を保持し、攻勢を崩さない──それこそ織斑一夏の強みだろう!? 好都合だ! 私は貴様の攻撃全てを封じて、貴様を討つ!)
ライフルを破壊された、だからどうした。
まだいくらでも手はあるとBT兵器に指令を出そうとして。
優れた動体視力が捉えた。
マドカへと迫る、
(な──
純白の刃が眼前に殺到する。
冷静に考えるほどにありえない。あってはならない。そんな行動を、一定以上の実力を備えた一夏が選ぶはずもない。
何故なら。
(裏をかきに来たか!? それとも他に選択肢を思いつかなかった……!?)
マドカは微かに首を傾げてそれを回避し、既に銃口を一夏へと向けたBT兵器へ意思伝達し。
(いずれにせよ、
予測するまでもない。そんな単調な攻撃が通用する相手ではない。
各国の精鋭を相手取って一歩も譲らぬ、まかり間違っても反社会勢力に与してはいけない戦闘技術。それをマドカは誇っている。
そんな強敵相手にこんな無様な選択をするなど片腹痛い。
マドカは余裕を持って一夏の弐ノ太刀を回避して、直後に決定打を放とうとし。
だけれども──不意に、視界が揺らいだ。
(え?)
衝撃。首が根元からすっ飛ぶような、インパクト。
回避した。回避したはずだった。
完全に予測して一切の矛盾なく回避してみせた、はずの、カウンターの一閃。
「──らぁぁぁっ!」
裂帛の気合いと共に、刀身が振り抜かれた。
首と胴体を断ち切られることこそなかったが、マドカはもんどりうってひっくり返り、その勢いのまま十メートル以上にわたって吹き飛ばされる。地面をバウンドして転がっていき、瓦礫にぶつかって止まった。
(そん、な──何だ、今の速さは……ッ!?)
装甲が砕け、地面に落下する。
明滅する意識の中で。
マドカは立ち上がることもままならない状態で、歯を食いしばって、自らの甘い予測を上回った仇敵をにらみつける。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」
荒く肩を上下させながら。
一夏は背後で無事だったシャルロットを見て、口元をつり上げた。
「ハァッ、ハァ……ああ、そうだよな……! この力は多分、この瞬間のためにあった……!」
「……え?」
言葉に自分の存在が絡められていることに気づいて、シャルロットはぽかんと口を開ける。
だって今、初めて、自分を守るために誰かがこうして立ち塞がっている。
その状況だけですら理解できないのに。
「どんな敵を打倒しても! どんな困難に打ち勝てても!」
彼はまだ、言葉を続ける。
「──今お前を救えなかったら、何の意味もねえッ!」
背中越しにシャルロットを見据えて、彼は叫んだ。
どくんと、心臓が高鳴る。
ああどうすればいいのだ。平時でさえ持て余していた感情に油が注がれる。
どうして、そんな言葉をかけてくれるのか。
どうして、彼はこんなにも──シャルロット・デュノアが望んでいた目をしているのか。
「どうして……」
「あぁ!?」
「だって、僕、君をだまして……」
「関係ねえ! 全ッ然関係ないね! お前は俺の友達なんだ! 友達を、死なせるわけねえだろ……! 俺は勝つぞ、シャルロット! 俺は、お前を守る……! 俺がやりたいから、そうさせてもらうッ!」
精神が昂ぶる。それに機体も同調する。
織斑一夏と『白式』が、乗算されるようにして、高みへと駆け上っていく。
IS乗りとISコアの
それが最大限まで高まっていき。
「……ッ!」
シャルロットは目を見開いた。
織斑一夏が微かに首を鳴らして、ゆらりと立ち上がったマドカと相対する。
「貴様……一体……!?」
「ハッ──なんだよ、俺の姉貴のくせにこれは想定外か? だったら残念だな、お前に俺の姉は、
痛烈な、あまりにも
マドカの表情が瞬時に憤怒一色に染め上げられ、呼応するようにして一夏も戦意を高めていく。
(…………え?)
だが。
だが──その、一夏の、瞳。
茶色であったはずの瞳が、血がにじむようにして
何かのステージを超えたように。
次の領域へ至ったかのように。
まるで最初からそうであったかのように、一夏の両眼は紅色になっていた。
シャルロットはぼんやりと、現実味のない思考の中で考えていた。
ひどく印象に残る赤目だった。ラウラの深い紅とは違う。簪の落ち着いた朱とも違う。鮮烈な血の色。
そしてラウラと簪ではなく。
もう一人、身近に赤目の少女がいたような────
「……が、ぐっ……!?」
突然だった。
頭の中で小人がハンマーを振り回しているような、そんな激痛が一夏を襲った。
「一夏……!?」
「なん、んだ……これは……!?」
深紅の両眼を、膨大な感情が滑っていく。
そしてその中には、思念とは別のデータすらあった。
(どこからか、流し込まれてる……!? これは、『白式』が何かとリンクして……そして俺と『白式』がリンクしてるってことか……!)
愛機を介して、何かが一夏に語りかけているのだ。
思念に飲み込まれそうになる。膨大な、感情。温かいものだった。溺死しそうになる。
では、一体何を受信しているのか──
「ッ!!」
一夏は大空を見上げた。降り注いだ光の剣。
それの発生元。
相手を見据えたことで、思念をかき分けて、必要な地点へと少しずつ進めるようになる。言語化されていない感情の波を掻い潜って、相手の情報そのものへとたどり着く。
しかしそれは、あまりにも悲惨な事実だった。
「何だ、それ……」
言葉の意味が分からず、一夏はぽかんと口を開けた。
思念の意味は分からない。人間には理解できない機械の言語だった。だがデータは違う。読み取れる。一夏にも、読み取れてしまう。
「攻撃衛星、じゃ、ない……
そんなタイプのIS、聞いたことも見たこともない。だが一夏とリンクした『エクスカリバー』の真のカタログスペックにはそう書かれている。
思わず、一同の動きが止まった。
最も顕著に反応したのは──シャルロット・デュノアだった。
「そん、な。まさか」
「……生体融合型IS『エクスカリバー』……」
「お父さん、貴方は……貴方は、まさか──!」
一夏は表示されたデータを、震え声で読み上げる。
シャルルは父親を見て、悲痛な表情で叫ぶ。
「……搭乗者──エクスカリバー・デュノア……?」
「
「ああそうだ」
アルベールは潔く認めた。
「そんな、どうしてッ……!」
立ち上がったマドカが再加速し、一夏へと突っ込む。
驚愕を振り払い、一夏は両眼から焔を噴き上げて迎え撃った。新たに展開されたナイフと『雪片弐型』が激しく切り結び、火花を散らした。
決闘を背景に、少女が、父親に叫ぶ。
「お母さんは、病気でずっと意識不明で……! 面会できなくて! それで兵器になってるって!? 意味が分からないよ、父さん!」
「私は……私は、悪魔に魂を売った。延命のために、ISコアとして彼女を、エクスカリバーに組み込んだ。元より生体融合型ISとして開発されていた代物だ。だがアメリカとイギリスはコアとなる人間を用意できなかった……」
一夏の刃がBT兵器より放たれたレーザーを叩き落とす。回避しても追いかけてくるならこちらから能動的に潰す。これ以上なく単純明快な結論を理論的に導き出し、感覚的に実行する。マドカはギリと歯を食いしばった。
「もって一年というところで、私はISと融合させる道を選んだ。そして事実、彼女はまだ生きている」
「生きている……
「死んでないのだ! 死なずに済んでいるのだ! 彼女が生きていないだと……!? ふざけるな!
二人の叫びがぶつかり合う。
シャルロットは目尻に涙を蓄えて、キッと空を睨んだ。空──
そこに、母がいる。愛した母がいる。二人で暮らしていた母がいる。宇宙空間に、G0の世界に、
「家族、なんでしょう……!?
「お前に何が分かるッ! あの女は……お前のためなら人生を捧げて良いと言った! だが俺はどうなるというんだッ! 俺にはあいつしかいなかった……! 俺はあいつを死なせたくなど! あいつのいない、世界など……ッ!」
アルベールの叫びに、思わずシャルロットの肩が跳ねた。
初めてだった──これ以上ない感情の発露。
「……ッ! そうやって、そうやっていつもいつも!」
一夏の剣筋がさらに鋭くなる。
だが戦意が高まっているのは、マドカも同様だ。攻防の入れ替わりがより激しくなり、互いの剣戟が嵐を形成する。
「いつも! いつも! 僕だけのけ者にして……! 貴方と母の話だ、それは!
「のけ者だと!? 冗談じゃないッ! あいつはお前を愛していた! 私も愛していた、はずだった……!」
マドカのナイフと一夏の刀が火花を散らす。
互いを食い破らんと猛り、両者の視線もまた物理的な鋭さすら伴って激突していた。
「はずだった……?」
「あいつがいなくなって、何もかもが分からなくなった……私は求婚を断られたとき、何事かと疑ったさ。あいつは断固とした態度で私と結婚せず、そのままお前を産んだ。挙げ句の果てには、しきりに、自分以外の女との結婚を勧めてきた。馬鹿馬鹿しいと一蹴したさ。だが次第に、そうも言っていられなくなった。事実として周囲は私に妻帯者であることを求めてきた。そしてその選択肢に、病床に伏せたあいつはいなかった……!」
斬撃が加速する。もはや両者の攻撃は空間そのものを断っていた。
片方が一段ギアを上げ、もう片方もそれに合わせてギアを上げる。出し惜しんでいたわけではない。限界が絶対的な仇敵に合わせて引き上げられていく。一秒前の限界を通り越して、加速度的に進化が果たされる。
一夏もマドカも既に未体験の感覚へと突入していた。自分が次にどうすればいいのか、
「それで、あのロゼンダっていう本妻の人と結婚した……」
「ロゼンダはエクスカリバーのことを知っていた。それを利用する形で、win-winとなる形で結婚を持ちかけてきた。俺もあいつも立場だけ満たせれば良かった。エクスカリバーは……笑顔で満足していた……」
「満足だって!? どれだけお母さんが寂しがっていたかも知らないくせに!」
得物の範囲が違う。故に一夏とマドカは、互いにキープするべき距離が違った。
一夏が有利な距離を選択しようとして後ろへ下がれば、マドカは追随して踏み込む。結果として間合いは変わらない。互いに十分に武器を振るえるものの、互いに相手の有利を崩せない。
だから己がよく知る勝利パターンではなく、この暴走じみた攻防を続けるしかなかった。
「僕はずっと二人だった! 僕は満足だった、だってそれしか知らなかったから! だけどお母さんは……!
「……ッ!?」
シャルロットの叫びは痛切だった。
まるで直接頬を殴られたように、アルベールはその場でたじろいだ。
「ずっと! ずっと! ずっとあの人は貴方の話をしていたんだ! 大学では学食より外のカフェだったんでしょう!? 猫より犬が好きだった! 美術館に行くなら印象派の展示会! その後に自然公園に行っていた! そして……花を一度だけ贈った! 照れながら一度だけ、コスモスを贈ったんだ……!」
「…………あいつ」
アルベールが歯噛みしながらぼやくと同時、焔の翼を炸裂させて一夏が大きく後退した。
マドカの裂帛の一撃──ではない。あえて引き下がることで間合いを取り直し、戦況をリセットしようとした。超高速の戦闘から解き放たれ、距離を取ってから一夏は崩れ落ちる。同時、マドカも膝をついた。
「…………ッ!」
「フハ、フハハッ……思っていたよりも、ずっとやるじゃないか、織斑一夏……そうだ。それでいい。そうでなくては、殺しても意味がないッ!」
両者、とうの昔に限界を超えて身体を酷使している。頭も茹だっていて、脳が蒸発してしまいそうだった。
苦悶の表情を浮かべる一夏に対し、脂汗を浮かべながらも、マドカは不敵に笑う。
「続けるぞ。どちらかが倒れるまでだ。私か、貴様。生きていて良いのは片方だけだ。だから死ね。死ね。ここで死ね。織斑一夏、貴様はここで死ぬ……!」
しっちゃかめっちゃかに視界が跳ねる。呼吸も定まらない。
だが一夏は、痛烈な殺意が向けられるのだけは感じ取っていた。故に立ち上がらなければならない。
──その、彼の隣に。
半壊した『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』を身に纏い。
シャルロット・デュノアが並び立つ。
「シャルロット、お前は……」
戦場に赴く娘の背中を見て、アルベールは目をこれ以上なく見開いた。
そこに、彼女を幻視した。愛した女の後ろ姿とリンクした。
「僕は貴方を知っている。貴方のことを知っている。貴方が思っているよりも、ずっと。ずっと! だって、お母さんからずっと聞かされた! だから……!」
息を吸い。圧倒的な格上である織斑マドカ相手にこれっぽっちも臆することなく。
シャルロットは腹の底から叫ぶ。
「だから僕は、貴方を守ります! 誰かのためにあれとお母さんは言っていた! なら僕はお母さんのために、貴方を守ります! だって貴方は、お母さんの、大切な人だから!」
美しい宣誓だった。
マドカはふんと鼻を鳴らす。関係がない。先ほどの、リミッターが外されたような攻防戦。そこに至ったならば、シャルロットが割って入る隙はないだろう。
想像以上の仕上がりだ。自分も、殺すべき相手も。それが彼女を高揚させる。唇の端が切れ、にじんでいた血を舌で舐め取る。
(織斑一夏は今日ここで殺す……!)
一方、機体が稼働停止し、事態を静観するしかなかったショコラデの表情は強ばっていた。
(だめだ、織斑君では、あの少女には勝てない……!)
先ほどの戦闘では、確かにショコラデですら目を見張るほどのスピードへと到達していた。
だがやはり地力が違いすぎる。端から見て取れるほどに、両者には開きがある。
数ヶ月前までド素人でした、と言われてもショコラデは信じないが、あくまで驚異的なのは成長スピードのみだ。
(機体さえ動けば! シャルル君……いや。シャルロット嬢の機体も半壊、恐らくダメージレベルC。手札が足りない!)
悲鳴さえ上げそうだった。
なるほど決意を新たにし、宣言した。それは良いことだ。アルベールは妻ともさして会わず、娘相手にはまるで親らしいことをしていなかった。そこをシャルロットが突き崩そうとしている。長年デュノア社に世話になっているショコラデは諸手を挙げて歓迎したいとさえ思った。
だが、別に強くなったわけではない。戦場に何か変化が起きたわけではない。
(最悪のパターンは、二人がここで負け、機体を奪われること。更に織斑一夏の殺害も目的に入っている……過程で社長やシャルロット嬢に危害が及ぶ可能性もある)
ショコラデは『コスモス』のリアスカート部分に内蔵された、対人ハンドガンにゆっくりと手を伸ばした。
(……覚悟はできている。元よりそのつもりだ。拾ってもらった命、ここで使え。あの人のために。私を救ってくれた人の為に、死ね、ショコラデ!)
悲壮な決意とともに、ショコラデは『コスモス』から離脱する。
事態が動こうとしていた。
シャルロットが加速の予備動作に移る。マドカはそれを迎え撃たんとする。ショコラデが生身でマドカの気を引こうと走り出す。
全てが手遅れになるその刹那。
「────違うだろ、シャルロット」
だが、一夏の言葉が、時を止めた。
愛刀を杖のようにつき、そこに体重を預けてなんとか身体を起き上がらせる。とび色の瞳だった。未だ焔を噴き上げ続けている『白式』の装甲が、ほんの僅かな動作だけでぎしりと軋みを上げた。
「……一夏?」
「違う……全然違う。お前何言ってんだよ。全然ダメだろ。お前お母さんの言ったこと何も理解してねえよ、それ」
やっと理解できた。
そうだ。一夏は先ほど流し込まれた思念をやっと理解できた。何も分からなくて当然だ。だって彼の知らない、彼からはすっぽり抜け落ちた感情なのだから。
立ち上がり、その両眼を銃口のようにシャルロットへと向け、一夏は真正面から告げた。
「お前のお母さん……
これが家族の愛なのかと、他人事のように理解した。実感は伴わない。だってそれは自分に向けられた感情ではないのだから。
「誰かのためにあれって、『そのために自分をすり減らせ』とは全然違う。愛する相手にンなこと強要するわけねーだろ。誰かのためにあれって、それはさ」
言葉を一度切って。
シャルロットの揺れる瞳に対して、一夏は柔らかく微笑んだ。
「──お前の母さんがお前にしてくれたみたいにしろ、ってことなんだろ?」
「…………ッ!」
「だからシャルロット、勘違いするな。遮二無二誰かを助けて、それを拠り所なんかにしちゃ駄目だ。誰かのために、自分を犠牲にするな!」
「……だ、けど。じゃあ、どうしろって……!」
「
力強い声に、思わず目を見開いた。
「と、ぶ」
「ああそうだ! 後々、やりたいことは見つかるさ! だけど今は──迎えに行こうぜ! 宇宙だからちょっと遠いけど、まあ、なんとかなるだろ!」
彼はそう言い切って、顔を上に上げた。青空が広がっている。光の剣に貫かれ、大穴を空けた雲が浮かんでいた。
その直線の先に、エクスカリバーはいる。
「シャルロット! そのための翼はあるだろ! そのための意志もあるだろ! なら思いっきり飛べ! だってお前は、シャルロット・デュノアなんだから――!!」
そう叫んで、一夏はバッと右手を彼女へ伸ばした。
いつかのように。黒い暴風へ共に立ち向かったときのように。
「
「────────」
感じた。強い意志。どこまでもまっすぐ伸びていく視線。
ともすれば気圧されそうになる。だっていずれもシャルロットには備わっていないものだから。
だけど。
気づけば、彼の手を取っていた。身体が勝手に動いた。
ぶわりと胸の底から感情が噴き上がる。
これなのかなとやっと実感した。
(お母さんも……こういう風にして、人を好きになったの?)
誰よりもまっすぐ自分を見つめる目。撃ち抜かれるような心地だった。
「……ぁ」
やっと分かった。
あの時花畑で、母があんなにも優しい表情をしていた理由。
「そっか。そうだったんだ」
羨ましかった。誰かに愛されるということ。誰かを愛するということ。これっぽっちも分からなかった。
本当は遊園地でラウラが胸が痛いと言ったとき、自分もそうだった。だけど箒の言葉には頷けなかった。恋をして、それで、一体何を喜べというのか。
(だけど、違ったんだ。お母さんは二人でずっと耐えていた。強い人だと思ってた。だけど)
──誰かを愛するというのは、こんなにも。
(こんなにも、力がわいてくる)
隣に一夏がいる。それだけでなんでもできる気がした。どこまでも飛んでいける気がした。
(そうなんだね、お母さん、お父さん)
同時にアルベールの行動に、一定の共感を得た。
愛する人のためなら、なるほどあらゆるリソースを注ぎ込んで戦えるだろう。そうだ。彼も戦っていた。
「……一夏」
「おう」
「
言葉と同時だった。
視界の隅で、鋼鉄の鎧が眩しい輝きを放つ。
「何──」
「……ッ!?」
マドカとショコラデはぽかんと口を開けた。
だって、人がいなければ起動しないはずのパワードスーツ、ISが──デュノア社製『コスモス』が、勝手に立ち上がっていたのだから。
「お父さん……母はコスモスが好きだそうです」
「…………知っている」
「はい。だから、この名前にしたんですよね。好きな花に囲まれていられるように……でも僕は、それは嫌だ。今から、
刹那。
それは正常な形の、本来あるべき工程を踏んで行われた
元より一夏の場合はレアケース中のレアケースだ。ブラックボックスそのものであるISコアとは言え、IS乗りとの共鳴など束ですら想定しない代物。
むしろこうして、ISコアとISコアの反応こそが、束が予期した光景だった。
「来て、『コスモス』。お父さんがお母さんのために造り上げたIS。僕の力になって」
「……ッ!」
一夏はそれを聞いて、アリーナで抱いた印象が誤りではなかったことに気づいた。
やはり防衛用。ただし拠点防衛ではない。
これは、衛星軌道上の『エクスカリバー』を防衛するためのIS!
「まだやれるよね、『ラファール』。僕にとって最高の相棒。僕の半身……今日、初めて、僕は僕のために飛ぶよ。だから……君の力が必要だ」
呼応するようにして『ラファール』も輝きだし、その光の中へと、『コスモス』だった粒子が吸い込まれていく。
「ははっ。文字通りの──
一夏はあり得ざる光景を目の当たりにして、呆然としながらもそう言った。
光の中でシャルロットが力強く頷く。
『コスモス』が、『ラファール』に力を委譲する。
ぎらつく光が、温かな光に包まれていく。
父の妄念を、娘の愛情が溶かしていく。
完全な同化ではない。オレンジカラーの装甲はそのままに、機動性を失わないよう減らされた装甲もそのままに。
しかしウィングスラスターが倍に増え、内蔵していた火器類が書き換えられる。
顕現するは唯一無二のデュアルコアIS。
──『ラファール・リヴァイヴ・デュアルカスタム』
なんだこれは、とマドカは目を見張った。
ISとISが合体した。あり得ない。意味が分からない。何が起きている。どういうことだこれは。
新生した機体を纏い、シャルロットは自分の両手を見た。
その隣で一夏は笑みを浮かべ、マドカに目を向けた。
「お母さん……今から、迎えに行くよ。もう一度、ここから、始めるために。だから──」
「悪いな。俺と因縁があるんだろ、そんな顔してるぐらいだから。
「「邪魔するな! そこをどけェェッ!!」」
一人じゃない。
二人で、猛然と加速する。
そう────疾風の、その先へと。
(なんかおりむーが他の女に『お前を愛してるよ』って言った気配がしたぞどうなってんだオイ!!!!!!!!!!)
感覚が鋭敏すぎるのも考え物である。
東雲は武器を失い、そこらへんの瓦礫や鉄骨を武器にしてゴーレムⅡの大群相手に大立ち回りを演じながら、内心で絶叫した。
(あとあり得ないぐらいに、なんというかこう……危機感がすごい! 何か、絶対に看過できない何かが起きた気がする!)
抜群の第六感は、シャルロットのこれ以上ない正妻シーンすらも嗅ぎ取っている。
お前と違ってちゃんとヒロインポイント重ねてきたんだよ。残念ながら、当然の結果です……
(あーもうそれにしても数が多い! 武器が武器だから破壊に時間がかかるし! 一刻も早くおりむーのとこ行かなきゃいけないのに──しょうがねえ)
東雲は背後の、空になったバインダー群に手を伸ばした。
(知ってるか。原始時代からある、現代武器の始祖。其方たちは──棒で殴れば壊れる!)
壊れてんのはお前の頭だよ。
いや長過ぎです本当にすみませんまったくもって当初の予定ぶっちぎりました
ゆるして
あと推薦を二ついただきました
椅子から転げ落ちました
正直俺より的確にまとめてくれています!!本当にありがとうございます!!
追記
ラウラも赤目じゃんっていうのはマジで頭からすっぽ抜けてたので該当箇所を訂正しました
こう、寛大な心で許してください
次回
39.シャルロット・デュノアという少女