彼は、自分が空っぽであることを知っていた。
他の人々と比べ、あまりにも積み重ねがないことを知っていた。
ここから積み上げると。ここから築き上げると。
何もないなら、死に物狂いで、何かを手に入れるしかないと。
アルベール・デュノアという男は、知っていた。
「あら、初めまして~」
ぼんやりとした女と出会った。
名門大学の主席。血のにじむような努力と、絶え間ない研鑽の果てに、アルベールはフランス屈指の将来を期待される若者となっていた。
学業優秀、スポーツ万能。玉に瑕なのは、交友関係の狭さ──もとい、友人の皆無さ。
だが成功者となる上で、友人など不要だと彼は割り切っていた。
「どうも」
たまたま、息抜きにカフェに入った時。
彼で席は埋まった。だから彼の次に入ってきたその同世代の女子は、アルベールと相席することになった。
将来性から異性に声をかけられることはあったが、アルベールはすげなく切って捨てていた。やがてその人となりが知られるようになると、誰も彼に声をかけなくなった。
「あー……えっとー」
「…………」
何かを切り出そうと、その女は言葉を選んでいた。
まだこういう手合いがいるのか、とアルベールは嘆息した。読んでいた本をぱたりと閉じて、鋭い眼光を対面の女に向けた。
「何か用か」
俺の時間を無駄にさせるな──声色には傲慢な、されど裏打ちされた不遜さがあった。
しかし女はまるでたじろぐことなく。
「えっとねー、カーディガンが裏表逆だねー」
「…………ッ!?」
それがアルベール・デュノアと、将来、金髪にアメジストの瞳を持った子供をもうける、■■■■■■■という女性の出会いだった。
日々に、少しずつ、色彩がもたらされていった。
今まで自覚はなかった。己は輝かしい栄光のために邁進していると疑う余地もなかった。
彼女がその日々に、色彩をもたらしていった。
顔を合わせて話すとき、彼女はアルベールの将来プランを退屈そうに聞いていた。それより美術館に行きたいなどと言っていた。仕方なくアルベールは美術館に連れて行った。
弁当を作ってあげると彼女は言って、弁当箱ごと燃えたとメールが来た。アルベールは半ギレで二人分の弁当を作り、こうやるのだと目の下にクマを蓄えて勝ち誇った。
一度、アルベールは思い直した。こんな女に何故、貴重な時間を割いているのか。
価値なき者に費やす暇などないと、一方的に絶交を切り出した。
──そうしなければ、何か、自分の中核が変質してしまうような気がした。
次の大学の試験で、主席はアルベールではなく、その女だった。
彼女は目の下にクマを蓄えて勝ち誇った。
「どんなもんじゃーい! いいかよく聞けよガリ勉クン! 価値なんて、こんな簡単に変動する順位で決まるわけないでしょうがーッ! 私が一週間ぐらい死に物狂いで勉強したら、キミの価値に追いつけるってことになっちゃうよー!?」
「…………お前、は」
言いたいことを言い切って満足したのか、そのまま女は倒れた。慌てて抱きかかえると──すぴゃーと寝ていた。
アルベールは天を仰いだ。
目指す場所に間違いなどなかった。
けれど、かつての自分にはなくて、彼女が持っている、何か。
それはひどく眩しくて、温かいものなんだろうと、ぼんやり考えた。
『本社防衛ライン、30%が戦闘不能……ッ』
『イギリス、ドイツ、中国からの入電! 『増援を送ることは不可能』! 繰り返します、『増援を送ることは不可能』!』
「…………ッ」
アルベールは歯を食いしばり、次々と押し寄せる情報を瞬時に理解していった。
卓越した頭脳は最適解を容易に弾き出す。
「防衛ラインを下げろ! アリーナの一般観客の避難は!」
『把握している部隊では、手の回っていないところが……えっ!?』
通信の向こう側が突然慌ただしくなった。
何やら会話を終えて、オペレーターが弾んだ声色で告げる。
『か、完了していました! 織斑一夏です! 彼がISを展開して、避難者を先導してくれたと……!』
「──織斑一夏、だと」
思わぬ名前が聞こえて、アルベールは渋面を作った。
利用しようとした存在に助けられるとは。
だが頭を振って、微かな罪悪感を振り払う。今はそんなことを考えている場合ではない。
「敵の狙いは──『エクスカリバー』コントロールセンターだ。本社地下を死守しろ」
『了解です。社長も、早く避難を……!』
本社ビル高層部にて、アルベール・デュノアは未だ社長室の席にいた。
引き出しを開けて、緊急時用の通信端末を取り出す。これ一つで本社管制室のあらゆる権限にアクセスできる、いわば携帯可能な管制室だ。
「分かっている。護衛を一機、社長室まで送ってくれ」
『既に待機しています!』
「助かる」
ビルは絶え間なく揺れていた。
アルベールは社長室を歩き、ドアを開けた。そこにはデュノア社お抱えのテストパイロットが『コスモス』を身に纏って、ひざまずいていた。
その光景に、アルベールは眉根を寄せる。
「何故、それを君が使っている」
「は、はい。シャルル君の姿が見当たらず」
「……ふん、逃げたか」
さして興味はない様子で、彼はIS乗りに声をかける。
「では行くぞ」
「はい! 窓を突き破り外部へ脱出します。アリーナ南方に、緊急時の避難用車両を待機させていますので、そこまで──」
「違うぞ」
それから社長は迷いのない眼光で告げた。
「行き先は地下。『エクスカリバー』コントロールセンターだ」
「邪魔だ」
一閃で、全てが置き去りにされる。
「消えろ」
一閃で、何もかもが分かたれる。
「そこを」
だが彼女にとっての一閃は、常人にとっては、収束した刹那を分解しなければ見えない代物に過ぎず。
結果として見えているのは、茜色の嵐そのもの──!
「どけッ!!」
東雲令の道に立ち塞がるもの、一切合切が両断されていく。
無人機如き、片腹痛い。何も彼女の歩みを止められはしない。
「なんなんだ、これは……」
各国の実働部隊隊員らは、眼前の光景が到底現実だとは思えなかった。
ただ一瞬だった。廊下に押し合いへし合い、必死に防衛ラインを構築し、押し寄せる無人機たちを迎撃していた。
横から壁を突き破り、茜色の流星が突っ込んできて──何もかも粉砕した。
「嘘、でしょ」
「こんな、こんな……」
自分たちが今まで積み上げてきたものは、一体なんだったのだろうか。
毎日必死に訓練し、腕を磨き、着実に強くなって。
だけど、本当に強いということは──こういうことを指すのではないだろうか。
屈指の軍人らが、押し黙って、何も言わない。何も言えない。足下がぐらつくような衝撃だった。死にたくなるような無力感だった。
一瞬で戦場を虐殺場へと変貌させた少女は、両手に保持する太刀だったものを捨てて、無人機の残骸を足場にして熱い風に黒髪をなびかせる。
戦いを司る女神のような、美しい光景。深紅の鎧には傷一つなく、絶対の勝利をもたらす善なる神。
だけどその場にいた誰もが、東雲令に対して、たった一つの単語しか連想できなかった。
────死神。
(ここどこですかね……)
死神は迷子になっていた。
鉄屑しか残っていない戦場で、東雲は愕然とした。
なんとなくこっちに一夏がいそうと思って突き進んだのだが、もはやここがどこなのかも分からん。
というか一夏はどこにいるのか。さすがにこうも危険な状況となっては、何よりもまず合流したいところだが。
(えっと、さっきはアリーナにいたんだよね? ここは?)
本社である。
(まず建物が違ったァァァァ────!? なんだよクソゲーじゃねえかこれ!)
ゲーム音痴である東雲は、完全にマップを把握していなかった。
一夏相手に何度も通信を開こうとしているが、応答はない。恐らく戦闘中だ。
(というかおりむーも動いてるかもしれないじゃん! お姫様は動かないで! かっこよく当方が助けに行くまで動かないで! ……ん、いや待て。これそういうプレイだったりする?
戦場でシコんな。
(で、とにかくこの建物を出よう。ここは今のであらかた片付いたと思うし。
戦場の張り詰めた空気は、時に見えも聞こえもしないものを伝えることがある。
東雲令という少女は、方向感覚こそゴミそのものだったが、そういった戦場に対する感覚は鋭敏だった。
そこで。
東雲はふと顔を上げた。
本社ビル廊下、外に面したそれは一面ガラス張りで大空を見据えることができる。
東雲は外の一点を見つめた。
周囲に展開していた軍人らは、どうしたのかと首を傾げる。
瞬間、来た。
「一人、違うわね」
大空を投影していた電子迷彩が解除される。
バチバチと紫電を散らしながら、
黄金だった。
荘厳だった。
太陽だった。
金色のボディと、雄大に広がる一対の機械鞭。巨大な尾を下げて、彼女は悠然と浮遊している。
──亡国機業首領、スコール・ミューゼルとその専用IS『ゴールデン・ドーン』。
世界最強の再来と、国際犯罪組織のトップが、静かに視線を交錯させた。
(クッパってあんな感じだっけ……?)
……交錯させた!
火花が散る。
刃と刃が互いを食い千切らんと猛り狂う。
余波だけで壁に斬撃の痕が刻まれ、それに頓着することなく両者は腕を振るう。
「ハッ、また腕を上げやがったな──織斑一夏ッ!」
驚嘆すべき成長速度だと、オータムは改めて戦慄した。
刀身の軌道は鋭い。こちらの攻撃を弾くだけでなく、隙を見せたら食い破られる。
否、もう一夏の戦闘技術はそのレベルにはない。
(一定のリズムを刻むように攻撃してきてんな──冗談じゃねえ! このテンポの裏を突けばカウンターが飛んでくるんだろうな、思うつぼってワケだ!
一方で一夏もまた、仇敵の技量の高さに舌を巻いていた。
(やっぱり強い! 基礎のレベルが違いすぎる……! 今は俺がひたすら攻めてテンポを握れてるけど、一度向こうに主導権を取られたら間違いなく削り殺されるッ!)
成長を実感している。攻撃は自分のイメージにより近づき、理想へ確実に腕が伸びている。
が、それでは足りない。この場を切り抜けられない。
(とにかく、
剣戟を続行しながら両者は廊下を駆け抜け、突き当たりの壁を粉砕してそのまま移動し続ける。
デュノア社アリーナを戦場とし、ブロック単位の防衛戦が繰り広げられる中を、二人はイレギュラーのように秩序も妥当性もないルートで突っ切っていた。
「な──織斑一夏が戦闘している!?」
「おい誰か、彼の援護をッ!」
無人機の相手をしていた軍人らが慌てて声を上げる中。
蠢く無数の無人機たちが、その紅い眼光を一夏へ向けた。
「……ッ!? 狙われてるわ、織斑君!」
明確に、優先順位の上位に、彼が位置づけられている!
それに気づき声を上げたときには、既に一機のゴーレムが一夏へ背後から飛びかかっていて。
「邪魔だァッ!」
振り向きざま、腕を振るったのか脚を叩き込んだのかも分からず、ゴーレムの身体が吹き飛ばされた。
背後からの奇襲──ナメるな。こんな雑なものは奇襲とは呼べない。
イギリス代表候補生に常に背中を狙われている一夏にとっては、正面から来るオータムよりも背後の無人機の方が、相手取るのは
「何処見てやがる!」
だがそれは、相対していたオータム相手に致命的な隙を晒すことになる。
距離を詰めたオータムが刃こぼれし始めていた右のカタールを捨てて、素手で一夏の首を掴む。
「ぐっ──!?」
「──ちょっとツラ貸せよォォォッ!」
猛烈な加速。Gに意識がブラックアウトしそうになる。
オータムは一夏を盾とする姿勢で、アリーナの壁を突き破っていく。衝撃のたびにエネルギーが削れ、脳が揺れる。
(や、ばいッ)
最後には外壁を破り、ついに二機はもつれ合ったままアリーナを抜けた。
そのままオータムは本社ビルに狙いを定め、猛然と最高速へギアを上げるが──
「──いい、加減にしやがれぇっ!」
速度を自分の身体に伝達させ、一夏は勢いよく回転した。
至近距離で放たれたサマーソルトキックがしたたかにオータムの顎を打つ。呻き声と共に手が離れた。
だが、既に両者はトップスピードで空中を疾走している。もう減速は間に合わない。
そのままバラバラに別れ、一夏とオータムは本社ビル低層階へとガラスをぶち破って転がり込んだ。
「……ッ」
意識が飛んでいたのは数秒間。
倒れ伏していた一夏は、ガバリと上体を起こした。
周囲を確認。ISが一機、生身の人間が一人。慌てて剣を構えようとして、はっとした。
「……『コスモス』、だって?」
「織斑一夏……」
名を呼ばれた。
そこにいたのはデュノア社製第三世代IS『コスモス』を身に纏った女性。
そして。
「──アルベール・デュノア……ッ!? どうして避難していないんですか!?」
会場で配布されたパンフレットで、顔だけは見ていた。だから彼のような要人が、護衛を連れているとは言え生身で戦場のど真ん中に残っているという事実に、声が震えた。
「……戦闘中か」
「ッ……そうだ、オータム!」
周囲を見渡し、ISに索敵させるが、反応はない。
どうやら勢い余って本社ビルへ突入した際に、ばらばらになっていたようだ。
「ちょうど良い。君も私の護衛をしてくれ。地下へ向かい、『エクスカリバー』のコントロールセンターを防衛する」
「『エクスカリバー』……? いや……はい、分かりました。さすがに捨て置くことはできませんし」
オータムを追いかけたい気持ちはあったが、冷静さが歯止めをかけた。
これはあくまで防衛戦だ。人々の避難が済んだなら、敵が狙っている本丸の守りを固めるのは当然と言える。
一夏が頷くと、アルベールは先導するように歩き出した。
偶然にも両者が出会ったスペースは、地下へと続く機材搬入用エレベーターの入り口である。
パスを打ち込んでエレベーターのドアを開けると、ぽっかりと空いた穴が、地中深くへと続いていた。
地下へ続く通路を、『コスモス』のパイロットがアルベールを抱え、その隣に一夏は並び、ゆっくりと降りていく。
「それで、『エクスカリバー』って……」
「新型の兵器だ。連中は一度、強奪に失敗し……そして今回、指揮系統を奪った上で本社へ攻め込んできた。完全にあれを支配下に置くつもりなのだろう。絶対に許すわけにはいかん」
声には強い信念が宿っていた。絶対に渡さないという、覚悟。決意。
一瞬、感嘆しそうになった。だが即座にズレに気づく。
テロリストに屈するわけにはいかないという意味ではない。
もっと単純な、純化された感情が根底にはある。
(……執着、しているのか?)
やがてアルベールは、ここだと、地下数十メートルの箇所で指を指した。
巨大な扉が、固く閉ざされている。『コスモス』に抱えられたままアルベールはドアに近づくと、そっと手で触れた。
静脈が認証され、重い音が響く。
「……ッ」
ドアが開け放たれ、向こう側の光景が見えた。それは広大な──管制室だった。
無人であるのが逆に不気味さを持つほどの、三階にわけて設置されたオペレート席群。
百名ほどいてやっと運用できるであろう膨大なコンピュータ群。
「すげぇ……」
思わずバカみたいな言葉がこぼれた。
それからアルベールに続いて、一夏も管制室に踏み込む。
広大な空間の中で、アルベールは自分の脚で立つと、迷うことなくまっすぐ歩いて行く。
「まずは『エクスカリバー』への再アクセスを試みる。もしだめだったら……コントロールセンターを自壊させ、軌道上の本体を回収するしかない」
「……破壊するというのは、しないんですか」
一夏の問いに、アルベールはギリと拳を握って黙った。
「君には知る権限がない」
「……ッ、だったら誰に知る権限があるんですか」
「知るべき者だ」
「シャルルには、教えてるんですかッ。あいつ、必死にやってるんですよ、学園で! なのにあんな目をさせて……!」
「私の知ったところではない」
思わず一夏は激昂しかけ、すんでのところで怒りを飲み込んだ。今はそんなことを言い合っている場合ではないのだ。
だからアルベールがオペレーター用の席に座り端末を触り始めてから、『コスモス』のパイロットと視線を重ね、小さく頷く。
「学生だというのに、付き合わせてしまって申し訳ありません」
「気にしないでください……それより、入り口は一つだけですよね」
「ええ。ですからそこを見張るのが──」
直後だった。
ぐらりと、管制室が揺れる。
「……ッ!?」
何事かと周囲を見渡す。
答えは、上から降ってきた。
天井にひびが入り、一拍遅れてそこが轟音とともに粉砕されたのだ。
「な──」
落下してきたのは二機のISだった。
片や、灰と煤にまみれた、恐らく平時は目を焼くほどに眩い金色であっただろうIS。
片や、装甲が一部融解し、しかし芯の通った茜色に揺るぎはない見慣れたIS。
東雲令(メインヒロイン)が、スコール・ミューゼル(準ラスボス)の首を締め上げながら落ちてきた。
一夏たちは誰も反応できなかった。ていうか金色のIS、これ誰なんだろうという気持ちだった。
「……終わりか?」
オペレーター用のデスクに両足で着地し、刀身の砕け散った太刀を片手に握り、謎のISを片腕で吊して。
こてんとかわいらしく首を傾げ、東雲はスコールに問うた。
「……こん、な、ことが」
「十本使わせたのは驚愕に値する。が、
「……この、ばけもの」
「いい認識だ」
それきり興味を失ったように、東雲は黄金のISごと、スコールを乱雑に放り捨てた。
管制室の片隅に転がされ、デュノア社襲撃の首謀者ががくりと首を落とし、意識を失う。
「東雲さんッ!」
思わぬ遭遇に、一夏は弾んだ声を上げる。『コスモス』のパイロットは東雲へ駆け寄る彼を見て、なんか飼い主を見つけた大型犬みたいだなと思った。まあ、あんまり間違ってはいない。
一夏に名を呼ばれ、東雲は表情を崩さないまま口を開いた。
「
「なんて?」
「失礼。間違えた」
東雲は例の無敵BGMを脳内に流しアドレナリンドバドバ状態だった。自分のことを配管工だと勘違いしていた。キノコか何かやっておられる?
とにかく隠しステージに到達し、ついにお姫様を発見したのだ。東雲は無上の達成感と共に、駆け寄ってくる一夏に対して両腕を広げる。
「……ッ!? 敵か!?」
胸に一夏が飛び組んでくる想定で広げられた両腕は、東雲令の極まった戦闘技術により、当たり前のようにあらゆる攻撃に対処できる構えとして成立していた。
不幸なことにそれを見抜けるぐらいには成長していた一夏は、急ブレーキをかけて周囲を見渡す。
「えっ……ちが……」
「──何か察知したんだろ!? すみません索敵を!」
「反応……複数! 後方!」
事態が急激に東雲を裏切った。
思いっきりハグをするはずだった想い人が反転して、剣を構えて猛然と去って行く。
「…………
お前それハマってんの?
しれっと総大将を東雲が討ち取っていたのだが、事態はそれすら置き去りにして進んでいく。
「……ッ!?」
東雲が察知した(してない)気配を、一夏と『コスモス』のパイロットは臨時のツーマンセルで制圧しに行き。
二人は絶句していた。
入口から、さっき通過した空間を見上げた。
黒い雪崩だった。
エレベーターの通路をたどり、本社地下へとなだれ込もうとする──無人機の群れ。
「なんだ、この数……!?」
「駄目です、フランス軍の防衛網が破られている……!」
悲鳴を上げそうになる、絶対的な数の暴力。
だが応戦するしかない。
「社長! 状況は……!」
返答はない。アルベールはモニターにしがみつきうなっている。
様子だけで分かる。アクセスが弾かれているのだ。
「馬鹿な……破壊したファイアウォールを、再構成したのか……!? 内部プログラムもほとんど書き換えられている……!
苦しげな声だった。
アルベールはデスクに拳を叩きつけ、血を吐くようにしてうめく。
「何故だ、何故だ! 何故こうも……こうも……! いつも! いつも! 何故
うわごとのように、彼は全身を震わせて呟き、ついにはうなだれた。
一夏と『コスモス』のパイロットは思わず顔を見合わせた。錯乱したわけではない──だが何か、感情の暴発があった。
(やっぱり『エクスカリバー』ってのは、ただの兵器じゃなさそうだな……けど、今は考えてる場合じゃない!)
一夏は瞳に決死の覚悟を浮かべた。それは、もう一人の戦士も同様だった。
「俺が、前衛に行きます」
「私が後衛を」
ここを死守しなければならない。せめて、指揮系統を破棄するまでは時間を稼ぐ。
そう決意して、一夏は『雪片弐型』を強く握り込み。
「……それで、其方は何方?」
いつの間にか入り口まで来ていた東雲は、何故か少し不機嫌そうに『コスモス』のパイロットに問うた。
ずいと割り込むようにして、一夏と彼女の間に無理矢理身体を入れてくる。
「え、あっ──デュノア社専属のテストパイロット、ショコラデ・ショコラータと申します」
「ショコラデ・ショコラータ……なるほど」
「そうだ、東雲さんも戦ってくれないか!?」
今もこちらへ殺到し続けている無人機を指して、一夏は叫ぶ。
しかし東雲は首を横に振った。
「
あっけらかんとした口調だった。
「結果として当方の勝利だったが、十手必要だった。故に太刀がもうない……一手誤れば当方が狩られていたやもしれん」
「……ッ!」
一夏とショコラデの表情が絶望に染まる。
それを見て、しかし東雲は首を傾げた。
「何を心配している」
「だって、もうあいつら来るぞ! 東雲さんは社長の近くで、俺たちが撃ち漏らした敵を!」
「
え? と聞き返した。
瞬間。
巨大エレベーターの坑道を進む無人機の大群──が、
鉄が砕ける音。鉄がひしゃげる音。鼓膜を突き破るような嫌な音が連鎖し、響き、世界が軋む。それは純粋な破壊力で構成されたタイフーンだった。
数十秒にわたる壮絶な掃射。
それが終わる頃には、無人機は一機残らず蜂の巣となり、地下へ落下していった。
「……今の、は」
「逃げるはずがない。単純に、最大の武器を取りに行っていたのだ」
『──そういうことだね。僕が逃げたと思われたのなら、心外だなあ』
声が聞こえた。
坑道の壁から、みしりと嫌な音が響いた。
そう、それは本社地下を防衛するために、最初からそこに潜伏していた存在!
擬態用のシールドを引き剥がし、露わになるはオレンジカラーの、鋼鉄の鎧!
拡大するまでもない。輝く金髪。アメジストの瞳。
搭乗するは『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』、並びに追加パッケージ『クアッド・ファランクスⅣ』!
「シャルル……」
『えへ。こういう時はなんていうんだっけ、そう──』
ヒーローのようにして、彼は両腕の連装ガトリングガンを振りかざし。
『──待たせたね!』
その声がトリガーだった。
【
ずっとデュノア社本社を狙っていた──否。否!
ずっと
愛しいその瞳。愛しいその声。全てをセンサーが余すところなくキャッチする。
軌道上に浮かぶ巨大な機械の身体が、歓喜に蠢動した。
【
愛という名の熱量を高めて。
抱擁という名の光線に収束させ。
【
光の剣が、降り注ぐ。
抱擁(大気圏外から降り注ぐ超高熱収束レーザー光線)
第四章テーマ『クッソ傍迷惑な家族再構成物語』
追加
しののめんがラスボスと激闘を繰り広げながら落下してくる箇所をちょっと改訂しました
次回
38.疾風のその次へ