『自衛機能停止。迎撃は終了です』
オペレーターの報告を聞いて、壮年の男性はどかっと椅子に座り込んだ。
アルベール・デュノア──デュノア社を一代で築き上げた傑物である。
「よくやった……
『機能不全箇所ゼロ。現在はエネルギー充填モードです』
「そのまま見ておいてくれ」
通信を切り、アルベールは嘆息する。
一体何者の襲撃なのかは知らないが、想定が甘かったようで助かった。
恐らくは単なる攻撃衛星だと思っての強奪計画だったのだろう。
(違うぞ。間違っているぞ……『エクスカリバー』を奪われるなど、絶対にあってはならん。
拳を握り、血走った目で、彼は立ち上げているウィンドウを見た。
衛星軌道上に設置された大型特殊兵器。アメリカ・イギリス合同の開発に割って入り、あらゆる手を使ってイニシアティブを握り、デュノア社による独自開発をスタートさせた。そうしなければならなかった。そうしなければ。何を犠牲にしてでも、アルベールにはこれが必要だった。
そう、例えば、実の子供を犠牲にしてでも。
「……お父様」
「……何の要件だ」
背後に佇んでいたのは、彼の息子、シャルル・デュノアだった。
「本当に、
「当然だ。万能性は確保している。うまくやれ」
「気づく人は気づきますよ」
「だからどうした。私はやらねばならんのだ」
シャルルは、アルベールが第三世代ISよりも『エクスカリバー』の開発に血道を上げているのを知っていた。だがその理由までは知らなかった。
尋常ではない、何かに取り憑かれた様子で。
子供よりもその衛星兵器を愛しているのではないか、という勢いで、アルベールは開発に注力している。
(……まあ、僕には関係ないか)
母親ごと存在を抹消された自分には、縁のない話だ。
こうしてISのパーツとして戦い、役割を果たす。それで、生きていける。
それなのに。
『今俺に必要なのは──俺が求めているヒーローはお前なんだ!』
どうして今になって、光を見つけてしまったのだろうか。
(……一夏の、バカ)
言葉は口の中に転がされ、静かに溶けていった。
「失敗ィ?」
オータムは素っ頓狂な声を上げて、発泡酒の缶をテーブルに叩きつけた。
「どういうことだよスコール。今回の作戦には『モノクローム・アバター』のメンバーが編成されていたはずだぜ。あいつらは無事なのか」
『無事よ。命からがら、といったところね』
天災兎印のラボの一室。
束が悪い笑顔でウィンドウをたぷたぷ操作しているのをちらりと横目に窺ってから、オータムは声を潜めた。
「デュノア社が開発中の攻撃衛星──『エクスカリバー』だったか。自衛用の装備が想定以上だったのか?」
『その通り。襲撃に向かったIS2騎、簡単にあしらわれたわ』
フランスを代表する軍事関連複合企業デュノア社。
第三世代型IS開発に難航しつつも、新たな分野を開拓するため、イギリスとアメリカが合同で開発し、
スコールの言葉にオータムは押し黙り、一度言葉を選ぶような間を取った。
「つまりあれか。攻撃衛星っつーのは……対ISを想定した、あるいはISに準ずるような兵器だと?」
『そういうことになるわ』
にわかには信じがたい内容だ。
だが、現実としてオータムの同僚は撃退されている。『モノクローム・アバター』は人間としては全員問題があるものの、屈指の腕っこきがそろった精鋭部隊だ。
それをはねのけるとなれば、直接の武力行使は再考するしかない。
亡国機業としては切れるカードを増やすために、開発中の間になんとしても欲しい施設だ。
「……どうするつもりだ」
『
合理的な選択だった──前提を、吟味しなければ。
「おまッ……お前、お前マジで言ってるのか!?
『そうね。それが?』
「各国のエリートが集結してやがる! 代表候補生は単独なら相手にならねーだろうが、数の差がでかすぎる!」
欧州連合の『イグニッション・プラン』は、次世代開発という目的から主軸に各国代表ではなく各国代表候補生を置いている。
その分IS乗りとしての習熟度こそ低いものの、成長過程にある傑物には違いない。
オータムとて、前回代表候補生らをあしらえたのは束によるバックアップがあったからに過ぎない。
数的不利はよほどの腕がなければ覆せない。オータムは腕に自信こそあったが、選定会のど真ん中に乗り込めと言われたら死刑宣告と捉えるだろう。
つまり──
「……ッ! まさかお前!」
『ええ。今回の通信はそういうことよ──『モノクローム・アバター』全員を投入して、選定会を制圧するわ』
絶句した。
スコールの声は本気だ。
「そいつは、
有人IS同士の戦闘は、開発以来、競技のみで行われてきた。
国境線付近を哨戒中、偶然IS同士がかち合い、威嚇し合うことはあるものの──実際に武力行使許可が出たことはない。
故に実は、学園を無人機が襲撃し、一夏らが死に物狂いで応戦した際の実戦データ。これはあらゆる国家が喉から手が出るほどに欲しい、超重要機密情報なのだ。
『あら、私たちはテロリストよ。戦争はリスクにはならないわ』
「違う! 分かってるはずだ、私らと世界の戦争になる! まだそこまでの下地はねえ!」
信頼する頭領が相手でも、オータムは真っ向からくってかかった。
この性分が疎まれることもあり、逆に人を惹きつけることもあった。
かつてのオータムは、彼女のそのまっすぐなあり方を好む人々に愛され、オータムも周囲の人々を──
過去は砕け散った。戦う技術しか残らなかった。世界は彼女を置き去りにした。故にこうして、国際的な犯罪組織の一員に身をやつしている。
それでも論理的な思考回路は一級品だ。
「私は賛成できねえ……! リスクがでかすぎる……!」
『いいえ。これは命令なの。準備をしておいて』
通信は一方的に切られた。
ソファーに背中を沈め、オータムは沈黙する。
(欧州連合……全員で、か。ついに始めるつもりか、亡国機業の『カタストロフ・プラン』を。しかし──)
思考は途切れ、今も何やら作業に没頭している束に視線を向けた。
(私は元々『カタストロフ・プラン』なんてどうでも良かった。今ある世界に復讐できれば良かった。なのに、なのに……畜生、バカかよ……)
「束さんと組んだの、後悔してるー?」
一瞥することもなしに、天災は口を開いた。
しばらく沈黙して、オータムは発泡酒の缶に手を伸ばす。
「半々だな。あんたの目的は、こっちとはまるで逆だ。今ここにある世界を救うために動くあんたとは、いつか袂を分かつって分かってた。それでも一時的には、あんたの力が必要だった……」
「へえ、それで何? 束さんに惚れ込んで、組織の命令と板挟みになっちゃったの? ばっかみたい」
「そうじゃねえんだ。改めて、気づかされた。この世界にはまだまだ輝きがあるってな。だから……だから……」
どうしろというのだ。
もうこの暗い道を進んでいくと決めたのに。
(──畜生。織斑一夏、お前のせいだぞ)
どうしても想起される。
教え甲斐のある、将来有望な若者たち。
オータムにとってはまぶしさよりも後ろめたさが先行する、忌むべき過去だった。
「まあ、勝手にしなよ。そっちが何やっても、束さんのプランには全然関係ないしー」
「……はぁ。そりゃそうか。しばらく私はここ戻ってこねえぜ」
オータムを見ることもなく、束はせいせいするー! と両手を挙げた。
「いや、だからメシとかは自分でなんとかしろって話なんだが……」
「ちょっと待って!? そこは作り置きをたくさん残してくれるんじゃないの!?」
「博士料理しようと思ったらできんだろ! たまには自炊しやがれ!」
叫びながらも、オータムは立ち上がって冷蔵庫をかぱりと開いた。
一週間ほどは戻ってこないだろうか。今あるもの全てを調理してタッパーに小分けしておけば問題ないはず。傭兵として以外の、
「ったく、しょうがねえなあ」
生来の真っ直ぐな心根は、そのまま面倒見の良さにも直結している。
大体一週間分は仕上がるな、と計算が弾き出した。ならば後は手早く調理すればいい。
「……にしても、さ」
レシピを組み上げていくオータムの背中を見て、束は顎に指を当てて考え込んだ。
先ほどの通話、声を潜めても意味がない。生来のスペックが、会話を余すところなく聞き取っている。
「対IS想定、あるいはISに準する兵器、か──」
呟きは誰にも聞き取られず。
今まで扱っていたウィンドウを消して、束は無表情のまま新たにモニターを立ち上げた。
表示されるのは、建造中の人工衛星──『エクスカリバー』だった。
「あは。そっかそっかそういうことか」
「あん? どーしたんだよ博士」
「『エクスカリバー』、ちょっと束さんがもらうね」
「へーへー………………はぁッ!?」
フランス、シャルル・ド・ゴール国際空港。
普段は観光客でごった返すそこは、今日ばかりは、『イグニッション・プラン』選考会に合わせやって来た軍事関係者やIS乗りで埋め尽くされている。
だから誰もが、そこに降り立った少女を見て、大きくざわめいた。
『ねえ、あれ……』
『レイ・シノノメだな。空気が違うわ』
『寄らば斬る、ってか。侍そのものだぜ』
白いブラウスにカーディガンを羽織り、サングラスをかけた美少女──東雲令が、キャリーバッグを片手に、フランスの大地に足をつけた。
どちらかといえば休暇中のセレブに近いファッションであるものの、戦場に身を置く猛者の空気感は打ち消せない。というか混ざり合ってカオス状態と化している。
『隣は──そんな! こんなことってある!?』
『ニュースで見たより男前になってるわね……顔つきが違う』
『なるほど、デキるようだな。世界最強の弟は伊達ではないか』
そんな東雲の隣で、ひっきりなしに周囲をキョロキョロ見渡す日本人の青年。
右手につけた待機形態のIS──そう、ISを装備した青年という、唯一無二の存在!
『イチカ・オリムラが来るとはな……各企業の気合いが一層入るだろう』
『ええ。間違いなく予想外にして想定外の、好機よ』
ラフな私服でいいと言われ、レパートリーのない一夏は、今度は襟付きのシンプルなシャツとジャケットを合わせていた。
場慣れしていない感じこそあるが、その佇まいには芯があった。鍛錬を積み重ねた強者が持つ、大地から天へと立ち上るような、まっすぐな芯──ISを起動して数ヶ月のルーキーがそれを獲得しているとは、と各関係者らは揃って感嘆の息を漏らす。
否が応でも注目を集める組み合わせだ。
そうして視線を集めていることに、気づかないまま、この師弟は。
「まずはルーブル美術館だな」
「東雲さん違うから。デュノア社直行だから、これ」
「……ッ!?」
「なんで驚いてんのッ!? 信じて視察に送り出した代表候補生が観光にドハマリしてたら政府ビビるぞ!?」
まったくもって緊張感のない会話をしていた。
「えーと、今日が土曜で、昼から夕方にかけて
キャリーバッグを転がしながら、一夏は首を傾げた。
「そうでもない。欧州連合として重視しているのは、単騎の戦闘力よりも
「……なるほどな」
こういった机上の争いに関して、意外にも東雲は強かった。
日本代表の座を巡るゼロサムゲームに長く身を置いているからか。彼女の戦闘論理は、きっちりと頭脳戦にも生かされている。実は頭は良いのである。
「ひとまずタクシーでデュノア社へ向かう。おりむー、こっち」
「ああ、分かった。こっちだってさ」
「分かっているさ。鈴、早くしろ」
「ちょっと待ってよ箒、今行くって」
声が増えた。
東雲は無表情のまま、ほんの僅かに頬を膨らませた。ほんの僅かすぎて、一夏以外には分からないほどだ。
「……東雲さん? なんか不機嫌になってないか?」
「別に。なっていない。当方は気分上々である」
「それは絶対嘘だろ」
一夏は首を傾げてから、後ろを見た。
私服姿の少女が二人、こちらを追いかけてくる。顔なじみにして幼馴染、箒と鈴だ。
「にしても、お前らまで来るなんてびっくりしたぜ」
「せっかくの休日に、学園に居残りというのも寂しいからな」
「あたしは代表候補生だから普通にお願いして来れたわよ。箒は学園の特別推薦だっけ?」
「ああ。千冬さんが色々と助力してくれてな」
なんか想定と違う。東雲は倍に膨れ上がった人数をカウントして完全に怒り狂っていた。
ハネムーンとは何だったのか。
(箒ちゃんと鈴が来るのは想定外だった……! このままでは当方の初夜が大変なことになってしまう。二人には実況と解説でもやってもらえば良いのか?)
お前、初夜それでいいのか……?
デュノア社本社ビルは、真横に超大型のアリーナを用意した、開発・試験・訓練すべてを自社でまかなえる複合企業だった。
「ようこそ、おもてなしする時間はあんまりないけど……まあ、好きに楽しんで欲しいかな」
到着時間をあらかじめ伝えておいたおかげか、入社ゲートにそれぞれ推薦状を見せて通してもらうと、ISスーツ姿のシャルル、セシリア、ラウラが待っていた。
「一夏さんと箒さんは、フランスは初めてでしょう? 明日の自由時間はゆっくり観光してくださいな」
「我々はコンペのフィードバック等があって動けないが、是非思い出話を聞かせてくれ」
これから争うというのに、三人はリラックスした様子だった。
すれ違う人々も、イギリスとフランスとドイツの代表候補生が肩を並べて談笑している様子に目を見開いている。
いや──よく観察すれば、違う。
セシリアとラウラ。その瞳には十二分の戦意が滾っていた。
「準備万端、って感じだな」
「そーね。こりゃ俄然楽しみになってきたわ」
一夏の呟きに、鈴がにやりと笑って頷く。
それにしても人通りが多く、社内はせわしない。
「こうも人が多いとはぐれそうだな……」
「席自体は番号で指定されている。当方は政府関係者との打ち合わせがあるため、一時皆と別れねばならない」
キャリーバッグを受付に預けると、東雲はそう言った。
「あたしもそうね。一夏と箒で、先に席行っといてよ」
「分かった。じゃあ後で」
東雲と鈴が連れ立って歩いて行くのを見送り、一夏と箒は顔を見合わせた。
「では行くとするか」
「ああ。皆、頑張れよ」
一夏のエールに、三人はそれぞれ頷く。
だが──気づいてしまう。シャルルの表情は、やはり薄っぺらな笑顔で。
どうしてもそれに、一夏は嫌な感覚がしていて。
そうだ。
それは。
まるで過去の自分だった。
自分自身にまったくの価値を見いだしていない──過去の、織斑一夏の表情だった。
「……ッ、なあシャルル、お前」
立ち去ることができず、思わず口火を切った瞬間。
「ねえあれ、噂の御曹司じゃない?」
小さな声なのに、いやにはっきりと聞こえた。
ごった返す人波の中、受付傍で何か話し合っていた女性たち。服装からして軍人だろう。
明確にこちらを見ていた。いや、正確にはシャルル・デュノアを見て。
「ああ、あの」
「そうそう、噂の」
聞いてはいけないと思った。だけど遅かった。
「────妾の子」
一夏たちはぎょっとした。
明らかに、自分たちの知らない、シャルルが伏せていたであろう単語が、聞こえてきた。
「……ッ。ごめん……僕、行くから」
「あ、シャルル──」
まるで逃げ出すようにして、きびすを返してシャルルが走り去っていく。
誰も、声をかけられなかった。
「…………」
ただ重苦しい沈黙だけが残った。
箒、そしてセシリアとラウラも、発する言葉が見当たらない様子で。
「──シャルル」
伸ばした、空を切った手を見つめて、一夏は小さく呟いた。
観客席に腰掛け、アリーナを見る。
既にウォーミングアップは始まっていた。
「……シャルルは、大丈夫だろうか」
隣の箒の呟きに、一夏は黙って首を振った。
「俺たちには、分からない……あいつ、何も言わなかった。言いたくなかったんだ。それなのに……」
「聞くべきじゃ、なかったな」
今までの日常が想起された。シャルルは一歩退いて、皆のことを優先していた。それは間違いなく彼の美点だと思っていた。
だが。
前提条件を加味して、一夏が分かってしまう自分への絶望を考慮するなら。
(優しいやつだと思っていた。見習いたいと思っていた……だけど俺は、とんでもない思い違いをしていたんじゃないのか……?)
ずっと隣にいたのに気づけなかった。
その事実は、一夏にとって痛烈だった。
「……何か、気に病んでいるようですね」
「……ッ! 巻紙さん」
声をかけられ、二人は同時に顔を上げた。
佇んでいたのは倉持技研と正式に提携したIS装備開発企業『みつるぎ』渉外担当、巻紙礼子。
要所要所で一夏にアドバイスをくれている、スーツをしっかり着こなした黒髪の女性だ。
「今日は仕事ですか?」
「ええ。視察に参りました。それにしても、お久しぶりですね……
「ああ……あの時はありがとうございました。快調ですよ、
えっ何かあったの? と箒は愕然とした。
幼馴染が唐変木のバトルバカなのは理解しているつもりだったが──なんというかこう、そういえばフラグ建築能力も高かったんだな、という事実を再認識させられる。知らないところで大人の美人と何かしていたって語感だけでは最悪そのものだ。
「今日は風が強いですね。実弾を使う場合には影響が出るでしょう」
「ああ、確かにそうですね……くちゅんっ」
箒は同意してから、冷たい風に思わずくしゃみをした。
一夏は苦笑して、持ってきていた紙袋からジャージの上着を取り出す。
「お前が薄着だったからな、心配で持ってきてたんだよ。寝間着だけど、今は洗い立てだ」
「む……あ、ありがとう」
心遣いは嬉しいのだが、洗い立てなのがちょっと不満だな──と考えて、箒は自分の思考に愕然とした。
なんかすごい変態っぽくなかったか今の。
「ち、ちが……ッ! 私は変態じゃない……!」
「え、どうしたのお前」
顔を真っ赤にして呻く箒は、やけにおっかなびっくりとジャージを着込む。
その時──ポケットから、ハンカチが一つこぼれ落ちた。
拾い上げて、箒はハンカチを広げた。金の糸で、名前が縫い込まれている。
「む? なんだこれは……"Charlotte"……
「なんで急にキレてんのッ!?」
「一体全体誰だシャルロットとは! フランスの女子といつの間に仲良くなっていたんだお前!」
身に覚えがなくて、一夏はがくがくと肩を揺さぶられながら目を回す。
記憶を必死にたぐれば──思い出した。金髪に貴公子との、初エンカウント。
「……ああそうだ! それシャルルの落とし物なんだよ! 多分お母さんとか妹とかだって!」
「む、そうだったのか。すまない、勘違いで」
ハンカチを丁寧にたたんで、箒は一夏に差し出す。
後で渡してやれば良いだろう、と考えて、ぎくりとした。
「……もし、お母さんだったら……」
「……ッ」
事情が変わってくる。このハンカチは、シャルルにとって、想像以上に大切なものではないだろうか。
そう気づいて、一夏と箒は黙り込んだ。
「……おや。あれが噂の、
重苦しくなった空気を察知し、巻紙はあえて明るい声を出した。
気遣いに感謝しながら、一夏はアリーナを舞う機影を注視した。パイロットは外でもない、シャルル・デュノアだ。
「『ラファール・リヴァイヴ』の後継機──第三世代IS『コスモス』」
名を口にすると同時、デモンストレーションも兼ねた戦闘機動が開始される。
スラスターを噴かし、えぐるような鋭角なターン。鋭い、と一夏は驚愕した。何度かシャルルの戦闘機動は見ているが、それよりも
「疾いな……それだけじゃない。装甲が増えている」
「ああ。いや、待て……」
実戦的な機動に会場が驚嘆する中で。
けれど。
ちり、と、一夏の首を違和感が走った。
「…………違う」
「え?」
「……違いますね」
一夏の小さな呟きに、箒は眉根を寄せたが、巻紙は大きく頷いた。
「どういうことですか、巻紙さん」
「
「……ッ!?」
目を見開き、箒は改めて『コスモス』の様子を観察した。
機動は鋭い。武装を実弾メインに据えつつも、新型のレーザーライフルも取り扱っている。
装甲が厚いのをものともせず、シャルルは増設されたスラスターを巧緻極まりない精度で操り、見事な演舞を見せていた。
そう──シャルルの機動は、美しかった。
「……ッ!? 量産型の、想定なら……
箒の気づきに、一夏と巻紙は頷いた。
屈指の傑物であるシャルル・デュノアで、
一般パイロットであれば、むしろラファールより遅いだろう。
「防衛だ。拠点防衛用のISだ、あれは」
理論的な推測を元に、一夏は感覚的に、段階をスキップして結論づけた。
根拠は少ないが──IS乗りとして、あのISが最も効果的な立ち回りをできる場面は導ける。
「た、確かに『イグニッション・プラン』は統合防衛計画だ。しかしだぞ! 欧州全域に配備するならば、機動力は重要視されるはずだ!」
「引っかかりますね……この設計思想になんの意味があるのか……いや……」
巻紙は顎に指を当てて、しばし考え込んだ。
(いや待て。拠点防衛だっつー推測は、私も出た。しかしだぜ。拠点じゃねえとしたら? そう、例えば──)
眼光が鋭くなる。隣にいる箒と一夏は僅かに鳥肌が立つのを感じた。
そこにいるのは巻紙礼子というよりも、歴戦の戦士のようだった。
(────
その時、だった。
アリーナ全域に鳴り響くアラート。
「……ッ!?」
一同思わず立ち上がった。
避難警報だ。
「なに、が!?」
だが、最も驚愕していたのは巻紙だ。
(な──まだ作戦は開始してねえぞ! 違う……!?
アリーナを緊急ランプの紅い光が照らす。
ぞくりと、一夏の背筋を悪寒が走った。
理論的じゃない。感覚的なものが、そうさせた。
一夏は無言で──空を見上げた。
「はい、ハッキングかんりょー、アーンド、リリースっ!」
ラボの一室で、束は満面の笑みでタイピングをしていた。
「『エクスカリバー』の掌握、
束が見守る中で、あらゆる制限を取り払われた
自らの意志での行動を許され、まず真っ先にしたこと。
見届けて、束の口元が歪んだ。
「────あは」
目標設定。
プログラム起動。
対象──デュノア社本社。
シャル関連の処理はほぼ独自設定なのでマジで勘弁してください
次回
36.空が落ちてくる