『祝福を』
『そして感謝を』
『共に空を飛べること、共に戦えること』
『その全てが愛おしくて、私は貴方と一緒に居られることに、無上の喜びを感じてる』
『いつか伝えるから、その時まで待っていてほしい』
『……
『今の私は、貴方のために在る』
『だからどうか』
『これから先』
『何かあっても、希望を失わないで』
『貴方が意志の焔を燃やし続ける限り』
『私は鎧として、翼として、剣として』
『貴方の傍に――』
「はいお疲れ様でしたー」
「おっつー」
気のない声を上げて、セシリアが食堂のコップを掲げる。
乗っかったのは鈴だけであり、ほかの面々は無言のまま腕を少し上げて、そこで力尽きた。
「……つかれ、た」
「あはは……全員、反省文二百枚だもんね。いや本当に疲れた。僕も腕が上がらないや」
箒は遺言であるかのようにそれだけを言って、机に突っ伏した。
彼女の隣に座るシャルルもまた、疲労の色濃い顔をしている。
時刻は22時。
アリーナでの突発戦闘を終え、保健室で異常がないかの確認を済ませ、そのまま代表候補生たちは取調室にカンヅメとなっていた。
当然である。練習試合から発展した殺し合いに代表候補生たちが参加し、機体を激しく損傷させながら、殺し合いにも等しい激戦を繰り広げたのだ。
教師陣の介入を待たず。
教師陣の介入を待たず!
「結果オーライで全部済ませなさいよほんと!」
「それでは道理が通りませんからね」
鈴はよほど反省文が腹に据えかねたのか、八重歯をむき出しにして虚空を威嚇していた。
全員が二百枚にわたる反省文――というよりは事情聴取の面も強いのだが――をきっちり仕上げるハメになり、情報も何もなく心意気で突っ込んだ箒は特に泣きを見ていた。
例外は疲労の激しかった一夏と憔悴しきっていたラウラ。二人はまだ救護室に寝かされているだろう。
さらに言えば、どちらもISにより未知の現象に巻き込まれた。機体の上書きとも言える変身に、機体のあり得ざる拡張。精密検査を要するのは当然だった。
「あーもうおなかぺこぺこよ。なんかないの?」
「自販機で栄養食が買えるぞ。フルーツ味がおすすめだ」
「箒、多分これもっとちゃんとした食事がしたいって意味なんだと思うんだけど……」
「材料さえあれば、わたくしが作って差し上げますが」
「あっそれは嫌。なんかあたしの感覚がささやいてる。食ったら死ぬ」
「貴女の感覚どうなってますの!?」
至って正常に作動している証拠であった。
ちなみ食堂はスペース自体は開放されているが、当然調理器具に火はついていない。
ここにいるのは惰性がほとんどである。
「む、やはりここに居たか」
と、その時食堂に、制服姿の少女が一人歩いてきた。
黒髪を下げ、鋭い紅目の、ただそこにいるだけで空気を自分色に染め上げてしまうような美少女。
東雲令である。
「あら、東雲さん。どうかされたのですか?」
「全員空腹だというのが当方の予測である。故に、我が叡智を働かせ、持ってきた」
あっ、ふーん。
四人全員、次の展開を理解した。
東雲が指を鳴らすと同時、どこからともなく現れた調理服の職人たちが寿司桶をテーブルに並べていく。
「特上である」
「令ってメチャクチャ馬鹿よね」
思わず直球で鈴はディスった。
ただ、まあ、実際その通りだろう。なんで疲労困憊の時に寿司食わせようとしてんだこの女。
ナチュラルに席に座りながら、東雲は寿司桶から軍艦のネギトロを食べた。
「ねえ、これってさ」
「多分東雲が食べたかったのだろうな……」
シャルルと箒がひそひそ声で会話しているが、口の中でふうわりとほどけるネギトロのうまみの前には些細なことである。
その言葉を耳ざとく聞きつけて、鈴は寿司を豪快に食い荒らしながら、箒に問いかけた。
「ねえ、あたし以外は令のこと東雲って呼んでんの? なんで?」
「あー……私はその、東雲の方がこちらをフルネームで呼ぶからな。あまりなれなれしい呼び名は嫌いなのかと……」
「当方は構わない。フルネームの方が正確に識別できるというだけである」
東雲は口の端にシャリを一粒つけながらそう告げた。
元より関係性と呼び方が連動しているという発想が東雲にはない。根本的に、そういった環境に置かれる前に、成熟しきっていたのだ。
「ふむ、そうか……ならば私も、令と呼ばせてもらおうか。よし。動くな令、ご飯粒がついている」
「……もしかして、フルネームで呼ぶ以外の方が、親しい相手には適切なのか?」
間違いなく親友である箒(ご飯粒も取ってくれる)が嬉しそうに下の名前で呼ぶのに切り替えたのを聞いて、東雲は眉根を寄せる。
彼女のどこか超然とした、あるいは浮世離れした性質を知る面々は、笑みを浮かべながら頷いた。
「うん。じゃあ僕も令って呼ぶね」
「了承。当方からは、シャルルちゃんでいいか?」
「本当にやめて」
嫌がらせとかではなく純粋に告げられたあだ名に、一瞬でシャルルの瞳から光が消える。
色々と都合が悪い。何よりも心臓に悪い呼び方だ。
「シャルルでいいよ。というかシャルルにして。本当にお願い」
「断る理由はない」
「じゃあセシリアは?」
いたずらっぽい表情を浮かべながら、鈴は東雲に問うた。
張本人であるセシリアは東雲の顔を注視しながらも、やはり寿司を食べ慣れていないのか、口の中に残った米粒や醤油を一度洗い流すため、コップから水を口に含む。
「セッシーでいいだろうか」
「ブフォ」
高貴な淑女の口から間欠泉のように水が噴き出され、鈴の顔面にかかった。
因果応報である。
「あ、あんたねえ……」
「今のは仕方ないでしょう!?」
ぴくぴくと額に青筋を浮かべる鈴に対して、セシリアがくってかかる。
その様子を見て、東雲は無表情のまま左右に瞳を揺らした。ある程度付き合いの深い箒には分かる、これはおろおろしているのだ。
「……何か当方は、ミスをしたのだろうか。もしそうなら、それは当方の不手際である」
「あーいや、令があだ名で呼ぶなんて、意外だったからな」
「しかし、
その言葉に、少し箒は息を詰まらせる。
みんなそうしているから、そうする。それはある種の擬態に近い。
誰かを呼ぶという行為を自然な擬態でこなすというのは、それは――
――誰かと名で呼び合うことすら、過去には、なかったのだろうか。
「ね、ね、じゃああたしもあだ名で呼んでよ!」
箒の思考を断つようにして、顔にかかった水を拭き取った鈴が東雲にずいと顔を寄せた。
「む……鈴では駄目だろうか」
「えーなんでよ」
「呼び方には心当たりはあるが、それよりも鈴という名の響きが、其方には似合っている」
「え、そ、そうかしら」
直球の褒め言葉に、照れた様子で鈴は頭をかく。
ちなみにもう一つの心当たりというのは『当方よりおっぱいが小さい女』である。東雲は二択にしっかり勝利していた。
「……そうだな。せっかくだから、私もあだ名で呼んでもらおうか」
その様子を見てから、箒は薄暗い思考を放り捨てる。
今までは、そうだったかもしれない。でもこれからは違う。
そう、ここからもう一度、それを始めて行けばいい。
「ふむ。篠ノ之箒に関しては既に心当たりがある」
「ほう。どんなものだ」
東雲は再三にわたってシャリを唇に付着させながらも。
どこか、なんというか。
秘密基地を披露する少年のような、純朴と言える自慢げな口調で。
「――しののん、だ」
「お前もだろ」
「貴女もですわ」
「あんたもよ」
「君もでは?」
魔剣使いは四方向からの同時攻撃を捌ききれなかった。
同時刻、保健室。
「まったく、無茶をする。お前だけでなく、あの若造共め」
「……うん、ごめんな、千冬姉」
清潔なベッドの上で上体を起こし、一夏はベッド傍の椅子に座っている千冬に頭を下げた。
きっと心配させてしまっただろう。
もし同様に千冬が死地に赴いたなら、自分も気が気でないだろうと分かっていた。
「それでも、か」
「ああ。結果論だけど――あそこで戦えて、本当に良かった」
強く拳を握る。確かな感覚を得た。
発現した『
「『白式』の検査はしばらくかかる。倉持で解析して……まあ、あれが何なのかまでは分からんと思うが……」
「
「別物だ。機体そのものが新生したというより……所感だが、
事実、カタログスペックにはない状態であり、常時噴き上がっていた炎も皆目見当がつかない。
あれを一体何と呼べばいいのか。
明らかにIS乗りの意志に呼応して猛っていた。いやそれは意思伝達機動システムとしては当然なのだが――何よりも、理論的最高値を上回る数字を当然のように叩き出し、何度も何度も最高値を更新し続けた方が問題である。
機体設計上の限界を超えた機動。その無茶の原因となるのがあの焔であり、同時にその無茶を押し通したのもあの焔であった。
「視覚情報がベースのため解析を待つしかないが……攻防一体であり、加速装置であり、恐らく衝撃吸収の能力も兼ね備えている」
「てんこもりってワケか……千冬姉からしても、やっぱ強い兵器なのか?」
「
いやめっちゃ強い敵だったんですけど。
一夏はぐっとその言葉をこらえた。思えば自分は死ぬ気で勝利をつかみ取ったというのに、東雲も平気で瞬殺しようとしていたし、多分この人たちはちょっと違う次元にいるのだろう。
だがそれで勝利の価値が下がるわけではない。むしろ、彼女たちと同様に勝つことはできた。
(……一歩ぐらいは、前進したって……言ってもいいかな)
あの日。
誘拐され、暗闇の中で失った意志。
心を折られ、師匠の背に絶望した自分。
そこから少し、進めたような気がした。
そして、千冬も立ち去ったあと。
「……失礼する」
幾分か控えめな声色で、東雲令は保健室の戸を開いた。
横たわりぼうっと天井を見上げていた一夏は、慌てて身体を起こす。
動かなくていいと手で制しつつ、東雲は千冬が先ほどまで座っていた椅子に腰掛けた。
「見舞いが遅れたな、申し訳ない」
「いや、そんな」
「……調子は、どうか」
「ん、え、調子? まあ普通かな」
何か違うと一夏は感覚的に理解した。
今までと微妙に違う。会話のテンポ。呼吸のリズム。これまでも二人きりになることは多かったが、この瞬間は、東雲令は何かが違っていた。
「あまり……無茶は、するな」
「……ごめん」
「当方も、心配は、するのだ」
思わず一夏はガバリと起き上がって、彼女の顔をまじまじと見た。
心配をかけただろうとは、思っていた。だが声色にダイレクトに反映され、さらには言葉にして伝えてきた。
今までにない――いや、今までにないほど、心配をかけてしまったのか。
「……ごめん」
謝罪を口にしつつも。
一夏は何か、東雲が心配してくれたという事実が無性に嬉しかった。
それぐらいには大切な存在になれていたというのが、すごく嬉しかった。
「謝らずとも、いい。当方にはまだ分からないが……皆、あの場は退けなかったと語る。当方の理解が及ばない範囲で、誰もがきっと、そういった信念を秘めている……それは、良い学びである」
「そう、かもな」
「だから」
そこでやっと気づいた。
東雲はスカートの裾を握りしめていた。
絶死の戦場を素知らぬ顔で駆け抜け、支配し、茜色の嵐となって敵を打ち破る猛者である彼女が。
何か必死に自分を見失わないように――そう、
「当方は、それを知りたいと、思う。織斑一夏たちが持つ、そして当方が持たない物……それを、知りたい」
「……東雲さん」
「当方の隣に至りたいと言ったな。当方はそれを反転させたい。当方は……
まるで――それは一世一代の告白のような。
途方もない感情を吐き出したような。
そんな声だった。
「……はは」
思わず一夏は笑った。
彼女がそんなことで悩んでいるなんて。
そして同時に――こんな形で、彼女の力になれるなんて。
「何を笑っている」
「いや、ごめん。うん……そうだな。じゃあ、知っていこう。俺もたくさん知りたいことがある。君もたくさん知りたいことがある。なら一緒に……ゆっくり、知っていこうぜ」
一夏はそっと手を差し出した。
包帯に巻かれて、ぼろぼろの手だけれど。
東雲にはこれ以上なく、立派な手だと思えた。
おずおずと、世界最強の再来が、小娘のように手を重ねる。伝わる温度に、目を見開く。
「……他人とつながるってことが、多分、東雲さんの助けになるんじゃないかなって思う……俺がたくさんの人々に助けられたように……俺も、君の助けになるよ」
「……感謝する」
(おりむーのてにさわっている)
東雲はヘヴン状態だった。
(えへ。えへへ、えへへへへへ。初めて、触れた。そっか、こんなに、簡単だったんだ。めっちゃ温かい。頬をすりすりしたい。ちょっとだけ皮膚細胞を持って帰って、培養してこの手の形にしちゃだめかなあ……24時間触っていられるようこんなの……)
情愛と情欲の区別がつかない年齢イコール彼氏いない歴な女は、そのジョグレス進化の果てにちょっと猟奇的な領域に踏み込みつつある。
(と、とにかく。これで両思いっていうのは互いに認識した! なら――より早く、当方はおりむーにふさわしい人間になってみせる! そしておりむーも自分に満足がいったらゴールイン! ゴールインして……白い家に住んで……同じベッドで寝て……デヘヘヘヘヘヘ)
恋愛に限らず、人間関係には段階というものがある。
例えば一般的には、両思いの状態は、互いに確認すればそれは恋人とイコールである。
しかし東雲はそうはならなかった、両思いになってから、条件をクリアしたら恋人になれるという謎の縛りプレイを敢行しようとしている。ていうかお前が常人の感性を理解できるわけないだろ何無理ゲーに飛び込んでんだ自殺志願者か?
(くふふふ……魔剣、完了。当方は――五手でゴールイン! ヒャッホォォォ――――!!)
そのカウント本当に信用できますか……?
そうして。
しばらく、二人は手を握り合ったまま静かに過ごして。
「……提案。呼び方を改めないか」
「え?」
突然東雲がそう切り出した。
「先ほど箒ちゃんやセッシーから聞いたのである」
「ンゴフッ」
「一般的には、関係の変化と呼び名の変化は連動するらしい。ならば当方は其方をおりむーと呼ぶ。其方はどうする?」
「ンゲホッガヒュッ」
たたみかけられ、一夏はむせにむせた。
何か変化が起きたのだろうとは思っていたが、ここまで変わったとは。というか変わりすぎである。
「お、俺ェ? いやまあ……東雲さんを、かあ……」
「おりむーは当方のことを下の名前で呼びたくはないのか」
その呼び方は変な笑いが出てしまうのでやめてほしい。
一夏はすんでのところで切り返しを飲み込んだ。これが彼女なりの前進ならば、否定するわけにはいかないと感じたのだ。全然否定していいぞ。
「そういうことじゃ、ないけど」
「ならば、どうしたというのだ」
「……まあ、なんていうか、あれなんだよ」
頬を指でかいた。無性に気恥ずかしかった。
それは彼が初めて感じる、距離を詰めるという行為に対する照れくささだった。
「東雲さんは、東雲さんっていうか」
「それがどういう意味なのか、と聞いている。具体的には、当方に対する認識は何なのか、という問いである」
ド直球だった。
眼前の師匠はきっと、思春期男子特有の懊悩なんてまるで理解していないだろう。
箒や鈴は元からそうだし、セシリアも異性より好敵手という意識が強い。シャルルはやはり同性だから壁を感じない。
つまり東雲こそが、純粋に、学園に入ってから仲良くなった異性なのだと。改めてそう認識させられ、少し頬が熱くなる。
一夏はうーとかあーとか呻いて。
そうだ、と人差し指を立てた。
ぴったりな言葉があった。
目の前の少女がどういう存在であるかを示し、尚かつ正面から言っても恥ずかしくない言葉。
彼は微笑みを浮かべ。
口を開いて。
告げる。
「――強キャラ東雲さん、って感じだな」
それを聞いて、東雲は。
「どういう……感じだ……?」
まるで理解できていなかった。
しかし、いい感じに切り抜けられたぜ! と笑顔を浮かべる一夏を見ては、何も言えない。
「……まあ。それならそれでいい」
「ん、じゃあ……東雲さん、これからもよろしく」
つないだままの手を、一夏は優しく握った。
「……肯定。そうだな。ここから、もう一度――よろしく頼む」
東雲はそう言って。
手をほどいて地面に三つ指を立てて頭を下げた。
「なんか違くない?」
広大な宇宙に放り出された猫のような顔で、一夏は東雲を見た。
こうして力を求める少年は、力しかない少女に背を押され。
己の過去と向き合い、受け入れ、さらなる飛躍を遂げた。
きっと二人ならば、ここから、どこまでも――
(ンンンン!! これはまた逆に、お付き合いを始めてから照れながら『れ、令……』って呼んでくるおりむーが見れるってことじゃないのかな!? なんてことだ……神はなんて素晴らしい伏線を張っているのだろう……)
――いやどこに向かおうとしてんだろうなこの女。
ガチ恋になって悪化した模様
まあ男主人公も作品名を照れ隠しに使いやがったし多少はね?
・男主人公が大きく成長した
・女主人公が成長の一歩目を踏み出した
・男主人公と女主人公の距離が縮まった
・打倒すべき敵(の影)を倒した
・タイトルコールした
これは完結だな!ヨシ!(現場猫)
マジで結構一発ネタに近い、後先考えない連載だったので、ここまで多くの読者の方に応援していただいて困惑と同時に大変感謝しております
推薦までいただきましたし、本当に嬉しかったです
というわけでめっちゃまとまりがいいので
勝ったッ!
『強キャラ東雲さん』完!
(なんだよ、しらねーのかよ。ジョジョだよ)
??「えー、球審のデュノアです(半ギレ) ぼk……まだ出てないヒロインがいるため完結を退場処分とし、第四章をデュノア社編として再開します」
第四章 Mother's Lullaby(仮)
2巻の内容が終わったので11巻に入ります(意味不明)
デュノア社本社ビルでダイハードごっこしたり衛星軌道上で魔剣完了したりするお話の予定です
さすがに読んでない人もいらっしゃると思うのでそこはきちんと分かるように再構成していきます
というわけで充電期間入りますー