12.手乗りドラゴンの憂鬱
「あーもうマジ憂ッ鬱!」
「憂鬱な人はそんなテンションでものを言わないと思いますが」
IS学園へと向かう、チャーターされたIS運搬用ジェット機の機内で。
凰鈴音はやけっぱちの叫び声を上げていた。
隣の席で随伴する
「だってあの東雲令がいるんでしょ!? 嫌よアレとやるの! ホンットに無理だから!」
「戦う機会があれば必ず戦っていただきたいです。データを取る上での優先順位は最上位に入ります。彼女との戦闘行為それ自体が値千金です」
「分かってるわよぉ~……で、代償としてあたしにボコられろって?」
「結果は、実際に戦わねば分からないはずですが」
楊の言葉は真理を突いていた。
しかし鈴は、分かってねえなこいつと嘆息する。
「あのねえ……
「……そう、ですか」
鈴はそれきり、再び頭を抱えてうめき始める。
ファーストクラスの機内には、巨大なソファーが中央に置かれ、観葉植物やスクリーンが設置されていた。
スクリーンに表示されている映画の観客である二人は、しかし映像には目もくれていない。
隣に座る鈴――ISを動かしてから一年未満という僅かな期間のみで代表候補生に上り詰めてみせた、中国史上屈指の才女の言葉に、楊は眉根を寄せる。
分からなかった。楊は長いこと代表候補生のサポートを行っているが、鈴はその中でも最高の資質を持っていると確信していた。鈴は感覚派のIS乗りとして類い希な伸びしろを秘めている。
その彼女が、一度も刃を交えていないのに敗北を予期していた。諦めや予想ではない、
(……まあ、彼女には、私には見えないものが見えているのでしょうが)
感覚派のIS乗りによくある話であった。
サポートする人間、あるいは指導する人間には見えないものを前提として語る。
悪い癖と揶揄されることもあれど、それは確かな強みであった。
そして――鈴の確信は、実は彼女が言語化できずとも説明可能である。
セシリアのような理論派ならば、格上の感覚派相手でもパターンを成立させることさえできれば、ハメ殺すことが可能だ。
そもそも必勝のパターンを組む理由としては、最低限の勝率を確保するためというものが強い。
相性やコンディションに左右されず、多少無理をしてでも自分の定理を押しつけてそのまま勝ちまでつなげてしまう。それを可能にするためのパターンである(もっともこの場合、パターンを突破された場合には絶望的な戦いへと突入してしまうのだが)。
しかし感覚派の場合――自分より優れた感覚を持つ者には一気に勝率が下がってしまう。
自分の感覚が告げるのだ。
読まれている。上回られている。格が違う。次元が違う。何もかも手を尽くしたところで逆転はあり得ない。
東雲令の試合映像を見た瞬間に鈴は察知していた。
無理だ。どうあがいても死ぬ。鈴なりの予測としては三手まではしのげる。だがそれもアテにはならない。恐らく東雲は直感の上をいき、しのげるはずの三手や二手で仕留めてくるだろう。
感覚による予測、を超えられてしまうという、感覚。
(でも悪いことばかりってワケじゃないわね。クラス代表に一夏がなったらしいし……どんなもんかしらね。あいつとやるのは多少楽しみだし、あいつと久々に会えるのは少し……まあ少し、楽しみね、うん)
少しだけ、と、自分に言い聞かせるように鈴は繰り返して一人頷く。
もう片方の幼馴染と違って、彼女はまだツンデレ時期を脱せていなかった。
(あいつに教えてあげる機会だってあるでしょうし、まあその辺でね。ちょっと話すことがあるかもしれないわね。うん。そん時は思いっきりビシバシやってあげればいいし、うん。例えば放課後に二人きりで必死に訓練したりとかね)
彼女はIS乗りとしては間違いなく天才である。
一年足らずという期間で代表候補生の座を射止めたのは恵まれた資質とたゆまぬ努力の証拠である。
そんな鈴だからこそ、素人である一夏に自分が師匠として接する未来を容易に想像できたのだ。
残念ながら絵に描いた餅である。
「シィィ――!」
鋭いかけ声と共に、セシリアは手に握った刃を振るった。
短刀『インターセプター』の閃きは原子すら断つほどに鋭い。
狙撃手としての技量を売りにしているセシリアだが、代表候補生という立場に居座る以上、接近戦を疎かにするはずもない。
自分にとっての相対的な弱点である近接戦闘をそのままにしておく怠惰さも、またない。
「甘い」
だが此度は、相手が悪かった。
日本製第二世代量産型IS『
篠ノ之箒は両手に持った二刀のうち、左の太刀を無造作に閃かせる。
同時、セシリアの左腕が跳ね上げられた。
(……ッ!? 目にもとまらぬ速さで繰り出される、峰打ち……!?)
速さとは鋭さである。スピードが増すことは通常、威力の増大だけでなく、ものを突き破る切断の働きも高める。
ならば、
そこに、篠ノ之箒の剣士としての技量がある種の極地に至っている、という証拠があった。
「踏み込みが足りん!」
同様に挙動が乱れたセシリアの肩に、箒の右手の太刀が正確に突き込まれた。
苦悶の声を上げて、思わず『インターセプター』を取り落としてしまう。
それを見て箒は両の太刀の切っ先を下げて、量子化して格納した。
「申し訳ありません、もう一度お願いしたいのですが」
「いや、そろそろ『打鉄』の返却時間だ。……どちらかといえば私の方が実りある訓練になってしまったかもしれんな」
箒はセシリアの近接戦闘の訓練相手として、彼女自身のISの操縦技術を着実に上達させていた。
爆発的な成長、と言うほどではないにしろ、堅実な伸びを見せている箒には、内心でセシリアも期待していた。いずれは自分たちと同じステージに立つかもしれない、と感じる程度には。
「ええ。確実に上手くなっております。時間を見て、次は高速機動の練習もしてみましょうか」
「その時はお前が先生か……ご鞭撻の程よろしくお願いします」
「お任せを」
箒の口調にはからかいの色があったが、セシリアもそれは同じだった。
軽口を叩きながら、肩を小突き合う少女。
汗を流し、共に高め合う姿は青春の一幕にふさわしいものだった。
「――うおおおおおおおッ!?」
その真横に織斑一夏が墜落しなければ。
ちゅどおん! なんて間抜けな音と共にまあまあな質量の金属と肉体が落下するものだから、砂煙が噴き上がった。
風に前髪がなぶられるのもそのままに、箒とセシリアは落下地点を見て、それから顔を見合わせた。
「……墜ちたな」
「……墜ちましたわね」
悲しいことに本日通算五十六度目の墜落である。
下手人、というかまさに彼の翼をもぎ取って空から叩き落とした張本人である東雲令は、いつも通りの制服姿だ。
手に持つIS専用アサルトライフルは、しかし生身の人間と比較すれば大砲のようなスケールであった。
地面に半ばめり込んでいる一夏を見て、東雲はこてんと首を傾げる。
「墜ちた?」
「見りゃあ分かるでしょうがッ!」
ガバリと顔だけ上げて、一夏は絶叫した。
(ああクソ全然避けられねえ! 旋回はうまくいったのに加減速のタイミングがヤバすぎる! ていうか俺の感覚としてはここだろってタイミングでも、
自分の機動を反復すれば、つたない点があぶり出される。
というよりは、自覚できない失策を必ず東雲が突いている、と言った方がいいだろう。
「……なるほど。痛みで覚えさせているわけですか」
「うむ。一夏はかなりクセの強い感覚派のようでな、訓練メニューを見直しているうちに、よりヤツの感覚に最適化されたやり方として、攻撃で指摘するというのを思いついた」
「あっ、これ、考えたの箒さんですか? うわぁ……」
「な、なんだその反応は! 効率的だろう! 何より一夏の気性に合っている!」
「それはそうなのですが、純粋に引きます」
「純粋に引きます!?」
一夏の負けず嫌いという性格を考えるならば。
言葉で指摘するよりも、実際に打ち負かしてしまう方が彼は身に迫ったものとして敗因を考え抜き、弱点を克服しようとする。
幼馴染である箒は、彼の心理を完璧に読み切った方針を構築することに成功していた。
だが彼女には、彼を想う心はあったが人の心がなかった。
「もう一回、お願いします……ッ!」
「了承」
砂と泥まみれの白い翼が、力を振り絞るようにして火を吐く。
ふわりと浮き上がった一夏に対して、東雲はアリーナの仮想ターゲットたちと共に銃口を向けた。
「そろそろ近接戦闘の訓練もやらせたいのだが、東雲はまだ早いと言い、一夏も東雲が言うのならと我慢している。しばらくは回避練習に専念だろう」
「方針自体には賛成ですわ。まずは守り、第一に守り。初心者の鉄則でしてよ」
ですが、とセシリアは内心で言葉を続けつつ、必死に銃弾を避け、縦横無尽に空を跳ね回る一夏を見た。
その鋭利な視線は、狙撃手のものだった。
(あの時――あの決闘で見せたのは間違いなく超攻撃的なスタイル。それこそ、東雲さんのように自分の攻勢に全てを賭ける短期決戦型)
白い機影は左右に揺さぶりをかけて狙いを絞らせない。
結果としての墜落は変わらずとも、そこに至る過程には進歩が現れている。
(もしも。もしも……
そこにはIS乗りとしての極地が待っているだろう。
想像して、セシリアは自分の背筋に震えが走るのを感じた。
(ああ…………一夏さん、是非、是非是非強くなってください)
淑女としての振る舞いを忘れない、高貴さこそが彼女のスタンス。
けれど。
(極地に立ち、言葉通りに東雲令の隣にまで至った時――その貴方を撃ち落とすのが楽しみで仕方がありませんわ)
武者震いを隠そうともしない姿もまた、セシリア・オルコットのスタイルの一つであった。
(なんか進歩してなくな~い?)
人の心があるとは思っていなかったがこいつには指導者としての心すらなかった。
(はいそこ! いただき! 終了閉廷! うーん決闘の時の機動をデフォにさせるにはどうしたらいいんだろ、常に生命の危機がある状況に置いて意識を向上させるとかかな? でもあんまり危ない目に遭わせたくもないしな~)
銃弾が放たれ、ほんの僅かに甘えた機動をした一夏が悲鳴を上げて墜落する。
それを確認して東雲は銃口を下げ、無表情のまま彼が再び立ち上がるのを待つ。
何度撃ち落としても、一夏の方から訓練の終了を言い出すことはない。だから東雲がやる気の限りこれは続く。
東雲にとっては脳内フィーバータイムが無制限なので、彼女は超ハッピーセットテンションだった。
(まあこうしてボロボロになることで食事も美味しくなる。美味しく食事をしている姿が見れる。とっても幸せプラン! 今日は何食べよっかな……そ、そろそろあーんとかしてもいいかな……!? 付き合ってないけど! 付き合ってないけど! でももう内定してるみたいなものだし!? でへへへ……)
内定辞退いいすか?
何が第二部だよ第一巻じゃねえか