「フォビア様! 相談に乗ってくださりありがとうございます……!」
「いいえ。わたくしもお話を出来て楽しかったですし、何より貴女の力になれたのはとても嬉しい事ですから」
20歳前くらいの年齢に見える銀の髪の美しき女性が、目の前の黒く美しい肌と整った顔立ち、細く長い脚にすらっとした肢体を誇るダークエルフ……黒長耳族という種族の相談者の手を両の手で包み込みながら親身な様子を見せ、話を終わらせる。
そんなフォビアの姿を見て。
「あの! 次は俺の話を……」
「先に私の話を聞いてください!!」
「ふふ。慌てずとも、皆様全員とお話し致しますよ。ゆっくり、座りながら仲良くしましょう?」
──そんな彼女たちの様子を遠目で眺める2人の人間が。
「……凄まじいな。今、俺は1つの村が支配されていく様を目の当たりにしているのか……」
「ふっ……まあ、フォビアからすればこのくらいは容易いだろうね」
ランバートとミラは、銀の髪の美しい女フォビアがダークエルフもとい黒長耳族の村の全ての民から信頼を得ていく姿を眺めながらそのように話していた。
「コールドリーディングという奴だね。見ず知らずの相手に対して、自らの美しい容姿や柔らかな物腰を用いて協力を引き出し、褒めそやし、たまに不安にさせる。結果まるで以前からの親しき相手かのように錯覚させ、そして自己に酔わせていく」
ミラは楽しげに笑い。
「詐欺師の常套手段であり、偉大な宗教家などに必須な技術でもある。真の巨悪とは、得てして人心を容易く掴むものなのさ。まあ、フォビアの最も恐ろしい才能はそこではないのだけれど……今それは良いだろう」
ランバートはミラからボロクソに言われる真の巨悪フォビアの姿を改めて見る。
優しげな雰囲気を出して会話をしている彼女の周囲には、救われたような表情をする黒長耳族たちで溢れていて。
「……こうして傍目から見る分には、フォビアはまるで聖女のような存在にしか見えんが……しかし、どこか空恐ろしさも確かに感じるな」
そう言ってから彼は被りを振って。
「……いや、そう感じるのは君から彼女の事を事前に聞いていたからでしかないのだろうな。きっと、情報なしだと俺も彼女の信奉者になっていたのだろう」
「情報なしだとしても、いきなりそこまではいかないと思うけれどね。キミは100英傑の中でも一角の存在だ。如何なフォビアとはいえ、キミを支配しようと思えばそれなりの時間がかかるだろうよ」
すっかりフォビアに心酔した様子の黒長耳族を眺めながらミラはそんな事を口にする。
100英傑の中でも一角の存在。
目の前の新世界計画の首謀者たるミラと、黒長耳族の村の支配を現在進行形で行なっている旧世界における最悪の巨悪だと教えられたフォビアを見る限り、ランバートには自分がそんなに優れた人物だとは思えなかったが……
「……そうか。あまり自信はないが……そうだといいな」
「キミの自己肯定感の低さは相変わらずだな。まあ、それもまた良しではあるが」
そう言ってから、ミラはその美しい眼を少しだけ細めて。
「それに、フォビアが黒長耳族を支配するのは良いが、100英傑を支配するというのは極力止めておきたい。より正確に言うならば、支配までならばともかく、殺し合いに発展させられると困るんだ」
ランバートは驚く。この目の前の存在が、まさか争ってはいけないなどという人道的な発言をするとは思わなかったから。
「……随分とまともな事を言い出したな。いや、黒長耳族はどうでも良いというのはまともではないのかもしれないが。……理由は?」
「端的に言えば、100英傑に死なれるとわたしの野望が遠ざかるからだね。だからこそ、フォビアの事はわたしが見ておく必要があるんだ」
あっけらかんと話すミラ。
そこに倫理観というか『殺し合いはいけません!』みたいな普通の人間による人情的な物を感じ取れる要素は皆無だった。
「……ミラ。君の野望や悪巧みとは何だ? あの時は聞かなかったが……」
「ふむ……そうだね。まあ、キミに話す分には構わないか」
ミラは自分が先程展開した防音魔法を含めた様々な盗聴防止手段が効いている事を再確認してから。
「順を追って話そうか。キミは、この新世界計画の最も素晴らしい点はなんだと思う?」
言われて改めて考える。
新世界計画の素晴らしい点。それはもう色々あるだろう。
例えば、若返る点。未来に跳べる点。
他には……
「……どうだろう。君だけが記憶を保持している点か? それとも……」
そこまで言ってから彼はまたもや首を横に振り。
「いや、今の情報量で俺にわかるわけがないだろう。君は本当に意地が悪いな……」
ランバートの言葉に彼女は少し楽しげな表情をして。
「ふっ……まあその回答でも構わないよ。キミがそうして頭を悩ませた事。それ自体に意味がある。何より決して完全に外れているわけでもないからね。ただ、敢えて言うならば……いや、それは後のお楽しみというやつだね」
いつも通り意味深な事を語るミラ。
ランバートとしては、こんな感じの人物であるミラに従う事にした以上は覚悟の上とはいえ、こうも振り回されると心労が嵩むから出来ればやめて欲しい心持ちだった。
しかし、これからミラが語る事があまりに衝撃的過ぎて、これまでの話など児戯にも等しかったのだとわからされる事になる。
「わたしが思うに、新世界計画の最大の利点は『何度でもやり直しが効く』事にあると考えている」
「……やり直しが効く? それはいった……まさか」
ランバートは思わず静止する。
彼とて100英傑の1人であり、理解力に欠けた凡人では決してない。故に、恐るべき可能性に辿り着いてしまったから。
「気付いたようだね。最初の邂逅でわたしがキミに話したように、キミたちからすれば、これが『1回目』なのかどうかわからないという事だ」
「……確かに、記憶を消し、肉体を若返らせて未来に送る術があるならば……」
ミラはランバートが理解したと判断して頷く。
「ああ。何かしら気に食わない結果となれば、何度でも『やり直し』をすれば良い。新世界計画というのはつまり、決して失敗しない最高の計画と言えるんだ。命さえ失わなければだけれどね」
言っている事自体は理解出来る。
しかし。
しかし彼女が語っているそれは。
「……それはもう、人間の領域を超えた話に思える。君は……神にでもなるつもりだというのか」
「ふっ……神、ね。ある意味ではそうとも言えるかもしれない。ただ、それは必ずしも……いや、それはまだいいか」
物凄く勿体振りながら語るミラ。
ランバートとしてはもう勘弁してほしいという気持ちで一杯だった。
というか、ミラは先程ランバートにだけ話す分にはとかなんとか言っていたような気がするのだが……
なんて考えていると。
「とにかく、わたしは今はそこまで手を出すつもりはない。しかしそれもまた、今後次第かな」
不敵に笑うミラに改めて戦慄するランバート。
これは……彼は目の前の美しい女を未だ侮っていたと考えざるを得ない話だった。
「……そうか……君は……思っていた以上に恐ろしい女性だ」
「いいや? むしろわたしは人類にとっては最も慈悲深い存在だよ。何せ『やり直し』をするためには、100英傑の命は決して失われないように努めなければならないからね」
「……俺が知る『慈悲深い』とは意味が……いや、いい。俺はミラの下僕となる事に決めたからな。君の好きにするといい」
「ふっ……そうかい。まあどうしても争いが避けられないならば最悪、これから英傑たちの間に生まれてくるであろう子供たちを代役にすれば良いのだけれど……様々な観点から考えて極力は避けたいからね。とはいえ、余程のイレギュラーでもない限りはそうはならないと思うが」
ミラはそう言ってから、黒長耳族たちに視線を戻し。
「まあそれ故に、現在の状況はわたしにとって少々不本意なんだ」
「……異種族たちの事か?」
美しい女は眼を少し細めてから頷く。
「ああ。ここ『エデン』はわたしが厳選した世界で最も平和な島で、命の危険なんて精々が少し凶暴な獣風情くらいなものだったのだが……」
それについては、これまでミラに翻弄され続けてきたランバートにとっても理解しやすいと思える話だった。
「黒長耳族はともかく犬頭とかいう、まるでコボルトのような見た目をした人類に敵対的な生物が居たからな。奴らは弱かったが……」
言いながら彼は自らが大量に葬って来たコボルトもとい犬頭について思い出す。
ミラは自分は余程の事がない限り戦わないと言い放ち、フォビアは戦闘タイプの英傑ではないため、これまでの戦闘は全て彼1人で行っていたわけだが。
「ああ。1000年で多少の進化を遂げようと、所詮獣共では100英傑の脅威にはなり得ないが、異種族にはもしかしたら強者が居る可能性がある。それに、知性がある以上は個体として弱くても、何かしらの術を持つ恐れもあるからね」
「確かにそうだな。人類がそうであったように」
自らよりも強大なる存在に対して徒党を組み、知恵を絞り、罠を張る。
人類はそうして勝ち残って来た生物である以上、異種族たちにそれをされる危険性は考慮して然るべきだ。
「……では、これからどうする? このまま友好的な異種族はフォビアに支配させ、襲って来た異種族は俺が始末するという方針で進めるか?」
既に村のほとんどを支配した様子のフォビアを眺めながら剣呑な発言をするランバート。
温厚に見える……というか、実際に100英傑の中では間違いなく温厚な方である彼もまた、終末世界における最後の戦いに勝ち残った英傑なのだ。
極力やりたくはないが、仮にそうすべきならば……暴力的な行動も選択肢に入れざるを得ないと考えていた。
「うーん。でも、彼らの文化や魔法体系なんかは本当に興味深い物でね。わたしとしては自然な生活を送る彼らの事も観察と研究をしてみたいんだ。だから、どうしようかなと」
悩む様子を見せるミラ。
ランバートとしては、彼女が研究に携わる人物であるという事は予想が出来ていたから驚きはない。
なにせミラはこの賢さに加えて、新世界計画などという恐らく人類にとって前代未聞であろうプロジェクトの企画提案を行った存在なのだから。
「でも、あんまりフォビアにわたしが指図するのも避けたいからね。とりあえず、今は経過観察……つまり出たとこ勝負で行こうか。いざとなったら、わたしが実力行使でどうにかすれば良いし」
……もしや、ミラはこう見えて実は割と脳筋寄りなのではないか?
そんな疑問をランバートは抱いた。
ミラとランバートの最初の邂逅の際に彼女が行った交渉も、どちらかと言うと力押しだったような気がするし。
いやまあ、力押しでなんとかなるならば、下手に余計な事を考えるよりそれが最適解だというのは理解出来る話ではあるが……
なんて考えていると。
「それに、フォビアの支配だって絶対の物ではないからね。実際彼女は旧世界において、とある男に謀略戦で敗れたのだから」
「とある男……」
彼女は今までとは少し違った微笑みを浮かべながら語る。
まるでかつての友の話をするかのようなミラの様子を、ランバートは意外に思ったが。
「ああ。人類最高の頭脳を持ち、最終的に旧世界における結末のほとんどを自分の思い通りに運んでみせた恐ろしい男だよ」
──そんな人間が居るのかとランバートは戦慄した。
彼はてっきり、人類最高の頭脳を持つ者とは目の前の美しい女だろうと考えていたから。
故に。
「それは一体どのような人間だったんだ?」
当然の疑問を呈されたミラは、過去を懐かしむような顔をして。
「そうだね。一言で称するならば……彼は人類で最も白々しい人物だった」
「白々しい……?」
「ああ。わたしは何度彼に『キミがそれを言うのか……』と言ったのかわからないくらいだよ」
……目の前の女は突っ込み待ちをしているのだろうか?
面白い冗談だとでも言って笑えばいいのだろうか?
それに。
あり得ない話だし、決してあって欲しくない話だが。
もしや、世の中にはミラと似たような男が……
──いいや。
そんな恐ろしい事、ランバートは考えたくなかった。
そうして内心で恐れ慄いていると、白々しい女ミラは指を1本あげて。
「他に目立つ特徴を1つ挙げると、彼は俄には信じがたい凄まじい能力を持っていた。本人はそれを頑強な眼帯で隠し、あまり語りたくない様子だったが」
「……信じがたい能力?」
「ああ。それを持つならば、人間社会において出来ない事など殆どないであろうと思われる、わたしをして再現性を未だ見出せていない最強クラスの能力たる──」
〜100英傑の書〜
旧世界の記録の1つとして、最も重要な情報と思われる100英傑の人物評を此処に記す。
この書を手に取る者がこれをどう扱うか。
わたしはとても楽しみにしている。
第三編
『至天の銀魔女』
アリスリーゼ
性格:好戦的 負けず嫌い 愛憎
好きな物:強者との手合わせ 甘い食べ物
嫌いな物:母親 ねばねばした食べ物
得意魔法:全般(特に攻撃系)
人物評:
『銀の暗黒女帝』の末娘であり、若かりし頃の女帝と瓜二つの容姿を持つ彼女は、女帝の子息女の中で最も豊かな個の才能を持っていた。
女帝からの歪んだ狂愛を受け、憎悪に染まった彼女に『煽動者』が接触した事は、人類にとってはまさしく救いの一幕だっただろう。
『最後の聖戦』の裏で行われていた『銀の暗黒女帝』と『煽動者』による謀略の戦いは『至天の銀魔女』あるいは『破壊の賢者』と呼ばれるアリスリーゼを味方に付けた『煽動者』の勝利に終わり、人類で最も優れた策略家が決定した。
後は……そうだな、彼女についてはわたしよりも『煽動者』に聞くべきだろう。
師として受け持っていた数多くの弟子の中で最も優秀だった彼女に、世界最高の魔法使いの座を継承させたわたし個人の所感としては、アリスリーゼはその憎しみさえなければ恐らく100英傑の中でも英雄の気質を最も強く持った人物の1人であり、彼女が南側における英傑たちの中心人物になったと聞いて、まあそうだろうなと思ったくらいか。