〜1000年前 某所にて〜
「あっはははは! お母様、娘に裏切られて倒される気分はどうですか!?」
狂ったように嗤う銀の髪をした娘。
相対するは同じく銀の髪をした母。
真の王の証たる銀の髪を持つ、この世でただ2人の存在である母娘の関係は娘の裏切りによって終焉を迎えようとしていた。
老婆と言って差し支えない年齢にも関わらず、未だ妖しい美しさを持っている母は、顔を歪ませて。
「……憎い。……憎い! 憎いっ!!」
「ふ、ふふ……まさかあのお母様がそんな台詞を口にするだなんて……ああ、気持ちいい! 私も同じですよ、お母様!! さようならっ!!」
そう言って魔法を放つ自らに瓜二つの最愛の娘。
自らの意識を確実に奪うだろう攻撃を見て母は。
(違う)
(そうじゃないのよ、わたくしの愛しいアリスリーゼ。あなたの事が憎いなんてわけがないでしょう)
そう。娘は『奴』に唆されたに過ぎないのだ。
結局、この最後の局面においても姿を見せず、高みの見物を決め込む忌々しい男。
母が真に憎んでいるその存在は。
(おのれ……絶対に許さない。殺してやるぞ『煽動者』っ! たとえ記憶がなくなろうと! この憎悪は消えないっ!!)
(貴様だけは、必ず……!!)
色々あった後に武器を確保した次は、村長から地図を貰った。
アリスも言ってたけど、随分と至れり尽せりだよね。
それだけこの村にとってはゴブリンもとい小鬼が脅威だったのだろうけど。
「フェルナンドさんは、大まかな地理を把握しているんですよね? 1000年前とどう変わっているのかなど、確認していただけるとありがたいです」
ダークネスに言われて地図を見る。
1000年でそこまで大きな地殻変動があるかどうかはわからないけど……川が増えたり減ったりしてるくらいはあるのだろうか。
「ふむ……見事だな。私の記憶に近しい形で島の全体像が記載されている。多少の違いはあるようだが……概ね問題あるまい」
「なるほど。この文明レベルで正確な地図となると……何らかの魔法による物でしょうか?」
おお。ナチュラルに長耳族たちを未開蛮族扱いしたぞ。
「フッ……君にしては意外な意見だな。これもまた面白い話だが」
前の繰り返しになるけど、ダークネスって結構言うよね。
旧世界の彼を知る身としてはとても意外に感じる。
「……確かに、聞くならばフェルナンドさんではなく村長さんですね。ぼくは一体何を……自分で思っていたより今ぼくは冷静さを欠いているのかもしれないな」
なんかよくわからないけどダークネスが自省し始めたぞ。
そんな彼を横目に次はカルロスが島の端から端を指さして。
「ここから、ここまではどれくらいの距離があるんだ?」
「私が知る限りではおおよそ3000キロメートルだ」
エデンは島としてはかなり大きい。
1000年前においてこの規模の島が比較的平和を保てていたのは奇跡に近い話で、だからこそ『楽園』を意味するエデンという名前で呼ばれていたわけなのだけれども……気付いたらすっかり謎生物が蔓延る魔境になってしまったね。
小鬼はまだしも、長耳族なんて最早存在の全てが意味不明を通り越してるし。
「……だいぶ遠くねえか? っていうか、この島めちゃくちゃ広くねえ?」
「島と聞いていたからもう少し狭い物かと思っていたのだけれど……こうなると情報がないと合流するの無理じゃない?」
予想外の広さに驚きといった感じのカルロスとアリス。
けれども、僕としては。
「フッ……先程もそうだったが実に面白い意見だ」
「「え?」」
「旧世界においてはむしろ、100の英傑をこのような狭い島に押し込んで大丈夫なのかという心配の声の方が多かった。多少のリスクは許容し、この島ではなくより広き大陸にすべきではないか、とな」
特に『神殺し』やアリスみたいな大規模破壊攻撃の手段を持つ英傑の存在を考えるとね。
例えば旧世界のアリスは都市を1つ消し飛ばした実績持ちだし。
ただ……『神殺し』に関しては、狭いのはエデンに限った話じゃなかったわけだけど。
「過去のオレたちって一体どんな化け物だったんだ……?」
「焦らずとも、今後の君たち自身がそれを見せてくれるだろうよ」
「……ま〜たそんな言い方をして……まあ、いいわ。すぐに100人が集結してしまったらそれはそれで退屈とも言えるしね」
またもやアリスは僕をジト目で軽く睨みながらそんな事を言う。
「で、私たちが今いる場所は……ここか。……はあ。フェルナンド、あなたってば本当に……まあ、別にいいけど」
「ん? アリスは何かに気付いたのか? オレには特に何もおかしな事はないように見えるけど……」
「ここ、島の南端じゃない。村長から見て、これから北に旅立とうとする私たちは一体どこから現れたのかしらね?」
気付くの早っ。
僕は1日経って落ち着いてからようやく気付いた事なのに。
「ああ、なるほど……オレならともかく、フェルナンドがそれに気付かないわけねえしな……」
「すまない。可能な限り、情報がない中で君たちがどうするのか見てみたくてな。結果として、村長はそれらを問わないでくれるようだが」
アリスがまたもやジト目で軽く睨んでくる。
この感じにはもう随分と慣れた物だ。
「村長といえば、だ。なんでオレらに着いてくるんだろうな?」
くっ……ここで『さあ、どうだろうな?』という決めセリフは使えない……!
何故なら今使ってしまうとそれは意味深さを示すのではなく、ただ本当に知らないという事実を伝えているだけになるからだ。
まあ、ぶっちゃけいつも大体何も知らないけど。
「どうでしょうね? 私たちが助けたとはいえ、滅びに瀕した村を放置して北に行くというのには、並々ならない事情がありそうだけれど」
というわけで、これから村長が村人たちに旅立ちの挨拶をするらしい。
──ので、僕は隙を見計らって1人で村の人気のない場所に移動した。
そうして何をしているのかというと……
「『我が意を運べ』……まだ無理か」
見ての通り、アリス式翻訳魔法のコソ練である。
僕は100英傑と比べたら明確に凡人だ。
一瞬で未知なる魔法を習得し、ましてや改良を加えるような化け物みたいな才能は持ち合わせていない。……まあ、アリスは100英傑の中でもトップクラスなんだけど。
とにかく、そんな僕が彼らにくっ付いて意味深ムーブをしようとするならば、訓練は必須になる。
しかし意味深な男として、僕が練習を頑張る姿を他者に見せるわけにはいかない。底を見せてしまえば意味深さが消え去ってしまうからだ。
そのため、僕は旧世界においても隙を見つけてはこうしてコソ練に励んでいたのである。
僕は村長や孫娘と村人たちのホームドラマになど全く興味がないしね。所詮は小鬼にやられるような弱小種族だ。そんな奴らに主人公感など皆無だから。
長耳族とは一体どんな生物なのかについてはかなり興味があるけど……あの会話に参加してそのヒントが得られるとは流石に思えないし。
──そうして少しの時間が経ち。
さて、そろそろ戻るかな。
今回与えられた時間はそこまで長くなかったから十分な練習にはならず、翻訳魔法の習得には至らなかったが……焦っても意味はないからね。
そうして帰ってみると……
「……行ってきます!!」
なんか悲しみで泣き腫らした後に、並々ならぬ決意をしました! という感じを出して旅立とうとしている孫娘エルフもとい長耳族が居た。
「ねえ。どこに行っていたのよ?」
「少し、な」
「はあ……まったく……別にいいけれどね……」
アリスもあの孫娘たちのドラマにはあまり興味がないらしく、突然帰って来た僕に小さな声で話しかけて来たため、いつも通りに意味深なはぐらかしをする。
これで引いてくれるの、毎度のことながら本当にありがた過ぎる。
──そうして、僕たちは村長と孫娘エルフもといエカテリーナを連れて村から旅立った。
先頭はカルロスとエカテリーナ。
なんかエカテリーナはカルロスの事が気に入ったらしく、やたら積極的に彼に対して話をしに行ってるんだよね。
まあ正直言って、あの子には僕は全く興味がないから何をどうしていようがどうでもいいんだけど。何度も繰り返すけど、所詮は顔とスタイルがかなり良いだけの、さりとてたかが小鬼にやられる程度の人材だからね。
主人公要素は皆無だし、ヒロインとしても……あれ?
もしかして、よく考えてみると……主人公カルロスでヒロインがエカテリーナの物語が絶賛繰り広げられてる……?
いや、流石にないだろう。……ないよね?
──気を取り直して。
次に居るのはアリスと村長。
彼女たちは魔法談義をしており、これには僕も興味があって歩きながら盗み聞きしているんだけど、正直よく理解出来ない。
旧世界の人類の物と村長が知る魔法は、魔法体系が違いすぎて1から学ばざるを得ない状況になっている。
……わけなんだけど、例えば村長に対して『今のよくわからないからもう一度説明して』なんて言うのは意味深なキャラの行動じゃないからね……
次の集落に着いたら本とか貰おうかな。
──というわけで、僕は最後尾でダークネスと2人歩いているわけだけど。
「……フェルナンドさん。1000年前について、不幸な話以外に何か楽しい話はないのですか? 希望を感じられるような」
なんかいきなり面倒くさい女子みたいな事を言い出したな。
……ふむ、いい機会だし意味深ポイントを貯められるだけ貯めておくか。
「終末を迎える人類が不幸に塗れていないとでも?」
「ああ、それはそうですね……幸せだったら滅亡しないか……」
ダークネスは渋々納得したかのように頷く。
僕も意味深ポイントを貯める事に成功して内心で頷く。
ただ、僕は旧世界最後の時間を思い出して。
「その中でも珍しくアリスは幸せそうにしていたが」
「そうなんですか? 流石はアリスさん。昔はどんな感じだったのですか? 世界最高の魔法使いだったとは理解していますが」
「アリスは今と1000年前とであまり変わらないな」
「へえ……そうなんですね」
僕たちがこの話を始めた途端にピクっとして密かに聞き耳を立てているアリスの姿を見ながら、僕はありのままを語る事にした。
あの時、彼女は……
「ああ。笑いながら自らの母親を吹き飛ばして、気絶した彼女を新世界計画の魔法陣に強制的に入れ、そして世界最強の男と2番目の男が決闘を始めた瞬間に不意打ちの魔法で2人とも吹き飛ばし、気絶した2人をアリスの母と同様に魔法陣に強制的に入れ、そして仕事をやり切った職人のような顔で人生に悔いなしと語っていたな」
「…………え?」
絶句するダークネスに僕は頷いて。
「総括すると、随分と幸せな人生だったのだろう」
そうやって話を締めた所、前からとある人物が顔をギギギと壊れた人形のように動かしてこちらを見てきて。
「……ごめんなさい。今、凄く受け入れ難い話が聞こえてきたような気がするのだけれど、気のせい……よね?」
思わずといった感じで話に入り込んで来たアリス。
でも、全部事実だし。
僕は再び頷いてから。
「そう思うのは君の自由だ。好きにするといい」
「……嘘よね? 過去の私は一体何をしているの? え、でも今と変わらない……? 私はそこまで異常者じゃないわよね? 過去の私……私。私とは、一体……?」
「アリスさんが壊れた……」
おお。
あのアリスがこんな風になってるのを見るのは旧世界を含めても初めてだ。面白いな。
なんか俯きながらずっとブツブツ呟いていて怖いけど。
「──それにしても、まあそうだろうなとは思っていましたが、新世界計画において英傑たちの記憶を消した理由はやはりそこでしたか」
ダークネスの言う通り、英傑たちの記憶を消した理由なんて物はもうどこからどう見たって明らかだ。なにせ100英傑の頂点の人たちがそんな感じの関係性なわけだしね。
こんな簡単に予想出来る話は意味深ムーブの役には立たないし、素直に話すとしよう。
──ダークネスが『それにしても』と言った瞬間に顔をバッと上げ、ダークネスだけでなく何故か僕の事も睨んできた銀髪の不審者の事は気にしない事にする。
「主な理由はそうだな。100英傑が単なる仲良しこよしの100人である筈がない」
「そうですよね……まあ、当たり前の話ではあるか。ぼくたちが人類である以上は」
人間なんて、少し集めれば意見の違いから争いを起こす物だ。
特に僕たちが居たのは人類滅亡寸前の終末世界だしね。
人類の中で上から100人を選ぶなら、まあ憎み合う関係の人も居るわけで。
もっとわかりやすく言うならば、例えばアリスと『銀の暗黒女帝』の記憶を維持したまま新世界に送ったら何が起きるのか? なんてのは余程の馬鹿でもない限り予想出来る話なのである。
優れた人類を参加させるという観点から考えるならアリスたち2人を入れないなんて絶対にあり得ない話だし。
終末世界で争いや憎しみに無縁な人?
まあ、そういう人も居るかもしれないけれども……そんな人を人類最後の100人に選ぶの? という話になる。
記憶のある凡人100人と記憶のない100英傑。
どちらがいいのかで前者を選ぶほど人類は間抜けではないのだ。
実際、それが正しい事はアリスが昨日今日で凄く簡単そうに成した事を見れば一発でわかるだろう。あれを凡人が出来るとでも? という話である。
──ちなみに、僕は誰の事も恨んでなんかないし、多分恨まれてもいない。争いに特に参加もしていない。
なにせ僕は意味深な男だからね。
本当に何で100英傑に選ばれたんだろうね。
まあ、他にも理由は色々とあるのだけれど……最大の理由は語った通りである。
「……この話、ワシが聞いていても良かったのじゃろうか……?」