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明治維新の1868年…

記者会見で厳しい表情を見せる斎藤元彦・兵庫県知事=神戸市中央区で2024年7月12日午後5時59分、大西岳彦撮影
百条委員会の冒頭、亡くなった元県西播磨県民局長の男性に黙とうする委員ら=神戸市中央区で2024年7月19日午後1時36分、北村隆夫撮影

 明治維新の1868年、開設間もない兵庫県庁で初代知事(官選)に起用されたのは伊藤博文だった。後に初代総理大臣(首相)となる伊藤は当時26歳。留学経験があり、神戸港がある兵庫で外国人と交渉できることからの人選とみられている▲46歳、若き知事の下で深まる混迷である。兵庫県の斎藤元彦知事によるパワーハラスメント疑惑などを告発する文書を作成した元県西播磨県民局長が亡くなった。自殺とみられる。真相究明に向け、県議会に置かれた百条委員会は検証作業に乗り出したが、斎藤知事の責任を問う声が広がっている▲死去した元幹部は「(疑惑解明を)最後までやり通してほしい」とのメッセージを残していたという。深刻な内容を含む告発の事実関係が丁寧に検証されるべきだ▲ただし、いたずらに混乱を広げたのは知事の初動である。告発を「うそ八百」と決めつけて「公務員失格」と非難し、公益通報と認めず懲戒処分にした。感情的な対応を元幹部はどう受け止めただろう。斎藤知事は「生まれ変わる」と続投に意欲を示すが、失われた尊い命は戻らない。自民党県連、労働組合、県職員OBなど辞任を求める声は強まる▲師の吉田松陰から弟子時代に「周旋家」と評された調整力を伊藤は持っていた。初代知事の勤務は1年足らずだったが、それでもさまざまな足跡を残した▲斎藤知事が3年で失った信頼は大きい。まさに「綸言汗(りんげんあせ)の如(ごと)し」。資質が問われるトップの「うそ八百」発言だったというしかない。

記者会見で厳しい表情を見せる斎藤元彦・兵庫県知事=神戸市中央区で2024年7月12日午後5時59分、大西岳彦撮影

百条委員会の冒頭、亡くなった元県西播磨県民局長の男性に黙とうする委員ら=神戸市中央区で2024年7月19日午後1時36分、北村隆夫撮影

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