「(アーディ、先に行って様子を見に行ってくれ)」
『わかった!!ゼクスも無茶しないでね』
肉体が無いことが活かされ、アーディはオッタルに認識されずに横を通り過ぎていった。
直後、たった一歩で空気を裂き、風となったオッタルが迫ってくる。空いていた距離が瞬時に詰められていく。
例え一撃であってもまともに撃ち合えば、lv. 7という『力』の暴力の前にはlv. 4の肉体は砕け散る。ましてやブランクが存在するゼクスにとってそれは自殺行為に等しい。
(故に奴を近づかせないことが絶対条件…!!)
銀槍を身体の右側に構え、腰を落とす。左手は筒のような形にし、そっと握る。右腕は弓を弾き絞るような位置で固定。
限界まで振り絞られた力を貯める。必要なのは手数と威力。どちらも無くては、瞬く間に槍の間合いを詰められる。
(ーーー来たッ!!)
オッタルが間合いに入った瞬間、即座に解き放つ。捻りを加えて、貯めた槍を射出する。
胴体の正中線を狙った一撃。それをオッタルは身体を最小限逸らすことで避けつつ、無防備に伸びた槍を純然たる『力』でもって打ち払おうとする。
瞬間、即座に槍を引き戻し連射へと移行。狙いを定めず、槍という武器の大きさを生かし、相手の自由な空間に制限をかける。
刺突の檻に囲まれたオッタルは、足を止めるーー筈だった。
(ふざけるな、
まさしく【猛者】。まるで意に介さず歩みを進める。自身の身体に当たる一撃だけを見極め、取り回しの難しい大剣と少ない防具で受け流していく。
すると何を思ったのか、突然足を止めた。不信がりながらも、近づけまいと連撃を続けようとするゼクスを突如凄まじい衝撃が襲う。
奇跡だった。まだ空いていた間合いを無理矢理、獣の如く飛び掛かって来たオッタルの拳を槍で受け止めることができたのは。
だが、同時に失策を悟る。2
「ーーガハッ……!!」
壁に衝突した衝撃で肺から血と空気が無理矢理吐き出される。
大き過ぎた衝撃は蜘蛛の巣上に
直撃こそしなかったものの一撃でこの有様。あの頃より付けられた大き過ぎる差を実感しつつ、ここに来た事を軽く後悔しながらオッタルに目を向けると、既に構えを解いていた。
「次、会い見える時はその身の錆を落としておけ【葬儀屋】。その時こそ決着をつけよう」
そう言葉を残すと、迷宮の闇に姿を消していった。
「はぁ……まだ覚えてるのかあの約束」
身体についた石の破片や埃を払いつつ、ゼクスは槍を支えによろよろと立ち上がる。
鈍い激痛を放つ背中にポーチから取り出した
『大丈夫?手痛くやられちゃったね』
「いくら顔見知りとはいえ、手加減してくれるほど【猛者】は優しくないからな」
『そうなの?まさしく男の友情!って感じだね!』
「友情で俺は殺されかけたのか?」
著しく何かを勘違いしている天然娘アーディに、本質は度がつく真面目であるゼクスは頭を悩ませる。
閑話休題。
「話を戻そう。それでどうだった?まだ生きていたか?」
『うん!けど気を失っちゃってたみたいだし、【剣姫】と【九魔姫】が外まで運んでるみたい。そろそろ来るんじゃないかな?』
アーディの言う通り、白髪の少年を背負ったアイズと
「なぜここにいる【
驚きの声を上げるリヴェリアだが、その目はこちらを油断せずに一挙一足見逃すまいと鋭く視線を向けてくる。
反対になぜか気落ちした様子を見せていたアイズはゼクスの存在に気付かず、リヴェリアが上げた声を聞いてようやく気がつく。
「零細とはいえ、俺が属しているのは医療系ファミリアの【ハデス・ファミリア】だ。怪我人の居るところに来るのがそんなにおかしいか?」
「いいや、確かにその理論ならそうおかしいことでもない。だが
バチバチと謎の火花が飛び交う2人にアイズはおろおろとしつつ、背中で意識を失っている少年の為にも口を挟む。
「リヴェリア……今ここで言い合ってる場合じゃない……」
『うんうん!今はこの子達を優先すべきだよ!』
普通の人間には感じ取れない事をいいことにアーディも【剣姫】の肩に半透明の手を置きながら同意する。
「なら上までは俺が連れて行こう。遠征の途中から抜け出して来たんだろう?小柄なヒューマンと
「ダメだ。信用できない」
バッサリと提案を却下するリヴェリアにそれもそうだとゼクスは納得する。積み上げてきた自身の負債が、己の無力が、手が届かずに死んでいった人間の全てが信用できない要素となっているのだろう。
ため息を吐き、自分が言っていい言葉ではない事を自覚しつつ、リヴェリアにゼクスは告げる。
「
真っ直ぐと虚偽の色を見せない目を向けて、かつて本人にとって最も大切だったものに誓ったゼクスにリヴェリアは一瞬たじろぐ。
「リヴェリア、多分この人なら信用できる……」
アイズの声が最後の一押しとなり、リヴェリアは腕に抱いた少女を任せる。
「一つだけ聞かせてくれ。なぜそこまでベル・クラネルとそのサポーターをお前が気にかける?救助活動は辞めたんじゃないのか?」
「さぁな……自分でも分からん。ただなぜかこいつを見ていると昔救えなかった誇り高き悪の魔女を思い出してな……」
2人を背負ったゼクスはまるで昔を懐かしむ様に目を細めながら悲しげに苦笑をもらし、やがて上層へと続くルートへ姿を消した。